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2011年12月

2011年12月31日 (土)

少しは自分を知ってるつもりです。

少し前に「Fさんって、戦争の時に生まれてたら、断固として戦争反対してそうですね。」

と言われましたが。

「ふっ、甘いな、僕があの時代に生まれてたら、頑としてそんなやつを見たら非国民!!とかって詰ってた人間やろうな、それこそ。」

「あ、そっちか!確かに、Fさんてそんな感じかもしれないっすね。」

「そりゃそうやろ、僕みたいな単純な人間はその当時の価値観で行動するでな、国民全部が戦争賛成!欲しがりません勝つまでは!みたいな世界の中で僕自身が戦争反対しているとはとてもとても考えられないんだけども…」

という話。確かにそうなんだろうと思います、少しは自分を知ってるつもりですからね。でも、その当時でさえも、戦争反対!と叫べるほどの強さを手に入れたい。

と思ったことは事実でした。「僕があの時代に…」と言っている時に、一緒になってなじる側にいるであろうことが歯がゆかった。

少なくとも今の僕は反対とは言えないですからね。

よしんば、戦争反対を掲げていたとしても、恐らくは終戦の時に僕は生きていないでしょうね、そういう賢さは持ち合わせていないので、

恐らくは戦争反対を唱えた瞬間に捉えられるか、周囲の人間にボコられるかのどちらかで、そうそう長く生きていられないと…

そう考えるわけですけど、もしかしたらそっち側かもしれないですね…考えてて「あ、何かこっちの方が僕らしいかも…」と思ってしまいました。

戦争なんていう極限状態にある場合をどこまで想像できるかというところだろうけど…

ただ、周りに流されていくなかで、その流れの中で、何か疑問が生じたら、その疑問をそのままにしておくのではなくて、疑問について調べてみること、手に入れれるだけの情報を手にすることができれば、納得することができれば、結論を出せる。

入手できないのであれば結論を出さずに保留。考えを入れなおす必要がある。そういう風にできれば、その時代でも、今の自分と似た自分でいれるのかもしれないですね。

先も書いたけど、異を唱えることをうまくやることができないので、恐らくはすぐに非国民にされてしまうけど、運が悪ければ殺害されてしまうでしょうけどね。

少しは自分の事を知っているつもりですが、それでも今になって自分でやっと気が付くこともたくさんあります。

忘れてしまってたことを思い出す事も結構あります。

そういえば、最近片耳に3か所ずつ合計6か所耳に霜焼けができてしまってて、痛痒いのです。自分でも全然忘れてしまっていたのですが、僕って耳結構でかいんですよね。

形がおかしいとか、横に広がってるとかそういう事は無いんですが、ただでかいだけなのですが…

いつ?霜に触れることがあったのか…移動はいつも車だし、早朝出勤がほとんどだけど、耳が冷気に触れることなんてほとんど無いんですよね。

でかいから冷気にも振れやすくはあるんですけどね…

思えば、小学校の頃は耳も手も足も霜焼けだらけでしたが…耳の霜焼けについては、ここ十数年間はできてなかったんですよね。なんで今年に?と思ってしまうのですが…

ちなみに、足の指についても2か所と3か所できてるんですよね…

柔道をやめてからほとんど足の指には…いや、やってた時も踵とか、足裏が多かったんだけど指にできたのはほとんどないですね。

足の指と耳と一気にできたこの霜焼け。

これも自分が忘れていた自分の一つです。

見た目でも忘れてしまうのに、心の中はもっと忘れやすいのかもしれないですね。こうして毎日書いてても忘れるものは忘れるし。

忘れてはいけないことも忘れてしまうし…

人間辛い事は忘れるようになっているみたいですけど、辛い事ほど教訓が多いものです。できればその糧となった事項については忘れたくないものです。

失敗ばかりの今までの人生ですが、その失敗によって得るものを得てきたから今の僕があったりします。次があるから頑張れたりします。

忘れないようにしないといけないですが、残念ながらそれほどいい記憶力をしていないのでね、そういうところをしっかりしていかないといけませんね。

そういえば、人間の脳みそは50代がピークらしいので、その辺までに、より良い脳みそにしなくてはいけないですね…

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2011年12月30日 (金)

お金とこだわり

これ書こうと思ってなかったんだけど。ネタも見つからないので書きます。

僕の仕事は、歩き回る仕事です。とはいえ、外回りの営業とかそういうのではないです。ただ、店の中を歩き回ると言うだけですが一応言っておきますが、歩き回ること自体が仕事ではありません。

仕事の中で歩き回っているという事です。

で、先日スーパーバイザー(SV)が僕の履いている靴を見て。

「ナイ●のいい靴を履いてますね」と揶揄するように言うのです。が、僕の中では、その時履いていた靴は、エアクッションも入ってないし、僕の好きな赤色を主としているけど、デザインもそこそこにいいけど、値段がいいという訳ではありません。

そこそこに足に馴染んでて、お値段も劇高くはないというのが選定の基準になって、次にデザインそして値段。という事だったんだけど。

SVが言うには「ナイ●であれば何でも高くていい靴」らしいのですが…僕はそうは思いません。

確かに、僕が選んでいるのは、ナイ●の靴で。足に馴染んでいます。それに、その時履いていた靴が、実は四代目であるという事実。

それらは否定できないですが。全てが全ていいという訳ではありません。というのも、まず初めに、僕は28.0サイズを履いていますが、ナイ●のシューズは総じてサイズが小さ目で、しかも大きなサイズの品揃えをしている店が少なく、28.0を置いていない店が多いって事。

次に、27.5でも履けなくはないのですが、むしろ実は27.5が本来のサイズなのですが、つま先にかけて、僕の足の型とはマッチしておらず、絶対に真ん中からつま先にかけて靴のシルエットが変形してしまうのです。絶対です。

というのも、小学校の時から柔道をしていたので、つま先に行くにつれて、足の幅が極端に広く、ナイ●の靴は総じてつま先にかけて絞ってあるので、僕の足をその靴に突っ込むと、足の形に変形した靴が僕の足元に誕生してしまうのです。

つまりは、つま先にかけて絞れておらず、そのシャープなボディーは横に広がり、言うなれば太った人が着たM寸のTシャツでしょうか?

入らないことは無いけど、無理やりねじ込んだ体の形に、シャツが変形する。みたいな。

そんな靴がカッコよく見えるわけがないですよね。

男のオシャレは足元からって言うけど。足元のあの字もありゃりないです。

大体から、ですが、僕の足って小学校から柔道をしていたので靴の形をしてないんですよね。靴の形だと、つま先にかけて細くなっていたりするのですが…

僕は成長期、裸足でいることが多かったので、どうやら昔の人の足型に近い足型をしているらしいのです。

つまりは下駄とかが合う足型らしいのですが…でもサンダルやつっかけやスリッパは合わない感じなんですよね、何年も使ってやっとマッチしてくる感じです。

つまりはつま先が広いって事なんですけどね。だからどの靴を履いても窮屈に感じてしまう訳です。

だからワンサイズ大き目の靴を履かないと、まず、靴の入り口から既に足が入らなかったりするんですよね。

もう5年ぐらいハイカットのスニーカーを履いていますが、ハイカットだとそういうの関係なく割り切れるんですよね。

ちょっと重たいけど、足首までぴったりとしているので、履いてるとそんなものは感じないし、履くときは靴べらがいるけど、それは自分以外もそのはずだし。

だから割り切れるんですよね。

ブーツ…は紐を解かないと物理的に履けないのでその辺は考えないで済むのですが…

話を戻すと、ナイ●だからっていい靴とは限らない。今僕が仕事用として履いている靴はクッション性には乏しく、通気性も今一つです。

ナイキで感じることは、クッション性はエアに全てまかせてしまっていて、靴の裏やインソールえの工夫が少ないのでは?と思います。

その辺りの工夫でいうとミズ●が一番ですね。どちらでもないのが、僕の好きなアディダ●ですけどね。

好きな理由は…デザインなので履きやすさではないんですが…つまりはアディダ●は仕事用ではないんですよね。

でもナイ●は、あのエアクッションの登場で、一気にスニーカーの代名詞的なポジションまで駆け上がったので、値段も高く、おいそれとは手を出せないような代物のように感じてしまうのかも知れません。

エア●ックス95・96なんて僕が高校生の頃でしたが、靴箱から無くなる無くなる…

何万円もするし、当時高校生の僕からは今で言う10万円ぐらいの価値があったはずです。

あの頃からスニーカーブームがやってきて、カジュアル系の僕には丁度良い感じでスニーカーを履いてきましたが…

会社員になって、革靴を履いていた時もありましたが、すぐに口がひらいてしまったりして、やっぱりがっつり店を歩き回るのであれば、スニーカーで十分だという結論に達し、ハイカットで、ぎりぎり社則の中に入るであろう今の靴になったという訳です。

ちなみに、いざというときは限定のエアジョーダ●を履いています。この年末もずっとそれでいきました。クッション性は他に類を見ない良さがあって、足の痛みをかなり和らげてくれます。10時間ぐらいの勤務であればむしろ回復?するぐらいです。

このエアジョーダ●のおかげで、この年末はやり過ごせそうです。

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2011年12月29日 (木)

一位の心境

ひねくれ物の僕は、一位の心境を知りません。

小さな大会で優勝した事は何度かあるのですが、その時は、まだまだ自分より強い奴はいっぱいいるからそんなので喜んでられない…と思いながらやってたので、全然一位になった木はしませんでした。

それ以外では一位になった事がありません。

だから言うなればチャンピョンの心境が今一つ理解できないのですが。

どういう心境になるんでしょうかね。

当然!と思うのでしょうか。まあ、それぐらいだったら僕も(小さな大会だったら)思うでしょうけど、大きな大会とかで優勝したら。どんな気分なんでしょうか。

僕は2位とか3位とかベスト4とかがものすごく多いのです。

以前も書いたことがありますけど、ものすごく上がり症の僕は、それと戦いながら試合をするのですが、それ以外にも、詰めの甘さが勝負どころに出てしまうんですよね。

だからというか、以前勝った相手に負けるなんてことがしょっちゅうあったりしました。

今はもう試合自体をしていないので、負けたり勝ったりなんていう事が起こりえないんですが…

勝負事って言うとなんか、博打の気配が漂ってしまいそうですが…勝敗を決めるというあのひりつく緊張感の中、上がり症を抑え込みながら戦うっていう感覚が、今にしてみたらドキドキしてしまうような、変な気分になります。

仮にですよ、仮に、何かで決勝まで行ったとしますよ。そしたら、恐らく緊張で心臓が飛び出てきて吐き気がしていつものごとく、目が回る感じを抑えながら、視野狭窄と戦う事になりますね。

これでは優勝は…遠いな…

でも、それでもなってみたい1位、何でもやるからには頂点に立ちたいじゃないですか。

自分よりも上に人がいない、自分がトップだってなったら?

今でも割と俺様みたいな僕が、もっと浮き足立ってしまわないだろうか?他にも増徴したりすることはないかな?ものすごくうぬぼれてしまって、それまで真面目にやってきたのが急に空気が抜けたみたいになってしまったりしないだろうか…

それが詰めが甘いってことなんだろうけど…

以前も書いたけど6を過ぎて7に差し掛かったところで、気を抜くことが多いんですよ。「あ、もうここまできたら安心や(?)」と思うんでしょうね。

実際は残りが4近くあるから半分を過ぎたところやのに。

あれ?これって一位になった時じゃなくて、一位になるまでの壁の話では…?

まあいいです、そんなことが問題では実はないので。

僕が言いたいのはですね。

今まで一位になっていないからこその僕がここにいるのではないかとも思うのですが…

例えば、『醜いあひるの子』の話ですが…醜い醜いと言われながら、育ってみたら白鳥だった…的な話ですが。

あの話の言いたいことって何?って考えたことあります?

本当はどうかしらないですが、僕はこう解釈しました。

いじめられていた醜いあひるの子は、あひるではなくて実はもっと格上の白鳥でした。白鳥はあひるよりもカッコよく優雅に飛び立ちました。

です。

これを読んで何を思えばいいのか?

醜いあひるの子が白鳥になってみんなよりも美しく、そして格上になっていじめられることがなくなった…というところなのか?

それとも、美しく格上になればいじめられないという事なのか。

格上の立場になったから、あひるを見下げなさいという事なのか…

「そして醜いあひるの子はいつまでも幸せに暮らしました。」と物語は終わりますが、白鳥になった醜いあひるの子はどう幸せに暮らしたというのでしょうか。

「柔道で優勝したFは幸せになりました。」

どう幸せになれると言うのでしょうか。

僅かな充足感で幸せを感じて幸せになったのでしょうか?それとも、一位になれなかった人を見下げて幸せになったのでしょうか?

僕が行っている美容室で、「準優勝だったから、次頑張る力にできる」ってT淵さんが言ってましたが、その時は「じゃあ二位が一番いいって事になりますね。」なんて茶化したりしたけど、日本人って本質的にそういうものなのかもしれないと…そう思うんですよね。

本当に幸せなのは、一位に向かって走っている二位の時ではないのか?という事です。

これ以上求めるものが無いと言うのは不幸な事ではないか、充足感とは弊害あって一利なしなのではないでしょうか。

目標設定って大事ですよね。自分は常に一位を狙える位置でないといけないんですよね

求めるものがある事の幸せ、目標がある事の幸せというのは他に代えがたいものがあるのではないでしょうか。。達成できない目標は目標ではないですからね。

それにできれば他人を見下すような事はしたくないし、そう感じてほしくない、結果がどうあれ、今より前進しようと言う姿勢はとても美しく何物にも代え難いものだと思うからです。

醜いあひるの子が白鳥になった時、思ったことは、「もう醜いあひるの子じゃないよ、見て、僕には立派で美しい羽があるでしょ?」という意識だけであると解釈するのがとても理想的ではないかと思います。

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2011年12月28日 (水)

どこにでもある気がする。

最近めっきり見なくなったけど、電話ボックスって、「本当は無かったけど、ありそうなところにあったように想像すると、本当にあったのではないかと錯覚してしまうときありませんか?

小さな古い神社の脇にあった電話ボックス。これまでもずっと一つで、今も一つなんだけど、二つ並んでたでって言われると、確かに二つ並んでいたような気がしてしまったりします。

しかも二つ並んでる電話ボックスを想像してしまうと、まるで昔からそうであったかのように昔の記憶の断片に二つの電話ボックスが出てきたりもします。

本当は一つなのに。

不思議ですよね。って他の人がどうかは分からないですが、僕はそうなんですよね。ボケとるって言ってしまえばそれまでなんですけどね…

大きなお寺の駐車場の脇とか、昔のカウンターの煙草屋さんのカウンターの脇とか、ベンチのあるバス停の横とか、喫茶店の近くのバス停の横とか。

喫茶店の駐車場の脇とか、駅のロータリーの脇とか。

携帯電話が完全に普及して、電話ボックスの数が、いや公衆電話の数がかなり減ってしまったし、移動手段も、概ね車になったから街の景色も曖昧にしか見なくなってしまった。

思えば、携帯電話が出始めたころ、僕はポケベルを持ってたんだけど、ポケベルは、高校生だった僕が持つには上限いっぱいのツールでした。

以前も書いたことがあると思うけど、情報端末として、ポケベルはその端末から発信できないという大きな欠点を持っていました。

簡単に言うと、「メッセージを受け取るだけ。」って事です。

それに出始めは、電磁波がどうの、電波がどうのと騒がれていたんですよ。

耳元でしゃべる携帯電話は、脳波に影響を与えるらしいのですが…

実際はどうかなんて事分からないみたいですね。

噂で、脳みそを電子レンジかけてるみたいなもんだとかを伝え聞いたのですが…

それも本当かどうか…だから携帯電話を使用するときは、イヤホンマイクをつけて使用しないと意味が無いとか…

そんなうわさが流れてたんですけど、じゃあ例えばそうであるならポケットにいてるなら、腰とか骨とかも電子レンジかけてるのか?と疑問に思ったんですけどね。

しかもそんなの全然便利でもないし文明の利器とは程遠いし。

「20年後には分かるわ」なんて適当な事言っていましたが…20年なんていうのが何を根拠にしているのかと言われると…とても薄い根拠なのです。

小学校高学年の時、校長先生が全校集会の時に「人間が知識の壁に当たった時、その壁を超えるのに20年かかります…」といっていました。その当時が癌が猛威を振るっていて、不治の病と言われていました。そのことについて、校長先生が話をする前にそう前置きをして話しはじめていて…

それで 20年というのがその根拠となったのですが…

それを聞いてなお、携帯電話を持とうと思ったのは…大学生になって浮かれていたという事もあるけど、電子レンジとか脳波とかにビビッて使わないって思われるのがなんか嫌だったっていうのが一番の理由だったと思う。

あれから15年で癌も治る病気になってきていることは確かですね…

携帯電話はというと、メール機能はポケベルの欠陥機能を完全に埋めていたし、料金は…高かったけど、バイトして何ともならない額では無かったし…

電子レンジとか脳波とか、今も分からんけど使っています。

話を戻すけど、周りの景色に会ったような気がするものって電話ボックスの他にも郵便ポストもそうだと思いませんか?

コンビニの前にポストってあるような無いような…

あの角の前にあったような?前ここにあったような?高校の前?中学校の前?病院の前?…はあったな今も。

なんせ、ポストも同じ類のものだと思うのです。

それだけどこにでもあるっていう事なのかもしれないですけどね。

他に何か同じようなのあるかな?駐車禁止の道路標識とか?横断歩道とか?自動販売機とか?

でも自動販売機は「あったような…」っていう気にはならんかも…

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2011年12月27日 (火)

弟のおかげかな…

弟はどう思っているかは分からないですが、すぐ下の弟の事ですが、僕は弟がいて良かったと思っています。

今は家には住んでいないんですが。少年時代にそれなりにしんどかった時の事は年齢も近いから、同じことを経験してきています。

でも、僕はあくまでも兄という立場から、弟に接してきていたので…

弟は、弟という立場から僕と接していたはずですので、そこに気持ちの差はあるかもしれません。腕白小僧だった僕は、弟と一緒に遊んでいたつもりだったけど、もしかしたら、弟をいじめていたのではないか?と思う事が…実は結構ありますが…

それが弟の何気ない一言の「自分、兄貴らしいところなんか何もないやんか」という言葉に結び付いたのではないかと思ってしまう。

まあ僕が小学校の高学年の時の話ですけどね…弟もですけど。

でもあの言葉はすごく心に刺さったので良く覚えています。何年経っても僕の中から消えないのは、その言葉を聞いてから「もっとちゃんとせなあかん…」と感じたからです。

そこからでした、心を入れ替えて頑張ろうと思ったのは。ただし自分の事も認めないなりにもそれなりに知っていたんですよね。スイッチを切り替えるみたいに、「じゃあ今から」みたいにできるわけがないので、まずは、できる範囲を埋めていく事から始めたのでした。

できることから一つずつ、一つ一つできることを増やしていくことで、自分の思う兄貴らしさを築いていけたら…

思えば、人生初の長いスパンでの目標だったのではないでしょうか。

目標というにはあまりにも漠然としていて、しかも弟とはいえ自分以外の考えを基準にしようとしている、雲をもつかむような話です。

初めはそれで走っていたのですが、残念ながらやっぱり弟が考える兄とはどんなものかが分からず、それに合わせる事のほど遠さと、自分の考える理想の兄との違いに考えを改めることにしました。

まずは、自分で納得できる人間になって弟は弟、僕は僕で目指すものが違うのだから、とりあえず、自分をそれなりに認めてくれるところまで引き上げることが大切なのではないかと思いました。

ただし、あくまでも僕は僕だから、自分がちゃんとしてきていなかったことを埋めて、できなかったことをできるようにして、自分で納得できる存在になる事が第一です。

その上で、弟の認めてくれそうなポイントで、自分が走っていく道の上にあるのと重なる分から処理していく。それと同時並行で何気ない会話の中から、兄として何が足りないのかという事を探っていく。

これを読むと、普通と逆のように感じるかもしれないですが、それが大きな間違いだと僕は思うのですが、みなさんはどう感じますか。

普通どこの家も、『兄が弟に教えてもらう』事に対しては兄が情けないな…と程度の違いはあるにせよ、思うものだと思いますが。

その考えの方が間違っているんですよ。

勉強なんかはちょっとそうかなと思いますが、全てにおいて子供の頃に年下から教わることが無いんでしょうか?

違いますよね。

「理想の兄」というのは弟の立場に立ってみないとわからないものではないでしょうか。とりわけ、長男については上に誰もいないので、弟の気持ちなど考えれるわけがないのです。となると、兄とはこういうものだという考えは、弟から聞いた方が良いのではないでしょうか。次男には妹も弟もいる、兄として弟妹にどう接することが兄として正しい事なのか、一番年上として偉そうにしている長男よりも、次男の方が、兄としての振る舞い方は良く知っているのではないか…と思ったのです。

同じことを同じ時期に同じように経験してきて、同じように学んできても、兄と弟では立場が全然違いますよね。

例えば、一つのピンチを兄弟で迎えたとして、弟が頼ろうとするのは兄ですが、兄は弟に頼るわけにはいけません。

分からないこと、やったことない事に直面した時、率先してそれをやってみるのは兄の役目です、その後からついてきて、うまくやるのが弟の役目です。

僕はずっとそうしてきていましたが、彼にとっては役不足だったのかもしれないし、もしかしたら、一発でうまくやって見せることが、弟にとっては理想だったのかもしれません。

両親が僕を割とミソカスになじって、弟は割と褒められていたのでそう思ったのかもしれません。

僕が、数か月先に生まれただけで威張っていた(ように感じた)からかもしれません。ほかにも、弟から見たら情けないと思うところもいっぱいあったでしょうね、その頃はお化けも怖かった時期ですし…

でも、思いつくこと一つ一つを潰していくうちに、ふと気が付いたんですよね。先も書いたけど、進んで行こうとしている道が違うから、理想が違う。という事。

弟基準で考えていると小さな世界にとらわれてしまうということ、弟の基準はあくまで参考意見として考え、自分の考えを中心に、新しい知識を入れると同時に更新させていく。

そうしてより良い人間になる。誰もが認める人間に。

それこそ、後から生まれ来る人間。年下という概念以上に歳の離れた存在に対して、見本となるように、力強く導いてあげれるようにその存在を、少しでも高みへとあげていく。

少しずつでもいい昨日よりも今日よりも明日。今週よりも来週、今月よりも来月よりも来年。

ちょっとずつでいいから前進していく。

始まりは弟のおかげで、でも今は間違いなく自分の足で歩いている。

満足するな…満足すると、そこで終わってしまう。ハングリーにハングリーに求めていく。

より良きを求めて…人生目標をかなえるために!

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2011年12月26日 (月)

抜きました、親不知

今日二本目の親不知を抜きました。

数日前からものすごく疼痛が酷くて心臓の脈動に合わせてジンジンしていた左上の虫歯ですが、

「この歯は咀嚼に関係なさそうなんですけど…虫歯で大分大きくなっているんですけど…」

と言われ、

「じゃあ抜きましょか。」

と言ってものすごく簡単に抜くことになりました。

以前右下の親不知を抜くときには二時間もの時間を要したし、抜いた後一週間ぐらい血が出続けていたのもあったし、そこが口内炎になったりした事もあって、正直、抜くとなると覚悟が必要でしたが、そんなのは一瞬でできました。

自分に都合の悪い事は結構すぐに忘れますからね。

だから前回の事も結構忘れてしまっていたので、意外と即断できたんだろうとは思います。

抜くことになってから

『そうか、抜歯するか…まあ、この疼痛が収まるのであれば、しばらく血が出ていようと、口内炎になろうとまあいいか。これから2時間ぐらいかかるのか…休みだから別にいいけど…』

と思っていたのですが…

「それでは麻酔かけますね…」と言われてから麻酔が効くまでに約5分ぐらいかな?当然、僕は麻酔が効きやすいので半分の量にしてもらっていますが…

大変だった右下奥の親不知の時を想像していたのですが。

「麻酔が効いてますから始めますね…」と言われて「ひゃい」と答えてすぐに先生は口の中をぐりぐりと、何かを引き抜くような感じで作業をし始めました。

ブチブチブチブチ…

何かが引きちぎられるような音がしています、口の中で…

『ああ、親不知今抜いてるんやな…』と。割とすぐに抜けている?のか、口の中に異物感が広がっています。

異物感とは何か異物が口の中にあるような感覚です。しかしその時点ではその異物は口とひっついていました。

先生が逆側に回って、ちょっとブチブチとしたら…『コトリ…』と金属製のお皿の上にその異物が転がる音がしました。

同時に口の中の異物は無くなりました。

所要時間は5分ぐらいでしょうか…

レントゲンを見た時はかなり奥深くから歯が生えていたので、絶対に時間がかかるだろうと踏んでいたのですが…

余りの速さに口の中血だらけのまま

「え、もう終わったんですか?前はずいぶん時間がかかりましたけど?」

「上の歯はわりと簡単に抜けるんですよ。それでも抜きますのでしっかりとケアしなくてはいけませんからね…。」

と、言われました。

確かに下の親不知は真横に向いて生えているのに比べ、上のは横だけど比較的下に向いています。

その分早くに抜けたんだとのこと。

しかし、未だに血は止まってませんが…そのあたりは僕の体ですので変化はないですね…

麻酔が効いてて、ものすごく眠たかったので、家に帰ってきたら、14時前でしたが、そのまま横になってたら寝てしまっていました。

起きたら麻酔が切れてて痛かったのですぐに処方された「■キソニン」を飲んでやり過ごしています。

久々にぐっすり寝たので、今日はちょっと調子がいいかも??

あ、それと、木曜日から「バファリ●」なり「■キソニン」なりを飲むと、痛みがかなり和らぐのですが…足の痛みも和らぐことが分かりました。

流石痛み止めですね。

まあ、とはいっても症状の緩和という事ではなくて、ただ単に痛みが和らぐってだけなんですが…

ちょっと使えるな…と思ったのも事実です。

「■キソニン」は体がだるくなるのであまり使用できないですが、「バファリ●」は使えるかもしれんって事です。

今日は血の味のする口の中からお伝えしました。なんてね。

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2011年12月25日 (日)

結婚の良さ?

「Fさん、結婚しないと出世しないよ」とアルバイトさんに言われました。

どういう理屈かは分からないですが、何となくそういうのが分からないでもありません。

結婚して家族を持っている人間は、今の僕の目から見てもすごく立派なものだと思います。

結婚して、妻をもって、子供ができて…

その妻と子供のために働くことのなんとカッコいい事か、いない間に家族になんと言われようと、いる前でなんと罵られようと、それでも家族を支えていく。普段は会社で限界まで働き、家に帰ってきたらゴミのように休む、休日は家族のために費やし、また会社に戻っていく。

そうやって守っていくものがある、その事でどこからともなく力が湧いてくるものなのでしょう。

それが、結婚の良さなのかもしれませんね。

守るものから得られるモノは大きいのかもしれません。

守るものがあるという事は、その為に頑張れるという事と同じ意味なんですね。

僕は守るものが無いけど、そういう事なんだろうと思いました。

それもこれも、今日読み終えた本を読んで感じたことなんですけどね。

それ程、内容的には面白くない本だったのですが、丁度年齢的に僕と同じぐらいに結婚した主人公で、一つ年上の女性と結婚して、一人の娘を授かります。

授かってから、主人公の一番嫌っていた事態に、自分が会社にいって、家族の為に働いていたのに、家族はそのうち、自分をいらないもののように扱い始める。

母親に習って娘までもが、同じように自分を詰ってくる。幼く可愛らしかった娘、優しく賢かった妻、それらは初めからなかったかのような錯覚さえ覚える、いや、本当はその記憶の方が間違いなのではないだろうか…

一方妻の方はというと、結婚当初は感じていた夫からの愛だったが、娘ができてからは自分では無く、娘の方へと偏っていった、それはまだよかった、少なからず自分もそうだった。まじめで、浮気などは無縁だと思っていた夫だったが、女性関係は確かにまじめではあったが、気持ちは既に自分たちには向いていない。第一は仕事仕事、結婚前からその兆候はあったが、最近は余計に酷い。彼は家族と仕事で仕事を選んだ。家に帰らない夫、気に入らない男を連れてくる娘。

こんな家にしたのは彼だ。私がどんなに頑張ってきたことか…私一人ではどうにもしようが無かった、どうして気が付いてくれないのか…

そして娘は、ぎゃんぎゃんと口うるさい母親にいつも疲れている父親。彼氏を連れてきてもいい顔一つできない母親には嫌気がさしている。今時、小遣いも一万円なんて、すぐになくなってしまう。小遣いが上がらないのは父親が甲斐性がないためだ。どれだけきれいごとを言っても世の中はお金が無いと、まかり通らない。とは思うが、ない事を思えばまだ我慢もできる。

母親がくどくど父親を責めるが、父親がいてこその事だとは気が付いているのかどうか怪しいところだ。

父親はそんな母親に対して、全く何も言わない。ただ愚痴を聞いているだけだ。そんな父親に対して、腹が立って母親と一緒になって罵倒したこともあるが、父親の価値観は別の所にあるように感じる。でなければ私たちを捨てて一人生きていった方が楽なのではないかと思う。

私たちは、あの父親に守ってもらうだけの何を父親にしてあげているというのだろう。まじめなだけが取り柄の父親だけど、仕方なく家にお金を入れているという事なのだろうか。

早く大人になりたい、夫を持って子供を産みたい、そうすれば、父親の気持ちが少しはわかるだろうか…

少しでも大人な感じの男の子を連れてきても母親からしたら不良らしい。意味が分からない。結局のところ、ただ反対なだけではないのか…

そんな時、主人公は、娘が不良と付き合っている事を、たまたま街で見かけて知ることになる。娘と話をしたいのだが、聞く耳を持っていない。母親に問いただしても私が悪いとの一点張り。

どうしてこんな事になってしまったのか…思えば、話し合いなど、今まで持った事が無かった。それをあえて避けてきたようにも感じられる、自分はもちろんそうだが…

逃げないで話し合う事から彼らの話はどんどん、人間の持っている愛情へと変わっていく。

で、その本を読んで思ったことは、誤解や行き違いをなくすためには、夫が、会社では会社の顔、家では家の顔を持ち、それ以外の場所でそれ以外の顔を持つ必要があるという事。

少なくとも守るべきものである家は憩いのスペースでは無く、自分のもう一つの場でしかない。

会社にいることで絆を強めることができない家族というコミュニティー…コミュニケーションの鍵を握っているのが、父親であることは明白、いや、コミュニティーでそろわない事が一番多いのが父親だというだけか…

眠りに落ちるその瞬間まで父親はそれぞれの顔でもって生活をする。できれば、子供の前では尊敬できる父親でいてあげたいものです。

うまくいっている一つ一つの家族の父親にはそれができているのだろう…

僕は…?そんなのできるかというと無理ですな。

心底尊敬するわ…

家族において誰もが欠けてはならない存在なのであれば、一番欠けやすい父親がいかに頑張るかという事が大切なんですね。

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2011年12月24日 (土)

メリークリスマス

キリストの誕生日がクリスマスっていう事は、実は弟に教えてもらった事実だった。

我が家ではクリスマスを祝うというかクリスマスの風習は全くなかったのですが、ケーキを食べる日であはった。

それは、放っておけば何もない日で、ばあちゃんがケーキを近くのお店に頼んで買ってきたケーキを食べる日だったり、

子供会から出た小さなケーキを食べる日だったり…

クリスマスっていっても、特別にパーティーをしたことがありません。

それはこれまでの人生に置いてもそうなんですが…

まず、何を祝うのかが分からなかったというのもありますよね。

根っからのキリスト教徒であれば、クリスマスまでの数週間前から教会に通い始め。ミサをささげて、当日セレモニー的に送り火などを行うんだろうけど、そういうのではないですし、もちろん、ばあちゃんやじいちゃんにそんな事をおねだりしたこともありません。

毎年、書いていますが、オトンには早々と「サンタクロースなどいない」と宣言されていましたし。

というか、「F、お前、まさかサンタクロースおると思っとるんか?」となぜか馬鹿にしたように言ってきました。

すぐ下の弟が、サンタがおろうがおらまいが、何かがもらえて、ケーキが食えればそれでいい。というのに対し、

僕はというと、やはり、サンタクロースはいて、ケーキよりも、何か特別な物が、自分のところにはプレゼントされるのではないか…と心のどこかで思っていたのが事実でした。

それを、見透かしたかどうかはわからないですが、そう思っている事が行けない事のように、嘲笑するのです。

悔しかった僕は「そんなんおらんの知ってるわ!」と言いました。

僕の中で、認めてはいけないものだったんだろうと思います。心の中で何かが壊れたような感覚がありました。そして、自らその破片を踏みつけて踏みにじっているような感覚に陥りました。

しかし、それをお父さんに知られたくなかったので、顔には出さないように心がけました。

まだ小さかった僕は、寝る前に何か悲しくて泣きました。

小学校低学年の頃、クラスメートとサンタクロースの所在について激論を交わしたことがありました。

「サンタは実在する」

「外国の人間だ」

「あれは両親のプレゼントだ」

「コカ・コーラのCMの産物だ」

「幻想だ」

「サンタにもらったやつが隣のクラスにいてるらしい」

「煙突とかないしどうやって入るんな」

「靴下に入るプレゼントとかしょぼいし」

なんていうのが大筋の話題だったと思うのですが…

どれも遠からずですがね…

クリスマスがキリストの誕生日なら、じゃああの白髭のオッサンは何なんだって事ですが…

去年も書いたけど、サンタクロースは「聖ニコラウス」という司祭が起源だとされている節が大筋になっているようです。

トルコから発生していろんな国を経て日本にもやってきたみたいですね。

聖ニコラウスはその年に悪い子だった子を戒めていい子にするという役目の司祭だったらしいのですが、その時の衣装は今とは似ても似つかない緑が主体のモノだったみたいですね。

当然、親たちは「いい子にしていないとニコラウスに連れて行かれるよ!」と躾けていたみたいですが…

この日本のどこかでも聞いたことのある話ですよね。

それが、日本に来た聖ニコラウスの起源とされています。

今私たちが知っているサンタクロースはメディアを通して別ルートから入ってきたモノなんですな実は。

キリスト教は25日から新しい一年が始まるんでしたよね…確かキリストが誕生日に命を落とした三日後に復活を遂げたような…

もう忘れましたが…

キリスト教にとってはとても大切な日であるはずですが、無神教者の多い日本に置いて、それが大切かどうかというと…そうではないですよね。

クリスマスツリーに取り付けるオーナメントに細いサンタのオッサンとかがあったんだけど、こいつ誰やねん?と思ったものでした。

何も知らずにサンタを楽しみにしていたんですよね。

サンタは完全に慈善事業者でしたね。子供の頃は。そこには無償の愛があるものなんでしょう。まさしく親が行うべきものですね…

そういうのが楽しみにできるのはやはり日本人はお祭りが好きで、クリスマスのいいところ取りをしているっていうところでしょうね。

いや、もしかしたら我々商人の戦略的なモノがあるのかもしれないですね。

僕たちの店でも、クリスマスのずいぶん前からケーキの予約をしてましたからね…

まあ、何にせよ、せっかくケーキまで用意したんなら、皆さんが楽しいクリスマスになればいいなとは思います。

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2011年12月23日 (金)

いろいろあるんやな…

いやね、最近思うんですけど、今、自分がかろうじて普通の人間の形を保ってるのって、自分がまだ、言っても30代前半という年齢だからだろうと思うんですよ。

要するに基礎代謝が、まだそれほど衰えていないから、結構がっつり食べても食べた量よりも太らなかったりするんですよね。

まあ実際は結構な量食べてるので、増えはするんですが、正直なところ、もっと増えてもいいんですが、それが、ある一定の所から増えないのは、そういう事なんだろうと思います。

仕事柄、一日二万歩なんて軽々超えてるし、そういう意味では適度な運動はできているのかもしれないですが…

とはいえ、もし基礎代謝で今の自分の形をかろうじて保っているのだとしたら、年々オッサン化していく中で、それはオッサンに少しずつ近づいていくという事に他ならないのではないかと思うのですが…

いや、それは普通の事なんですが、何ていったらいいでしょうか、このまま何もしなかったら、その辺に歩いてるメタボ丸出しのオッサンたちのように、僕もなってしまうのではないかという危機感のようなものが最近になってようやく芽生えてきた。と言ったら分かりやすいでしょうか?

とはいえ、運動はおろか、外出さえなんか嫌な僕です、運動は学生時分に十分にやったと、勝手に思い込んでいるので、もう運動はいいや…と思っています。少なくとも今は。

で、それ意外でなんか方法があるかと思ったのですが、食事を減らすのは考えたくありません続かないと思うし。

だったら、得意のサプリメントかな?ってなるのですが、

サプリメントで脂肪燃焼なんてできないって、何かの本に書いてあったし、サプリを取りながら、筋肉をつけながら脂肪を燃焼する方法なら、これまでもずっとタ●ザンを買ってきてたから、知ってるんだけど、そういうんじゃなくて。

もっと、日常的に、そんなに効果が無くても続けれそうなもんじゃないと…サプリも一応日常的に続けれるんだけどね…

で、ふと、ファイティング■ードのホームページを見ながら、ホームジムは高いし、場所がないから無理よな、楽しいけど…と思って何となく他のページを見てたら…

なにこれ…

姿勢強制スパッツ?あ、良く見るとシャツもあるやんか…

読んでみると、着て寝るだけ、生活してみるだけで脂肪が落ちるとな…?

いやいや、そんなうまい話があったら、ビリーは流行らんよな…

しかもシャツ一枚3000円。…ちょっと効果は微妙か…

スパッツは6000円か。そこそこの値段やな…

それが、科学的に本当に効果があって、証明されているのであれば試してみる価値はあるかもしれませんね…

効果効能は人によって違うんだろうから、僕には全然効かないかもしれないけどね。

で、それを、夜の時間帯に来るアルバイトさんに聞いてみたのですが、

「え、そんなんあるんですか?」と逆に聞かれてしまいました。

でそこでもう一つ「男性用ブラってあるらしいですよ。」というどうでもいい情報も教えてくれました。

「男性用?いらんじゃないですか、男ですよね?相撲取りが使うんですか?」

「いや、普通の男が使うやつみたいですよ。」

「え、普通のって…そっち系じゃない人がって事ですか?もしかして使ってるんですか?」

と冗談で言ってみた。

「実は…って嘘です。」

「え?どこから嘘なんですか?男性用のくだりから嘘なんですか?」

「いやいや、男性用のブラジャーはあるみたいですよ。」

「何でそんなん知ってるんですか?」

「え、いや、オレも良く覚えてないんやけど、テレビでやってたと思うんやけど…」

「やっぱりそっち系の人が使うのかな?」

「そう…ちゃいますかね?」

「それ、僕からしたらすごい違和感を感じるんですけどね…趣味嗜好は個人の自由ですけど、それは…ちょっと踏み越えてはいけない部分を超えてしまってるような気がするのは僕だけですかね?」

「まあな、オレもそう思います。」

「でも考えたら男性用のパンストもあるからそういうのもあるもんなんかな?」

「そうちゃいますか?」

「え、もう、どうでも良くなってませんか?まあどうでもいい事ですけど、そんなもん作って売れるんですかね?」

「売れるから作られてるんちゃいます?」

「ふーん、あんな邪魔になりそうなもん何でつけたいのか僕には理解できないですね。そういえば、男性用パンストって、正式名称は男性用パン●ィーストッキング何すかね?」

「考えたことないなあ…」

「僕も今単純に思っただけですけど、男性用ならブリー●ストッキングとか?ボクサース●ッキングとか?トランクスストッ●ングとかかな?」

「なんかストリーキングみたいでエ口いですね。」

「確かに…でも女の人ってパンストって呼ばないですよね、男ばっかがそう呼んでません?なんか…そんなような気がする。」

「そういえばそうやな…」

「女の人はストッキングって言ってるような…」

「そういえばそうですね、そんなら男性用は男性用ストッキングが正式名称ちゃいますか?」

という経緯で結論に至ったのですが、合ってるかどうかは知りません。

それよりも、センセーショナルだったのは男性用ブラの存在ですね。そんなん欲しがる人おるんやな…

女性用とどうちがうのか聞いてみたいところやけど、持ってる人の心当たりさえないものなのでどうにもこうにもですね。

世の中いろんな人がいてるんやな…と改めて実感。作る人も買う人も。

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2011年12月22日 (木)

歯がめっちゃ痛い…

右側下の奥歯の治療中に、人事異動で途中になってしまった歯の治療ですが…ずっとずっと気にしていて、食後に楊枝で掃除していたのですが、この間ボロッと大きな欠片が取れてしまって…

むしろ歯に詰まりにくくなって最近便利だな…と思ってたのですが、その奥歯については、もうすでに神経を取ってしまっているので痛くなかったので、最近ではあんまり気にしていないのですが…

気にしていたのは、左側の下の奥歯です。毎日毎日気にしていたのですが…

残念なことに、その歯は気にしていたおかげで、別に何もないのですが、その上の歯、つまりは左上の奥歯が悲惨な状態にある事が判明しました。

つーか痛い。

少し前から歯が痛いなと思ってたんですよ。でも痛いのはその、左下の奥歯だと思ってたので、よく分からなかったんですよ。見てみても

「あれ?どこがあかんのやろ…?」って状態で…

それに、痛くなるのは食後だけで、ずっと痛い訳ではないので、後回しにしていました。

それがいかんかったんだろうと思います。

思えば、以前、歯医者に通い始める前も、左上の奥歯が爪で削れてしまうぐらいボロボロの部分があった事を思い出しました。

通い始めた時に、それよりもボロボロになったのを数年間放置していたから…そっちの方を直してもらう事が最優先だったりしたので…

それに、右奥の親不知を抜いたり…なんかいろいろあって忘れてたんですよね…

それで、意識も左上の奥歯からは無くなってたんですよね…

で、歯が痛いなと思っても、左下のだと思い込んでたりしたんですよね…

残念だけど、休みの日を使って治療に通わなくてはなりません。

歯医者の何が嫌かって…歯医者自体の問題では無くて…

二週間に一日しか予約が取れなかったり、その日が無理だと更に一週間伸びたり…

あと休みの日はゆっくりまったりしたいのに、時間の制限があって…それが一番嫌だったりします…

でも治療しなくてはいけないから、仕方がないですよね…

でも、今度の休みまでは持たないかもしれないです…明日にでもなんとかいけないだろうかと思っているのですが…

きっと明日は無理だろうなと…恐らく明後日も無理で、やっぱ次の休みの日か…

あー歯がいてえ!!

何でよりによってこの年末の忙しい最中なんやろ、このタイミングは無いやろ…と思ってしまう。

正直この歯の疼きのせいでゆっくり眠れない。寝ても起きても痛い。

とはいえ、まだめっちゃ痛いという訳ではないんですよね、疼くから嫌なんですよ。

ずっと疼いているのが嫌なんですよ。何か頭痛っぽいのもしてるし…

考えがまとまらない…

ほっといたのが悪いのですが…もう少し、せめて年明けぐらいまで何とかならんもんかと思ってしまう。

バファ●ンでどこまで凌げるか…

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2011年12月21日 (水)

またまたまた変な夢の話

またまたまたまただと思いますが、変な夢を見ましたので、覚えているうちに紹介します。

夢の中で、僕の家はもっともっと都会に住んでいて、といっても今のようなド田舎ではないってだけの意味ですが。少し大きな、家に住んでいました。

少し大きなというよりは、一応二世帯住宅みたいで、普通の家の倍ぐらいの大きさがありました。

で、僕ん家の家族と、もう一つの家族と、二家族で住んでいたのですが、僕はまだ大学生でした。夢の中でそんな事には、全く気が付かなかったのですが。

もう一つの家族には二人の子供がいて、女の子と男の子がいました。女の子は高校の3年生で、男の子は小学校4年生でした。(夢の中でそう言ってましたからそうなんでしょう。)

どちらも見たこと無い子でしたが…ここらで見たことのある子が出てきたら僕も少しはその子を意識してるのかな?なんて考えたりするのですが…

で、夢の中の僕はひそやかにその子に好意を持っていましたが、それを表だって出すのにはばかられたし、一緒に住んでいるのに、何かぎくしゃくするのも嫌だったし、何より、うちの両親にクソカスに馬鹿にされるのが嫌だったので黙っていました。

ある時、女の子が男の子を家に呼んできました。学校の友達らしいのですが、すごく仲良く話をしていました。

彼女らはゲームをするために僕の部屋に入ってきました。その家ではゲーム機があるのは僕の部屋だけで、女の子の部屋もその弟の部屋にもそんなものは無く、僕の部屋にゲームをしにきていました。その時も同じように、僕の部屋にゲームをしに来ました。

『僕はあいつ誰やねん』と思いながらも寝ているフリをしていました。

女の子は勝手知ったる僕の部屋なのでゲーム機を出して遊び始めました。初めは僕を気にしながら声も小さ目だった男の子も、次第に僕の事なんて意識しなくなり、楽しそうに二人でゲームをしています。

僕は寝ているフリをしていましたが、寝ていないので、それが悔しくて悔しくてなりませんでした。そのまま寝てれば良かったのですが、夢なので夢の中で眠るなんてちょっと高等技術過ぎて僕にはできませんでした。

『ちくしょー!!僕の好きな子と盛り上がりやがってー!!』

と心の中で悔しがっていましたが、反面、自分もちゃんと気持ちを伝えれていないんだから仕方がないだろうと思ってもいました。

そして、僕がこれから告白して付き合うよりは、この高校の友達と付き合った方が遙かに彼女の為になるのかもしれないな…と思い、僕はその子を諦め、その子と男の子がうまくいくように願うようにしようと決意しました。

そして、どうやら家は大学の近くらしく、授業の時間が近づいていたので、僕は大学に行く時間になったので、ベッドから起き上がり、やたらと広い台所に行ってご飯を食べることにしました。

台所に行くと、女の子のお母さんと、女の子が(何故か)テレビを見ていて、そのシーンが、介護に疲れた奥さんが、認知症の自分のお母さんと一緒に、明け方の湖に入ろうとしているシーンでした。

「あ、この話知ってるで…」というと二人は僕の方をみて「何で知ってるん?これ再放送ちゃうで?」と聞いてきましたが、何で知ってるのか分からず答えられず、しかもうまく思い出せず、ただ画面を見守るだけでした。

画面の奥さんとお母さんは、明け方の冷たい湖の中に入ろうとしていたんだけど、先に入ったお母さんの方が2~3歩進んだところで、急に立ち止まり泣き始めるのです。これから湖に入ろうとしていた奥さんは初めギョッとしていましたが。

お母さんが今、この瞬間に一瞬だけかもしれないけど、自我を取り戻したことを悟り、奥さんも泣き始めます。

「ごめんね●●ちゃん…こんなになるまで苦しめて…」

と言って動きづらくなった自分の体を反転させて奥さんをすまなそうに、そして蘇った自我で我が子を一瞬でも長く見ていようという慈愛に満ちた目で奥さんを見ていた。

奥さんは涙が止まらず、言葉も出なかったけど、お母さんに駆け寄りただ泣きながら謝りながらお母さんと抱き合っていました。

「お母さん、ごめんね、ごめんね…」

というのがかろうじて聞こえた言葉でした。そしてそのまま物語は終わったのでした。

僕は、そのドラマの題名を思い出し、ふと、その題名の言葉の意味がどういう意味か分からず、辞書を引こうとして、その辺りに辞書がない事にがっかりしつつ、お皿を片づけました。(今は題名は覚えていません)

そしてそのまま言葉も無く、玄関へと向かいました。学校への途中、女の子も一緒に来ていましたが、僕がそれに気が付いていても気が付いていないふりをして、会話もせず、振り返りもせず、また向こうからも話しかけてくることも無く、気が付いた時には女の子はおらず、大学の構内に僕がいました。

一人になって考えをめぐらせたけど、家に連れてきた男の子とあの女の子はいい仲なんだろう、と。そしてそれを迷いなく僕の部屋に招き入れ、僕の前でゲームをして盛り上がるというのは、それだけ僕に対してそういう意識が無いのだろう、と。

やはり、結論は変わらなかったが、心の整理がつきやすいのは、こんなことは思いが強かれ弱かれ日常にあるからだろうと思いました。

日常?これって日常?これ夢やろ?とふと気が付いて夢から覚めました。

目が覚めて一番はじめに思ったことは、女の子が誰であるかという事でも、あの家がどこであるのか、大学がどこであるのかという事でもなく、

あの時辞書があって、辞書を引いた時に、その意味が辞書に載っていたのかどうかという事がとても気になりました。

だって、夢で辞書を引いて、言葉を調べることができるということは、この何十年間引き続けたその辞書の内容を、ある程度記憶していることになりますからね、全く意識してみていない他のワードについても無意識下で記憶していたことになります。

そう思うと、あの時に辞書が無かったことにとてもがっかりしてしまうのです。

夢の中で自分の知らないワードを引くというのが、『夢の目標』になりました、変な言葉ですが、この未来的な建設的な言葉は少し気に入りました。

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2011年12月20日 (火)

え、お亡くなりに?

全然知らなかったのですが、近くの国の将軍様がお亡くなりになったみたいですね昨日。

本当なのか?

それが本当だとして、あの国の人たちはどう思っているんだろうか。

何か…病気だからか?次の指導者を選定するとかどうとかいうのが少し前にやってたと思うんだけどどうだったか…

確か…あのころは尖閣諸島がどうのこうのの問題とかが発生してて、後継ぎがどうのこうのとやってても全然関係無かったような…

それに、地震が起こってそれどころじゃなかったような…誰が後継ぎになったのか分からないですが、あの国は良くなるんでしょうかねえ…

あれだけ、自分のやりたい放題してて、国民は飢えに苦しみ、寒さに苦しみ…いろんな国から拉致してきて人材を集めたり…

あの将軍様が落命したのはどういった経緯があったのだろうか…今日、お昼ごろに会社の同僚から「あの国の将軍様がついに死にましたからね。」と言っていたのですが、「え?どこの将軍様?」と聞いてしまいました。

前日テレビでずっと、どのチャンネルもやってたみたいです。

当然ながらというか、いつもながらというか、僕はテレビを見ていなかったのでそんな事実は全く知りませんでした。

話によると、停電中に電車の中で…という事だったみたいですけど、もし、停電して、交通手段が断たれている中での発作か何かだったとしたら、それは、因果応報とまではいかないまでも、自業自得ぐらいにはなるのでは?と思ってしまいます。

もし、将軍様が鉄道事業、や医療改革や全国民の教育改革や、設備の積極投資を力を入れて行っていたら、もしかしたら違った結果になったのではないでしょうか。

生まれながらに権力者として育ち、父の威光をかりて権力を手にしたあの人は、自分の都合のいいように周りを動かしてはきたが、科学力もそうだし、経済力もそう、武力だって…自分たちの国の力ではどうにもしようがない状態まで陥らせてしまった。

それが、もしか、民主制が完全にいいとは言いきれないけど、先進国のように、または準先進国のようにしっかりとした基盤のある、医療施設であったり、金融システムであったり、そういう横とのつながりが、重要視されてきていれば、今とは違う結果にあの国はなっていたのではないかなと思ってしまいます。

心筋梗塞って聞いたら、余計に、何とかならんかったのか?とか思ってしまいますが、停電中だったらしいので、それじゃあしゃーないか…と思い直しました。

僕のあの将軍様のあの国の中でのイメージはですね…

そこそこ大きな川の中州に、緩やかな流れのうちに、丸太で作った防波堤の中に作った家たちの中の段違いに大きくて頑丈な家に住んでる金持ちの主人。

川が激流になる前に、自宅に娯楽施設や食料や召使を入れたけど、激流になって、自分の家以外は激流にのまれてしまっていて大変なのに、そんなことは素知らぬ顔で、主人自体はそこで毎日安全に極上ステーキを食べ続ける。ちょっと体が悪くなったら雇ってる医者を呼んできて診させる。こうして、主人だけが何不自由なく暮らしている。

こんなイメージです。

このイメージの中の主人ですが、一見酷い人である事のみが注目されそうですが、本来注目すべきはそこではありません。二点あります。

一つは、主人が雇ってる医者の能力以上の病気にかかった時、どうにもしようのない袋小路に追いつめられる事を考えていない事。

二つ目は自分の家を何があっても対応できるようにするのではなく、それだけの経済力があるのであれば、違う土地に移るとか、それができないのであれば、防波堤を頑丈にするとか、高くするとか、川の氾濫対策を行うべきだった。という事です。

だから、僕は因果応報とまではいかないけど、自業自得であったのではないか、と思ってしまうのですが…

あの国に生まれついてしまった国民の方々はどう思っているんでしょうか、将軍が死んでも、また違う将軍がやってきて、同じような事を繰り返すだけだと思っているんでしょうか。

前の将軍と明らかに違った将軍に冷ややかな視線で見送るだけでしょうか。

次の事どころか、目の前の事しか目に見えない生活なので、そんな事は露程もかんがえれないのかもしれないですが…

少しでも、あの国の人たちの生活が良くなればいいと思います。

優れたトップでなくては専制政治は悲惨極まりないモノになる事がよく分かったのですが、民主制についても欠点が無い訳ではない、

民主制の動きの愚鈍さは、ひいては国民の政治への興味の薄さに繋がるし、多数決などの過半数は、派閥や組織票に流れやすく、決して民意が反映されるわけではないし、国民の意識の低下や多数決という、あくまでも一議員というくくりが、絶対的なリーダーを生み出すことにブレーキをかけているように思います。

あの国の将軍様の死を前にして、考えなければいけないことは山ほどあるのではないでしょうか。それこそ根本的なところから…

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2011年12月19日 (月)

続 部屋の模様替え

休みだったので、部屋の模様替えの続きを敢行しました。

でも、今日は遠くに買い物に出かけたので、始めたのが夜の9時を回ってしまっていたので、続きとはいえ、完了できるかどうかは分かりませんでした。

が、途中から火が付いて、完了させるまで寝ない!と自分に誓いながらやりました。

で、ずっと迷っていたこたつですが、この度、ついに出してしまいました。

今年もいらんかな…とは思っていたのですが、寒さに負けたというか、何というか、この前こたつに潜るのが好きって書いたんだけど、あの感覚を思い出してしまって…

僕の頭の中の7人の陪審員が今まで「出さんでもいい」4人だったのですが、「出そうぜ」が5人になって、二人の裏切り者が出て、形勢は逆転しました。

そうなったらもう早いのなんの、

分解していたこたつをちゃっちゃと組み立てて、コードもつないで、ノート(PC)はこたつの上に設置して、その他のもこたつのテーブルへ移動。これまで使ってたやつは…保留してるけど恐らくは、この前買ったスチームオーブンレンジの台に使おうと思っています。

だから片づけずにそんままにしています。

出したら行動が制限されて嫌やな…とは思ったのですが、どうせほとんど部屋では動かないので、むしろ動かずして効果的にあちこちのモノを取ったりできるように工夫した今の方が居心地がいいのではないだろうかと思ってしまいます。

それに、やっぱこたつはいいですね。

スイッチ入れてなくても、電気カーペットだけで十分暖かいし、何よりも潜れるのがうれしかったりします。

自分でも忘れていたのですが、やや体の大きな僕でも潜れるのは、こたつの足を改造してキャスターを取り付けているから、その分の5cmぐらい、背が高くなっていて、横に寝返っても腰やお尻が淵にあたったりしないし、うまく潜れば肩だって窮屈にならないんですよね。

取り付けたのは10年ぐらい前だと思うのですが、良く考えたよね、当時の僕。これ以上高いと布団に余裕がなくて、被さりきらずに部屋の空気がこたつ内に侵入してしまうし、低いと腰が当たってしまうし。これ以上ない高さで、しかもキャスターがついている分移動もしやすくなってる。見た目もおかしくないし、強度も申し分無い。

当時の僕に関心してしまいます。

今の僕なら…高めの足のこたつを単に探しに行って見つけて買っただけかもしれません。

すぐ下の弟が言ってました。

「自分のこたつな、5cmぐらい上げてあるやろ?あれぐらいの高さが丁度いいねんな、じゃないと僕もこたつ買ったけど、腰が当たってなんか入りにくいんよな…」って。

弟と僕と同じ時期に同じように育ってきたので、こたつに潜るのが好きなのです。

こたつを買ったときに、僕の部屋のこたつが底上げしてある事を忘れていたそうです。でも弟も僕のように工夫しようとは思わないらしく、そのままでいくそうです。何かのプライドかもしれません。

昔から、彼は僕がいいやり方をしていたとしても、そう思っていても認めずにこれまでのやり方を通したりするところがありました。今もそういうとこあります。

対して僕はいいなと思うところは弟であろうとオトンであろうとオカンであろうとマネして取り入れてきました。

そういうところをオトンやオカンは「弟のマネなんかしてプライドがない」と言って僕を馬鹿にしていましたが、良いと思う事をマネして何が悪いのか、僕にはさっぱっり分かりませんでした。

まあ…マネしてたのはいい事だけじゃなかったかですが、「お兄ちゃんねやから止めなあかんのに一緒になってどうすんねや!」と怒られた事もありましたが…

概ね弟の「あ、いいな…」と思うところは吸収していきました。小学生の頃からです。

思えばそのころから、物事の価値観は自分で決めるようにしてたんですね…

ただ、倫理的に、道徳的に世間とは、ズレないようにしなくてはいけないし、生きる上では人格者を目指すべきだし、僕が考える「大人」が=「人格者」なのであれば、「大人」というにはまだまだ道半ばでしかないんだろうとは思います。

話が少しそれましたが、良い事をいい事として認めることは「プライドを捨てる」ことではなくて、「それを受け入れる勇気」が必要だと僕は思うのですよ。

逆を言うなら「悪きを諌めるのも勇気」ですが…

大げさに思うかもしれないですが、思い切った発言をするときには、少なからず傷つけるし傷つくものです、それを頭の中で分かっているから、そのまま、見ないふりをしたり、受け入れられなかったりするのではないでしょうか。

何でもそうだけど、安定だけを求めて行動していては、この先、何も変わらない、進歩も望めないのですよ。進むためには一歩を踏み出すことが大切だったりします。

新しい事を始める時や、今までかかわらないようにしていた事も、「自分にできるかな??」と思いながらも恐る恐るやってみるという事が、実はとても大切だし、そういうスピリッツを持たなくては先には進めないんだろうと思います。

こたつの改造がらえらい話になってしまいましたが、弟に改造を進めたりはしていません。改造しないと決めたのは彼の意志での事ですから、弟が「それもいいけど、このままでもいい」と思っているのであれば、それはそれでいい事だろうと思ったので。

かさばっていた本も整理したし、ハタキがけもしたし、新年にそなえての掃除を完了したという事にしておきましょうか。

部屋どりもとりあえずは気に入っていますし、当分このままでいこうかな。と思います。

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2011年12月18日 (日)

ああ…超寒いっす。

今日家に帰ってきて…朝は夜明け前から今日は、日付が変わる直前まで店にいたのですが…

さすがに、またも手足がガクガクしています。指先も震えていますが、寒さで震えているのか、それとも、この冷え切った部屋にいるからこうなっているのか。

いや、恐らくはその両方なのだろうとは思いますが、それにしても寒い。

こう寒いと、部屋に取り付けているエアコンなんかはとても無力に感じられます。こうしてスイッチを入れていても、風はかなり冷たいものしか感じない。

フィルターを夏から掃除していないっていうんもあるんだろうけど、それを差っ引いても暖かい風が来るまで時間がかかっている。

思えば、高校の時にアルバイトして溜めたお金で買って以来だから、もう15年近くこのエアコンを使っていることになる。

あの当時は省エネNo.1だったけど、今ではそんなものとっくに昔の話になっているでしょう。全く使わない年もありました。

今では、電気カーペットのみが活躍しているに等しいですね。布団から出ると急激に体が冷やされていくのが分かります。

電気カーペットはレベルを2~3にしておかないと熱くて入ってられないんですよね。4とかにすると熱くて足を出したら凍えるように寒くて…もう何が何だか訳が分からない状態です。

つい、先週までパンツとTシャツだけですごしていたのに、今となっては、シャカジャン(シャカシャカいうジャージ)を着て、おまけにその上から高校の時に買ってでかすぎたスタジャンを着て、更にネックウォーマーもして靴下を履いて布団をかぶって寝ています。

そうするとかなり寒さをしのげますが、先週とはえらい変わりようです。年末という時節柄を考えると、寒くて当たり前なのかもしれませんが、急激な低下は勘弁してほしいですね。

お年寄りとかは応えるのではないでしょうか、原因がそれかわからないですが、先週から救急車が近所で走ることが3回もあり、そのうち2件が告別式となっています。

うちのじいちゃんが亡くなったあたりから、頻繁にお葬式があるようになって、ちょっと落ち着いたかなと思ったのがついこの間だったのですが、立て続けにあって、ちょっと残念です。

寒いと血圧が上がるし、そこから急に暖かいところに入ったりすると血圧が下がったりします。

その血圧の上下にお年寄りの心臓は耐えきれるのかどうかというところでしょうね。

一人暮らしのお年寄りがいかに危険極まりないかというのがよく分かる。

とはいえ、こんかいの告別式と直接関係があるのかどうかは全然分かりませんが、何となくそうかもしれないなと思っただけでした。

やっぱこたつ出そうかな…テーブルがそろそろ欲しくなってきたし、これだけ寒いと起き上がる気力を出すのも大変やしね。

こたつを出したら出したで、そこから出る気力もいるけども。

朝早くに出勤するときは、もう必ずと言っていいほど車のガラスが全て凍っています。冬だからあたりまえですけど、やっぱりスラックスだけでは下半身も寒いし、ジャージでもスラックスの下に履いた方がいいのかもしれないですが…

これまで、そういうの履くのが嫌で、スラックスだけで過ごしてきたのですが、そろそろ考える時が来たのかもしれないですね。

いつまでも体育会系の僕ではないですし、今はどちらかと言えば文化系ですしね…

今よりも寒くなるんだったら、靴下だって2枚を考えた方がいいかもしれないですね、●虫になるのが嫌なので、2枚履きはできれば避けたいのですが…

気合で何とかなる時期は過ぎたのでしょうか。とりあえずは、もう少しこのままの状態で行くつもりではありますが。

一時期車にはカバーをかぶせていた時があるのですが、帰ってきてボロボロ…というか、疲れ切ってるのに、そこからさらにカバーを車にかぶせるのって結構一仕事なんですよね…だから3回ぐらいやったら面倒になってそれ以降はやってません。もったいないので、すぐ下の弟にカバーはあげましたが…今も使っているかどうかは知りません。

でも、毎朝お風呂のお湯を汲んで、それをぶっかけて解凍するのも手間なんですよね。ただ、朝だから、体力的にはいくらか余裕があるんですけどね。

ちなみに、日課となっている朝一番のシャワーについては、今もやっています。冷えきった風呂場ですが、シャワーをして体を一回ホカホカにしてからいっぱい着込んで出る方が朝から動けますからね。

服を脱ぐのは嫌だけど…

そうそう、それと、癒し系クミタンが「ガリレオシリーズ」を返して下さったのですが、一緒に入浴剤とクッキーを入れてくださっていました。

ありがたく使わせていただきます。

気遣いは無用だと言ったのですが、それでもという事だと思いますので。

面白い本があったらまた紹介してくださいね。

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2011年12月17日 (土)

おじくさいですが…

若さとは?と考えてみました。一般的に若さというのは、年齢的に若い事を言ったりしますが、何といいますか、フォーマルな時に使う若さというのは、総じて未熟という意味だったり、雑を意味する事だったりします。

人は、男性でも女性でも若さをとても欲しがります。

でも、求めているものは単純な若さではないのです。美貌が欲しいのか、代謝が欲しいのか、ハツラツとした活気あふれるパワーが欲しいのか、無垢というか、社会で擦れていないその純粋さが欲しいのか。

人によってそれは様々だと思います。

僕が、普段使う若さは、総じて未熟な事をいいます。

だから若さなんていらないとずっと思っているのですが。

僕には、がむしゃらに若さをまき散らして、動きまくって空回りまくっていた時がありました。考えるよりも倍動くことを優先していました。

とにかく、考える暇があったら人の倍動こうと…

でもそれって間違いですよね。考えて行動することによって、5倍6倍はあたりまえの出来栄えが発生するのです。

動きでカバーできるのは精々倍ぐらいです。

それに気が付くのに何年もかかりました、たったそれだけのことに気が付くのにです。

僕には、自分が特別だと思っていた時期があります。今でもある意味特別だと自分で思っていますが…その特別も今となっては普遍性の中に存在する特別であって、その当時の自分は、特殊な存在であると思っていたのです。そう思い込むことによって湧き出るパワーがありました。選民意識の塊だったと言っても過言ではありません。

自分は特殊で特別だから。だから賢く、強く、そして雄弁である。と根拠のない自信に満ち溢れていました。

でもそれは、細やかさに欠け、雑で、勢いでごまかしているだけだったのですが。

それに気が付くのにもかなりの年月を要しました。

認めてからすべてが始まりました。

正直なところ、僕はミスをしても「違う、僕が悪くはない、他に僕以外に何か原因があるハズだ、僕以外の何かに原因があるハズだ。」なんて心の中で思っていました。

ある意味前向きと言えばそうかもしれないですが、むしろ後ろ向きである事に気が付いていませんでした。

認めない事で、前進が無いのです。

自分が忘れた、自分が気が付いて阻止できていたら、自分ができていれば、自分が一言あの時に発していたら…自分が自分が…

あれもこれも…自分に1%でも非があるとするなれば、その1%をいかに受け止めるかによって、自分のこれからの成長が決まる。

もちろん、自分に非が少ないときに「僕が●●してれば…」なんてことを非が多い人の前で発することは、嫌味になるので黙っていますが、頭の中でそう考えるという事です。

ミス一つ一つには十も二十も学ぶことはあったりします。再確認することも、再認識することもあります。

若さとは、そういう事を学ぶことでもあると思う。

未熟であるが故、未熟さを受け入れることによって、熟成していくことができる。

受け入れられないというのは、花を咲かすことなく、しぼんでしまう蕾のように、一番大切な時期に手に入れなくてはならないものをスポイルしてしまうようなものです。

自分の自信は一体どこからきているのか、言われた事の反発はじゃあ何を持って発生しているのか、ただ単に苛立ちに任せて反発しているだけではないのか。失敗を隠したいがために嘘をついていないか、その嘘のための更なる嘘が発生していないか。全く違うと言うのであれば、その根拠は何なのか…

一つ一つ、初めはゆっくりと、やがて論理的に自分を突き詰めていく、そして行き着くところまで行って、自分と向き合えることができるのです。

若さとは、それを求めて彷徨うことに他ならないのではないでしょうか。

そして、その鬱屈した自分と向き合い、それを乗り越えてみせるパワーについても、若さ故に持ち合わせているのではないでしょうか。

平たく言えば

守るべき自分は実は空っぽだった、それに気が付いた自分は、一から少しずつ積み上げて行く。そのためには時間が必要。でも、いくらかかってでも、根拠のある自信を目指して前に進む。

という事です。若さって大変。経験しなきゃいけないこともいっぱいあるし、勉強しなくてはいけないこともたくさんある。怒られることも沢山あるし、成長しなくてはいけないことも沢山ある。

それらは、やはり成長過程にあるからできたことであって、今同じことをやれと言われても、できる人は少ない。

そういう風に感じるという事は、自身もそれだけ感じるぐらいには熟成が進んでいるんだろうと、良い風に解釈しているのですが。

まだ、それに浸るぐらいまでは成熟していないことは自覚しています。

まだ、少しばかり残る若さの中で、自分で乗り越えれるだけの壁を持ちながら日々成長できる事が理想なのかもしれないですね。

大きな失敗や大きな事故は、本当に10代20代でしか乗り越えるにはパワーがいりすぎるのかもしれないです。

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2011年12月16日 (金)

部屋の模様替えをしました。

今日は休みだったので、自分の部屋の模様替えを…

しましたという題名ですが、実は完了していません。

本当は、パソコンの位地も変えたかったし、何ならこの勢いでこたつをだしてやろうと思いましたが、残念ながら終了しきることができなかったのです。

重たいベッドとソファーを移動させて、本棚を移動させて…

それで、ふと気が付いたのですが、僕の部屋には梁が二本も出てて、秘密基地の様相を呈しているのですが、この部屋に来た当初は、それに頭をぶつけて仕方が無かったのですが…今ではそんな事は全くなくなって、梁の事なんて全く気にしなくなったのですが、それでも、あれば、あったで、目にはずっと入ってくるので、どうせ邪魔になるなら、何かにうまく使えないかと考えてたんですよね。

で、本棚にしてはどうかと…

本を収納するスペースはもう限界に来ています。あまりガンガン本棚に積んでも、二階なので、底が抜けても嫌なので。

以前は、ハンガーフックにしようとして失敗しましたが、押入れと梁の間の距離が丁度いい距離なので、今度は板切れとかを買ってきて本棚にしようかな…

↑ふと気が付いたのがそれです。

それにしても、体力落ちましたね、一日で終わらん上に恐らくは明日筋肉痛になるハズ、しかも、汗かいたのですが、面倒だったので、そのままでいたのですが、そしたらなんかちょっと頭痛がしてきたので、風邪薬を飲んで、ビタミンいっぱい飲んで、更にニンニク卵黄も飲んで今に至っています。

掃除機もかけないといけないのに…今日は何とか寝るスペースと、こうやってパソコンをアップするだけのスペースを確保して終了することにしました。

明日はたぶんできないから…19日になるかな。19日は、休みだからその日にしよう。ゆっくりと午後まで休んで、午後からゆっくりと始めるとしよう…

今日は、いろいろ忙しかったりしました。

と言っても別に時間に制約があったわけじゃないんですが、それ程疲れていたわけではないんですが、昨日帰って、寒いのでカーペットのスイッチを入れて布団を何気なく被ったら…まだ着替えてないのに意識が無くなっていました。

またやってしまった…

服を着替えないで寝てしまうと疲れが全然とれないし、気分的に仕事してるときと変わらないので、帰ったらさっさと着替えるようにしてたのですが、あまりにも寒すぎて、部屋が温まってから着替えようとしてたのがそもそもの間違いだったのかもしれませんね。

で、5時半ごろに目が覚めて、『あーあ…また早起きしてもた…しかも着替えてないし…』と、着替えてないし、電灯はついてるし、テレビは録画リストのままやし…(録画を見ようとしててそのまま面倒になって後回しにしたのですが…)

疲れも取れてないし…それから、またうとうとして、そのまま10時半ごろまで寝てしまいました、そこからなんだかんだと用事を済ませて、昼過ぎに外出して帰宅したのが19時頃、そこからちょっと休んで、部屋の模様替えに…

休みの日なのに休んだ気がしない。

やっぱり休みの日は家でふとんに包まって、本を読んだりしてゆっくり過ごすのが一番だと…実感しました。

仕事に向けて充電しないといけないですからね。

今日はちょっと充電失敗気味。とりあえず次の休みまでは耐えなくてはいけませんね…

今日こたつを出さなかったのは良かったことなのか…

今、こうやってパソコンに向かってるときにも、電気カーペットの存在が…

電気カーペットがちゃんとうまく使えてたら、こたつは、欲しいけどいらんような…

布団を温めてその暖かい布団のまま、ベッドに移動して眠るのは結構いい感じなんですよね…

あ、そうそう、模様替えをしたからと言って別にベッドを新しくしたわけではありません、まだまだ迷っています。

そんなに急いで結論出す必要のないモノはガンガン遅らせる。

即決即断だけがいいわけではないですからね。

じっくり考えてから買うことにしています。

ちなみにボーナスは…7割は定期とか貯金にしてしまいました。っていっても分母が全然もらってないので、大した額ではないのですが。

あとの2割は必要経費といいますか、高めのおせちと多めのケーキと家電キャンペーンで買ったレンジに消えます。

残りの一割は…ちょっと自分に贅沢を。

と考えていますが…

無駄使いしないように気をつけよう…

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2011年12月15日 (木)

河の主

中学1年生の時に、友人二人と友人のお父さんと一緒に川に釣りに行きました。

友人と友人のお父さんは池の方で釣りをしていましたが、僕は釣りの道具を持っていませんでしたので、仕方が無く。その辺で川に入って遊んでいたのですが。

で、水草に足を踏み入れたら、その水草の上の方ではだしの足に何かが当たったのです。

尖った何か。

僕はこれは魚の背びれだ!と直感しました。

「ここにおる!」とはいえ半信半疑だった僕は、「ちょ、その辺にある袋取ってーな!」と友人に袋を取ってもらい、その、背びれらしきものがあった水草の塊のところを、がばっとすくいました。

ビチビチビチ!!

まさにビンゴ!その袋には1メートル以上ある魚がぎりぎり収まっていました。

僕は、いや友人も大興奮です。これ、フナかな?鯉かな?でっかいなー!という感想が飛び交いましたが…逃がせば良かったのですが…

僕は「持って帰る」と言って持って帰りました。

カワノヌシダ…

という言葉がどこからともなく、頭の中を過りました。もちろん、当時は川の主なんていう言葉は知りません。

川の主がなんであるかなんて全くわかりませんでした。

でも、良く考えたらそうですよね。

僕たちが遊んでいた川、その時はもうずいぶん遊んでたんですよ。にもかかわらず水草の中に身をひそめてじっとしているなんていう賢い選択を取ったあの魚。

本来魚であるならば、足が背びれにあたった瞬間に逃げたでしょう。それを逃げずに、そのままじっとしてただ耐えていた事に、頭の良さを感じます。

まさか、そこで馬鹿な子供が袋で捕まえるなんてことするとは、魚も思わなかったでしょう。

ぎらぎら光る魚の腹、そのでかい腹が僕の「やったー!」という気持ちを増幅させました。

嬉しくて嬉しくて、誰かにこの功績を見てほしかったのですが、意外と周りの大人の反応は普通でした。

家に持って帰ったら、お父さんは下の川に逃がしたれというし、ばあちゃんもそうしろという。

こんなでかい魚逃がしても大丈夫なんか?いや、それ以前に逃がすことが躊躇われてなりませんでした。僕の功績が…こんなでかいの捕まえたのに…

それで、少しの間だけ…と思ったのですが…

次の日、野良猫によってそのでかい魚は抹殺されていました。

暴れて大きなタライから飛び出して地面で動かなくなっていたのでした。

なんという後悔。

これなら逃がしてた方が、下の川は深い部分が知れている。エサは豊富にあるだろうが…

下の川の方が長生きできたはずです。

僕が、ただ、僕がつまらないエゴで殺してしまったのです。

そのでかい遺体(?)を仕方が無く川に流しました。

一度水に沈んだときに、そのまま動き出してくれないかと願ったが、動き出すことはなく、そのまま少しして水面に横向きになって出てきました。

僕はその傷ついた銀色の腹を見ながら『ごめん、ごめん、ごめんなさい…ごめんなさい…』

とずっとずっと見ていました。

やがて雨が降ってきたので家に入りました。

僕はこうして、ただ雨が降ったぐらいで家に入ってるけど、あの魚はもう動けない、エラ呼吸だから、最後は呼吸困難で死んだはず、苦しかっただろう…

僕のせいだ…

お父さんは僕がタライなんかで管理したことを責めましたが、僕の耳にはそれは入ってきませんでした。

僕はその魚を殺してしまった。川の主を殺してしまった罪の意識で頭がいっぱいだったので入ってきませんでした。

今でもそれは折に触れて思い出すことがあって、とても自分が罪深い存在になってしまった気分にいつでも引き戻されます。

若気の至りで済ましてしまえばいいのかもしれないですが、そうやって悩むことはとても大切な事なのではないかと思っています。

呪われるとかそういうのじゃなくて、知識の高い存在をただ自分の興味本位で殺してしまう事の罪深さと、命を大切にしない自分に対する軽蔑の念。それが今でも残りまくっています。

あの時の後悔ではないよね、今でも後悔していますから。

事ある毎に時間が戻ったらいいのに…と思ってしまいます。

あのでかい魚に教えられた事は多いです。

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2011年12月14日 (水)

うとうと…

今日はいろいろあって、早く帰れたので、例によって電気カーペットと布団で暖を取りながら何気なく情報誌を見てたんだけど…気が付いたら微睡みの世界へと誘われていました。

そこで夢を見たのですが、僕は高校生でした。久しく、自分が高校生の時の夢なんて見なかったのですが。

ふと、目にしたその頃の何気ない日常の日記が、そうさせたんだろうと思います。

僕は高校生で、目の前の事に一生懸命で、うまくいかないことに憤りを覚えていた。

特に両親については、そろそろ、精神年齢を追い抜く時期で、その時は、そう思っていなかったんだけど、まあ、通りの悪いというか、変な人たちというか…

『自分の家族は、他とはちょっと違うな…』

と思っていたのですが。

『こんな家族生活嫌だ…』と思いながら、その時は、その嫌な家族生活の一部を形成しているのも自分だという事を理解していなかったのですが。

その生活を改善したいと思っていました…

何とか、家族の中心であるお父さんとお母さんに、生活を改善してほしいと思っていたのですが、それを本人たちに直接言ったとしても、僕からの言葉など両親には届かなかっただろう。

両親は、とりわけお父さんは、僕の事ははかなり軽視されているというか、いつものことながら僕を「アホ」にして取り合ってくれないので…

すぐ下の弟の事は一目置いているみたいでした。歳の離れていない弟と僕はよく比較されました。一番良く比べられたことは…

目標をつけて頑張るけど成果の上がらない僕と、初めから頑張らずに、流れのままにして、そこそこいい点数を取る弟。

「天才型の弟」と「ドン臭い兄」両親の目にはそう映っていたのでしょうか。

「ドン臭い」というのは否定しませんが…平等に扱えとも思いませんし、僕自身も弟については僕よりも優れているかもしれないなと思う事がよくあったし。

価値観がお父さんの価値観と弟のが一致していたのかもしれませんね。

それでも、お父さんが言うほど僕は「クソカス」な存在ではないはずだと、その辺りは心の中で否定するようにしていました。

そんな中、やっぱり自分の今の生活には何となく危機感があったのです。

何となく…何となくですが。自分の今の位置を地下の穴ぐらだと仮定して、そこから「何とかあがいてあがいて地面に出たい、地面に出て、普通に歩きたい。」と思っていたのです。

常に、今の生活に危機感を抱いていました。

『このままでは…こんな生活が本当のはずがない…このままいっても絶対に普通の生活は訪れない…』

そういう思いが膨らむばかりでした。

自分ではどうしようもなく、思う事と言えば、『早く大人になりたい…』だった。

一日でも早く大人になって、このなんか違う生活を、少なくとも、お父さんとお母さんに左右されないほどの生活力を身に着けたい。

でも、大学にも行きたい、早く社会に出ることが大人になる事ではない、大人になるには知識も、我慢も、器も、まだまだすぎる。

社会勉強も含めもっともっと知識を入れるべき、大人になるという事がどういう事をもっていうのかは分からない、でも、今のままでは自分が家族を持った時には同じことの繰り返しになる可能性の方が高い。

だって、自分には一組の両親しかいない。一回だけの少年時代しか過ごしていない。

違うと思っているとはいえ、基準になる事は間違いないし。同じことを繰り返すかもしれない。

思えば、あの時感じたのは、自分たちの今の生活が嫌だったのではなくて、この先生きていく上で、永遠にこの生活の呪縛から閉じ込められたままになるのではないかという恐怖だったのではないだろうかと、今となっては思います。

『早く大人になりたい…』『大人になって、お父さんやお母さんの気分に左右されない強さを手に入れたい…』ずっとそんなことを考えていました。

それって、『逃げ』ですよね。両親とちゃんと向き合わず、言うなれば、「違うような生活」を送っています。

それはいい言い方で、悪く言えば、両親が嫌で「勝手な生活」を送っているだけなんです。

これは反抗期ではなくて、むしろ反抗期があるべき時期には何も感じませんでした、それでもあえて反抗期と使うのであれば万年反抗期なのかもしれないですが。

漠然と受け入れがたく感じていたものをそのまま表現するようになっただけなのですが…

これまでも、何度も何度も、歩み寄ろうとしたのですが、その度に傷つけられてきました。

思えば、子供である僕から両親を諌めるなどという事はやはり、生意気な事だったのでしょう。

じいちゃんやばあちゃんの言う事も聞かない、自分たちの好き勝手…

それってじゃあ僕たちはどうなんだ。大人になって好き勝手するのが目的なのか。

大人になって…好き勝手するのか。

何かを、小さなことだけど成そうとしていた時、自分の気持ちも高ぶっていたのでしょう。文化祭の前日、些細な事だったと思うけど、僕は至極もっともな事を言った覚えがある、それに腹を立てたお父さんが逆切れして僕の傷つくことを言ってきたので、こっちも引き下がれなくなって家を飛び出しました。

その日はコンビニの横にある24時間のコインランドリーに泊り、そのまま学校に行きました。

悔しくて悔しくて…そしてこの日記を書いたのでした。

結局、文化祭の成功で感動で…その憤りが流れてしまったので家に帰ったけど、お父さんに「迷惑をかけてごめんなさい」と謝ったのだけれど。

そこでお父さんが言った言葉が今でも焼き付いています。

お父さんは僕の方を見ることも無く、「お前、家出て行ってワシを困らせたろ思とったんか!」

「…いや、そんなつもりは…」

「じゃあなんで出て行ってん!!」

『お父さんが逆切れしてムカついたから』とは言えず、「自分の頭を冷やそうと思ったからです…」と言っておきましたが…

「ほんまか?ワシが困ったらいい思とんねやろ、お前が出て行ったぐらいでワシが困るとでも思っとるんか?うぬぼれんな!」

と罵られました。

何で僕がお父さんを困らせようとなんて事、しなくてはいけないのか。

悔しくて悔しくて衝動的に飛び出した。というのが正解です。

『この人の中には、自分の事しかないのか?』という疑問。

全く期待した事ではないけど、少しぐらい僕の気持ちを考えようとか思わなかったのだろうか。

誰かに見つけられて帰ってきたわけではないし、弟に聞いたらお父さんやお母さんが探しに出たという事実も無かったし、誰かが探したという事も無かった。ただのいつも通りだったし話題にも上がらなかったそうです。

それなのに必死に探して、しかも周りに迷惑をかけて連れ帰られたかのようなこの言われ方。とても不満でした。

お父さんの生活の中に既に、いや、ずっと前から僕の存在は無い。そういう事に改めて気付かされた瞬間でした。

弟には「アホやな、僕やったら絶対お父さんの前になんか行かんのに、そんなん嫌な事言われるだけやのに。そんなん(お父さんを)いい気にさせるだけやんか。」とアホにされました。

確かにそれはそうだったのですが、一応僕自身は、普通の家のように、迷惑をかけた(かもしれない…いや恐らくは気にも留めていないことを感じながらもそう考えるようにして)お父さんに謝罪をすることは筋のように思ったからでした。

結果傷が増えましたが…

ただ、その時に逃げずに「筋」のようなものが通せたことには少しだけ誇らしく思いました。

理由は、弟から見たら「意味のない不器用な事」なのかもしれないけど、「嫌だけど正しいと思う事から目をそらさずに向合えた事」が、これからの自分にプラスにならない訳がないと思ったからです。

その頃のことを夢に見て、あのころの僕と、今の僕。今の僕にあって、あの頃の僕に無いモノがあるし、その逆もある。

あれから、少しは大人になって今、なくしてしまったものは、もう手に入れることはできないのだろうか、無い方がいいモノだったのだろうか…

わからないけど…

本人以外に、この気持ちは分からないかもしれないですが今日の夢、いや、今日読んだ過去の日記でした。

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2011年12月13日 (火)

ダイエットとサプリメント

少し前、何かのエクササイズの本で読んだんだけど、サプリメントはダイエットに効果が無いと書いてあった。

確か、それを読んだのは三年ほど前なのですが。

最近ネットで、あちらこちらにバナーが張り付けてあって、良く目にするし、以前からそれはちょこちょこあって、気にはなってたんだけど、そういう先入観があったので「ああいうのどうだろうな…」と思ってたんですが。

『案ずるよりも産むがやすし』だと思い、一度試してみることにしました。

と書いたら、もう既に試しているみたいですが、まだ試していません。

試そうと思ってお試しパックを注文してみましたという意味です。

ちゃんとしたのが9800円ぐらいだったかなあの歯磨き粉とか歯ブラシとかで有名な「ラ●オン」のやつです。なんやったけ、「ラクトフェリン」がどうのこうのっていうやつだったと思うんだけど、正直名前はそんなに興味が無いので忘れました。

取りあえず、数か月やってみてもいいかな?と思ったりします。別に、ものすごく痩せたいとかそういうのじゃなくて、やってみて痩せたらええんちゃう?みたいなのりで。

ただ気になるのは、40代、50代の方大注目!!とか書いてある事。

それってどういう事や?と思ってしまうのですが。

30代の僕らには…より効果が高くなるのか、それとも、何らかの原因で低くなるのか…

まあ、そんな事も、試してみたらわかる事なのでちょっと数か月やってみようと思ったりしています。

今日の昼の休憩時間に、たまたまテレビが付いていて、「ストレスが溜まると食欲が増える」というストレスと食欲に因果関係があるかどうかのクイズがやっていたのですが。

僕は、ストレスをそれ程感じない、感じ続けない人間なので、そういう状況が良く理解できないので、そんなことに因果関係なんか無いと思っていました。正直なところ。

ストレス太り…その時も言ってたのですが。イライラするから、たまたま、日常で満足感を得やすい食事に「八つ当たり」しているだけじゃないん?

という考え方でずっとしていたのです。その状況を因果関係と言えなくもないですが、それはそれで、個人差があるように思えて、普遍性に欠けるのではないかと思っていたのですが…

日ごろからちゃんとテレビを見る癖をつけておけばいいのですが、あまりテレビを見ない僕は、たまに見ても結構切れ切れでしか見てなかったりします。

それでその…結論が、ちゃんと答えを見てなかったのです。

どうやらその後の会話で、ストレスと食欲に因果関係があるという事は分かったのですが、それの何が作用してそういう風になるのか、ちゃんと見ていなかったのです。

憶えてないんだけど、恐らく、脳内の何とかホルモン的なものが多く分泌されて、それが食欲を司る脳のところに直接作用して…って感じじゃないですか?

適当ですけど。

大体因果関係があるってなったら脳の部分でそういうのが解明されて最近分かってきました。

っていう流れなんですよね…だから今回も恐らくはそうだろうと…適当ですよ。ちゃんと見てなかったので、取りあえず穴埋め的に僕が想像してみただけなので。

まあとりあえず、因果関係があるんだってことが分かっただけまあよしとしておきましょう。

ちなみに、ストレスを感じすぎると今度は逆に拒食症になるみたいなことを言っていました。そこは聞いてたんですけどね…

まあ、世の中には大変な人もいるんだな…と思いました。

とはいえ、この夏夏バテでちょっと大変だった僕ですが、最近はそれが嘘のように食欲も戻ってきています。

自分の中でもほっと胸をなでおろすところですが。ちょっとこのところ3~4日食べ過ぎの日が続いているのか、胃がもたれています。

内臓は恐らく弱いと思うのでそこはちゃんとしておかないといけないですね。

僕の右手には健康線が出てしまっているのでしかもそれが80歳付近にできていて、生命線を割っているのでこれは要注意です。

だって、こんな健康線。以前見た時は無かったのですが、急に現れています。これはちょっとまずいですね。このままいくと良くないと、自分の体が警告を発しているみたいです。

ということは、あまりがっつり食べない方がいいのかもしれないですね、嫌いな魚も少しは食べた方がいいのかもしれないですね。そういえば最近野菜をちゃんと食べてないかも。

サプリは摂ってるけどそういうのとはまた違うんだろうな。運動も全然しなくなってもたし、ちょっと自分の健康に対して油断しすぎかもしれない。

健康線が出てるってことは不摂生してるってことやしね。

ここらでちょっと生活を立て直さなくてはいけないかもしれないですね。

あ、そうか、じゃあ先述のサプリで痩せて、それを足掛かりに生活改善といくというのもいいかもしれないですね。

食事療法も考えなくては…

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2011年12月12日 (月)

嘘つきと言えば嘘つき

これは嘘がいい事かどうかという問題から考えなくてはいけない話なんですが…

昔から自信満々の僕も、今となっては、それが自分のスタイルのようになっています。

自分流という事なのですが。

もちろん、自信満々で間違う事もあって、その時は店長とかに「自信満々で間違えんといてくれる!?」って注意されたりもするんですが。

それはさておき、僕自身にも、自信のない事は沢山あります。でも、初めは自信のあるフリから入り、そこから、何とかボロを出さないように、その自信が持てる状態まで秘密裏に持って行きます。

そりゃそうですよね、人間なんだって自信満々で臨めるわけがないのです。

だから、人によるんだろうとは思いますが、僕は自信のない事でも、自信のあるフリをしたりします。

ただ、それは社会人になってからはあまり使っていません。なぜなら、

『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』

っていう言葉を身に染みて実感することが、それまでにも幾度となくあったからです。分からんことは尋ねる。

知ったかぶりをしない。という事は、とても大切です。

誰かが失敗しているのを横目に見て、「自分はああならんとこ」と思っても、その思いの持続力ときたらたかが知れているのです。それこそ、身を持って実感しなくては、僕みたいな輩は体に染みつくまで覚えられないのですよ。

ただ、社会人になるまでは、そういう仮初行為をよくよくやりました。

「知ったかぶり」と言うとすごく言葉が悪いような気がしますが、要は、虚勢を張っていたんですよね。

プライド

というものなのかもしれません。『自分が自分であるために、守らなくてはいけない一線』の事です。

それは、失敗により崩れるものではなく、自分自身があきらめて崩れていくものだと思うのですが…

言ってしまえば、プライドとは、「失敗を伴ったとき認めない事」と同義語だったりしませんか?

その失敗を認めることで自分の何かが破壊されるかもしれないから認めない。

という事です。ただ、実際は失敗した時点でそんなもの壊れてるんですが。

嘘でも何でもいいから、認めない事で「次」がくるまで頑張れたりすることも、多分にあると、僕は思うのですが。

どうでしょうか。それはただし、行うに当たっては周りの暖かい協力が必要ではあります…

だってね、どこかのガキンチョじゃないけど、『お前自分がわるいくせに何えらそうなこといってんねん!認めろや!』的な発言をする人いるじゃないですか。どこにでも。

その人が一体何を求めてそれを口にしているのかは分かりませんが、それを口にしないことで、相手のプライドが守られるのであれば、それはそれで安い事なのではないのでしょうか。

他人から言われなくても、失敗は失敗でその人物の中に残り続けるんですから、挽回するチャンスを、無言のうちに与えてあげるのは周りの人間の役目だったりしませんか?

大体そういう事が起こるのはチーム内だったりしますしね。

そういう風に言いたい気持ちは分かりますが…

上の発言は、言い返せない立場の相手に対していう言葉ではないでしょうしね。人間として未成熟な年齢であったり、そうじゃなくても、コミュニケーションが苦手か、苦手な事に気が付いていない人間が口にする言葉だったりしますからね。

それすらも、『その他大勢』は認めてあげる必要があるし、上に立つ存在はその発言を諌めてあげる必要があるのですが…

話が少しずつ逸れていますね…

周りの人間が黙ってくれている間に、失敗を胸に、誰もが認めるぐらいの存在になる事がその人物の大きな課題となり使命となり、力となります。

虚勢を張るというのも、それをふまえた上では悪い事では無かったりしませんか?

ただ単に、強くないのに強いフリをするというのは悪い事で、そのままいくと己に返ってきそうですが…

『何かを背負った上』で強いフリをするというのは、変な言い方かもしれないですが、とてもカッコいいような気がするんです。

その虚勢にこそ「何が何でも」っていう力強さや、「譲れない思い」とかいうのが存在している気がするんですよね。

そうなると『プライド』=『失敗を認めない事』=『虚勢』っていう方程式も成り立ちそうな気がします。

ただ本能的に動物のように『威嚇』するんじゃなくて。見栄を張って見せることによって守られるものもあるという事です。

それは、『自分自身』であったり、はたまた『チーム全体』であったり、『組織』であったり、場合はその人の立場によってさまざまなんでしょうけど。

でも、さっきも書いたけど、失敗を認めない事も、虚勢も全て、それを背負って行動するが故のカッコよさであって、好材料として見れるんだけど、それを伴わない場合は、本能的な威嚇にすぎないので、よくありません。

学生の頃はそういった『言葉を背負う』のがとても心地よく感じたものですが、今となっては地盤を固めてから…という順序を守ったものばかりなので、それはそれでいいのですが、良く言ってリスクを避けたやり方で、悪く言うと面白味がないと言えばそうなります。

言葉を背負うと言う意味での嘘は肯定的にとらえてもいいものじゃないか?と思う今日この頃でした。

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2011年12月11日 (日)

価値観の通る道??

小学校低学年だったかな?「死」について毎日毎日考えて、怯えて生活していた時期がありました。

当時「ド〇クエⅢ」がものすごく流行っていた頃でした。当然、うちはそんなもの与えてもらえず、友人からハードごと借りたりしてましたが…

当時としては画期的なRPGでした。

ファミコンなんか今度いつできるかわからなかった当時、二週間という期間だったけどやりこみにやりこみました。

で、2周目ぐらいだったと思うのですが、ふと気が付いたんですね、キャラクターがダメージを負ってHP(体力)が0に近づくにつれてステータスバー(HPとかが表示されているウィンド)の色が変わっていくのですが、正常値は『白』で、パーティーのメンバーのうち誰かのステータスが、初めやばくて『緑』、もっとやばくなると『黄色』、そして、HPが無くなると『赤』になり、『しに』と表示されるのです。

その『しに』の状態になると当然死んでるので魔法も使えないし、道具も使えない。攻撃もできないし…

這う這うの体で戦闘が終わって、フィールド画面に戻っても、ステータスバーは赤くなってるままだし、なおかつ、パーティーの『しに』のメンバーは棺桶に代わって表示されているのです。

つまりは、そのゲームの中のパーティーメンバーは「死んでいる状態」なのです。

その『しに』のメンバーは教会に行って復活させてもらいます。すると、『黄色』ぐらいのHPで復活して、宿屋に泊って、生きていたメンバーごと完全回復するのですが…

はっきりと『しに』と書かれているそのゲームをやっていて、『死』を意識しないことははっきり言ってありえないことでした。

簡単に人は死ぬ。

殴られたって当たり所が悪かったら死ぬ。タッチのカズヤだって当たり所が悪くて死んだし、近所の池にはまっておぼれて死ぬこともあるし、車に撥ねられて死ぬこともある。

そんな時このゲームのように簡単に復活なんてできない、死んだらおしまい。それまでで、この世界とはお別れ。好きなごはんも、好きなゲームも、好きな子も、好きなじいちゃんやばあちゃんともお別れや…

と思うと怖くて怖くて夜も眠れませんでした。

あるとき、すぐ下の弟が夜起きて着て、「兄ちゃん起きとる?」と聞いてくるのです。眠れなかった僕は「起きとるで」と言って「もしかして、死ぬこと考えとったんちゃうん?」と聞いてみた。

「うん、そう、何か怖くて眠られへんねん。」

「そうか…僕もやねん。」

「え、そうなん?兄ちゃんも?」

「死んだらどうなんねやろな?」

「わかれへん」

「おばけになるんやろか…」

「僕はおばけになってばあちゃんに会いに行く!」

「なんでよ、ずるいでな、じゃあ僕もじいちゃんとばあちゃんに会いに行くで!」

「…」

「…」

「…死ぬって痛いんかな?」

「さあ、死んだこと無いから分からんなあ…」

「死ぬほど痛いっていうけどな。」

「うん、でも死んでないやろ?」

「うん…」

「このまま死んだら僕らどうなるんかな?」

「知らん、死んでないし、ばあちゃんとか悲しむんちゃうん?」

「友達もな…」

「お父さんとお母さんは?」

「…」

「母家のおばちゃんとか、姉ちゃんは悲しむんとちゃうか?」

「意外に少ないな…」

「ほんまや、僕ら死んでも悲しんでくれる人少ないなあ…」

「悲しむ人なんか少ない方がいいんとちゃうん?」

「はあ?兄ちゃん何言うとんの?人間の価値は葬式に来てくれる人数で決まるって友達が言いよったでな。」

「お前こそなに言うとんのや、死んでまでたくさんの人悲しませるのは良くないやろ?」

「いいや、じゃあ兄ちゃんは死んで喜ばれる人になりたいんか?」

「いや…そういう事じゃないけど…でもお前の(言い方)やったら葬式に来る人が多い方がいい人みたいやんか。」

「…そうなんちゃうん?」

「…そうかもしれへんけど、うまいこと言われへんけど、悲しんでくれる人が多いからって価値は変わらへんやろ。ヤクザの大親分が死んだらいっぱい来るんとちゃうか?」

「…じゃあヤクザにとって価値のある人やったんと違うのん?」

「…そうかもわからんけどいっぱいの人が悲しむのは嫌や。」

「そんなん僕もそうやし。でもいっぱい人が悲しんでくれるのは価値のある人なんやで。」

「そんなん、死んだ人の方が価値なんか無いんちゃうん?何もでけへんでな、呼吸だってでけへんのに」

「…いいや、違うし!」

「何が違うんよ?言うてみいや。」

「違うし!」

「だから何が違うんな。」

「アホ!」

「何がアホなん!もっかい言うてみい!」

「アホアホアホ!何回でも言うたるわ!」

という事が昔々あったのです。今でもあの時の事を鮮明に思い出せるのは、ちょくちょく思い出しているからなんですが…

数年前、下の弟が僕の部屋に住んでた時、

「人間の価値って葬式に来る人数で決まるやろ。」

と、さも当然のように言うので「はあ?もう一回言って?」と聞き返してしまいました。

弟はもう一度同じことを言いましたが、大人になった僕は胸を張って「違う」と言いました。

「あのな、自分の価値なんていうのはな、自分で決めるもんなんや。人に決めてもらうものでもないし、葬式は人間の価値を計るバロメーターでもない。葬式は死んだ人間のためにやることと違う。残されたもののためにやるものなんや。分かるか?」

「…そうなん?」

どこについて『そうなん?』なのかは分からないけど自分の認識のズレを少しは分かったんだろうと思い、僕は話を続ける。

「もっと言うとな、死んでから価値が決まるのって、なんかおかしくないか?死ぬときに満足して死ねたら死ぬ人間はそれでいいと思わんか?もちろん、そうじゃない死に方をして、無念極まりない人間もたくさんいてるし、それが自分かもしれへん。何もなさずに死ぬ人間もいてる。でもな、いつ死ぬかわからんから精いっぱい生きることができると思わんか?明日死ぬかもしれへんけど、100年後に死ぬかもしれへん。

まあ、100年後はないにしても40年後ぐらいに死ぬかもしれへん、その時に。「あ、途中やけどここまで全力でこれたからそれでいいわ。」って今はの際に思えるかもしれへんやろ。実際は分からんけど、それが、自分で価値観を決めるって事やと思わへんか?」

「…いまわのきわって何?」

「死ぬ瞬間や。人間死ぬ瞬間になんか考えるらしいお前も走馬灯って聞いたことあるやろ?」

「あの飛び降りる人が死ぬ前にゆっくり景色が見えるやつ?」

「違うけどおしい。お前灯籠って知ってるか?震災の遺族が川に流してたの…和紙で作った箱みたいなのにロウソク立てて流してるやつよ。」

「知ってる。」

「あーいうのをな、取っ手をこうやってぐるぐる回して、和紙の回転させて、その絵と合わせて影を動くようにして楽しむやつなんやけどな、それを回り灯籠って言って一般的に馬が影絵になってることが多かったから走馬灯っていうんやけどな、和紙の絵によって場面が違うから、お前がさっき言ったみたいに、飛び降りたりしたら、地面にぶつかるまでの間の刹那に今までの思い出が、脳みそをフル回転させて場面場面が蘇ってくるらしいんや。」

「ふーん…」

「その思いでの場面場面を振り返って、満足したって思えたら、人生そいつの価値は満足で終われたって事や。」

「思われへんかったら?」

「そりゃしゃーないやろ、最後の最後やねんから。さっきも言ったけど、満足して死ねる人間もいるし、そうじゃない人もいてるんや、みんな満足な人になりたいやろ?お前もなりたいやろ?」

「え、うん。」

「じゃあ一瞬一瞬一生懸命生きないといかんっていう事や。人生80年しかないんやで?」

「うん…せつなって何」

「刹那か…お前文脈で分かるやろ?ちょっとの間っていう意味や、一瞬とか。」

「なんや…」

という会話をしました。それこそ自信家の僕が自信を持って。

どこまで弟に通じたかは分からないけど…

でも、僕の二人の弟は二人とも、一時的にだけど、そういうものの考え方をするんだなと思った反面、じゃあ僕は何でこんな考え方なんだ?と思ったりもするのですが。

今でも僕が死んで悲しむ人は少ない方がいいと本気で思っていたりします。

それは、自分が満足して死ぬ気満々だからかもしれないですが。

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2011年12月10日 (土)

サンタさん

今日たまたま、会社の先輩と話をした話題が、クリスマスプレゼントだったのですが、先輩には子供さんが二人いて、どちらも女の子なのですが…

お姉ちゃんの方は8歳か9歳かな?妹ちゃんの方は6歳か7歳だと思うのですが…

「もうすぐクリスマスなんだけど、プレゼントは大変やで。」

「どうしたんですか?娘ちゃん二人に高額な物ねだられてるんですか?」

「うーん、まずお姉ちゃんの方が…△KB48に入るためのオーディションを用意して欲しいって言ってるんだけど…」

「え…それはまた、高額な物よりもハードルの高いものを…」

「そうなんや、何とかもう少し方向を違う方面に持って行こうとしてるんやけど、なかなか、お姉ちゃんの方は折れてくれへんのよ。」

「はぁ…なんか苦労が目に浮かびますね…で、妹ちゃんの方は?」

「下の子か?下の子の方は『人生ゲーム』が欲しいって言ってたんだけど、くつ下に入らないから折り畳み定規でいいって言うんだ…」

「え?折り畳み定規?」

「ああ、この前嫁のお兄ちゃんに折り畳み定規をお姉ちゃんがもらったんだ、それが欲しくて仕方がないみたいなんやけどな…」

「ありますね、そういうの。でも『人生ゲーム』がくつ下に入らないから小さいモノに変えるってすごく可愛いですね。」

「その『人生ゲーム』もおじちゃん家でお盆の時に行って一緒に遊んだやつがいいみたいなんだ。」

「え、ていうともしかしてあの昔ながらのボードゲーム的な?」

「そう、それなんやけど、何とか『Wii』とかにあるやつにせーへんか?って聞いてるんだけど、どうもそんなボロッチイやつがいいみたいなんだよな。」

「確かに、そっち(Wii)の方が良さそうですね…」

「それにしても、『人生ゲーム』はまだ分かるんだけど、それが入んないからって折り畳み定規がそこに出てくるのがオレにはさっぱりで、理解に苦しむんだが…」

「それは確かにそうですね、くつ下には収まりそうですけどね。小さいころはモノの価値観なんて自分が欲しいかどうかですからね。お姉ちゃんのを見て自分もすごく欲しくなったんでしょうね。『人生ゲーム』も楽しかったんでしょうねえ、かわいいじゃないですか。」

「そうなんだけどな、どっちもあまりにも…『え、そんなんでいいの?』って、まさかそっち側で悩むことになるとは…」

「ははは、確かに、って僕さっきから『確かに』ばっか言ってますけど、普通は高いモノを要求してくるものですもんね。」

「お姉ちゃんの方は問題が別の方向にあるんだけど、何とかこう、DVDとかで満足させられないものかと必死なんやけどな」

「確かにそれぐらいの方が安上がりで可愛らしいかもしれないですね。じゃあ関西になんか△KBみたいなのありましたよね、大阪になんとか48みたいなのが。」

「あーあるある。それがなー…△KBじゃないとあかんのだ…」

「そうなんですか?そんなんに違いがあるんですか?」

「そりゃやっぱり前□敦子じゃないとあかんみたいやで。」

「ああなるほど、そういう事ですか、〇〇敦子(奥さんの旧姓)じゃ駄目ですか…」

「惜しいけど違うな、それでは納得できひんなあ。」

「ママは前□敦子に名前がそっくりやで。とか言って何とかしたらどうですか?」

「そんなのは通用せーへんな。」

「そりゃそうですね。」

「そろそろ、お姉ちゃんもプリキュアから卒業したから、今年はケーキもああいうのじゃなくておいしい、いいケーキをみんなで食べようと計画してるんやけどな、これからどうやってそっちにスリ合わせていくかが難しいんだ。」

「ははは、難易度高そうですね…」

「これまでずっとプリキュアのケーキだったから、いいかげんいいのも食べたいからね」

「そればっかりだと流石にそうなりますね。家族みんなで食べるわけやしね。」

「今年はちょっと説得ばっかりで大変やわ。」

「頑張って説得してください。」

と言って会話が終わったのですが…

可愛らしくていいですよね。くつ下のくだりが特にいい感じです。二人ともサンタさんがいることを信じているんですね。お姉ちゃんのお願いがすごいけど…親にしてみたら大変ですね。

最も効果的な一手を打たなくてはいけないですからね。

思えば、このクリスマスプレゼントの難しいところは、『子供が喜ばなければ=親である自分が傷つく』というところにあるのですよ。

このプレゼント選びに失敗すると『子供にも不満が残る』し『親もその態度を見て傷つく』という誰も幸福にならないという悲惨な末路をたどるのです、特に子供は正直です。思ったままを表現してしまいます。

そういう意味では恐ろしいけど。

でも、子供の喜ぶ顔が見たいから…『お父さんちょっと無理しちゃう』感じですよね…

でも妹ちゃんみたいにハードルが低すぎるとちょっと肩すかしですね…

買えるんだけど…みたいな。

大変そうではあったけど、本当に大変なんだろうけど、幸せそうに見えたのは僕がひねくれているからだろうか?

小さな娘二人のクリスマスプレゼントを考える父親。なんかちょっとうらやましかったりします。

いいプレゼントが渡せるといいですね。そして娘ちゃんたちには一年でも多くサンタの存在を信じていてほしいものです。

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2011年12月 9日 (金)

寒寒寒!!

いきなり寒くなりましたね、前日から冷たい風は吹いていましたが…

今日はものすごく寒い、特に夜になった今は…

仕事して帰ってきたら…僕の部屋はハナレというか納屋の二階に作った部屋なので、一階は道具とか農機具が置いてあるだけなので、結構風が入ってきたりします。もちろん室内なので、外よりは全然暖かいのですが…

畳の地面がものすごく冷たいのです。冷たい地面に冷たい着替え、冷たい布団に冷たい毛布。

だから冬って嫌いなんですよね。

仕方が無く、電機カーペットをつけました。以前からこたつをしようかどうか迷っていて、結局まだコタツはやってません。

そろそろ出すべきなんでしょうけど、分解してしまっているので組み立てるのが面倒なのです。まあ、分解しないと部屋にしまえないんですが。それに分解って言ったってそれ程多くのパーツなこたつにはないですけどね。

それに、実をいうと今まで、そんなに寒くなかったので、こたつの必要性を感じなかったのですよね。ところが急に寒くなったもんだから。まいってしまいます。

正直なところ、こたつってどういう風に入ったらいいのかよく分からないんですよね。

小さい、小学校に上がる前から、こたつは居間にあって、居間ではじいちゃんが座ってて、椅子に座りながらこたつに入ってテレビを見ていたのですが。

じいちゃんは椅子に座ってこたつに入っているから布団と足との間に隙間ができて、反対側に入っている僕たちはそこから入ってくる隙間風をとても寒く感じたものでした。

じいちゃんのこの入り方は違う…そう思いましたが…

じゃあ正しい入り方って何?

僕は実は子供のころからこたつに潜るのが大好きです。

怒られた時もこたつに隠れてたし、寝る時間になってもこたつにいるのが良かったし、何ならこたつで寝たかったりしたし。

勉強も、からだのほぼ全部をこたつに入れてやったりしてたし、寒いときはこたつに潜って顔だけ出して、なんなら全部潜ったりしてました。

中3ぐらいから体が大きくなって、体を折り曲げないと、体全体が入らなくなりましたが、それでも潜っていました。

だから、部屋にあるのは、潜ることを想定して、大きいこたつなんです。

それを買うときにはものすごく悩みました。

部屋にそんなでかいこたつ置いたら…歩くスペースが少なくなるし、広く部屋を使いたい…という僕の考え方には反するので、できるだけ、小さなこたつにすることを考えたのですが、

正方形の小さなこたつだと、どう頑張ってもこたつにもぐれないんですよね、あと、不自然なぐらい布団がでかくなってしまうし。

で、値段的に、多少高かったけど、今の大きさのこたつにしたのですよ。

まあそれで、分解しないと部屋にはしまえなかったりするんですけどね。

で、今は電気カーペットを敷いて、その上に布団を置いて暖かくして過ごしています。

ベッドに上がるのは寝る瞬間だけ。

カーペットで暖かくなった布団ごとベッドに上がります。しかもベッドに上がる時はカーペットの上で寝てて暑くなってきてからです。

じゃないと冷たいベッドで寝れないですからね。

冷たいのがちょっと気持ちいいぐらいにしてからベッドで寝ます。

ただ、休みの日なんかはそのままカーペットの上で寝てしまってたりします。

最近、あまり考えたくないんですが、年齢?のせいか、横になってたら寝てしまってたり、せっかくの休みだから、ちょっと遅くまで起きてようとしても、睡魔に負けてしまうのです。

疲れがたまっているんだろう…と思う事にしていますが、どうにもこうにも、気が付いたらカーペットの上で寝てて、背中が熱くて目が覚めたりしますからね。

でも、こたつなんて出したら、こたつで寝てしまうのでは…?今は布団でカーペットの上で寝てるから、風邪もひかないとは思うのですが、こたつは違いますよね、いくら潜るとはいえ。

それに、こたつって変な魔力があるじゃないですか。こたつの中と外界では温度差が歴然で、毎日その温度差とバトルです。布団もそうですが、こたつの方がよりハイレベルなバトルで熾烈を極めます。

もうちょっとだけ…っていう?あの自分との闘いです。

結構敗北の多い戦いなので、できれば避けたいものです。

という訳で、まだまだ、こたつを出すかどうかは、ここまできても迷っています。このまま出さずに終わるかな…?

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2011年12月 8日 (木)

大学の時の柔道

大学に入ってからは既に自分の柔道スタイルは決まっていました。

ただし、1年半というブランクがあったので、体重も増えてきてしまっていたし、時間の制限は高校よりも大きくなっていました。

以前も書いた通り、部活動以外の時間はほぼアルバイトか勉強で、寝る時間すらごくわずかでした。

そんな状況の中での筋トレなり他の自主トレはなかなかできませんでした。

簡単に言えば、大学の柔道は高校の時の貯金の食いつぶしでした。

が、高校よりも恵まれていたのは、部員の多さと強さでした。

もちろん、レギュラーには入っていましたが、それでも僕と入れ替われる人間は何人もいました。

部活動に参加できないこともありました。

その時はレギュラーからはずされました、さすがにそうでしょうね。キャプテンが全て決めますし、僕がキャプテンでもそうしたでしょう。

大学での部活動は自己分析と相手の分析がほとんどでした。

まず、一番簡単に自分の能力を上げるにはどうすればいいかという分析から入りました。

一番自分のウィークポイントであるパワーを上げるのか、それとも、長所である多彩な技からのコンビネーションの種類を増やすのか、得意技の必殺性を高めるのか。

正直、「体落とし」の必殺性を高めることは、これ以上は困難なように思えました、できなくもないのでしょうが、それはパワーがあってこその話でした。

多彩な技のコンビネーションについては確かに長所ではあったが、これ以上を望むためにはやはりパワーです。

大学に入って思追ったことは、高校では、まだまだ発展途上の人間が多く、それもガチで中学校の時からやっている人間はさらに少なくなっており、言ってみればパワーの差が無くても半ば「柔よく剛を制す」でも何とかなりましたが…

大学の柔道はちがいます。組手を嫌い、がっちりと組むことを主としており、組んでから競技が始まる感じでした。

高校中学は組手が既に勝負で、相手にいかに組ませずに自分が組むか。先に組んで先に技をかけた方が圧倒的に有利でした。

そいういう面で大学の柔道はスタートから違ったと言うべきかもしれません。

相手よりもいいところを持って先にくずしてあれこれしてきた高校の頃とは違いました。

つまり大学で求められるのは「ガッチリ組んでから組み負けせずに技をかけることができるか否か」

でしたのでパワーが必然的に必要とされていました。

悩むまでもなくパワーの強化に大学時代は集中したのですのが、ということは、またしてもこれまでの自分の柔道の型を変更しなくてはいけませんでした。

その時の僕の考え方はこうです

『これまで、柔よく剛を制すを体現しようとしてきたと言っているけどそれは一種いいわけでしかなくて、実は力の強い相手に比べて非力な自分が非力であるがゆえに、いろんな技や連系を身に着けて強さの殻を被っていただけなのではないのか?』

『完全に柔道界は技重視からパワー重視にシフトしてきているのは中学の頃から気が付いていた、がそれに蓋をして、それでも技で何とかしようとしていたのは、自分が真に技でカバーしようとしていたのではなく、単にパワーを身に着けること、筋トレの煩わしさから逃げていたのではないか?』

『そのつけが、大学柔道・大人の柔道になって回ってきたのではないか』

という事です。

実は、それは今でもずっと思っています。もしも…ではないですが、中学高校の時にそれに気が付いて、柔道に取り組んでいれば、今のこの後悔に似た感情は持ち合わせていなかったのではないだろうかと考えます。

大学で柔道をしていた4年間にはついぞ、自分の思っているパワーを手にすることはありませんでした。

それはあまりに遠く、近づくこともできていなかったのかもしれないと今となっては思います。

それなりに力をつけて、某強化合宿に参加したりしたけど、やはり天才の存在を認めざるを得ない結果となったり、自力(パワー)やお世辞にもいいとは言えない環境のせいにしたくなる思いが大きくなりましたが。

で、その合宿時に内柴さんと柔道をすることになったのですが、あまり投げられたことのない僕が割とあっさりバッタバッタと投げられるのです、先日も書いたけど、年齢は僅かに二歳ほどしか違わないのにです。

天才の存在を認めざるを得なかった。まだまだ、自分には埋めなくてはいけないアデンティティがあるが、それを埋めてなお、追いつける気がしなかった。

それが、大学卒業してからも柔道を続けようと思わなくなった一番の原因です。

試合で戦わずして天才に負ける。悔しいですが認めざるを得ませんでした。

そんな内柴さんが今回とても不名誉な容疑では逮捕されました。以前も強制わいせつで捕まっていましたね。あの時もショックを隠せませんでしたが。今回は前回の比ではないショックです。

僕が天才の存在を認めてほどなく彼はオリンピックで金メダルを取りました。次のオリンピックでも。

その時は、「そうか、やっぱりあの人はそういう手の人なんだ」と、自分の中であの時の感覚を思い出しながら実感したものでしたが。

それだけに残念です。

彼のヒロイズムは僕の中で崩壊してしまいました。たとえそれが事実無根であるとしても、二度目のこの事件で、もう僕の中でヒロイズムが復活することはありません。

怒りではないですね。さみしさかもしれません…

こういう事…数日前にもあったなあ…

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2011年12月 7日 (水)

高校時代の僕の柔道

高校には、地元の公立高校に入学しましたが、あまり柔道に力を入れているわけでもなく、柔道だけ頑張っていれば…という環境にはありませんでした。

まずは部員を確保することが大切で…大変でした。

自分たちの学年は4人で、上の学年は2人でその上の学年は3人でした。

なんとも…

中学時代、各学年に15人以上いたことを考えると全学年あわせても10人にもいかない。しかも3年生は春の大会の後引退してしまいましたし…

残り6人で後に5人でやっとこ団体戦が行える状態でした。

奇しくも僕はポイントゲッターにされていました。

先輩たちは高校から柔道を始めた人たちで、同学年も僕以外は同じでした。

ここでは彼らの練習にはなっても僕の稽古にはならん…と思った僕は他の学校に出稽古を申し入れしに行ったり、中学の道場で毎週2回やってる青年柔道に参加したり、毎週1回やってる道場に行ったり、他の日は筋トレ重視で夜間も柔道することにしました。当然宿題やレポートもありましたが、そっちはまあ7分ぐらいの力で…

何せ、弱小高校とはいえ、引き分け狙いの柔道からポイントゲッターに転職ですからね。

ポイントゲッター=エースです。

「あそこのエースって言っても、うちの補欠ぐらいの強さやわ」

と言われたくないのです、それに、こと柔道において、どんな環境でも頑張るという事で誰かに負けたくない。と思っていました。

寝技は相変わらず得意だったし、相手の動きはよく見えたので、投げられることはほとんどありませんでした。

問題は一撃必殺でした。

どのチームもポイントゲッターには一撃必殺があって、それが勝に繋がっているのです。

つまり、今まで勝負において勝ちを重視してこなかった僕の柔道は今度は勝を決定づける自分だけの技をモノにする必要があったのです。

中学時代は手足も短く身長も低かったのですが、引退してから背はぐんぐん伸びて、体重も増えていきました。

筋肉は…それに伴って強くなったらいいんですが、恐らく、引退して筋力が衰えて押さえつけていたものがはじけるように成長期が訪れたんだろうと思います。

急に長くなった手足に正直戸惑っていました。

それまで得意だった背負い投げや一本背負いは長くなった手足には当てはまらず、タイミングが遅れてしまう。

全体的なスピードも遅く、何やら体が重い、そしていう事を聞いていない感覚。

何か変だ。

うまく動かないのは筋力が衰えたからだ…と思い込んで背負いも必至こいてやっていたし一本背負いも必至こいてやろうとしました。

知らないと思いますけど背負いは左利きの場合右回り、一本背負いは左回りで、左右の相手に対応した一対の技なのですよ。

それに足技を合わせて相手の懐に入り込んで下から担ぎ上げると言う技なのですが…

懐に入るぐらいの大きさではないので、自分の腰の位置からだと今までの2倍ぐらいのパワーがいるのです。それまで50kgを上げるのが限界だった自分のパワーを 100kgまで?馬鹿言っちゃいけませんよ。一瞬でそんな事できるわけがないですよね。

しかし、比較的すぐに手足の長さに気が付くことができました、青年柔道でミスマッチを指摘してもらったのです。

「お前みたいに長い手足の奴がなんで背負いや一本背負いなんかしてるんや?」

「え、いや、中学の頃から得意技ってことでずっとやってきてて…」

「ふーん、そのころは手足も今よりも短かったんか?」

「…はあ、去年の夏にいきなり身長が伸びまして…」

「それやったら技を変えた方がええな、お前の手足やったらタイミングが遅れるわ、全然効かへんわ。」

「え…そうなんですか…」とはいったものの、確かに自分がこれまでその先輩にかけた技は効いているようには感じなかったのです。

「足技や組手はそこそこやけど、必殺技が無いと怖ないな。○上や前□(後輩の名前)なんかはそれぞれ体に合った技を持ってるやろ。」

確かにそうかもしれないな…と思った僕は先輩に分かりました、ちょっと必殺技について考えてみます。と言ってそれからはその事ばかりを考えました。

手足が長いけど、払い腰や内股をやるほどの体格を持ち合わせていない僕は当然それらしいパワーもありませんでした。

考えてみれば、体重差のある人間でも投げられないようにする。というのは「柔よく剛を制す」というのを体現していたわけですから、パワーが付くわけがないですよね。

つまりはこれまで使っていた背負い一本背負いと同じタイミングで入れて、なおかつ手足が長くても使える技。と言えば…

「体落とし」ぐらいでした。思えば、体落としについては、中学の頃に習ったときから体に馴染んでいた気がしました。習ったときに技が体に吸い付くような気がしました。

もしかしたら、この技は僕にぴったりの技なのかもしれない。

そう思って体得しようと決めました。「ぐらい」と書きましたが、これがまた奥が深いのですが…それはまあ別の機会に…

体落としに至るまで、いろんな技を試してみました、先ほども書いたけど、「払い腰」や「内股」「大外刈り」「大内刈り」「巴投げ」「釣り込み腰」「大腰」「支え釣り込み足」「捨身小内」「袖つり込み」ありとあらゆる技を教えてもらい、試しました。

そのおかげで、体格も相まって、マルチプレーヤーに後になるのですが、それは置いておいて、

やはり「体落とし」こそが自分にふさわしいという事になりました。

が、

実は「体落とし」という技はメジャーな技の一つではあるし、技の描く軌道も背負いなどと似ているし、タイミングとしては実に入りやすい技なのですが、誰もが使いたがらないのは、それが必殺性に乏しいということろが、あまり必殺技として登用されない理由なのです。必殺性に乏しいどころか、失敗すると目も当てられないことになる技なのです。

当然というか必然といいますか。自分の身の回りに「体落とし」を教えてくれる人はおらず、自分で中学の時に仕入れた情報と、オリンピックとか選手権のビデオや相手校の試合であるとか、多くははHOWTO本で学びました。

つまりはほぼ独学です。

良い事なのか悪い事なのか、その事が実はとても個性的な「体落とし」を完成させました。まさしく「必殺」の体落としになりました。

他校の顧問の先生から「特徴的やな、お前の体落とし、ホンマ特徴的やわ」と何度も言われました。

高校生になっていっぱい筋トレをしましたが、やっぱり瞬発的パワーは出ませんでした。

その時点でやはり必殺性の高い技を出すのは困難だったのですが。

体重、つまりシフトウェートでパワーがあるように相手に思わせるように握力を鍛えることに気が付いたのです。そして一瞬体重ごと相手に寄りかかり、自分は「しゃがみ背負い」でも入るのかと思うほどに体制を低くして左足のふくらはぎは相手の膝の下辺りに入り込み、引手を体に巻き込むように相手ごと引き込みながらつま先と膝をバネのように相手の体を弾かせます。相手が足を出したらもう一度その足の前に左足を出して担ぎ上げます。

相手が崩れたらそのまま投げるし、外側に体重を逃がされてしまったら…それも想定内のなのでそこにつながる技(連結技)を組み入れてポイントを狙います。

さっきも書きましたが、体格の変化とポジションの変化によって変更を余儀なくされた僕の柔道は、この時一つの型を身に着けたのでした。

そしてそれは個性を持った僕だけの技になっていたのです。

高校生の時は県ベスト16までで、優勝は一度もありませんでした。

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2011年12月 6日 (火)

中学時代の僕の柔道

僕は小学校から大学まで柔道をやってきたんですけど、それだけ柔道が好きなんですが、それは現役を引退した今もそうなんですけど、現役引退する直前ぐらいに某強化合宿で内柴さんと乱取りをすることになったことがありました。

もちろん僕は兵庫県なので、そういう機会がないとあの人と組み手をすることなんて、僕の実力からしたら無いんですが。

まあ、プレッシャーに弱いヘタレな僕でも、乱取りでは実力を存分に発揮できるのですが…

それはそれはバッタバッタと投げられました。年齢はぼくと二歳違いだけでしたので、

『いくら強かろうと、天才だろうと同世代の人間だ、そうそう差は無いはず…』と思いながら乱取りに挑んだのですが…

天才と凡人で言えば僕は凡人ですが。そうそう違いがあるわけがないと思っていたのも確かです。

当時ナショナルチームに入ってるって聞いてても無名だった彼でしたので、しかも階級は僕よりも軽い階級だったので、余計に負けん気をだしていったのです。

以前中学校の時に、成長期を迎えていなかった僕は成長期を迎えている後輩にどうやっても勝てませんでした。実力差は火を見るより明らかだったと思いますが、当時の僕はそれを認めるのが嫌でした。

自分の中で、どうにもできない実力の差があることを認めたくなかったのです。

『努力でなんとでもなる差しかないハズだ!』

と思っていたのです、何より、認めると、自分を支えているものが崩れそうで、頭の中ではどうにもしようのない差があっても認めるわけにはいけなかったのです。

自分が補欠で、その後輩がレギュラーで、しかもチームのポイントゲッターだとしても、そんな現実を突き付けられたとしても、絶対認めたくありませんでした。

そうやって認めないことを続けながら自分なりに努力をして追いつこうとしたのですが。

ある時に気が付いたことがありました。それは

柔道において、勝つこと負けることが全てではないのではないか?

という事です、もちろん個人戦で戦う上に置いても勝ち負けで強さを競う訳ですし、競技なので、やっぱり勝ち負けになるのですが…

でもそれが全てではないのです。

自分が勝負弱いという最悪の欠点を持っているということを除いても。勝ち負けの勝負以外の勝負があるという事がいいたいのですが、それも勝負という限りは勝負けと言ってしまえばそうなのですが、それで優劣までが決まってしまうほどのものではないと言いたいのですが…

以前もブログに書いた気がしますが、「引き分けることの難しさ」に目覚めてしまったのです。

体の決して大きくなかった僕は、中学時代レギュラーになる事は無かったですが、投げられない以上は負けない。投げられなければポイントも取られない。逆に言えばこちらも投げれなければ勝てないのですが、

体格の差のある人間を担ぐほどの力は自分にはない。という事は…攻防の割合を防の方にウェイトを置けば、それなりにしのげるのではないか。と思ったのです。

そう思ってから、8:2いや、9:1ぐらいの割合で防御を主とするようになりました。

投げられないようにするには、相手の「くずし」に耐えながらも投げられる瞬間には芯をずらすようにしなくてはないりません。

相手の動きを見て、見るよりも感じて、感じるよりも悟る。そうやって相手の動きを読む。

相手の動きが分かっても、いかんともしがたい体格の差が攻撃に転じることを許さない。せめてポイントを取らせないように動かなくてはいけません。そうなるとやはり、攻防一体に見せかけた防御一辺倒をしなくてはなりません。

柔道のルールで一定の時間攻撃しないと反則ポイントを取られるのです。

ちなみに、個人戦では、旗判定などあって、絶対優劣をつけるのですが、事団体戦においては、旗判定はなくて、ポイントがなければ引き分けになります。

僕が目指したのは、防御で誰にも負けないこと、動きを読むことで誰にも負けないことでした。

相手が、他の学校のポイントゲッターだったとしても投げられないように相手を「くずし」芯をずらし、投げる気のあるような(実は無い)技をかけながら…

後輩に投げられることはほとんど無くなりました、恐らく後輩は、この先輩ねちねちしてて投げにくい奴やなぐらいには思っていたと思います。

中学引退前は誰にもほとんど投げられなくなっていました。

しかし、それでもレギュラーになれなかったのは、如何ともしがたい体格の差だったと今でも思っています。

50kgにも満たない自分の体重で100kg超の相手と出会って、「巻き込み」という体ごと巻き込むように倒れこむ技があるのですが、それを使われたら一瞬にして砕け散ってしまうからです。

相手に投げられることがなくて、引き分けがうまくて、寝技がうまい僕でしたが、半捨身でこられると防ぎきることはできませんでした。

それができるぐらいのパワーがあったらレギュラーになれたでしょうが…

恐らくは僕の体格では中学生では限界があったのではないでしょうか。

そして、ついぞ、レギュラーになれず、中学を卒業したのです。

長くなるので今日はこの辺で…

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2011年12月 5日 (月)

親友に彼女ができました。

友人から電話がかかってきました。

「報告があんねんけどな…オレ、彼女ができてん…。」

「…ああ、そうか、おめでとう、よかったやんか。」

「おう、ありがとう。」

「…もしかしてそれってB子ちゃんのことか?」

「おう、そうや。」

「やっぱりか。」

B子ちゃんというのは、去年ぐらいに知り合った21歳の女の子で、まあ、言うなれば合コンでA子ちゃんとB子ちゃんと友人と友人の後輩との4人の合コンで。

友人はその後輩に…

「一晩きりの女の子紹介しましょか?」と言われてほいほいついて行って開催された合コンで。

当然友人はA子ちゃんとその後過ごしたんですが…友人的にはB子ちゃんが好みだったらしいのですが、まあそれはそれとしてと割り切ったらしいのですが…

友人はまあその、おもてになるのですが、本人それにあんまり気が付いていないんですよね。

で、A子ちゃんとB子ちゃんと後輩との4人で度々遊ぶことで、そのA子ちゃんとの事もB子ちゃんの耳に入ったわけで…

そこから、B子ちゃんの反応の冷たい事冷たい事…だったらしいのですが。

当然A子ちゃんとは初めから一夜限りのつもりだったみたいで…

友人も、考えたら10個以上も歳の差があるわけだし、B子ちゃんが好みではあったけど別に興味があるわけでもなかったみたいです。

「A子ちゃんがB子ちゃんなら良かってんけどなあ、まあ別どっちでもいいけど。」とか言っていましたが…

当時はA子B子共に19歳だったらしいのですが…この前21歳になったところらしいです。

まあそんなことはどうでもよくて。

A子との関係を知ったB子は友人とは疎遠になっていきます。A子はもちろん連絡をとらなくなったらしいですが。

ところがB子からある時メアドを後輩に教えてほしいと言ってきたらしいのです。で、後輩に「勝手にすれば。」と言ったので後輩がB子に教えて…そこからメールの波状攻撃だったらしいです。

で、流石に波状攻撃は面倒なので無視を適当にしてたみたいですが…

それでもどうも根負けしたみたいですね。合って遊ぶうちに仲良くなってとうとう付き合う事になったみたいです。

ついこの間までは「一人がめっちゃ気楽でいいわ、彼女なんて当分いらんわ。」と言っていたのですが、今では彼女ができてとてもうれしそうです。

180度言ってることが変わっていますが、それ程それに対しては何とも思いませんでした。

僕の中で、彼のその言葉自体をあまり真剣にとらえていなかったと言えばそれが真実なのですが…誰しも喪失時は前のパートナーと比べてしまうものでしょう。そしてそれよりも楽しい事が無いように感じてしまうものです。

彼のその発言はそこから来たものではないかと、僕は思っていたからでしょう。

さて、10歳以上違う歳の差の恋愛ですが、うまくいくものなのでしょうか??

今は付き合い初めで「可愛い可愛い」言っていますが、願わくば、ゴールまで行ってもらいたいというのが、友人としての願いです。

本人たちが幸せならそれでいいじゃないかと言ってしまえばそれまでなのですが…

ジェネレーションギャップがあるという事を理解しておいた方がいいと冷静に考えてしまうのも事実です。

30前半なんて、社会的に見たらまだまだ未熟者です。それでも、10年間は社会にもまれ、学んだものを身につけ、必死になってしがみついてきた10年です。ようやく道がそれなりに見え始めたころです。

10年前の自分たちの姿がじゃあどういう風に10年後映るのか…

正直、10年前には全く分からなかったことが10年後の今、どことなく分かるようになってきたのは、単なる年月の経過だけではない、自分自身がそうありたいと思って身に着けてきたものです。

それの何も持たない子と、これから同じ視点で物事をとらえることができるのだろうか?

同じものを見て同じように感じることができるのだろうか。そこに生じた小さなジェネレーションギャップが亀裂とならないだろうか、やはりなりやすいのではないかと心配になります。

まあ僕に心配してもらったところで彼らには何にもならないですが。

僕にとってはその10年で得たものはそれだけに大きく、そしてこれからの10年で得るであろうものも大きかろうと思っています。気後れしないように歯をいつも噛みしめています。

10年後の自分を見て10年前の自分に鼻で笑われないようにしなくてはいけないとおもっているからでしょうね。

とはいえ僕が自身がそうであるからといって、友人がそうであるとは限りませんが。

でもおそらくは、友人も10年で得たものは大きいでしょう。その得た人がこれから得る人間に対してどれだけ理解を示せるかというのがすごくポイントになると思います。

「考えすぎ」と、また癒し系クミタンに言われそうですが…

30と40ならいざ知らず20と30は…と思ってしまうのは僕だけ?

とにもかくにも、とりあえずは、楽しそうでよかった。これからもうまくいくようだったらジェネレーションギャップをどう乗り越えたのかを教えてもらおうと思います。

僕の懸念など吹き飛ばす何かとは何か?ってね。

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2011年12月 4日 (日)

やっとこさ…

月末から、次の月の準備と、当月の反省と、通信教育を完了させることと、年末年始の計画と、いつもの仕事と、イレギュラーの対応と…で大わらわの毎日を送ってきましたが、

やっとこさ、目処が立ち始めました。ひと安心というかほっと一息です。

もちろん、これからもいろいろとあるのですが、とりあえず、少しだけ落ち着けそうです。

報告、提出、試験、対応、何か、バタバタしたな…というのが今の心境。

休みの日こそは羽を伸ばす時だと思っています。

もうはっきり言って昨日は疲れのピークでした。

家帰ってきてから、着替えずに寝てしまう事が二日間も続き、朝早く起きてシャワーして仕事へ。それはそれで充実感があっていいんですが。

足がそれについていかないんですよね…

猫が僕の仕事用に使ってる靴にそそうをしてしまったので、トレッキングシューズを履いて仕事をしていたのですが、トレッキングだかクッキングだか知らないですが、山用だから多少は履きやすいかと思ったら…

履きやすいは履きやすいんだろうとは思うのですが、つま先とかかとの真ん中の部分のかかと寄りの部分、土踏まずからかかとにかけての丁度ブリッジ部分がもうめちゃ痛くて、歩き始める時に『痛!』ってなります。

二日間それを続けたら流石に、仕事中はいいんですが、帰ってからが大変で、トイレに行くにもびっこひかなくてはいけなくなるのですよ。

なんか針を踏んずけてるみたいな?両足そうなんですが、特に左足。

以前も書いたと思うのですが、左ひざを骨折したことあがあって、その名残+足首も捻挫したことがあって、その名残で、良く見ると膝から足首にかけて足の角度がちょっと変です。

特に足首は、膝から足首にかけて変な角度できている足を修正しようとしているのか、更に変な角度で膝から足首にかけての部分を受け止めている。

右足はというと、多少O脚ではるものの、まっすぐとも言えなくもないぐらいだ。

つまりは、曲がっている分だけ、左足の方がやや短いのか、それとも長いのか、長さは合っていないはずです。

で、革靴を履いてて気が付いたのですが、左右で足の音が違うのです。

左は「カツン!」という音がするのですが、右は「コッ!」という音がするのです。だから僕が歩くとカツン!コッ!カツン!コッ!という音がして、何か変な感じです。どちらが正しいのかよく分からないので、どちらかに合わせるという事が難しいのです。

そこで気が付いたのが、膝のクッション性という話がスポーツ学にあった事です。確か、地面からの反重力ショックを吸収して分散してくれている役目の多くを、足首と膝と股関節で行っているとかいう…

その重要なショックを足首と膝をやってしまったが為に、股関節のみになってしまっているという事でしょうか。

そういえば、重たいものを多く積み替える時はすぐに股関節が痛くなって、股関節が沈み込むような感覚が(実査に沈み込んでいるんだろうけど)あった。

あれは膝や足首を柔らかく使えていないからではなかろうか…

もしも、L字型の少し固めの弾力のある枝があったとして、それを繰り返し角の部分から短い方へ地面に押し付けたとしたら、一番ぐにゃりと曲がるのはかかととつま先の間の部分ってことになりますね。実際にやるとその部分は突き出た根本から折れてしまいます。

つまりは、膝と足首が使えていないから、「足」に負担がきているのでしょう。

ってことは、膝か足首をうまく使えるようにしてやれば、この足の痛みは軽減されるという事なのかもしれません。

膝は当分無理だと思いますので、まずは足首ですね。捻挫してからもう10年も経ちます。そろそろ、寝た子を起こしてもえらい事にはならないでしょう。死んだ筋組織を復活させて足首をあるべき姿に戻してみる努力は必要だと思います。

もうだって、変な風に足首ついてますからね…これはちょっと長時間歩くのには適さないだろうなと思ってしまいます。

それに、パワー効率も良くなさそうだし。これ直したらO脚も少しは良くなるかな??

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2011年12月 3日 (土)

…例の友人の件…

あの、友人たちの金品を奪って自分のものにしてしまっていた…という話ですが…友人たち二人で話し合って、本人に直接というより、本人のご両親に話を持って行ったようです。

あくまでも、警察に持って行っても証拠能力のない証拠(状況証拠)しかないという事を前提にご両親と話をしに行ったらしいのですが…

誠実に対応してくれたご両親は、「これは本人来させるしかないな…」と言って本人を実家に呼びつけたみたいです。

そして、その状況証拠を基にご両親に語った事と同じことをご両親の口から本人に問いただす事になった。

そこで、貯金箱の中身については自分が盗った事を認めたらしい。

何と、驚いたことに、その貯金箱の中身は全て銀行に振り込まれていたのです。つまりは100枚ずつしか入らないATMで5回に分けて5万4回と5万近くを1回という感じでふりこまれていました。

これが確たる証拠となったみたいです。それについては返っては来ましたが…

もう一人の友人の事については、家宅の侵入については認めたらしいのですが、何も盗っていないと言い張ったみたいです。確たる証拠が無かったのは、本人が自供してから証拠が出てきた貯金箱の中身も同じだったのですが、それについては全否定でした。

その友人の被害は…まあ本人が雑な管理をしていたのも事実なのですが、サラ金のカードからほぼ全額借りられていたりとか、ゲーム本体やゲームソフトも、そして、車のイタズラについても、恐らくは彼がやったことだろうと推測されます。

その上で、親友として接していたのですから、どういう神経で自分たちとやり取りをしていたのか、はなはだ疑問です。

僕が思うに、全否定するにはちょっと状況的に苦しいのではないかと思うのですが…

それでも全否定するには考えられる理由がいくつかあります。

①経済的に賠償できない。

②確たる証拠が無いので、拒否しても問題ないと思っている。

③半分認めることによって歩み寄りの効果を期待している。

③相手をなめている。

④嘘をつくことに麻痺してしまっている。

恐らくはこの4項目に当てはまる事項が彼にそうさせているのでしょう。

貯金箱の件にしても、普段絶対使用していない、整備もしていない、当然鍵もかかりっぱなしだった扉という扉の鍵が開錠されており、施錠されていたのは玄関だけだったらしい。

いつも置いている気に入った角度とは違う角度を向いている置物を見て、あれ?と気が付いてすぐにあちこち状況を確認して回ったらしいです。

その状況についても「普通に玄関開いとったで…」とつく必要のない嘘をついているのです。

友人が外出をして、無人になったのを見計らって侵入して窃盗を働いたのですから、どこから入ろうと同じなのですよ。

それらは、彼が友人宅を訪れた当日に全て起こったことだという事が問題で、すべては窃盗のために友人宅を訪れ、その為に開錠して一時帰宅したふりをしていた。という事実が預金通帳に5万円ずつ入金されている事で明白になっているんですよ。

たまたま自分が帰宅したふりをして無人になるのを待ってた時に玄関閉め忘れるのか?ってことですよ。

ありえない事ではないけど、可能性は極めて低い。

そんな嘘をつく必要なんてどこにもないのに。そんな見え透いた嘘をつくから、余計に「5~6回侵入したけど何も盗らずに帰った。」という供述は真実味を帯びないのです。

だからこそ、その友人は全否定を受け入れることは到底できないし、もう一度でも二度三度でも話し合う余地を見出しているのです。

そりゃそうだと思います。

そして、今回の事で、幼稚園から続いてきた彼と僕たちとの友情は壊れてしまいました。

湧き起る感情は『怒り』ではなくその逆で『悲しみ』です。幼少のころからの友人を失った事に対する残念さときたら…

あの華やかな結婚式は何だったのか、これまで仲良くやってきたのは何だったのか、すべてが全て、仮初ではなかったにせよ、そう疑ってしまうし、これまでの彼とのやり取りが全て「犯罪」を前提に成り立っていた関係だと思うと、それはそれですごく情けない気持ちでいっぱいです。

これは余談ですが、雑に引き出しに入れていた聖徳太子の5000円札2枚のうち、はみ出ていた1枚が無くなってしまっているのは、自分の管理が悪かったから、誰かが持って行ったのだろうと思っています。これは僕自身の管理の問題だと思うので、誰がどうこうという訳ではないですが、どうせならどっちも持って行けばあった事さえ忘れていたのに、2枚中1枚を残す気の小ささに苦笑いをこらえきれません。

困ってるなら言えばいいのに、勝手に持って行くのはいかんよな…と思ったのもつい2・3日前の事でした。

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2011年12月 2日 (金)

髭はNGだけど…

体毛(むだ毛)はOKっていう女性の方が結構いているらしいという噂を耳にしたのですが…

それって本当なんでしょうか?

実は僕、結構むだ毛は多い方だと思います。とはいえ、胸毛とかは生えてないですが…指とかにピピピと生えてたり、手の甲とかにも1cmぐらいのがはえてるし…

小学生ぐらいの時から『あれ、僕って結構毛深いのかな…?』と思っていて、まあ、その頃は産毛だったんだけど、中学、高校となっていくうちに、それは濃くなってはいないけど、はあ太くなって、産毛ではなくなったかも。

高校でこれぐらいだったら、20歳代になったらホントにルパンとかみたいになるのかな…と思ってたりしたんですが…

そうでもなかったみたいです。ただ、僕よりももっと生えてる人はいっぱいいるんだけど…

それでも実は小さいころからのコンプレックスの一つだったりします。

それは、別に普段からコンプレックスかというと、別にそうでもないんだけど、ある時に思い出して、ちょっと嫌になるぐらいなんですけどね。

それで、嫌になって足と手の毛を全部そっちゃった事があるんですが、夏場、それはそれは涼しいのなんの、体感温度3~4度ぐらい下ります。

冬場は、めっちゃ寒い!!こんな毛でも保温してるんだなって思わされました。

今は、夏場も冬場も長袖なので、そんなに気にしませんが…

今風の男の子とかはオシャレなTシャツとかを着てて、カーゴパンツとかもめっちゃオシャレなのを履いてたりするんですが。

それがとてもうらやましく思った事がありました。

あんなカッコいい感じで着こなしたいな…と、でもですね、もともと、筋肉質で肩幅も広いし、腕も太いから、今風な感じでカッコよく着こなすことは無理だったので、一瞬でそういう思いは消え失せましたが…

自分に似合う服装でいようと、まあそういう判断になったわけですが。

服装にしてみれば、僕なんて、まだいい方ですよね。軽重量級っていうのはー73kg級なんですけど、柔道やってる人間で言えば、まあ、軽い方です。軽い方の一番重い階級なんですが。

言うなれば、普通体系と言われる階級なんですが、それでも文化部とか、帰宅部の人間から見たら筋肉質だったりするんですが…

まだ、LLとかLとかが着れる体系です。僕よりも上の階級の人はそれも無理です。

まだ服は選べる方だと、観念しました。

ただ、当時はいまよりも少し細かったので、MかLが着れたのですが…まあMはピッチピチでしたが、筋肉がぴっちりとみえるのでわざと小さめのTシャツを着てたりしましたが…

Lだと余裕しゃくしゃくでした。当時は柔道やってるとは思われない感じだったのですが…

今は柔道やってます。っていうと「ああ、わかります。」と言われます。

服のサイズもLで何とか着れてる感じで、LLで、余裕がやっとできる感じです。

大きく成長してしまったようですが…

話が大分ずれていますが…とりあえず、毛深い事が少しコンプレックスだってことが言いたかった訳で、今風の男の子のファッションは無理だけど、もともとそういう体系でもないからそれ程悩むことでもないと言いたいんですよ。

で、ここである程度の年齢になってくると、今風の男の子のファッションなんて気にならなくなるんですよね。今時の男の子ではなくなるからでしょうけども。まあもともとそうではなかったような気がしますけどね。

それで、年齢相応と言ったらおかしいですけど、派手さはないし、奇抜でもないけど、ポイントがオシャレな感じ。というところがなんか良く感じたりして、そういうオシャレを目指したくなるんですよね。

まあ、そういう発想がオッサンなのかもしれないですが。オッサンにはオッサンなりの工夫というか、若作りではなくて、良さを引き出すポイント的な?

そういうのがいいんだと思います。

で、ここでやっと書きたいことが登場するわけですが、あのイケメンパフォーマンス集団とかで、髭が流行ってたりして、ファッションに髭がつきものになってきたこの頃ですが、実は、イケメンについているからいいだけで、普通の日本人の男子についている髭は意外とNGらしいのです。

まあ伝聞推量の域を出ない話ですが、イケメンパフォーマンス集団の方々は結構日本人離れした顔つきの人多いですしね…

どこかしこのネットのアンケート結果では、体毛は許せても髭はNGっていう人が42%ぐらいいて、その逆は僅かに5%ぐらいしかいないらしいのです。

「男性のむだ毛は男らしく感じる」とか「ツルツルの手足の男の子は逆に手入れしてそうで嫌」とかいう事もあるらしい。

世の中全体が、全く持ってそうだとは言えないとは思うのですが、何となく勇気づけられる言葉だなあと、そのアンケート結果を見て思いました。

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2011年12月 1日 (木)

またまた口内炎…

前からずっと書いているように、僕は口内炎がものすごくできやすい人なのですよ。

この間、休みの日だったのに『やべ!遅刻した!!』と青ざめながら一生懸命歯を磨いていた時に、手を滑らせて歯茎を思いっきり傷つけてしまったのですが。

それは今口内炎となって、傷つけた時の倍以上の大きさになって歯茎に存在しています。

ご飯を食べるのも食べにくいです。

そして、なぜできたのかは不明ですが、歯茎と上唇をつなぐなんか膜みたいなのが鼻の下の口の中あたりにあると思いますけど、そこにも口内炎ができています。

これに至ってはもう少し酷くなると左右貫通しそうです。本当にそういう事が起こるかどうか分かりませんが、順調に育っている事は確かですね…

あと一つ、奥歯の…親不知のあったところ、ここも何故かよくできるのですよ。何故かはわからないですが…まあそれで、今回もできていて、3か所も一気にできているので、食事は本当に取りにくくて嫌です。

でも食欲がなくなることはないんですが、食べたいけど食べたら痛いし、ちょっとずつしか口に運べないし…

もうなんか嫌なんですよね…

とはいえ、以前も書いたけど、柔道をやっている時よりはずいぶんマシになりました。

あのころは毎日口内炎になってましたからね。

「口の中をきれいに磨いてないから」とか「歯磨きの時に口内炎を抑えたらいい」とか「口内炎は痛いけど思いっきり吸ったら治りが早い」とかいろいろ教えてもらって実践しましたが全然。全く治りません。

柔道をしていた時になぜ多いかって?それは恐らくボクシングをしている人が多いのとまったく同じ理由だと思います。

「組み手争い」の時に相手の指が口の中に入るとか、相手が自分の襟を掴んでいる時に手が頬に強く当たるとか。

口を閉じていても頭が口にあたるとか…まあいろいろなケースで口の中を切ります。

で、口内炎の話になると絶対出てくるのが八重歯ですが…僕は左側の前歯に八重歯があるので、その八重歯ですぐに口の中を切るのです。

スパスパスパスパ…ちょっと当たっただけでもう口の中に傷ができてしまいます。

傷になったらもうほぼ100%いや100%口内炎になります。

どれだけきれいに磨こうが、洗浄しようが、前もって口内炎の薬を塗っておこうが関係ないですね。

絶対なります。ならなかった時が無い。

だから柔道をしていた時は毎日口の中を怪我してたに等しくて、治ったころには…また新しいのができてるとか。治る前に更にもう一度同じ個所を怪我するとか…

それに、柔道の時だけじゃなくても、間違えて上唇をかむことがあってそうなったら上下の歯で噛んだ二か所の傷が口内炎になってそれが大きくなってお互いに吸収しあって更に大きくなって治るのに10日ぐらいを要します。

何でもない時に結構口の中を噛んでしまったりするので…そうなると、結構実はテンション下がります。

口内炎も我慢できないぐらい痛い訳じゃないから余計に鬱陶しいんですよね。まあ、めっちゃ痛かったら困るんだけど。

まあ、そんなこんなで八重歯は実はいやだったりします。野郎に八重歯がついてても可愛くもなんともない上に口内炎になりやすいんですからね。

女の子の八重歯は、片方だけなら、かわいく見えない事もないですね。人によっては八重歯がいいっていう人もいてるみたいだし。

僕は…ちょっと苦手かも。

何がって、自分がそうだからなんですが、笑った時に八重歯に唇が重なってる時がなんかが嫌なんですよね。口を開いた時に八重歯の分だけ引っかかってるんですよ。

それがいいって言ってるやつが結構いてるのが僕は意外だったりするんですが…

口の中を切る回数が少なかったら、口内炎になりにくい人だったら違ったのかもしれないですけどね。

あ、一つ八重歯の嫌なところを書き忘れていました。冬場は何もしなくてもかさついた下唇を破ってしまう事ですよ。

これまで幾度となくそれを繰り返してきているので下唇の八重歯が触れる部分はちょっと高質化しています。それも嫌なんですよね…

実は去年、歯医者で無理言って少し削ってもらいました。1mmか2mm。少しだけ短くなっただけですが、それでも大分違います。

その時に聞いたのですが、ワザワザ八重歯に強制してほしいと言ってくる人もいるらしいですね。信じられない…八重歯を強制してほしい人は八重歯の人の中では結構いてるみたいですが…

八重歯がいいっていてる人、八重歯の何がいいんだろ。

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