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2009年12月

2009年12月31日 (木)

青春モノ

のドラマは実を言うと見るのを避けていました。青春モノというか、スポーツを通じてっていうドラマね。

特に高校の部活モノは全く見ないようにしていた。

最近で言うと「ルーキー○」です。

でも最近、年末で再放送が4chでよくやっているので、

「ちょっと、新しいBDHDDの調子でも確かめてみるか…」

という軽いのりで録画していたのですが。

この作品の内容は「少年ジャ○プ」で連載していて、当時気に入って読んでいたのでよく知ってたのもあったので、見る気がしなかったというのもありました。

最初っから最終話まで全話見ました。

概ね内容は漫画と同じでしたが。結構忘れていたところとかあって、ああ、そういえばこうやったな…と思い出していました。

で、見始めた時は何で敬遠してたのか忘れていたんですが。見ている途中から思い出しました。

僕は小学生の頃から柔道をやっていたんですが。

中学校はそこそこ柔道では名前の通っている中学校だった。そこでは、レギュラー当落選上に乗っていた僕だったけど…

実際ポイントゲッターという存在ではなかった。

僕は相手に投げられるのがとにかく嫌いで、

「柔よく剛を制す」という言葉があるんですが、体格に恵まれなかった僕は力も非力な分類でした。(身長も低かったし、体重も軽かった階級は-55kg級)

だから、普通にやっていたら恵まれた人間に投げられてしまうのです。

相手の動きをいかにして封じるか、

いかにして「いなす」か、

全身を使って3分間(当時中学校の試合時間)いかに自分が多く技を出している印象を審判に与えるか

というチマチマした柔道の形を選ぶしかなかった。

毎晩のごとく走りこみ、(田舎なので走ってても誰にも出会わないという利点を最大限に生かした。)

そして筋力トレーニング。それらで誰にも負けない持久力をつけなくてはならない。

柔道をやっていると聞いたらみんな力があると思いがちだけど、実際はそれほどでもない。

レスリングやウェイトリフティングの選手の方が何倍も強い力を持っている。

それはさておき、柔道をしている人間にも力の弱い人はいるのです。だから柔道向きの筋肉を持った人間には力ではかなわない。

そういう人間は技であるとか、体裁きであるとか、組み手争いというのでカバーしなくてはいけない。

パワーのあるやつよりも早くいいところを持って、先に技をかけて相手に技をかけさせないことが大切なのです。

簡単にいうと「柔」の部分ですよね。

よく言えば「柔道の本懐」ですが、悪く言えば時代遅れで玄人好みの地味な柔道です。

試合では「勝たないが負けない」

どんな相手にも。

「引き分けねらい」とも言います。

僕は自分がこれしかできない事にとても不満でした。

力やセンスのある人間はその技において、一発で勝負を決めることができる。

つまりは試合時間が早ければ秒殺の時もある。

僕の柔道は必ず試合時間を全て使う。

一回戦、二回戦はまだいいんです。三回戦になるともう腕がパンパンに張ってしまって、寝技も力が入らない。握力も出ない

という満身創痍に陥ります。

秒殺の人間とフル稼働の人間、どちらが早くエンジンが切れるかなんて明白ですよね。

だからこの柔道は自分に合ってはいたけど、嫌いでした。

そして問題はまだあります。

努力して作り上げた自分の柔道ですが、試合となると、いつものようにはいかない。

毎日毎日稽古をしてはいますが、そいつらはみんな知った人間なのです。

何を得意技としているか、とか。

ここでこれをかけてくる癖があるとか。

この技さえ耐えると次は隙ができるとか。

この技は効かないとか。

そういう観察を普段終えている人間と試合するのと、これから戦いながら観察するのとでは大きく違ってくるんです。

だから、僕なりに傾向と対策を頭に入れて戦うのですが、これがまた

頭に血が上ってくるとどうでもよくなってくるんですよね。

落ち着いて考えられなくなる。

団体戦の時はまだいいんです。みんなは僕はどんな相手でも「投げられて負けることはない」って知ってるから、

「その信頼に答えないといけない」

と思う方が強いので緊張しないんです。

でも個人戦は違います。

僕だけの戦いです。いまいちモチベーションが上がらないんですよね。

傾向と対策を立てていても、集中力が持たないのです。

最終的には体で憶えている通りにしか動けなくなるのです。頭で考えられなくなる。

(大学の時に師範にはお前の柔道は頭で考えるのが強みで弱点だと言われた)

まだ集中している時はそれでも良かった。

最も問題なのは緊張です。

他人には黙っていましたが、どうも僕は試合前には極度に緊張してしまい。視野が極端に狭くなってしまいます。視野狭窄というやつです。

柔道という相手と組み合うスポーツはそれでも問題ないのですが。

とにかくそうなると考えがまとまらない。

団体戦の時には絶対こんな事は無いのです。むしろ

「相手のポイントゲッターと絶対引き分けてやる!」

ぐらいの勢いで試合できるのですが。

視野狭窄に陥ると考えは益々ネガティブに陥ります。

普段あまりマイナス的な事を考えないので試合の時のみこうなります。すると悪循環ですよね。前向きに考える要素が見つからないのです。そしたらもう

ガッチガチ状態です。

相手にポイントを取られてからやっと体が動くことなんてしょっちゅうでした。

ひどい時は試合してる時に自分が試合してる事に気が付くのです。

「あ、僕今試合してる…」

自分の強み(得意な事)は引き分けなのでその時はもう遅いですよね。観察も洞察もあったもんじゃない。

「傾向?対策?わけ分からん…とにかく集中せな…」

そんな状態で、普段から強い連中としてないと絶対そこからは勝てないですよね。

僕がいたのはたまたま強い学校だったので、何とか勝ててましたが。

そんなことは上に行けば行くほど通用しなくなります。

県大会では何回行ったか忘れましたが一回勝っただけでした。

それは高校でもそうでした。ただ、高校では体が大きくなってきたので僕にも相手を倒せる技を手に入れることができました。

相変わらず試合中は視野狭窄でしたが…

それでも格下相手だと負ける気がしませんでした。そのうち格下には緊張もしなくなりました。

そこで問題だったのは高校でのくじ運の無さ。

顧問を恨みますよ本当

県大会には2年から4回出ましたが、そのうち3回は第一シードのポケットです。

ふざけるな!

第一シード。つまり前回優勝者の下の小競り合いポジションです。

一回戦は楽勝中の楽勝。

「誰だこいつ。」レベルです。

二回戦は本当に最悪。こっちは一回やって体はほぐれてるけど疲労もある。加えて極度の緊張に視野狭窄。

相手は名前の知れたやつ。格上、僕自身も優勝は狙っていたが、もしこいつに勝てても次は無いと断言できる。それぐらい優れた奴らだった。第一シードは。

毎回、自分で言うのもなんですが、相手が一回戦ということもあると思うが、本当にいい試合はするんです。

何せ僕は投げられないことに自信がありますから。試合は5分間(当時の高校の試合時間)完全にフル稼働です。しかもパワーがの自分よりも格段に上の相手と。

ボロッボロになるけど一応旗判定になります。

相手の技をしのいで、自分の技を返されないように、それでも「かけ逃げ」にならないように(かけ逃げは反則)というのはパワーの差があるほどつらいものです。

審判の判断は逃れれても、やっぱりどちらが攻めているかまではごまかせない。

だから3回は2回戦負け。

とは言え最後の試合も3回戦で前回負けた奴(第一シードの奴)とやって負け。その時は既に満身創痍だった。握力も無かったし、一度押さえ込めたのに、それも30秒どころか一瞬でさえ押さえる力も無かった。

相手が寝技へたくそだったから20秒ぐらいは体重移動のみで押さえたが…

その時はかなり特訓を積んで、そいつに勝てる気でいたので出し切ったとは言え悔しくて悔しくて。

試合が終わった後は呼吸も整えずにトイレで泣きました。今でも悔しいです。

高校は弱小高校だったので、夜に一般の人の道場に稽古に行ったり、トレーニングはかなりの量をこなしていました。充実した環境の奴らに負けたくなかったのです。

自転車通学だったので8キロ間は全力疾走で走っていたので太ももはジーパンが履けないぐらいぶっとくなっていました。

とにかく、部員たちも引っ張っていかなくてはいけなかったし、弱いところは見せたく無かったんですよね。

だから…4回ともトイレで声を殺して泣きました。悔しくて悔しくてたまりませんでした。

今でも笑い話にはできないですね、それは、その時の自分の全てでしたから。

だから「スポーツ中心の青春モノ」って避けてたんですよね。

あの時の悔しさが鮮明に蘇ってくるから…

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2009年12月30日 (水)

以前友人に…

数年前、

「彼女紹介して欲しいんやけど…」

と相談したことがあった。昨日も書いたんですが、見た目は気にしないとその時も言いました。

その時も本当にそうだったので、本気で言いました。

「…ほんまに見た目気にせんねやったらおるけど…会ってみる?」

「おお、ふんふん、おるんやったら会ってみる。」

「んじゃぁ、あとで写メ送っとくわ。

「おお!まじか!テンション上がってきた。」

「一応言っとくけど、ほんまにあれやで、見た目は保障せーへんで後で何もいうなよ?」

「ああ、大丈夫やって、ありがとう」

と言って友人と別れた。

今日は僕がよく書いているジャイ子part1について書こうと思います。(part2もある…)

そして、友人から写メが届いた。

「…なんや、全然?悪くないやん。普通…かな?見方によっては可愛いと取れんこともないかもしれんな、実物は。」

と、そんな事を考えていた。

この写メが実は巧妙にできてて、プリクラで撮ったやつを更に携帯で撮ってて正に奇跡の一枚だったのですが、その時はそんな事は全く知りませんでした。

ていうか、そんなこと別に考えもしなかったんですよ。別に顔がどうこうで判断する気が無かったので、考える必要がなかったんです。

で、友人からメールが来た。

『次の日曜日、○戸駅で待ち合わせて○ーバーランドでデートセッティングしといたから…11時集合な、俺は行かんから二人で行ってきてくれ』

『おいおい!お前おらんかったらどの子か分からんやろ!初対面で○○さんですか?って声かけるんか?それ以前に声かける人間間違えたらどうすんねん?』

『…確かに分からん可能性はある。わかった、俺もはじめだけおるわ。でもすぐ帰るで。』

『了解、それでお願いします。いろいろすみませんね。』

そして日曜日そいつと○戸駅で待つことになっていたが、場所は急遽喫茶店に変更になった。

「遅いな~…」

「何やってんねやろな、俺この後授業あんねんけど…」

「まじか!でもお前がおらんと誰か分からんやんか」

「でも俺も一回しか会ってないからそんなに知らんけどな。」

「まじか!どんな子か分からんの?」

「知らん、前も言うたけど見た目はほんま気にするなよ。」

「ああ、そんなん分かってるわ。それよりお前は何でその子と知り合ったんや?」

「俺のゼミの男連中でセッティングした合コンにやってきた…そこでアドレス交換したから知ってるねん。」

「え、ちょっと待って?やってきた?」

「あああ、ええとこ突っ込むな。やってきた。」

「やってきた?」

「やってきてん。呼んでないのに…」

「おいおい、それ大丈夫か?」

「知らん。」

「!!お前まじか!」

「それで、その時ちょっと会話して、アドレス交換してから毎日メールとか入ってきて、バリうざかってんけどな。

俺別に今彼女とか欲しいとかじゃないし、てか全然俺のタイプとは違うからってずっと言ってたんやけどな、今度男紹介したるって言ったらサクサクっと話が進んでん。」

「…ちょ、お前ほんま頼むで」

僕はちょっと、もうすぐ来るであろう写メの女の子に過度の期待をしていたのかもしれないと思い始めていた。

「しっかし遅いな…」

もう13時になろうとしていた。本当はお腹が空いていたが、ウーロン茶でまさしくお茶を濁した。ご飯を食べるのもイベントの一つと考えていたからだ。

「俺これから語学の授業あるから行かなあかんねん。」

「ああ、それは無理やな。」

語学の授業は出席が厳しいのでそうそう簡単に休むわけにはいかないのです。

「ここ(喫茶店)やったら分かるやろ、テーブルもそんなにある訳とちゃうし、場所もメールで送っとるし。向こうはお前の事写真で見てるから知ってると思うわ。」

「そうか、これだけ来んかったら仕方が無いよな。まあ待っとくわ。」

僕の中では僕の写真を見てドタキャンを思いついたのではないかという気持ちが芽生え始めていた。

何もすることが無かったので10分ごとに友人に『まだこん』の4文字を送ったりしていた。

多分まだ

…そして15時前。15時になったらもう帰ろうと思っていた。

14時で既にそう思っていたが、友人が居なくなって1時間で帰ったというのも、いかがなものかと思って、もう少し待つ事にしたのだった。

「すいません、○○さんですか?」

と遠慮がちに声をかけてきた子がいた。

「はあ、そうですが…」もしかして。

この子がそうか…

ファッションは、靴はどぎついピンク色。

紫色のタイツ?ストッキング?

ズボンは、忘れた。季節は夏の後の秋の前ぐらいだったと思う。

半そでTシャツが黄色でその半袖の裾からはまた紫のスパッツみたいな感じのぴっちりしたのが腕の手首のあたりまで伸びていて、

髪の毛はチリチリしてて、何かちょっとボンバイエになってた。

おう!ジーザス!

顔…以前に何だこの子。困ったちゃんか?

顔…を見よう…目を見て会話を…

と目を見た

って何だ!紫の睫毛?アイシャドーも紫。

「はじめまして、○○です。」

完全に同様してたけど、さも普通に(取り繕えてなかったけど)軽く自己紹介。

「はじめまして。」

「紫好きなん?」

「いやいや、今日紫で揃えてみただけやし!」

「あ、そう…」

「ご飯食べた?」

「もう食べたで、だってもう15時やん」

「そ、そうか…」その時間まで人を待たしてたのは誰だ…

「どっか行く?○ーバーランド一応行く予定ではあったけど?」

「えー○ーバーランドとか飽きたし。てか行きたい?」

「え?僕は別に。楽しいと思うけど?じゃゲーセンとか行く?それか○宮まで行ってブラブラする?」

「えー二択ー?」

「…さっきから何?君?何がしたいの?」

「じゃあ○宮に行く。」

「…行ってから次の事考えよか、そしたら…」

若い僕は既にけっこうきてたけど、何か理由があってこんな感じなんかもしれないと思ってもう少しこの子の考え方とかを会話しながら見ていこうと思いました。

しかし、壁はかなり高かった。

この後ボーリングに行ったりカラオケに行ったり、ラーメン食べたりしたがどうも会話が成り立たない。

とりあえず僕の出した提案には全く乗らない、かすりもしない。

向こうの会話に乗っても続けない。変な突込みを入れてくる。

僕の質問には答えない。

僕が質問に答えたら否定。までもいかなかったかもしれないが、肯定することは全く無かった。

向こうから見て?初対面でアウトだったのかもしれない。だからあんな?

でも何時間も人を待たせて、謝罪の言葉は全くないし、否定づくし(に感じた)だし質問には答えないし。完全に拒否状態だと思った。

こいつ…残念すぎる。

もーうここまできたら最後は顔も否定したくなった。

そして僕はその顔の造形から「ジャイ子」と呼ぶ事にしました。

でも顔は本当に最後、

顔を否定するのってサイテーだと思うんですよね。

僕はサイテーです、少なくともこの面では。

生まれ持った親からもらったものだし、とりあえずは変更する事できないし。

コンプレックスになってたりするかもしれないし、きっかけでそうなったりするかもしれないし。

自分では気に入ってるかもしれないし。

それは可愛そうだろ。と思います。

結局、帰り、駅で別れる事になった時

「メアド教えて、(携帯)番号も!」

と軽く言ってきたが。

「いや、ゴメン。僕はもう君と会うつもりはないから。君の方がどう思ってたかは分からないけど、僕は君がさっぱり分からない。

…それと、どんな理由か分からないけど、遅れたらまず謝るのが普通やで。許さない訳でもなかったのに、流石に無かった事はないやろ?」

と声を可能な限りやさしくして言った。

「あっそ。」

と言って携帯電話を仕舞ってそのまま駅のホームへ行ってしまった。

「さようなら。」

と僕はその方向を向いて聞こえてるかどうかは微妙な距離だったが声を出した。

正しいはずだと帰ってきた。

でもどうなんだろ…といつも思ってました。

僕も僕か

と言う結論がチラリホラリと出てきていた。

根気良く受け入れてあげる選択肢もあったのではないか。

最後はちょっと言い過ぎたのではなかったか。

少ない会話の中でも彼女の良いところは見つけれたのではないか。

そんなことを考えながら。

数日後、友人にあった。

「どうやった?」

「どうもこうも無かったわ。」

「やろ?」

「やろ?何か知っとったんか?」

「いや、あの後合コンしたメンバーの女の子に聞いてみたんやけど、あの子はかなり不思議ちゃんみたいや。で、うまくいってないんやろ?よかったやん。」

「まぁそれはそうやけど…僕のハートは傷ついたわ。」

「何が!どうせお前、思ったこと言ってスッキリして帰ってきたんやろ?」

概ね当たっている。

「いや、ちょっとや、遅れてきて謝らんかったから…」

「そうや!あいつ何時に来た?」

「15時。」

「ホンマか!でお前もその時間までよう待ったな」

「だって、性格がいい子かもしれへんやんか。」

「俺やったら絶対待たれへんルックスやな。不細工やったやろ?」

「う、うんまあ…そうやな」

「あの写メって会心の一枚らしいで、しかも何年か前のんらしい。」

「まじか!なんやねん!お前知っとったら言えよ」

「まあそれは…言ったらお前会わんとか言出したかもしらんから。」

「写真は今のやつを要求したやろな。」

「ほらー!」

「…まあ、文句言わん約束やしな。今回はとりあえずありがとう。散々文句言った後やけども。」

「ほんまや!まあ面白かったからいいけど。」

「こっちは全く面白くなかったわ!」

と言って笑い話になった。

この時はまだ「ジャイ子」は特定の人間のみを指す言葉だった。

でもこの友人に「ジャイ子」と名づけたことを話すとぴったりすぎ!と言ってちょっと間笑い続けていた。

part2があって、その名前は俗称として使ってしまうようになってしまった。

やっぱりサイテー君ですね。

part2についてはまた今度と言う事で。

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2009年12月29日 (火)

後ろ髪

引かれるとはよくいいますが、後ろ髪の綺麗な女性は振り返っても綺麗

ような気がします。

実際はそれほどでも無い場合もあるのですが。

髪の毛が綺麗だと、本当に振り返って欲しいと思うものです。江戸時代にも「見返り美人」という題名がある程女性の後姿に引かれる男性は少なくありません。

僕がアルバイトの時、店についているパン屋さんで働いている人がいたんですが、その人はもうめっちゃ髪の毛が綺麗だったので仕事をしててもついつい目がそちらに向いてしまいます。

実はその当時でその人はうちの母親よりも年上で56歳だったと思います。

だから、振り返ると「うおっ!」とついつい声を出しそうになりました。何回もなりました。

でも何回も見てしまうという髪の毛の綺麗さ。

かなり手入れをされているのだとは思いますが、ぜんぜん正面から見て話す気持ちにはなれませんでしたので結局その質問はしないままその方は家庭の事情でお辞めになられました。

昨日電気屋さんに少し行ってきたのですが。

その時に後ろ髪の綺麗な方がヘアアイロンのコーナーで何かを探しているようでした。

(上の人ではないです)

僕はテレビのアンテナのコーナーにいたのでその人の調度後ろに当たる位置にいましたのでなんとなく(最終的にはガッツリ見てましたが)目に入ってきました。

その時の気持ちときたら、

振り返って欲しいような欲しくないような複雑な気持ちでドキドキしてました。

が、結局店員さんに質問されて対応してる瞬間にその人はどっかに行ってしまってその件はそこで終わってしまいました。

くっそー!!店員め!大きなお世話や。

と思ったがその店員が声をかけてきて顔を見れなかった事でめっちゃあの人の顔が気になってったということが良く分かった。

あー残念。まぁしゃーあないですが。

何でそんなに後ろ髪がいいのでしょうか?

僕なりに考えてみたんですが、単純に→髪の毛が綺麗だと振り返っても綺麗だ。と思う以外に無いんですよね。

だからどうってことは全く無いんですよ。

単純に綺麗なものって目が行くよねって事です。男でも女でも。

後ろからだとスタイルとか服のセンスとかもよく見えないのに。

サラッサラの、ツヤツヤで明るすぎず、黒すぎない髪の毛で背中ぐらいまで伸びてたらもう一瞬心奪われますよ。は言い過ぎですが、後ろ姿だけでドキッとします。

簡単にいうと一瞬完全にそちらに注目してしまうんです。って事です。

これは男の性のようなものではないでしょうか。

だって、僕自身は見た目がどうこうという人間では全くないんですよね。

一度可愛い彼女がいた時がありましたが、何か自分らしくなく、ネガティブ思考が抜けなかったんですよね。

付き合うきっかけは紹介で、なし崩し的だったんだけども、それは、可愛いからじゃなくて、介護の仕事に就いていて、話が異常に合って盛り上がったというのが理由だった。心底話が合うとその時は思いましたね。

でもいざ付き合ってみると、介護のつらい話ばかり。まあ、それはいくらでも聞いてあげれたし、苦痛ではなかったんですよね。僕の方がまだ精神的に余裕があると思ったし、彼女は自分の事でいっぱいいっぱいの様に見えた。

最初話した感じとは明らかに違ってきていたけど、僕の中では愚痴を聞いているうちに力になってあげようと既に心で決めていたのでいくらでも聞いてあげれた。

ってそんな話はどうでもいいんですよ。見た目で判断しないって話です。

自然消滅してしまった子も。言ったらなんですが、ルックスがいいとは一言には言えない子だったし、

A型の話が通じなくなった子も多分普通の子でしたね。田舎っぽいと言われればそんな感じ、お似合いと言われたのはこの子でしたが…性格が合わなかったんですよね。お互い。

ま、若い頃の話ですが、見た目で判断しないというのは昔からなんで、多分今でもそうだと思います。

そりゃ見た目はいいにこした事は無いですよ。B専という訳でも全く無いです。普通の男です。

でも大切なのはそこじゃないって事ですよ。

と言う風に…

何だかんだ言いましたが、根底には僕自身が見た目に自信が無いんですよね。

だから相手にも求めないんですよ。

何かフェアじゃない気がするし。

好きになるとそんな事どうでも良くなるとは思うんですけどね、でもそれ前提ではないよって事です。

男はみんなそうかと思ってましたが、違う人の方が多いのかもしれないですね。

僕みたいなのをひょっとしたらムッツリスケベというのかもしれないですね。

深くは考えないようにはしてますけど。

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2009年12月28日 (月)

中国の…

古い話の「三国志」に出てくるかの有名な「曹操」のお墓が見つかったそうな。

すごいな。魏の武皇王ですよ!あの!でもこの話はまた今度ということで。

今日はその話ではなくて中国の「運命の赤○糸」の伝説の話なんですが。

少し前やっていたドラマの「赤○糸」でも説明されてたんですが、その伝説を説明していたがために僕はそのドラマを気に入ってしまいました。

大学で日本文学を学んでいたんですが、今日の日本文化の源流は中国文化から来ていると言う風に習いました。

そこで日本文化の中国文化の勉強の中でほんの一瞬だけ「赤○糸」は本当に存在すると言っていたのを聞きました。

そして恒例のスリーピングタイムに突入してしまったので、多くは聞いていなかったのですが何だか気になったしまったので自分で調べることにしました。

もう10年ぐらい前の話です。

だからかなりうろ覚えなんですが、豆知識として持ってもらえたらと思います。

いつものごとく分かりやすく(?)書きます。

まず役所勤めの男がいました。

その男が縁談をまとめるために遠出をしたときに夜月明かりの下で老人がどこか分からん本を読んでいたんです。

それで男は「こんなところでお主、何をしておられるのだ?」と聞きました。

老人は答えました。

「わしは婚姻を司る存在じゃ、こんな月の光の夜に神界で縁が決まった男女の足首に赤い縄を結びに出てくるんじゃ」

「では、拙者、これから縁談の席に向かうところなのだが、拙者何度も縁談には失敗しておっての、ひとつ、ぬしの力でもって今回成功するかどうか見てもらえぬか?」

「失敗じゃ。」

「し、失敗だと!では拙者はどこの誰と結ばれるというのか」

「お前さんの嫁はホレ、あれじゃ」

と老人の指差す方向にいたのは、野菜を売ってる婆さんだった。

と思ったがその婆さんの背中に負ぶされていたきちゃない顔の3歳ぐらいの女の子でした。

「おぬし!何を言うか!冗談はよし子さんだぞ!」

「いいや、お前さんの足の縄はあの娘の縄と繋がっておる」

「何と申すか!無礼な!そんなことがあってたまるものか!」

と言ってその娘を殺させるように召使に言い、召使は娘の眉間を刀で一突きした。

「これでどうだ、死んでしまっては婚姻もなにもあるまい!信じぬ、信じぬぞ!私は!」

と言って去っていった。

やはりその縁談は失敗したがそんなこと今更でこれまでもそうだったので、気にしないことにした。

そして、それからも何度も縁談はまとまる事無く、14年ぐらい経った。

そして今度、役所の上司の娘とお見合いすることになった。

その女は大層に美人で男はとても気に入り二人は結ばれた。

でもその女はずっと眉間に飾りをつけていたのである時男は気になって女に聞いた。

「私は幼い頃、両親が死に、乳母に育てられているのですが、その時にちょっと、暴漢にやられまして、恥ずかしいので隠しております。」

「!!!それは…もしや、その乳母とは野菜を売っている隻眼の老婆ではないですか?」

「なぜそれを?」

「いや、実は…その暴漢を差し向けたのは実は私なのです…」

と言って、そうなった経緯を話した。

「不思議なこともあるもんですね。」

と二人は幸せに暮らしたそうです。

という話なんですけども、確かこんな感じやったと思います。

概ね正解だとは思いますが、最初に言っているように、うろ覚えですから、細かい設定は違うかもしれません。

で、この話自身はあまり面白いものでもなかったのですが、気になって調べてしまったので何か記憶に残っていたんですよね。

だから、たまたま去年の年末?かな?やってたドラマの「赤○糸」の「赤○糸伝説」のくだりのシーンを見たときは

「おお!この話知ってる!」

と、そこからドラマを毎週見る事にしたのでした。

何と、それはケータイ小説だった。

それも読んでみたらなんとも…

薬物依存・SEX・いじめ…

これは僕の苦手なジャンルのものを読み始めてしまった…と思いました。

ドラマの方はとても清純な話です。

以前にも紹介しましたが恋愛小説は苦手なんですよ。

とはいえ、題名が題名だけにハッピーエンドで終わることは確実なので、そう思いながら、苦しい部分も読みました。

てか、苦しい部分多!!

読み終えた感想は、確かに、面白くなかったとは絶対言えない作品で、エッセンスとしてはドラマは物足りない気は少ししますが、ドラマの方が僕的には受け入れやすかった。

ですね。

田舎モノですから、大麻とか覚醒剤とか言われてもぴんとこないんですよ。そりゃ、それなりに知識はありますけどね。

感情移入がしにくかったと言った方がいいでしょうか。

あくまで、第三者として成り行きを見守っている感じでしたね。

あ、そんなことはどうでもいいわ。

「運命の赤○糸」の伝説は中国の古いお話として残っています。というお話でした。

「太平広記」の「定婚店」という話です。

もし興味があれば調べてみてください。

僕の曖昧な記憶よりもその方が確実ですから。

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2009年12月27日 (日)

クラシックが題材

でもめっちゃ笑える作品が最近とても流行っています。いや、アニメ化、ドラマ化で以前流行っていたのが、最近続編のアニメ化に継ぎドラマも続編が制作されて、ついに今回映画化です。

主演は玉木さんと上野さんですね。

僕はピアノを小学校一年生から中学校までずっとやっていたのですが、それだけ長くやっていたくせに、全くクラシックが好きになれませんでした。

というよりも、ピアノ演奏はうまくなりましたが、自分から進んで練習もしたくなかったし、そんな時間があったら野山を駆け巡りたかったので正直面白みに欠けるものでしかありませんでした。

高校に入って、友達とギターを買いに行ってギター部に居候して練習したり、遅くに、友達の家に行ってそこで夜通し練習したりしました。

その時はGLAYさんがめっちゃ流行ってて、カッコよくてコピーすることで僕自身もそれに近づけた気がしていました。

そのときのメンバーでとても歌うのが上手い奴がいて、そいつの歌声を聴きながら

「ああ、僕もこんな上手く歌えたらな…」

と思ったもんでした。でもキーボードは弾けましたのでそれについてはお前すげーな!と言われる事があったので少し照れました。慣れてない人は結構けん盤は訳が分からないそうです。

今ではもう十数年も触れることは無かったので全くできないと思います。

クラシックをやっていても全く楽しく思わなかったのですが、J-POPだかロックだかよくジャンルは分からないですが、その辺を演奏しているときはとても面白かったし楽しかったです。楽でしたしね、ガチで演奏するまでは。

やっぱり、何でも楽しくやることが大切ですよね。

正直、ピアノをやってる時は嫌々やっていたので、課題曲はありましたが、曲名は全く頭に入ってません。聞いたら

「あ、これ弾いたことある…」

と思います。

で、冒頭のクラシックの漫画なんですが、僕が嫌々ながら練習して何週もかけてやっと一曲弾いていたのに、まるで魔法のように(まあ漫画ですから)弾いているんです。

弾くこと慣れてくれば、ある程度は弾いていけるんですが、それでも初見で譜面を見ながらきれいに弾ける事はまず無かったので、ああ、雲の上の話なんだなと思っていましたし、嫌々やってた練習のことを思い出して苦い気分になっていました。

思えば、作品の中に出てくる主人公やヒロインの年頃まで真面目に楽しんで音楽ができたら、それなりに成長していたとは思います。

できなかったですが。

だから僕のピアノの知識は中学生でストップしているので僕的にはクラシックは毛嫌いしてきていたんですよね。

クラシックが悪いとかでは全く無くて、

クラシックに面白みを見つけることができなかった自分を思い出して嫌になるんです。

で、この映画は漫画原作(最近この話ばっかだな)なんですが、漫画ではアマデウスの何番とかシューベルト何番とか言われてもイメージできなかったので割とすんなり読めたんです。

しかもギャグを織り交ぜてあるのでテンポ良く読んでいけるんですよね。

読んでいて

「あ、これは映像向きやな」

とすぐに思いました。それでDVDをレンタルしにいって早速見たらあ、この曲知ってる。これやったことある。面白いな。

と映像を見て楽しいクラシックの時間が過ぎて行きました。

あのアニメ自体をクラシックと位置づけてしまうのは暴力的な事だとは思いますが、それでもクラシックの面白さを少しでも知るきっかけとしては良い作品だったのではないでしょうか。

僕も子供の頃はなんで正確な演奏が必要なのか、それに価値を見出すことができなかったのでヒロインの野田さんが正確に演奏する事を拒否しているのがとてもよく分かりました。

ひょっとしたら誰もが通る壁なのかもしれないですね。

人気が出るのが分かります。

だってこのDVD見たらちょっとピアノ弾きたくなりましたからね。

あれだけ嫌がってたのに。

弾きませんでしたが。以前のように嫌うことも無くなりました。

以前演奏したことがある曲とかは気に入りつつもあります。

アマデウスはいいですね、こんなにいいとは思いませんでした。

交響曲ももっと聴いていこうと思います。

とは言え、そんな高尚な事が分かる程知識があるわけではないですから、マイブームの中に納まってしまうでしょうが。

昔嫌になった事を一つ克服できたのは良かった。

J-POPやロックだけでなくてクラシックに触れてみるのもいいものですね。

早速CDをいくらか買ってきました。癒し効果も期待です。

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2009年12月26日 (土)

中国の古い話

って面白い話が多いんですよ。

とはいえ、そんなに知ってる訳ではないんですが…

有名な話は押さえておいて損は絶対ないですよ。

中国の四大物語と言われているのが

「西遊記」「三国志」「封神演技」「水滸伝」

の四つです。

この四つの中でも特に面白いのが、実はみなさんのあまり耳にしない「封神演技」なんです。

(上のは全部主観ですが)僕はこの話が好きで四冊(四作品)読みました。

「西遊記」は多分ほとんどの日本人は知っているんではないでしょうか?

ス○ップの香取君が主演で、三蔵法師にえりっぺが出てたやつは記憶に新しいですね。僕自身は面白さは感じませんでしたが。

僕が中学生の時だったかな?

唐沢さんが悟空を、三蔵法師を牧瀬さんがやってた「新・西遊記」っていうのがやっていて、当時まだ幼稚くさかった僕は特撮ヒーローものが好きだったので、これをとても気に入って毎週見ていました。

とは言え、野球中継とかでビデオを邪魔されて飛び飛びしか見れてなかった気がするけど。確か一話完結だったからあまり影響はなかったような…

記憶が曖昧ですが。

その当時既に堺さんの悟空の「西遊記」を見ていたので、それよりも戦闘シーンに動きがあったのでとても気に入ったのでした。

だって唐沢さんって元スタントマンやったらしいですよ。すごいですよね。

と、…この話ではなかった。

「三国志」ですが、これはゲームでも数々出ているし、アニメ化ドラマ化、映画化もすごいですよね。

少し前映画化した「レッ○クリフ」はその名の通り「赤壁の戦い」ですよね。

男性を中心に「三国志」が好きな人はめっちゃ多いのではないでしょうか?

少なくとも僕の世代で「三國志」というゲームが大ヒットしていましたので、僕の世代で「三国志」を知らない男子は少ないと思います。

でも、

次の「封神演技」ですが一応少年ジャンプで漫画化はしているのですが、大体十年前ぐらいに終了して、その後はあまり注目を集めるものは出ていません。

確かアニメ化・ゲーム化もそれ以前にあったものもあるけど、漫画に付随してなったとは思いますが、今ひとつ盛り上がらずに、現在に至ります。

僕自身は「封神演技」こそ、この四大物語の中で抜群に面白いものだと思っています。

だけど、日本に入ってきた?というか、一般人が普通に読めるようになったのは本当に最近なんですよね。

「西遊記」よりももっとSF色が強くて、スターウォーズとかに近いかもしれない。

知らない人のために少しだけ。

時代背景は殷周革命時の中国の話

崑崙山の中心仙人である闡教(せんきょう)の元始天尊主導で仙人たちが千数百年に一度行わないといけない殺生を行うという話です。

つまりは、戦争に便乗して仙人たちが殺生をするという話ですね。

そうやって見ると殺される側も殺す側も正義が無い感じです。

殷の王様がいたんですけど、文武両道で正にスーパーマン的存在だったんですが、自分の能力に慢心して、女の神様(闡教(せんきょう)と対立する截教(せっきょう)に所属)に対して美しいという詩を読むんです。

神なので人ならざる美しさは当然で、それに言及するのは、神と同等の存在だけと言われていました(他の神とか仙人)

王様に対して対して「慢心するな!何様のつもりだ!」と怒った女の神様は直接手を下すんではなくて、今度その王様と結婚する予定だった娘に、狐狸の女仙人を乗り移らせて、(中から魂を食わせて)体を操り、

その色香で王様を洗脳して国を滅びの方向へ持って行っているところがその舞台です。

主人公は崑崙山の道士の「姜子牙」。革命軍(まだ周になってない)方に属しているので、狂った王様(殷)を倒すために軍師として少しへぼいけど頑張ります。

王様の方は截教(せっきょう)仙人。姜子牙は闡教(せんきょう)仙人がついて、この二つの対戦形式になります。

割と截教(せっきょう)仙人は動物とか、草木とかから仙道になったのが多くて道徳が少し足りてない感じで描かれます。

闡教(せんきょう)は人間が中心。(当然、人間道士の中にも道徳のなってない奴もいるし、妖怪仙人の中でも道徳の優れた仙人もいます。)

で、その対戦で死ぬ仙人道士(仙道)は封神台とよばれるところに召されます。

365人の仙人道士が。

人間の中にも道士や仙人として十分に資質をもった、いわゆるスカウト漏れの人たちがいて、そういう人も封神台に召されます。

人間は結構メインどころも悲惨に死にます。この辺は結構惨いのでマイナス面ではあると思います。

一番の見所は

宝具(パオペエ)と呼ばれている特定の魔法が使える道具です。

本当に様々なものがあり、これは仙人骨がないと使えないとされているので、使えるのはほとんど仙道だけです。

持ってない仙道がいたり、使える人間がいたり、宝具人間(仙道)が存在したりといろいろですが。

宝具どうしの対戦は本当に見所です。

最終的に王様と狐狸の魂は封神台へと召され、殷は滅び、周ができる。女の神様は能力を限定される。

人間界に降りた仙道のほとんどが償いとばかりにそのまま人間界に残って尽力する。

結局は仙道達の争いに人間たちが巻き込まれる話。

その言い訳に仙人には千数百年に一度の規則で罰として殺生をしなくてはいけない事になっている。

何で日本に一般的に普及するのが遅かったのかは諸説ありますが、

図式的にも、話的にもすごく分かりやすいし、見所や感動的なやり取りも多い。

すごく感情を左右される話です。

封神演技がジャンプで漫画になったときは結構流行ったんですが、一般的な普及まではいきませんでした。

かなり現代に受け入れられやすいように作り変えられていますが、実はそれこそが封神演技の醍醐味だったりします(時代によって変化していくのが特徴的な物語。)

↑これが問題なんかなぁ?

ジャンプのは良心的で宝具もかなり考えられていて良作だったんですけどね。個性的な絵ではありましたが。

この作品は「死」のほとんどが「封神台」へ魂が運ばれ、一時的に体と切り離されるという意味合いが強いので、あまり深く考えさせないようになっています。

ちなみに「封神台」に封神された仙道たちは各地で守り神として統治することになっている。

まあ、そういうう話なんですけど、めっちゃ面白い中国の物語なんですが、なかなかみんな知らないので、この話をしたいのですが、できないのが現状です。

興味がある人は漫画でもアニメでもいいので見てみてください。

アレンジは大きいですがそれなりに世界観や物語は大筋に則っていますので大体はつかめると思います。

是非是非。

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2009年12月25日 (金)

何系男子?

っていう題名で、質問に答えていったら、今話題?の草食系男子か肉食系男子かのどちらかに当てはまるようにできているサイトがありました。

占いみたいなものでしょうか?

最後は8種類に分かれているようです。

草食度○%肉食度○%って感じで答えが出えるんですがこれが、何度やっても

草食度16%肉食度84%になるんです。

とはいえ、肉食ではないし、草食系では絶対にない。

そもそも、草食系男子とは何だ?

僕の記憶が確かなら草食系っていうのは、恋愛に対して奥手で、自分から進んでは絶対に気持ちを伝えることは無いらしい。

異性に対して、奥ゆかしいというのを通り越して干渉しない。

異性といても同姓と遊ぶのと変化ない。

海や山でもほとんど動かないでゲームばかりやっている。

相手を落とすよりも落とされる。

基本的に自分から意思表示をして動くことが無い。

だいたいこんなもんだったと思います。

逆に肉食系は

異性に対して我を押し通す、かなり強気で異性に迫る。

自分主導で動くことが多い。

狙いを定めて罠にはめるほどのバイタリティを持っている。

恋愛に対しては攻めの一手でかなり大胆な手に出る。

ファッションも派手目

干渉はするが、他人の干渉を嫌う

相手に落とされるよりも落とす

大体こんな感じだったと思う。

もともと2択でこの僕が当てはまるはずがないと(いつものように)思ってしまう。

そこで考えてみたのがその他の○食系は無いのかということ。

とりあえず「雑食系」はこの二つの系統を併せ持つって事かもしれないですが、草食度○%とかにすると全員が雑食になるので、意味が分からんので無しとします。

で、僕が考えたのが

「断食系」

これは

環境によって恋愛している暇がないというのが前提

仕事のやりすぎでプライベートの時間が無い。

プライベートの時間は体力回復に努める。

恋愛感情に特別に関心があるわけでは無く自立性が高く勝手に動くのがすき。

その反面相手を連れまわしたり逆に連れまわされるのが嫌い。

恋愛をしたくない訳では無いが、カップルになって自分の時間がその分、失われるのを恐れているので恋愛自体を避ける時がある。

人気者や器用な人に多く、「みんなの○○さん」になっていて、それを感じ取ってしまい器用貧乏になっている。(恋愛よりも調和)

一般的な恋愛に至るまではリハビリが必要。

どうでしょうか?

次に

「飽食系」

書いて字のごとく。

恋愛経験が豊富、または頭でっかちな状態で恋愛に対して休眠状態の長い人。

恋愛は嫌いでは無いが自分を冷静に分析してしまい、そんな自分の状態を今ひとつ受け入れられない。

異性に対して何らかの先入観があり、それに対して乗り越えるバイタリティが無い。

恋愛よりも優先度の高い楽しいモノがあり、常にそれと恋愛を比べて生活している。

基本的に恋愛はしたいけど二の次状態。ただし、優先度の高い事項よりも大切にしたい恋愛が見つかるとはまり込む。

そして次は、

「拒食系」

恋愛から何年も遠ざかっている為自分のキャパシティが良く分からない人。

恋愛はしたいけどやり方が良く分からない。

特に一人でいる理由はないが一人でいることの方が好き。

拘束を苦にしない。

相手に望むレベルが低く、かなり序盤の状態で満足感を得る。

相手は全く満足できてないがそれ以上の引き出しが分からない。

このタイプは燃え上がるような恋愛はできない。

と、新たにこの3つを考えてみたんだけど、それなりにそれぞれ個性はあると思うんだけど、これって…

ポジティブ1ネガティブ4になってしまうな、これだと…

とはいえ、「肉食系」+「○○系」にすればそれなりに安定できるか。

あ…分かったこれ、

一般的に対比で使われる「肉食系」と「草食系」だけど、これは実は対比になってないんや。

つまり、「肉食系」のキャパシティが広すぎて「草食系」が狭すぎるんや。

だから消去法でいくと「肉食系」では無い=「草食系」だというのが安定的でないんやと思う。

この言い方をしたら分かりにくいか。

「肉食系」以外は全て「草食系」にしてしまうと、「肉食系」が極端すぎるのです。だから

「NOT草食系」は全て「肉食系」になってしまうので、攻撃的ではないが、こんな脆弱的ではないという人は当てはまらないのですよね。

とはいえ僕自身は、自分が何系男子だろうと知ったこっちゃない。

だってこれって傾向が分かっても対策にならないよね。

性格的にだから既に修正不可だったりするし。

系統に当てはまったから悪いという事ではないし。

先入観かもしれないですが、いつか男は攻めないといけない時が来るやろ。

その時にちゃんと攻めれたらいいんです。

もともと日本男子ってそんなにガッツリ攻める人っていないでしょーが。(バブリー世代は違うかもしれないですが)

軽い乗りで軟派な人は違うみたいだし。

肉食男子が多いのはフランスでしょ?(偏)日本人は極所集中型ですよ。

ガツガツしないけど心の内では…ってタイプの人が同世代では多い気がしますし。

ここぞ!って時に頑張るし。

ま、最近そんな能書きたれてる余裕もないんだけどね。

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2009年12月24日 (木)

PCがいつもと違います

いつも使ってるやつは仕事場に持っていってるので。

さっきデスクトップで更新してたら結構序盤だったんだけど、ヒートショックで強制ダウンしてしまったので、仕方がなくUMPCの方で更新することになった。

でもこのUMPCちっさいから…

キーボード押しにくい。(特に僕は肩幅あるのでちっさくなって打たなくてはならない)

まあ別に、それ以外は今は問題はないから?別にいいんですけど。

CPUもデスクトップよりもあるし、ノートよりも処理は早い(Oficeが入ってない分早い)

入力に慣れたらこっちの方がいいとは思う。だってこれ去年買ったやつやしな。

ノートは…もう4年経つのか。デスクトップは11年前か。

そろそろデスクトップは買い替えが必要やな、5分ぐらいでシャットダウンしてもたら話にならへん。

とはいえ、そんなにメモリはいらんので、3万円ぐらいのXPの中古で十分だろう。

とりあえずOficeが使えないと話にならないのでね。

会社のやつがofice2000だら家のもそれでやると都合がいい。

とはいえ、気が向いたときしか家では会社のものは持ち込まないですが。

もうすぐ酒の容量棚卸があるからそれに向けて準備は必要でしょうけどね。普段の仕事の合間ではなかなかできない。

今年はなんかフォームがちょっと違うからやりにくい。

それをやりやすいように作り変えないといけないし…いや、今はそんなことはいいわ。

今日書こうと思ってたのは、アニメの「ハガレン」の前作の方についてです。

前作も、今作も漫画も

「何かを得るためには、別の何かを犠牲にしなくてはならない、それが世界の真実である」

というのが一つのテーマになっていますが、やはり印象に残っているのもそれ関連です。

物語の後半に、主人公の兄弟たちの師匠にあたる人物が

「世の中の全てのものが等価交換だとしたら、生まれてすぐに死んだあの子はいったい何を得たというのだ」

というシーンがあります。

師匠は以前子供を死産してしまった過去があり、その後悔から人体練成をしたという設定だった。

テーマを聞いても概ねそうかもしれないなと思ってたんですよ。つまりは

結構等価交換っていうのは正しいのかも…

と思ってたんです。物語りも主人公たちが、あらゆるものに等価交換の法則を用いて表現していました。

だから僕は何か裏がありそうだと思いながらも考える事をしないで見ていました。パッと思いつく程公平に画面を見てなかったんですね。

だからこんな大逆転的なことがあるなんて思わなかった。

アニメーションを馬鹿にしてたね。実際。

師匠の言葉を聞いて、初めて

「うわ、ほんまや…」

まんまとはめられてしまった。

僕が考えていたのは

等価交換なら「変形させる力」はどこから来ているの?ってことと、

人間が生きていく上で時間を消費しているのはみんな等しく経験を手に入れているのかどうか。

ということでした。

確かに、大人が死んだ場合は得たものや経験は目に見えない事がありますが、小さい子供がそうなったときは時間的にそれほどのものを得ているとは考えられないですよね。

80歳まで生きると考えて1歳で死んだ場合って残り79年分の何を得たというのか…

そういうことですよね。やられました。

師匠は人体練成をしたときに「扉」なるものを見たと言っていたが。

「真理」という言葉をつけて呼んでいたのは主人公たちだけだった。

主人公が師匠に

「師匠も、真理を見たんですね?」

という質問をしたときに、

「真理?…あれは手品のタネか何かじゃないのか?…」

と独り言のように呟くというシーンがあります。

その扉を見た錬金術師は、錬金術の概ねを頭で理解していろいろと簡略化することが可能になるようです。

本来練成に必要な練成陣を、書かなくても練成ができるようになるのが最も分かりやすいですね。

扉ではその知識を無理やり頭にねじ込まれるようです、そして、無理やり能力が跳ね上がる…

(この世界では錬金術の修行=勉強することなので、能力向上の構図はできている)

このことを師匠は手品のタネと言ったんだと思う。

そしてこの錬金術自体、そういう扉をみる人間を作っているのかもしれないという仮定から、錬金術を使用することはできるだけ避けているようだった。

そして、賢者の石を作るだけの力を持った術士を作っている黒幕が登場し、等価交換自体も否定される。

しかし、主人公はあくまで、その等価交換を信じて生きていくことを選択する。

でもこの時点では、等価交換はもしかしたら違うかもしれないとうスタンスになっている。

賢者の石を手に入れてから主人公を助けるために弟は自らの体である賢者の石を使って消えてしまう。

主人公は

「お前が消えちまうことは無いんだ、今なら分かる、まだ間に合う。俺の魂だけじゃ足りないかもしれないけど、お前が消えちまうことは無いんだ…」

と言って体中に錬成陣を書いて人体練成をする。

そして扉を開けて向こう側の世界(この世界)に逃げ込む。

この世界では物理学が錬金術の代わりに栄えていた。

主人公は物理学の力で元の世界に帰る方法を探していた。

「俺は、人体練成をしてアルを間違いなく練成した、でも俺の体はこちら側に来ただけで何も失っちゃいない…」

と父親に言っていた。

この事からも主人公は等価交換に疑問を持っていることが伺える。

物理学で戻ろうとしてる時点で等価交換じゃないけどね。

何が言いたいかというと、

この作品はテーマである等価交換を主人公たちは肯定しつつも、(概ねそうだとしても)物語の流れは等価交換を否定することによって面白くなっていくということ。

主人公たちもその疑問を抱くことによって、主人公たちの心の成長と、それによりこの不自然な世界のからくりを解明していくこと。

この二点が物語をものすごく面白くしている。と思うのです。

「人柱」という言葉が宙ぶらりんになってしまっていることや、スカーが両腕を無くしても街全体を練成するぐらいの錬金術が使えたのかという矛盾点を除いても、あまりある面白さだったと思います。

劇場版はけっこう急ぎ足だったのが残念だったけど、エンディングもよかった。

この監督さんは「ガ○ダム00」の監督もしていてめっちゃ、もうめっちゃ面白いのです。あの、メカニズムももちろんそうなんですが、話がとにかく面白い。間違いなく名作です。

毎週めっちゃ楽しみに見てました。1STシーズンも2NDシーズンもどっちも良かった。

この監督の作品はこれからも要チェックや!

写真はとてもアニメの監督っぽい人ですが…

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2009年12月23日 (水)

結婚してからもドキドキは必要?

今日は本当は何やねん首相!っていうのを書こうと思ったのですが、こっちのほうがひょっとした面白いかもしれないと思ったので。

今日仕事場でアルバイトの女の子(その子は結婚してるんだけど)が

「結婚してもドキドキするのって大切ですよ。」

と言っていました。

なぜそういう事を言い始めたかというと、

先日、町で元彼と出合ったそうです。

その彼とは嫌いになって別れた訳ではなく、もっと好きなもの(打ち込みたいもの)があったから別れたらしい。

だから先日再開した時からちょっとドキドキしてる

というのが理由らしい。

彼女がどういう考えの子かはそんなに会話をしてきていないので良くは分からないのですが、少なくとも僕は一人の人でいっぱいいっぱいになるのでそういう気になるのがよく分からないのです。

非常に男性目線なんですが、僕は器用に浮気ができる人はそうしたらいいと思うんです。

僕には到底無理だと思っています。いろいろ理由はありますが、まず、思ってることを隠し通すことは僕にとってとても難しい事だと思うからです。

簡単に言うと

「あんた浮気なんかしてへんやろな!」

と聞かれただけでもうばれる。という事です。

当然、そんな消極的な理由だけではないです。だってこの言い方やったら浮気ありきやんか。

「花の季節は移りにけりな」

と、さる御仁が詩っていますが、そういう寂しい事は信じたくないですね。

思うんですが、浮気って何なんでしょうね。

これも少しアルバイトの子と話したんですけど、どうなんでしょう。

いろいろな考え方があると思うんですが、少し前、トミーズの雅さんが言ってたんですが、

「浮気は俺は一回もした事がない、浮体は何回か…あるけど」

とテレビで堂々と(ヌケヌケと?)言っていた。

一見めちゃくちゃなように聞こえますが、確かにそうですよね。気持ちはいつでも奥さんだけど、夫婦間に諸問題があってそういう事がなくなっていたり、

妻の気持ちが子育てに向いていて自分に向いていないとかいう寂しさから浮体に向かってしまうなんてことはあるのでは?

と思ってしまいます。

もちろん男性がそれほど一途な人だけでできてないという事もよく知ってますよ。最初に言いましたが器用な人はいっぱいいるのも否定できない事実だと思います。

ただ、この人が?と思うような人が浮気したとか聞くと嫁さんとうまく行ってないのかなと思ってしまいます。

思ったところで本人達に聞いたりすることもないでしょうし、諌めたりすることもないと思います。夫婦問題の仲を取り持つ程の手腕を僕は持ってないからです。

(逃げと言われたらそれまでですが。下手に介入すると混ぜるだけやし)

それに、まだ結婚もしてないですし。認識甘いかもしれない、いや甘いでしょう。

一つ行っておかなくてはいけない事は、

浮気だろうと浮体であろうとやっぱり倫理的にしちゃいかんよね。仕方がない部分はあるにしても。

って事ですよね。

「(相手を)思うのは自由やん」

確かにそうなんですが。それを旦那に悟られないようにして欲しいですね。是非。

意外と男はそういうのは敏感ですからね。

女の子がそうであるように、男も自分を見てくれてないと寂しくなるもんなんですよね。

気持ちが離れてきてるな…と思うと相手は気持ちが通じるほうに行ってしまう。これは人の性というものではないでしょうか。

そのくせ、浮気が発覚した時は自分の事は棚に上げて相手の批判に集中してしまう。激情に身を任せて、感情的になって、相手が悪い、相手が悪い…

それが人間なんでしょうけど。

たまに理性的に話し合いが行われる場合がありますが。そういうところはもともとお互い理性的な付き合いしかしていないのでは?とか思ってしまいますよね。

本能的にというか、感覚的というか左脳的というか、そういうのでつながった人同士はやっぱり感情的になってしまうのではないでしょうか?

主観的な事ですが。

話は変わって。

「好きになった人と再会したらどう思う?」

という質問にどう答えるかな?という事を考えてみようと思います。

どうかな?

たまたまその時の会話に出てきたのが前彼女の事だったけど、それは若い頃の話で、僕の方から嫌になって振っているので、すっきりしたものです。再開しても気まずいだけでドキドキしたりは絶対無いですね。

もともとその子は僕には可愛いすぎる子だったので、僕はいつでも振られる気でいたのです。

(もちろん、その時はそれが嫌で嫌で仕方がなかったけど、付き合い始めてからは別れる想像をしない日はありませんでした。それはそれは苦しい日々でした。)

今付き合ってるのは何かの偶然で、この子の中では僕は特別ではないというのが付き合い始めからずっとありました。恋愛観が彼女とは違ったのかもしれないですね。

だから、もう相手にされてないなと感じた時は、あっさり僕のほうから別れ話が出てしまったのです。

相手からもその後連絡もないし、自分から連絡する事もありません(番号とかもすぐに消してもたから連絡はできないんだけども)する気も起こらなかったですね。

ドキドキすることはないですが、なんか凹んできましたね。思い出すと。

形的には僕が振ってますけど実質的には振られてますからね。

んで、僕なりに、どういう場合がドキドキするか考えてみたんですが、いろいろあるとは思うんですが。

(若い時とかに)ちゃんと振ってもらってない時って、意外と引きずってませんかね?

告白したけど「ごめんなさい」と言ってもらえなかったら引きずりませんか?

相手にしてみれば返事をしない=ごめんなさい

だと思うんですけど。

言葉を研究していた人間から言わせてもらえば、そういう簡単な言葉だけでも言葉には力があるので、きっちりと言ってあげることによって相手の中では大分違ってきます。

「ごめんなさい、今好きな人がいるんです」

といわれたら「仕方ないな…」

と最終的には思いますよね。それまでにめっちゃ紆余曲折しますけど。

逆に

「友達だと思ってたのに…」

とか言われてそのまま去ってしまって全拒否で、メールも電話も繋がらない状態になってしまうと

「だからどうなん?」

って思いますよね。

普通に考えたら、「ああ、駄目なんだな。」となります。

でも、それって告白されても自分は何とも思ってないからできる事なんですよ。(当たり前の事ですが。)

告白した側にとっては相手の事が好きだから。

希望的観測を持ってしまう訳ですよ。簡単に言うと

きっぱりとした否定がない=その恋は継続中

これが告白した側の気持ちではないでしょうか?

告白しない=この恋は継続中と大差ないですよね。

せっかく告白してもこれでは…

恋愛に不器用で、一途な人間ほどそういう傾向が強いのではないでしょうか?

頼むから、無理だと言ってくれ!

と次に行くための踏ん切りをつける方法を模索して苦しみ続けるのです。

そして苦しんで苦しんで傷つきまくって酷い奴だ!ってなって、その恋に無理やり終止符を打つのではないでしょうか。

で、そういう形で終わりにした恋愛って、再会すると、ダムが決壊するかのようにその時の苦しみが逆に思い出になって甦ってきて…

そん時の気持ちも続けて甦ってくるのでは?

と思ってしまいます。

その時好きな人が、その告白相手よりも好きになって笑い話にできてたら別かもしれないですが。

それでもドキドキはするかもないかもしれないですね。

相手がすっげージャイ子になってたら別でしょうけど。

そしたらその瞬間に諦めがつくかもね。引きずってても!

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2009年12月22日 (火)

寒い季節に

なったということは、スノーボードの季節になったということです。

今年は何回いけるかな?

去年は1回も行けてないので今年は3回は行きたいと思います。

なんや、あんまり行ってないやんと思われるかもしれないですが、お金もかかるし、時間もかかるし、仕事をしているとそうそう行けるもんでもないです。

せめて北部に住んでいればがっつり行くかもですが、北部に住んでたら住んでたであまり行かないかもしれない。

でも雪山に行くとテンション上がりますよね。

ボードをやり始めたのは大学の1年生の冬からでした。

冬の合宿と称して部活動で新潟の赤倉温泉へ行きました。

あまり恵まれた家庭でなかった僕はバイトの時間をやりくりして、バイト代も何とか工面して行く事が何とかできました。

二泊三日だったので、当時二日に一回しか寝てなかった僕としては久しぶりに羽を伸ばせる事に嬉しくてたまりませんでした。

部活はというと、サークルではないので、真面目にやっていましたけど、今一馴染めない感じで、あまり先輩達とは話をせずに、同期の男達とばかり話をしていました。

行きの夜行バスの中ではバイトを増やして時間とお金を工面したために疲労いっぱいで寝こけていました。

何やら先輩達は騒いでいたようですが、僕はよく知りません。

そして明け方赤倉に到着。

程なくしてホテルは開き、僕たちは部屋に案内された。

朝だけあって暖房も入れられてなかったので部屋は寒かった。

そのホテルでボードの用具を一式レンタルした。

というか、レンタルはツアーに付いていた。

僕はそのまま部屋で休んでしまいたかったが、どうやら今からみんなゲレンデに出かけるようだ、僕は重たい体を引きずって、やったことのないスノーボードをすることになった。

中学校のスキー教室、高校の修学旅行ではスキーしかしたことがなかった。

ボードは両足固定だからスキーのイメージではできなかった。ストックも無い。

初日は何とか滑れるようにはなったが、尻餅を何回もついたし、腕、腹筋もかなりパンパンにはっていた。

レンタルのブーツはステップインにはなってないので一旦座ってしっかりとブーツとボードを固定する必要があったからだ。しかもリフトに乗るときには外さなくてはならなかったし。

これが、昼ごはん(カップメン1個500円)を挟んで朝から夕方までリフトが止まるまでずっと繰り返された。

ナイターに行ってたらさすがに次の日は動けなかっただろう。

先輩達は行ってきたようだったけど。いったいどこにそんなパワーがあるんだ?

と不思議だった。今でも不思議だけども。

そして、一日目は夕飯を何杯も食べて温泉に浸かってその日は眠りについた。

次の日は筋肉痛で起き上がるのも大変だった。

先輩達は昨日近くの居酒屋に行ってきたようだった。なのに朝早くからゲレンデに出かけたようだった。何という体力だ。

変体やな。

と思ったが、僕のほうはそうはいかなかった、こんな筋肉痛は普段トレーニングを積んでいる自分にとってはかなり久しぶりだった。

体が重い…

だけど同期の奴らはせっかく来たのだからとゲレンデに出かけるという。

何という体力。

一人ホテルに残っても仕方が無いので僕も一緒にその日は出かける事にした。

動き始めると意外と動けるものだ。

その日は夕方まで滑ったが動けた。心なしか筋肉痛もましになっているように感じた。かなり滑れるようにもなっていた。

その日の温泉はとても身にしみるようにゆっくりと浸かる事ができた。

そしてその晩、慰労会という名の飲み会が開催された。

あまり、先輩たちとも仲良くなかったし、部内ではおバカキャラでは通ってなかったので、あまり何かを振られる事はなかった。

以前も書いたように同期の女子部員たちとは全く仲良くなかったし、同期の男としか仲良くなかったのでこういう飲み会は願い下げたかったが、1年なのでそういう拒否権はなかった。

嫌やなと思いながら、目の前にあるお酒が進んだ。

まだ20歳になってなかった僕はお酒の飲み方なんて全く分からなかった。

しかし、この雰囲気に居場所をなくしていた僕は呑むしか選択肢はなかった。(まだこの時は未成年者の飲酒喫煙法は厳しくなってなかった)

当時はめっちゃお酒に弱かったので30分もしたら記憶が無くなったようだった。

気が付いたら寝ていたが、後から聞くと泣き上戸で大変だったみたいだ。

やってしまった…

まさか自分が泣き上戸だったとは…

同期の奴らは何を話していたかとかまでは内容を話してくれなかった。

今でも。何を話したかは分からないが、この話をすると端々に何系の話をしたかは分かった。大した話はしていないようだった。

次の日は二日酔いだった。

僕だけでなく同期の3人も同じ様子だった。みんなガッツリ呑まされたのかもしれなかった。

僕は早い目に潰れていたようだったが。

それで最後の3日目についてはチェックアウトぎりぎりまで部屋で寝ていた。

レンタルは最終まで使えるようだった。

3日目についてはもう筋肉痛もほとんどなくなっていたし、一日楽しくすべる事ができた。

そして夜には新潟を出発した。

明け方大阪に到着、朝に帰宅した。

そして一眠りしてからバイトにそして夜勤に…

そんなこんなでドタバタに感じたけど、この合宿で手に入れたボードの気持ちよさとか、滑れるようになったという楽しさが次もっと行ってみたいと思うようになったのです。

そして地元のツレと何回か行くうちにどんどんうまくなった。

年間10回以上行った事もある。もちろん地元のスキー場だけど。

学生の頃は良かったな。時間がなんとでもなるという意味では。

戻りたくは無いけど。

好きではあるけど、いつまでもがっつり滑れるわけではない。

一昨年前働き始めてから行きましたが、学生の頃のように後先考えずに朝から晩まですべる事はできなかった。

昼食った時点で

「ああ、何か次寒いところに出て行くのなんかしんどくない?」

「ほんまやな…」

「このままちょっと休憩して温泉入って帰る?」

「そやな…明日仕事やし…」

と情けない事になっていた。温泉入って晩飯食って帰る。

そして多めに眠る。

仕方が無い事かもしれないけど、これは保守的で僕らしくない。でも仕方ないよね。

仕事に影響は出せないもんな。

こうやって年取っていくのかな?

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2009年12月21日 (月)

いっぱい

本をアマゾンで買ったのが今日帰ったら着いていた。

テンション上がる~!!

金曜日に東野○圭吾さんの新作を買いに行ったんですが。まだ読んでないんですがめっちゃ楽しみです。こういうのを買って帰るときは本当に気持ちが高ぶってるので事故とかしないように気をつけないといけないですね。

早く読みたいのですが、次読むのを決めてしまってるのでその後になってしまいます。急いで読むのももったいないので…

主に僕は本格ミステリーのジャンルが好きなのですが、普通の文学も好きですよ。

ただ、文学読んでる時は面白いけど深いので何ていうか

息抜きにならないんですよね。

人によるんだと思いますけど。普通に勉強になってしまうので疲れるんです。

その点ではこのジャンルはエンターテイメント性に優れているのではないかと思います。

僕はミステリー・サスペンスの本の多くはマンガと全く同じように捕らえてかんがえています。よく

「本読んでて何が楽しいん?」

って言われるのですが、こんなに楽しいものはなかなかないんではないでしょうか?

まず、文章や言葉、単語にある表現で人によって「揺れ」があることが面白いんです。

これは、第一に本の内容を友人とかと話をする事が前提の話なんですが、

「最初のほうにあったあのシーンのあそこ、布石打ってあったよな~」

「ええ!そんなんあったっけ?」

「ここここ」とページをめっくって読み上げる。

「ほんまや!これそういう意味か!すげー!!」

「完全にやられたやろ?」

「おお!マジか!全然気がつけへんかったけど言われたらそうやな。」

というやり取りがめっちゃ楽しいのです。僕が気がつくだけじゃなくて、友人も気が気がつくポイントがあります。

こういうのは、人によって言葉や文章の解釈の仕方が違うから再発見があったりするんだと僕は思うのです。

二回目読んだ時もそういうことに良くめぐり合うんですが、こういうのは自分の中で再発見しても、誰かに言いたくてしゃあないけど、誰にも言えないんですよね。

やっぱり友達とここが良かった、あそこが良かった、最後残念やった、今年最高の作品やったとか言い合えることがすごく楽しいんですよね。

ちなみに「揺れ」っていうのはさっきも言いましたが、人によって言葉や文章の解釈が大きくなったり、小さくなったり、広くなったり、狭くなったりする事をいいます。

次にサスペンス・ミステリーには人を惹きつけるものがあります。それは不幸であったり、激情であったり、カタルシスであったりするのかもしれないですが、あまりそれについては深く考えた事がありません。

惹きつける、そして、頭に描きやすいのです。目で見ているのは文章ですが、頭に入っているのは映像なんですよね。

そういう部分が、最近映像化しまくっている理由なんではないでしょうか。

僕は映画も好きなので、映画もDVDもジャンルを問わずよく見ますが、これについてとても期待をしてしまいます。

以前この期待を裏切られた感がひどかったのをこのブログで書いたことがありましたが、

よっぽどの事がないとそんな事は思わないんです。

あれはひどかったけど。

ちなみに、東野○圭吾さんの「レイクサイド」という作品があるんですが、それが映画化してから、それを見る前に原作を読み終えたんですが、

それはもう早送りを見ているような展開でいらんやろってエピソードもあってやや不満でしたが、役者のイメージはすごく合っていたと僕は思いました。主演は役所さんです。

そういうのだけで何となく許せてしまうんですよね。

裏切られるまで思わないです。

上から目線ですけど。一読者一視聴者として素直にそう思います。

えと、話がそれましたが、サスペンス・ミステリー本の良さの二つ目の続きですね

映像化することによって二つの楽しみがあります。

一つはさっきも少し言いましたが、役者を考える事ですね。

以前「さまよう刃」で読みながら寺尾さんを想像したと書いたことがありましたが、そういうことです。あ、この主人公はあの俳優さんこのヒロインはあの女優さんと頭の中で人物像が頭の中でできているんですよね。

それを映像化の時に比べてみてあ、いいとこ突いてきたな。とか、おお!僕と同じ意見!とか、いやいや、この人はないで→(この場合は脚本も期待できない場合が多い。)

とか考えるのが楽しみですよね。

これを友達とかと話できたらめっちゃ盛り上がるし。

二つ目は、がっつり映像を見てみて楽しむ。

原作と違うから映像化する意味がありますからね。

概ね同じでも見る角度が違うからとか、主人公が違うからとか、映像化の上で不都合な部分を切り取ったらトリックやら設定が微妙に変わってくるのを楽しんだりとか。

そういうのがいいですよね。

例でいうと、「探偵ガ○レオ」の映像化、テレビドラマ「ガリ○オ」ですね、視点が違います。

あとNHKでやってた(と思う)「悪意」ですね、主人公が違います。

こういうのってすごく面白いと思うし、違うメディア媒体を通す意味がすごくあると思うんです。

こういう楽しみ方って何ていうかな、何が一番当てはまるかな?

「粋」っていうのが一番しっくりくるかな?

「こういう楽しみ方って、何か粋ですよね。」

おおスッキリ!

まあそういうことですよね。

そして、サスペンス・ミステリーの本の良さの三つ目は

読んでるうちは自分が主人公になるって事です。

これは二回目は無理なんですが、(他の媒体でもそうです)次の行、次の単語に目が行くまでは何が起こるかわからない。どんな山場があるか分からないのは登場人物も同じですよね。

たまに主人公が現在から過去を振り返るっていう設定のものもあるけど。

恩田○陸さんの「ユ○ジニア」とかそうなんですけど。

そういうのについても、物語に自分が入っていくあの感覚がすごく好きです。

体は現実、世界は小説。

たまにリアルなの読んでると境界線がおかしくなる事がありますが…

トリップ状態とでもいいますか。

あぶない人とかそういう領域ではないです。主人公とか登場人物を好きになってその気持ちになっている時と言ったほうがいいでしょうか?

そういう状態が好きなんですよね。

そうなると読み終えるのが嫌なんです。

多くの場合、複数作品に登場する主人公はいないですしね。続き物以外は。

そういうわけで僕は本に夢中になれるという事です。

三つ目の理由が一番かもしれないな…

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2009年12月20日 (日)

まずはじめに

今日は誠先輩と晩御飯を食べに行ったのですが。いろんな話をしたりして、めっちゃ面白かったし、大変有意義だったと思うんだけど。

ちょっと長く引っ張りすぎた…と後から気がつきました。

まだまだですね、すみませんでした。

でも楽しかったです。また次回、この課題を含めて食べに行きましょう。

プライベートになるとついつい気を緩めてしまいます。これは本当に昔からですね。

後になってめっちゃ後悔することがプライベートではしばしばあります。

仕事と同じように、アクシデントが起こる可能性を考えて起こらないうちにあらかじめ想定しておく。

僕はこれを「予防線」とよんでいるのですが。

予防線を張れている時は脳みそが働いているし、僕自信も警戒しまくっているのでアクシデントも起きにくいのですが。(そうそうアクシデントがある店はやばいけども)

ちょっと調子にのっていると予防線が解けているので危うく発生させるところだったということはしょっちゅうあります。

いかにこの予防線を強く長く張る事ができるかという事がこれまでもこれからも課題です。

これがしっかりできれば。

「あの時こうしてれば…」「先にやってれば…」「前もって考えれたやろ…」

という嘆きに似た後悔はないです。変わりに

「これ以上は仕方が無い」とか「想定の範囲外だ」

と割り切る事ができます。

その仕方が無いとか想定の範囲外とかは内容によっては今後想定していかなくてはいけないでしょうが、それはまた別の機会にするということで。

やるだけやって、起こってしまったら仕方がないですよね、ある段階ではこれ以上は無理だったと判断できれば前向きに向き合う事ができますよね。

ここで一つ昔のエピソードなどを…

アルバイト先で忘年会だったか、新年会だったか忘れましたが、寒い時期だったと思います。

その会の幹事を僕がやってたんですが、幹事はそれがはじめてでは全く無くて、もう何度もやってたので、今回もいつも通りの感じでやっていました。

メンバーには当時付き合ったばっかりのカップル(親友と女の子)を含む10~13人ぐらいだったと思います。

今みたいに飲酒喫煙法も厳しくなかったし、飲酒運転の取締りも厳罰化の前だったので、かなり盛り上がっていました。

宴もたけなわで、滞りなく会は終了に向かっていました。

そこでふと親友に目をやると、彼女とは違う女の子と話をしていました。実は少し前に見たときもその子と話をしていたので気にはなっていました。

(というよりも、親友と話をしている女の子の事がその時は気になってた。)

当時、時計をするのが嫌いだった僕は、あまり時間を気にしなかったのですが、幹事としてあちこち盛り上げて回っていたから、そんなに時間がたっている気がしなかったのです

いや、それでも少し長く盛り上がってるな…と気になってはいましたが、

『この場は盛り上がった方がいいわ』

と自分の気持ちも押し殺して目をつぶっていました。

(彼女いるくせになに話して盛り上がってんねん!彼女と話とけや、付き合い始めたんやからよ)

と少なからず思いました。

だってその彼女は親友のそいつが好きだと言っていたので僕は告白するのを諦めた子だったので、その意味で悔しく思いました。

しかも僕の気になってる子とまたも話を盛り上げている…

そいつはいわゆるイケメンなのでもてるのですよ。

しかも好みの女性もかぶっているのでちょっと!って思ってしまうんですよね。基本的には気のいい奴なんですけど。

それはさておき、盛り上がっているから割って入る事ができなかったんですよ、その時は。

多分僕の考えではこの会を成功させる事=盛り上がる事だったので、盛り上がったらそれだけよしとしてしまってたんだと思います。

それに、話を止めに入ったら何か嫉妬しているように思われるのが嫌だったんですよね。そういう恋愛感情は表に出したくなかったので。

『ま、話ぐらいいいか、こいつの場合、この後の発展は無いわけやし。』

と思いもしました。

何より会の成功ですよね。

少ししたらその親友の彼女が泣いているんですよ。

ゲ!

と思いました、僕の中で血の気がサッと引くのが分かりました。

やっちまった!(そりゃそうや。)

しかも静かに泣いてるからその親友は気が付かずにまだ話をしていた。

そして空気が重いことに気が付いてやっと自分の彼女が泣いている事に気が付いたのでした。

やってしまった…

そこまでならまだよかった。

それを見て、参加しているメンバーの中の強気な女の子が、親友と話をしていた女の子を即座に責めたのです。

おいおい違うだろ…

と思いましたが、口からこぼれた言葉は拾いようがありません。

変な空気になってしまいました。

自分を責めて泣いている女の子

泣いている親友の彼女。

責めた強気の女の子は無表情で冷たい目線を送っている。

僕と同世代のメンバーの女の子が結構いたので、その子たちがフォローしてくれて、取りあえず店をでることになりました。

情けないですが、この場を修めるだけの腕はその時には持ち合わせていませんでした。

そしてなし崩し的に解散しました。

同い年のメンバーは5人いたのですが、5人残ってファミレスで相談です。

相談にもなってなかったですが。

取りあえず、僕はみんなに申し訳なかった事を言いました。みんなは楽しく飲んでいたので、そのときの状況が分からなかったのです。僕は自分の知っている事を話しました。

そして、話しながら、一つの決断をしていたのです。

僕の中で酒を飲んでいた事もあって予防線が張り切れていなかったのが悔しかったのです。それで彼女たちを傷つけてしまったという事に。

親友と話してた女の子の相談に乗りながら(この段階では味方になれる立場の人間は僕しかいなかった。)親友と話をして、責めた女の子は取りあえず不問にする事にした。

状況が読めてない軽はずみな発言だったので許して欲しいと僕が女の子に言った。(これは後々謝ってたので、無駄な事になりましたが。)

問題は親友の彼女です。

どう繕ってもあいつが悪い訳ですが僕自身も問題があったので僕が悪者になることにしました。

アホですね、何かっこつけてんねん!

と今では思いますが、その時はそれしかないと思っていました。だって親友が彼女に謝っても何が悪いか気が付いてないから許されへんとか言ってて取り付くしまもない状態だったので、何とかしなくてはと思いました。

で、何とか本音を聞きだそうとしてワザと刺激するような事を言った。自分の事を棚にあげるように。

そしたら最初は戸惑っていたものの、最終的にはぶちまけてくれた。

「それがききたかったんや…」

と最後は僕自信の非礼も謝った。

それから程なくして親友と彼女は仲直りしていた。

何や、僕がどうこう言うことではなかったのか。と思いました。

(もともと、彼氏彼女のすったもんだに第三者は介入してはいけないのは知ってたけど。自分の空回り振りに激しく嫌悪感を抱いた。)

話してた女の子と、親友の彼女はお互い謝って事件は解決した。

僕の空回りっぷりがなかったらもっと早く解決してたかも知れなかった。

ここで僕はもっと冷静になって、動く時はもっと綿密に動くべきだと心底思いました。

その時僕が動いた事によって余計に彼女達を傷つけた事は間違いなかった。

今となっては良い教訓です。

それ以降、親友の彼女は、親友と結婚した今でも、親友の嫁さんという事で付き合いはあるけど、その時のことをどう思ってるのかは分からないです。まず話すことがないですから。

僕の中でこうして残っているという事だけが分かっている事です。

結婚式はとても華やかで、僕は二人の友人代表として二人を祝福しました。今では間に子供が一人生まれて静かに暮らしています。

多分、今となっては笑い話になるとは思いますが、寝た子を起こすことはしたくないのです。

もっと歳がいってから僕のほうから言ってみたいと思っています。

ちなみに話してた彼女ですが、そんな空回ってた僕に

「○○さんのおかげです。ありがとうございました、○○さんがいなかったら私ここのアルバイト辞めてました」

とお礼を言ってくれました。

いい子だなと思いました。

その後あんな別れが待っているとも知らずに…

とにかく、あの時割って入ることはせずとも親友に「彼女が心配してるで」の一言ぐらいは言えただろという事です。

今回は予防線の話でした。

本当は地に足つけて生活し始めたのは?という話にしたかったのですが、今日はこの話の気分だったので急遽変更しました。

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2009年12月19日 (土)

もうすぐクリスマス

この時期、無理やりでも世間は浮き足立っているような気がする。

あくまで主観的な事なんですけど。

大体、20日前後ぐらいから、クリスマス、年末年始にかけて、イベントが集中しているので、うきうきする感じは仕方がないのかもしれない。

僕は全然ですけどね。

今の仕事を始めて13回目のクリスマス。仕事ばっかりやってたのでこの13年間そんなに浮かれた気分になったことはない。

当然今年も。

むしろ年末年始はお客様も増えるし、どうしても応対のレベルが雑になりがちだ。そんな気持ちを引き締めないといけない。包装とかも多くなるんだから。

そうやって年末はあっという間に過ぎていく。小さい失敗や来年の課題を蓄えながら。

そしてすぐに年始はやってくる。

年始は年始で、お客様は少ないんですが、今度は従業員が少ないのです。

普通に考えたら正月は休みたいですよね。

うちの店で働いている人たちは、基本的には祝日、日曜関係なく働いてくれています。年の初めぐらいは、我慢して休ませてあげたいという思いがあります。

僕はもう何回も働いてきたのでもう何も感じなくなりましたが。

2日、3日については、友人達と鍋でもしたいところだけど、その友人達もそろそろ家族ができてきてるので、なかなか気軽には電話とかできなくなってきた。

仕方が無い事だけど。

最近は専ら一人で行動することが増えている。

そんな事はどうでもよかった。

年末年始の話。

年始にうろうろしていると親戚の子供に出会ったりもするのでその辺が実は気まずかったりする。

いくら渡したらいいんだ?

3千円?5千円?それとも…

無理やな、あんまり高額になると、向こうが気を使ってしまうし。

こっちも大変になるし。他の親戚にもあげないといけないし。

だからできるだけ出会わないように仕事してれば調度いいのです。

友人によっては

「2月ごろまでこんでいいぞ、こっちも返さなあかんのはめんどくさいし」

とはっきり言ってくるやつもいる。

じゃあ何で慣例化されたんやろ。

今度ちょっと調べてみようと思う。

ちなみに、サンタクロースですけど

実は聖ニコラウスという司祭さんがいて、その人がなまってサンタクロースになったとされています。

その人はトルコのお話に出てくるのですが、本当にいたとされています。

日本でいう「なまはげ」のような存在です。「悪い子いねがー!」みたいな存在です。悪い事をする子供をしかってこらしめる存在。

どういうふうに日本に伝わったのか、サンタクロース=プレゼントくれる人みたいになっている。

ちなみに司祭のような格好をしているのが僕の見たニコラウスだったのですが、それは緑を基調とした服だったのですが、日本のサンタクロースは赤を基調とされていますよね。

実はあれは大手飲料メーカーで採用したのが一般化してしまったものなんです。

今ではあの赤い格好=サンタですよね。

これについて良く飲料メーカーの陰謀とか言ってる人がいるけど。

そんなもん狙って広げたとしたらすごすぎるやろ。結果的に広がったんですよ。それに便乗して広げていった部分はあると思うけども。

とは言え、子供達にこんな事真顔で言うのは間違ってる気がするので、自分から知識を得ようとするまでは黙ってるのが一番だとは思います。

僕は親父に小さい時からそんなもんはおらんとキッパリと言い捨てられてしまったのでいないものだと思い込みました。友人達の中にはあれは親だと言い切っている子もいました。

でも、なんかそんなん寂しいですよね。

せめて子供の時だけでもその存在を信じさしてあげたいものです。

ちなみに聖ニコラウスの話や飲料メーカーの話を聞いた時から僕は逆にサンタクロースはいるかもしれないと思う事にしました。

実際にニコラウスはいたようですし。

全否定するような内容でもないでしょう。いると思ってた方がおもしろそうだし。

だからいい年して何言ってんの。と言われそうですけど、

サンタクロースはいてる。と信じています。

じゃあ何で来た事ないの?

と聞かれたらこう答えます。

「奴は本当に困ってる人のところに順番に行ってるからや、クリスマスにサンタクロースが本当に必要になった時には来てくれるんや。」

つまりは、いっぱい一晩で回らなあかんので、困ってる人優先だと。親があげてる家は、サンタクロースが来られないのを知ってるから買ってあげてる。

本当にサンタクロースが来た家はラッキーだと。

どう?何となく夢は残りそうじゃない?

子供相手にどこまで通せるかは分からないですが。友人の、夢のない子供(小二)に、こう言ったら最初は馬鹿にしてきたけど、ホンマかもしれへん…みたいになっていた。

友人夫妻は喜んでた。社交辞令かもしらんけど、その年サンタの手紙つけたら喜んでたそうですから本当にそうだと信じましょう。

見る人から見たら大人気なく「おらんと言い切れへんやろ!」と説き伏せたように見えるかもしれないですが。

だって誰もサンタは絶対おらん!って言い切れないと思うんですよね。

いるという照明はできないけど、おらんっていう照明もできない。

実際ニコラウスはいてたんやし。

なんか材料的にはいてはる方が有利っぽくないですか?

アホやと言われたらそれまでですが。

なんか浮かれてるのが世間じゃなくて僕みたいな内容になってしまった。

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2009年12月18日 (金)

レンタルCD

を今日借りてきた。

今回はJ-POPの話です。

内容はいちいち憶えていない、近頃流行っているCDです。

僕が中学生の頃はもっとCDや新曲出るタイミングが遅かった気がする。

本当のところどうなのかは分からないですが、今みたいにあれもこれも借りれる訳ではなかったので、

これ!

っていう珠玉の一枚を選んでた。そのせいもあってか、その頃借りたCDって今でもよく憶えている。

今は歌手も多いし、インディーズとか入れ始めるともうジャンルも歌手もいっぱいで、それなりにいいやつもどれもそこそこにしか聞けないんですよね。

テレビとか、ラジオとかでキャッチーな音楽を耳にすると、

あ、この歌もっと聞きたいな。

と思うのですが、メモ取ってても実はインディーズでレンタル禁止になってたり、レンタルが無かったり。

サビだけ聞いてどれか分別できなかったり…そりゃインターネットとかで探せよ…とは思いますが。そこまで興味がわかない。(行動に至るまでの動機が弱い。)

だから最近は、あこれ知ってる、これ借りたかった、これ知らんけど前の良かった、へえ流行ってるんや、一応おさえとくか。

とこんな感じでCDを借りている。

ぶっちゃけ、無くてもいいけど、昔からの慣例である程度まとめて借りる 。

その中からいいのなんてなかなか無いんですよね。

思えば、中学とか高校の時は本当に欲しいのだけを借りてたから密度が全然ちがうよな。

全然知らん奴とかに頼んで借りたりしながら欲しいシングルを集めたり、アルバムを集めたり。

そうやって友達付き合いしていったり、仲良くなったりしてきた。

その頃はミスチルとか、グレイとか、ビーズとか、スピッツとかサザンがめっちゃ流行っててディーンとかフィールドオブビューとかエルアールとか、ザードとかドリカムとかティアールエフとかがヒットしていた。他にもいっぱいあったけど書きやすいやつだけ。

その頃活躍してた人たちで今もバリバリ歌ってはる人がほとんどなんだけど、そうじゃないのもいっぱいある、いっぱいあるけど→あの頃のように素直に頭に残らない。

憶えられないという意味ではなくて。

インパクト?

っていうのが僕の語彙力では精一杯かもしれない。

歌詞かな?

斉藤○義さんや山崎ま○よしさんはがっつり歌詞が体に入ってきてしびれる時があるんですが。これは昔からで

「お前…別に悪くないけど、おっさん趣味やな、なんていうか、ロックが好きではないんやな、珍しいな」

と言われた事があります。何度か。

ロックが好きでない事無いんですが。

そういうガッツリくるのがいいんですよ。

同じ事をそいつに言ったけど

「演歌とか好きなんか?」

と聞き返されてしまった。

「いや、そういうのは全く分からん。」

と答えた。興味もわかないのが本当のところ、だからまだしっかり聞いたことがない。

否定はしないですが肯定もしない。

とはいえ、中学高校の時に聞いていた曲がいいのはその頃の僕たちがすごく多感な頃だったからではないでしょうか。

ミュージシャンの作り出す音や詩に自分の思いを乗せてその内にある思いを曲に溶けさせて自分の知らない答えを見つけようとしていた。

ってごっついキザな言い方やけど、そういうことですよね。

経験の少ない自分達を、勇気付けてくてたり、そうだよねと同意してくれたり、こういうもんなんだよと慰めてくれたり。すばらしいものだよねと教えてくれたりするのがその当時は音楽なんですよね。

分からないことばかりだから失敗もめっちゃするし、純粋で切なさや甘酸っぱい思いもいっぱいあったはず。

そんな思いの中で曲を聴いてたらそら心に残りますよね。

だから自分達の青春時代の曲っていいなって思うんですよね。

毎日毎日勉強ばっかり、部活動ばっかりで、そんな生活の中で、右脳に直接働きかける音楽はすごく心に響くはず。

今の子供たちもそうだと思うんですけど。

今やったらなんやろ?

コブクロ?スキマスイッチ?エイチワイ?アクアタイムズ?エグザイル?

偏りあるな…

知らんけど、こういうのもほかにもいっぱいあるのだと思います。

ガシャーン!!

と聞いたときに響く音楽が(人によって違うとは思うけど)、ありますよね、今の子たちも。

数々生まれてくる音楽に是非出会って欲しいですね。流行の歌に流されるのではなくて、古くても新しくても、豊かな歌詞に心を乗せて欲しいものです。

ちなみに僕の会社に、未だにディーンのアルバムを借りてきてハードローテで聞いてる人がいます。

僕も未だにミスチルの古いアルバムかなり聞いたりするので否定はできませんが、レンタルか…今の時代同じ年代で珍しい人がいたもんだと思いました。

聞くところによるとその辺りからあまりCD借りたり聞いたりしてないとか…

これは可哀想だと思って。おっせかいにも自身があまり感情移入しなくなっているにもかかわらず最近のCDをまとめて聞かせてる。(書き方気をつけないとな、この辺は)

半分以上押し付けですが。

今流行ってる曲よりもやっぱり青春時代の曲のほうが色濃いですね。

一応言っておきますが、今の曲が悪いと言っているんではないです。

種類が多いし、J-POPの幅が広いし、流行りも情報社会だけあって移ろう。これはそれだけたくさんのものを選ぶ機会があって、それだけいいものに触れるチャンスが増えるってことと同義だと思うんです。

過去のものを含めてね。

ちなみに兵庫県出身の半田健○くんは昭和歌謡をとてもよく知っているよね。

あれすごいな。

だってあの(故)亜久悠さんに「やるなぁ小僧」と言わしめたらしいのでよっぽどですよね。(サウスポーを各パートごとに分けて聞いていたところを作者の前で披露した)

半田くんのように古き良きものを温める事ができるのはとてもすばらしい事だと思いました。

だって若いうちは新しいもの、流行のものがとても眩しくて、輝いて見えますからね。

なかなか古いものには目がいかないもんです。

なんでもそうですが、音楽で考えるとよく分かりますよね。

話が逸れましたが、今日はつまり、自分達の青春ソングって今でも自分達の中では色あせないものだなって事が言いたかったんですよ。

それは今流行っている歌にも負けないぐらいに色濃く当人達には残っていくんだなと。

そういうことです。

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2009年12月17日 (木)

小学校の時

なにかの本かな?で見たのは圧化粧とはこういうものです。

みたいな事が書いてある本でした。

これを見て、厚化粧ってこういう見た目のことなんだな…

と思いました。

それは、アイシャドーをきつめに塗っていて、睫毛もゴラァって逆立ってて、チークで頬はまっかっかだった。そして顔は真っ白白。

それから、僕の先入観はバッチリ刷り込まれた。

つまりは厚化粧といえばイコールあの写真というわけだ。

で、何を勘違いしたのか、シャドーをつけてる子はみんな厚化粧。チークをつけてる子は厚化粧。睫毛ボーンってなってる子は厚化粧。

何か当てはまってたら厚化粧と思うようになりました。

その度に「オエー!」とか言っていました。失礼な奴やなホンマに^^;

それが、違うなと思い始めたのは、高校の時でした。

おっせー!

と言われるかもしれないですが、実際は抵抗がなくなるまではもっと時間がかかりました。

大学に入ったら、僕の学部は女性が多いのですが。

もう、、そんなんめっちゃおったので見慣れてしまった。それと同時に別に厚化粧やんけと思う事もなくなっていた。

ていうか気にしなくなった。

僕の近くにそれはそれはものすごいのがいたからかもしれない。

別に、パーツが悪いとか、化粧が濃いという子ではなかったのですが。

何か、睫毛が赤色の時があったり、

ファンデーションは使ってなさそうなのにチークだけがやけにきつかったり。

グロスだけべっとりつけてきてたり、オレンジの口してやってきたりと。

ひょっとしたらその子なりに頑張っていろいろやってたのかもしれないですが、それだったら鏡の前だけでお願いします。と言いたいぐらいだった。

それは誰が見てもおかしいと感じるぐらいだったはず。

ある日その子は今度は化粧ではなくて、寄せて上げるブラをしてきたらしく、やけに胸が主張されている日があった。

先輩達は小声で

『おい、あれ何か言ったれや…』

『いやや、お前が言えやお前おっぱい星人やんけ』

と言い合いをしていた。

『アホか、オレはおっぱい星人やけど…あれは…お前言えって!』

『無理無理無理無理!俺そんなキャラちゃうしー』

「いいや、○ちゃん。お前はそんなキャラやって!」

「ええー!嫌や、○瀬こそそんなキャラやんけ!」

「アホか、オレはそんなキャラやけどあれは…言ってええんか?あかんやろ。」

「ちょ!ひど!○鍋さーん!○瀬がブラ…」

バシ!「痛てぇ!」

「アホか○ちゃん!聞こえるやろ!」

という事があった。僕は黙って見てただけやったけど。

同期の友達は

「あいつ好きな子できたんやろ思うで。」

と冷静な事を言っていた。そうかもしれないけど、なんか、もっと雑誌とか見たらいいのにと思った。

めっちゃ目蓋にラメがいっぱいついてる日があった。

『おい、お前なんか言ったれや。同期やろ』と○瀬先輩が言ってきた。

「そうですけど、何て言ったらいいすか?」

「見たまま言ったらいいんちゃうか?」

「目蓋きらきらしてますね。とか?」

『しー!!お前それそのまますぎや!もっと間接的に言わんと後が怖いやんけ』

「どういう言い方ですか?」

『今日化粧いつもと違ってきらきらしてるなあとか』

「それ完っ全に楽しんでますよね?」

『ほらきた!言え!言え!』

口パクでまだ言え言え言ってる。

完全に遊ばれてるけど、先輩のいう事だし…

「…○鍋さん、今日目蓋きらきらしてるやん。」

と言ったとたんに彼女は先輩の方に目線を持っていき

「○瀬先輩ですね!ひどー!」

と言いながら嬉しそうな顔をしていた。先輩はこっち見て

「お前!白々しすぎるわー!」

「え?そうでした?」

もともとあんまり声自体をかけないからそう見えたのかも。僕はいつもこんなもんだったが、それはそれとして今回は

「ていうか(口パクしてた)先輩こそ~!」っていうギャグです。

「誰も何も言わないんですよね、似合ってないのかな?」

と○鍋さんは言っていた。

みんな何て言ったらいいのか分からんのだと思うぞ?

と突っ込みたくなったが、さすがにそれはギャグではすみそうに無かったので二人とも黙っていた。

「先輩なんか言ったらよかったのに」

「アホ、ああいうのは反応するからあかんねや」

「そうすか?先輩の立場利用して化粧おかしいぐらいの事言ったればいいと思うんですけどね?」

「ちゃうちゃう、それやったらお前が同期として言ったれや」

「僕と先輩とやったら立場がちがいますよ」

「同期は仲良くせなあかんぞ、お前ら女子と仲悪いやんけ」

「いや、仲悪くはないっすよ、良くはないですけど」

「一緒やん、お前が止めさせろや」

「ていうか、やっぱり刺激せーへん方が良くないっすか?」

「ほんまやな、ネタとして言うにはちょっと重過ぎる気ーするもんな。」

という事で、それから目頭のところが銀色になってたり。眉毛が無くなってたり。目蓋がつやつや光ってたりと、いろいろあったけど特に僕たちは反応しない事にしました。

そんなこんなで、化粧は

する人が似合ってると思ってたらそれでいいよね。

という結論に達したと言うわけです。

めっちゃナチュラルメイクとかで女の子が現れたりするとテンション上がりますが。

聞くところによると、ナチュラルメイクほど時間がかかっているらしい。

そんなん知ってたらデートとかナチュラルメイクで来られたらもっと嬉しくなりますよね。

とは言え、メイクがどれほど大変なものかまったく知らないんですが。

だってそんなん教えてくれる子はなかなかいないし。

以前教えてくれた子がいたんだけど。

「何かメイクしてる気分になってめんどくさい」

と言って途中で止めてしまった。

ま、これは、女の子の秘密という事にしておきましょう。

それで最近、いや数年前からチークが何かキュンとくるんですよね。不自然でも。あれやばいっすね。基本的に僕の中では無条件なんかもしれない…

オレンジのやつもいいんだけど、基本ピンクかほんのり赤かな。

あの…寒い時になるほっぺたみたいやからやと思う。あれもやばい。

というのを今日の結論に持ってきたかったと言う訳です。

チーク考えた人気が合いそうです。

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2009年12月16日 (水)

ほらみてんな…

僕の中では絶対こうなると思ってたんだけど。

宮内庁のあの問題、民主党のあの人めっちゃ暴力的な発言してる。

しかも言ってる事は我がままレベル。

あんなに暴力的な発言しているのにメディアって何であの人に対してもっとバッシングしないのでしょうか?

だって麻生さんなんて漢字読み間違いしただけで大バッシングですよ。

(みなさん冷静になって。ええやん、それぐらい。誰でもあるしそんなん)

お金が無いなら結婚しなけりゃいい。とか言っただけで大バッシングですよ。

(事実じゃない?定期的に入ってくるお金が無かったら破綻も見えてくるぞ、生活に)

日本のお年寄りはもっと働ける。元気なうちは、75歳ぐらいまで、これからも社会貢献してもらったらいい。と言っただけで大バッシングですよ。

(高齢化社会ねんから。これは既に現在こうなってるし。文脈的に補助とか強制労働とかそういう問題を語った訳でないことぐらい誰だって分かるやろ。冷静に)

「僕は郵政民営化には反対だったんです。」と言っただけで大バッシングですよ。

(そうでした、あんたは反対してましたね。事実や。当時の絶対的な首相に、反対するものは抵抗勢力だ!て言われたら、当時入閣してた身としては賛成に回らないといけなかった。それを自分が首相になってから言って何が悪かったのか。)

カップラーメンは今いくらか知っていますか?という質問に「400円ぐらいですか?」

(これはギャグかもしれないですが、ええやん。別にカップ麺作り方知らんやつだっていっぱいおるんやで。米の洗い方も知らんやつもおるし、セレブねんからしゃーないやん)

間違ってるぞ。絶対間違ってる。

僕は別に右翼の人間でもないけど。

今回の事を簡単に言うと、

まず、中国の国家主席候補筆頭がいて、その人と天皇陛下を会わせたいというのが前提にあります。

天皇陛下は以前、前立腺癌で前立腺全摘出しているので体調を崩しやすい。だから予定は30日前にしてね。

という事を宮内庁で決めていた(不文律ですが)。それをその時は過ぎてしまってたんですね。

それでも諦めきれない政府(民主党政権)が電話でお願いしたんですが。

宮内庁が

「体調が悪いから無理っすね。」

と断った。だから一回

「無理だそうっす。」

と中国に返事したんですが。

再び宮内庁に掛け合って渋々返事を取り付けた。

どこの誰の指示とは言わないですが。

再び中国に

「やっぱり面会できそうっす」

と言ってしまった。

だから天皇陛下は無理矢理、中国の国家主席候補筆頭に会わされる事になってしまったのです。

そもそも、それだけでもかなり問題なんですが、何が問題かというと。

天皇陛下は政治的な事に関与してはいけないですよと法律で決まってるんですが、

今の中国の国家主席は国家主席になる前に天皇陛下と面会してるんで、筆頭候補も面会すると、より国家主席の椅子に近づくという事があります。そして国家主席になった暁には便宜を図ってもらえる。

その便宜を今の日本政府は受けるという方程式ができなくも無い。

本当はどうか知らないですよ、知らないですけど、そう見えますよね。

それが、政治的に見えるので法律違反だという事なんですね。

それなのに先日のあの人の会見ときたらなんですか。

「俺はめっちゃ法律を知ってんねん。天下をとった人間だから何でもありなんや!お前ら何も知らんやろ、内閣がGoと言ったらGoなんだよ。分かったか!」

と言っているようなもんでした。

宮内庁の長官には

「一官僚が内閣に何偉そうなこと言っとんねん分をわきまえろ、下っ端が!辞表出してから俺に言って来い。」

と言っているようなもんでした。

めちゃくちゃや。

宮内庁の長官の声っていうのは時に天皇陛下の代弁を行う特殊な立場の人の言葉やのに、めっちゃ横暴ですよね。

つまりは「天皇陛下が直接言わんと俺は認めん」と言っているようなものですから。

これってもっとバッシングあっても良いと思うんですが。

まだある。

実はこの前、事業仕分けがありましたけど、それなりに効果はあったと思うし、それ自体はいい事だと思いますが、どうしても偏りは出てしまうよね。

だって仕分け人は責めることしかしてないですから。時間がないとは言え、とてもフェアな議論が交わされたとは思えない。何日か見ましたが、やっぱりそういう部分はあります。

人間ですから、責め方を誤ることもあるんです。それでいいとは思いますが。

その修正は陳情と言う形で政府に

「これ、さすがに予算ないと無理っすわ、何とかつけてください」

と頼みに行くんです。

これを首相は

「あ、それはあの、幹事長室に一任しますから。」

ときっぱり。

ここでまたあの人の登場ですわ。

結構派手に予算を削ったのであちこちから陳情にきとるわけですわ。

ここの部分は本当に国民には見えないので、何かきな臭い臭いがするのです。

分からないですよ、分からないですけど「予算欲しかったら袖の下通さんかい」と言っている想像をどうしてもしてしまうという事です。

たくさん陳情にくるもんだから、結局最初に言っていた期限も遅れて予算の提出もほんまは昨日やったのに普通に遅れてるし。

イラつくのはあの人はかなり権力を握っているってことです。だって、今やりたい放題やってるやんか。官房長官が決めた仕分け人も何か文句言ってたし。

首相もなんか及び腰やし。

何、あの強気な会見。腹たつわー。

「誰が30日って決めたんだね?ねえ?誰が決めたのか知ってるのか?法律で決まっているのか?」見たいな事を言っていた。

子供か。

じゃあ、あなたは天皇陛下の体調は、中国のVIPと会わせる事よりも大切ではないという事ですか?

と言ってやりたかった。

大体、西松建設の政治献金問題ってどうなったん?

なんで曖昧なままあの人は幹事長なんてできてんの?説明責任も全く果たしてないのに。

不服やわ。

メディアはこれについて今は全く報道してないよね。

首相の問題もバッシングが少なすぎる。まあこれは、犯罪色が無いから別にどうでもいいけど。首相としてどうなん?って思います。

上であげた麻生さんの発言、民主党が野党だった時に逐一。逐一責めてましたよね。

あの時アホくさって思いました。

それを繰り返せと言っているんじゃないんです。

明らかに責められておかしくないものも扱いが小さい。漢字の読み違いよりも。

メディア批判ばっかりですが…

最近は本当に酷いなーと思ってるんです。

僕はあの人が昔から大っ嫌いだし、自民党の麻生政権は(酩酊会見があったけど、それ以外は)割りと評価が高い方だと思っていますから。

いささか、公平性に欠ける文だとは思いますが。

それを差し引いてもお釣りがくるぞ!と思ってしまいます。

あの人=小沢さん

首相=鳩山さん

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2009年12月15日 (火)

不気味な共通点

昨日書いたブログのゾっとしたっていうメモだけど。

題名は決まってないみたいだけど、始まりの部分がかなりインパクトがある。

ていうか、この部分は、この前お昼の情報番組とかでやっていたベテラン俳優とベテラン女優の夫妻の闘病についてのものによく似ていた?

いや、似ても似つかないのですが、それを彷彿させてゾっとしてしまったのです。

始まりは記者会見だった。

沈痛な面持ちで妻の死について語るベテラン俳優、その妻はベテラン女優だったが、50年も前にはかなりのブームを生んだ。今で言うヒロスエとかガッキーのような存在。

その妻の死の原因は老衰だった。認知症を患っており死の際には夫の事はおろか、自分の事も良くは憶えていない状態だった。

それをテレビで見ていた看護士の主人公は彼女の死の真相を知っていた。

そして、そのベテラン俳優はその事も良く知っていた。

主人公と、ベテラン俳優は愛人関係にあった。

画面上では鎮痛にしていて、本当に愛し合っていたように報道されている。

それを見て、演技だとは分かっていても少し嫉妬心が沸いてきた。

愛人関係にあったが、それはかなり真剣な交際だと自分では思っている。

周りから見たらまだ25歳にもなっていない自分は彼に囲われていると映ったはずだったが、彼は私を愛してくれたし、私は彼の特別だ。

そんな自信があったが、仲がよさそうな二人の映像を見ていると自信は少しずつ崩れていっているような気がした。

それから数日が過ぎた。

彼から連絡はしばらくできないという事だったが私はそれに耐え切れなくなってきていた。

私はたまりかねて彼に電話をする。

彼はすぐに出た。

「なんだ、こんな時間に。」

いつもよりもかなりそっけない声、周りに誰かがいるのかもしれない。

「ごめん、なんでもない…」

と言ってその電話は切った。

それからおかしな事が起こるようになる。

私の水筒の中に劇薬が入っていたり、部屋に毒蜘蛛が進入してきたり、車に轢かれそうになったり…

これは。

もしかして俳優は私を殺そうとしているのではないか。と思えてきた。

俳優は実は暴力団とのつながりがあり、病院長とも知り合いだった、だから彼の元妻もこの病院に入った。

病院長には一度妾になるように直接ではないが、彼の妾だという女性にお金もいっぱいもらえるし、同じようになるように言われた事があったが、断ったことがあった。それから何年か経っていたがそれを思い出して病院も辞めることを考えた。

問題なく辞表は受理されたものの、辞めるのは一ヶ月も先だった。

病院長とエレベーターで話をすることがあった。

彼は、俳優の手から開放してあげるから妾になれと間接的に迫ってきた。

俳優の口から直接お前を殺すと言われたわけではないので、まだその答えは出せなかった。

そして、今度は当直の帰りに玄関で上から鉢植えが落ちてきた。

開いている窓ガラスは無い。

ていうか玄関側の窓ガラスは廊下側で全てはめ込み式になっていて開かない。

これは確実に自分を殺すために誰かが仕組んでいる。

それはあの俳優以外には考えられない。

そして病院長に嫌々ながら相談する。

「俺が守ってやるよ。」と言いながらも体を先に要求する。

私はギリギリになって思い止まるが時は既に遅く、もう逃げられない状態だった。

「へへへ、あいつはこんな女がタイプなのか、へへへ」と下劣な声で私に覆いかぶさる。

殺されるよりはまし、辞表も出したし、しばらくの辛抱だと自分に言い聞かせ、絶える事にした。病院長は蛇のような奴だった、臭いも嫌い。しかもSEXはかなりヘタクソだった。

それでも愛の無いSEXはただ乱暴なだけで受け入れられるものでは全くなく、終わった時には身も心も疲弊しきっていた。

院長室から帰ってきた私は病棟がかなり忙しない事に気がついた。

自分の担当している患者さんの容態が急変してそのままナースコールにだれも出ずに亡くなっていた。

ナースステーションにいるべきだったのは私だったのだ。

私は心底後悔したが、患者さんは戻っては来ない。

そこで、もう一人の看護士と医師に白い目で見られている事に気がつき、私は青ざめた。

そこへ病院長が現れて

「私が彼女にこの病院で尽力してくれるように頼んでいたんだ、ナースコールに気がつかなかったのは私のせいだ、責めるなら私を責めなさい」

そして医師はすごすごと帰っていった。

残った看護士は、

「移動するなら私に一言言ってよね。まぁ見回りに行ってたんだけどさ。」

「で、残る気になったの?」

「それはまだ、考え中で…」

「そう、もともと何で辞めるのかしらないけど、病院長から留められるなんてめったに無い事じゃない、少しぐらいのことなら、私なら残っちゃいそうだけど。」

どうやら彼女はこの病院に妾制度がある事は知らないようだった。

そして何事も無い日が二週間程続いたが、当直の日は院長室に行くという仕事が私には課せられていた。

ある日病院長が屋上から転落死した。

遺書が院長室に置いてあり、病院経営で行き詰まりを感じての自殺と書いてあった。

くしくも遺体は鉢植えと同じ場所に落ちていた。

あの鉢のように病院長の頭はグシャっと潰れていた。

次の日、自宅に遺書と青酸性の毒物が家に届いた。

これで私に自殺しろと…?

内容は院長の愛人として彼を失って生きていけないという文面だった。

「冗談じゃない!」

あんな男の愛人になって死ぬなんて死んでも死に切れない。

もう俳優に対する愛情なんて消えうせていた。

病院に行くと事情聴取をされた。

誰かが私と病院長の仲を喋ったようだ。あの妾か…

犯人はあいつか?

だが、あの女は誰だ、どこの誰かもわからない。

そして次の日、彼女も死んでいた。病院長室で青酸カリを飲んでだった、文面は自分の家に送られてきたものと同じだった。

次は私の番か?

警察に事情聴取を受けた。

自分の持ち物も改められた。最悪な事に遺書と青酸カリが自分の鞄から出てきた。文面も全く同じ。

私は送られてきた事を訴えたが信じてもらえない。

次の日、新人の刑事らしき人が取り調べ室に入ってきた。これまでのきつい女性の刑事も一緒だったが、彼は彼女とは別の角度から見てみるとのことだった。

とてもオドオドしていたので頼りなかったが、彼は私の事を信じる立場から捜査をしてくれるようだった。

そして、私は彼に捜査をお願いする。

証拠不十分で私は釈放となった。そして成り行きで二人で捜査する。

相変わらずオドオドしている彼に苛立ちを覚えた。

そして俳優とつながりがあるとされている組織を突き止める。

彼と私は素人同然だったので手出しはできなかった、そして運悪く捕まってしまう。

そこで、殺される前に全てを聞きだそうとする。

ベラベラと俳優に言われた事を行動してやったと言う、彼らは俳優がお金の払いがいいので良い付き合いができると言っていた。

そこで私は病院長と寝て手に入れたお金を渡す事を条件に自分だけでも助けてくれと言う。

その金プラス体という条件付で承諾する事になった。男なんてこんな奴らばっかりか。

とはいえ、今回は病院長のように余裕は無い、新米刑事が殺されてしまうからだ。

私は自由になった手で携帯電話をばれない様に操作していたが、見つかってしまう。

ついでに彼のものも取り上げられてしまったが、彼のものは通話になっている?

私は一か八か場所を尋ねてみた。

簡単に彼らは答えた。

何とか時間を稼ごうとしたが、何回か質問したらもうネタが無くなってしまった。

仕方が無いので近くの置物で殴りにかかった。

が、あえなく全身を取り押さえられてしまう。

そこであのヒステリックな女刑事が入ってきた。

完全にこの場を制圧した彼女はSMの女王様のように見えた。

「遅いっすよ」という新米刑事に「もう少し遅かった方が面白かったかしら」というヒス刑事は正しくSMみたいだった。

そして俳優は逮捕され、殺人罪で裁かれることになった。もちろん組織の人間も。

私は今も看護士を続けているけどさすがに病院は移った。

ヒス刑事に紹介してもらったのだ。

新米刑事とヒス刑事は結婚するらしい。

私はこれから探しますが。

彼女はいい人ですが私よりも早く結婚できる性格とは思えなかった。

でも私よりも年上なので年功序列ということで悔しくない事にしておきます。

という終わり方です。

どうでしょうか、僕は自分でこんな内容のものを考えているなんてびっくりですよ本当に。

書き方によっては昨日の笑わない利用者よりも面白くなりそうな気もします。

でもこれも書く気にはなれない。

てか、これブログに写すのにあれこれやりながら2時間ぐらいかかってるんですけど…

メモは字が汚いし、文章はつたないし。

メモ帳は前後してるし。キャラ設定は全く無いし…まあ、この作品は私目線で展開するものなんだろうけど。

もう作った時のことなんて全く憶えてないから、自分で書いたとは思うけどどういう心理やったんやろ。

女性目線なんてよく考え付いたもんだ、今の僕ではこれをしっかり文章には変える自信はありません。

それまで温めるという事で…

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2009年12月14日 (月)

日常生活から

普段生活していると、

「あ、これ小説のネタになるかも。」

ってことが結構あるんですが、それをメモできたら一番いいのですが、その場にメモがあったとしても、もうそのメモが近くにあったというラッキーが頭の中を占めてしまって2/3は忘れてしまう事が良くあります。

本当によくあります。

ばっちりメモを取れることはとても少なくて、ボールペンを手に持っている時とか、こうやってブログを書いている時とかは、内容がそのままネタとして活用できそうだったり、近くにいつでも書けるようにメモを置いているのでバッチリ書き留める事ができるのですが…

んで、僕がヘルパーをしていた時、その時は利用者さんの変化を逐一メモできるようにメモは絶対だったので、いっぱいネタを蓄える事ができました。

たまたまさっき古い日記を見ていたら、日記と日記の間から出てきたので、ちょっと面白いので載せてみることにしました。

〈笑わない利用者〉

とある特別擁護老人ホームにて施設長が頭を殴られて殺害される。殺害現場は少し異常で、その階の水道という水道から水が溢れていた。被害者の遺体も水を大量に被ってしまっている。

施設にその当時勤務していたのは看護士と施設長と介護職員2名、全員にアリバイが無かった。

目撃者は施設の利用者、深夜徘徊の途中にまさに殴っている犯人を見ている。

彼女の介護レベルは4で一人でいろいろできる、会話もできるが記憶はそれほど持たない。(よくもって3日、普段は1日もてばいいところ)

彼女は92歳で普段は温厚な顔つきだったが、事件の後からは引きつった顔つきに変わってしまう。

しかし、事件当夜の記憶は既に彼女の頭の中には無い…と思う。

鈍器は発見されなかったが。恐らくそれは次の日に開催予定だった夏祭りレクリェーションのカキ氷用の氷だった。

被害者が一階の調理室から二階の大型冷冷蔵冷凍庫に持っていくところだったようだ。

〈取り調べ〉

まずは看護士(男)

彼はもと精神課の看護士で、今はこの施設でかなり偉そうな地位についている。実質は事務仕事のほとんどを彼がこなしており、実質的には事務長。ケアマネージャとしても働いている。

大きな施設のため、もう一人人員が欲しいと考えている。仕事が多いが給料は安い、でもギャンブルが好きでいつもお金には困っている、借金も多い。

殺される前日施設長と給料の事でもめていた。

被害者の施設長(女)

主にレクリエーションの担当をしている。

人当たりのよさそうな婦人。

元は老舗の呉服屋の箱入り娘。

医者の旦那さんと結婚している。彼は時々施設にも顔を出す。(木曜日は施設の検診の日)

信念が強く、曲がったことは大嫌い。

頭がよく経営手腕も見事。

しかし人の教育は下手で、なかなか思うように人を教育できない。

他人を当てにしない性格。(仕事は別)

施設での評判は良く、悪口を言う人は介護職員①ぐらいだった。

レクリェーションの日以外はほとんど自分の部屋にいる。

そして介護職員①女

彼女はこの施設が開設された時からのメンバー。能力的には№1だが、かなり独裁者タイプの人間。

自分の思い通りにならなければ物によく八つ当たりをしたり、職員の間ではかなり評判は悪い。陰険な性格で男性が介護につくことをとても嫌っている。逆に利用者からはとても評判がいい。と言っても要介護レベルの低い利用者に限るが。

事件の夜、施設長と利用者の扱いと男性職員の採用についてもめていた。

正職員だが他に掛け持ちをしている。借金はないが賃金が安いためか生活は困っているようだ。

あと介護職員②男

新人介護職員(主人公)三ヶ月前この施設にやってくる、今夜が初の当直の日でリーダーと一緒に勤務していた。

リーダーはかなり苦手。

少数しかいない男性スタッフの一人、その事で①女から陰湿ないじめを受けているらしいが、本人はボーっとしているので気が付いていないようだ。

施設長の甥っ子。息子とはかなり仲がよいらしい。

少しばかり借金はあるようだが、実家で暮らしており、少ない収入でもなんとかやっていける。

不況で就職できただけでも良かったと思っている。

一週間前ぐらいに趣味の釣りに行って足を滑らせて人差し指を骨折したらしい。

動機は全く見当たらず警察からは何も聞かれない。

そのことで本人はちょっと残念がっている。

↑実は主人公が犯人

施設長を殺してしまったのは実は事故。

本当は介護職員①女を殺害する予定だった。骨折は嘘

夏祭りの計画自体は一ヶ月以上前から組んでいた為近くになって犯行を思いついた。

通常の女性職員であれば一週間で当直などするところ、彼は二ヶ月たってもさせてもらえていなかった。

前に勤務していた施設が経営破綻してしまい、路頭に迷っていたところ施設長の息子に会ってここを紹介してもらっていた。

経験もあり、介護職に燃えていたが介護職員①の陰湿ないじめに耐える事ができなくなっていた。

すでにいろいろと仕事をまわしてもらっている周りの女性職員とも話しが合わず、施設で孤立しているような気分でいた。

やくざみたいな看護士にも話は当然できなかったし。

ボランティアの子はせっかく来てくれているので施設の嫌な一面は出したくなかった。

そして、事件の夜、それでも迷っていたが、指の骨折についてぐちぐち言われていた。

あげく施設長に自分をクビにするように言っていた。

そこで犯行にためらう気持ちは無くなって氷を運んでいる最中に殺害する事にした。

しかし氷を運んでいたのは施設長だった。

〈徘徊の老女とのカラミ方について〉

この女性は実は要支援レベル(要介護度1よりも下)の老女で、施設に順番待ちをしていたが、なかなか入れず(そりゃそうだ健常と変わらんのだから)家族が他の施設からケアマネージャーに介護レベルを上げさせて老人ホームに無理矢理入れた。

認知症のふりをして日々過ごしていたが、本当に認知症になりかかっている自分に気がついて夜、部屋を抜け出してトイレで本を読んだり頭を使う事をすることにしていた。

警察の事情聴取に一度呼ばれた時に意思のある表情をうっかりしてしまった為にそこから前の施設とケアマネージャーの不正がばれて本当の供述をする。

主人公の介護はとても丁寧で、自分達を自然に扱ってくれる。

介護職員①女の陰湿で汚いいじめに耐えて頑張っている姿を見て胸が切なくなった。(息子が死んだのも彼ぐらいの年、会社でノイローゼになって自殺してしまっていた。)

今回は事故だと思ったが、それでも彼が可哀想に思い黙っているつもりだった。

ありがちな設定だが、犯人=主人公の視点から描けば違った作品に見えると思う。

という設定がメモで千切り千切り残っている。

これ書けそうやな、一作。

でも乗り気がしないので、また気が向いたら書くことにしようと思います。

実際に働いていた人間にしかできない表現の仕方もあるし。きっと面白いものになるとは思いますが…

でも早く書かないと頭から経験が抜けていってまうのでは?

それはそれでその時また勉強したらいいか。

つまりまだ書く気が起こらない。

まずはタイムリミットⅢ(仮)を書かなくては。

実はこの「笑わない利用者」のメモの他にもう一つ完結しているメモがあったのですが、これはすっかり忘れていたのですが、読んでゾっとしました。もちろんこんな風なメモ形式で残っているのですが…

また今度紹介します。

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2009年12月13日 (日)

昨日書こうとしていた事

この前、阪神タイガースの赤星選手が引退した。

ドラフト4位で球団に入ってきたらしいが、その時は全く知らなかった。一年目、颯爽と現れて、盗塁王と新人賞を取ってしまった。

なんつーすごい選手やと思いました。

あまり、私生活や性格のことについては知らないのですが、自分の盗塁の数だけ車椅子を寄付したり、その全てにサインをいれたり、とても紳士な人だなという印象はありました。

プレーについても、記者会見の時に本人が言っていたように全力プレーで、見ている人を惹きつけていた。

得意の走塁なんかは、彼が一塁に出たら2塁まではフリーパスのような俊足で、捕手を手玉に取っているような気さえした。

バッティングもそこそこ良くて、体が小さい選手なのでパワーヒッターではなくヒッティングが得意、特にスピードボールについては本人も自身があったようです。

一軍登録から数年間は1番か2番打者として頑張っていたが、近頃はそのバッティングセンスが買われクリンナップの3番打者として活躍していた。

3シーズン前だったか、ヘルニアで試合に出れなくなってしまったが、アニキが出ていたこともあってすぐに復活していた。

でもその頃には既にあの盗塁はほとんど見られなくなってしまっていた、少しはしていたが、接触プレーは避けているように見えた。

そして今シーズンのあのプレー。

センターからライトよりの打球をダイビングキャッチしようとした時に前上半身を強打した。

アウトにもできず、プレー中断で交代となってしまった。

次の日からは登録抹消。

やっぱり大分悪いねんな…まだ若いんだから無理はして欲しくないな。

と思っていたが、残念ながら完治はしないしかも、選手生命どころか、命に関わる状態だったとは…

まだ若いプレーヤーだったのですごくもったいない。

選手会長としても頑張っていたのに。

思えば、野球選手だけでなく、現役で活躍できる時間と言うのはとても短いもので、その中で全力で自分の思うように動ける時期っていうのは本当にごく僅かな時間しかない。

赤星選手はその全力で動ける時期だったので余計に惜しまれます。チームの中心選手の一人でしたから。

タイガースには41歳の選手が何人か活躍していますが、やはり過去のプレーと比べたら数段落ちていると思われます。

人並み外れたセンスと努力でカバーしているので、まだ第一線で活躍できるのだろうとは思いますが。

怪我や病気を隠して選手としてやっていくことは、とても大変な事だと思います。

何年か前に片岡選手が引退しました。それは自分の能力が精神についてこないという事が理由でしたが、長い間野球をやってこれてよかったと言っていました。

往年の彼は決して満足行く結果であったとは言えないでしょうが、それでも体力の衰えを実感できるぐらい野球人としてまっとうしてきていた。

まだまだできるつもりでも、バッティングが、悪いために戦力外になってどこの球団にも拾ってもらえずに引退になる選手もいる。

元広島の選手で炎のストッパーと呼ばれた剛速球の津田という選手がいたが、その人は病気でまだまだ若いのに亡くなってしまった。

自分の納得いくように引退できる選手って本当はとても少ないのかもしれない。

特にプロの世界は。

普通に大学から球団に入ったら2・3年ぐらいは2軍で、3年目にルーキーとして活躍、この時点で25歳、ここから10年ぐらい活躍して35歳。ここからは踏ん張りどころだと思います。

中心選手として活躍するのは1軍登録から最短で2シーズンはかかる。並居る新人やトレードを押しのけて全力で頑張れるのは怪我が無くても残り8年というところでしょうか。

勝手に決めるな!といわれるかもしれませんが、並のプロ選手はこんなものではないでしょうか。

柔道だってそうです、柔道の場合は注目されるのが4年に一度オリンピックがあるだけですが、4年前に活躍できたからといって4年後にもう一度活躍できるとは限りません。

技のキレ、トレーニングで埋める事のできない体力の衰え、そして研究されている動き。

これらでがんじがらめになってしまって、結局は期待にこたえることができなくなって引退に迫られる。

他のアマチュアスポーツもほとんどそんなものだとは思いますが。

つまりは、満足いって引退する選手なんて実は本当に少ないんだと思いました。

それは、選手を応援しているみんなも納得のいく終わり方でないといけないし…

引退の時に

ようやった、おつかれさん!

といってあげられる引退は本当に少ない。

それはとても難しいことなんだと思います。

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2009年12月12日 (土)

何やねん!

今日はスポーツする人間の限界とその見極めは難しいという話を書いていたのだけど、めっちゃ眠いけど書いたのに、強制的に再起動してしまった。

何やねん。

今さらもう一度書く気にならないので今日はもう書かないことにする。

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2009年12月11日 (金)

非があるところは認めます

今日はクレームを起こしてしまいました。応対で。

多分応対でのクレームは自身ではかなり久しぶりです。僕自身に落ち度があったのはもう何年も無いと思います。

クレームの起こる前から振り返ってみることにする。

まず始めに、カウンターにて対応。父娘の二名でお見えでした。

三件の年賀状印刷の申し込み(複数印刷)で、まだ申込書も書いていないし、選んでもいないのでここで書かせてもらいますとの事。終わったら呼びますのでその時にお願いします。

との事だったのでとりあえず手持ちの仕事を片付けることにした。

手持ちの仕事が片付いたのでまだ呼ばれていないが、とりあえず様子見を兼ねて見に行く。

カウンターにつくと予想に反してもう2枚を書き上げてて、3枚目ももうすぐ終わりそうだった。

僕は早速「申し込み書」を手に取り。

「書きあがった分は先に処理させてもらいます」と言い申し込み書の係り記入分を書きに入った。

書いている途中で3枚目も出来上がった。

サンプルと料金を見ながら書き

よし完璧

と思ったが不安だったので料金をもう一回みた。大丈夫。

内容をもう一度確認した。

あれ?カタカナ語記入の所にも漢字で記入されてる。まあでも読める漢字だから間違わんか…

と思いながらも。

「この欄なんですけど、カタカナだったんですが、読めると思いますのでこのまま…」

出しますねとと説明している途中で、

「どこが不備やねん!」

「え?不備と言うほどではないんです、カタカナのところが漢字になってたってただけですけどもうこのまま…」

出しますと言うところで。

「何が不備やねん!」

と語気を荒げて言ってこられたので答えるしかないと思い

「…カタカナのところが漢字で書いてあるものですから。」

と答えた

「そんなもん…」「わかったから、書いたらいいんやろ私が!」

と娘さんがカタカナを上に付け足した。

「何で漢字やったらあかんねん!カタカナって書いてないやんけ!」

と更に強く大きな声で言ってこられます。

「あの、カタカナでお願いしているのは、工場で不備があったときの連絡用ですので、お名前を間違えないようにカタカナでお願いしているんです。お手数ですが…」

「カタカナで書けって書いてないやんけ!!」

と更に大きな声で言われます。

「いえ、書いてあるんです。少し薄いですが…」

「どこに書いてあるねん!どこにも書いてないやんけ!」

と怒る父をのけて娘が入ってきた。

「お父さん、書いてあってん、私が書き間違えただけやねんって」

「…恐れ入ります。それではお会計お願いします。」まだ父親はボソボソと何か言っていたけど、それを拾っていると切が無さそうなので娘さんとの会話を通して、会計に入った。

「あ、別々にレシートしてもらっていいですか?」

「あ、はい、かしこまりました」

思えばこの時既に、苛立ちの頂点に程近いところにいて、冷静さを失っていた。冷静に見えるように振舞う事で精一杯になっていた。

ここで何を思ったか葉書代金と印刷料金を別のレシートにしてしまった。

あー…嫌やけど後でこれ言っておかなあかんな、あーあ、うるさそうな人やのに失敗してもた、最悪や。とか考えながら2件目3件目も通した。(態度には全く出していません)

金額は間違いない。お釣りもしっかり渡した。最後に説明するはずだったレシートの分は途中で娘さんが気が付いて途中で説明する事になってしまったが、説明したら娘さんは納得してくれた。

というところで、父親の方がたまりかねたようにまた怒り出した。

「お前な、そんな対応でええと思っとるのか!」

え?僕の応対の?何に?

「これはな、年の初めに贈る綺麗な気持ちで書くもんや!そやのにな、こんな対応ムナクソ悪いわ!なあ!わかっとるか!クソが!」

「対応が不自然やねん!お前こいつが書きよるときに気が付いたんやったらその時に言わんかい!気分悪いわボケが!」

え?何?少なくとも2枚は書いてしまってから来たんですけど…?

何が悪かったんやろ?

「もっかい言うけどな、年賀状書くたびに気分悪いこの対応思い出すわ!それお前わかっとるのか!ボケが」

全くどの事に対してかが分からないけど、これだけボコカスに言われる対応を僕はしてしまったのかもしれない…

「大変失礼しました。僕の対応がお客様を不快に思わせたこと本当にお詫び申し上げます。」

と深く頭を下げました。

「この店はどんな教育しとんのや、責任者呼び出すぞ!ボケ」

「大変失礼しました。本日の夜の責任者は僕なんですが…」

と言うとあきれかえった顔をしていた。

何?僕そんな呆れられる事言ったか?質問に丁寧に答えただけやんけ。

「ほんま○○はどういう教育しとんねん!」

「申し訳ございません。」と頭を下げる。

すると父親は何も言わずに歩き出した。

娘さんは

「カタカナは私が間違えただけやけど、レシートのことは先に言って欲しかった…」と言いながら立ち去っていった。

「申し訳ございません」僕は深く頭を下げた。

これで第一回目は終了。

しかし、それだけでは終わらなかった。

レジ操作のところで、既に通常状態ではなかった僕は、

部門を間違えて登録してしまっていた。

後一つ、預かり金の最後一桁、テンキーが指に当っていて一桁プラスされていた。

「どないなっとんねん!」

と更に呆れた様子で再度来店してこられて、僕を指名された。

お客様からの指摘は以下の三点

1.部門が打ち違えてあった。

2.預かり金が一桁多いのでつり銭が多くなっている。(金銭の授受については合っている)

3.レシートの責任者の名前が僕の物でない。

これらに対しては僕が全面的に悪い。

そして要求は以下の通り。

1.責任者と連絡を取らせろ。

2.レシートをちゃんとしろ。

僕がミスをしているので、そうなるのは当然です。

1~3はまさしく僕の怠慢から起こっています。

1.部門の数字を前後を入れ違えていた(37を73のように)

2.預かり金は2円のお釣りがあったが、自分で暗算してしまった為画面の預り金が多くなっているのに気が付かなかった。(例えば1400円弱でいいところを14000円弱の預かりになっていた)

3.責任者の名前、これは以前できていた事だったが、最近は変更しなくなっていた。要はレジが打てれば何も問題ないという考えからだ。

当然責任者の名前が違っても、その責を問われるのは打った人間ですからこのときも問題無いと考えて…いや、考えてすらいなかった。

それがお客様から見たら責任を他人に押し付けている風に見えるんだな…

店長に電話をしたが、二回かけたが出なかった。仕方が無いので部長に電話した。

電話でさえ一挙手一投足を疑ってかかられています。

部長に内容を確認しようとしていたら。

「貸せ!」

と説明も全くしていないのに渡す事になった。

電話で僕はクソカスに言われました。

部長すいません。

電話の後は申し込みのキャンセルです。

その時も何かにつけてボケ、ダボ、と言われていましたが、また間違うのも嫌なのでそうだなと思うことにしました。

レシートをお求めになられたのでコピーを、レジマイナスと打ち間違いと両方を。

全く信用ないんだな。目の前で説明したのに。

どうとられても仕方がないですが、

そして目の前で確認してもらいながら計算してつり銭を返金する。

更にクソカスに言われてダボ、ボケと言われて、最後に

「お前まだ絶対に事の重要さに気が付いてない!ダボが!気分悪い。」

と言われて、帰っていかれた。

重要さ、多分金銭の授受に間違いが無かったから、僕が

「それなら別にいいやん、大した問題じゃないやん」

と思っていると考えての発言だろうが、僕はそんなことは全く考えていません。

一度出たミスは対策をしない限りは何度でも起こってしまう。その時考えていたのはそういう事だった。

そして、今回のミスの原因は父親を怒らせてしまったことと、自分の精神コントロールが不十分だったことです。

お客様を怒らせなかったら間違うことはまず無かったでしょう。

しかし、一体何が悪かったのか。

意味不明=原因不明のお怒りにふれても充分落ち着いて対応をとることができたはず。一度理由をつけて席を外して落ち着いてから対応するテクニックも持っていた。

それも今回、頭に血が上ってしまったために理性の範囲外に行ってしまっていた。

何度も考えて、このブログを一度読み直して分かったことは、お客様は僕が答えた

カタカナ語記入についての誤りを何か勘違いしたのでは?あるいはその逆?

という事でした。

文ではなく言葉で。

「何が不備やねん!」のところは、確かにそう言っておられたのですが、実は

「それのどこが悪いねん」

の意味やったのではないかという事です。だからそこでクソ真面目に

「…カタカナのところが漢字で書いてあるものですから。」

と答えては駄目だった。それが悪いと言っていることになる。

だからお客様は怒られたのではないかと思います。

ここは

「いえ、全く不備というほどのものはございません、少し気になったので確認させてもらっただけでした。申し訳ありませんでした。」

と答えれていればそれ以上の追求やお怒り、そして、派生した二度目のクレームが起こり得なかったのではないでしょうか。

思い出してみたら僕の頭にその選択肢がその時なかったわけではありません。確かに

誤りでないと訴えて、謝って押し切る。

という選択肢がありましたが、この時はそれが、適当だと判断できませんでした。強く出てくるお客様にはむしろ悪い選択肢のように思えました。

まず、質問の取り違いがあったので、その時点で選択肢はかなり後方に位置してしまっていました。(本当にそういう意味かどうかはわからないですが、そういう方向で。)

もし、そうだとするならば、改善すべき点は、方言、言い回しについて、冷静に判断すべきであったという事になります。

きれいな日本語を丁寧に扱う方ばかりではありません。

普段から喋られている方と通じる話し方で喋られますので、会話の中からそれを判断する必要があります。

とはいえ、今回始めて喋ったに近いやり取りだった。

ではどこから洞察するべきか。

目ですね。

近頃自分でも気になっていました。

最近僕は目をみて話さなくなった事を。申し込み用紙に目を奪われていた。今回も。

目を見ることはとても大切なんですね。

今更ながらに思い出しました。

カウンター業務が終わって、顔を見て初めてお客様が知り合いの母(それはもと彼女の母)だったという事がこの前ありました。

思えばこのときに気が付くべきでした。

つまりはこの点は前から警告的な出来事があり、おそらくはこのクレームは起こるべくして起こっている事になる。

決まりですね。

今回のクレームは「目をみて話さなかったこと」に起因します。

よし、原因がわかればあとは対策だけだ。

これに対する対策は実行あるのみです。

精神コントロールはもう少し磨く必要があります。(これはお客様が怒り始めた時の第二のブロックになる)

今日はこれを書くのに2時間はかかってしまった。でも最後に結論が出てよかった。

僕の中でも自分が悪かったという事をしっかりと受け止めることができます。

接客に関して課題を見出せなくなっていた自分、前日真心について少しふれましたが、それも不十分だったという事、それを今回気付くことができました。

ラッキーではないでしょうか。今回起こってしまったことは戻らないですが、この対策で、今後起こさないことはできます。アルバイト君達やみんなに教えることができます。

少し、周りに流されがちになってしまっている自分にも気がつきました。もう一度、気を引き締めて孤高の存在としてリードしていきたいと思います。

よし、気持ちを切り替えて年末商戦頑張ります。

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2009年12月10日 (木)

アホなことなんやけど

今日は歯医者だった、一つ虫歯が解決したのですが、前回から1、2、3個あるブースとは違うだい4のブースに入った。

これは多分時間がかかる患者用に取ってある場所だと思います。

通常は1、2ブースで治療を行い、3ブースは新規の患者用の為、もしくはイレギュラーのためにとっておくといったところか。

んでその4ブースが少し離れているのです。

前回はやや、年齢が上の人が型取りをしてくれたのですが、今回は若い女の子でした。

多分正職員の歯科衛生士さんだと思います。

僕よりも多分(見た目) 6~7つぐらいは若そう、つまりは20台前半だと思うのですが。

身長が低いのでそれよりはひょっとしたら上なのかもしれないですが。

それで

その子が、銀歯(?)をかぶせる為に調整してくれていた。

最初の状態のやつをかぶせて

「違和感どうですか?」

と聞いてきた。違和感どうも何も違和感だらけでどう答えたらいいか分からなかった。

「…どう答えたら良いんですか?違和感で言ったら違和感だらけなんですけど?」

「ふふふ、そうですね。どれぐらいきついですか?」

正直なところ、これまで詰め物をしていたのでキツイかどうか言われても良く分からない

ああ、かなり…と言いたかったのですが。

「ちょっときついですね」

と言った。

「ふふふ、やっぱりそうだと思いました。」

と言って何やらリューターの音らしきものと吸紛機らしき音がしてきたので削ってるんだと思う。

そしてもう一度

「どうですか?」

正直あまり変わらない。僕は首を捻る。

また僕の口からかぶせを取り出して削り始める。

何ていうか…その子が動くたびにシャンプーらしきいい匂いがふわりとする。

そしてもう一度取り付けて

「噛んでもらっていいですか?カチカチカチ…」

カチカチカチカチ

「はい、今度は噛んでみてください…」

カチリ

「…」無言で取り外し再び削り始める。

一分ぐらい?してもう一度同じことをして更に削り始める。

何回も繰り返すので彼女の額には汗が少しにじんできていたけど、それを少しずつうまく取りながら削っていた。

削っているところは全く見えないですが。

よく考えたらちょっとでも大きすぎるとアウトなんですよね、被せるわけだから。だから何回も何回も少しずつ合わせていくしかない。

大変な時間のかかる作業だな…と思いました。

そんなことを考えていたらさっきはめ込んだ時よりもかなり緩くなっていたので思わず

「あ、いい感じにフィットしてますね。」

と言ってしまった、本当はまだ少しだけきついかなと思ったけど、許容範囲に思えた。

今度はかみ合わせです。

上の歯と下の歯とのかみ合わせはどうか。

それに合わせる為に再びつけては外して削るの繰り返しに入りました。

ふと気が付いたらこの子、(背が小さいので当たり前なのですが)すごく手が小さい。

歯科衛生士としては才能の一つかもしれないですが、僕は荒々しく生きてきてきていたので、今までそんなところに目が行く事が無かったのです。

ていうか、男女を問わず、普通の人は僕よりも腕が細かったので、そこまで考えたことがなかったというべきでしょうか。

柔道を本気でやってきた人間の腕です、いくら軽中量級とはいえ、そりゃぁそこそこの腕になります。

だから細くてあたり前だったのですが、いざ、マジマジと見てみると女性の手って小さいんだな…

と思いました。だって口に手を入れてきてるんやから目を開けてたら目に入ってきますよね、だからやらしい意味ではないです。

何か細い手でぐっと力をこめて被せを取ってたら、「悪いな…」と思ってしまう。

仕事やからやってるだけでしょうが。

一生懸命被せを削ったり調整してくれているのは、きっちり治そうという気持ちが伝わってきてとても気持ちがいいものでした。

いい匂いもするし、なんか嬉しくなってきました。

ホントに何度も何度も削ったり、つけたりカチカチしたりしました。

後で時計を見たら一時間ぐらい…

本来なら何回も何回ももうええわ!

って言ってたかもしれない時間ですが、彼女の一生懸命さが伝わってきてたのでそんな言葉は浮かびもしませんでした。

そもそも、この歯科クリニックにしたのは、インターネットで市内の歯科医院で検索したらダントツ1位の投票だったからでした。

なるほどな、こういうところが投票したくなる歯科医院ってことか。

すごいな、こういうひたむきな姿はやっぱり多くの人に伝わるんだな。

僕も人と接する仕事をしてるんだから見習わないと。と思いました。

今はもう歳いってしまっておっちゃん化してしまっているようですが、もう6年ぐらい若かったらこういう姿を見たら好きになってしまっていたかも。

そういう気持ちになってない自分に残念です。

それでも今日一日はテンション上がりっぱなしで仕事になかなか集中できませんでしたが。なんだろ、何か嬉しくて。

会社の人には「歯医者プレイ」と言っていましたが、もちろんそれは冗談です^^;

何か前に何とか声を掛けたい、みたいなことを書いたけど、そういうのとはちょっと違う感じでした。

その場では一時間ぐらいも二人っきりだったけど、最初の方こそそう思ったけど、後の方は違いましたね。

仕事頑張ろう♪っていう気に久々なりました。(実際は集中できませんでしたが^^;)

いろんな意味であの子に感謝ですね。

おかげで歯もきっちり入ってガッツリモノは噛めるし。(仕上げは先生がしたけど)

今度は親知らずを抜くようです、虫歯じゃないけど、その前の虫歯がえげつない事になってるんです。

確か僕の記憶では前行ってた歯医者で奥歯を治療する時に

「親知らずが横に生えてるから抜くのは無理です。」

とか断言されて、しゃーないから確か形だけ治してもらったのだった。

この先生は口腔外科にいた経験があるらしく、これぐらいならできる範囲なので大丈夫ですよ。といわれたので抜く事にしました。

レントゲンで教えてもらいましたが、親知らずが虫歯になってないのは、その8割が歯茎の中に入ったままで止まってて出てきてないからだそうです。

つまりは出てきてたら、これだけ酷い虫歯があったらひとたまりもないそうです。

そうか…

運が良かったような、そうじゃないような…

抜いた後は痛みが引かなかったり、腫れてきたりするようですが、まあ、その時の運ということで、抜いてみないと分からないらしいし、

あんまりそれについては考えないことにしています。

もしも…

について考えるのは馬鹿らしいからです。

過去についてももちろんですが、じたばたしてもどうにも分からないものは考えるだけ無駄だと思うからです。

「覚悟」だけは必要ですが。

そんなものを書くと長くなるのでこれはまた別の機会に書くとします。

次の診療は年明けか…一月くらい空くけどしゃーないな。

僕も人に伝わるような接客を目指そうと思う。

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2009年12月 9日 (水)

世界観はとても暗い

けど、とても面白いアニメーションを発見した。

CSで今放送中なのですが、「キャシャ○ンSins」です。

これは、「新造人間キャ○ャーン」のリメイクのようなのですが、そのオリジナルの方を見たことがないのでとりあえずはここではそのようだと、ふれておくだけにしておきます。

会社の、誠先輩に聞いてみましたが再放送とかも、ちらっとしか見たことが無いそうです…

物語は主人公の「キャシャ○ン」が記憶を無くしているところから始まります。記憶がないけど、自分は「ルナ」を殺して、世界に死をもたらした存在だということを、周りの存在によって知らされます。ルナは「もの○け姫」の「しし神」みたいな存在と言ったらいいかな。

どうやらこの世界はほとんどロボットみたい、人間はほとんど出てこない。その人間もロボットに近い。

死が広がる前、つまり、ルナが死ぬ前は人間も、ロボットも永遠に近い命だった。

キャシャー○は多くのロボットから命を狙われていたが彼は決して死ななかった。

何故かは知らないが、彼は自己修復が可能だった、そんな能力を持っているのは、この滅びの世界では彼だけだった。

そのため、彼を倒せばその能力が手に入るという噂が流れたりもした。

噂は噂でしかなかったが。

彼を狙う女性のロボットも出てくる。彼女はルナの側近だった姉を殺された仇として彼の命を狙っていた。(側近にはもう一人めちゃ強いやつがいた。そいつは生きている)

でも、キャシャー○に記憶が無い事を知って、記憶が戻ってからきっちり償ってもらうつもりで後をついて回ることに決めた。

そして、滅びの世界でルナが実は生きている事が判明する。

そして主人公は殺戮のために作られたロボットだった事も判明。ブライキ○グボスの下で作られたのでした。

ひょっとしたら元々記憶なんてなくて命令のままルナを殺したのかもしれない。

以前の描写で感情無く動いているのがある。

ちなみに、ルナがロボットか人間かは分からない。(それぐらいロボットは高性能)

死の無い永遠の生の世界。それを破壊していたのはルナだった。とブラ○キングボスは考えて、最強の軍団を作るためにルナを殺す事を考えたようだ。

主人公の他に同じスペック、似た見た目のロボットも作られてた(後にこのロボットはストイックにただ主人公との戦いに生を求めるようになる。)

他にもう一体女性のロボットで、このロボットは子供を産むことができる。(自身の滅びを止めるために、生きてて癒しを与えているというルナを求める。)

ルナは手遅れ人以外は癒しまくる永遠の命を与えまくる。

強い側近のやつはあえてそれは受けなかった。

これがめちゃめちゃドラマで。Dとしよか、Dはむかしからルナを守っていて死神Dと呼ばれていた。ルナはDにとって太陽のような存在だった。

「太陽は、誰にも与えない、ただ、誰もが受け取っているだけだ」

と言って癒しを受けずに、その命ある限りルナを守り抜くのです。

ルナの死後、彼女を求めて放浪している時もずっと彼女の名を呼んでいた。何度も死んだと思われたが生きていて、その生をルナに捧げていた。

(主人公とも何度も戦ったが主人公はDの命を奪う事は無かった。最初ルナを殺した時も)

もうホンマにDかっこよくていいです。

世界はこの現実の世界とは真逆で、「永遠の命ありき」から始まっているのです。最初ロボットたちは永遠の命なのです。

そこでルナが死んだ事によって、ルナの中にあった死が世界にあふれた、そして主人公とルナ以外全員が限られた命になった。

だからほぼ全員が永遠の命を取り戻したいと願っているのです。

現実とは違うこのパラドクスが物語を一番に面白くしています。

主人公と行動を共にするものは、「限りあるものの美しさ」にふれ、永遠を拒否します。そんな気持ちにふれている主人公は永遠の命をなぜか持っている。

だから主人公はその「限りあるものの美しさ」にふれながらも、自分が異端の存在であることに心底葛藤します。

姉の仇の女性ロボットRとしよか、Rは行動をともにして自分が犯した罪に悩みながら戦う主人公をRは好きになってしまう。彼女の中にある復讐心はその心によって封じられてしまう。

しかし、彼女にも滅びは迫っていた。

主人公は何とかRの気持ちを汲んであげたいのですが、永遠の命の自分には何もできないのでした。

他にもう一人小さい女の子のロボット?が主人公と一緒にいるのですが、これがまたキーマンです。(書きませんが)

ブライ○ングボスの発言はこの世界観にあるのに、現実の世界の人間のような発言をしています。

まだ、僕の見ているCSでは完結まで行ってないので、よく分からないですが、ひょっとしてブライキングボ○は最強軍団を作るとかいうのが目的ではないのかも。

彼の望んでいる世界は僕らのこの世界のような世界ではないか。

と推測されます。

分からんで、分からないけども、あと数回で完結なのでそれも判明するはず。

とにかく、話が暗いのです、深夜読売テレビでやってたのも録画してたけど見なかったぐらいなので全くキャッチーではないです。

見る気しない。

でも実はこれ面白い。

設定がいいので、日本作品によくある死のカタルシスや死のヒロイズムを素直に受け入れられるのですよ。

僕はそういうのアンチなのですが。ロボットっていうのがいいのかも。

毎回楽しみです。

眠れない夜が続いています。

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2009年12月 8日 (火)

嫌いなものⅡ

うちの父は昔から何にでもソースをかけて食べます。

ウスターソースです。

まだ、オイスターソースとかなら、健康とかのためにやってるのかなと思いますが、以前オイスターソースをかけて

「あかん、うわ、何これ!」

とか言って吐き出していました。

やっぱりウスターソースじゃないと駄目なんですね…

そもそも、僕の祖父が醤油をどぼどぼ掛ける人で醤油派だったのですが、どういうわけか父はソース派になったようです。

小学校の時ぐらいまではそれが普通だと思っていたのですが、どうもそれは違う事が判明しました。

卵焼きには何をつけて食べるかという論議が学校であったのです。

その時の選択肢は醤油、ソース、その他です。

醤油は全体の7割ぐらいでした。ソースは1割、その他と何もつけないで残り2割でした。

僕自身は何もつけない派でした。

何度か父に

「こんなもん、味薄い薄いのにソース入れな食べられへんやろが!」

とドボドボ皿にソースを入れられた経験があってその時はソースの味しかしなかった憶えがありました、だから何もつけないでそのままの味わいを楽しむ事にしたのです。

「さんま」も何もつけません、充分塩味が効いているので。(もう食べませんけど。)

ゆで卵についても祖父にドボドボ醤油を入れられた経験から…(以下略)何もかけない事にしていました。

話を戻しますが、それでソースが少数派か、もしくは多数派であったとしても卵焼きにはソースとか、全く決まっていないという事を知りました。

「お父さんやおじいちゃんが毎日使ってるのは好みか…」

と知りました。

やつらめ、塩分の取り過ぎやっちゅーねん!とまでは思いませんでしたが、流石に見ていておかしい事はたくさんありました。

おじいちゃんの醤油はまあここでは置いておきましょう。掛けても分からなくはないものにいっぱい掛ける程度の事でしたから。

父は違った。

カレーライスに福神漬をいっぱい入れて、そこにウスターソースを大量に掛けるのです。

そしてそれをうまそうに食べるのです。

信じられへん。今でもそうしています。

ピラフやチャーハンを食べる時もソースをかけます。

から揚げやコロッケにもかけます。

天ぷらもギョーザについても、ハンバーグとかにも。

流石に刺身や寿司は醤油で食べていますが。

ちなみに僕は何もつけない派です。醤油をつけない刺身の生臭さときたら最悪です。でも食べないから別にどうでもいいんです。

そういえば最近魚介類の値段(原価)が上がってきてるらしいですが、そんなの全く関係ないですね。食べない=買わないですからね。

ちなみに鰻の蒲焼も嫌いです。泥臭いし、小骨があるし、何よりも「うな重」とかご飯との割合が95:5って感じでおかずとして何か偉そう!タレだけの方が10倍はうまく感じるのは僕だけなのでしょうか?

魚嫌いの話(昨日)に戻りそうですが…

ソース派の父の影響で反ソース派になった事は確かです。

だって、ギョーザとかにウスターソースって正気の沙汰じゃない気がしませんか?主観的なことですが。

嫌いなものの話ですが。

僕はあと、口の中が乾く物が嫌いなのです。

さつま芋とか、かぼちゃとか、ゆで卵とか、最中とか。

物理的に口の中の水分を奪われるものについて嫌いなのです。

嫌いになった理由はというと、

それも小学生の時のことですが、ご飯が遅かったので、やはり育ち盛りの子供としては、空腹でたまらなかったのです。

そこで、祖父宛だったと思いますが、ある日海苔が瓶詰めで送られてきたらしく、大量に瓶の中に入って台所に置いてありました。

塩がいいぐあいに効いていて海苔はおいしいイメージがあったので、大量にあったし、少しずつ拝借していました。

一ヶ月ぐらい経つともう拝借できるぐらいも残っていなくて、ずっと恨めしい感じに瓶を見ていたのですが、その瓶の底の方に3つばかり白い袋が入っていたのです。

それは乾燥剤でした。

さすがに祖母から、乾燥剤は食べてはいけないものだと言われていましたので、食べ物ではないという意識はあったものの。バカなので。

「どれだけ食べられへんもんなんか分からんな、あかんかったら吐き出したらいいねんし、一回口の中に入れてみたら分かるやろ。」

「これで意外と食べれたらそれを食べて過ごせるぞ!」

祖母は貧乏性といいますか、昔の人ですので物を大切にする習慣があって、それこそ、必要なくなった乾燥剤をたっぷり溜め込んでいたのを知っていました。

そして、乾燥剤を破ることにしました。

ん?硬いなこれ、ハサミでも実はあれなかなか切れないんですよ。

カッターナイフとかを駆使して何とか開けることに成功。

「よっしゃ!」

と、試すつもりやったんちゃうんかい!と突っ込みをいれてしまうほど大量に口の中にほり込みました。あれ粉じゃないんですよ。だからわざわざ粉にして。

味は…よく憶えていません。憶えているのは…

口の中に含んだ瞬間、一斉に口の中の水分が奪われていったという事です。

これはヤバイ!と思い、口に手を突っ込んで爪でベロにくっついている激物を削り取るように取りました

が、

全く水分は戻ってきません。

これはホンマにヤバイ!ベロだけでなく口の中全体で水分が奪われていましたので変化はなかったのです。

子供だった僕にはどうしようもなく、取った選択肢は

飲んじまう!

だった。

のどもと過ぎれば…ってやつです。

そして実行しました。

えー、結論から言いますと、ひどくなりました。

激物はのど元からも水分を奪い始めました。事態は余計に悪くなってしまって。

これでは死にかねない。

と急いで井戸水を飲みました。

(僕は度々実験的に調味料とかを口に入れてみたりしたのですが、その時はいつも井戸の近くでするようになっていました。理由はあまり家族はここに来ないからでした。)

給水ポンプで自動汲み上げ浄水になっているので飲める水です。

それでも事態は良くなりません。

口の上側についている分も爪でこそぎ落とし歯茎に引っ付いている分も鏡を見ながら取ったり、タオルを口の中に入れてそれになすりつけるようにしたりしましたが、最初に比べたら大分ましにはなっていましたが。

口の中は渇きに渇いていました。

何か口の中にそうですね、パンでもあればよかったのかも知れないですがそんなものあればその時にそれ食べてますよね。

仕方が無いのでこれは夢だと思うことにしました。

一回寝たら治ってるだろうという根拠の無い小学生の持論でしたが。

そんな持論はあっけなく打破されました。

なんせ唾が出ないので…

変な感じにベロが割れてきた。

ひび割れ。

以前口が荒れたら蜂蜜が効くと聞いたことがありました。だから蜂蜜を飲みました。

かなり抵抗ありましたが…

これはなんと少し効果があって、なんかマイルドになりました。

そして晩御飯ですが、こんな時に限ってカレーでした。

どうやって喰ったのかは忘れましたが確かに食べた記憶はあります。

2~3日そんな状態が続いてて一週間後には元に戻っていました。

とは言え、とても辛かったのを憶えています。

それからと言うもの、水分をごっそり奪われるものは口の中に入れるのに抵抗感があるのです。

だから、食材として、細かく刻んでいるかぼちゃとかさつま芋は別に美味しいと思うし、味も嫌いではないですが、大きい芋とかかぼちゃは無理。

食べたくないのです。口の中に入れたくないのです。

じゃあ口の中に大量に入れんかったらいいやん

と思うかもしれないですね。確かにそうです。

でも細かくても、何回も口に運ぶのも嫌なんです。

ま、それも単なる嫌いな物の範疇を出ないので、もし出されたら食べますけど。

できたら食べるの嫌ですね。

魚よりはましですが。

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2009年12月 7日 (月)

嫌いなもの

が多いといわれるのですが。

そもそもは、嫌いでは無かったものが、諸事情で嫌いになったんです。

今日はその諸事情を。

まず激嫌いな物として、「魚」

これは、うちのオカンが晩御飯に「さんま」を初めて出した時にオトンが

「うまいやんけ」

と言った事が始まりでした。

うちの父は、(うちの祖父がそうだったのですが)あまり素直においしいものをおいしいと言うタイプの人ではなく、まずい時はボロクソに批判するというとても捻くれたタイプの人で、こういうストレートな表現はあまりしないのですが。

この時は何があったのかストレートに言いました。僕も聞いた事が無かったので小学生でしたがよく憶えています。

それからというもの毎夜の如く「さんま」来る日も来る日も「さんま」

分かります、あまり「うまい」と言わない人が「うまい」というのですから、嬉しいのは分かります、でもね、モノには限度というものがあるのではないでしょうか?

加えて。

ずっとずっと続くものですから、流石に兄弟たち(その頃は弟と妹)が嫌がるのです。味が嫌なんじゃないんです。骨ね、骨を取るのが邪魔くさいのです。

毎回毎回ちまちまちまちまと。

一番下の妹なんて箸を使い始めて少しだったのでそんなのは可愛そうだと思いました。

(この頃はまだ妹を可愛がる気持ちはあった)

弟にしても、僕よりも短気ですぐに怒ってしまうので、可能な限りは面倒くさい事はさせたくなかったのです。

それでもご飯は食べないと死んでしまうので、おかずの拒否権は無いのですが。

(他の家はどうか分からないですが、)うちの家では「さんま」は半分に開いて焼いた「さいだ」の状態で食卓に出てきます。

つまりは「さんま」の「尾ひれ」の方と「頭」の方とに分かれるのです。

「尾ひれ」の方は背骨と尾ひれが繋がっててちょっと箸を入れるとうまく骨が取れるのですが、「頭」の方はどういう風に工夫してもうまく取れないのです。

めっちゃ面倒くさい!

で、弟や妹に少しでも煩わしい思いをさせないために僕は常に頭の方を選びました。

その選択権はあったのです。

父や母については頭の方が美味しいといっていたけども、おいしいと感じた事は

ただの一度もありませんでした。

選ぶ時には頭の方がおいしいという口実で。妹や、特に弟は勘がいいのですぐに僕の考えなんかは見抜いてしまうと思ったのです。

少なからず、兄らしい行動だと思っていた僕としては、(これからもっと兄らしくなる為にも)あまりこういう事を茶化されたく無かったのです。

それでも、あまりにも毎日続くのです。安いこともあったけど。

ずっと頭を選択していたので、この頃は何も言わなくても僕には頭の方が差し出されました。

うちの母はお世辞にも料理がうまいとは言えず、つまりは半生のさんまが出てくることもしばしばでした。

それを我慢して食べているうちにもう嫌気がさして、見るのも嫌になりました。それでも出てくるので美味しそうにたべました。

今度は味が嫌になってきました、匂いは生臭いし、脂っこいし、骨はとりにくいし、丁寧にとっても小骨はのどに刺さるし。

期間にして約2ヶ月ほぼ毎日です。

そこで父が

「お前いいかげんにせえよ、いくら魚好きでも続けすぎや!こんなにさんまばっかりいらんわ!」

とぶち切れました。

もっと早くそうなるのでは?とお思いかもしれないですが、父は外食してきたり、飲んできたりと、夜遅くに帰ってくるのです、その頃は特にひどく、当然食事は外メインですから、晩御飯は僕らとは違う物を食べることが多かったのです。

23時を回る事もしばしばでした。

ていうかその頃、晩御飯は父が帰って来てから(か帰ってくる30分前ぐらいに)食べるのが普通だったので、僕達は給食のあとはその時間まで食べ物はいっさい与えられませんでした。

何故そんな帰ってくる直前に食べるかというと、

母はものぐさで、父が帰ってくる前にならないと晩御飯の用意に動かないからです。怒って効くのも父だけなので、怒られるのが嫌な母はとりあえず父に体裁を保つためにご飯を作るのです。

その時間まで母自身は何も口にしないかというとそうではなく、買ってきたお菓子をひとりだけで食べていました。

僕達は当然お腹がすくので母にねだるのですが、全くとりあってはくれませんでした。そればかりか。

「これは私が食べようと思って買ってきたもんや、なんであんたらにやらなあかんのや!私のお金で買ったんやでな、あんたらお金ないやろ!」

と言うのです。

これにはさすがの僕もプチーンきました、で思っている事をぶちまけましたが。

「ぶちのめされたいのか!」

と頭をどつかれて終わりました。泣きはしませんでしたが心の中は泣くよりも痛かったのでよく憶えています。

僕は自分の無力感に悔しくてたまりませんでした。僕の声はあの人には届かない…今後も届く事は無い。

僕はいらん子なんやろか…そんな事を考えて一人で落ち込んだりもしました。

母は掃除もしない、洗濯もしない、炊事も…できない。その当時やっている事と言えばテレビを観るか、ファミコンをするか、寝ているぐらいでした。

僕と弟は学校が終わるとすぐに遊びに行きます。それで18時頃まで遊んで、暗くなったら家に帰りました。

友達は夕飯があるからと言って帰っていきます。僕達には夕飯はまだ無かったですが、テレビ番組を楽しみにしていたので家に帰ることにしていました。

その時点でお腹はすいていましたが祖母が置いているお茶とか、水道水とかで我慢していました。

長い夕食までの時間は弟と二人で遊んだりして過ごしました。

弟おらんかったら僕、多分違う性格やったやろな…ほんまにずっとそう思います。

当時はすでにそういう事は無かったのですが→少し前まではよく弟をいじめていました。この頃から弟はよくしかえしをしてくるようになってたのですが、ある日

「自分、兄らしいところなんか一つもないやん」

と言われてガーンとしました。けど当然でした、だから兄らしく振舞う事にしたのです。

祖父母とは一緒に暮らしていましたが、そもそもは一家で食事をしていたのです。

ある日父と祖父が大喧嘩。

内容は覚えてないのですが、祖父は短気で無骨な人でしたが、常識人だったので多分父が悪いのでしょう(99%の確率で)その日からおじいちゃんたちと一緒にご飯を食べなくなりました。

祖父は一度言い出したら利かない人だったので、今思えば当時は祖父もかなり辛かったでしょう。

おそらくは、息子夫婦の体たらくをみて祖父が見かねて諌めたら、父も祖父に負けず劣らず短気なので喧嘩になった。というところでしょう。家計を彼らに持たせる事で成長してもらおうという祖父の愛情からくるものだったに違いない。

そんな事は知っても知らぬもその後も父の生活は変わりませんでした。

とは言え、まだ親がいるだけで笑い話です。

祖父が築いて守ってきた家もあるし、生活費も祖父が出してきたけど、ご飯も遅かったけど食べれたし、ドタバタやったけど楽しかったので、言葉で書くとすごい恨みがありそうですが、実はそんなに恨んでません。

ただ、このまま退職されて、介護が必要になったら?僕はあの夫婦に愛情をもって接していけるのでしょうか?正直なところ、愛情を受けたのは祖父母であって、あの夫婦ではないので、本当にあの夫婦に対して愛情を自分の中で生み出せるのかが不安なのです。

長男として、彼らの面倒をみれるのでしょうか。

思えば僕が介護の会社を志したのも動機はここでした。

事務的でもいいからちゃんと面倒みれるように。

考えたくないのは

「恩を受けてないから介護なんてアホらしい」

と思ってしまう自分が少なからずいるという事。それを

「こういうんは恩とかで測るもんとはちがう、すばらしい人間形成や」

という気持ちで抑えつけて、いつかくるその日の為の覚悟を今のうちからしています。

あ!嫌いなもの一つしか言えてないな。

両親は嫌いじゃないですよ。好きでは絶対にないですが。魚よりはましです。

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2009年12月 6日 (日)

8月のクリスマスという作品

を知っていますか?(見たい人はネタバレありますので見ないで下さい。)

詳しくは全く知らないのですが、もともと韓国のドラマ?か映画か小説か。そんな感じです。

調べる気もないですが、言われてみてなるほどそういうことかと思うシーンはいっぱいありました。

この作品は冒頭で主人公が末期のガンと宣告されます。季節は春ぐらいだったと思います。(この部分はよくTVCMやってました。)

写真館を父親の代からやっていたみたいで、主人公は写真屋さんでした。しかも結構オンボロというか、年季が入っている感じで年月を感じる佇まいでした。商店街?みたいな感じだった。確か目の前にたばこ屋があったと思う。

そこの近くの小学校に臨時講師としてやってきた、新米の女の子の先生がいて、ひょんな事から出逢います。

主人公には親友もいたようで、その描写もありました。

末期ガンである事は、両親にも言いませんでした。言えませんでした。

別にやりたい事もないし、そろそろ、嫁さんもあきらめていたし、このまま、誰にも告げずにひっそりと死ぬ事を主人公は選んだのです。

ちょこちょこと先生はやってきます。

こちらから、写真の用件で学校に行く事もありました。

そうしているうちに何か仲良くなりました。

主人公は自分に芽生えはじめている感情に少しずつ戸惑います。

先生は悩みを聞いてもらいに写真館に来るようになりました。

描写としては先生は主人公が好きなようでした。でもなかなか素直には言えません。

主人公はすぐに死んでしまう自分はこの未来ある女の子を好きになってはいけないと思い、突き放すのではなく、それとなく一緒にいても興味ない振りを続けた。

絶対に彼女を好きにはなるまいと…

でも見てて勘違いしてしまうほどにピュアなひと時が流れていっていました。

主人公は辛くなって、親友に酔った勢いで末期ガンの事を口にしてしまいました。「何で今ごろ、俺は…」とても苦しそうでした。心が。でも、そいつに口止めをしました。

ある日、家族で幸せそうに写真を撮りに来ていたお客さんがいました。そのお客さんは終始笑顔で帰っていったのですが、後におばあさんだけ現れて。

「あの写真は遺影用なの、だけど遺影ぐらい自分で選びたいの」

(という感じだったと思うけど詳しくは憶えていない)

と言ったのを聞いて主人公は言葉を無くしてしまう。

そして、すったもんだがあって、先生と主人公はケンカをしてしまう。その後にすぐに主人公は倒れてしまう。

そして主人公はほとんど動けなくなってしまった。

時を同じくして先生の方はというと

今度は臨時講師ではなくて、専任での先生の話がきていた。でもその小学校は遠く、せっかく慣れて来たこの町を去ることになってしまう。

今度こそ、ケンカをしないように相談をしようと思って写真館に行くが写真館はしまっている。

その時はまた次の日くればいいと思っていたが、次の日も次の日もその次の日も写真館は閉まっていた。ムカついたので写真館のガラスを割ったった。

期限がきて先生は専任として他の小学校に行く事を容認した。

そんな事とはつゆ知らず、主人公はというとつかの間の外出を許された。

そして自分が死んでも写真館ができるように父親にパソコン類の使い方を残した。先生にも手紙を残した。でもあて先はわからないので出せていない。

苦しい胸の内を書き綴って残したかっただけだった。

(ガラスも応急処置がされていた。)

そして、最後に自分の遺影を撮って場面は主人公の葬式に変わった。

その頃には先生はもう他の町にいってしまっていた。

それからまた更に時間は過ぎて、写真館のガラスも直ってから先生はまたこの町に帰ってきた。

ポインセチアを持って現れた先生は主人公の死を知らないので、主人公の父親が再びやり始めた写真館を見て主人公が自分がいない間にまた再開していたのだと思い、ポインセチアを置いてスキップで去ってしまう。

というところで映画は終わってしまう。

何が8月のクリスマスかというところは書かないでおきます。

もともと「将やん」はめっちゃ好きで、ほんまに好きで、見に行きたかったのですが、諸事情で行けませんでした。だからDVDが出たら即見でした。

別に贔屓にしているからというわけではないですが、とても死について考えさせられました。よかったと思います。

まさしく、主人公はオッサンで、結婚は既に諦めてて…

そんな状態で末期ガンと言われたら僕も間違いなく、誰にも言わないですね。その話だけは絶対にしません。

そして一人でひっそりと死んでいく事を選びます。主人公のように。

映画では残された父親は(母親は既にいなかった)無言のままに仕事を再開させていたが、その背中がとても寂しくて…

本当にひっそりと死んでもいいのだろうか。それは主人公のエゴではあったけども、父親は受け入れていたと取れないこともない。

少なくとも、主人公が倒れてから死ぬまでの間にその覚悟はできていたと思われた。

そして主人公と先生との掛け合いですが、もう自分は死んでしまう、だから誰にも何も告げずに死ぬという事をひた隠して、いつもあと一歩のところでブレーキをかける。

主人公も先生の事が好きなのに…

超えてはいけない境界線をついに越えることは…。

この映画の最も見所は、一言でいうと

「黙秘の中のカタルシス」

です。(カタルシスが分からない人は辞書を引いてください)

つまり、こうなってしまうんだ。

という事です。

エンドを見た後、この先のストーリーを考えて切なくなりました。

何と生々しい映画なんだ…と僕は思いました。

フレコミでは「泣ける」と言っていたけど、これは。生々しすぎて泣けない、こんなこと…ありそうだし。

そのおかげで、心に残る一作とはなりました。

ある意味名作だと思います。もし、これを映像で見てみてみたいと思ったならぜひツタ屋へでも。

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2009年12月 5日 (土)

ハラリハラリ…

今日何となく生え際のチェックをしていたら頭頂部より少し左がわに何やら光るものが!

なに!

と思って一回髪の毛をもとに戻して更にもう一度同じ所を見てみると…

何とやはり白髪が!人生初白髪です。

どうも白髪になったのはここ最近のようで、先の方は黒い毛でした。

難しかったのですが、頑張ってその一本を抜こうと思ってつまみました。

が、つまんだ瞬間にハラリと落ちました。

え?

人生初白髪は抜く前に抜けました。

えー結論から言うと白髪の人は薄毛にはならないという論は残念ながら根拠の無い事でした。

あれ?現状は逆か。

「白髪の人は薄毛にはなりにくい」の証明にはなってないな。

薄毛の人が白髪になっても同じように抜けるという事か…

まだ初白髪なので何とも言えないが…

薄毛の人が白髪になっても抜けてしまうから分からない。のかもしれない。

もう29やもんな…

でも髪の毛は大分増えてるので、見た感じでは全く普通の人と変わらないくらいまで揃ってきた。

毎日欠かさず「プロペシア」を飲みつづけて一年と2ヶ月弱か。それとシャンプーもいいの使ってるので、それと併用しているのでここまで早かったのかもしれない。

先月からシャンプーについてはうちの会社に置いてあるサクセスのに変えました。

始めのうちは

あかんな、「スカ○プD」と比べるとあんまり洗えてる気がしーひんな。

と思ってたけど、洗ってからそのままで数分間置いてから洗い流すと…

おお!「スカ○プD」ぐらいの洗浄力!!

値段は1/5ぐらいなのに!

だからシャンプーについてはサクセスのを使う事にしました。現状全く遜色ありません。

今後もこのままいくつもりです。

写真に毎月載せてたのですが。今月一応撮ってみたんですが、ちょっと分かりづらくて、めっさあるように見えます。だからもう写真は止めようと思います。

少なくとも、デジカメを買うまでは止めときます。

今までは携帯で撮ったのをアップしていたので。

ちょっとレンズがキズいっててうまく撮さないとぐねってなってしまうんですよ。

しかし、パーマに失敗してからもう一年以上経ってるのにもかかわらず、まだ髪の毛の先の方は濡れるとクリン!って感じで前向きに跳ねてしまう。

これはパーマで失敗した時にカーラーで巻いていたので未だにか!と突っ込んでしまいそうになります。

そもそも何で失敗したかというと。

もともと、そんなに濃い髪をしていたわけではなかったのですが、サラサラだった僕の髪の毛に僕はもっとボリュームが欲しかったのです。それに

その頃「山P」がええ感じのパーマをあててたので僕もあんな感じのパーマをあてたかったのです。

そこで目をつけたのが薬局とかに売っているパーマ液なんですが、美容室に行ってあててもらっても、普通よりもなかなか当りにくかったので、ちょっと強くつけなくては…と思っていたのです。

アルカに行って、パーマ液とカーラーを買って、合計で1000円いきませんでした。

これはなかなかうまくいきそうだぞと上々な気分自分で帰りました。

手先の器用さはかなり自信がありました。(美術でもいつもいい点数をもらっていたし、自分でもいろいろ作ったり、代用品も工夫してオリジナルよりもいいものを作ったりしていたので。)パーマ液を買ってパーマを当てるぐらいは簡単だと決め込んでいました。

「取り説」を読んで早速とりかかる。

ふむふむ、カラーとかとそんなに変わらんな…

と思ったので、

まずは髪の毛を湿らせて、カーラーを取り付ける。うーんここがまずなかなか難しい。

でも鏡を見ながら、何とかうまく取り付けれた。(天才?)ボリュームの欲しい前髪部分は少しずつ数箇所に分けて巻いていく。

ほうほう、なかなかうまくできたじゃないか。

そして①液をぶっかけました。

ふむ、①液は8分~10分か。

ちょっと時間あるな、今日は火曜日か…オネエマンズがやってる時間やな。見るか…

とTVの電源を入れる。

「…」面白くない。

体制を横にして頭をつけてもいいようにビニールを敷いておいた。

と、ここまでは良かった。

実は前日の勤務から一睡もせずにこの時間までうろうろしたりしていたので、だらだら流れていく番組を見ていたらなんか急に睡魔が襲ってきた。

いやいや、寝たらアカンやろ。シャレにならんやろ。

と思いながらも…

気が付いたら次の番組だった。てか、気が付き方が普通じゃなかった。

頭皮がヒリヒリして心臓の脈うつ度にじくん・じくんとして…え?なにこの痛み?

そしてすぐにパーマあててる最中だった事に気がついた。

時間を見たら既に40分は経過していた。

まじか!…まだ①液だけやぞ…

ここで選択肢は二つ。

一つ目はこのまますぐに洗い流してしまう。

二つ目は②液を強行する。

そして僕は二つ目を選択した。

めっちゃヒリヒリしたけども。

②液は更に15分か~…痛え!でも我慢や。

とやったあげく。

最後に洗い流した。

それで鏡をみたら

「…」絶句です。あれ?こんなに、髪の毛無かったっけ?

いやいや、濡れてるからや。しっかり拭いたら…

ゴシゴシゴシゴシ…

そして鏡を見る

「…やっぱりか…時間よ、戻ってくれ…」

そしてみごとに薄毛人間が完成したのだった。

ああ…

思い出しても頭皮が痛くなる。

それから二ヶ月間は頭皮が痛くて痛くて頭洗ってられなかった。(けど洗った)

その時にたまたまインターネットで吉本芸人の薄毛対策のシャンプーのサイトに行き着いた。

これや!

とアマゾンでシャンプーとコンディショナーを買い付けて始めた。あれ?あんまり痛くない…(それまでは例のサクセスを使ってたけどこれがめっちゃ痛い…)

だけどこれだけでは満足できない。

いくらまだ20代とは言えそれも後半中の後半。若さで回復は望めない。

だからお医者さんに相談した。

そしたらいとも簡単に「プロペシア」を処方してくれた。

そして幾月もの月を越えてやっとここまで…

とはいえ、この「プロペシア」止めるとまた薄くなるらしい。続けなくてはいけないのだ…

しゃあないけど。必要なくなるまで飲みつづけるぞ。

白髪が増えてもだ!

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2009年12月 4日 (金)

何がリアルなのか…Ⅱ

という訳で、昨日と同じ話題で。

僕のおじいちゃんは戦争に行ったけどその事は全く語ってはくれなかった。語りたくないからなんだろう。僕がその立場だったら絶対語らない、たとえそれが学ぶ機会の喪失であっても。

で、学校で大戦の事について学んだ事と言えば、頭の中に印象として残っている事から言うと、まず

日露戦争では端っこの方でコソコソやって勝利した。それで偉そうに植民地政策をとった、日本は強いと吹聴して回った。実際はハナタレの腰抜け政策しかしてなかった。(もちろん、戦場や現場の人間がそういう事をしたという意味ではなくて、こんな事を考えた人間の事。)

少なくとも大国のように、胸を張ってポイントを攻めていた訳ではありません。

そして先の大戦ですが、

日露戦争で勝った(?)もんだから増長して、国民にも無理矢理増長させて戦争した。事態をよ良く知っている人間は馬鹿げていると思ったようですが、その時は止めようが無いところにきていたようです。最終的には開戦をさせられるような形で真珠湾に攻撃をした。

そして結果は見るも無残な状態になってしまった。社会主義って本当に怖いですね。

とはいえ、小学生の自分に日露戦争で利益がどうとか、大日本帝国憲法とか言われてもよく分からなかったというのが本当のところです。しかもこれを授業でやった時期が悪かった。三学期の終わりあたりだったはず。

そうなので、先生自身もあまり授業に熱が入っておらず詳しく説明される事は無かった。もしくは先生も詳しくは知らなかったのかもしれない。

だから戦争がどれだけ悲惨なものかをまず始めに知ったのは、アニメーションだった。

学年が上がってビデオを視聴覚室で見る事になった。それが「はだしのげん」だった、その「はだしのげん」は漫画原作で、続きを図書室で読んだ。

壮絶だった。子供ながらに読んでいて身を切る痛みがした気がした。

原爆が起こした弊害というにはあまりにも大きすぎる害に。ピカの毒に僕は吐き気を憶えた。

調度その頃、アメリカがまた戦争を始めた。結果として、アメリカは戦争に負けるのだが、ニュースでやっている戦争はどこかというか、全面的に他人事で、同盟国か何だか知らないが、アメリカに支援をしている日本政府が一部の政治家たちによって批判されていた。

核兵器を使用することなく、冷戦となっって戦争は終わったが、僕達は戦争の恐ろしさを全く分からないまま一つの戦争は終わっていった。

そこで次に見たアニメーションはスタジオジブリの「蛍の墓」だった。これは体育館に集められてそこで、全校児童で見る事になった。

言うまでも無く、その当時低学年層で流行った言葉は

「びちびちやねん…」

だった、マネをしている低学年をみて、そのマネをしているクラスメイトがいたけど、それを見て僕は苦笑いしか浮かばなかった。

既にはだしのげんを読み終えた後だった僕にはピカの毒意外にもこんな死に方をした子供もいたのだと思った。

この頃は既に戦争にとても恐怖していた。

そこにあのアニメーションが目の前に現れた。

最初にみたのは主人公が初めて乗ったロボットを事も無げに操って敵のロボットを倒すというものだった、そのまま主人公は戦争の最前線へと巻き込まれていき、最後には戦争終結のキーマンとなって戦闘を繰り返していった。

その主人公の性格はとても偏屈で、わがままで。引きこもりがちな根暗な人間だった。でも言いたい事ははっきり言うというややこしい性格だった。

SFものだった。第一作目は正義と悪がはっきりしているように思われたが、主人公側を扱ったシーンが多く、そちらが正義に見える感じがしただけで、主人公と敵対する勢力はとても魅力的な人間が多くいた。

僕はデザインこそ主人公側だったものの、主人公は好きになれず、実は敵対勢力の方がずっと好きだった。

そして、時期がきて敵対勢力は破滅の一途をたどり、主人公は戦勝終了に活躍した。

これを見ていた僕はこの一年戦争が一体だれの利益になったんだろうと思った、少なくとも独立宣言した敵対勢力の中心の血族についてはほぼ壊滅状態になった。

そして主人公側にも主人公と共に戦ってきたクルー達もたくさん死んだ。

アニメーションなので、残酷なシーンについては自主規制がかかっているのだろうが、主人公も多くの人名を奪ってきていた。

それについて主人公がその後悩むシーンは無かったが、多分それは敵は人間じゃないと考えていたからに他ならないのだと思いました。

だから心も痛くならない。

それは主人公が悪いのではなくて、戦争という極めて特殊で劣悪な環境がそうさせているのだとは思いますが。

少年期にそんな環境に身を置いた主人公に僕は心から成長したらどんな大人になるのだろうと心配したものだった。

特に敵対勢力の総帥の弟(血族の次男)については悪人ではなかった。その弟の死ぬシーンは子供ながらに辛かった。(普段けっこう威張っていたが割と熱血漢で自分の中に正義があって、体育会系の人間だったので、大分好きだった。)

それを殺したのも主人公だった。

アニメーションではその戦いで死んだクルーが中心になっていたが、敵対勢力を応援していた人間としてはとても不公平な気がしました。

簡単に言うと「スレッガー」中心で「ドズル」は引き立て役になったという事ですが。

スレッガーのエピソードは死を含んだラブロマンスになっているので素直には見れませんでした。

戦場のラブロマンスなんて僕には滑稽だとしか思えませんでした。

しかもスレッガーは死んでしまうし…最終回もなんかそれ関連だったし。

それはそれで辛い事だと思いましたが。

社会的にいろいろなものが交じり合ってできた作品だろうから、今となって思えばそういうのは仕方が無いことだったのだと思いますが。

それはそれとして置いておいて、つまりは、その作品たちによって、僕は戦争の痛みを手に入れたのです。

ただ、それが、本当に戦争の痛みであるかどうかは分からない。

伝えられた物、作られたものがいったいどこまで真実であって、大切な物が整理されて、表現されているかは全く分からないからです。

ただ、この作品たちによって分かる事は、戦争には利益はない。という事です。

戦争によって儲かる産業人達にとっても益は無いのです。物理的に金銭が増えたとしても、使い道がなくなったり、本来の目的とは違ったものになってしまっていたり…

つまりは無益なのです。

それどころか、失う物のほうが多いのです。それは、心であったり、親族であったり…

自分の周りにある存在は誰もが失いたくないもんです。

だから戦争なんて起こしてはならない、これからも、もっと先の未来も戦争なんていらない。

何があっても参加はしない。辛い思いはしたくないし、できればだれもして欲しくないものです。それが、本来の人間の心ではないでしょうか。

みなさんはどうでしょうか、戦争をどれだけ理解していますか?

僕のように少なくとも起こしてはならないと思っていますか?

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2009年12月 3日 (木)

何がリアルなのか…

小学校の時だったか、第二次世界大戦についての勉強をしました。ていうか授業をしました。その時、おじいちゃんが戦争に言ったことを知ったし、

ああ、旧日本帝国ってめっちゃめんどくさそう…

と思いました。窮屈で現代に生きる自分には絶対合ってないわ。

今もそう思っていますが…

以前もう3年ぐらい前だったと思いますが、リーダーを継いでもらったアルバイト君とご飯を食べに行ったことがありました。その時に旧日本軍の話になったことがありました。

「昔の軍隊とか最悪っすよね!、あの時代に生まれてたらどうしてました?やっぱり○○さんの事やから、大反対の行動でも起こしてます?」

と聞かれました。

「うーん…確かに今の教育を受けてるのを前提やったら非国民覚悟で反対するかもしれへんけど…当時は今よりも情報統制されてるから入ってくる情報も限られてるし…

だから多分僕がその時代に生きてたら、誰よりも鬼畜米兵!とか言ったり、ちょっと戦争いややな…みたいな奴がおったら、お前!非国民か!!とか積極的に戦争参加してたんとちゃうかな?」(笑)

「ああ、それめっちゃ分かりますねー(爆)なんかそんな感じですわ、ははは!○○さんほんまいっつも突いてきますねー」(笑)

という会話だったんですが。ちなみに「突いてきますねー」とはこの子の口癖みたいなもので、何か僕が答えると「あーそれっすね!いいとこ突いてきますねー」と言うのです。

確かに考えて喋るけど、本当にいいところを突くってのはかなり難しい事だから、そうそうできるものではないのではないですからね。

まあ話が逸れましたが、

世の中情報だよな…と本当に思います。ちなみに、うちは新聞を取ってないので主に新聞は会社か、インターネットで読む事にしていますが…だってもったいないので。

買い物はインターネットか自分の会社で買うし、新聞も見るのは一面、二面、三面と社説だけ、あとは目に付いたらチラッと見るけども。そんなのに定期購読はちょっともったいない、会社で読むので充分だし、政治面については連日同じような事が書いてあるのでそれさえも飛ばすこともある。

今はシーズンオフだから阪神の動向もチェックあまりしないし。朝の情報番組でやってるの見たら充分事足りる。地元のスポーツ記事見てもしゃーないし。

まあ新聞はそんなもの、TV番組は比較的中立なものを選んだら10チャンネルの早朝の番組に行き着きました。あと深夜前の情報番組は好きで見れるときは毎日チェックです。

政治番組は国会中継、6チャンネルのタックル、10チャンネルのそこまで委員会と総理大臣だったら。が面白いし、みんな言いたい放題言っているのがいい。

朝まで…はちょっと偏りあるので見ててしんどい。イライラが溜まってしまう。

で、後はもっぱらインターネットの政治関連の最新記事を見ますね。大体新聞と大差ないのですが、フリーのライターさんが書いてるサイトとかはかなり公平中立度が高くてオススメです。

そういう記事を読んでいると、いかに最近の報道が偏ってて…なんていうのが良く分かります。そういう偏ってるとか批判めいた事はあまり書いてないですが、

どちらの立場にも立って、比較形式で取り上げてあったり、僕達の知らないところも取材などで音声や動画でアップしていたり、訪れた人に分かりやすく真実度も高いと思われます。

裁判員裁判の時には、反対と賛成の両方の意見を書いたものもあってとても面白かったですね。みている方も分かりやすいですし。

つまりは、画期的に見える法案なども、裏を返せば穴だらけなんてことが結構あるんだな、っていうのが良く分かるということ。

フリーのライターさん達が書いているのは自分達が取材をして、手に入れた真実を正義感で書いているものがほとんどで、こういう発信の仕方しかできないのが残念ですが、欲しい人がそういう大切な情報を手に入れることができるのはとてもありがたい事だと思います。

とはいえ、その情報もまたセカンドオピニオンでしかないですが。

何か、話そうと思ってた方向と全然違った方向に行っています。

本当は今日は戦争を身近な事に感じれたのには何かきっかけがあったよね。

っていう話で、それって本当にリアルなの?って事を書きたかったんですが。

話が逸れて情報の手に入れ方の話になってしまった。まあそれはそれでいいんだけど…

毎日ホント長すぎるので今日は紹介もなしでこの辺で終わります。

あ、そうか、日記のネタが特にない日は本の紹介にすればいいのか。

無理やりそんなものつけようとするから本文がくそ長いのに更に長くなるんやんか。

って今ごろかい!(もっと早く気づけよ)

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2009年12月 2日 (水)

きっかけはドラマ?

という題名にしたのは、実は以前にも書いたかもしれないですが、とても心に残る言葉が書いてあるマンガがありました。

いや、正確には読んでいるうちにとても心に残る言葉が出てきたというべきでしょうか。

まずそのマンガとは、今はなきヤングサンデーにて連載していた黒○・(原案)夏○武の

「ク○サギ」

です、副題として戦慄の詐欺サスペンスとされています。

この作品はビックコミックに移って今も連載されています。ビックコミックおもしろい作品いっぱいやな。

このク○サギの14巻で「デビュー詐欺」が取り上げられているのですが。その事件解決後、主人公の黒崎がシロサギの被害者に言った言葉なのですが、それが

「…誰にでも、自分は『特別』で、やろうと思えば何だってできると信じている時があるし、そういう時期はあって当然だと思うけど――でも、この世には、本当に特別な人間って少なくて、意外とそれは自分じゃなかったりするんだぜ」

という言葉なのです。

この言葉は僕にズッシリと乗っかってきました。

本当に特別な人間って少なくて、それは意外と自分じゃない。

それって普通の人はとっくの昔に気が付いていることなのですが僕はここで気が付きました。

いや、気が付いてはいたけど、普通の人はすぐにそれに向き合って生きていくんでしょうが、僕はアンチノーマルの道に向かって走っていくのを諦めなかった。と表現した方が正しいと思います。

僕は努力次第でどんな事でもできるようになる。劣っている事がいっぱいあるのはできるようになる事がいっぱいあることや!と思い込んで、それこそ突き進んでいました。

でも、この一言で僕は向き合ってしまったのです。

本当に特別な人間って少ないんですよね。

僕は特別な人間になりたかったんですよ。そのために人間離れした生活も覚悟で乗り切ってきたし、目標も立ててそれに近づこうとして頑張った。

けど、その時点でなんか違ったんですよね。あまりにも常軌を逸した生活すぎて、こなしてはいたけど、次々にほころびが出てきて、5年6年も過ぎるとヘロヘロになっていました。

つまりは普通の人間だったんですよね。(だからこんなの自慢でもなんでもないから、詳しくは書きたくないので書かない。)

でもそこでもまだ、僕はあきらめなかった。そのヘロヘロでも自分で立てた生活もクリアーできた事に自信を持つことにした。

そして更なる目標を立てて頑張ることにしたが、ここで大きな障害が発生。自分の身長以上にハードルが上がってしまった。

そこでやっと現実を見て、そのハードルを飛ぶ事をあきらめた。そのハードルの足下を蹴って倒しながら走る選択肢もあったが、もはやそんなムチャをする年齢でもなくなっていた。世間体もあったし。祖父母を安心させたくもあった。仕方が無く障害の排除にかかることにした。

この時点でもまだ認めたくなかったので、自分にアドバンテージをしく事にした。そのアドバンテージは重かったが、とりあえずはこなせていけそうだった。

そんな時に、たまたまテレビドラマで発見したのが「ク○サギ」だった。

それ以前に見ていたテレビドラマで

高校が舞台。少年の二人組みが根暗でいじめられっ子を人気者にしていこう。というお話で、(漫画原作って知らなかったんだけど)世界観が好きで、コメディタッチの部分もあって(主題歌もヒットして、その年に二曲しか無かったミリオンセラーの一つとなった。)エンディングもまあよかった。という作品があった。

こういう作品には滅多に出会えないので、この少年の二人組みのどちらかが出演しているドラマに注目していこうと思ったのでした。

それで、主題歌はあまり気に入らなかったのですが、とりあえず見てみるか…と見てみました。

あれ、おもしろくないけど、これ、原作の方はめっちゃ面白いかもな設定やな。

と瞬間的に感じたので、即効その時まで出ていた7巻まで大人買いをしてきました。

これが本当におもしろい。

題材が暗いし、どうしても明るくなりにくい要素を持っているので、作品自体は本当に暗い。主人公は演技意外にほとんど笑わないし、いつも小難しいことを考えては自分の今から進んでいく道について悩んでいる。

でもその未成熟な主人公は詐欺師を騙す詐欺師としては超がつく程に一流。

マンガでは描かれていないけど、多分彼は自分があと十年もク○サギとして生きていく事はできないと知っている。だから、ひたすら立ち止まることなく彼は進んでいく。

ただ自分達を殺した詐欺師を二度と詐欺師として存在させないために。

そんな彼は自分が特別な存在ではないことをよく理解していた。

確かに詐欺師を喰う詐欺師として異質ではあるが、

今よりももっと少年だった頃、本当に特別な存在である、彼の依頼者と出逢った事によって、自分が特別な人間でないことを理解してしまったのだった。

テレビドラマは途中で面白くなくなってきたので、いい加減にしか見ていません。だからきっかけはテレビドラマだったというだけ。

思えば…

僕がやっていた部活動で、大学の時、本当に才能のある人間と対戦する時がありました。それまで、才能なんて努力した人間の頂点にある!と思っていたので、トレーニングや研究を必死にやりました、時間のゆるす限り。

でも実際は違いましたね。

そんなもの関係ないとばかりにあっさりと負けました。同い年です、部活にかけた時間は僕も人よりは多いつもりでしたから…

その選手は後にオリンピックに出てました、メダルも取ってました。(それまでは全くテレビに出てなかったのですが、その後はイケメン柔道家として注目を集めていました。そして現在進行形です。)

師範がおっしゃるには、

オリンピックに出る人間は初めからモノが違う。努力云々でどうにかなる差ではない本当の一握りの人間だ。と

師範も専門誌に何度か載ったりもしていたのですが、そんな師範でさえオリンピックには出ていない。

代表選手と合宿(のようなもの?)で対戦したらしいのですが、そこ…だけではないそうですが、その時にも感たそうです。あ、俺とはモノが違うと。

興味があったのでずっと質問していたら「俺に恥ずかしい過去を語らせるんじゃねえ!」と急に教えてくれなくなったのが残念でしたが。

元気にされてるかな?うわさでは警察を退職されてからうちの大学で講師をされているとか。今度もぐりで授業受けてみようかな?面白そう。

話が逸れまくっていますが、とにかく僕はこの「ク○サギ」を読んで自分がノーマルである事と向き合って生きていく事を選びました。

ホントここ数年の話です。

全く遅いですよね。自分に残念ですが。もっと早くに向き合っていれば多くの時間を他の事に回せたのに…とは言え、無駄な事だったとは思いませんが。

と、ここまで、部活の事で天才について書いてきましたが努力が天才に勝てないと、実は心底まで思っている訳ではありません。そういう場合がほとんどだとは認めますが、天才もまた環境だと思うからです。ただ、今回はややこしいので書かないことにします。また近いうちにという事で。

ちなみに、小学校からずっと他人よりも劣っていましたので劣等感の塊でしたが、その反動でしょうか、できることが増えると増徴してしまうんですよね。気をつけてはいますが。

と、長くなりましたのでその話はまた、追々していきたいと思います。

今日のオススメ本は「ク○サギ」ということで。

まだ完結してないので、総合評価は保留です。

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2009年12月 1日 (火)

一番お気に入りの映画はなんですか。

と聞かれて即答できそうで即答できない。

好きな映画は結構いっぱいあって順位をつけた事が無かったからです。

つじつまがうまくあっていて、物語がハッピーエンドならそれなりに、ドキドキしなくても良作に感じてしまうという不思議な現象が映画では起こっています。

何なんでしょうね。面白そう!と思って行ってみると実はぜんぜん駄目だったりします。

予告編が面白すぎるというやつでしょうか。

ちなみに、好きな映画は複数あるので…挙げていくと

シンドラー○リスト、良かったですね、あの看守?みたいな人がどんどん金持ちみたいになっていく所はある意味見所ではないでしょうか。あとシンドラーの心境がとても切なくて心に残ってしまう。

オペラ座○怪人、見所はオープニングのシーンだと思うけども、その他の物語の進み方も本物のオペラのように進んでいくけど、シーンはその世界そのものなのでリアルな質感が伝わってきます。

天国○地獄、人間のねたみ、恨み、そして喜怒哀楽が入り混じったこれぞ人間、人間とはこういう生き物ですよ。というのをリアルに描いてあって、しかもテーマである題名は複数の解釈、視点から見る事ができる奥の深い作品。

ロ○ドオブザ○ング三部作、全作においてかなりの充実感と安心感のある話、こんな濃厚な話があったのを恥ずかしながら映画化して初めて知る事になりました。特に「王の帰還」のサムがよすぎる。これは渡辺さんがアカデミー賞逃したのも分かる。

他にもいっぱい好きな作品はありますが、あまりいっぱい書いたらブログ消されそうなのでこの辺でおいておきます。

もっといっぱいDVDとかも見たいのですが、最近プレーヤーがぶっ壊れてしまったので、プレステで見るしかない。

でもプレステでみるのは…あのコントローラーが何か嫌。

知ってましたか?最近のプレステ3ってプレステ2のソフトプレーできないそうですよ。

何でなんでしょうね。一緒に遊べたら新型のプレステ2ももっと売れるかもしれないし、3だって絶対もっと売れるのに。

と思うのですが。

違うハードとすることでのメリットもあるな。

1.プレステ3のゲームのみにする事によってより高度なゲーム内容に踏み込める。リメイク版など初期プレステの秀作のより高度な復活が望める。

2.プレステ2は別のものとしてソフトを出し続け、プレステ2はこのまま生き続けることができる、更に新型を開発してより低コストでの供給が可能になるかもしれない。

3.プレステ3を別の存在にすることによって、別のマーケットを築くことができる。

4.中古市場についてもバカにはできず、多く出回っているプレステ2用ソフトについてもハード販売促進につながる。

これぐらいかな。

とは言え、プレステ市場は実はかなり苦戦を強いられている。

小型ゲーム機としてもディーエスに押されて現状は2位に甘んじているし、ファミリーコンピューター市場最大手のニンテンドーにかなり差を広げられてしまった。

そこへ来てウィーで大作ソフトの発売、これはいよいよ大変だ。

別にゲーム機業界について詳しいわけでは全く無いのですが、僕に入ってきた情報をつなぎ合わせればこうなる。

実を言うとゲーム機業界がどうなったって全然興味ありません。

興味あるのは過去、自分が出会った名作にリメイクが出るかどうかだけ、しかもそんな情報は僕が耳を傾けているのではなく、僕の外側から、つまり友人を介して入ってくる。

もともとゲームってそんなにやってる時間は無かったと思う。

小学生のときから中学生のあたりは確かに時間はあったけど、高校生になって、部活動をし始めたら、もうそんなものよりも夢中になってしまって、あれこれと手を出す気にはなれなかった。

高校で部活動を引退してから、受験勉強をせずにゲームにはまった時期があった、この頃に出た作品に多く、と言ってもそんなに多くないのだけど、感銘を受けた。

物事をかなり理解し始めていた頃だったので台詞とかが頭に残り易かったのかもしれない。小学生の時にやっていたロープレは何となくレベル上げて、敵を倒していく事を目的としていたけど、高校になってした時はロープレにそれにプラスドラマを求めるようになった。

それまでの(小学生から中学生の時に出てた)ロープレはとにかく人が死にまくる。

そんなのヒロイズムでもハッピーエンドでもなんでもない。と中学生の時に気がついて、それ以来ロープレは避けていた。

ちなみに大作と言われているドラクエですが、あれってHPが無くなると「しに」と出るんです。それが悪いかどうかは別として、

僕が小学生の時に流行っていたドラクエ3についてはキャラクターが死なないようにとても慎重になりました。「しに」になるのがとても怖かったのです。

そのときは全く理解していませんでしたが、後々考えると、現実の世界で「死」の存在を知ったばかりのあの頃、簡単に教会に行ったら生き返るゲーム内容にとても怖くなっていたことが分かりました。

いや、それ以前に、「しに」になると回復魔法も効かないし、回復アイテムも効かない。生き返らせる事もレベルが低い時はできない、ウィンドウも白から赤に近いオレンジに変化して、何とか戦闘画面から抜け出してもウィンドウはそのままで、

キャラクターを動かしたらなんと、順番が勝手に入れ替わっているばかりか、「しに」になったキャラクターは棺桶に入って他のキャラクターに引きずられていました。

小学生だった僕はその状況にとても恐怖しました。初めて見たときは半泣き状態になったぐらいでした。いや、泣いたかもしれない。

とにかく、そうなるのが怖かったのです。

ドラクエを始めてから死が怖くて怖くて、夜なかなか寝付けませんでした。

遊んでても、授業中でもふと思い出して怖いと思っていました。

クリアしてからも怖かったし、いつでもすぐに自分は死んでしまう存在で、例えば、池とかに行くとはまって溺れて死んでしまう想像をしたり、山に行くと毒蛇にかまれて死んでしまう想像をしたり、町に行くと車に轢かれて死んでしまう想像をしたり、学校へ行くと校舎から転落して死んでしまう想像をしたり、トイレに行くと当時ボットン便所だったので、はまって頭打って死んでしまう想像をしたり。

とにかくどこにいても死がついて回ることが頭から離れませんでした。

いつからだったか、それで合ってるんだ、ということに気がつきました。どこにいても死ぬ時は死ぬ。と思うようになったんですよね。

何きっかけかは分からないですが。そこからですね、今の性格になったのは、そこからはいつ死ぬかわからないけど、死は近くにあるという事を頭に入れながら、死ぬまでは精一杯自分のできる事を自分らしくしていくと言う考えになったのです。

今の仕事場で、

「明日死ぬかもしれないので、今日のうちに仕事をやっとくんです」

っていう人がいるのですが、もちろん冗談で言っているんですが、何か同じような事考えてる子はいるんだなと思って笑ってしまいます。

でも明日の分を今日するのは違うよね。

明日もあるんだから、明日の分は明日する。無理はしない。

話が逸れましたが、僕が恐怖したドラクエ3ですが、実は小学校のPTAから問題になっていたらしいのです。

それはやはり「しに」と出る事についてだったらしいのですが、内容がじつは正反対で、

簡単に人が死にすぎて、生き返りすぎて、死に対してとても軽薄な知識を得てしまうのではないかというものでした。

僕は逆だったので、大人って考えすぎのところもあるし、子供の事全く分かってないなと思いました。

ちなみにドラクエ3をやってて、死に対してとても怖くなったというのは僕だけではなくて、実は同い年の友人(にしか聞いていないのだけど)何人も死が怖くなったという奴がいたのです。僕はそのとき

「あ、なんや、自分だけとちゃうんか」

と安心した憶えがあります。

少なくとも教育上良くないゲームでは、全く無いと思いますよ。

バイオの方が100倍教育上よくないやろ。明らかに、ゾンビっつっても元人間やしな。

そんなこんなで今日はこれで終わります。

あ、オススメ本か、えと。

東野○圭吾さんの「ダイイング・アイ」

でどうでしょうか。以前少し書いたかもしれませんが、これは、帯に「今度の東野圭吾は悪いぞ!」と書いてあるので「ドキドキ!どんな事やろ。」って感じで読んでいましたが。

うーん…でも悪いぞって言うからもっとすごい事を想像していたのですがこれは帯が悪い。

確かに怖かったですが、それは悪いんじゃなくて…

ちょっと帯のせいで期待はずれになりました。

友人に貸してもコメントはありませんでした。まあ期待もしてなかったけど。

総合評価は5ですね。

悪いぞっていうのはもしかして、面白くないって事?内容は結構おもしろかったので帯が悪い。これが無かったらいや、もっと別の言葉だったら良かったのに。

以前も書きましたが、総合評価は別に評論家気取りで書いているんじゃないですよ。

単に僕の主観で数字をつけているだけ。だから読んでみようかなと思う参考にしてもらえたらと思っています。

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