青春ごっこ ⑯水曜日の作戦(2)
集合時間、僕達は全員図書館に集まっていた。案の定他の生徒は誰もいなかった。
この時間になるとさすがに校内にも誰もいない様子だった。
僕は5時にはここに来て学校の様子を探りながら勉強をしていた。が、ドキドキして勉強は頭に入っていなかった。
一度用務員さんが蔵書スペースに鍵をかけに来ていたが、その時はトイレに入ってやり過ごしたので、顔は見られていない。
見られてもどうって事はないが、できれば印象に残りたくなかったので出会わない方がよいと考えたからだった。
「全員揃ったな、用務員は来たのか?」と阿形幸一は聞いてきた。
「ああ、7時ごろに鍵をかけに来てたな。8時から親睦会だからもう校内には残っていないはずだけど、不安だから、校庭に下りたら始めに用務員室を確認に行こう。」
「恐らくもう誰もいないと思うけど、今日は前と違って時間が早いからな、念には念を押してもいいくらいだ。」
「とりあえず、こいつはどうする?」
前回の作戦で裏門での待機中に、外にいることが怖くなってしまった佐藤夕子は、一応来たには来たが、本気で嫌がっていた。
木村和義は今回こそ硝子を割りたいと思っているようで、何とか佐藤夕子に一人で裏門にいて欲しい様子だった。
「木村君、もしかして硝子割りたいのか?」
「エーリート君、そうなんだ、良かったら夕子と一緒に裏門にいてやってくれるか?」
「いや、交代はしてあげてもいいけど、一応俺も気を使う方だからな、裏門は俺一人でいいよ、夕子ちゃんは吉村と一緒にここに残っていてくれ、ここだと電灯もついてるし、ロビーにはコーヒーの自販機もあるし、ソファーもテレビもある。怖くないだろ。」
阿形幸一がそう言うと、佐藤夕子はそれを快く了承した。
「よっしゃー!これで俺も硝子を割りにいけるぜ!」
変な嬉しがり方だと思ったがそれには黙っていた。
「じゃあ一応もう一度今日の作戦の確認をするから。まず、始めに、このドアから別館に入り、一番近くの植え込みの影になっている窓から外に出る。
そして、用務員室に用務員がいるかどうか確認する。一応宿直室も見ておいた方がいいかもしれないな、すぐ横だから。
どちらも電気がついてないかという点と履物がおいてあるかどうかを確認する。恐らく上履きが残っているはずだ。
下履きが残っている時は校内に残っている可能性が高いから作戦は慎重に行わなくてはいけなくなる。
確認が終わって問題無ければ、二手に分かれて校長室と職員室の硝子を割る。
校長室は硝子が4枚だけど、割った後は窓から中まで入る。校庭側に非常口が付いているからな、内からそこを空けておく。そこから逃げ出せるようにしとくんだ。
そして、中のものを荒らす。恐らく、大切な書類とかは職員室の金庫の方にあると思うし、金目のものについては上の理事長室にあると思うから、遠慮なく散らかしてもいいと思う。
カズたちが買ってきてくれた組章はここに落としておく。
職員室も非常口はあるけど、そこには入れない。職員室のドアは前にロッカーがあるから入れないんだ。
でも、外部の人間はそんな事知らないはずだから、一応こじ開けようとした痕跡が必要だ。だから、職員室側を担当する人間は痕跡だけでも付けて欲しい。
あと、校長室にはセキュリティが入っているかもしれない。職員室には入っていない事が分かってるんだけど、校長室は普段から入れないからね。調べられないんだ。
もし、セキュリティが入っていたら何らかの反応があるはずだけど、無いかもしれない。とりあえず割った段階で何も無かったら電気つけて確認してみることにする。
問題あったらすぐに相手にも知らせて撤収だ。散らかしてる時間も、痕跡つけてる時間も無い。
問題なく進んで終わったら、そのまま今日は図書館の方へ帰ってくる。前回は裏門だったけど、今回はもうこっちでいい。
前回は逃走ルートを裏門にして、図書館から入った事に気づかれたく無かったけど、今回は裏門から出た方が発見された時に不振に思われるからね。
だから吉村は今回は別館の窓は開けっ放しにしておいてくれ。
それと、靴の汚れを軽減するために、ポリ袋の上に雑巾を置いておいて欲しいんだ。
そして帰ってきたらそれを全て回収して、僕達は何食わぬ顔でここから帰宅するというわけだ。
もちろん、ポケベルは電源入れておいて、イレギュラーが発生した時の為にいつでも確認できるようにしておく事、作戦中はメッセージは返せないから指示以外は送らない事。
着信音はバイブレーター機能にしておく事。以上だけど、何か質問ないか?」
「俺はいつ裏門から帰ってきたらいい?」
「私から連絡入れるよ。」と吉村かおり。
「鍵は開けなくていいのか?」
「開けれるならそうしてもいいけど、近所の人に見られるリスクがあるからやっぱり止めといた方がいいかもしれないな。」
「確かにそうだな。」
「おう、前割った所ってもう直っちまったんだろ?今回はしないのか?」
「目的は硝子を割る事だけど、硝子を割る事自体に意味は無い。時間の無駄だと思うけどな。」
「エリート君、そりゃちょっと言いすぎじゃねーか?」
ちょっと木村和義は怒っているようだ。
「まあまあ、別に、割りたいならそうしてもいいけど、こういうのは素早くやって素早く逃げるのが絶対条件だからあまり時間はかけられないんだ。
それを頭に入れた上でなら何枚か割るぐらいいいと思うぞ。」
僕が間に入って何とか木村和義と阿形幸一のぶつかりは阻止できたようだった。
今から作戦なのに仲違いなんて冗談じゃない。
「とりあえず二人ともお互いの発言に謝んなさいよね。」と吉村かおり。
佐藤夕子は恐る恐る三人を見ている。
「わかった、ごめん。」「こっちこそ、ちょっと言い過ぎた。」
二人は握手をしてとりあえずは収束した。こういうところはさすがに吉村かおりだと思う。
僕はそこまで思いつかなかった。
「よし、じゃあ、作戦に移ろうか!」
僕達は以前ファミレスでやったように拳を付き合わせた。
「今日も成功させるぞ!」『おう!』
そして僕達は持ち場に着くことになった。
図書館から別館への鍵も問題無く開いた。そして窓を開けて下に降り、その足で用務員室に向かった。
思ったとおり、上履きが残されていた。宿直室も同様に上履きのみが残されていて、電気も付いていなかった。
「よし、OKだ。」
「お前どっちにする?」
「僕は校長室にするよ。佐藤が買ってきてくれた組章は今僕がもってるし、それに、コンピューター室も割りたいんだろ?」
「へへへ、悪いな、硝子割っていい機会なんて滅多に無いからな。」
今回も別に割っていい機会では無かったが僕は黙っていた。
一応僕達は硝子片が目に入らないように水泳用のゴーグルを持ってきていた。
「ジュワ!」と木村和義が言っているが暗くて顔が見えないのでゴーグルをつけたであろう事しか分からなかった。
恐らくは特撮ヒーローのマネだとは思うが。そこは突っ込まないでおく事にした。
そしていよいよ硝子を割って割って割りまくった。
程ではないが、校長室の4枚を割った僕は校長室に侵入した。セキュリティがあるかも知れないと思っていたが以外にも全く何も無かった。
さすが、貴重品が無いだけある。
変な表現だがその言葉が妙にマッチしているように思えた。
校長室を荒らして、撤収しようとした時
『にげろ こうしち』
と入ってきた。僕は咄嗟に外を見たが裏門の方で何やら音がしている。明かりもついている。
「見つかったか!?」
「真田、先に行くぞ!お前も早く来い!」
外にいた木村和義は先に別館に入っていた。どうやら彼の方が先にメッセージが着いたようだった。
僕は非常口から出ようとしたが、既に裏門からバイクが入ってきて、こちらを照らしていたのでドアを開けることはできなかった。
『そのままおくじようへいけ』
了解。とばかりに非常口を背にしながら校長室横の階段から別館の屋上へ向かった。
向かう途中の窓からバイクが10台ぐらい、いや、もっと多くかもしれない、入ってきて校庭を不規則にゆっくりと走っている。音もここまで聞こえるぐらいうるさい。
僕は内心かなりビビっていた。いきなり爆音を立てながら入ってきた正体不明のバイクに訳が分からずただひたすら5階建ての建物を上っていた。
息も切れ切れだ。カッコ悪い。こんな事ならランニングぐらいはしておくべきだった。せめてもの救いは誰にも見られていない事だ。
屋上は内側のサムターンになっているので階段から開けることができた。
開けると一瞬強い風が吹いていた。
ドアを持っていかれそうになりながらぐっと堪えた。聞こえるかどうか分からないけど、こんなところで音をさせる訳にはいかなかった。
ゆっくりとドアを閉めた僕は少し落ち着くためにベンチに腰掛けた。
「なんなんだ、あのバイクたちは…」
『だいじょうぶ?かおり』
あいつ、指示だけにしろって言ったのに。こんなことろで質問されても返せないだろが。
と耳を澄ますとバイクに載っている人間の声が聞こえる。
「何…既に…れてますよ…」
「どういうことだ?」
「俺ら…められたんじゃ…すかね?」
フェンスから恐る恐る顔を覗かせたらバイクの光に照らされて人が顔までは見えなかったが。
一際でかい人間が2人ぐらいを前に出して殴っていた。
そのうちの一人は気を失って倒れたままだった。倒れた顔がライトでよく見える、あれは見た事がある顔だ。工業科の高瀬とかいう奴だ。
真面目に学校には来ているが、噂では暴走族と繋がってると言われている。
今の状態を見てみると、繋がっているというよりは手下みたいな印象を受ける。
待てよ、という事はあれはもしかして内藤か、あのでかいやつが…
噂を聞きつけて内藤が確かめに来たって所か。恐らくは高瀬に聞いて。
それがたまたま今日だったという訳か?…
阿形幸一はどうなったんだ?メッセージを入れてきていたという事は恐らく電話の所まで来ているから、あいつらに何かされているという事は無いと思うが。
木村和義は別館に入るのを見ている、あいつは大丈夫だろう。
そんな事を考えながら校庭を見ていると。
後ろから扉の開く音が聞こえた。恐る恐る見てみると、そこには吉村かおりが立っていた。
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