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2010年3月

2010年3月31日 (水)

賞味期限。

この仕事をしていると、賞味期限と、消費期限は絶対です。

だから何って感じですが。

その反動でしょうか?家では賞味期限が切れるのが結構頻繁。

っていうか、冷蔵庫に入れることすらしない事もある。

いらんねやったら買うな!

と言われそうですが、まあそうなんですが、その時はいると思うんですよね。

毎朝早いので、朝食用にパンを買っておくんですが、そのパンを食べようとしても…

なんていうか、前日の夜に買うもんだから脂っこそうなやつとか、チョコパンとかを買うと朝食べてられないんですよね。

で、帰ってからにしようと思うんですが、遅くに帰ってきたら、晩御飯を食べたらもうパンの入る隙間もないし、あとは寝るだけ。

それを二三日繰り返したら…

気が付いたら賞味期限が切れたパンが…

そんでそれは見た目大丈夫そうなんだけども…

以前、目の前にあったオンザコタツのショートケーキを食べて食中毒に陥った事があって、そこで一週間休みました。

そんなことがあったので、二三日日付の切れたパンなんて食べられない。

見た目大丈夫そうだから食べられそうなんだけど、食べても恐らく、最悪でも腹壊す程度のはずですが、それでも食べられない。

そして、見た目大丈夫そうなだけにゴミ箱になかなか入らない。

だからそのまま四五日経った。

でも見た目はまだ大丈夫そうだった。

だからそのまま十日が経ったそして今日、まだそのまま…

もうさすがに食べることはできないだろうけど、見た目まだ大丈夫そう。

こうなるともうデッドラインがどこなのかはさっぱり分からない。

もう超えてはいると思うのですが…

まあ、もうこれを食べようとは思わないので、あとはどのタイミングで裏の藪に捨てに行くかなんだけども、

そんなもん明日にも捨てろよと思うかもしれないですけど、なかなか、下に降りるときはもう下に降りる時の用事だけ頭がいっぱいですからね、だって頭のネジが外れた状態の僕が、そんな要領のよい事が出来るはずが無いですよね。

まあ、だから明日もたぶんあると思います。恐らくは明後日の休みに何となく捨てると思います。

食べ物は粗末にしてはいけないですね。

ずっとそう考えてきたのに。またやってしまった…

冷蔵庫の中で眠ったまま賞味期限を激超えてしまった商品も今までいっぱいあった。

この職業をしていたら、エコとかもったいないとか、本当に考えます。

とめどなく毎日出てくるゴミと食品の廃棄。

これらは、現状をみると驚愕してしまいます。

僕たちの発注や一件のスーパーであれだけの量のゴミ・廃棄があるのに、何件も合わせると、何て最悪な。

何が環境問題や、何がエコやって言いたくなります。

そして自分がとても罪深い人間のように感じます。ていうか、僕たちスーパーで働く人間は、これだけ環境問題が騒がれている中、それをぞんざいに扱っているように思います。

とは言え、仕事だからある程度は仕方が無い。

だからと、罪の意識が消える訳ではないが、僕たちが、環境にできる事は、売れ数にあった発注量を守る事、そして、可能な限り廃棄を出さない事。

ゴミは分別できるものはする。

そういう事ですね。

賞味期限・消費期限はだから大切です。その前の販売許容日も同じ。

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2010年3月30日 (火)

すみません。

月末はやはり朝一から閉店間際になってしまった…

売上が低いから何とかやっていけるけども、上がってきたら上がってきたで、大変そう。

それよりも、勤務時間が長くて、僕の方がもたないぞ、一人ではやはり限界があるのかもしれない。

まだ春夏の棚がえもあるし、忙しい毎日が続きそうな気配…

とにかくすみませんでした。長い文章はかけません。

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2010年3月29日 (月)

お引越しのお祝い返しは微笑みにして~♪

っていう歌がありましたね。なんか陽気な感じの歌だったと思うけど。

昨日はどうもすみません。朝から晩までだったから、けっこう疲れてしまってて…

更新どころではなかったんです、実際鼻血が出てきて…僕にとっては鼻血は危険信号なんです。

だから鼻血が出たら、無理はしないと決めています。

まあ、それは置いといて、昨日は友人の引越しの手伝いでした。

4歳になった長男の子と2歳になった長女の子とがいて、もう合戦でした。

でも楽しい楽しい家庭で、すごくうらやましく思いました。

友人はきっちりしているのが好きなのですが、引っ越しだから新築の家がかなりガチャついていて落ち着きが無かった。

同じように子供たちはテンションが上がりきってしまっててずっと元気に走り回っていた。

友人ときたら引っ越しだというのに、前日小物の整理を終えてから会社の人たちと飲みに行って、吐くほど呑んで、当日二日酔いではしゃぐ子供たちを前に悲惨な事になっていた。

おまけに何か落ち着きなさそうな感じで…

彼は引っ越しは四回目だった為か、かなり作業に関しては手慣れたもので、かく言う僕も、そのうち三回は手伝ってるんだけども。重たいやつの移動はかなりスムーズにいった。

処分したいけどきれいで勿体ない分に関してはリサイクルショップに売りに行ったりして、

ただ、さすがに一軒家ともなるとなかなか進まないのが現状。

子供たちも実は邪魔だったけど、あしらい方は手慣れたものだった。

僕は子供が好きだから本当に楽しく感じたけど。親ともなると教育とか、その子の性格とかまでしっかり把握してるので恐れ入ります。

あらかた移動し終わってそれから何やら高そうなお店に連れて行ってもらった。

引っ越し手伝いのお礼なそうな。

ありがとうございます。食べた事無い料理が出てきて正直どうやって食べたらいいのか分からなかったけど、ナイフとフォークを駆使して何とか食べました。

すげーおいしかったです。

食べてる時、子供たちは全く大人しくしてなかった。子供だから仕方が無いんですが…

男の子はお調子者の泣き虫くんなので、怒られたらすぐに泣きそうになっていた。

女の子は勝手ちゃんで好き放題。

二人ともじっとしてるのが苦手みたい。それはそれでいい事なんだけど…元気だから友人夫妻は大変そうだった。

驚いたのは2歳の女の子は僕の事をすごく気にいってなついてくれてたんだけど、真正面の席に移されてから僕と目が合うと照れて照れて、すぐにママの陰に隠れようとしてた。

かわいいなぁ。2歳でもう恥ずかしいとかあるんやな。と思った。

ご飯食べて、家に帰ってきたら、まったりした時間があったんだけど、そしたら何か作業も終わりな雰囲気。

まだまだあるんだけど、何だかやる気が…

そして子供たちが二人とも僕になついてきてて楽しい時間が過ぎて行った。

始めは女の子だけだったのに、見てたら楽しそうに見えたのか、男の子もやってきた。

なんか楽しい事には加わりたいみたい。

お調子者の泣き虫のさみしがり屋の長男ってところかな?

そして、次の日早いので、帰らなくてはいけない時間になった。

男の子の方は意外とあっさり、またきてね、今度は泊まりに来てねと言ってきた。

かわいい

女の子は、泣かれたら困るので、ママのところに行っている時に急いで出てきた。

ちょっとかわいそうかなと思ったけど、もう寝る時間だったので、その方がいいような気がした。

そして、一時間かけて帰ってきたらもういい時間だった。

帰ってきたら疲れがスゲー噴き出してきて、バタンキューって感じでした。

今日の夕方に筋肉痛が出てきました。老いたな…

った感じでした。またトレーニング始めよ…

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2010年3月28日 (日)

体力は限界。

今日は大学の部活の友人宅が引っ越しだったので手伝いに行ってきた。

半年ぶりだったので一馬くんも桜ちゃんも少しずつ大きくなっていた気がした。

桜ちゃんはまだ赤ちゃんだけど、どんどん女の子っぽくなってきている。

詳しくは明日のブログにします。

今日はもういっぱいいっぱいなので…

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2010年3月27日 (土)

残念

無念、この日も帰ってこれなかった。すみませんでした。

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2010年3月26日 (金)

僕が社員になる前の

11月だからもう4年ぐらい前かな?それぐらいに、淀川フルマラソンに参加した。

もう良く覚えてないんですが、完走する事は出来なかった。

古傷の膝が痛くてジンジンして、30キロを過ぎたあたりからもう救急隊みたいな人が付いて回っていた、それでも何とか完走したかったんですが…

32キロ地点ですね、ハーフの人たちが折り返した地点を過ぎたあたりから古傷のない右膝がガクッっとなってしまい歩くこともままならなくなりました。

水がたまってた

古傷は体重と練習不足で傷んだようでした。

悔しかったな。

周りの人は拍手してくれたけど、走ってるときも給水所のお姉さんとかが応援してくれたけど、それでも残念ながら完走できなかった。

のどはからからだったし、足は棒を通り越して両膝は自分のもので無いような気がした。そのまま救護所に運ばれて、同じような人が僕以外に3人いた。

僕だけじゃない事に少しほっとした。僕は僕の隣に座った人、42・3歳ぐらいの人に話しかけた。僕は一人だったので、誰も話し相手がいなかったのですが、隣の人もそんな感じだった。

「どこから来られたんですか?」

「ええ、長崎から来たんです。仕事が忙しくて、なかなか練習できなかったらこれですよ。」

「ああ、僕もです」

「アキレス腱が切れてしまったんです。」

「ええ!大丈夫ですか?」

「以外に、大きな音がしたんですよパンってね。それで、始めは痛かったんですが、すぐに痛くなくなりました。ああ、やってしまったな…って思いましたよ」

「フルマラソンですよね?初めてですか?」

「いや、九州の方にもいろいろあるからそれに出てたんです。完走も何度もしてるんですが、今回はやっぱり練習不足でした。」

「そうですか。僕は今回が初めてで…完走できませんでした。這ってでもゴールしてやるつもりだったんですが…柔道でやった古傷をかばってたら両足痛めてしまって…」

「柔道してたんですか?どうりで、マラソン向きの体つきじゃないと思った。」

「いや、これでもマラソン向けに落としてきたんです、普段は80キロぐらいあるんです。今は60キロ台です。朝で68キロでしたけど」

「それでもマラソンするにはちょっと重いですね。筋肉は簡単には落とせないですからね。」

「そうですね、実感しました。今回何もかも初めてだったんです。もっと落としてからまたチャレンジしたいと思ってるんです。」

「はじめては私も完走できませんでしたよ。私は陸上部だったんですけどね、短距離専門だったんですよ。でも高校卒業してから会社に入って、健康のために毎日走るようになったんですよ。」

「すごいですね。じゃあもう何年ですか?」

「私はもう50歳を超えてますからね、30年ぐらいです。」

「ええ!50歳超えてはるんですか?僕はてっきり40台前半かと…」

「え?ありがとうございます。そうですか?あまり言われないんですがね。」

「はつらつとしてらして、とてもそんな年には見えませんよ。僕あまだ25歳です、全くお恥ずかしい限りです。」

「いやいや、柔道していた人がマラソンなんて、よく考えましたね、初めて出会いましたよ、そんな人に。ぜひこれからも頑張って欲しいですね。まあまずはこれを直さないとね…」

そんな話をしていたら、その人は奥さんと来ていたらしく、奥さんと病院に行ってしまった。

僕は一人残されて「少し休んだら歩けます」と係りの人に言って、出場者控室に置いてある自分の着替えと荷物を取りに行ってそのままびっこ引きながら電車に乗って帰ってきた。

ああ、完走したかったな…

走っている時はすごくいろんな事を考えた。

これまで自分が走ってきた半生、小学校の時の事、中学校の時の事、高校の時の事大学の時の事、今の自分。

目標、好きな歌手、家族、好きな人、嫌いな人、このまま完走したらどうなるかとか、ゴールしたら何かが変わるのか、何が分かるのか、今までついてきた嘘、見えない違反、罪、資質、素質、自分の器。そして、古傷、自分の不注意から起こしたあれこれ…目立ちたがりの自分…選民意識

いろいろ考えた32キロだった。

完走したら、僕の中で何かが変わるのだろうか。

ゴールの先はまたゴールが待っているのだろうか。

またチャレンジしたいですね。

あの50台のアキレス腱の人はまた走るらしいです。

「また走るんでしたら会うかもしれないですね、私たちはあちこち旅行も兼ねて走りに来てますので、また見かけたらお話してくださいね。」

と言っていた。

そろそろダイエットから始めようかな。

再開を約束したわけではないですし、多くの大会の中で出あうのは本当に奇跡でも起こらないと無理だと思います。

あの人もそれは知っての社交辞令だとは思いますが。

それでも、走っている時には見ることもかなわなかったゴールテープに今度こそたどり着きたい。

それには、今度は体重ベースを65キロには最低持っていかないといけないかもしれない。

僕の場合は古傷があるから体重はできるだけ落とさなくてはいけない、でもって時間制限も設ける必要がある。

4時間半ってところかな。

余裕かもしれないですがとりあえず。

目標は1キロ5分の3時間半か。

でもしばらくは無理せず完走で。

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2010年3月25日 (木)

去年の2月ごろ

一番下の弟が卒業試験だと言って僕の部屋で勉強していた。

あまりテレビもつけないし、インターネットとかを中心におとなしくしているだけだったので、僕としては、一緒に生活する事に全く何も思わなかった。

実際、今年の7月ごろまでずっと僕の部屋で生活していたけど、ある一点を除いては全く弊害は無かった。

その一点というのが歯ぎしりとイビキです。

まさかですね。

歯ぎしりは始め何の音か分かりませんでした。

まあ、この話は以前も書いたのでこの辺で。

その一番下の弟は当時18歳の高校生だったので、現代文と古文と英語は見てあげることにしていた。

英語は話にもならないぐらい分かって無くて、ほぼ丸暗記させた。

現代文については…

ノートは黒板の板書をそのまままる写ししたらしいのですが…

何だこの解釈…すげー甘い…。

うちの弟は県内でも「ここは偏差値低くて入りやすいですよ」っていう高校に何とか入学できたんだけど、つまりはそれぐらいの学力なんですが、そこの先生解釈甘すぎでした。

吉本ばななさんの作品だったんですが、

確かにあの人は副詞をいっぱいつけたり、独特の表現、つまりは「言い言葉」をそのまま文章に乗せているので、本題が見えにくくなったりするのですが、それでも話が飛んだり、着地がおかしかったりする事は無いんです。

その先生は読んでいるうちに着地点を読み逃してしまったんだと思います。

つまりは、話の流れをつかみ損ねたという事です。

それをそのまま生徒たちに教えていました。

なんつー危険なことしてんねんこの先生!

生徒が理解できてないと思って…こりゃ悲惨やな…現代文の先生がこれで、生徒は何も思わないのか?

弟に同じ質問をしたが、クラスの誰もが吉本ばななって誰って感じらしい。

授業も真面目に聞いてなくて、寝てる人が多いらしい…しかもそれは特進クラス以外は全部そうだったらしい。

特進クラスのみ違う校舎だったらしい。あ、これ、何か「青春ごっこ」みたい

なんて学校だ…

吉本ばななさんの作品に今のところ世界を憂いている主人公の記述がある作品はありません。

あの人の作品を読んでると文章作るのがおかしくなりそう。それぐらい型破りに感じる。

でも、そんなに型破りなのに絶秒なバランスでエピソードと主人公の冷めた姿勢が織り交ざっててすごい個性となっている。

変なほめ方ですがそんな作品が多いです。

話が逸れましたが、当時、その先生は33歳だったらしい。

僕と4つ違いか…

ちなみに僕も国語の教員免許持ってます。

だからという訳でもないですが、あの解釈はまずい。そしてそれに気がつかない生徒もまずい。

僕は弟にその真実と本来の解釈を教えた。

その後、その解釈が役に立ったかどうかは分からない。

何せ弟は現代文はとてつもなく苦手だから、ちょっとやそっと教えたところで…

点数も50点台で喜んでた。最高得点とか…

まあ、それはいいとして

僕自身小学校lの頃、教科書に沿って作られた問題集があって、その問題集の問題で

「こことここの問題は飛ばしてください。」

と言って飛ばした事がある。

問題を読んでも普通の問題のように感じたけど、時間が無い様子でもなかったから不思議に感じました。

それで、中学校の時に同じ事を国語の小倉先生に何かのタイミングで小学校の時もこんな事があったんですけど?

と聞いてみたんですが、その答えが

「ああ、あの問題は解釈自体が違ってるから、問題の質が悪かったんだよ、問題集の問題が、本当に正しいとは限らないんだよ、問題集を作ってる人間もまた人間だからね。」

と言われたのでした。

僕はその言葉を聞いてズギャーーーンときてしまった。

だって、算数、数学で答えが違ってる事なんて無かったし、答えが全てだと思ってたから…

そういう事を当時その先生に言ったら、

「国語は答えや解釈は人それぞれだからね、問題は確信がない限りはガイド的な曖昧なものになるんだよ。大切な事は、著者がこの著書から何が伝えたいのかを理解しているかどうかなんだよ。」

と言っていました。あ、これも以前書いたかもしれないですね。

つまり、小学校で問題を飛ばしたのは、解釈が甘くて、僕たちのためにならない問題だったので、先生が解釈して割愛したんだろうという事だった。

教科書に沿った問題集にはそういう事が国語には割とある事らしいです。

小学校、中学校とぬくぬくとその問題が何故飛ばすことになったのか、気にはなっていたが調べる事は無く、また、その問題をやってみる事もなかった僕はその時にその先生の先生としての行動をすごいと思ってしまった。

同時に、何で一度でも解いてみなかったのかという悔しさが混みあがってきた。

解いてたら分かってたはずなんだけどね。

まあ、世の中小倉先生みたいな先生ばっかりじゃないって事ですね。

僕も実際はそういう事が出来るとは限らないですから、弟の学校の先生をこき下ろす事はできないですが、

国語って、母国語なのに難しいですね。

そんな事を思い出した今日でした。

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2010年3月24日 (水)

もうすっかり

自分の前いた店はよその店になってしまった…

それは言葉にするとすごくさみしい言葉のように聞こえますが、

違います。

もっとひろい意味で、既に僕の手からは離れてしっかりとやっているという意味です。

じゃあそう書けよと言いたくなりますが…

とは言え、もう明日で一カ月がたつんです。うちの店がオープンしてから。

あっという間!もうほんまあっという間。

休みの日は体力回復の息継ぎの日です。そして早起きして、夜遅くまで。

そんな毎日であっという間に無味乾燥した時間が、時間だけが過ぎて行った。

デスクワークはほとんどやっていない?

いや、そんなことはない、量が多いから、やって無い項目があったらそう思うだけか。

でも、あれもこれもそれもどれもやっていかなくてはいけない。

なにより、しないと言っていた事もやるとか…部長の一声で変わった。

当初、アイテムは少なく量を多くといっていたのに、ていうか、店のコンセプトはそのようにできているのに、

アイテム増やして売り込めという指示が出ている。

意味分からん。

売れないからって焦りすぎていませんか?

HI&LOWを強化している店が近くに多くあるから、EDLPの促進がかなり遅れてしまっているのは事実ですが、もう少し見て欲しかった。

何やねん

と愚痴もいいたくなるっていうものです。

やばいな、売り場にかかりっきりになりそう。もうホンマ、せっかく落ち着いてきたと思ったのに。落ち着く暇もなく、バック在庫も無くならず、

悲惨です。

あかん、愚痴が止まらない。

今日久々に前の店に行ったら誠先輩が遅番をしていた。

こんなような愚痴をこぼしてしまったけど、誠先輩は笑って聞いてくれた。

ありがとうございます。

そして、仕事の邪魔してすいません。

一緒に働いていた時は楽しかったですね。

これからそんな時があるのかどうかは分からないですが、過ぎ去ってからあの時は楽しかったと思ってしまいます。

ということは、僕は今を精いっぱい生きてないのか?

いや、精いっぱいは生きてるけど楽しんでないのか?

今も、仕事中は楽しいですが、大変な方が多いです。でも頑張ろう。

なるようにしかならないですから。

もう眠たいので、いいちこ飲んで寝る事にします。

明日は休みだ。ゆっくりしよう…

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2010年3月23日 (火)

ほらやっぱな

今日、昨日録画したはずのコード○ブルーを見ようと思って久々にテレビをつけて見たら、

やっぱりな

開始31分で終了してる。

なんやねん!これ!完全にこの地デジとかいうのは欠陥やろ!!

せっかく楽しみにしてた最終回やのに。

バラエティは何でもないけど、こういうのは何かほんまにムカつく。

もう楽しみにしているドラマもとりあえずないし、しばらくまたテレビは見ない事にする。

なんやねん!ほんまに。この憤りは!

これもネットで見なあかんのか!腹立つわ。

またこれでパソコン依存症になりそうやないか。

またって、なった事は無いけど、それに近付いている自信はある。

それはそうと、桜の開花が進んでいるようですね。

うちの実家の付近はあまり太陽が出ないので、その分だけその辺の桜よりは遅くピークを迎える、つまりは遅く芽吹くって事で、まだ今は芽吹いてないのですが、

それでも暖かくなってきているので、市役所の辺りはもうそろそろ咲き始めているかもしれない。

店が変わってしまったので、そのあたりの変化を目にする事は無くなったけど。

そろそろ花恋しい季節になってきたと思います。

数日前桜の木について書いたような気がしますが。

桜の咲くのが待ち遠しい。

今年こそは苗木を買ってこようかと思っています。そこで頑張って育てて、家の東の畑の端に植えて育てようかと思っています。東側はなかなか風が来ないので暖かい。しかも陽が当ってる時間が一番長いのでいい。

去年、なんばでいい桜の苗が売っていたのですが、なくなく諦めました。

でもいいですね。夢が膨らみます。

何年経ったらいい木になるのかな?調べてみよう。8年ぐらいで花見ができるようになるだろうか。

そしたら僕の部屋から見えるからそれを見ながらお酒をちびちびする事が出来る。

ふふふふふ。

楽しい、想像したらなんかすごくいい計画のような気がしてきた。大切に育てよう。

まだ買ってきてもない苗木に夢が膨らむ。

枯らさないようにしないとな。

あ、そいういえば東海道に桜を植えていた人がいたな。

あの人が育て方みたいな本を出してたはず。ちょっと本屋で探してみるか。

ああわくわくしてきた。

感覚で言ったら恋人ができた時の気分に似てるかも。

次の休みにちょっと苗木には早いけど店に行ってみようかな。思わぬ収穫があるかも。

残り体力量にもよるけどね。

あ、そういえば、あんないい花の桜ですが、一般家庭では見かけない。どうなんやろ、なんかあかんねやろか。

それも含めて調べてみようと思います。

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2010年3月22日 (月)

家の周り

先週かな?休みの日に家の周りを歩き回った。

散歩したと言った方がいいかもしれないですが、そんなしゃれた感じの事では無くて、たまたま、自分ちの下の川に降りたらその下流が今はどうなってるのか気になって、草履のまま歩いて追いかけて行っただけだった。

でも、小学校の頃は毎日?とはいかなかったとは思うけど、それでも近所を駆け回っていた。いたずらもいっぱいした。

川の下流の方なんて何回も行った。

田舎なので、そんなに変化は無いと思っていたけど、この20年ぐらいで、ちょっと舗装されてきれいになっていた。

いや、きれいになっていたというよりは、整理されて人的になったと言った方がいいかもしれない。

もっと雑な感じで橋も、堤防もなってたはずだったけど、もっと草木が生い茂ってて草履なんかで行けるほどではなかった。

余裕綽々で大きな川に合流していた。

以前はそこまでは行けなかった、かなり竹とかツルとかが生い茂っていたので子供の僕たちからしたら恐怖以外の何者でもなかった。

ハマったらもう二度と上がってこられないような気がしていた。

とかいいながら、同じ川のところで、水がせき止めてある所で3人ぐらいで泳いだりもしたけども。

そこはかなり深くて、チビだった僕は足がつきませんでしたが、上級生の子たちと泳ぐのは安心できたので楽しかった。

そんな少年時代に荒れ放題だった田舎の川は、辺に人工的になってしまって、川の外側は確かに荒れてるんですが、川付近はきれいに舗装されていた。

おしゃれな感じに桜の木もとびとびに植えられている。

あーあ、なんかこぎれいになってもたな…と思った。

けども、これぐらいの変化は当たり前なのかもしれない、20年も前やからな。

それと、今日は天気が良かったのでまたぶらぶらと近所の散歩に出かけた。

と言いながらも、お彼岸なのでじいちゃんのお墓まで行きました。結構な傾斜があったので、徒歩で行くと息切れをした。

これは、なかなかきついな。

車で行った事はあったけど、歩きはさすがに無かったからこんなに疲れるとは思わなかった。

普段いっぱい歩いているので、こんなんぐらい別に大丈夫やろと思ったけど、坂はまた別やね。特に下りが大変。

雪とボードがあったら楽しそうな傾斜ではあったけど、そんなんもない。スケボーでもいいんやけどそれもないからちょっとさすがに休憩しようかと思ってしまった。

しかし、あんなに高いところになんで墓地なんか作ったんや?

んで、今日歩いて行って気がついたんだけども、ああ、この墓地があったところ、以前牛用の飼料としてトウモロコシが植えてあったところや…

金網で囲ってあって、お墓もずいぶん立ってたので何度か来てるのに全く気がつかなかった。

舗装されてない道がずっとあって、その先は金網になってて、木々が生い茂り放題になってるけど畑があったであろうところはやはり大きな木は立っていないし、道があるだろう所は向こう側までずっと木がきれいに並んでいる。

この道、どこまで続いていたのか、小学校の時も帰るのが邪魔くさいのであまり遠くには行かなかったけど、おそらく、山を越えた隣の町まで続いていたはず。

もう少し先に行ったらスモモの木があった。小学校の頃、自分の家の前の山を抜けてここまで来てカブトムシとかクワガタ虫とかを取りに来た。その足で、まだ青いスモモを食べた。

まだ青いはずなのにめっちゃおいしかった。

木に近付くともうスモモの甘い香りがして、木にはぎっしりと身をつけている。

大きな蜂が飛び回っている。蜜に寄せられてきたのだろうか。

生っている実を見たらはちきれんばかりのパンパン具合。

もちろん、この木はよその木なので、勝手に食べたら怒られるんだろうけど、ここに来る時はいつも朝早く、誰もいなかったし、あの甘い匂いには子供の自制心は勝てなかったと思う。

それを食べたらこれがうまいんです。めっちゃおいしかった。

あの木が森に埋もれているのかと思うと、ちょっと残念な気がした。

何も道をふさぐ事無かったのにな…と思いました。

まあ、あの辺りの土地は個人所有から市所有になったから、そんな感じになったんだとは思うけども。

家の周りを見ていい天気だったから、それなりに気持ちよかったけど、残念な点もあったなーと思った一日だった。

自分の衰えも含めて。

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2010年3月21日 (日)

またも

帰ってこれなかった。朝一番からだから…いや、止めとこう、考えたらしんどくなる。

毎朝

よし、今日は早く帰ろう!

と思ってるんですがこうなってしまう。毎日…

一人だから仕方が無いですが。

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2010年3月20日 (土)

自分の嫌なところ

大学時代。

これも主観的な事なんだけど、女子部員とマネージャーがいました。

予備校に行ってたから、一年年下の子たちと同じ学年だった。

自分の大学生活

夕方のアルバイト、深夜のアルバイトの二つをしながら部活なんて、始めは部活も趣味の延長線上のようなものだと考えていました。

一年間のブランクがあったし、何より、バイトをしながら、まともに部活に出れるとは思えなかった。

女子部員の人たちは真面目に?部活に取り組んでいるつもりのようだった。

一浪して、偏差値の最下層に位置する高校から必死に勉強して大学に入った。

もともと、そんなにできの良い方ではなかったので、それでも三流と言われるであろう大学に入るのが限界だった。

それはそれで良かった。

だって僕はその大学を目標にしていたから。

一浪して入った大学の部活動、しかもバイトを二つ掛け持ちで。

そんなにガッツリするつもりもなく斜に構えることにした。

柔道自体は楽しかったし、めっちゃ好きだったけど、柔道部には馴染めなかった。

仲良くしていたのは本当に同期の男の子だけだった。彼らもまた馴染めなかった

先輩たちはいつまでたっても馴染めない僕たちをかなり気遣ってくれました。

でも先輩たちのハチャメチャ加減はすごくて、やっぱり馴染めませんでした。

その分柔道は強かったんですが…

ちょっと乗りについていけない部分がありました。楽しかったですが。

でも同期の女の子とは本当にうまくいきませんでした。

僕に原因があったのかもしれない

でも僕が感じた事を書きます。

まず始めに、彼女たちは僕という存在を否定的にとらえていた。

のっけからそうだった

僕の発言、僕の一挙手一投足は否定的に判断されていた。

あがけば、あがくほどに、深みにはまっていく。

そんな事を絵に描いたようだった。

他の同期の男の子たちが仲良くできなかったのも僕のせいではないかと思う。

何がそんなに否定的にとらえられる事があったのかは全く分からない。

多少空気が読めない時もあったし、我慢できずに言いたい事を言ってしまうところもあるけど、

それは、完全に壁を作って斜に構えた状態では露見しにくかったはずだ。

斜に構えてはいたけど、他人ごととして接した事は無かったし。

ていうか、

始めからもう何か見下されてる感じがすげーあったので、もう話すのが若干苦痛でした。

僕は別に、一こ年下と思って接した事は無かったし、むしろ同期だから、同い年と思って接していたんだけど…

完全に見下してきてました。

僕が主将になってからはあからさまでした。

一学年下に、柔道の強い高校からやってきた、体格に恵まれた後輩が入ってきて、それが更に一年が過ぎた年だった。

その体格がよい後輩と、同期の女子部員の中心?となる人物とは仲が良く、

何やねん!

というぐらい女子部員の方からその後輩に同意を求めるような感じで突っ込み?駄目出しをしてくる。

何やねんこの構図は…

その二人は下宿しているから仲が良かった。

僕の同期の男の子は全員通いだった。まあそれはいいとして、主将にもなったし、すげー大変だったけど、部活も、バイトも、勉強も頑張った。

恐らく、誰がやってもこれぐらいになるっていう感じの主将だったはず。

つまりは、限界ぎりぎりだったけども、何とか主将はこなせたと思っている。

けども、やることなすこと一言二言突っ込んでくるし、おせっかいというか、大きなお世話というか、自分のやりたいようにならんのがそんなに気に入らんのか?

と言いたくなる。

言った事もある、そしたらただ泣くだけ。

何やねん。「お前が主将しろや。」と言いたくなったがさすがにそこまで愚かではなかった。

そうこうしながら一年、そして一年が過ぎて、卒業。

本っっっっっ気でせいせいしました。

もう二度とかかわるつもりはありません。

主将になったのは僕が立候補した訳ではありません、全員の投票で決まったんですよ。

柔道部全員の投票で。

それでもその時も「なんかな、投票って古くない?」とか言っていちゃもんをつけていた。

「私は○○君が主将の方がよかったし」と階段で言っていたのを、聞いてしまったが、聞いていないふりをしながら生活した。

そこで騒いでも、そのままでも、この先の生活は変化するはずが無かったからです。

先輩に取り持たれて話しあった事もありましたが、いつも

「別に男子と女子は仲が悪いわけじゃないですよ。」

と言ってしまうので、その先へ話が進まない。

あかん思い出したらムカついてきた。

つまり、日ごろから改善改善と言っているくせに、こういう何か古い事をいつまでもちまちま覚えてるところが自分の嫌なところなんです。

さっさと忘れるか、心の中でゆるすかすればいいのに。

何かまだ自分の中で納得できないでいます。

ていうか納得しようとしていません。

二度と、柔道部の女子部員(マネージャーを含む)には会いたくないんです。

嫌じゃない子で、すごく古風な子がいましたが、その子はいい子だと思いましたが、その子にも会いたくないんです。

理由は特にありません。

思い出したくないのかもしれません。

多くのキーワードや思いでの中に封じ込めたムカついたエピソードをこれ以上は思い出したくないんです。

もちろん、僕自身が悪かった事や、未熟で迷惑かけた事もあったし、羽目を外した事もありました、だから全部が全部他が悪いともいい得ないのです。

そう考えると、もう何が正しくて何が悪いのか、そんなのは人によって違うんだなという考えにいつも行き着いてしまう。

それでいいのかもしれない。

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2010年3月19日 (金)

将来は不安なんです。

確かに、今の会社は、かなり堅実でそれでいて将来性のある会社です。

コンプライアンスにもかなり力を入れているし、上司からの強制力はかなり低いです。

いろいろと旧体制も残っていて、悪い言い方をすると、所詮は田舎の企業かという点もありますが、それを差し引いても、まだ良い会社だと思います。

だってね、他の会社も少なからず、サービス残業が存在しますし、失敗=死とか失敗=クビとか、失敗=やり玉とか、失敗にリスクが高い会社も存在します。

確かに失敗のリスクは低いですが、出さないに越したことは無いのは確かです。

ただ、リスクが低いからプレッシャーに感じる事も少ないので、その分のびのびとできる事は確かですけどね。

話が少しずつ逸れていますが、会社という会社は多かれ少なかれ会社員に責任があって、その責任の失敗にリスクがあります。

ハイリスク=ハイリターン

と言うならうちの給料は納得ですが、

サービス業は全てそうなってしまいますよね。

リスクは無いですが、勘違いした方からパワハラを受ける事はよくあります。

僕たち店員は全く来店した人には逆らえないのが現状です。

たとえ一言でも

「嫌です」

と言えばそこで責任者出せという事になりますね。

まあ、それは極端な場合ですが、逆らえないのも分かっているはずなのに

レジの女の子に暴力的な発言をして偉そうに言ったり、店の人間に威圧的に迫ったりします。

老若男女にかかわらずこういう人はいます。

こういうのは本当、パワハラだと思うんですけどね。

訴える人がいないのはお店だからですよね。

あの名ばかり管理職の訴訟のマクドの店長は本当に良くやったと思います。

尊敬ですよ。

全てのパーツが揃ってたんですよね。

勤務管理表と自分の勤務記録、そして最も大切な事はサービス業で、ニュースで取り上げられる程の大きな会社である事です。

もしあれがマクドじゃなくて田舎のバーガーショップだったらどうでしょうか?

絶対ニュースにならないでしょうね。

あれはマクドだったからニュースになって取り上げられて、名ばかり管理職が存在している事が表立って出てきたんですよ。

だから、そうですねSM業界だったらイオンの人かセブン&ワイの人、サービス業界だったらやっぱりマクドか大手ファミレスですよね。

その辺の人が何とか訴えて欲しいですね。

誰にだ?

あ、日本の法律にか、

店員に必要以上に高圧的に迫ったら違法とかいうの。

サービスを誤解してる人が一部いますのでね、サービスの定義とともに、日本の法律を変えてもらいたいですね。

ただ、変えたからと言ってそれを行使できる店は多くは無いでしょうが、

そういう法律があるんだと知っている人が増えるという意味では変わってくるんじゃないでしょうか?

とは言え、僕の働いている会社でそういう事をしても、ニュースにもならないですし、一般の喫茶店や町のファミレスなんかで訴訟を起こしても駄目なんですよね。

マクドがまたやってくれるといいんですが。規模的に見ても影響力的に見ても丁度いいですからね。

さっきも書きましたが、法律が変わっても僕たちの対応は変わらないでしょうが、お客さんがそういう店員たちの気持ちを理解してくれる機会が増えるのはいい事だと思うのですが…

まあ夢の中の話である事は確かなのですが、そういう自分たちのサービスレベルも向上させていかなくてはなりません。

お客様に本当に良い商品を安く、気持ちよく楽にお買い回り頂けるように、全従業員が一層の能力向上を目指さなくてはなりません。よりよい対応、よりよい気持ちで職務に望むようにしなくてはなりません。

それ以外は、すげー他力本願ですがそれしか方法がありません。

分かりやすく言うと、少なくとも自分たちはお客様に失礼な対応が無いようにだけ心がけるのみです。

明日も頑張るぞ!

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2010年3月18日 (木)

小学校の時の友人の言葉

「死んだら地獄では生きてたときに食べ残したものを食べさせられるらしいで。だからオレ、生きてるうちに大トロとか残しとこうかなって思うねん。」

確か小学校3年生のころだったと思うんだけど…

そいつとは3年4年と同じクラスだったけど、4年の時では無いと思う。

「へーそうなんや、でも僕魚あんまり好きじゃないからな、何にしようかなー…」

と考えていたら、賢い友人が横から出てきて。

「もし天国とか地獄があるとして、地獄でそんなん食べれるんやったらみんなええもん残しまくるやろ。」と言ってきた。

「確かに。」

「でも地獄っていうくらいやから、一回で全部食べろとか言うんちゃうか?」

「いいや、わからんで、僕らまだ子供やけど大人になってから死んだらもう大トロとかも腐ってるからそんなん食べなあかんかも知らんで。」

「アホか。腐るどころか、そんなん土になってもてるわ。」

「じゃあ地獄で食べるのは土かいな。」

「そやろな、その方がなんか地獄らしい気がするな。」

「そんなら大トロをいつの段階で残すかが大切やな。」

「いやいや、その前に何で地獄に落ちる前提やねん!」

っていうやり取りをして、子供ながらに大爆笑をしたのを今でも覚えています。

大トロを残すと言い始めたのがコーヘイ君で賢い子がコースケ君でした。

コースケ君は中学校の途中で千葉県に引越していきました。

小学校の6年間ずっと同じクラスで仲も良かったので、とても残念でさみしかったんです。

年賀状も毎年出していましたが、僕の方が忙しくなって、あるタイミングから出さなくなりました。

それは、全員にそうなりました。

だってねえ、年末年始は忙しいですから、年賀状とか書いている暇もありません。

そんな時間があったら体力を温存しておいて、あのお祭り騒ぎに備えないといけません。

まあ、年賀状の言い訳についてはこの辺で。

コーヘイ君については、ゆっくり話をする時間は無かったものの、そこから中学、高校と同じ学校で、ちょくちょく顔を合せました。

一緒に遊んだ記憶は釣りぐらいしかありませんが、高校卒業とともに就職して、神戸市で会社員として今も働いているようです。

二・三年前に結婚したという知らせが届いていました。

それについても返事を書かなかった駄目な僕ですが…

小学校の時は実験とか、理科が好きで、あと家の前に大きな池があって、一件だけポツンと離れている家だった。伝承菊を家でやっていて、大変な名家だったようですが…

高校に入ってから一回だけCDを返しに行った記憶があるけど、ゆっくり話をした思い出はない。ひょっとしたら、その時に何か話をしたのかもしれないですが、高校生の話なんてくだらないものだったに違いない。

おそらくはもう大トロを残そうなんて考えてはいないだろうけど、昨日仕事をしていて何かのタイミングでふと

コーヘイ君とコースケ君の事を思い出した。

一人で思い出してクスッっと笑っている様子はさぞ気持ち悪かっただろうけど、そんな事は置いておいて、自分の中ではかなり懐かしい風が吹いている気がしました。

何せ田舎なもんでね、小学校も中学校もかなり自分の家からは遠かったので、コーヘイ君やコースケ君と遊んだ記憶と言ったら家からかなり自転車を漕いで出かけた記憶が優先されて出てくる。

遊んでいても暗くならないうちに帰らないと、街灯すらない道を自転車で一人帰らなくてはならなかったので、学校が終わって、バスで帰ってから自転車で来るとあと2時間も遊べないんですよね。

そんな小学校の思いでをふと思い出してしまったのでああ、懐かしいなと思ったのでした。

それにしても、

未だに、僕の担当部署に僕しかいないというのは本当に大変だ。

朝から晩までやってるけどそれでも帰れない。

ちょっと余裕もなくなってきてるな…

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2010年3月17日 (水)

この日も

日付が変わるまでに帰ってこれんかった…

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2010年3月16日 (火)

あんまり使わなくなった

家の電話。

良く考えたらもう20年以上あの電話。

あの電話になった時は本当にうれしくて。それまで黒電話で、かなり田舎丸出しで、田舎なんですが、友達の家に行ったらもうなんかFAXとかついているのを見ていたので、

それがうらやましくてたまりませんでした。

だからFAXは別にどうでもよかったんですが、新しい白い電話になった時は本当に嬉しかった。

超がつくほどのど田舎のうちにも現代文明の利器がやってきた、革命がおこった程に嬉しかった。

その電話を使わなくなったのは…もう10年ぐらいになるかな?携帯電話を持ち始めてからだと思う。

それからはどんどん使う機会が無くなって、そのうちに全く使う事が無くなった。

今見たらあの白かったボディはもう黄色く色あせていたし、誰のものか分からないけど唾の匂いがしてちょっと嫌。

黒電話を置いていた電話台をそのまま使ってる電話台はいっぱい電話帳が積まれてるし、不必要に長いモジュラーケーブルがきちんと結ばれずに乱雑にまとめられている。

二階のはもっとひどくて、液晶部分のカバーは取れてしまっているし、ボタンも一部残念な事になってる。

FAXが無意味に(繋がって無い)二つも置いてある。

ていうかゴミかなんかわからんのが散乱しててもう電話がどこにあるかどうかもわからん。猫の便の匂いがしてるから臭いし、あれは人間の住む所じゃないな。あんなん全部捨てなあかんわ。

まあ、それは置いておいて、その古くなった電話、以前母がねずみ講にひっかっかって、闇金とかに手を出した時はもうめっちゃ鳴りまくってました。

あのときがあの電話のMAXだったと思います。

思い出しても吐き気がしますが。

高校生の時はその電話を限界いっぱいまで伸ばして、自分の部屋まで引っ張ってきて布団に入りながら彼女と電話をしました。

4時間も電話してて怒られたこともありました。

思いでの白い?電話ですが、使えない事もないんですが、なんでしょうか、そろそろ変え時だと思うんです。

次のボーナスの時にFAXつきの新しいのに買い替えようかと思います。

たぶんよく使用するのはおばあちゃんだと思います。

例のねずみ講事件以来、番号を変えたので、かかってくる電話は少なくなりました。

おじいちゃんの軍隊の時の友達も、ずっと電話してきてくれてたけど、電話番号が変わってもうかけてくる事ができなくなったはずです。

残念です。

去年年賀状が来ていましたが、亡くなった事を伝える喪中はがきをお返しするのがとても切なかったです。

寒くなってきました、長年お互い会っておりませんが元気なものとして今年もお祝い申し上げます。

という文面だったと思います。

この文面で涙が出てきました。

今年も丁寧に父宛てに年賀状をくれていました。

丁寧にと思う反面、祖父に年賀状を送るのを毎年楽しみにしてらしたのではないかと思うと、来年も父宛に年賀状を送って欲しいような気になります。

どうか、軍隊の友達さんもお元気で。

話が飛びましたが、もう少し使いやすいのが出ていますので使いやすい電話を買いたいと思います。

今のやつは外線ボタンを押さないといけないし、保留ボタンも小さいし、子機もないし…

子機があったら僕の部屋にも置けるしね。

そんな計画を企ててるんですがどうなるかな。

逆に使いにくいと言われるかもしれないのがちょっと不安ですが。

最近すっかり小さくなってきたおばあちゃんが使いやすいようなやつにしたいな。始めは嫌がるかもしれないですが、それはいつもの事。

いつも使い始めたら気に入ってくれる。

自分の都合のいいようにそう信じることにしよう。

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2010年3月15日 (月)

今日は休みだったけど

どこにも行かなかった。

ていうか外に行く気力が沸かなかった。

昨日は6時に出勤して、23時半頃まで仕事していた。その付けが来たのか、今日は何もする気が起きなかった。

もう一日寝こけました。

本も読んだりしましたが、全然、もうそんなん頭にほとんど入ってきませんでした。

とはいえ、ゆったりできたので少しは良かったかもしれません。

本気で休む気というか、動く気が全く無かったらトイレ以外部屋からは出ません、それで、ベットとテレビ前のソファとを往復して、本読んで眠くなったらベットに向かう。

そうやって一日が過ぎていくんですが、

今日は郵便局にオークションの振込みをしに行ったし、政府エコポイントの書類?に不備があって返ってきた分を修正したのを送り返したり、コンビニに行って買い物したり。

まだいろいろした方だと思う。

あ、HDDのデータの整理したし。

でもな、本当に不満なんですけど、地デジ地デジっていってるくせに、うちの付近は全然電波弱いんですよね。

だから高い(値段が)アンテナ買って、増幅器も買ってるにもかかわらず、映像が飛ぶんですよね。

映像が飛んだらHDDは録画を止めてしまうんですよね。

楽しみにしていたドラマもそれで何度あきらめたか…

1分で止めてるのとか、2分・3分とかで止まってるのがめっちゃたくさんあります。

そういうのは消しまくりです。

雨なんて降ろうもんなら最悪です、データどころか、テレビさえ映りません。

ふざけんな!!なにが2011年から地デジや!!

2010年3月でこんな状態で地デジがちゃんと映るわけないやろが!!

と怒り心頭です。

年末のドラマとかもみんな途中で切れてて最悪だったし。

ちゃんと映像さえ見れないんですよね。

こんなん、テレビが良かったって、HDDやったって全然意味無い。

まだビデオの方が確実やし、何より途中で切れるとかそんなありえへん状況にはなりませんからね。

連ドラとか最悪ですよ。どっしらけですよ本当に。

自分がいる時は録画が中断しないかはらはらしながら見ています。

意味無いなこんなん。

今日も月9が開始1分…いや、30秒ぐらいで切れてました。あほかと言いたかったですが、一人で言っても仕方がないので黙ってましたが。

こんな状態で地デジ化を進めてる?なんてどうかしてるんとちゃうか?

だって地デジエリアの地図見たらここはまだ電波?が入ってる地域になってるんですよね。

この状態でよくそんな事言えるな

と思ってしまいます。そんな地域になってるってことは、当分の間はこの状態が続くって事ですよね。

もう既に嫌です。

地デジはもうたくさんです。CMいっぱい入ってるけどもう見るとイライラしてしまいます。

CMで、地デジのサイトを見たらいろんな事が書いてるようにサイトを見てください的な事が書いてありますが、全然工事中も多くて何にも書いてありません。

都会がうらやましい限りですが。

田舎の人間には見れないテレビ放送なんてナンセンスだ!!

散々メディア批判してる僕ですが、エンターテイメントは楽しみたいじゃないですか!

HDDは予約が中断してる分でも、完了してる分と同じ顔して表示してあるので、カーソルを持っていくまでは

録画を中断しました

と出ないので、カーソルを持っていくのに

中断じゃありませんように…

と願いながらカーソルを合わせます。

何で、録画見るのにこんな思いをしなくては…と思ってしまいます。

不便だ不便だ!!

思わせぶりだ!!

あんまり見ないだけに見た時はしっかり見たいのに!

でもビデオデッキを買うのは負けた気がするから無理ですね。

あーあ、せっかくのHDDなのに、テレビなのに、もっと活用したいのに。

もう少し便利になるまであんまりテレビを見たい事にします。

パソコンだけで何とかなるはずだし。

こんなの当てにしてたらなんかいらいらするだけだし。

テレビドラマもユーチューブで見れるし。

すねてやるぞー!

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2010年3月14日 (日)

この日は

残念ながら帰ってきたら日付が変わってました。

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2010年3月13日 (土)

家の東に

梅の木があるんですが、家の梅は白い花を咲かせるんですが、それが既に咲いていてとても風情があるように感じられます。

とは言え、なかなか眺めている間もなく、暗いうちから家を出て、とっぷりと暮れてから家に帰る始末。

今年は桜が見れるかな?

桜は何がいいのか考えてみましたが。一つだけでは無いですね。

①花がきれい

②咲いているのはほんの数日間の限られた間

③自分がゆっくり見れるのも限られた間

④なんか盛り上がる、テンションあがる。

⑤ついつい目が行ってしまう

⑥葉が無くて花だけ

⑦だから散ってしまうと枝だけになる

⑧その後すごすごと咲く葉っぱ。

ぐらいかな?

散る姿のはかなさも何とも言えないものがありますね。

大学生の時公園で、女の子の友達と二人で明石城公園で桜を見ながらお弁当を食べていた事がありました。

普通の友達だったので、普通に話をしながら…どんな内容だったかは忘れましたが、恐らくは、彼氏と別れて…とかいう話だったとおもうんだけど。

だって、その後その別れた彼氏とかいうのがメールしてきて、僕とお弁当を置いてどこかに行ってしまったという結末がその後に訪れたんですから。

だから僕は自分の分の弁当と友達の分の弁当と、合計二つの弁当を食べることになってしまった。

残念でした。

何が残念って、

その当時めっさムキムキだった人だったので。

そんな人が桜を見ながらベンチに座って一人で二人前の弁当を食べてる。

何この絵柄

自分でスゲー残念な気がした。

それを他人に見られてる事も何か残念な気がした。

特に、どこかに友達が行く瞬間。結構人が前を通っていた。

ああ、今この瞬間僕はこの人らに何て思われてんねやろ…

と思いました。

そこから少し早かったんですが、そのまま電車に乗ってそのままバイトに行きました、それで、バイト仲間にその事で一ネタとして笑いを取れたのでまあよし。

としましたが、

とりあえず、

春 桜 弁当 一人 明石 公園

このキーワードで僕の頭に検索をかけるとまず間違いなく、この残念な記憶が鮮明に蘇ってきますね。

ああ、結局のところ、その友達はその後彼氏と結婚しました。彼氏も友人なので結婚式に行きました。

最近別れそうだという報告(相談という名の)を受けています。

ぜひとも、末長く付き合って欲しいです。

夫婦の絆はそんな簡単なものでは築けないと思います。

だって赤の他人ですからね。それに絆を紡ごうとしたら相当な年月が必要ですよね、普通に考えて。

そんなんはどうでも良かった…

とりあえず、梅が咲いたらもうすぐ桜だな。

ああ、春だ。春がやってくる…

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2010年3月12日 (金)

自分が思っているよりも

僕自身は欲求不満なのかもしれないですね。

というのも、昨日は恋人の夢を見た。

実際はいない恋人の。

なんて痛いやつなんだ、僕は。

と自分で情けなくなる。とんだ妄想野郎だ。

どんな夢だったかというと。別に特別な事じゃなかった夢だった。

二人で買い物に出かけて、いろいろ話をしながらこれが似合うとか、昔よりも太ったから今はこれを着るには何キロやせなあかんとか笑いながら会話をしていた。

それから少し早いけどお昼に行こうと言って、適当な喫茶店に入ってランチを頼んだ。

いつものごとく僕は食べたいものを頼むので、品数が多くなってしまう。

別に大食いというよりは、普通より少し多いぐらいの食欲なので、全部は食べられない。それについて

「また!私も食べるの大変やねんから。さっきやせなあかん話してたのに…」

と愚痴を言われながら、

「今度は品数は減らすから」と言って二人で取りとめのない話をしながら食べる。

それから、家に帰っても別にする事が無いので、

「映画でもこのまま見に行く?」

「別にいいけど?」

となって見に行こうとするが、車が混んでいて本屋に変更。

あれこれ本を選んで新品を買おうとすると

「どうせ読むのは2ヵ月ぐらい先なんやからその時中古で買えばいいのに」

と突っ込まれる。

「2ヵ月では古本は出ません!3ヵ月はしないと下がらんで」

と強く出る。

2冊ぐらい買ってからまだ時間があるけど、映画に行く気分じゃなくなったので、今度はレンタルビデオを借りる事にした。

ショップおススメのタイトルの前で二人でこれは面白いとか、これは駄目だとか。

この俳優がどうとかを話しながら借りたいDVDを2本借りる。

ついでに借りたかったCDも借りる。

家に帰る前にコンビニでウーロン茶とカールを買って帰る。恋人用にプリンも買った。僕用にはアイスだった。

家で二人でDVDをつけながら、劇場予告でまたこの俳優が監督がと話をする。そのまま作品を見ながら本を読んだり、インターネットしたりして二人で過ごす。

そこで夢は終わった。

確かにこういう生活は力が入って無くていいですが…

この後二人はどうなるんだ?

この夢だとかなり疲れがたまってたような…ついでに、インターネットではブログを更新していたような?

ついでに明日の仕事の時間とかも考えてた。

おいおい、二人でいるのにそりゃないだろ。

それともそれすら理解してくれてる子なのか?

顔はもう全然思い出せないんですが、夢に出てきた子はかなり好感のもてる顔だったような?

それよりも、映画って言ってたのに本屋になっても別に対して何も言わなかったし、家でまったりしてても同じくまったりしてたし、すごく性格がマッチしていた事に夢の中の僕は。

ああ、この子を逃したら僕は一生結婚できひんな。

と思っていた。それにびっくりでした。

夢の子を好きになるなんてどうにかしてる。てか病気?

それだけ理想が高くなってきたか?ついに。

でも、夢から覚めてすごい悔しかったのも確かですね。

くそ、夢か…と思いましたからね。

現実世界でもそんな人を探さないといけないですね。

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2010年3月11日 (木)

分かっちゃいるけど。

最近月9の再放送で、崖っぷちのヒーローがやってるみたい。

まだその時間に見た事がないんだけど、この前東京ドッグスがやってたからその前か、山下君が出てて、北川さんがでてるやつなんだけど。

北川さんが何かナチュラルな感じで、二人とも何か無理なく距離感を縮めて行きたいタイプの役で、昼ドラのようにドロドロするのかなと思いながら

ひやひやしながら見ていたのを思い出します。

伊藤さんがかなり男前な役やったから、昼ドラモードに入らずにすんだけども。

正直見ていて何かフレッシュな気分になりました。

あのさわやかな空気感が好感が持てて良かったです。

昼ドラ好きな人には物足りない出来栄えだったのかもしれないですが、僕にとっては良かったです。

二人の距離の縮め方も良かった。

山下君には始めに恋人がいて、相武さんだったんだけど、あの嫉妬ぶりもよかった。

山下君と北川さんはお互い好きって気がつくんだけど、お互い、好きって言ったら駄目な関係で、でも、二人でいる時間がとても和んで、落ち着いた。

そのうち、ただの友達じゃいられなくなってしまった。

そして、二人はお互いの思いを告白する。

それから、北川さんは素質が認められて、コンクールに向けて猛特訓に入る。

山下君は北川さんのチャンスを自分が潰す事が嫌で身を引く事にした。

けどやっぱりお互い好きなんです。

とまあそういうパターンなんだけど、バスケの話だけど、バスケはあまり関係なくて…

舞台ってだけでした。

まあ、そこは月9だから、そんなの中心でなくても全然問題じゃないんだけどね。

何が言いたいかっていうと、

あんな恋愛してみたい

っていう事です。

視聴者がいくら第三者目線で見てるからと言っても何て言うか…

かわいい恋愛でしたよね。

最後は諸説あるけどね。

続きがあっても問題ないように終わったのが気になるけど。

で、月9って、ドラマの主人公に自分がなれたらいいのになって思える事がいいところなんだと思うんですよね。

昔、そういうのがいっぱいあったような気がするのは自分が若くて多感だったからだろうか。

少なくともこの前のは無理でしたね。

その前の前も無理でしたね。

人によるんだろうけど、僕には今ドラマの脚本が面白いのが少なくなってると思えます。

だって漫画原作、小説原作めっちゃ多くないですか?

また漫画原作か…

と思ってしまいます。

それが面白くないという訳ではないです。

オリジナルのが少ないので、原作があると、やっぱり比べるというか…

小説原作だったらそれ以上になるのは本当に稀で…前これ書いたけど。

漫画だとやっぱりドラマにして、話をさわるとキャラクターが立たなかったりするんですよね。

それだけ原作が優れているのか、それとも監督が…

でも漫画や、文章をそのまま映像にするなら、意味ないですからね。本当は難しいんですよね、そう言うのって。

でも漫画、小説原作だとキャッチーだからね、とにかく、その原作が好きな人が見てくれる事が多いんですよね、おそらく。

だから1話や2話は原作に近い状態です。3話4話でものによってはオリジナルを混ぜてきて、8話9話はもう別物になっているのが多いです。

そして11話12話はそれなりのエンディングを迎えるという…

割り切ってしまえばそれはそれでいいんですけどね。

今回の月9はコ○ドブルーなんで、いいんですけど、ちらりほらりと見える月9の要素にちょっと残念に思います。

ひたすら硬派に治療しまくって欲しいし、医療問題に真正面から立ち向かっていく姿を見たかったのですが…

さっきも言いましたが、月9になると舞台が設定されているだけで、あまり職業とか関係無くなってしまうんですよね。

今回は木曜10時に前回やっていたのがセカンドシーズンになって月9に帰ってきたので、頑張って立ち止まってる感じがまだ…まだありますが。

若い年齢層が見てるだけにテーマが変わってしまうのでね、そこが最大の欠点かもしれないですね。

誰しもがそれがいいと思う訳ではないので、仕方がないです。

そういう意味では「ブザ○ビート崖っぷちのヒーロー」は典型的な月9の作品だったんでしょうね。

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2010年3月10日 (水)

失礼しました。

何か「更新のため再起動しました」って出てるなと思ったら。

昨日更新しようとしてそのまま寝てしまった投稿画面。

保存してないので更新されてなかったんですね。そんな事は全く忘れて今日普通に過ごしていました。

という訳で、昨日書いた分を書きます。初夢の話の続き。

その子供を見て僕は

「あーあ、あんなんやったら正月からオカンに怒られるぞ、僕は知らんけど。」

と思いながら坂道を登っていったはずなんだけど、気が付いたらその子のすぐそばにどっかのおばはんがダイブして堀?の中に入った。

そしてそのおばはんは別にその子のおかんという訳ではなかった。

おばはんは留袖を着ていたが関係なくザブザブやっていた。

泥沼地帯だったはずだったけど、おばはんが入った時にはもう池のように水があった。

でも子どもはそのまま泥遊びができていた。

まあ、僕には関係ないか…このあとあのおばはんと子供がどうやって帰るのか考えてみたけど別に大した事は思い浮かばなかった。

道頓堀に以前飛び込んだ時に、帰りに寒い目で見られながら電車で帰ってきたが、その時と状況はそんなに変わらないはずだ。

そんな事を考えていたらやっと参拝する所が見えてきた。

考えてみたら一人でなにやってんだ、こんな所で…と場所もわからないのに思った。

肝心なのは場所云々ではなく、一人で来ているかどうかだった。

そう思いながらも、騒然とする中、人にもまれながら、参拝する順番が僕に回ってきた。

と、気が付いたら僕の横にはさっきのおばはんが同じタイミングで参拝していた。

「あれ?おばはん大分前に川に入ってたはずやのに?」

と思ったが、水浴びしてきたそのおばはんの着物はずぶ濡れだった。

良く見たら足元とか、通った後とかは水の後がついていた。てかすぐそこから上がってきてたみたい。

「おいおい、ここまで水の中泳いで来たんかい!」と思った。

そして一緒のタイミングで参拝した僕はおばはんと一緒のタイミングで歩き始めた。

意味分からん事に僕はそのおばはんと夫婦と思われていた。

いやいや、こんな濡れたおばはんおかしいやろ。

と思ったが、ずっと横についてくる。早歩きしても横に入っても付いてくる。

途中でおみくじを買ったけどその時にもそのおばはんが一緒におみくじを買っていた。

僕は「吉」だったが、おばはんは「末吉」で「微妙~」と言っていた。

知らんがな。

それから早歩きで坂を下りていったけど、おばはんはついてきた。坂の一番下でとうもろこしが売っていたのでそれを食べた。

気が付いたらおばはんはもういなくなっていた。

誰やってん!!

と一人で突っ込んだところで夢かい!と気がついた。のが初夢だった。

別におもしろいとも思ってないただの話なのに、三日もかけてしまった。

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2010年3月 9日 (火)

今頃ですが。

初夢を正月に見ました。

実際は生まれて一度も行った事がない初詣に行っている夢だった。

どこにそんなものがあるのか、どこでそんな風景を見たのかわからない、どこかの神社に初詣していた。

すげー坂道で、めっちゃ上っている時は大変だったけど、実際は夢だからしんどくないんだけどね。

しんどそうに一歩ずつ歩いている自分がいました。

でも、心の中で。

しんどいけど、まぁ初詣に来ている女の子の振袖を見たらテンションあがってきたわ。

と言いながら、上の方角に坂道を登って行った。

すごく遠い。

周りの人もたくさんいる。すごいたくさんいる。

迷子もいる。夜店も出ている。

良く見たらその場所は道頓堀に似ていた。川を挟んで向こう側にも道がある。

右と左に分かれて降りと登りかなと思ったけど、どちらも全然めっちゃ登りでした。

登るにつれて真ん中の川の水はかなり少なくなっていって、所々泥?みたいな底が出てる。

そこに子供が夜店でハズレの景品を堀にはめて、自分も入って泥遊びみたいな事をしていた。

あかん…寝てもてた。

続きはまた明日。

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2010年3月 8日 (月)

関西のガス会社

のコマーシャルでお父さんが娘に昔話をしている風なシーンがあって、

「むかーし昔…」

「…ねえ明日の話をして。」

っていうのがあるんですが。そんな簡単な会話ですが、僕の中ではズギャーンときました。

何て言ったらいいんでしょうか、そうですね、女の子には未来がいっぱいつまっていて…

明日が来るのが待ち遠しい時期に差し掛かっているのでは?

とか

逆に、いろいろ知り始めている途中で、明日が来るのが怖くなっているのかも

とか

単純に明日いいことがあるだけなのかもとか

どういう設定なのかは分からないですが、もし自分の娘にそんな事を言われたらかわいさのあまりギュッとしたくなると思います。

娘もいないし、嫁さんもいないですが、でも、何度も書いていますが、ホント最近は子供を見るとかわいくてかわいくて。

もともと子供好きだったけど、本当に、小さい子がテレビとかで頑張ってると

「ああ!あんなに小さいのに頑張ってる!!」ってなって何か涙が出てきます。

これって少しおかしいですよね?

テレビのコマーシャルでもそういうの見ると、一生懸命やってる姿に何か心をつかまれる気分になります。

うまいかどうかはすっ飛ばしてそう感じてしまいます。

恐らく、こんな気持ちで子役の活躍を見ている人は少なくないのではないかなと思います。

僕よりも上の年齢の人は上になればなるほどそう感じるのではないでしょうか。

いいなぁ。

僕も子供ほしいな…

でもな、こんな、今の生活をしてたら絶対子供をしっかり育てる事なんてできないと思う。

どうしてもお嫁さんに多くを頼らざるを得なくなる。

そんでもって、いい子に育ててあげる自信もない。

少なくとも僕は両親から愛情をしっかり受けた訳ではないので、どれほどのものを自身の子供に注ぐ事が出来るのか、不安でたまらない。

でも、そんな気持ちとは裏腹に、自分の子供が欲しい、自分の愛する妻とともに、家庭を築いていきたい。

子供の成長の事で悩みたい、家族みんなで乗り越えたい、絆を作りたい。

家族の柱になりたい。

でもなー…

そこまで行くのには結構今からは大変かもしれないな…

もう30歳やしな。

以前まであった焦燥感とかはどこかに飛んで行ってしまったみたいで、余裕が無いのかもしれないですが、もう頑張ろうという気持ちもかなり遠いところに行ってしまっています。

せっかく…

いやいや、頑張ろうと思う気がなかなか起きなくなってしまった。

どう頑張ったらいいかも分からないし、僕が求めているのが見た目じゃないから余計に難しいのかもしれないです。

前の仕事場でもそう言われましたしね。

「○○さんの理想って見た目を気にする人の方が出あう確率は高いですよね。」

理想が高いというのはそういう事なのかもしれない。

見た目じゃないんです。

それに偉い人じゃなくてもいいんです。古風な女性で賢い人がいいだけなんです。

だからって男尊女卑とかいう訳じゃ全くないです。

尊重してあげたいし、相手を受け入れない訳でもないですが。

「賢い」っていう部分が難しいみたいです。

本が好きとかそういうことではありません。政略的であったり、打算的であったりという意味でも全くないです。

単純に「難しい事は考えないでおく人」、「臆病な人」恐怖は頭の回転を良くします。いかに危険を回避するか。そういう事に気が回る人がいいです。安心できます。

ああ、「モンスターペアレンツ」とかいううぬぼれの強い人は問題外ですね。ある程度は仕方ないにしても…

そして「僕を頼ってくれる人」これは別にいいんですが、できれば頼って欲しいですね。

僕こそ古風なのですが、男として生まれたからには頼られる存在でいたい。応えられるかどうかは別として、そう思います。

↑見た目は頼りがいありそうには見えますが…

いかんせんプライベートでは天然ボケなものでね…ネジが一本か二本とれてますから…

という話にいつのまにかなってますが、今日話したかったのは、そういう事では無くて、

子供には未来と希望が詰まってて、最近は特にそれがまぶしく見える。

お客さんでやってきた子供が駄菓子の近くで選んでる。

そんな姿をみて微笑みが勝手に出てしまう。

この子にはどんな未来がまっているんだろうか。夢がかなうんだろうか、楽しい未来だろうか。自分の思うように生きられているだろうか。

そんな自分の息子に向けるべき思いをどこの誰かもわからない人の子供に向けてしまう。

この子たちがしっかりと生きていくためには、僕たちがいい社会を作らなくてはいけない。そしてこの子たちが作る未来に生きる子供たちは、この子たちをしっかり育てる僕たちの責任でもある。

そうやって命のバトンを繋いでいくんだと思う。

本当は自分の子供に向けるべき気持ちを、自分にはいないので他の子に向けてしまう。そして他の子に自分の思いを、気持ちだけ乗せている。

最近はいなくなってしまったけど、「近所の口うるさいじいさん」はそんな思いで子供たちを見ていたんだと思います。

自分たちの子供を育て上げてなお、未来ある子供へなお教育をしようとするとは何たるバイタリティだろうか。

すごいな。

そんな人たちとは足元にも及ばない事ですが、いい世の中にしたい気持ちはあります、結局、自分には子供はいないし、これからも怪しいものですが…

だから未来を創るという人生のリレーには加わる事はできないのかもしれないですが、

「子供は大人の移し鏡」と言いますからね、悪い大人にならないように、むしろ、模範となるよそのおっちゃんとして生活したいと思います。

よい未来を創るために僕が出来る事と言えば自分が清く正しく生きる事しかできないとは何とも無力ですが、それしかできないのであれば仕方がないですよね。

生真面目に生きるというのとはまた違う事だと思いますが。

テレビで見る遼君のような子供たちがいっぱい出てくるような社会がいいですね。

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2010年3月 7日 (日)

病気って怖いな…

日ごろ不摂生しているので、病気だと言われても仕方がないと思っています。でも、今を精いっぱい生きています。

あの時こうしとったらよかったのに…

と思う事は数知れずあるけど、最終的には

いやいや、あの時はあれがベストだった。あれで精一杯だった。

という結論に結び付くように毎日こつこつとやっています。

後悔したくないけど、後悔も悪い事だけではないなと、そう思います。

でも、それは、未来の自分があることが前提となっています。

突然自分が病気だと言われたらどうだろうか。

そんな事実は無いですよ。無いですけど、もしも自分がそう言われたらにわかに信じられないと思います。

どうなってしまうんだろう。

今こつこつしている事も、今後気をつけようと思ってる事も、将来しようとしている事も、それらは全部、未来のためにしている事。

すばらしい人間形成

それは自分が死ぬまでの目標なんです。何度も書いていますが。

でもどうでしょうか。

いきなりあんた1ヵ月で死ぬからと言われて、すぐに素晴らしい人間になれるでしょうか。

いやいや、そんなん無理だろ。

むしろその逆の人間になるのではないでしょうか。

じゃあ、それまで自分が積み重ねてきたものって一体なんなんでしょうね。

それは全くの無に帰すんでしょうね。

例えると

格ゲーでパーフェクトを狙ったのに、オール5を公言してたのに期末テストが受けれなかったみたいな?

下書きした絵を塗りかけで無くしたみたいな?

あかんな、うまくたとえられない、もともとゴールのない目標なだけに・・・

とはいえ、希望が断たれるのは事実です。

昔「シュート!」っていう漫画があったんだけど、

ある高校のサッカー部で、天才サッカープレーヤーの先輩が心臓病で、それでも最後までピッチを駆け抜けたという話があった。

その先輩は自分の病気でかなり苦悩したようだったが、部員たちにはそれを悟られないようにしていた。

二重の苦しみですね。

そしてピッチで止まってしまった彼の心臓。

残された部員には様々な思いがあって、部員たちはそこから立ち上がって、彼の残した意思を継いで、名門サッカー部にしていくというお話なんだけど。

完全に僕だったら学校に行かなくなるか、みんなに喋りまくって自分の状態を知ってもらって楽になるかのどちらかを選択してしまう。

でもこの先輩は無言のままこの世を去ってしまう。

高校生のできる事ではないですが、それでもそういう行き方があるんだなと、その当時高校生だった僕はそう感じるのが限界でした。

でも本当に、明日をも知れないのが人間です、働きすぎて死んでしまう事もあるし、交通事故で死んでしまう事もあるし、知らない間に病魔に侵されてりこともある。

一寸先は闇なんてよく言った言葉だと思う。

死ぬのは本当に怖い。

僕にはまだまだやりたい事が途中になってるから。

健康体で良かった、頑丈に産んでもらえた両親に感謝しています。

前の店で

「明日死ぬかもしれないんで…」

とよくいう先輩がいましたが、本気でそう思っていないのは明白で、冗談です。

本気で思ってたら遺書の一つでも書いて残してますからね。

僕は遺書なんていうのを残すタイプではないですが、こうして日記は書いて行こうと思っています。

日記って綴ってる間はその人の人生があるような気がするんですよね。

小説を読むことで一つの人生を体験した気分になるのに似ているかも。

それも文章が好きな人にしか読んでもらえないかもしれないですが、それでもこれが一つの選択肢である事はたしか。

眠くて考えがまとまらないですが、今日はこれでという事で。

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2010年3月 6日 (土)

あかんなあ

最近仕事に時間をかけすぎている。

ただでさえ、通勤に往復2時間もかけなくてはいけないのに、仕事でプライベートを潰してしまっている…

しゃーないけども。まだオープンして10日やからな。

でも眠い。眠いわ。

足も筋肉痛やし、それに、帰ってきてからご飯食べてすぐ風呂入って寝るから、言うなればくっちゃねと変わらないので、ものすごく肥えてきた。

今まで、深夜に結構いろいろ食べてたけど、それ以上に肥えるなこれは…

ていうか腹これ!なに?これ僕の?

って思うんですが…未だかつてを何度も更新しています。

やベーやベー!

でも、今は筋トレ何てやってる余裕がないんです。

もうほんま、一瞬でも早く眠りたいんですが、とりあえず日課のブログだけはアップしとかなあかんなと思い書いています。

とは言え、何度か「公開」を押さずに力尽きている時がありましたが…

何なんでしょうね、書ききったのに安心して寝てしまうんですよね。

よっしゃできた。後は軽く見直してそのまま公開するだけや。

でもその前に疲れた目をマッサージしよ。と横になる。

そしたらもうそのままひと眠りとか…

酷い時はキーボードを打ちながら眠ってしまっててrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrとかって何行にも渡って書かれていて、もちろん文章は上の方で終わってるんですが、消すのが大変だった時もありました。

でも本当、朝からは大変。寝る時間が無い。本読む時間が少ない。

その少ない時間でハズレの本を読んでる自分に苦痛だったりする。

今読んでいるのもはっきり言って失敗です。残念。

読んでいったら面白くなるかなと思いながら読んでいますが、恐らくはおもしろくないまま終わるでしょう。

読む時間も欲しいので、今日はこの辺で終了します。

明日も雨か…オープンしてから天気の日が無い。オープニングセールは雨で失敗したようなもの。

明日天気になって欲しいな…

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2010年3月 5日 (金)

あれ?頭ってこんなに痛かったっけ?

頭痛のことではありません。

昨日休みだったので、ゆっくり本を読みながら片手で頭のマッサージをしていたのですが、何かどこ押さえても、たんこぶを押さえたかのような痛みがするんです。

あれ?おかしいな?こんなに痛かったかな?

というのが題名になりました。

思えばそんなに頭なんて指で強く?押した事なんかないから、一体どうなってるのか、元々こんな感じの痛みがあるのか、そうじゃないのか良く分かりませんが。

でも、最近はずっと眉間にしわを寄せているので大分顔面が凝っているのは自分でも知っています。

この調子でぐんぐん頭皮も凝ってきて、行く行くはノーヘヤーになるのかもしれないですね。

いやいや、抗ってやる!凝っているだけなら毎日その凝りを解すまでだ。

そんなに、大変な事ではないはず、

まだ、昨日もみこんだだけだから、今日はまだ変化はないが、一週間もすれば痛みは消えるはず。

そうしたらもうフサフサも夢ではないのでは?

と思ったりもするのですが、世の中そんなに甘くできてないですよね。

絶対頭皮の凝りが無くなったら凝りが無くなるだけで、毛が生えたりはしないだろ、普通に。

そんなんで毛が増えるんなら今頃誰もがフサフサやしリー部とか流行らないでしょ。

まあそんなところか。

でも昨日マッサージして、今日仕事場ではなんかの瞬間に頭を触ったら。あれ?いてえ?

何でって思いました。

そこでふと考えたのは。あ、そうか、昨日マッサージしたからや。という事でした。

でもそれって違いますよね。

マッサージする前から触ったら痛い状態だったのに、その時は全然そう感じませんでした。

今でも本当めっちゃ頭皮がこってるっていうのが良く分かる。

たんこぶクラスやな、これは本当に。

話は変わるけど、この季節って眼鏡は本当に重宝するよね。

だって目がかゆくなった時は迷いなく書く事ができるから。

コンタクトではそうはいかない。

だってもうコンタクトしてるの忘れてかこうもんならどっかに行ってもてもう意味分からんタイミングで出てきたりするもんな。

無くなったからひょっとしたら落としたかもしれんと思って周りを一応探してみるけど、それでも見当たらなくて、

仕方がないのであきらめて次のを使ってたら。

何か下の方からぐぐ!って感じで出てきたりする。

あ!あった…と思った時は既に遅し。

次のを右も左も開けた後だったりする。勿体ない事をしたと思ってしまう。一瞬だけど。

それで、そういう時は意地でも2Wを20日頑張って使う。

とは言え、20日目は明らかに堅いし。

次の日めっちゃ眼やに出るし。止めたほうが良さそうなんだけど、最長記録に挑戦したい自分と。もったいないから使えるところまではトコトン使うという自分が入り混じって強行突破させるのです。

とは言え、眼やにが出るのは眼球が傷ついているのかもしれない、あるいは内瞼が。

19日目までは何ともないので、最長は19日という風に僕は勝手に思い込んでいます。1日2日は余裕ですね。

ワンデーの話をしているのではなくて、2Wの話です。

本当は何とか1ヵ月持たせるぞと思うのですが。無理なんですねこれが。

物理的に無理みたいです。がっつり保存液で甘やかしても無理でしたね。

あ、書きたい話から脱線しまくってる。

今は花粉の季節だから、花粉が飛んでたら、外でコンタクトを入れると何か異物感がある時があるんです。僕だけかもしれないですが。

まずほとんどコンタクトを外で入れる事なんてないんですが、売り場でもそういう事があるので、コンタクトはこの季節では厳禁です。ちょっとズレたから直してても異物感があります。

その点眼鏡は違います。だって眼鏡は直接目に当てないから全然平気。

無くなったりしないし。何よりいいのは、レンズとかに花粉は着くけどコンタクトの時みたいな異物感は全くないし、おまけに思いっきり目はかけるし。

思いっきり書くとあかんぽいのでそれなりにですけど。心置きなくという意味では。

眼鏡はよく似合うと言われますが、自分では嫌なのであまりかけたくないのです。

でもこの季節はしょうがないですよね。

我慢我慢です。

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2010年3月 4日 (木)

過去の失敗

あまり引っ張らないですが、時々こうして頭をよぎることがあります。

苦笑いが出る事や、穴があったら入りたくなる事もしばしば。

それらは、誰のせいでも無くて、慎重さが足りない自分のせいであったり、無学なじぶんのせいであったりするのですが…

まあ言い出したらきりがないぐらいありますね。

憶えている=引きずっている

とするならかなり多くのことを引きずっている事になりますが、僕自身はあまり引きずらない方の人なので、そうは思ってはいません。

憶えているだけで、別に過去が変わるとも思えないので、ギャグとか話のネタになるし、思い出したときに教訓として一緒に対策とかも思いだすので、ある意味便利と言えば便利です。ぐらいにしか思っていません。

とは言え、引きずってるものもあるんです。

以前書いたかもしれないですが、比較的良く思い出すのは。

高校の時ですかね、

高校の時、いちびりだった僕は生徒会長をしていました。

1年生の時に書記をしていました。

2年生の時に生徒会長に、形的には無理矢理させられましたが、目立ちたがりの僕にとっては、嫌な気はしませんでした。

この時は根拠のない自信も持ち合わせていたので、余計にうっとおしい人間でした。

豊富と言えば、文化祭を成功させる。

という事が中心になった、あとは到底1年間では達成不可能と思われた。

実際達成はされなかったし。

文化祭の一般公開についても怪しいものだったが…

実際僕を中心に全員が動いてくれているような実感はなかった。

それぞれ、自分たちのやりたい事があって、それをやりながら、生徒会を片手間でやっているようだった。

それを、何とか、会議に出ろ、残ってこれだけやってくれ、今度はこれだけやってくれ。

とにかく、これは頼むから…とおしつけて、そして、僕自身の言葉には重みがない事だけは知っていたので、先生についてもらったり、何度も頼んだりして、一年何とかやりきっただけだった。

多くの仕事や、事務的な事は、関係委員長が来ないということから僕が代行して行う事がほとんどだった。

僕の理想としているのは、小説やアニメや漫画であるように自立した生徒会だったが、実際は考えて行動できる人間は僕を含めていなかった。

おこちゃま生徒会でした。

めっちゃ不満でしたが、出席率の低いうちの生徒会施行部と役員たちの代行をしながら、何とか生徒会の体裁を保っていた。

ぶっちゃけ、こんな事で生徒会とは言えない。

そういう事もあって、先生からは信用はあったが、会長として認めてもらっているとは言いにくかった。

実際に組織を指揮しているとは言いにくかったからね。

僕が生徒会長になった時、校長先生が丁度65歳になったために引退、いや、勇退された。

最後に勤務したうちの高校に、退職金から自費で、学校旗を寄贈してくれた。

その寄贈式のときに、校長先生から、旗を受け取るとき。

どうしていいかわからなかったけど、とりあえず、旗を受け取って一礼した。

先生は僕の方をずっと見て、手を差し出してきた。

ニュースとかでよくそういう光景を見ていたので、僕は

ああ、握手するんだな。

と軽い気持ちで手を出した。

握手をして、手を放そうとしたけど、それでも校長先生はギュッと力強く手を握ってきた。

浅はかな僕は力なら柔道部の僕もまけてられないと考えて、強く握り返した。

すると校長先生はもう片方の手で更に強く握ってきた。

見ると先生の目には涙がにじんでいた。

僕はおそらくその眼を理解できない感じの戸惑いの顔で見ていたはずだ。

そして、校長先生は両手を離すと、胸を張って一礼して舞台上のパイプいすに腰掛けた。

合わせて礼をした僕はその後に、受け取った旗を、支える台に乗せて生徒代表の言葉を口にした。

先生の教員生活の最後の教え子として、恥ずかしくない学生生活を送る事を誓い、また、自分たちが先生の意志を継ぎ、卒業後も伝統として、良いものを、後輩たちに残していきます。

という意味の事を言ったはず。

その時はそれは本心だったし、あの先生のかさついた力強い手の力に何も感じないわけでは無かったので、精いっぱいそれに報いたつもりだった。

卒業になって、卒業生総代で「答辞」を読むことになった。

当然、その前の年は「送辞」を読んでいたので、読むことに対しては全く何も感じませんでした。

先にも書きましたが、僕には全く生徒会執行部としてやりたい事が無かった。

だから、答辞と言っても、後輩に何を残していいのやらさっぱりでした。

そうしながら何とか去年の会長が読んだ文章をパクリながら作っていくのがやっとでした。

そうして、卒業式の日、総代で座っていた僕の目に入ったのは…

前校長先生でした。

あ、僕にも伝えなくてはいけない事があったのに…

そう思った瞬間、自分が悩みに悩んでパクってなんとか形にした答辞の文章がとても稚拙で何もこもっていないものに感じました。

実際そうなのですが、改めてそう思ってしまいました。

が、時既に遅し、しかたがないですもう変更もできません。恥ずかしい文章である事は承知の上で、これ以上は恥をかきたくなかったので、胸を張って稚拙な…文章はそれなりのものでしたが…自分の高校生活がいかに薄っぺらいかという事を、

胸を張って誇らしげに読みました。

周りから見たら、それは誇らしげに読んでいたのかもしれませんが、読んでいる時はそれはそれは恥ずかしくて恥ずかしくて、穴があったら入りたいとはこの事でした。

そして読み終わって現校長に礼をして、その薄っぺらな答辞を預け、本当なら礼賓とPTAにも礼をするのですが、僕の頭の中はもう元校長先生に合わす顔がなくて、一刻も早く席に帰る事しかなく、そのまま礼をする事無く席に帰ってしまいました。

本来なら僕が来賓、PTAと続いて礼をしてから、全員、そのタイミングで座るのですが、僕が礼が無かった為に。

司会の先生が「全員着席!」と言って座らせました。

二重の恥ずかしさとはこの事でした。

穴があったら入って蓋をして、梱包して宅配便で地球の裏側まで行きたい気分でした。

でもやってしまったものは仕方がないですよね。

席に帰ってくるなりどこのクラスか知らないですが、

「お前礼せーよな!」

と言われてハッとしました。

ここで勉強になったのは、

後悔先に立たずとはよく言ったものだ

という事と、

人間一つの失敗に気を取られていると、必ず次の失敗にぶち当たる。失敗した時こそ一呼吸おいて冷静にならなくてはいけない

という事。

身にしみました。こればっかりはさすがの僕もかなり後悔しましたね。

来賓席には式の前から元校長先生が座っているのが、僕の待機場所からは確認できましたからね。

ごめんなさい、僕はあなたの意思をこれから答辞で伝える事はありません。かすりもしません、僕はそういう人間なのです。

はずかしい。他人のパクリごとしかできない人間なのです。

恥ずかしい、そんな自分がとても恥ずかしい。

この答辞は何と稚拙で愚かな文章なのだろう。

こんなものを一生懸命練習していて、必死で何度も読んで、間違えないように、見ないでも言えるように、噛まないように練習して、シミュレーションも残ってやったけど。

どうして、その段階で気がつく事が出来なかったんだろう。

あの熱い握手から伝わるものが確かにあったのに…

そしてあの時、半パニックになっていたとはいえ、元校長先生に礼もしないで帰ってきた。

そんな自分が許せない。

校長先生、本当にすみませんでした。

今では礼をしなかった部分だけ使ってネタにしています。それでも、そのネタを言うたびにその後ろめたさで気持ちが未だに押しつぶされそうになります。

今も元気でされているでしょうか。

たしか体も御病気だったと伺いました。あれから13年が過ぎました。もし、これからあう機会がありましたら、その時に改めてお詫びさせてもらいます。

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2010年3月 3日 (水)

女優さんって誰が好き?

って聞かれました。

うーん…誰かな?だって別に興味がないしな、好きな俳優さんは結構いるけど、あんまり好きな女優さんはいないな…

僕の中でも結局、可愛ければいいっていう事なのかも。

でもなー。嫌な女優さんとかもいてるからな…

だってテレビ出てる人ってみんなきれいし可愛いから、それにやっぱりテレビはテレビやもんな、思い入れしたって、テレビの中の人やから、好きになってもしゃーないし、嫌いになってもどうにもならんし、

そういう部分がドライにさせるのかもしれない。

でもホントに好きな女優を選べと言われたらとりあえず天海さんって答えるかも。

俳優は寺尾さんですね。日本人限定なら。これは即答できます。

寺尾さんは僕の中では今ナンバーワンでしょうね。

以前も書いたかもしれないですが…

そんなことより、

今日クレカの支払い予定明細が届いたんですが。

先月、ちょっといっぱいネットで買い物しすぎたのかもしれないと思っていただけに、割かし大きな額の請求が来ると思っていたのですが…

来てみてびっくり

額面がマイナス表示になっているではありませんか。

あり?

マイナス?

よくわからないまま内容を読んでみました。

「アマゾン、ラチェット、ヤフー、ニコ動、DMM…一番最後にあれ?なんだこれ?」

「サンクスポイントバック」プログラム

と出ていて‐50000円となってる。

摘要欄には「抽選キャッシュバック」ご当選

と書いてある。

え?そんなん応募してないけど?

もしかしたら、期間中に10万円以上買い物した人対象のとかいうあれか?

それなら該当してるんちゃうかな?と思った事がある。

それに当選したのか?

合計金額は3月10日にお振り込みします。

と出てる。

え?もしかしてマジで返ってくるん?

この金運のない僕にキャッシュバックが当選した?

マジかー!!!

テンションあがってきた。これで人生最後なのかもしれないですが、何だか知らないうちにキャンペーンに当選した。

嬉しい!!嬉しい!

財運線がぐいぐい来てるからそれでかな?

あと、風水のヒキュウの効果かな?龍亀の効果かな?銭蛙の効果かな?山水龍の効果かな?

タイガーアイの効果かな?

それともラピスラズリの効果だろうか。

まあ何にせよ、運気が上がってきたのかもしれないですね。

数年前の僕の状態と比べたら本当に良くなりました。生活も充実してきていますし。

今はバタバタしてるし、起きるのも早いので落ち着かないですが。

それでも、以前の過酷な生活に比べたら、経済的にも、時間的にもすごく余裕です。

必ずしも満たされているという訳ではありませんが、それでもいい感じではあります。

陽気に暮らせてる方だと思います。

こういう気分の時は足元をすくわれやすいので、注意していきたいですね。

足元を地につけてじっくりと何でも取り組んでいきたいです。

ちなみに、経済的にも余裕と書きましたが、僕が、以前に比べてという意味です。

分母が上がった訳では無いです。

等級試験も去年受かったばっかなので、今年も受けれませんし。

でもまあ、通信教育は終了していますので、気楽なもんです。

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2010年3月 2日 (火)

小学生の頃から

恋愛感情ってすごく卑猥なものだと思っていた。

今も全否定はできません、めちゃくちゃ古風な気配が漂っています。

世間でいう草食なのかもしれない。

まあ、草食でも何が悪い訳ではないからいいんですが。

だから僕は、それ以降、こと恋愛に関しては表に感情を出した事がほとんどありません。

これからもそれは無理かもしれません。

恋愛感情=劣情

そういう図式が出来上がる。

小学校の時はすごく酷くて、女の子の事が好きになる事は駄目な事だと思い込んでいました。

中学校の時、恋敵?がいました。でも相手は全然そんな事は知らないで、友人でいました。

そいつは僕に好きな子がいるか?という質問を何度となくしてきたが、今はいないと言い倒した。

それがいいことだと思っていた。

そして、そいつは何度となく僕に相談してくるようになった。

僕は、筋トレでその複雑な気持ちを燃焼させて毎日過ごしました。

卒業の時にそいつは告白していた。OKだって。

ふーん。所詮僕は片思いか。

そいつは僕に何度となくお礼を言った、極め付けにそいつは電話でわざわざこんな事があった、あんな事があったと逐一報告してくるようになった。

もうそうなったら知らんがな!

と思うのですが、聞くぐらいはただだと思ったし、言っても中学生から高校生の時期です、恋愛について、

劣情だと思ってはいるものの、興味がないわけでは無かったので、今後の参考になるかもしれないと思って聞くことにしていた。

そのうち、「そういう事は二人の中だけにしておいてくれ」という発言をせざるを得ない事を言い始めたのでそう言ったのですが…

それでも不思議なもので、そんな実況中継的な悲惨な事を聞かされてたのに。

辛い半面

僕ならどうするだろうとか、相手が僕だったらどうだろうとか、僕なら絶対そんな事はしないとか、僕がその子と付き合ったら絶対…

とね、片思いの辛い気持ちが募るばかりでした。

とは言え、実際は告白とかできる自分ではなかったのですが…

だから卒業式のやつの告白は本当にすごいと思ったのでした。もうそれだけで拍手ですよ。

そりゃ劣等感バリバリの男の子からしたら、告白なんて夢のまた夢の話でしょうね。

大学でも言うタイミングを逃しましたね。

以前も書きましたが、世間一般でいうような恋愛なんてしている時間が無かったので好きになったって、思うようにできないのでね。実際できなかったし。

続かない事は目に見えていた事もあって、告白をあきらめました、一人で自分の中で、ひっそりと思いながらいつの間にか消していこうと思っていました。

それこそ、その好きな子から遊びに誘われた時なんかもう跳ね上がるほど嬉しかったし、全身の毛が逆立つほどの感覚を覚えたけど。

せっかくそうなったのに…どこか冷静な自分と、臆病な自分が

「ごめん忙しいから無理やわ…」

と言いました。

その子は本当に残念そうでした。

その子は世間で言うところのエリートさんなので、こんな地べたを這いずり回っている自分とはつい合わないという感覚が抜けませんでした。

僕ともう一人の親友とよく飲みに行きましたが、その時にも親友との間に入ってきていました。

深夜僕がバイトしている時にも心配してきてくれたりもした。

原付に乗れなくなった時、歩いて帰らなくてはならない時が2回ぐらいあったのですが、その時車で送ってくれました。

わざわざ早起きして…

でも僕は、気のない振りを続けました。

あれ?これ以前書いたな。

これだけじゃないんだけど、これだけみたいに思われる?

まあでも、後悔したという意味ではこれだけなのかも。

その子は大学卒業したら音信不通になりました。

その子も含めて仲良しグループでしたが…今では先生をしているそうで、結婚もしたようですが、冷静になってしまいましたね。

何かの脳科学の本か何かで見たと思うんですが、人間の脳って3年半ぐらいしか一人の人を好きで居続けられないそうです。

その人を見たら出る脳内麻薬っていうのがあるそうで、それが出続けるのがそれぐらいだけらしい。

その後は人間的なところを尊敬したり、お互いに敬意をもって接する事ができる人が長続きする付き合いになるそうです

ふーんって思いましたが、僕もそうなんだろうか?確か女性に対する?本だったような?ファミマの立ち読みですね恐らく。

時が忘れさせるってそういう事?って思った記憶がありました。

それを読んで僕は耐える作戦に出たんですけどね。

今日のブログは独りよがりな文章になって。いや、いつもよりも独りよがりの文章だから何か嫌だ。

つまりは何が言いたいかというと、恋愛感情を隠すと、後でもろくそ後悔するし、隠している間に相手が誰かとくっついてしまうと心胆を舐める思いをしなくてはならなくなるという事が言いたかったんです。

馬鹿ですね、本当に、論理的でない。好きなら好きというべきなんです。

人それぞれの考え方や恋愛の仕方があるから、相手によってはNOと言われる事もそりゃあるでしょ、それを覚悟して告白しない事には、自分は何も進めない。

3年半待ってニュートラルになった自分を待つのか?それも選択肢の一つかもしれないですが、

そんなに恋愛できる時間なんて存在しない。

僕はもう手相にも書いてあるように、手遅れなのかもしれないですが、これを読んでいる若い人がいるなら、恋愛はできるときに進めておくのが本当に大切なんだという事を覚えておいてください。

後から経験できるわと思っても、以外に回数は少ないです。若い時にしかできない恋愛がありますし、失敗や敗北は若い時の専売特許です。

歳をとるにつれて、自分たちだけではなくて、親もそうですし、これから生まれてくる子供たちの事や、自分たちのいるこの世間の目や、いろいろなものが影響してくるんです。

僕の30歳という年齢が決して若くないとは思いませんが、それでも、この歳になると、既に選択肢は極端に狭くなります。

それにも負けずにっていう人は多くいますが。

需要と供給の面でもそうですが、遊んだりとか、いい雰囲気になるとかいう部分もです。

この不況下で一般市民は、の話ですが。

みなさんは一度でも多くの恋愛経験をしてください。そうすると、自分力もあがりますよ。

告白すると自分のポテンシャルが上がります。テンションは下がる時もありますが…

なにはともあれ、告白して自分のためにならない事なんて一つもありません。

告白したときはそうじゃなくてもそのうちそう思う時が来ます。

そのためにも今好きな人がいる人は頑張ってください。

自分はどうやねんと思われますか?

ほっといてください。告白はなんだかんだと言いながらも何度となくしてきています。

そのたびに自分力を高めてきました。それで今があるんです。

今は好きな人がいませんが、でもできたら告白しますよ。

いつの話か知らないですけどね。何せ僕にはもう恋愛線が終わってますからね。

あきらめてはいないですが、期待は持ってません。

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2010年3月 1日 (月)

バタバタだけど

3月に入った。もうすぐ梅の花の季節がきて、そしたらすぐに桜の季節です。

桜かぁ…

そういや留年した年には桜が灰色にみえたな。

絶対灰色な訳がないんだけど、春というまっさらな感覚のするものを拒否する自分がいた。

すごいマイナス思考になりがちだったけど、何とか自制心を保ちながら過ごす事は出来た。

何て言うか、一生懸命やった結果が…別に成績とは全く関係のないところで起こった出来事だっただけに逆にあきらめがつきませんでした。

嘘だと思ったりもしたけど、でも全然結果だけでみたら充分落ちこぼれの烙印を押された気分でした。

まあ、そこでなにくそと思って勉強とかするわけですが、経済的にも苦しかったですね、あの頃は。

自分の深く考えないという性格に、この時ばかりは助けられました。

ガムシャラになればいいだけだったので、本当に立ち止まることなく突っ走りました。とにかく先の事を考えずに、目の前の事を一つ一つこなしていく。

それが未来や過去や現在を全く考えないで済む方法でした。

とまあ、終わった事はどうでもいいとして、

それでも春という季節には何か、人を不思議な気分にさせる何かがあるのかもしれないと思ってしまう。

花を見てきれいと思う事も、新入生、進学、進級、卒業。こういう節目のことは全て春。

まあどこかに持ってこないといけないから、春に固まったって別に普通に考えて1/4だから何て事はないんだろうけど。

それを省いても春はやっぱり不思議な気分にさせる。

寒い冬の間は葉一枚も咲いていないのに、暖かくなった春には一斉に新芽が芽吹き始める。

春はそういう誕生の季節。そこに人は不思議な感覚にさせられるのかもしれない。

人によっては、正月よりも春の方に新年を感じるのではないでしょうか。

僕はどちらかというと春に新年を感じる方です。

正月は職業柄忙しいので、あまり季節を感じない。でも春は決算棚卸も終わり、受験シーズンも終わり、節分も終わり、バレンタインも終わり、ひなまつり、ホワイトデーも終わったら今度は新入学ですが、新入学の時は新入社員の年でもあります。

新入社員ですが、ほとんど見ないのが現状ですが、でもうちの会社にも新入社員がいると言うだけでなんか、季節を感じます。

新しい季節に新しい気分で入社してくる人間がいるというだけで、何かそういう季節を感じてしまいます。かつて、自分が感じたあの新しい季節感を感じている人がいるのかと…

だから春には自分も新しい気分で臨もうといつも思う。

今年の春は新しい店です。まだバタバタしていて…やる事はいっぱいあるのですが、それでも、これも新しい風を感じないではいられない。

気分一新というもんだと思います。

店長のもと、いい店にしよう。

でも張り切るのは内側だけにします。表立って張り切るとロクな事になりません。

張り切る=浮足立つ

ですね、僕の場合。

明日も頑張ろう。

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