« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

2012年1月

2012年1月31日 (火)

あっという間に一か月…

正月からこっち、バタバタバタバタしてて、気が付いたらもう2月です。

一体この一か月何があったかな…?

正月があって、七草があって10日えびすがあって、鏡開きが11日で、11日は第二種衛生管理者の試験があって、年末年始反省書作って提出して、小正月がきて、衛生管理者の発表があって、昇級試験の発表があって、期末棚卸があって、月度の提出書類もがっつり作成して…

気が付いたらもう1月はあっという間に終わりをつげていました。

終わってみれば師走より早かった睦月だったように思います。

もう如月です。

僕の誕生月やないか、もうすぐ31歳とはおさらばですね。

恐らく、精神年齢が34歳ぐらいなので、やっと追いついてきました。年齢が。

精神年齢より、実年齢が歳いってる時が来るのももうすぐかもしれませんね。

その時には更にオッサンになっているのかもしれないですが…

でも今年に入ってまずの一か月の過ぎるこの矢のごとき速さは異常ですね、年々一年が早くなって来るっていうのも伊達じゃないな。

去年の今頃は…人事異動がどうのこうのと騒いでいた時期だと思います。

今もまあ、その時期ではあるんですけどね。

今回の異動に絡まなければ、夏までは今の店にいれるだろうと、勝手に算段しているのですが、僕の後に来る存在によって、今まで作ってきた形を大きく乱されるのが嫌なので、教育をもっともっと進める必要はあります、

たとえ、僕が夏で異動しなかったとしても、それはお店にとってプラスとなるハズですからね。

仕事の拡大、確実性のアップ。

今の店に来てから、僕自身も、この一年でかなりレベルアップすることができました。

知らなかった事もいっぱいあったし、穴埋めや知識アップもかなりのものでした。キャリアアップにもつながったし、やりたいことがいっぱいできた、師匠にも、いっぱい反発しながらもイライラしながらもついてきてていっぱい教えてもらえてよかった。

まだ、そういう日はこれからも続いていくだろうけど、いま、比較的自由に、やりたいように行動させてもらっているのは、やっぱり師匠あってこその今なんだろうと、実感しています。まあそんな事、口が裂けても本人には言いませんけどね。

感謝はしています。それぐらいは言いますけど。

昇級したからと言って別に増長した気分にならないのはやっぱり師匠のおかげもあったりするとも思います。それにまあ、僕は自信家なので、今回の等級試験は結果受かったから言いますが「能力的には受かって当然だ」と思っていましたからね。

だから実質、師匠に釘を刺されなくても、そんなに増長する感じではありませんでした。テスト自体も難しくは無かったですしね…

とはいえ、これからも丁寧な仕事は心がけてやっていかなくてはなりませんね。

基本的に適当な人間なので、丁寧にするという事が抜けることがよくあります。

これからもそれはあり続けるんだろうと思います

その辺を理解したうえで上手に向合っていく必要性がありますね。

まだまだ未熟で至らない点が多い僕ですが、この一年で少しでもレベルアップできたことをまずは少しだけ喜ぶことにして、明日からはより良い存在になる事を考えて勤務していこうと思います。

32歳になる月だしね。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月30日 (月)

そう言う意見もあるなんて…

僕の書いてたブログ小説の「青春ごっこ」ですが、読んで下さった方から、

「続きはどうなるんですか?」

という質問がありました。

僕としては、既に完結している話のつもりだったのですが…その方がおっしゃるには

「まだ続きがあると思って時々アップしてないかどうかチェックしてるんですけど…」

僕としてはかなり意外な話でした。

まず、読んで下さった事に感謝ですが、すごくうれしいと思う反面『え?』という戸惑いがありました。

続きって全く僕の中では考えてなかったのですが…

続きって??真田と森崎洋子のこれから…とかかな?

以前からも書いているように、僕が思うに、物語は続きを想像したくなるエンディングが一番いいエンディングだと思うので。

続きは読み手が考えてくださいというのが「青春ごっこ」における、筆者である僕の意見です。

完結してしまうと、何と言ったらいいでしょうか、恐らくその本は内容を忘れるまで読み返すことは無いでしょうね…

そして、事本において、忘れるのは10年ぐらい経ってしまってからです。

物語が、物語としての魅力を維持させたまま風化しないのは、完結しないからではないかと僕は考えるのです。

分かりやすくマンガで例えると、30巻ぐらいまでで終わる予定の作品があったとして、面白くなってくるのは7巻ぐらいからですよね。物語に厚みが出てきて、地盤がしっかりしてくる。

12巻から15巻ぐらいでひと山越えて、20巻辺りでピークを迎えて作者のやりたいことが凝縮されて…それでやりつくしてしまう。人気があるのでなあなあで25巻。絞り出して30巻。

そう考えると、面白いのは20巻付近。

つまり、物語が終わってしまうのが20巻あたりであるならば、その作品は面白いまま終わる事になります。

じゃあ残りの10巻はどうなるのか。つまりそこはビジネスです。

作者自身の作り出した世界を使いながら、いかにエンディングを引き延ばして人気を維持しながらやっていくか。というのが一つのテーマになっているんでしょうね。

読み手としてはそれを感じずにはいられない。

そうしているうちに「完結」「大団円」を迎えてしまうのです。

完結を迎えた物語にどんな魅力があるんだろうと思ってします。

この先どうなる!?という好奇心を掻き立てられるようなストーリー展開。それらを出し尽くしてしまった状態というのは、ふれて読み返すのにパワーがいるんですよ。

だって終わってる話なんですから。

でも、あえてエンディングを書かないというのは永遠に終わりが来ないんですよね。

何回も書いてますが…

日本語的にどうなのかと思うけど↓

エンディングを書かないでエンディングを迎えるという中途半端さが、読者の興味を最大限に引き出しているように感じるのは僕だけでしょうか。

だからつまり、

「続きは書かないのですか?」

という質問は、僕にとってはとてもとてもうれしい言葉で、「青春ごっこ」を読んで下さった方からそういう風に言われると、本当はその時に嬉しくて、

「ありがとうございます。その言葉が一番欲しい言葉だったんです」

とその場で言いたかったのですが…

続きを書いてほしいとまで言われるとは思ってもみなかったので、それについては意外でした。

何年か前にこのブログでも書いたんですが、この話自体は大学生の時に考えたお話で、ブログ小説にするにあたって、多少文章や表現をかえたけど、ほぼそのままの状態でアップした、僕の中では出来合いもののお話だったのです。

だから続きも何も…という思いでしたが…

今回自分で読み返してみたのですが、文章表現はまだまだで、何を焦ってるのかと言うほど展開も早いし…僕の苦手な恋愛小説みたいだし。ずっと一人称だから物語の角度も不自由だし…

だけど、自分で言うのもなんですが、結構おもしろいやんか…

もしかしたら、続きを書くことは無くても、作品として作り替えることはあるかもしれないなあなんて考えたりもしてしまいます。

他にも、「セロ弾き…」も途中になってしまってて全然書けてないし…

応募作品も途中になったままで、ゆっくり執筆したいんですが、なかなか、そんな時間が取れないのが現状です。

ちなみに

「Fさんってこういう風に物語を考えたりするのが好きなのはロマンチストだからなんですね?」

と言われたのが、実は少し不満ですが。まあ僕自身がリアリストだと思っているので、それはそれとして片づけることにします。

もちろんロマンチストかどうかについては全否定しておきました。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月29日 (日)

名前

以前も書いたけど僕のセカンドネーム(氏名)はあまり聞かない名前なのです。

だから…という事でもないのですが、僕は自分の名前を気に入っていません。

親からもらった大切な名前ですが、この名前を愛することがどうしてもできないのです。努力は今も継続中なのですが…

名前を変えたいって言うほど変な名前じゃない、普通の名前です。が、僕はセカンドネームが自分と同じ名前の人物には出会ったことがありません。

友人関係、知り合い関係に聞いても僕以外に出会ったことは無いとみなさん言っています。

さっきも書いたけど、変な名前じゃないんですよ。

むしろ、漢字の名前の持っている意味は自分らしくて結構気に入っているんです。

カタカナにしても、わりとバランスがいいので気に入ってるんですよ。

なのに何でこの「読み」なのか…

読みが気に入らないのと、それほど珍しくないように感じるし、どこにでもいそうだし、読みを間違える人はまずいないにもかかわらず、他に同じ名前がいないというこのヘンテコさ加減がもう本当に嫌です。

少なくとも小中高で学校中、同学年で僕の名前を出したら『ああ、あいつな』と完全に僕一人を思い浮かべるでしょうね。いや同学年以外にも僕の名前を知ってる人は大体僕しか思い浮かばんでしょうね。

だって珍しい名前ですから…

とまあ、名前の嫌味はちょくちょく書いているので、この辺にしときますが。

今回題名を名前にしたのは、僕がこれまで31年と11ヶ月に、ついぞ味わう事が無かった事で、これからもほぼ無いのではないかと思う事を、友人たちは度々味わっているという事を耳にしたからでした。

それは、苗字ではなく『セカンドネームで、名前が被る事』です。

同じ学校及び共同体中で、同じ名前の人間がいる事を経験したことがあると言う人間は、僕の友人の中では100%でしたこうじ・ようじ・ゆういち・のりあき・なおと・まさし・ひろし・ゆうすけ・ともなり他いろいろとあるけど、被ったことがありません。

当然ですよね、友人の知人を含めても僕と同じ名前の人間に出会ったことが無いんですから。

被った時の心境は?と聞いたら。

「呼ばれた時にドキッとする」「自分かどうか分からんくなる」「自分の事じゃないと思う」「自分の事かと思う」「親しげに呼ぶな!」と言いたくなるそうです。

テレビドラマとかで主人公とかと被ってて、きれいなヒロインに名前で呼ばれたら?と聞いたら…

「初めはお!と思うけどそのうち慣れる」「いちいち気が付かんかったりする」「ヒロインが好みじゃなかったからうれしくもなんともなかった」「名前負けしてるから嫌やった」「何プレイやねん、そんな趣味は無い」でした。

他にもあったけど忘れてしまいました。

被ってみたい!!ものすごく被ってみたい!!

被ってみたいけど恐らくテレビドラマの主人公で僕の名前と被る事は一切ないでしょうね。

僕が書いた小説で、自分に似た登場人物を同じ名前で登場させて、なおかつヒットさせてテレビドラマとか映画にさせるとそれは可能かもしれないですけどね。

「読み」では誰もが読めるし、間違う事もないし、聞いたこと無くもないけど知り合いにはいない名前なので思い浮かぶことがまずないでしょうね。

カッコいい名前だとも思わないし4文字って時点で今風じゃないもんな。

メジャーっぽいけど超マイナーというこのヘンテコリンさが本名を名乗るのをいつも躊躇わせます。

本名嫌いです。

でも、名前被ってみたいですね。同じ苦労を分かち合って来た人間と出会ってみたかったりしますし。

弟二人と妹は、そんなに珍しくもない普通の名前なのにな…

これはマジでコンプレックスなんですよね。

何とか好きになろうと頑張るのですが、考えれば考えるほど嫌になりそうになるという不思議さ。

同じ名前がいっぱい出てきてくれたら考え方が変わるかも。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月26日 (木)

なんでまたこんな日に…

と思われるかもしれないですが…

今日はスノーボード(以下ボード)に行ってきました。

昨日の天気予報で、兵庫県北部は何年かに一度の大雪だとの事…

今シーズン初のボードだったのですが、以前から計画していた日付は6日でした。

実は明日明後日と忙しいので、何とか今日は鋭気を養う日にしたかったのですが…変更に次ぐ変更で、気が付いたら今日になっていました。

なかなか他の店舗の人と行動するとなると、日付が合わないものです。

6日までに一度行っておこうと思ってたのですが、その予定を入れる前に日付が短縮されてしまったのでその予定すら変更せざるを得なくなりました。

でもまあ、楽しみなのでそれはまた計画したらいいだけの事。今年は何回行けるかな?あと2回以上は行きたいなと思っているのですが。

しかし、今日の吹雪ったら無いですね…

今日はハチ北に行ってきました。実に9年ぶりです。

コースとかはうろ覚えなのですが、忘れてしまっていると言った方が的確かも…というレベルで…

まあそれはそれは、ゴーグルしてても、前が見えないぐらいの猛吹雪です。

朝のうちは頂上までのリフトが動いてなかったのですが、昼ご飯を食べてゲレンデに戻ってみると、頂上までのリフトが動いていたので、それで頂上まで登ったのですが…

猛吹雪で、前が見えないのです。

そもそも、猛吹雪の中ボードをしたことが無いので、こんな経験は初めてでした。

うわさに聞く「ホワイトアウト」とはまさにこのこと。

一寸先が見えないんですよ。簡単には動けません。

山で遭難する人の気持ちが少しだけ分かりました。

ほんと、一センチ先さえ感じることができないんです。

リフトを下りて少しデッキパットに足を置いてボードを滑らせて移動させただけなので、リフトからは10メートルと離れていないはずなのに、後ろに何かがある気配が無いのです。

『これは…こんな簡単に頂上まできてもたけど…どうやって降りるんや?前も後ろも見えへんのに…』

2メートルほど離れた場所にいる友人が、吹雪の強弱で何となく見えたりするのですが…

びっくりしました、結構大きな声で話しかけてるのに、吹雪の中だと聞こえてないのです。

これはほんとに想像の外の出来事でした。

とにかく、ホワイトアウト状態が収まるまで、9年ぶりに来たこの地を動く訳にもいかず、ただじっとして耐えるだけでした。

しばらくして、風も止み、雪さえも小降りになったので、チャンスとばかりに滑り降りましたが…

あれはホントに予想外です。

想定の範囲内だったのは、行き帰りの道路状況でした。行きについては、スタッドレスタイヤを履いている分、気持ちとしては大丈夫だろうと思っていましたが。

実際、スタッドレス自体は一昨年購入したものになるから不安でした。とはいえ、親戚の自動車屋さんは、大丈夫だと言っていました。暑い夏を超えたとはいえ、ほとんど距離を走っていない事と、使い続けた事が、ゴムの劣化をある程度でとどめることができたみたいです。←憶測の域ですが。

スタッドレスの話はこれぐらいで…道路状況は、「数年間に一度の降雪」がある日という事だったけど、冬季に環境の厳しい土地であるならば、その地域にもそれなりの備えがあるだろうという事と、朝早いと言っても、降雪があると言っても、他にも車はいてる訳で、他の車が通った後で、道路は通りやすくはなっているのではないか?という事でした。

あるいは、そうでなくても、スタッドレスタイヤであれば、気を付けておけば問題なく通過できるのではないだろうか?という事でした。

想定していたのはそこまででしたが、全く持って想定の範囲内です。

スタッドレスタイヤというのを、多少評価しすぎていましたが、数年に一度の降雪とはいえ、スキー場付近の設備。「お湯のでる道路」については言うまでもなく。

他にも車がいて、走った跡があって、凍っている一般道はとても少なかったのです。

そして帰りは既に道路の状況は改善しているだろう。という考えでした。

駐車場の積雪が異常で、タイヤの2/5が雪で埋まっていました。もちろん、車もそれだけ積もっていましたが…

滑ってる途中からとても気になって仕方が無かったこと、それが、駐車場の積雪です。ゲレンデでこれほど振っているのだから、駐車場もそれ程変わらないはず。

だとしたら、来たとき、前の車がドン臭くて、仕方が無く急斜面で停止せざるを得ない状態になってしまい、次発進するときにはタイヤが滑って空転してしまって、後ろから地元の人に押してもらったのですが、来た時と同様に、駐車場から出る時も押してもらわなくては出れないのではないか。

もしかしたら、滑ってスリップして民家に突っ込むのではないか。

という不安が、頭の中を過ぎっていました。

なので発進させるときはローで走っている時も、降りきるまではローで運転しました。

慎重に慎重にやっていたら何とか無事に降りることができたし、何事もなく帰ってくることができました。

よかったよかった。

猛吹雪の中でしたが、それなりに楽しかったです。

ただし、顔が痛い!!吹雪で!冷たすぎて痛かった。

ちなみに、ゲレンデは、人がいないところ程に積雪がすごくて…きちんと踏み固められた雪ではなくて、降ってきた雪なので、重たいんですよね…誰かがこけたりしてぼこぼこになってる路面の上にかなりの量の積雪があるので、中級コースも上級コースと化してました。

初心者さんはボッコボコこけるし、慣れているはずの僕たちも、舗装されてる面とそうでないところの区別がつかずに、てんやわんやでした。

マナーとして、ボーダーは、「ツレを待つときにはゲレンデの邪魔にならないところに寄って待つ」のですが…

今日のは、その為にゲレンデの横に寄ったら、初心者が多かったので、みなさん真ん中を通られるので、端にはまだまだ新雪があって深みにはまって、抜け出せなくなってしまう天然の罠が張ってあるのです。

僕たちは、幾度となく、その罠にかかり、抜け出すために必死になりました。

あれ結構動けないもんですね。もっと動けると思っていました。

おかげで全身筋肉痛です。

新雪が乗ってて、きれいに見えるのに、実は路面がボコボコっていうところにも騙されました。

何度かこけましたし、何度もこけそうになりました。

そうやってこけたりしたところの上にも、猛吹雪でものすごい速さで更に新雪が積もっていくのです。

これはメンテナンスもむりだろ…自然の力は怖い。

そして多くのベテランボーダーたちが罠にはまっていくのです。

吹雪の日の新雪が怖いという事が今日判明しました。でももう10年以上やってて、初めて本格的な吹雪に遭いました。未経験の事は本当にまだまだ多いです…

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月25日 (水)

よかった

この前から、ずっと気になってた昇級試験の結果ですが。

試験については、できた。というか試験は割と簡単だったのですが、体調がすぐれず、声もおかしいし、鼻水も止まらんという状況の中、受けた試験だっただけに、本当にできたのかどうか、怪しいところでした。

おかげで、いつものあがり症はほとんど発揮されずに済みましたが…

いっぱいいっぱいの時は緊張しないみたいですね。

それでもいっぱいいっぱいだったので、時間内に最低2回は見直すのですが、それも大体になってしまって、ちゃんと自己採点できませんでした。

計算問題なんかは、心のシャッターが閉まりそうになるのを耐えながらやりましたが…それも二度目には計算をし直すだけで、式があってるかどうかまで確認しませんでした。

正直なところ、割り算ですが、どちらからどちらを割るのかいまいちよく分かってません。

そのあたりから怪しいのです僕は。

今まで割り算で何となく正解を出すことができたのは、それっぽい数字になる時と、明らかにおかしい数字になる時とで、何となく判断していたのです。

全くわからないって事ではないんですけど。

÷ってどっちがどっちでひっ算になるのか、どっちがどっちで分数になるのか…考えた時に、あべこべになりそうになります。

分数は1÷2が1/2ですし、ひっ算にすると2が左に来るので、何が何だかよくわからなくなったりします。

実際はそう難しい事ではないのですが…

31歳にもなって割り算で頭を悩ますというのも恥ずかしい話なので、これは今まで書いてこなかったのですが。

まあ、恐らくできているだろうけど…

普段から使ってる数字なので、答えがどういうものになるかがある程度想像できる問題だったんですよね。

いつも計算の話になって、リアリティがどうのこうのと書きますが、まさしく、こういうのがリアリティのある数字というものでしょうね。

だから、まあ簡単だったんですけど…

本当に必要な数字というのはそういうものですよね。

会社に出て、生産性、原価計算、利益計算いっぱい覚えなくてはいけない式があるのに、それについて、学校では全く教えてくれません。

これっておかしなことですよね。

しょーもない、使う事なんてほとんどない公式なんか教えられてもどうしたらいいか分からないんですよね。

数学が得意で、大好きですよという人がそれを選択したらいいんですよね。

あ、話がちょっとずつずれてきましたが…

要するに、計算問題が多かったために、試験の出來については今一つ、自身が持てませんでした。

このブログでも何度も書きました。

で、結果が出たのですが。

みごと合格していました。これで晴れて等級が上がって、給料も少し上がります。

よかった…

第二種衛生管理者と等級試験。何とかここのところ二連続で合格できました。

それぞれ、給料に関係ある試験だけにうれしいです。

これからもがんばろうと言う気になりました。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月24日 (火)

かすかな記憶。

本っ当に嫌になるのですが…明日はボードですごく楽しみなのですが、それに際して、車の屋根にボードを取り付けれる、キャリアを取り付ける必要があったのですが。

去年うまくしまいすぎて、どこにしまったのかが分からなくなりました。

あっちでもない、こっちでもない…

いったい僕はどこに片づけたのだろうか…一年前の僕の記憶をたどるけど、全く、皆目見当がつかないのです。

そして一時間後、やっと発見。納屋の倉庫の棚の上から出てきました。そういえば、前シーズン、オトンに邪魔にされてムカついて棚の上に隠すように片づけたことを思い出しました。

結果が出てからエピソードを思い出しました。意味ないのですが。

確かに片づけたはずなのに、どこに片づけたかが分からない。自分で、そんなはずはないと思い直すのですが、どう考えても記憶にない…

それがものすごく嫌なのです。

問題はそれだけではありませんでした。明日ボードで使用するのに、なぜか「ボードの時いつでも持って行けるセット」の中にウェアーの下が無いのです。

いつもであれば、ボードも、ゴーグルも、グローブも、ワックスも、防水スプレーも帽子もビンディング用ドライバーもブーツも全てこの中に入っているのですが…

これも無い…となってまた、ここらあたりを探しまくりです。

でもどこを探してもありません。

こうやって探さなくてはいけないのは、自分が置き場所を決めてるにもかかわらず、置き場所に戻していないからなのですが、自分ではやってるつもりなところが気に入らなかったりします。

どれだけ探しても、見つからなかったので、仕方が無く諦めて、偶然本日来たウェアを下すことにしました。あと一回は今までのウェアで行くつもりだったので、それはそれで残念でしたが、まさかウェアを着ない訳にもいかないしね…

で、あきらめて寝ようとして、ふと思い出したのです。

『あれ?そういえば、誰かにウェアの下貸してあげたような…』

そういえばそうや、誰やったか分からないけど、確かに、誰かに渡した…

確か、シーズン終わりの方だったと思うんだけど…

そうそう、「ウェアの下だけ貸してほしい。」と言われて、「下だけでいいの?」と聞いた記憶がある。『まあどうせ今年はもう行かないんだし、別にいいか…』と思って快く引き受けたような気がします。

それに、もうそろそろボロッちくなってきていたので、来年は買い替えるか…と思っていた事を思い出してきました。

でも下だけって変な話ですよね。上だけなら分かるけど…

でもそれが誰だか分からないのです。

誰やっけな~。

何にせよ、今日22時過ぎに帰ってきてから、キャリア探して、ウェア探してしてたら、もう23時半です。眠いです。

しかも明日はボードに行くので早起きです。

これはやばい。

天気予報では何年かに一度の降雪との事。集中力もいるのに大丈夫かな…と思ってしまうのですが…

何事も、事前に準備しておくことが大切ですよね。

それを、去年のうちからしっかりしていないと言うのが残念なところです。

あるべきところにあるべきものを戻すのは当たり前の話なのに、まだそれが身についていないのかと思うと、自分に残念で仕方がありません。

これからはこんな事のないようにしよう…

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月23日 (月)

今日は買い物を…

今日は10時半から歯医者に行かなくてはならなかったので、出かける支度をして、仕事で必要なものを買い足すために、買い物に行くことにしました。

歯医者…についてはですね。残念ながら、僕の治してほしいところは、完全には治療できず、何十年後には抜かなくてはならないとの事。

本当に残念。

今更遅いかもしれないけど、歯を大切にして、少しでも長く、自分の歯と共に過ごしたい。自分の歯を大切にしたい。

認知症とも関連があるんだろうとも思うし…

それはさておき

仕事に必要なものというのは、スラックスと、ワイシャツと…ホントに会社で使う会社のものを買う事です。

しかし、スラックス、は競合であるイオ●で安くで売っています。1000円や2000円で売っているのです。

これまでは、「独身貴族だからそういうの買わない」なんて言っていましたが、普通に履いて仕事してたら、ポケットは穴あくし、ひっかけて穴あくし、それに…またの部分が裂けてしまったのもあったな…

それはまあ、僕が大きくなったってのがあるんだけど、も。

今はそれでも落ち着いているので、そういう事は無いと思うんだけど…

それはそれとして、こないだもポケットから表面に穴が開いてしまって、スラックスがまた一つ使用不能になってしまったところです。

穴って言っても、そんなに大きなものではないのです。鍵とかの先が出るか出ないかぐらいのものです。

とはいえ、そんなものを履いてお客様の前に出るわけにもいきません。

まだ履けるんだけど、二度と履けないという残念なことになるのです。

何が言いたいかというと、

そういう穴あきがいっぱいできてきてて、ちゃんと履けるのが少なくなってきているという事。何千円もするスラックスも穴ひとつで履けなくなるという。

ちょっとこれはやってられないのではないか…と思ってしまうのです。

そこで、じゃあスラックスも使い捨てと割り切ることができたらどうかな?という考え方。

1000円や2000円であれば、また気楽に買い足すことができるのではないか?

という事で、イオ●に買いに行きました。

そしてワイシャツ。例によって返ってこないんですよ。洗濯して、それから…?

今稼働しているのは6着です。一週間勤務が5日なので6着あれば余裕で余るハズなのですが…

でも、洗濯をしてもらってるという手前、遅いとは言えません。

本来はオカンがするのかもしれないですが、オカンは動かないので、洗濯の洗いから干しから取り込みから畳むまですべてばあちゃんがやってます、もう88歳らしいのですが(数え年で)それはいくらなんでも…です。

僕は以前から自分で洗濯すると言っているのですが、実際そうしていた時期もありましたが、ばあちゃんがやらせて欲しいというので、お任せするようになりました。

口々に僕の世話をするのが今の生きがいだと言っています。

僕はまあそれに甘えまくっている訳で…だから偉そうなことは言えないのです。

なので返ってくるのが多少遅くても黙って過ごせるように買い足すのです。

それを目的として出かけたので、近くのイオ●で充分だったのですが…

店を回っている途中で、ふと

『あ、そや、ボード用のグローブ買おう!』と思い立ってボード用のグローブを買いました。その時に見た、新しいウェアが欲しくなりましたが我慢しました。

スラックスを3着とワイシャツを3着買いました。

寝起きのべたべたの髪の毛を隠すためのニット帽が欲しくなり。買いました。

『そういえばパンツも返ってこないんやった』とボクサーを買いました。

『お、ヒート●ァクトが安くなってる…』

安かったので二つ買いました。確かに、シャツもよれてきている分があるのです。

駐車場に戻る時に目についた宝くじ販売所で、

『どうせ当たらんと思うけど…』

と思いながら2000円分地方くじを買いました。

車に乗り込んで、さて、帰ろうとしたときに、おなかが空いていることに気が付きました。

『久々にラーメンでも…』

と思い、ラーメン屋さんに行きました。

更に、雑貨屋に行ってバッテリー液をあるだけ買い。100均ショップに行ってプラスチックケースを買い。

家に帰ったら16時半でした。

帰って、あろうことか、スノボーウェアをネットで衝動買い…

今日は一日で久々、お金もいっぱい使ったし、時間もいっぱい使った。

帰ってきて、買ったものを整理してたら、100均で買った他のいらんもんと、宝くじとが目に留まった。あと、ラーメン屋さんのレシートと…

今日はいっぱい出費があったけど、無駄な買い物は、それ程しなかったし、必要経費と思って気持ちを切り替えよう…

財布が緩むときは緩んでしまうんだ…

と久々後悔しましたが。

節約もしないと、『いつまでもあると思うな親と金』ですね。

でも、買い物して、それなりに歩き回ったのでなんかちょっとだけ楽しかったです。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月22日 (日)

今年はどれくらい読めるかな…

毎年、何さつの本を読むかという目標を立てる事にしているのですが、このところ52冊読むという目標を超えられないでいます。

つまりは、今年も目標は52冊。つまりは1週間に1冊というペースです。

行けそうなんだけど、これがなかなか難しいんですよね。

名作にあたると、一日かからない時もあるのに、駄作(僕が思うにです)だと一か月ぐらいかかったりします。それは言い過ぎかもしれないですが、2週間はかかる時があります。

面白くないから次読む気がしないんですよね。

だから閉じたまま開かない日もあります。

何なんでしょうね。あの、読む気がしたりしなかったり…

文章がおもしろそうだった?とか?いや、設定か?

確かに、主人公がどうも犯人にされているらしいとなって、次の章には事件解決してたとしたら…え?この先200ページぐらいあるけど、この先どうすんの??

って思いますからね。

そういう風にさせられるともう一瞬で本の世界に入ってしまいます。

他にも、主人公がどうやら殺人者らしく、周りにそれを隠して生活している。これまでも何度も殺人を犯してきているけど、楽勝で回避してきている。この完結した話の中で。今後どんなエピソードがこの主人公を苦しめ、どういうもう一人の主人公がどうやって追いつめていくのか?という想像を掻き立てられるような?

そういう始まり方をしていると。引き込まれてしまいます。

ただ、同じことの繰り返しで、全然話が進まない、展開も面白くない。事件も起きない、主人公も成長しない。だらだらと過ぎていく物語…

こういうのが苦痛なんですよね。

半分以上読んでこのダラダラ展開が改善されないと、この先読んでも面白くないだろうなと思ってしまいます。

少なくとも1/3読んだ段階で面白くないと、それは最後まで面白くないのです。

あ、一つ、物語が進まなくても面白いときもあります。

それが、作者の工夫であったり、登場人物のやり取りであったり、こちらが想像して、多くの選択肢を出さずにはいられない状況づくりが、文章の中でできている時だったりします。

読んでいく中で、自分の中で登場人物が行動していきます。

勝手に見たことない顔の刑事とか、俳優が演じている犯人とかが頭の中の世界で物語を展開していくのです。

目で見ていないだけで、状況はテレビを見ているのとまったく同じです。

ある人は「それでも本を読むことは頭にとっていい」と言っていましたが。

別段、僕がはまっているミステリー小説については、難しい言葉がいっぱい出てくるわけでもなく、勉強になる事柄が書いてあるわけでもなく。

ただ、単に文章なだけなのですよ。大半が。

面白い文章ですけど。

ただ、外れが多いのが玉にきずですね。

とはいえ、やっぱり本は総じておもしろい。今年の目標も52冊にしたいと思います。

まだ1冊しか読んでないので、早くも遅れてますが…まあそれはそれで、期間を切るのも、僕は好きではないんです。

目標はあくまで努力目標として、読みたい本を読みたい時に読みたいだけ読むのが僕のやり方。

今年はいい本にいっぱい巡り合えたらいいなあと毎年おもうのですが、今年も思います。

速読を身に付けることができたら、もっとたくさん読めると思うけど、それはまあ…

まだまだ先みたい。

とりあえず、今年も読むぞ!!とだけ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月21日 (土)

メガネ宣言。

そういうアイドルグループありそうですが、事実は知らないですが、今日はそんなことを書こうと思って書き始めたわけではありません。

少し前に、もうすぐコンタクトの在庫が無くなりそうだと思っていたのですが、最後のコンタクトが終わったので、次のコンタクトを買わずに、もうメガネにしようと思っています。

正直、裸眼でいた時期もあって、あんまり見えない事にはなれているのですよね。本だって近づければ読めるわけで…

とはいえ、コンタクトをしてからというもの、その便利さに慣れてしまっていたのですが、そのうち破れてしまうという欠点があったのです。まあハードだと無くすのでね。

いちいち、いつごろに新しいのにしたかなんて覚えてないですし。

それで、破れたら終わりって感じでやってたのですが。

大体20日ぐらいでしょうかね、僕の使ってたやつは。

で、終わってしまったので、丁度もうすぐ花粉の季節ですし、コンタクトなんてしていられないので、今後、花粉の季節が終わってから、レーシックも含めて考えようと思います。

遅かれ早かれ、老眼になるんだったら、レーシックして、若いときはメガネいらずを目指したいものです。

近視は治るとかいう話ですが、乱視はどうなるんだろう…その辺も含めて、この春の間に調べてみようと思います。

治るんならそれに越したことは無いですよね。

それに、もしかしたら、僕が老眼になった時に、老眼を直せる何かが出てるかもしれないですしね、レーシックのように。

何にせよ、メガネをこれからかけて生活していこうと思います。

先も書いたけど、目が悪くなってからも、ずっと裸眼で過ごしてきていたので、(ていうかメガネを買うお金が無かったので、多少悪くなってる事は気が付いていたのですが、そのまま放っておいただけ)メガネを掛ける習慣が、実はそれほど身についておらず、

家では実は裸眼で過ごすことが多いのです。

そんな僕が、メガネやコンタクトを重視するようになったのは、やはり、一行見間違えたとか、端っこに書いてある字が読めなかったからとか、そういうケアレスミスが頻発するようになってからです。

見えてなければそりゃそうなるわって感じですが、それまで、いつの間にか悪くなってる視力に、気が付くはずもなく…

まあ、そんなこんなで、目の悪さを指摘されて、ようやく、なけなしの給料をはたいてメガネを買いに行ったのが始まりでした。

初めて買ったメガネは合計11万もしました…特にレンズが高かったように記憶しています。近視と乱視、特に乱視についてが高くなってしまうらしいのですが…

高かったけど、買って効果は抜群でした。

しょーもない、一行見間違えるなんていう事は皆無になったし、隅々まで読んで(元々そうだけど)見落とすことが無くなりました。

で、メガネの効果に嬉しく思っていたのですが、いかんせん急にメガネに変えたので…

ホント、身に馴染んでないのです。良く忘れるし…

で、そういうのも改善したくて、コンタクトレンズにしたのです。

コンタクトは…初め、買ったその帰りに電車の中に置き忘れてくると言うドン臭い事をしてしまったので、しばらく、コンタクトは向かないと思っていたのです。

そして、当時は乱視用の使い捨ても無かったので…

少しして乱視用の2Wが出たので、ここぞとばかりにそちらに変えました。

メガネでいた期間は僅かに1年半ぐらいです。

使い捨てレンズのいいところは、複数所有しているので、忘れたり破れた時は車の中にでも置いておけば問題ないのです。

ちなみに、レンズの洗浄は…あんまりしてかったのですが、使い捨てだからいいか…ってなってしまって、一応洗浄液でのみの洗浄でしたが…

ワンデーならいらんって聞いたことがあるので、すぐ捨てるからだとは思うのですが…

ワンデーは使ったことがないので知りません。

そうこうして、贅沢な時は一日ずつ交互に洗浄液係と着用係を分けてまるでハードのような使い方をしてたりしました。

これは…お金がかかるな…と思いながらも

ちなみに僕が使ってたのはボシュ■ムのメダリ●トです、まとめて買ってたのでそこそこのお値段がしていますが、先日も書いたように、長期にわたって使用するものはちょっといいものにする方がいいという考え方からこれをずっと使っています。

一度だけ違うのに変えたけど、すぐに破れてしまうので(期間はまっとうするのですが)やっぱこっちやな…とこっちのにしています。

でもコンタクトは、あったらあったで、一日80円から90円の計算で(期間を超えて使うのでもっと安いですが…)やっぱりお金がかかるし、保存液とかもかかりますからね。

その点メガネは一度買ったら…ってまあハードも一度買ったら…ですけど、その場合は紛失の可能性の方が高くてやってられないんですけどね。

今でも忘れてそのまま寝てしまった次の朝に顔を洗って流れて…なんてこともありますから。

メガネの利便性を今後はむさぼることにします。

というわけで、しばらくの間メガネで生活しようと思います。

ちなみに、コンタクトは終わりましたと書きましたが、一応、冠婚葬祭用って言うとおかしいけどいざという時のために、まだ少しだけ残しています。例の車の中に置いてたやつです。

試したことのないワンデーを買い置くのもいいかもしれないですね…

ちなみに、メガネってなんか楽ですね…

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月20日 (金)

とりあえず…。

今日は家に帰ってきてから、ちょっと横になってうとうと…としていたら、ばあちゃんが下の階段に洗濯物を畳んで持ってきてくれた模様。

そんな音がしていた。いつもながら『ありがたい』と思ったが、とりあえず、気が付かない風を装って、そのまま横になって、こたつの布団で丸まっていました。

ふと、少し催したので、トイレへ行くために階段を降りたら、洗濯物の上に、何やら見慣れたはがき(?)が置いてあるのです。

『これは…もしや…』

そう、先日受けてきた第二種衛生管理者の合否通知でした。

そういやどうだっけ?高校や大学みたいに、合格してたらぶっこい封筒か何かで来るんやったっけな??どうやっけ??

いや、そんなん無かったはず。合格でも、不合格でもどっちもはがきははがきだけだったと思う。

『ということは…開けてみなくては分からないという事か…』

そのハガキは今流行りの引きはがし式のはがきでした。

もう試験も済んでるし、今更ドキドキしても仕方がない事は分かってるんだけど、流石に三回目の受験は自分の中ではありえないだろうと思ってたので、更に、はがきをめくる手に力が入ります。

珍しくビビッていました。

心臓がバクバクしてくるのが分かります。また試験を受けてるときみたいに体が強張ってきました…

『…どうしよ、確かにテストはまあまあできたはずなんや。これで落ちてたらホンマ救いようが無いんとちゃうか…?店長が言うようにみっともなすぎるし、流石にもう一度は受ける気がしないし、受かる気もしないぞ、今回あかんねやったら…』

と思いながらも手が進んでいきます。

頭にも血が上っているのが分かります。耳は気圧の変化にさらされた時のように聞こえなくなってるにもかかわらず、心音だけはやたらと大きく響きます。

落ち着け、落ち着け、これは試験じゃない、ただ見るだけ、ただ見るだけや。緊張したって結果が変わるわけはないんだから…

あ~でも受かっててほしい、てか落ちてないでほしい…そして文字が一つずつ表示されます…

『免・許・資・格・合・格・通・知・書…』って題名かい!

『ってあれ?これ前回不合格通知書だったような…』

試験日…1月11日…あれ、またテスト受けるのか?あれ、そんなんあったっけ?

え、てか11日ってもう済んでるやんか…あ、そうか試験受けに行った日か…

『ってなにボケてんねん、合格やないか!!』

『そうよな、これ合格よな、どこにも不合格って書いてないし、それに、前回あかんかった時は獲得点数まで書いてあったけど、今回は書いてないし…』

あ~よかった…今回落ちたらどうなるかと思った。

と少し気が緩む。

ホッと一息です。

正直、本番に弱い僕は落ちてるかもしれないと思ってたのですよ。でもよかった。

今回はちゃんと合格できた。

前回は2問足らなかったけど、今回は何とか足りたみたい。

試験後の答え合わせではもっと高かったと思いますが、とりあえず、合格して良かった。

会社への面目も…とりあえず保てたというものでしょうか。

まず一つ。

あとは、あの風邪にうなされる中受けた昇級試験が受かっているかどうかですが。

とりあえず、この第二種衛生管理者の試験が受かってて一安心です。

これから、免許申請をして取得になります。

落とすための資格ではないとしても、前回失敗していただけに、ややトラウマになりかけてたかもしれないだけに、この安心感たるや。

あの講習受講者の合格率が96%オーバーだったって聞かされた事そのものが、そもそもの躓きの原因なんですよね。

あんなん聞かなきゃよかったんですよ。

まあ2時間かけて講習受けに行って、丸一日講習して、また2時間かけて帰って次の日5時半出勤で、夜の11時まで居なきゃならんかって…その次の日が試験で、ってなると、そりゃ流石に力なんか発揮できるわきゃないよね。

結果として今回合格できたからこうやって言えるんだけど。

早く帰れて、勉強できた人たちはやっぱ一発で合格できたんでしょう。試験会場までは近かったけど、それまでが遠すぎた。ちなみに、再度試験を受けることになったメンツは、皆々、早くに帰って勉強ができなかったであろう方々でした。遅くまで残って仕事をしている事でよく聞く方々でした、それは…僕も含まれるのですが…

と今になって思います。

頭の回転が少し遅いからね僕。人の倍は勉強しないと…

でも倍で収まってよかった。

今日はぐっすり眠れそうです。

| コメント (2) | トラックバック (0)

2012年1月19日 (木)

高い買い物

「Fさんは家買う時にどんなこと考えます?」

と、質問されました。それは…実は考えたことがあるのです。

「いきなりな質問ですね、何かそういう話でもあるんですか?」

「いや、特にそういう話はないんですけど、Fさんならそういう時どうするのかと思って聞いてみました。」

「そうですね、恐らくはその時は自分の人生で一番高い買い物になると思いますので、ケチケチしないで自分の思うように建てると思いますよ。」

「やっぱそうか…」

「?。どういう意味ですか?」

「いやね、うちの家の屋根のところなんですけどね、建てる時ちょっとケチったんですよ。そしたら今になってボロボロになってきて、修理に結構お金がいるんですよね。何百万っていう…建てる時にいいやつにしてたら、もう少しは丈夫だったと思うんですけど、今更しゃーないんで、あきらめてるんですけどね。」

「はあ、なるほどねえ、家にせよ、車にせよ、新しいのを買う時はやっぱり長持ちする事が第一ですもんね…」

「それにね、うちの家にはベランダがないんですけどね。」

「はあ、そういう家は結構あると思いますけど?」

「いやね、ベランダとかそういうのも、旦那はいるやろって言ってたんですけどね、そんなん使わへんって言って止めたんですよ。」

「それで欲しくなったと?」

「はい、家建てる時普通旦那さんの方がいらんとか言うらしいんですけど、おたくは男女逆ですねって言われたりしました。」

「はは、それはそれはTさんらしいですね。」

「はは、そうでしょ?ありがとうございます。それもFさんやったら付けるかな?と思ったんですけどどうですか?」

「そうですね、結論から言うと付けますね。」

「やっぱり。」

「だってね、そういうのは決めるのは自分たちですけど、暮らしていくうちに家族になって、どちらかの両親だって住むことになるかもしれないでしょ?そうなったら、二人の家だけど後々は自分たちの家になりますよね。その時に、あった方がいいものは、一緒に着けておおくべきだと思うんですよね。子供だって、自分の家にはほかの子の家と違ってベランダが無いとか考えるかもしれないですしね、あったらあったで使い勝手もいいでしょうし。」

「そこまで考えるんですか?」

「考えなかったんですか?」

「だって、普通に暮らすのにはいらないように思ったから…あと、うちの家階段の手すりを、丈夫な金属のやつ付けるか、木製のでいいかで悩んだんですけど、結局木製にして失敗したな…とか思ってるんですけど。」

「おばあちゃんが使うようになったから?」

「そうです。」

「さっきも言ったけど高い買い物ですからね、何年も経ってから後悔するぐらいなら、ケチらずに高い方選んだ方がいいんですよ。どうせ少なからず後悔しますからね。」

「高い方選んでも後悔しますかね?」

「そりゃそうでしょ、だって高い方が当然料金払う期間が長い訳だし、高い方選んだからって、安い方を選んだ時の後悔が分かる訳じゃないんだから。過ぎてみれば、『あの時安い方選んだ方が苦労は少なかったかも…』なんて思う事もあるでしょう?」

「それはそうかも…」

「じゃあ逆に質問ですけど、家を建てる時は何を中心に考えたんですか?」

「…あー何やったかな?その時住みやすいと思うのと、安く抑えることかな?」

「…」

「…ちょっと!何か言って下さいよ。」

「ああ、はい、確かに住みやすさは重要ですよね。」

「ありがとうございます。」

「ただ、それが、今なのか、それとも10年20年先でもそうなのか…っていうところが大切なんだとは思いますけどね。」

「Fさんの意見に賛成です、私Fさんと結婚すればよかったわ。」

「そん時僕は2歳ぐらいですけどね。」

「そうですね、私の息子と歳近いんやもんね。」

「ま、何にせよ、高い買い物は今だけの事を考えてはできないですからね、どこまで先の事を考えてするかって事が重要なんでしょうね。人生どんな事が起こるかわかったものじゃないんですからね、結局空振りに終わる事もあるし、その前に死んでまう事もありますからね。」

「そりゃそうですけど。」

「そんなん考えてたら身動きとれなくなりますからね。未来はあると思って行動しないと。」

「はい、そうですね。」

「今日も頑張りましょう。」

と言ってその会話は終了したのですが…

実際に家を購入する事は、僕の人生プランには入っていません。じいちゃんが残したこの家があるので、この家をリフォームする事は考えていますけどね。

でも車とかもそうですが、実際買うとなったら、先の事を考えて買いたいですよね。

今から車替えるなら日産の「リ●フ」を買うかも。ガソリン代がいらんのは魅力的かも。実際に電気代がどれだけかかるのかは知らんし、電力会社からどうのこうの言われてる時期なので、それが本当に有効なのかそうでないのかは分からないですけどね。

ただ一つ言えるのは、自動車ローンなり、住宅ローンなり、あると思うけど、ローンを組まなくてはいけない買い物は、自分の未来を買うんだから、慎重に先の先のそのまた先の事を考えて買い物しなくては、ただしんどいだけになってしまいます。

ローン自体が未来のお金を差し押さえられることですからね…

できることなら組みたくないですが、リフォームを含めて、組まないでは不可能なこのご時世。サラリーマンや主婦が宝くじに頼りたくなるのも仕方が無いことですよね。

とか言ってるぼくもサラリーマンですが…

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月18日 (水)

そういうのはあんまりよくないですよとの提示

僕は、結婚願望がないのですが、世の独身男性の多くはそうではないかと思います。鎖に繋がれた猟犬のごとく感じてしまうのですよ。結婚というのは。

大体、結婚がゴールインとか良く言うけど、そういう考え方ってどうかと思ってしまいます。

だって、結婚してから苦労する事ってめっちゃたくさんあるじゃないですか。夫婦仲もその一部だし、家族ができたらできたで、経済的にもそうだし、社会的にもいろいろとしなくてはいけないことが沢山あります。

そうやって一緒に苦労していける人間となら結婚してもいいかもしれないですが、できたら苦労したくないと言うのが世の多くの若い女性の思いでしょう。

それが僕たち独身男性が独身女性に持っている結婚に対するのパラドクスです。

男は仕事にでる。女性は家に居る。

この言葉が、男女差別というのであればそうなんでしょう。

ただ、現実として、「寿退社」とか「主婦」という言葉があるというのは、女性たちも少なからずそう思っているからだろうと僕は思います。

もちろん、歴史的に男性が女性をしいたげてきていたという事実は知っています。

今でも、シルバー人材の方(通称シルバーさん)は女性と同じ給料である事に時々不満をもらしています。

僕が社会に出始めた時、まだ数年ですが、男女雇用機会均等法とかも社会通念の一つとなっており、女性の社会進出は当たり前になっていました。

そんな中でも、「結婚して、仕事を辞めて主婦になりたい」と思う女性は大多数をしめている。もちろん、キャリアを積んでより高みを目指す方もいらっしゃるだろうとは思います。

ビジネスパートナーとしての男性としか見ない女性もいてるでしょう。

結婚願望のない女性も沢山いるでしょう。

そういう人たちは結婚をゴールとは考えていないんだろうと思いますが。

結婚して、子供を産んで幸せに暮らすこと、これをゴールと設定する人は少なくない。

それが自身の幸せだと思っている女性は多いのではないでしょうか。

今は仕事が楽しいけど、いずれは私も結婚して家庭に…

と考えている人は多いはず。という意味です。

男性は、もちろんそれに呼応する形で結婚する人はいるでしょうが、自身が結婚して家庭に…と考える人は例外的でしかない。

いつの間にか、男性も女性も大学を卒業したら、就職して、キャリアを積んで出世していく事があたりまえのようになってるけど、それって本当に正しい事なんでしょうか。

動物、生き物の生態的に見ても、何か違うんじゃない?と思うのですが…

現に、こうして、日本社会の少子高齢化は女性の社会進出によるものが大きいとされていますし。

それは、適齢期に仕事に没頭するが故に出会いが少なくなる…という話のようですが。

仕事にプライベートを持ち込まない傾向の強い日本男性が、会社で恋に落ちることや、告白することは少ない。

そんな中で適齢期を過ごすんだから、そりゃそうなりますわな。

積極的な女性ならいざしらず、奥手な人は絶対無理でしょう。いい人がいたとしての前提ですけどね、

男も最近はしょーもないのが多くて、そんな中から探すのも大変でしょうけどね。

世に言う「社内婚」とはそういう事でしか成り立ってないのですよ。

動物の話に戻りますが、狩をしてくるのが雄の仕事で、子育てをしたり、巣を守るのが雌の仕事と決まっている動物が全体の8割ぐらいです。

人間は?

人間もそうなんじゃないの?つまりは、本能的にはそういうものだと思ってても、中に狩をしたい人もいるし、男に負けたくないという思いの強い人がいることも事実で…

例えば、一部の力を持った人が「女性は今も虐げられていて、社会ではつまはじきものにされて泣いている女性は沢山いる、そういうのを排除すべきだ!」

と先導すると、同じようにそう思っている人は立ち上がるでしょう。でも、それが全てでしょうか?

またメディア批判みたいですが、そういう人たちがテレビでそう叫んだらそうなってしまうのが日本の現状ですよね。

実際は会社で男性は「セクハラ」「パワハラ」に怯えて発言から何から注意して腫物にさわるような人がほとんどです。どちらもそうでしょうが、一部の人間が未だに平等に接していないだけで…

男女平等を叫びながら、女性優遇には目を瞑るというのはいかがなものか。

優遇されるのはOKで差別されるのはダメっていうのは虫のいい話ではないですか?

男性優遇ってすると男女差別って言うくせにです。

今、社会で働いている40代半ばから下に至っては、非難されるような男女差別をしてきているかな?

男性の権利を奪い、女性の権利のみを主張するのはいかがなものかと思います。

そういう人が言っているのは「じゃあ男性も権利を主張すればいいじゃないの!できないなら黙ってなさいよ!」というけど、主張したら差別というんだから言いようがないでしょうが。

なぜなら、大前提に、男性が強者で、女性が絶対的弱者であるようにその方々は考えているからです。

でも実際はそうじゃないでしょうが。

会社で、もちろん、「やっぱ女は…」とかそういう差別的な言動を言う人もいるかもしれないですが。いやいますが。そんなオッサンも

家に帰ったら上さんに頭が上がらないものです。

もしかしたら、頭が上がらない故に、会社ではそうなってしまっているのか?と考えられなくもないですが、そんなことが言いたいのではなく、

こと、会社においてはそういうことが存在しているが、家庭においては全く逆の事が言えるんじゃないのか?という事ですよ。

虐げられているのは旦那の方じゃないのか?

賞味期限の多少切れたものも分からないうちに食べさせられたり、仕事で疲れた体を休めようとしたら、寝てばかりといわれ、家庭によっては子供にまで馬鹿にされ、娘にはそのうち臭い臭いと罵られ、嫁と一緒になって罵倒し始め、邪魔者扱いする。「お金だけ入れて帰ってこなければいいのに」という事もどこの家庭でも言われている。

子育てが一段落して嫁に余裕が出てきたらアルバイトなりパートなりに出かける。その収入は貯金に回し、「いざという時」の資金にする。旦那の金はすべて生活費、小遣いは最小限。何かというと稼ぎが悪い、甲斐性が無い。

家ではそういう存在が、父親のあるべき姿となりつつある。その上、何かにつけてパワハラだセクハラだと言われて、通勤電車では痴漢に間違われたり…道行く若者に馬鹿にされたりしながら帰宅したり…賞味期限切れなんてまだいい方ですよね。カップめんだってあり得る。買って帰ってこいっていうのもある。

ほら、男性は強者じゃないやん、弱者やんか。結婚したら、自分の人生家族に捧げるんですよ。

しょぼい男性も多いけど、自分の人生捧げてもいいっていう女性がどれだけいるん?

しょぼい女性も多いやんか。

ただ単に結婚しろとか、女の子をよう捕まえてこないとか、簡単に言わないでほしいですね。

僕の人生をかけていくだけの人を探さないと、性格上何十年もやっていけるわけがないんですよ。

女性が仕事ができないとは僕は思わないけど、できない女性をよしとは思わないし、できる男性があたりまえだとも思わない。仕事ができれば男性も女性も関係ない。

職業的にもそれは言える事ですが。そんなことを既に超越したところに僕の職業はあるし。

…そんな中に居ても、結婚は前向きにはなれないし、相手を探す気にもなれないんだけど。

この前、↑それをアルバイトさんに話したのですが、

「Fさん、それは年ごろの女の子に言ってはいけませんよ、私らオバちゃんにはなんぼ言ってもいいですけど、年ごろの女の子はFさんぐらいの男性に結婚を求めるものですから。Fさんがいくらそう思ってても、言われると傷つきますからね。」

と言われました。

「何に傷つくのですか?」

「それはもう、Fさんが考えないと。」

今でもその意味が分かりませんが、何人かには聞かれたときにそう答えてしまってるし、このブログでも何度か…コメントでも書いてる…

もしその方が言うように傷つけてしまったのであれば申し訳ありません。そういうつもりで書いた訳ではありません。

意味が分からずに書いていますが、謝罪の気持ちは分かって欲しいです。

これからはそういう風に言わないようにします。違う受け答えをすることにします。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月17日 (火)

サイドミラーが直りました。

車のサイドミラーがもうめっちゃボロボロに大破してしまっていたのですが、今日やっとそれが修理できました。

昨日、車屋さんから携帯に着信が残ってたので、かけなおせばよかったのでしょうが、気が付いたのが19時を過ぎていたので、流石にもう会社にはおってないだろうと思って止めました。

それで…今日携帯電話を家に忘れてたから、着信があってもわからなかったので、直接車屋さんに行きました。

新しいサイドミラーが3万円ぐらいすると聞いていたのですが、その時は『うげ、そんなにするのか?』とは思いつつ、どうせ僕が払うのではなくて、相手が払うので別にいいのですが、それでも、あまり高いのを相手に請求するのも気が引けるというものです。

でも半分『まあいいか、向こうが悪いんだし…』という気持ちもあったので、結局はそれで了承したのですが。

どうも、新しいのは2週間も待たなくてはいけないし、それにあの値段なので、と工場長がどこからか、中古品を探してきてくれたそうなのです。

で、車を持って行って直してもらうときにそう説明してもらって、「はぁ…」とだけ答えて、取り換え作業が終わるのを待ちました。

ざっと10分ぐらいでしょうか。

その間おっちゃん(社長)と取り留めのない話をしながら、待ちました。

作業がを終わって、にいちゃん(専務)が車を店頭にまで持ってきてくれました。

そこで、会計です。

『中古品だから3万てこた無いやろ…1万5千ぐらいかな…?』

という大方の予想をしていたのですが。

「工賃込みで8600円やな」と言われました。

『え?8600円?安!!』「そんなに安いんですか?」

「おう、工場長があちこち電話してくれたさかいの、そんぐらいで済んどんや」

「ホンマですか、助かります。それなら今からでも払えますわ。」

と言ってその場で料金を払ってから、お礼を言って帰ってきました。

ここからが問題で、サイドミラーも治った、料金も思ったより高くなかった。いつも仕事で遅くなる、休みの日は家から出たくない。

ときたら、

『もう別に弁償してもらわなくてもいいかな…』

という精神が僕の中で芽生えつつあるのです。この2週間余り、サイドミラーが砕けている事に恥ずかしく思っていたのですが…

いや、精々最初の二日間ぐらいか、そう思ってたのも、後々どうでもよくなって今日も普通に走ってたのですが、車線変更の時と駐車の時にちょっとやりにくいだけで、そんなにサイドミラー使わないので普通に走っていたのですが…

もしパトカーに聞かれたら「さっきぶつけまして…」と適当に調子の良い事を言おうと思っていたので、それに止められないだろうとは思っていたし。

元旦の時のムカつき感は全くなくなっていたので、それでも、何万円もしたら出してもらわない訳にはいかんと思ってたんですが…

正直、ワザワザ相手に請求に行くのが面倒になっています。それに、大体は請求ってなんかしにくいですしね…

でも、それって良くないことですよね。ちゃんと、そういうところの管理ができないと、一社会人ですから。しかも5日の日にはわざわざ相手の家に行って誓約書も書いてもらったというのに。

電話して銀行口座に振り込みしてもらおうかな?

でも金銭の授受で、誓約書とかを交わしておきながらそういう終わり方ってどうだろう。ちゃんと(?)喫茶店とかで話をつける(?)というのが筋のような気がする。

そして、その労力は惜しんではいけないような…

とりあえず、今日直って、明日明後日には言う必要はないと思うので、来月頭ぐらいまでちょっと待ってみようか。

もしかしたら相手も給料日前にそういう事になるとちょっと困るかもしれないし。

給料日後ならいくらか気が楽かもしれないですからね。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月16日 (月)

手帳の使い方

人生で初めて持った手帳は中学入学の時に、自分のクラスの自分の机に既に置いてあった生徒手帳。

正直なところ、生徒手帳の使い方なんか全然分かりません。一ページ目に生徒証みたいのが付いてて…

確か、そんな小さな手帳を手にしたときに『ああ、僕ついに中学生になったんやな…』と思ったものでした。小学生の時にはそんなのありませんでしたからね。

でも、生徒証以外にその手帳の使い方が分からなかったんですよね…

それは実は高校になっても全く同じでした。

この手帳に一体何を書けばいいのか…ただ持ってるだけ、ただ胸ポケットに入れてるだけです。

中学校の時には必ず胸ポケットに入れているように!という厳しいルールがありました。

高校はそんなのはありませんでしたが、癖でしょうか、何故かずっと胸ポケットにしまっていました。

ちなみに、後から知った事ですが、小学校は文部省(現文部科学省)指定の教育訓練モデル校だったらしいのです。伝聞ですので確かな情報かどうかは分かりませんし、今はどうか知らないですが。

そういえば、授業中の勉強をする姿勢からノートと教科書、筆箱の置場から、机のサイドには給食袋が右で左が体操服。

学校指定の制服。今思えば、かなり厳しいものであったように思います。

中学校に入学したら普通厳しくなった印象があるものだと思いますが、少なくとも僕は中学校になって、小学校の時よりも自由さを感じました。

簡単に言うと、中学校の方が楽でした。

授業態度や授業を聞いている時の姿勢が悪くても叱られることもないし、多少隣の子に小声で話しても少しぐらいなら何も言われない。

まあそんな話はどうでもいいんですよ。

手帳の使い方の話です。

そんなのは学校では教えてくれないという事です。

しかし、中学校の部活動の顧問で、三年生の時の担任の先生は、僕に、いや、僕たちに

「メモを取れ」「メモを取れ」と散々言ってきました。

しかし、その時に僕が傾けた耳は片方だけで、『そんなの、頭で憶えれるから必要ないやろ、先生が言うから一応メモは大切なんやろうとは思うけど…』と思うにとどまったのです。

馬鹿でしたね。

自分の頭で覚えれる事なんて本当に知れています。ただ一つの事でさえ、印象に残らなければ忘れてしまうんですから…

せっかく気が付いてても、忘れてしまってては覚えたことにはならないですよね。

「僕は馬鹿だから…」と思えることを大切にしなくてはいけません。

メモを取る事で覚えることを止めてしまうという訳ではありません。忘れてしまうであろうことを忘れないうちにメモするという事です。

忘れてしまっても大丈夫なように。とはいえ、忘れないことが前提で、メモを見なくても問題ないぐらいまで自分を高めていくのが目標です。

ただ、メモを取るのはその時も続けていく必要があるでしょうが。

自分は馬鹿だから「メモは必要」という事は忘れてはいけないでしょう。

アルバイトでリーダーをしてるとき、忘れてはいけない内容が沢山ありました。初めは頭で覚えていましたが、忘れまくりのミスしまくりでした。

その当時もまだメモを取ってなかったんですよね。

ミスを重ねて重ねて、自分がダメだと気が付いてすぐに手帳を持ち始めた。

日付とメモ帳が交互にあるのが使いやすい。

そう思ったので、そのメモ帳を買った。

以来ずっとその手のメモ帳を使ってるし、かなり書き込んでる。

憶えれることなんて本当に一握りでしかない。

毎年、11月にはもうボロボロになってしまっている…今使ってるのは新しくなったところだけど、それも新しいのが来るときにはボロボロになっているでしょう。

きれいに一年間使う気がないと言えばそれまでなのですが…

一年間の賞味期限があるメモ帳なら一年間ボロボロになるまで使うのが使うものの使命ではないか?と思うのですが…

って言うほど、まだ使いこなせているとは言えませんが。

メモを取る事の重要性は理解しているつもりです。

これからもしっかりとメモしていこう…

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月15日 (日)

また歯の問題…

お腹がすいたので、ご飯でも食べようと思って、パンを頬張ったら…

メシッ!!

って口の中で音がしました…一応言いますけどダジャレではありませんよ。

右側の奥から二本目の歯。親不知を抜いたから、普通に二番目の奥歯です。

そこの、被せてるやつが…取れた。だけでなく、支えになってた歯もポッキリ折れてしまった。

いや、その支えになってた歯の部分が折れて、被せてたのが取れたと言った方がいいかな?

この奥歯の治療は…神経を抜いてしまってて…ってことだからもう13年ぐらい前か…確か、こうやって被せてても後々また治療せなあかんなるとか言われてたところやと思いますが。

で、その歯の部分ですが、割と根本の所から折れてて、折れた時にどうも歯茎を傷つけたみたいで…

まあ要するに血が出てきたと言うだけの話なのですが…血が出るほどの怪我をするということは…

そうです、これから口内炎に恐らくなるだろうと言う事です。

今回は、前回買った薬があるから、なったらそれを飲もうと思っているですが、薬薬薬になってしまうのがなんか嫌なんですよね。

とはいえ、それだけ効果的なのであれば頼らざるを得ないのですが…

歯は僕の中では結構大切にしてる方なのですが、なぜこうも虫歯が後を絶たないのか…

歯を磨けば10分以上の時間を費やし、うがいは洗口剤を使用してるし、しっかり奥歯まで磨けるように先端の小さ目の歯ブラシを使用してるし、その歯ブラシも高いけど一月に一本のペースで替えてる。

洗口剤のうがいは一日二回。

ちゃんとやってるんですが…歯科医師によれば「磨きすぎ」らしいのです。夜は時に時間の許す限り、磨いてたりします。

もともと、それ程歯は強くないらしいのですが、その上で、毎日朝晩合わせて1時間以上もかための歯ブラシで歯を磨いている。しかもそれなりの力で…

歯垢はほとんどついてないらしく、待ち時間とかに衛生士の人が歯垢を取ろうとして

「あれ?誰か先に歯垢取りましたか?」

と聞かれたぐらいでした。当然誰にも取られてないのですが

何回も書いていますが、歯を磨きすぎて逆に歯がもろくなってしまっているのです。そして、虫歯になりやすくなってるという訳で…

でもですよ、歯の磨く力とか、磨く時間とか、どこかで習いましたか?

磨き方は習いましたよ。時間も最低3分は使って磨くことと教わりましたが…

最高何分までとは聞いてないし、力はどれくらいとかも全然分からないですから、実は毎回毎回掌がつりそうになるので左右入れ替えたりしています。

磨き順番も右下奥の上から、左下奥の上へ行って、左上の奥の上の部分へ移動して、右上の奥へ。

今度は前の右側上下、から前歯を通って、前の左側上下へ、次に左後ろの上下から前歯の後ろ側を通りながら右側後ろの上下。そして最後に歯ではない歯茎を一通り磨いて、口の上の部分とべろを磨いて終了。

ざっと磨くと15分ぐらいかかります。

ちなみに移動はそれぞれの箇所を往復30回ぐらい磨いてから1㎝ぐらいずつ移動させていきます。

これ以上に丁寧な磨き方は無いと思っているのですが…

磨きすぎを指摘されても、普段からやっててしみついてる磨き方を変えるわけにはいかないんですよね。

それに、歯垢が全然ついてないと言われて悪い気はしないですしね。

ただ、現状として、しっかり磨いていても、虫歯が後を絶たないという事実。

これが僕の中で消化しきれていないんですよね。

曲がりなりにも僕は昔介護士をしていた時期もあって、歯と認知症に何となく関係がありそうだという事は知っているんですが…

だから、歯は大切にしたいな…と。

思っているんですが、この体たらくです。

でも、今回歯医者に通い始めたので、治せるだけ直してしまって、今度こそ大切にしたいと思います。

もう手遅れかもしれないですが、だったらだったで、歯の再生治療か、インプラントをが安くできるようになるように祈るだけですが…

認知症にはなりたくないですからね…なってもたら仕方がないですが。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月14日 (土)

よくやってしまう。

ずっと柔道をしてきて、だからという訳でもないですが、学生の頃は大食いと言ってもいいぐらい大食いでした。

とはいえ、別に太ってたわけではなくて、食べている割には肥えてなかったように思います。

つまりは、食べまくっていたのですが…

あの頃は鉄の胃袋を僕はもってるのかもしれないと過信していましたが…

そんな胃袋あるはずないんですよね。しかもそんなのあったら、すぐに酸化してボロボロになってしまいます。鉄だからね…

まあ細かい事はどうでもいいとして、つまりは、一食の予算が許す限り、食欲の限りを尽くして食べたいものを食べたいだけ食べていたと。そういう訳なのですが。

もともと、それ程自由な時間があったわけでもないし、食事の時間は「車を運転してるうちに」っていう事も多かったのですが。

食事の90%以上がコンビニエンスストアで買った弁当やパンやお茶で、自身が働いていたという事もあって。ファミマはよく利用しました。

いろんなおにぎりやお弁当があって、それぞれにおいしく、弁当の中ではファミマが断トツ一番でしたね。今はどうかはわからないですよ、僕が学生をしていた頃の話ですので。

その時も食べたいものを食べたいだけ買って食べていましたが…

その延長線上で実は今まで来ているんですよね…

だから、仕事柄コンビニにはほとんど行かないけど、代わりに自分の店で、食べたいものを食べたいだけ買ったりしています。

しかし、30歳を超えた…いや、超える前、20代の後半ぐらいから胃の機能や、腸の機能がなんかワンランク以上ダウンしたように思えるのです。

当然目には見えないし。気のせいで済ませられそうなレベルだったので、当時別に取り立てて騒いだりはしていませんでしたが…友人たちにはさりげなく(?)聞いてみたりしました。

なあ、ちょっと聞きたいんやけど、最近消化が遅く感じたりとかすることある?

なんていう文脈で言うと、全然さりげなくないストレートな質問を、普通に話している流れでさりげなく、してしまっていたのですが…

そのおかげで自分だけがそうではないと気が付くことができたのですよ。

30代になってからというもの、マクドを食べることが少なくなりました。まずいっていう訳でもないんですよね。むしろハンバーガーは好きな方ですが、あれは夜に食べると殺人的に次の日に残ります…

そういう、次の日に残る云々については、割と警戒するようにはなってきているのですが。

量については、全く無警戒なんですよね。でいつも限界まで食べてしまうんですよ。

『今日はから揚げ食べよう…あ、たこ焼きは必要やし、カップめん食べないと温まらんしな。でもから揚げは小さいのにしよか…』

これは、まだ考えれてる方。

『クリームパンとウインナードッグとあとは…ヨーグルトとポテトチップスと、パンもう一個ぐらいなんか食べれるかもしれんな。そや、ネオレーズンロールにしよ…』

最後に決めたネオレーズンロールは5個入りですからね…完全に食べ過ぎですよね…

実はレーズンパンめっちゃ好きなんですよ。

レーズンパンがあれば他何も無くてもいいぐらい好きなのですが、本当に好きなので飽きないように感覚をあけて食べることにしてるぐらい好きなのですよ。

以前毎日レーズン食パンを食べてたんですが。全く飽きなかったので、気を使う必要はないのかもしれないですが…

何でしょうか、量が食べたい訳でも…無いと思うのですが…でも得心がいくぐらいは食べたい。から揚げであれば3個は食べたいし、パンも2個はいるかな…

食事の後になぜか口さみしくなってなんかを食そうとしてしまう。スナック系、せんべい系。

ひとしきり空腹が満たされたら、あとは何とか2時間起きてて、その後に寝るだけなのですが、実がそこが一番大変で…

満腹になったらすぐ眠くなるんですよね、胃は満タンみたいな感じで、ちょっと苦しいぐらいなのですが、だから横になったらもうおしまいですね、気が付いたら朝っていうか、アラームやら目覚ましやらで起こされたら…

朝から顔がむくんでます。

そんなのが二日も続いたらなんかむくみが治らなくなって、それが普通になってしまいます。

そうして単純ですが、お肉と化して僕の身になっていくのです…

でもこんなのが体にいいはずがないですよね。

ということは、対策を立てなくてはいけないのですが、満腹時の対策などは、空腹時において何の役にも立たない事はこれまでに実証済みです。

「明日からダイエット頑張ろう…」とかいうのと同じですよね。今頑張れないなら明日からも無理なのに…

僕はまあダイエットには興味ないのですが、少なくとも食べ過ぎで苦しい状態が長く続く事は、避けたいですね。

空腹時に対策を立てて食べ過ぎないようにしよう…

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月13日 (金)

一日が48時間であれば…

という事を考えたことはめちゃくちゃあります。

で、概念的に48時間にするために、一時間を30分で考えてみたりしたのですが、どうもうまくいきません。

逆に一日を本当に48時間で考えてみたのですが、一日の間に太陽が二度沈むのはやっぱり受け入れがたい。

どうすれば、一日48時間にできるのだろうかと考えたのですが、いきなり48時間だから無理なのではないか?と思い、

一日を36時間にすればどうか。と考えましたが、そうすると、一日太陽が二回上がる人二回沈む日とが交互にあるのですが…

それもまたなんか紛らわしいので駄目です。

何せ、待ってると一日は長いですが、追われてると一日は早いものです。

一週間だろうと一か月だろうと、短いと感じたら短いし、長いと感じたら長いのです。

時間の概念を超えることができるとアインシュタインは言っていますが。

要するに、アインシュタインは

一分一秒という時間の長さは変わらないが、その長さを感じるのは個人によって違う。

ということを言っているのですが…

要するに同じ1分でも90秒あるように感じたり、30秒しかないように感じたりするのは個人による時間感覚のズレがそうさせているのであり、脳がそう感じている以上、時間の経過はその人にとって正しいという事です。そんな事言ってしまえば集合時間やら開始時間やらがおかしくなってしまうやないか…

と思うのですが、かの相対性理論を解いたアインシュタインが言う事なのですから正しいのでしょう。

物理については全く興味が湧かないですが。

確か、相対性理論というのは、地球と宇宙と時間とズレが重要で。ズレの分だけ、未来に行っているというのが本質だったような…

一行で書いてしまって申し訳ないですが…僕が相対性理論がどうのこうのと接したときにはそれだけ覚えておけば、この先僕の人生ではOKだろうという判断をした覚えがあります。

文系人間の特質かも知れません、少なくとも、理系人間で、相対性理論を知っている人に相対性理論を一行で説明しろと言われても無理でしょう。

もちろん、僕の書いてる一行で余すこと無く表現できているわけではないですが…そ言う風に知ってればいいレベルだけ知ってれば僕はいいやと思うので、これ以上に詳しく知ろうとは思っていません。

話を戻しますが、生まれた瞬間にカウントダウンが始った人生ですが、もうすぐ折り返しがきて、後半はすぐに終わってしまいそうな気配がする。

前半は分からないことでいっぱいで、好奇心と未来でいっぱいだったのに、ある程度の知識を持って、未来は折り返してるとなると、感じ方は変わってしまうのではないでしょうか。

ある程度の年齢になっても好奇心を抱き、未来を想像することは可能なのでしょうか。

それは、仕事ではなく、プライベートな時間の中でという話ですが…

全く想像もつきません。

例えば、本を読んでても、おっちゃんが主人公の物語は少ないように感じます。まあおっちゃんと設定する年齢にもよるのかもしれないですが。

少なくとも60代で定年を迎える刑事よりも年老いた主人公はまだ出会ってないですね。

それも、主人公に未来がないと面白くないから?かもしれないですが…

「さまよう刃」なんかは、未来を断たれたお父さんが未来を奪った存在を殺すために動くという話ですが…

以前、何度も書いたかもしれないですが、人間、未来があってなんぼなんですよね。

少し先の未来、遠い先の未来。

未来があるから今が頑張れる。今を頑張るから、未来が来る。

未来を焦がれるから遅く、今を大切にしたいからすぐに未来が来る。

人間の脳みそ次第とはいえ、不思議なモノです。

これからも、ただ何となく生きるのはよそう。そして、自分の未来をより良きものにするために一瞬一瞬を大切に、今を力強く生きよう…

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月12日 (木)

好きなもの。

読書。

といつも言っていますが。文章を書くことも好きです。と、付け加えたりもしています。

まあ、それは趣味と同義だったりするんですが。

少し前、アルバイトさんとの話で、アレルギーについての話がありました。

食品を扱う人間として、何と何のアレルギーが死に直結してあぶないとかを知っておいてもよいと思ったので、それは皆さんにも言っておいたのですが。

その前の、何気ない会話の中で、「昨日まで大丈夫だったものを食べて今日アレルギーが出るなんていことも割とある事ですよ。」という話をして。

「え、じゃあ私の好きなパンとかも次の日から食べられなくなったりするの?」

「はい、突然食べたら蕁麻疹がでたりしますよ。」

「ええ!…そんなん…毎日アレルギーに怯えてご飯食べんなんやんか…」

「そうですよ、僕らは毎日アレルギーが起こりませんように…って祈りながらご飯を食べないといけないんですよ。」

「それに、アレルギーになる人は結構他のが出るっていうし」

「あ、でもそれは言いますけど科学的根拠はないみたいですよ。僕もそう思う派ですけどね。」

「ふーん…」とその方はその後絶句していましたが。

何も恐れることは無いんですよね。明日出るかもしれないけど、今日出るかもしれないけど、何年も出ないかもしれないし、一生出ないかもしれないんですから。

出た時に考えたらいいんですよね。

まあその出たのが、そばとかピーナツとかだと本当に運が悪かったとしか言いようがないですけどね…

だから、という訳ではないですが、健康においしく食事ができることはそれだけでとても幸せな事で、神様が本当にいるのであれば、感謝しながら毎食食べてもいいぐらいだと思います。

食事を、簡単に済ませてしまったりするときもあるけど、可能な限り、感謝を込めて食べたいですね。

もちろん、感謝は食材にもしながら食べます。好き嫌いの多い僕ですが、出されたら食べる理由はそういうものがあります。

もったいないし、それに、据え膳くわぬは男の恥といいますからね。

魚嫌いですけど、魚やお肉はその動物の命を食べさせてもらって栄養にさせてもらっています。その有難味を感謝を添えて「いただきます」「ごちそうさまでした」を言うのです。

声に出して言うのは恥ずかしいけど、大切な事かな?と思いながら。

で、最近毎日毎日飽きもせずに「たこ焼き」を食べています。もう何か月にも上ると思うのですが…

うちの店で扱ってるたこ焼きが大きくなりました。大きくなって個数が減ったのですが、容量は同じ。でもたこも大きいし、外側はカラっとしてて、内側はとろとろなのではまってしまいました。

正直6個で298円は高いと感じる方も言えるかもしれないですが、でかいのでそれぐらいでも全然OKですね、僕の意見では。味もいいので。

で、はまってしまった僕は、勝手に「たこ焼き売上向上委員会」と名乗って、毎日たこ焼きをわざと6個入を買って(食事の時は4個が限界なので3個入を買う方がいいのですが)残った2個を他の休憩が同じ人にあげているのです。

あげる人あげる人好評で、僕があげたたこ焼きがきっかけで買うようになりました。っていう方もいたりして。

よっしゃー!作戦成功!とか思っているのですが。

たこ焼きを何ヶ月も食べ続けて、休みの日が来ると、「何か足りない、何か食べたい」って気になったのが「たこ焼き」だったりするんですよね…

そこでようやく気が付いたんですよ

「あ、僕もしかしてたこ焼きが好物なのでは…?」って…

もちろん、休みの日に会社に行く気にはなれないので、たこ焼き屋さんに言ってばあちゃんの分も一緒に買って帰って二人で食べたのですが…

やっぱりうちの店に置いてるたこ焼きの方がおいしいかも…?という疑問もありながらも、たこ焼きが食べれたという満足感で、深く追求する事はしないことにしました。

思えば、市民病院の近くのたこ焼き屋は一味足らんな…とかジャスコのたこ焼きは小さいなとか…弟が買ってきてくれたあんまり空いてるのを見かけないたこ焼き屋のたこ焼きがそこそこおいしいけど感動するほどではないなとか。家で作るたこ焼きは問題外で全っ然うまくいかない。とか…これまでに知らず知らずあちらこちらで買うのは大体たこ焼きだったり…

ちょっと遠出して屋台を見かけたらたこ焼きを買ってたような…

それでも遠出したり、あちこちに行くことが少ない僕はそれに気が付きにくかったんですよね…

まあでも気が付いたことは良かった。これから僕は「たこ焼きが好きなんや!」と思いながらたこ焼きを食べることができるんだから。

人間好きって思いながら食べるとよりおいしく食べれたりしますからね。

ちなみにたこが入ってるけど、魚介系の嫌いな僕でも流石にたこ焼きのたこは大丈夫です。感謝して食べれますよ。

| コメント (4) | トラックバック (0)

2012年1月11日 (水)

緊張との闘い…

上がり症の僕は、テストや試合や資格試験ではとても緊張をします。視野狭窄にも陥ります。

長時間のテストとか資格試験では落ち着きを取り戻す事もありますが、短時間の試合ではそんなことはめったにありません。

まあそういう事があるという事を前提にしているのですが。

今回、資格試験がありました…例の第二種衛生管理士のやつです。

今回は事前にある程度勉強することができたので…そこそこできる。と思っていましたが。

なんなんでしょうね、あの緊張感。

元々、泣きの一回だっていうのもあるのですが、何をそんなにプレッシャーに感じることがあるというのでしょうか。

いざとなれば、自費で何度だって受けたっていいんです。

自分が賢くない事は良く知っていますし、周りの評価なんて全く気にしません、やや世間体は取り繕う必要があるかもしれませんが、それも自分の中で処理できていれば、日常において些細な事でしかありません。

一つ、自分が思っているほど他人は自分に無関心ですからね。

言いたいことは言うけど、その後の責任は取らないのが他人です。いつでも責任をとるのは自分なのですよ。だったら、他人に何を言われたって結局自分の考え一つでなんとでもなる事だって事ですよね。

話がずれましたが、何にせよ緊張というのが良くない。

なめてかかるのも、一つ僕の悪い癖でもあるので、両極端なのですが…

なめてかかるのと、プレッシャーに感じるの、どっちがいいのかと言われても、どっちも良くないので答えようがありません。

何故なんでしょうかね、このプレッシャーはなぜ僕に立ちはだかってくるのでしょうか。

確かに、僕はこのプレッシャーと向き合ったことがありません。

このプレッシャーの正体が何なのかと考えようとしたことはあっても、いつものように結論が出るまでは考えなかったのです。

その付けが、いざとなったら出てくるのでしょうが…

いっつも中途半端になって考えるのをやめてしまっています。今回もこう書きつつ、とりあえず緊張感の中試験が終わったことでとりあえず満足してしまっている自分がいます。

試験については…できてるとは思っているのですが、どうでしょうか…結果が着てみない事には…

何度か、違う後輩に「Fさんてめっちゃ柔道強いのに何で試合で勝てないんでしょうね?」

とか言われました。高校の時も大学の時も言われました。

その時は自分では全然強いとは思ってないので「それが実力ってことやろ。」と返してしましたが…

大概カッコつけてたのかもしれませんね。

ただ、本音でもそう思っていたのは事実です。個人戦になると、団体戦で見せるあの粘りも、強さも全然違う、自分でも力が入っていないことがよく分かる。

それが全てプレッシャーのせいかどうかは分からないですが、それでも、緊張をそれ程しない団体戦に比べて、自分の筋肉の硬直具合はよく分かる。思うように体が動かないのです。

試合で結果が出ないのはやはり自分の実力だろう。そう思っていました。当然今でもそう思っています。緊張で普段の力が出せないなら、普段の力を伸ばすまでや。

そう考えていましたからね。

だから…と言ったらおかしいですけど、僕は練習では更に鬼のように自分を伸ばすことを考えてやっていました。

「練習は試合のように、試合は練習のように」

なんていう言葉がありましたが、僕がやっていたのは「練習は決勝のように、試合は引退試合のように」でした。

どうせ緊張してうまく体が動かないなら、くいだけは残さないようにしなくてはいけないですしね。

引退試合って考えても、試合は試合。絶対緊張はしますしね。

毎回試合では決まって視野狭窄、動悸がすごくて、喉元まで心臓が上がってきているように感じる。固まる筋肉。脈動する血液。浮いているのが分かる額の血管。耳鳴りで良く聞こえない音。掌の発汗。そして吐き気。便意は無かったですが…それらがお互い相乗効果で余計に自分を追いつめてくる。

そうしているのは他の何者でもない自分自身だという事実。誰を責めることもできないし、誰かにそれを言うのも嫌。

ちなみに中学校の柔道部の顧問の先生で三年生の時の担任の先生は

「Fは部活も勉強もホンマよく頑張るのに、どっちも本番に弱いな…それをどうにかせなこの先困ることになるぞ。」

と言われました。その時は頑張りを認めてくれる人がいることの方に関心が行ってしまっていて、本番に弱い事に対してはそれほど深く考えたりはしませんでした。「はい…ありがとうございます」と答えたと思います。

ただ、今回試験にあたって、いつまでもこんな事では駄目だと思いました。

今回は準備期間があっただけに、そこそこできたけど、こんなことはそうある事ではない。

二度目という事もあったし、それに、当日は緊張するほど余裕が無かったという事もある。

この本番の緊張はこれから僕が乗り越えていかなくてはいけない壁なんでしょう。以前も書いたけどねこれ。

人前で立って話す事とかは全然緊張しないんですけどね。むしろ好きなのに。どうしてなんでしょうね。

本番に弱いってめちゃくちゃ損なように思います。特に、本番に強い人間を見た時は、激しく嫉妬心を抱きます。

でも、それにももう飽きました。ちゃんと、自分の足元を見て分析することの方が大切です。

先も書きましたが、いつまでもこのままではいられません。そう強く感じた試験でした。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月10日 (火)

子供の頃に分かってて大人になって忘れてしまったこと。

なんかそういうの、昔テレビで言ってたようなそうでないような…

でもそういう事ありませんか?僕は…あります。

それはつい10年程前には、自分は絶対大人になっても忘れないと思っていた事とかも、大人になった今では、既にいろんなものを取りこぼしてしまっているんだろうと思います。

例を出すと、大人になるにつれて少しずつモノにし始めている『論理的な思考』とかはその最たるものではないでしょうか。

論理的思考をすることによって、子供の頃では絶対に切り離せないものを切り離すようになってしまう。

変な言い方かもしれないけど、子供の頃、友情だか何だかで繋がっていた仲良しの友人たちも、大人になって、損得勘定というか打算的というか、距離を置くようになったり、利用したり…

「悪いな」とか「悪いとは思ってるんだけど」という言い訳をするとき。自分が子供だった時にはそんなことが言えただろうか?

そしてそうされた時に「こっちは大変だけど、それなら仕方がない…」とか「弁解の余地がある」とかを思う事も無かっただろうけど。

要するに何が言いたいかというと。

大人になるために、子供が捨てなくてはいけないものが、大人になって忘れてしまったことと=ではないか?という事が言いたいのです。

大人になっても絶対忘れない思い出事もありますよ。

でも、今はそういうのを言っているのではありません。

子供の頃、からかわれた時にいちいち反応していたけど。大人になったら、反応する時とそうでない時とが出てきた。相手にしてられない時もあれば、そこは冗談でも許せない時が出てきた。はたまた、それを受けたうえで返しができるようにもなってきた。

しかし、その反面「他人の忠告を素直に受け入れる心が無くなってきている。

言われた事全てを体で受け止め、感情の赴くままに発言し、行動する。それはそれで悪い事ではないかもしれないのだけど。

時に本音は相手だけでなく自分も傷つける。その傷から守る術を身に着けたと考えるべきかもしれない。がそう考えるのは、大人の都合なのだろうか。

僕の中でいつの間にか「大人は分からんやろな。この思いは。」という気持ちはどこかに行ってしまっていた。そう思わないようにしようと自分で結論付けた事を憶えているので、考えないようにはしていたけど。

一体全体それが何だったのか、何の時だったのかまでは覚えていない。ただ、確かに言える事は、それを考えて間もなく、

「あれ、うちの両親は世間一般(社会通念上)の夫婦とは少し違うぞ?」と、型にはずれた両親に対して、違和感を覚えるようになってきていました。

今となっては型に外れようが、違おうがどうって事無いのですが、子供の頃は収めようのない怒りや悔しさを、世間一般の大人ではない両親に向けて考えていいものかどうか、考えてしまいました。

それこそ、すぐ下の弟に「そんなんあの人らに言っても時間の無駄やし自分が傷つくだけや。」と言われるだけだと思いますが。

確かに子供の頃はそれでも両親に体当たりで諫言を言いに行ったものですが…そこは大人(?)の両親には子供の脳みそが適うはずがありません、しかも相手は二人です。

にべもなく昔の(心の)傷口をえぐられ、馬鹿にされ、更には相手にもされず。幕引きとなるのです。

そこで、自分の子供がそれを言われるのを覚悟で言ってきているという事を少しでも理解してくれていたら、その後の彼らの態度は少しでも変わったはずですが…

おかしいのは常に僕の方で、彼等にかかれば『要領の悪い長男』でしかなかったのでしょう。

『大人になったらこういう人たちにはならないでおこう。』と、そう弟と考えたものですが。

僕が知っている父親母親は彼らしかいません。

もしか、結婚して家庭を持ったとして、同じことを繰り返してしまうのではないか…

という不安はぬぐえません。

つまり、大人になって、更に、家族を持ったら、あの日の誓いは忘れてしまうのかもしれない。という事です。

家族を持つと、恐らく、家族を大切にすることと仕事を頑張る事は=になるでしょう。そうしたら、家に帰るのも遅くなるし、休日は誰かが言ったみたいに『電池が切れたみたいになってる』かもしれない。子供は欲しいけど、子供をしっかりと育てている自分を想像できないというのが実際の所です。

初めは、大切な子供を授かったのであれば、うれしくてうれしくて、毎日毎日かわいがるでしょうが…それが何十年も続くだろうか。30年と決めてかかって、本当にそれだけ走り続けれるだろうか。

6割が過ぎたあたりで気を抜いてしまっていつものごとく9割では這う這うの体で、10割目は何とか達成できたけど…家族も自分もボロボロ…

なんていう結果にはならないだろうか。

そう思うと、家族を持つ気にはなれないなあ…これも大人になってなくしてしまったものなのかもしれないですね。

子供の頃は、もっと漠然と大人になったら好きな人を嫁さんに迎えて家を継いで家を大きくするぞとか言ってたし。

今は…家ぐらいはリフォームしてもいいかとは思うけど…

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 9日 (月)

年末からずっと悩まされる…

年末からずっと悩まされていたのは、奥歯の奥にできた口内炎でした。

もう本当にしつこくて…

以前から書いているように、僕は口の中を怪我すると絶対にもう絶対に100%口内炎になります。

胃腸が弱いか何か何だろうと思いますが。100%なります。

で今回その場所にできたのは、急いで歯磨きをしていて手が滑って奥歯の奥を突いてしまったんですよね、歯ブラシで。

「あ、やってもた…でも歯茎やからな、ちょっとはマシかもしれん。今回も口内炎になるやろけど何とか早く治したいな…」

というのが28日の事です。いろいろあったのでそんな事は一時期忘れていましたが。30日頃はその奥歯の口内炎が猛威を奮い、腫れあがり、食事中の咀嚼の邪魔になるぐらいまではみ出てきました。

当然はみ出てるので、歯茎は歯に挟まるし、口内炎自体もご飯やおかずが刺さったり触れたり染みたりします。

ものすごい不快でものすごくストレスでした。

染みたり触れた時、はたまた噛んでしまったときの痛さときたらもう鬱陶しいし、噛んだときは涙が出そうになります。

『~~~いっっっ…って~~!!』

と心の中では叫んでいますけどね。

そうこうしてて、ふと思い出すのです。

「そういえば、こないだ抜いた親不知用に□キソニンがあったはず…」

と□キソニンをひっぱり出してきて飲む。そして年始にはそれが無くなったら今度はフ□モックスです。

この薬は錠剤で、口の中の細菌を殺す抗生剤で、感染症予防に、これも親不知を抜いた時に処方された残りでした。

これがものすごく良く効くのです。

まあ、抗生剤なので当たり前ですけどね。少なくとも、今度口内炎になった時はこれを飲もうと思わせるのに十分な効きでした。

正直□キソニンを飲んだときは痛みが和らいだだけで、食事はもちろんやりにくかったし、やっぱり直接当たるといたかったし、腫れは全然引いていなかったのです。

でもこのフ□モックスについては飲んで寝た次の朝には完全に腫れは引いてしまっていて、傷口はそのままでしたが、食べにくくはありませんでした。

ちなみに、同じ年末に親不知を抜いていてそれが左上、やっちまった歯茎は右奥です。だから食事がおいしく気持ちよくできなかったのですよ。

左右で咀嚼ができないわけですからね…飲み込みオンリーです、繁忙期に飯を食わないなんていう事はありえないですからね…

そして…今も残るこの消化不良な感じ…どうにかしてほしいですがどうにもなりません。

それはどうでもよくて…

とにかく、年末からずっと悩まされてきた奥歯の奥の口内炎は、フ□モックスのおかげで無事に収まったのです。

ちなみにフ□モックスについては2錠しか無かったので、似たようなのが無いかな?と思って薬局に行ってみましたが無かったのでとりあえずトラフル錠を買って帰ってきました。

今度アレルギーの薬を処方してもらう時に一緒にもらう事にしようと思います。

まあそんなに簡単にくれるのかどうかは知りませんけどね。頼んでみるだけ頼んでみよう…

ちなみに、口内炎にこれまでこんなに効果があったのは初めてで、抗生剤入りっていうケナ□グについても全っ然治りませんでしたから、感動しました。

抗生剤入りの錠剤だからもちろん多様はできませんが、頼りになりそうな気がします。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 8日 (日)

今でも物議をかもす歌詞

旧友とたまに遊びに行くと、学生時代の話をよくするのですが、僕はネタを掴むために過去の日記を時々読み返したりしているので、その時に思い出してて。

当時の話を既に思い出していたりして、結構スラスラと言うものだから、友人たちは「記憶力がいい」とか言ってくれるのですが、全くの誤解です。

授業で言うところの予習をしているようなものなんですよね、図らずとも。

で、今でも時々…てか学生の時からちょくちょく出続けてる歌詞と題名があるんですけど…

それがSIAM SHEI●E(シャ●シェイド)の「1/3●純情な感情」です。

題名も「サンブンノイチノジュンジョウナカンジョウ」ですから、「純情な感情」っていうのが語呂が良くて「純情」っていうキーワードが出てくると「1/3●純情な感情かいや?」って言ってきたりします、言ったりもします。

「まあ、あの頃は言っても僕ら若かったから純情やったよな…」

「そうやな、1/3●純情な感情やったな。」

「意味わからんし、それSIAM SHEI●Eやんけ!」

っていう感じでボケたり突っ込んだりが入れ替わったりします。

歌詞は言わずと知れた(?)サビの部分です。

「壊れるほど愛しても、1/3も伝わらない、純情な感情は空回り、I Love You さえ言えないでいるmyHeart」

の部分です。

これはもうこの曲が出た当時には本当に衝撃で、当時高校生だったと思うのですが、丁度多感な頃で、この歌詞に友人ともども共感していたんですよね。

この歌の歌詞は、言ってみれば、『好きすぎて大切で面と向かって告白できない、こんなに好きなのに言えないから1/3も伝わらない。』って事なんですけどね。

学生時代ってそういう事よくありますよね。

ある意味耳年増になってしまってるんですよね。振られたり、これまでの関係が壊れたりするのが嫌だったりして臆病になってしまってる感じです。

とはいえ、言わないと何も伝わらんのですけどね。

友人との話で歌詞の話になったらそんな感じの話になります。

「純情な感情は空回り…って純情な時ってほとんど空まわってるよな。」

「確かに、告白以外の事でできることを何でもしようとするからなんか空まわる感じよな。」

「告白せん事には好転することなんか無いのにそれを避けてるからうまくいかんねやろな」

「でも若いときは空まわってなんぼやけどな。」

「若いときは馬鹿やもんな。」

「空回ってるから1/3も伝わらんねやろ。」

「せやな、彼氏彼女になってからの詩じゃないもんな。完全に片思いの野郎視点の詩やもんな。」

「彼氏彼女になってからの空回りって結構伝わるよな。」

「…確かにそうか。でもそれは相手が理解しようとしてくれるからじゃないん?」

「ホンマやな。つーか彼氏彼女になってるってことは一回は告白してるから状況は違うくないか?」

「そういやそうやな。言わんからこそ1/3も伝わらへんねんもんな」

こういう感じの話を、忘れたころにはして、また忘れて、思い出して…の繰り返しをしてるんですよね。歌詞は忘れてないのにな。

それほどまでに印象的な詩なんでしょうけどね。

ロックな音楽に乗って流れていく歌詞はノリがいいので、そんな青春時代というか何というかあの多感な頃の八方ふさがりな感じが閉じ込められているとは、まさか思わなかったですが、よくよく読んでみると何とも閉塞感でいっぱいでしたね。

青の頃の自分たちを歌に乗せて共感を覚えたからより印象的だったのかもしれませんね。

とはいえ、「1/3●純情な感情」はCDもデータも持ってないのですけどね。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 7日 (土)

趣味が合う??

今日ふとした会話で、趣味が合う方が良いのか、趣味が合わない方がいいのか?という話になったのですが。

それは、人生の伴侶についての話です。僕にしてみたら嫁さんのことでしょうが、知ってのとおり、今の所そんな話もそんなつもりもありません。

その話の中では話し相手の方の意見では、「趣味が合わない方が夫婦ってうまい事行くと思いませんか?」と言われたので、恐らくは趣味が合わない方が夫婦はうまくいくと言う意見なのだろうと思います。

僕にしてみれば、そんな事は考えたことはないので、答えに窮してしまったのですが…

どうなんでしょうね。

少なからず、興味があるのであれば、一緒に生活し始めて趣味が広がる事はあるかもしれないですが、やってみてやっぱダメであれば、次やるのが嫌になることだってありますよね。

つまりは、僕は『趣味が合わないとうまくいかないのではないか?』という考えの持ち主なのですが…

恋人同士って別に趣味とかってどうでもいいんですよね。むしろ、相手の趣味に合わそうとして頑張ることだってあるぐらいでしょうけど、嫁さんとなると違うような気がするのは僕が独身未婚だからでしょうか?

これから長い人生一緒に生きていく中で、趣味の一致っていうのはとても大切な気がするのですが…

僕の考え方がおかしいのかもしれないですが…例えば、ですよ、夫婦生活がマンネリ期にあって、旦那がちょっと趣味のために外出した先で、同じ趣味の女の子と打ち解けて、一夜の恋に落ちてしまうという…旦那だけじゃなくて、嫁さんだって別に趣味にふけって同じようになる事だってあるんとちゃいますか?

単純に考えて、夫婦で行動している時はほとんどそういう危険が無かったとしても、個別に行動するだけで2倍まで確率は増えると思うのですが…

それは伴侶を信用できていないか、もしくは自分がそういう人間かのどちらかかもしれないですが、いやその両方なのかもしれないですが。

はっきり言って、そんなのはそん時になってみないと分からない。としか答えようがありませんね。

結婚もしていなければ、趣味を違えて行動したことももちろん無い。あまつさえ、今現在、恋人もいない訳ですからね。

そんな状態で考えてみようとしたことがまず間違えてたりしますが…

でも実際そうなったらどうかな?

僕は家に居たい派なので、家でゆっくり本さえ読めればいいんですが、例えば、家にいるのが嫌であちこち動き回りたい趣向の嫁さんがいたとしたら…

考えただけで疲れそうです。 これもヘタレ症候群の一つかもしれないですが…

ヘタレシンドロームとでも名付けましょうか。

僕はたまの休みで家でゆっくりしたい。嫁さんは出かけたい。『どうどうぞ勝手にすればいいやん』『ええ、勝手にしますよ。』と不可侵でいられるのも、子供がいない間だけでしょうね。

子供ができたら、行動が制限されてしまう嫁さんは次第に、家族一緒に出掛けたいと言い出すに違いありません。

そうなったら、疲れた体に鞭打って何とか妥協点の近場に行くことに…

コンな近くじゃ嫌やと言われるのも時間の問題。「勘弁してーな」というのも時間の問題。

休める日と鞭打つ日ができてくる。休める日も所用で自治体に参加する事も、そして家族サービスをする事も。

家族サービスをするのが嫌なんじゃないんですよ。自分にあふれるほどの体力があって、底知れぬ、無限のような持久力があって、超人的な回復力があるのであれば、次の日の仕事の事を考えずにサービスし放題ですけどね。

家族を食べさす為にも仕事は外せない。もちろんミスもしたくないし仕事は仕事、プライベートはプライベートときっちりと分けたい。

その辺の事を分かって…

とまあ、結婚もしてないのにこんな言い訳をするであろうという事が見えてきました。

その言い訳の中には『お願いやから休ませて…ゆっくりさせて…』という懇願が内包されている事は言うまでもないですが…

ただ…子供を持つと、そういう考えも変わってくるのかな…?とは思います。

考えてみれば、趣味がどうこうと言っていられるのって、子供ができるまでですよね。

だとするなら、趣味に興じれるのは今のうちで、結婚生活に趣味はそれほど関係ないのかもしれないですね…

もしかしたら、夫婦生活の中で新しい趣味が見えてくるのかもしれないですし。

というところで、今日は終わらせてもらいます。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 6日 (金)

今年は何回いけるかな?

今朝は、前日の雨を引きずっている路面がものすごく凍結していました。

だがしかし、スタッドレスを履いている僕の車は、それ程路面凍結に関しては恐れていないのですが…

駐車場のポールを外しに行くときは、歩きなので滑る滑る…

明け方だとすごく冷え込んでいるし、暗いので足元が全然見えないので転びそうになります。

…しかーし!そういう頃になると、兵庫県北部のスキー場には雪が積もってる…ハズです!

12月中ごろからゲレンデは滑れるところが増えていくのですが、やっぱ12月は稼働していないリフトも多くて、言っても同じゲレンデしか滑れなくて面白くないんですよね。

やっぱり、本格的に楽しもうと思うと1月2月がいいですね。

でも2月に入ったら入ったで…節分を過ぎたあたりから昼間は暖かくなるので、雪焼けが酷くなったり、更には雪が減ったりするので、本当に雪が沢山あって滑れるぜ!っていうのは精々2月10日ぐらいまで、そこから先は、雪はあるにはあるけど、その年の運しだいです。

今年もボードに行く気満々ですが、今年はツレがつかまるかどうかが鍵ですね。

「寒いのにスノボーなんか無理やわ」と言われるのですが…

やってて寒いと感じることってほとんどありません。

あ、書くのを忘れていましたが、僕がやってるのはスキーではありません、スノーボードです。

寒く感じるよりむしろ暑く感じます。

天気が良くて、風を切って滑ってると暑いので、Tシャツになって滑ることだってあります。

ウェアじゃ暑くて汗をかいてしまうんですよね。

例え吹雪の中でも滑ってたら寒さなんて感じないんですよね、不思議な事に。でも体温はしっかり下がってるので、毛穴は閉まりきってるし、ホットのお茶とかがやたら熱かったりします。うどんなんて激熱で食べれません。

暖かい部屋に入ったとたんに生き返った気分になります。

やっぱり体は冷えてたんだな…と思ったりするのですが、滑ってるときは全然そんな事ないんですよね。

ものすごい傾斜のゲレンデでずっこけた時にウェアの中にしこたま雪が入ってしまった時があるんですが、その時は流石にそれが解けてTシャツに染み込んで、風を切ると冷えてきて寒くは感じましたが…

あ、あと休憩した後に次滑りに行くときまでが寒いかな?ストーブのほど近くに陣取ったりしてますからね、レストランとかでは。

でも基本は滑りに行くときは滑るぜ!ってなってるから、寒さよりも楽しみの方が大きくてそれ程寒いとは感じないかな?

今年は、新しいゴーグル買っただけだから、去年と装備はほとんど変わってないけど、そろそろウェアも新しいのにしたいなあ。

とはいえ、今年の占いでは、買い物に運が無いと出てるので、慎重にならざるを得ないのですが。

グローブも新しいのに変えようかとは思います。

僕のビンディングとブーツはステップインのやつ(アタッチメント)なのでわざわざリフトの乗り降りの度に座ってブーツとボードを外したりつけたりしなくても、立ったままで着脱ができます。しかもめちゃ頑丈。

このタイプのやつにかえるまではその立ったり座ったりっていうので、大分体力をけずられてたりしましたし、腹筋も大分痛めつけられていましたが。今のはとても便利になりました。

ただ、誰もがそれにしないのは…

あんまりカッコいいデザインのが無いって事です。

従来のビンディングの方がブーツもビンディングもカッコいいんですよね。

僕のははっきり言って性能重視だからカッコよくないし。

選ぶときに白がカッコ良かったんですが、もう8シーズンぐらい使ってるから、白が黄色に近くなってきてて、同じタイプの黒のを時々見かけるんだけど、

『あーあ、僕のも黒にしたらよかった…』

と心の中でぼやいてしまいます。黒だと全然色あせなんて分からないし。

とにかく、僕のビンディング&ブーツは一体型ですが、カッコ良くないので、みんなあんまり使ってないって事です。

滑ってるときは全然気にならないし、

実は、リフトで先に降りた人たちが座って取り付けてるのをしり目に、僕だけが立ったままゲレンデへまっすぐに滑っていくのは、ちょっとだけ気分がよかったりします。

デザインを選ぶか、機能を選ぶかですね。

こんな話を書いてたら…ボードに行きたくなってきた。

今年は何回いけるかな?

唯一のアウトドア的な趣味ですからね…

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 5日 (木)

せわしく過ぎる日々の中に…

ホントせわしく過ぎるわ…ほんま一瞬で一日なんて過ぎていくし。

4月に植えた桜は…まだ全っ然変化がありません、ばあちゃんが寒さ対策のために藁を敷いたらいいっていうので、藁を敷いておきましたが、どうかな?

こんなんぐらいじゃ寒いんちゃうん?透明のビニールで囲ったらより良いのでは?

と思ったりするのですが、ばあちゃんはこれでいいというので様子を見ることにしました。

桜の木(?)はその細くしなやかな体を日の方向に向かってくねらせて少しでも多くの光を集めようとしているみたいです。

添え木、ちょっと近すぎたかもしれません。5センチぐらいの所に添え木をしたのですが、もう少し暖かくなったらもっと離して、今一本なのを2本に増やす予定です。

今年は花を咲かせてくれるかな?

去年は花の季節が終わってからの植樹だったので、今年咲けば初めての開花です。

まだ小さなうちの桜は花をそんなにつけることはないかもしれませんが、それでもこの寒い冬の間、小さな蕾を固く閉ざして、春を待っている姿にちょっと感動したりします。

早く大きくなってほしいけど、この時期は成長の止まる時期です。

肥料を与えるのは、2月に入って暖かくなる前と、もっと暖かくなって、花が散った後がいいみたいですね。

その頃が最も成長するころみたいです。

この秋は知らなかったのですが、恐らくはハダニに葉をやられていたみたいです。他にもアブラムシがいたり、いろいろと知らない虫が僕の桜に嫌がらせをしていたみたいですので、今年こそは、そういうのを退治してあげようと思います。

若々しい青い葉をつけてほしいですし、何よりもっともっと丈夫で大きくなってほしいですからね。

まだ一年にも満たないですが、数年後、十数年後が楽しみです。それまで、変な病気にならないようにちゃんと手入れしてあげないといけませんね…

特にあの桜を植えている辺りは竹の群生している藪の近くです。

それはそれは竹が出てきてしゃーないところですので、その辺りの手入れもしてあげなくてはいけません。

けど、良い花を咲かせてくれて、それを見ながらお酒を飲みたいし、それを毎年の楽しみにしたいので大きくなってほしいですね。

大切にするから元気に育ってくださいね…

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 4日 (水)

シュミレーションゲーム

厳密に言うと、ロールプレイングゲーム(ロープレ)ってシュミレーションゲームの一つだと思うのですが、その考えは僕だけかな?

過去の日記を読んでて思ったのですけどね。

配役割をプレイするゲームだからロールプレイングゲームなんでしょ?

と思うのですがそれってシュミレーションとどう違うのか…シミュレーション=模擬実演でしょ?だったらゲームの全般的にシュミレーションなのでは?と、昔からずっと思ってるのですが、誰に言ってもふーん…っていう反応なんですよね。

どうでもいい事は確かなんですけど…

あまりゲームをやらない僕ですが、僕たちが高校生ぐらいの時に流行っていたのはFF7でした。当時、新しいハードであるまあ言ってみれば次世代ゲーム機というのが各メーカーが競って出している時代で。

プレイステーションを始め、セガサターンやPCFXだとかニンテンドー64だとか…その辺が出始めたころですよね。

当時、既にバイトをしていた僕はプレステを手に入れてはいましたが、まだまだ、面白いゲームはスーファミシェアには勝てない状況でした。毎週ゲームが出るとか、そんな親泣かせな企画も始めはありました。

サターンは程なくしてドリームキャストを発売して、ニンテンドーはゲームキューブを発売したけど、どちらも失敗に近く、今では…

まあ、VHSとベータとの争いにとても似ていますが、支持の多かったものが生き残っていったという事ですよね。

プレステ2はDVDが見れるし、プレステ3はブルーレイが見れる。

その辺り家電メーカーの強みだったんでしょうね。『そんならプレステの方が得やないか』と思う人も多かったことでしょう。

当時のそれらのハードがどれほどのレスポンスを秘めていたのかは分からないですが、同じゲーム機であれば、+αがある方が絶対いいに決まっていますからね。

僕自身は、プレステ以降ほとんどゲームをしていません。つまりはプレステ2は持ってはいるけど、対応のソフトは僕自身は買ってません、弟は買って遊んでいましたが…

僕がゲームを一番盛んにやってたのは、中学から高校へ行く丁度境の時期でしょうか?

その頃、流行っていたのは…いまいちよく分からんジャンルのシュミレーションゲームというやつでした。

もちろんロープレも出てましたけど…

当時はスーパー■ボット大戦とか、ときめきメモ●アルとかでしたね。

特にときめきメモ●アルは丁度思春期真っただ中だった僕たちの世代には大うけだったみたいで、友人は大体やっていました。

僕はなんか感情を遊ばれているような気がして『絶対にやるもんか』と思って、友人から誘われても頑としてやりませんでした。

なので、ゲームをしている時は僕はボーっと見物をずっとしていました。

要するに、プレーヤーが主人公で、知り合った女の子にいかに自分を好きになってもらうかというゲームで、知り合った限りはデートとか話とかをして、ある程度のバラメーターを維持しなくては、校内で悪いうわさが流れて、目当ての女の子にも嫌われてしまうと。

それを維持しながら3年間いろんなイベントをクリアーしていくというゲームなんだけど。

このゲームを『史上最高のゲーム』とか『恋愛のバイブル』とか言ってる知り合いたちを冷ややかな目線で見ながら、友人たちのプレイを見ていたのですが。

僕からしたら、嫌われないためにあちこちいい顔をしながら、最後に目的の子と付き合うっていう設定がなんかおかしくて…

そんなん好きならその時に好きって言っちまえばいいのに…

何でも、伝説の木があって、その伝説の木に卒業の時に告白をすると、そのカップルは幸せに過ごせるという…?

その伝説があるにもかかわらず、卒業の時は主人公カップルのみがその木で告白すると言うなんかリアリティに欠ける感じなのですが…

そこで告白すると言うのが一つのゲーム目的のようですね…

その瞬間の為にゲームの中とはいえ、3年間もモーションを続けるのかと思うと気が遠くなります。

そういうのに時間をつぎ込むよりもさっさと告白して、二人で楽しい時間を過ごす方がより楽しいのではないのかと…

ミニゲームとかは楽しそうだったけど、本編についてはどうも時間をかける気がしなかったんですよね。

弟が買ってきてやってたけど、それも見てるだけでした。

(こうやって書いてると結局やったみたいな書き方ですが、今でもやったことはありませんよ。)

シミュレーションというには、あまりにも一部分的でそのくせ面倒だなと…

もっと在学期間中にビバヒルのように切った貼ったがあるものなんじゃないのか?とか思ってしまう。

ライバルが出てこない点もなんか嫌やしな…

まあ出てくるとゲーム難易度がかなり上がってしまうのかもしれんのですが。

弟に聞いてみたら、「やってるとそれなりに面白いで」と言っていましたが…

ゲームの女の子を恋愛視することが馬鹿らしいと思ってしまう僕としてはちょっと今でも得心が行きません。

シュミレーションゲームって言っても、もう少しリアリティがあってもいいのになと、ゲームクオリティにモノ申したくなります。

戦術シュミレーションゲームは、将棋に始まり、ロボット大戦、三国志、信長の野望等はあれほどのクオリティを誇っていると言うのに…

当時の新ジャンルだったから?そういうのが受け入れられたって事なんでしょうかね?

今はどれほどのクオリティを誇っているのかは分からないですが。

僕の考え方はゲームは楽しいけど、模擬実演以上のクオリティは得られることは無いと。そしてデータが消えたら、そこで数時間分は無駄と化してしまう。

そういうのが嫌なんですよね。

もしかしたらときめきメモ●アルは今世に出回っているいわゆる「ゆるげー」というののパイオニアだったのかもしれないですね…

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 3日 (火)

復路

復路もついに見ました。

東洋大学はずっと首位をキープしたまま強さを見せつけた…と言った内容だったが。

その、東洋大学の強さの陰で、繰り上げスタートになった学校が幾校かあった。

駅伝運営の為、に道路を一時封鎖してるけど、トップ通過から20分以上の差が開くと、繰り上げスタートとなります。

確か1区2区は10分で、繰り上げになったと思いますが、まあ、流石に箱根まで上り詰めてきた強豪に1区2区でそれほどの差をつけられるというのは、アクシデントでもない限りは無いと思いますけど、

2区なんかはそれも含めてエース区間であり続けるんだろうとは思います。

往路では5区に繰り上げスタートはないのですが、もちろんそれが往路のフィニッシュ地点だからですが…6区のスタートは10分以上開くと繰り上げ一斉スタートになっています。

今年は往路で東京農業大学がなんとか完走して、タスキをつなぐことができていましたね。

20チームあるうちの13チームが繰り上げスタートです…

6区で繰り上げスタートは別にいいんです。いやまあ、走ってる人間にしてみたら、それもダメかもしれないですが、基準に考えるのは、やはりタスキがつながるかどうかなので、

5区のゴールがどれだけ遅くても、まずは、タスキがしっかりつながれば、それでよしなのですよね。

13チームも繰り上げスタートになるのはちょっと多いですね…

これも新・山の神のなせる業なのかもしれないですが…

しかし、9区で東海大学、日本大学、上武大学の三校が繰り上げスタートになってしまっていました。

ちょこっと映っただけでしたが、1区2区であれほどデッドヒートを繰り広げていた東海大学と日本大学は残念ながらシードを逃すことになりました。

それにしても、東洋大学、2位との差が9分台っていうのはすごいけどやりすぎでは?と苦笑いが出てしまいますよね。

勝負の世界だし、記録の世界だから、仕方がないんですが、急にレベルが上がってしまって、他を寄せ付けなさ過ぎですよね。

優勝が駒沢大学ぐらいのタイムであれば、少なくとも、日体・上武・東海の三校はタスキがつながっていたと思われるし…

タスキでいうと、神奈川大学が今年は印象的です。9区から10区への中継所でのギリギリスタート…

実況とおそらくタイマーがずれていた…としておいた方がいいのでしょうけど、残り一秒ぐらいで繰り上げスタートまでにタスキを渡すことができていました。

『気持ち』が繰り上げスタートを遅らせたのかもしれません。

おかげで、神奈川大学は最後の中継もうまくいき、アンカーは自分たちの絆のタスキを受け取って残りを走りきることができました。

このタスキをつなぐ事が箱根駅伝のもっとも重要とされることなのです。

同じ学校で同じ目標に向かって、同じ期間過ごしてきた仲間がつないできた絆のタスキを自分もかけながら、次につなげていくというのはとてもドラマチックで感動を誘います。

残念ながら僕が興味を持ってみていた村澤選手のいる東海大学はシード校に残る事はできませんでした。

それはもしかしたら、2区でのエースの失速で、チーム内におかしな力が入ってしまっていたのかもしれませんし、そうではないかもしれないですが、まだ、村澤選手は3年生です、来年もまた箱根で応援させて欲しいです。

記録会からのスタートになるけど、きっと帰ってきてくれるだろうことと、まだも、エース区間であのぶっちぎりの走りを見せてくれることを期待していたいと思います。

いやー今年も良かった。

東洋大学のダントツだったけど、2位以下もドラマがあってよかった。

来年も本当に楽しみです。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 2日 (月)

箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川。

毎年こんな題名ではじめています。が、中々駅伝の名前をそのまま書くのができないのでこういう風に書いてはじめています。

今年もやってきました、箱根駅伝。

正直なところ、今年は、恐らく東洋だろうという予測がありました。

今年、最も楽しみにしていたのは、2区の東海大学の村澤選手と青山学院大学の出岐選手との直接対決があるのかどうか、去年MVPを取った村澤選手の走りが、この一年でどうなったのか、一年の頃からすごかった彼の走りが、去年はMVP、今年はどうなってしまうのかがとても楽しみでした。

今年は、比較的いい順位で村澤選手にタスキが渡されたので、去年のように17人も抜き去ることは無いだろうと、思っていましたが…

そして去年11人抜きをした青山学院の出岐選手は…去年のこのブログでもう一人すごいランナーが出てきた!と書いていましたが。その選手です。

その村澤選手と、出岐選手とが今年は直接対決することになりました。

ダイナミック走法の村澤選手にピッチ走法の出岐選手。走法から既に違ったりした。

途中から、残念なことに村澤選手が失速…?かどうかはわからなかったけど、苦しそうに走っていた。最終的に区間3位でフィニッシュした。

出岐選手はというと、快走も快走。そのまま区間賞をもぎ取る走りだった。

往路の見どころはその部分、花の二区だった。抜きつ抜かれつのこの区間は、エースの集う区間で。デッドヒートが繰り広げられます。

当然。東洋大学や早稲田大学もその中に加わってはいるのですが…

そしてなんといっても往路は五区でしょう。

毎年のごとく書いていますが、2005年にあの衝撃を受けてからというもの、五区での山の神の走りを楽しみにしています。

2006年2007年と数々のランナーの飲み込んでついには一人旅をしながらゴールテープを切るあの走り。

特に苦戦しながら走っていく一般ランナーを意とも解さず抜き去るあの走りはしびれてしまいます。

そんな5区の走りを期待していたのですが…

確かに今年も新・山の神は素晴らしい走りで、後続をぶっちぎって往路優勝を決めました。

確かにすごいんだけど、僕が見たかったのはそれじゃなかったりするんですよね…

タスキを受け取った時には既に一位だった新・山の神。その強靭な脚力で坂を駆け上っていくその姿は確かにすごいと思った。自身の持つ区間記録をものすごく大きく塗り替えるのですから。

この日の為に照準を絞ってトレーニングを積んできたのでしょう。素晴らしい走りだったと思います。

でもやぱり、駆けっこは抜く所が一番面白いんだとな思いました。

先に書いた村澤選手も、出岐選手も、山の神も新・山の神もやっぱり何人もの人間を、抜き去って、山道も平地と同じように走るあの快走を。

あれを期待していたんだなと。

恐らく、この先には東洋大学がそのまま優勝するんだろうとは思います。復路にめっぽう強い駒沢や総合力で勝る早稲田もいいところに行くかもしれません。

山の神の出身の順天堂は、今年は記録会からの参加になりますが、できればシード権を獲得してほしいところですね。

新・山の神の彼ももう4年生です。今年であの走りは見納めだったと思いますが。彼も快走ができて満足でしょう。

多少の物足りなさはありますが、今年もあの速さに感動しました。

やっぱり年に一度のこのレースはいいですね。明日は、復路ですが…

| コメント (2) | トラックバック (0)

2012年1月 1日 (日)

年賀状ありがとう

毎年友人たちから何通か年賀状が届きます。

本当なら返さなくてはいけないんですが…去年、一昨年と、じいちゃんが二人ともいなくなってしまったので、それを機会に数年間返していません…

ダメダメですね。

せっかく新年のあいさつを気持ちを載せた年賀状で送ってくれてるのに…

ただ僕には返すような情報がなかったりするんですけどね…

毎年「年賀状は送らなくていいで、年末年始は働いてるから、年賀状を返してる時間もないし…できたら返すけど…」と言っているんだけど。

それでも送ってくれます。ありがとう。

返せずにごめんなさい。

O田夫妻さん、年賀状ありがとうごさいます、年明け早々に家族が増えるみたいで、おめでとう!また見に行かなくてはいけませんね、友人の幸せな報告に、新年からとても嬉しくなりました。

TT夫妻さん、長男が柔道の市民大会で優勝したとか。あの甘えん坊で泣き虫な長男君が柔道頑張ってるんだねえ、妹ちゃんも元気に育ってるみたいでよかったよかった。

こういう幸せな報告は僕の心を癒してくれます。

年賀状とは、新年の便りとはこんなにもうれしいモノなのかと思ってしまいます。

他にも新年からのお便りを頂いた方々、ありがとうございます。楽しくうれしく読ませてもらいました、本当は大切なみなさんにお返ししたいところですが…

僕にはお返しするだけの出来事も、情報もありません。とりあえず、毎日楽しく元気にやっています。というぐらいです。

幸せな年賀状を見ると、思わず顔がほころんでしまいます。

こちらから幸せを報告することができないのは、残念ではありますが、友人たちのこの幸せのおすそ分けを見ることが幸せであったりするので、まあ、もらってばっかりにはなりますけど、それはそれでいいかな…なんて思ってたり??

今日から平成24年なんですね、伝票とか書くの間違えそう。

去年は一昨年よりも早く過ぎ去った感じで、やっと平成23年西暦2011年と書くことに慣れたところなのに、平成24年西暦2012年とスムーズに書けるようになるまでどれぐらいかかるかな?

年々「慣れる」という事が遅くなってるし、月日が経つのも早くなってるように感じる。

年が明けて二か月ぐらいすると、僕の誕生日、また一つ年齢を刻むことになるのですが、32歳になります。まあ、まだまだひよっこですが、少しずつ大人になっていくつもりです。

ちなみに、僕の事を「まっすぐな人間だ」と言って下さる方が結構いてくださるのはとてもありがたい事だと思うのですが、僕自身は全然まっすぐではないと思っています。

それどころか、僕自身ではこんなに捻くれた人間はいないなと思っているぐらいです。

悪い気はしないですが、それは勘違いですとだけ。

まっすぐな人間になれてから、そう呼んで欲しいですね。少なくとも自分でそう思えてから言ってほしいのですよ。

他人の評価は気にしないのですが、それでも、渡世術の一つとして「ありがとうございます」と言わざるを得ないのですよね、その上で「僕はまっすぐというよりはむしろひねくれ者ですよ。」と付け足しています。社交辞令に感じているのかもしれないですが。

事実だと思っていますし、誰になんと言われようと自分の自分に対する評価は変わりません。それだけで既にひねくれ者ですけどね。

もしかしたら、僕の思っているまっすぐと、他の人が感じているまっすぐが違うのかもしれないけども。

そんなことを全てひっくるめても、まだまだ修行が足りていないと思います。

人前では自信満々ですが、やはり、今のままで終わるつもりもありませんし、満足もしていません。

今年、これからも精進していきます。それが、失敗から学ぶことであったとしても、逃げずに向き合っていきたいと思います。

逃げたくなる気持ちに蓋をして向かっていくことを忘れずに、この一年走っていきたいと思います。

| コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »