« もうじきツレの結婚式… | トップページ | 健康サンダル »

2011年7月20日 (水)

鈍感にならないと…

僕は他人の評価を気にしない。

以前はそうではなかったのですが、気が付いたらそうなってました。

何でかな?言われ過ぎた?

こうなったのがどうしてなのか…ちょっと考えてみます。

人生の法則という岡田斗司夫さんの本に書いてあった通りなら、僕は自分が優位に立っている人間にどんな事を言われても何も感じないらしい。

つまり、蟻んこにどんなにクソカスに言われようとも何も感じないのと同じ事だそうですが。

そんな事は考えてないです。

ただ、自分の信じる道を自分の信じる通りに行動するだけ。

結論のある行動は論理的な行動になる。

論理的な行動だったとしても、過程を見ればおかしい行動に見えるかもしれない。でもそれを否定されても別に

「あんたら知らんだけや、そこで見てな、今から僕、すごいんだぜ!」

って思うからです。

駄目なところを指摘されたら

「くっそー悔しいぜ!でも見てな、もう分かったから次からはこうはいかないぜ!だが、今回は甘んじてその評価を受け入れてやる!この悔しさをバネにかえて変わってやる!」

と思うからです。

最初の「あんたら知らん…」のくだりは、まあ人によっては「バーカ!」って思うこともあると思いますが、そう思いたい人は思っておいたらいいです。

ホントにバカな時もあるからね。

途方も無い事を口走ることだってあるし。

ちょっと自信過剰気味…気味ではないか…

でも、誰に褒めてもらいたい訳でもないんですよね。ただ自分の満足のいくようにしたいだけ。

だから、某メダリストが「初めて自分で自分を褒めたいと思います。」なんて言っていましたが。

あの時は僕は既に高校生でしたが、「そんなもん、今まで生きてきた中で僕は何回も自分で自分を褒めてきたのに…この人はやっぱりメダルを取るだけあって違うな…」

と思う反面「ほんまに初めてなん?僕なんか一日一回は自分で自分を褒めてるで」

と揶揄するようなことも考えていましたが…

何が言いたいかって言うと、

「僕は自分の満足いくように少しずつ前進することしかできないんですよ。だから、目標を決めたらそこまで到達する事に専念する、可能な限り誰にも負けないように。

負けた時は悔しいけど次頑張る活力にしようと思う。

勝った時はお決まりのように自分で自分をほめる。誰がどう思おうが関係ない、価値観は自分で決めるものだ!」

と考えてるってことです。

でも子供の頃は違った。

家庭環境もあったんだろうと思う。

自己主張が先走って

「僕を見て、僕を見て、ほら僕すごいでしょ?こんな事もこんな事もできる…

でも○○君の方がもっとできる…■■君は僕を悪く言う。

嫌だ嫌だ、そんなの思われてるのが嫌だ。僕はもっともっとやれる子になりたいんだ、やれる子なんだ、悪い子になりたくない、な、いいこやねん、見てよほら、僕いいこやろ?」

って感じだった、それがモロに出てて見苦しい程だったと思う。

いつの間にか誰かに見てもらう事に疲れてしまったのかな?誰も見てくれない事に気が付いたのかな?

いつしか、僕は自分で自分の価値観を持つようになった。それは時に高いハードルであったり、低すぎるハードルであったり。

喜ぶのは自分の中だけ、低すぎるハードルの時は喜んでる自分が何か嫌だから取りあえず喜んで次の活力にする。高いハードルの時は、やっぱり分かち合いたいけど、

一人で家でお酒を飲みながらそれに浸るのも乙なものだと考えます。

「ふふふ、今日は帰って楽しむぞ!」って感じで!

ただまあ、そういう時は会社でも総じて機嫌がよさげだとは思いますが…

つまり、僕が他人の評価に鈍感なのは、自分の評価の方が他人の評価より、公平で公正だと思っているからです。

あれ?これって考え方によっては、自分が優位に立っているかな?

ただ、師匠に評価してもらったら…結構うれしいかも、残念ながら師匠はやすやすと僕を褒めたりはしない、いや、褒めてもらった事はないです。

それがむしろいいのかもい知れないですね。僕は師匠を超えるし!

師匠の気がつかない点を指摘する瞬間?想像するだけで何かぞくぞくします。

ああ、何か楽しくなってきた。もっともっと腕をあげてやる!明日も頑張るぞ!!

« もうじきツレの結婚式… | トップページ | 健康サンダル »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 鈍感にならないと…:

« もうじきツレの結婚式… | トップページ | 健康サンダル »