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2012年3月

2012年3月30日 (金)

取りあえずオ口ナインぬっとこ…

というのも、機能、いや、一昨日ぐらいから、鼻の付け根辺りから中の辺まで何やら腫れておりまして、笑う時とかに鼻を動かしたりすると、ズキズキ痛いのです。

極力顔の筋肉を動かさないようにしていたのですが…どうしても笑うとそうなってしまいます。

もしかして僕って笑うと鼻の穴が膨らむタイプなんかな?

と思ったりもするのですが、そういう事を深く考えるのは僕らしくないので止めます。

毛にあたってもちくちくします。言っても腫れてるので、あちこちにあたるんですよね…

ご飯食べる時もズキズキなってます…

一番痛いのが、鼻をかむ時です…

花粉症と鼻のできものとのダブルパンチです。

アルバイトさんに聞いたら、鼻の中にばい菌が入ったのではないか?という事でした。

そういわれてみたら…思い当たるふしが…無いんですが、もう言っても花粉症なんで、鼻をほじくるとかそういう事自体しないんですよね…

サラッサラのが出るだけで…すいません、何か汚い話で…

ティッシュを丸めて詰める事はしますけど…

あ、そういえば、痒くなって鼻の下をガリガリやったような記憶が蘇ってきました。でもそんな傷ができるぐらいやったりしてないんですけどね…

ちなみにこの腫れ、痛みはヘルペスの倍ぐらいです。腫れ自体は大したことないし、ヘルペスも触らなければ痛くないんですけどね。さわっても大した痛みは無いんです。ちょっと息を止めて『ふん!』って力を入れるとジンジンするぐらいです。

とはいえ、僕は昔からこらえ性が無いんですよね。

これは本当に昔から…嫌な事とかそういうのは我慢できるんですけど…

我慢できないのはカサブタとか?あと治りかけの捻挫とか突き指とか。あとすぐに『イラ!』とか口に出すし、まあ出してる時はまだそんなにイライラしてないんですけどね。

一番すぐにイライラしてしまうのは、自分の大切にしてるものを冗談でおちょくられたり、馬鹿にされたりすると。いきなりMAX近くまでイライラしてしまいます。

自分でも『堪え性が無いなあ…』と思います。

だからと言って何かに八つ当たりしたりはしないですが…やっぱり無言であれこれしていると、周りは気を使って…いや怖がっているみたいですね…

でもそれを『機嫌が悪い』と取ってもらうのは違うんですよね…対象に対してイライラはしていますが、それ以外については別に何も思っていないし、普通にしてるんですから。

とはいえ、それが普通に感じられず、敏感に皆さんは感じ取っているのかもしれないですね。

ただ、忙しくていつもの余裕を見いだせない時もあるんで、それだけは間違わないでほしいんですけど…

まあ、そんな事アルバイトさんに言っても区別がつくはず無いですよね…

話が逸れましたが、痒いのとかも我慢するのが苦手です。

小児ぜんそくが治って(?)からアレルギーが出始めましたが、痒いの我慢できません。

小学校の頃、霜焼けから水●虫に発展させてしまって、自制心が無いまま書きまくってしまい、皮膚科の先生も「これは酷いな…」と脱帽した事がありました。

それはそのうち治ったのですが、それも歳を追うごとに少しずつ自制心を身に付けてきたからでしたが…

それも一部だったからよかったんですよ。

それが、全身かいくなってしまうと、もう手が付けられないんですよね…

という訳で、いつかも書きましたが、背中を犠牲にしました。

背中だけはかいていい場所にしたら、意外と乗り切れるものです。但し、背中をかけないときは他にも飛び火しますけどね…

背中こそ痒みを和らげる手段です。

という訳で、痒かったら今も他はどうあれ、痒くなくても背中をかきます。

そしたら意外に収まるものです。背中は果てしなく痒くなりますが…

そりゃ我慢もできひんわな…

ちなみにその最強の背中も、ガリガリやりすぎるとお風呂に入った時に染みるので、ガリガリしないようにしなくてはなりません。

最近は、薬にいいのが出てきて、手のぶつぶつは消えてきています。

いい傾向いい傾向。

背中の痒みも大分マシです。これが薬なしで行けるようになればいいんですけどね。

先生が言うには、体質を改善したときに急に治る事があるらしいのですが、中々それは大変そうです…

というところで今日は置いときます。

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2012年3月27日 (火)

髭剃りのこつ?

女性の方はこういう悩みは無いと思うのですが…

毎日髭を剃って、身だしなみを整えるのは、男子としては当然のことだと僕は思っているのですが…

オシャレやファッションで髭を伸ばしたり、ただ単に不精で伸ばしてるだけだったりと、場合は様々だけど、自分じゃ気に入って伸ばしてる人もいますが、他から見たら『汚い』伸ばし方の人があちらこちらにいる事も事実ですが…

毎日剃る…はいいのですが、実は新しい替え刃を使うと、ヒリヒリして痛いし、ニキビ的なモノができたらそれも一緒に剃ってしまうから、血が出る。

『うお!ちゃっちまった!!』と思うのですが、時すでに遅し、膜ごと持って行かれたニキビからは血が思いのほか多く出てきます。『大したことないけど…』毎回思うんだけど、中々血が止まりにくいのも確かなのです…

とはいえ、ニキビとかそういうのができてなくても、ヒリヒリするんですよね。

替え刃を変えた時っていうのは、言い換えるなら『よく切れる刀』の状態です。それを、毎日毎日皮膚の表面を削ることに使う事によって、若干の摩耗と、錆びつき、そして油膜の付着もあったりして『なまくら刀』になってしまうのです…そりゃモノである以上それは避けられない事なんですけどね…

しかも、T字髭剃りって結構な値段するんですよね。使い捨てのやつはそれほど高くは無いんだけど…やっぱり何と言っても気に入った、というか手に馴染んだ髭剃りを長く使い続けたいと思うのは必然ではないでしょうか。

そう思って替え刃を買うんですが、大体のが8本分入ってるんだけど、それで本体より高いですからね。

ちなみに本体は替え刃一本付きです(本体についてるのともう一本)どっちが得か、もう15年近く悩んでいますが…

しかも、替え刃ってどのタイミングで替えていいか分かりませんからね。

替えたばかりだとさっきも書いたけどヒリヒリするんですよね、という事は、できるだけ新しい替え刃にはしたくないという事で…

達した結論が、剃りにくくなるまで替え刃は使わない…という事でした。

実は今の刃は一年以上同じのを使っています。

さすがに切れ味は悪くなってるんですが、何がいいって、顔がヒリヒリする事が無いんですよね。それに、髭は固いみたいで、結構きれいに剃れるのです。

最近は割と丹念に上下させないと剃れないようになってきていますが、既に『なまくら』になっているのでヒリヒリしないのです。そして、その状態になってからはかなり長く使えるのです。

欠点と言えば、どのタイミングで替えるのか分からなくなる事ぐらいですかね…

ちゃんと剃れているから、替えれないんですよね。

コマーシャルとかでは『ワンストロークで深ぞり!』とか言ってるけど、ちゃんと剃ろうとしたらワンストロークでは不可能です。

結果、何度もストロークさせて、ヒリヒリするのが落ちです。

ヒリヒリするのが嫌で、電機髭剃りにしようとしたんです…それこそ、正社員になってから初めての家電キャンペーンで買いましたが…

使ってみて、思ったのは、『電機では深ぞりはできない』っていう事と、『何か顎の辺り青くなりそう』でした。

実際はそんな事もないんでしょうけど、何か青くなるのが嫌だったし、全然深ぞりにならんので、納得いくまで何度も上下させていると…

結果顔がヒリヒリする事になってしまうのです。

これじゃあ意味ないですよね。

だから今では、一応充電はしてるんだけど、ホント、困った時に仕方が無く使ったりしている程度です。

T字の方だけど、替え刃を取り替えたばかりだと、次の日もまだヒリヒリしています。

でも髭は伸びるから、剃らなくてはいけないので、極力抑えてするけど、やっぱりヒリヒリは続くし、朝から集中なんかしてられない時は雑にやってしまうので、酷くなったりすることもしばしばあったりします…

クリームとかを塗れば次の日にはいくらかましになってたりするんだけど、そうそうクリームばっか塗ってられないですしね。

という訳で明日も僕は一年以上使ってる替え刃で髭を剃るんだろうと思います。

実際取り替えるのも面倒ですしね、大したことじゃないけど、それだけに面倒になるんですよね…

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2012年3月26日 (月)

今ごろ提出…

一月のめっちゃ忙しい時期に受けた、第二種衛生管理士ですが、実はまだ、免許証の申請をしていませんでした。

明日でいいわ…

の繰り返しです。よく言う「明日でいい…は明日もしない。」というのは本当の事ですね…

まあ申請期限が明記されていないからという油断もあるのですが…

明記されている事と言ったら、『18歳未満の合格者の方は18歳になってから申請してください』と書いてあるぐらいですからね…

とはいえ、ダラダラしすぎやろ…と今更ながらに思います。

これは、今後改善していかなくてはならない事だろうと思います。

思えば、私生活って、それほど重視してこなかったけど、充実しているとはどういう事だろう。

今までは休みの日はゆっくりとできたらそれでいい感じだったんですが…

何かそれだけでは、人間としてちょっと違うような気がするのです…もちろん休みの日にしかできない、部屋の掃除とか、整理とかはやってるけど…

概ね部屋から出なかったりします。最近は歯医者に行かなくてはならないので、休みの日でも外出することが増えました。

というか、最近は休みの日にもできるだけ外に出ようとしているっていうのが本当の所です。

理由はさっき書いた通りですが、やっぱり部屋にずっといるというのは、それなりに不自然な事かもしれないという風に思うようになったので、という事です。

人間らしい生活とはちょっと違うかもしれないですからね。

まずは、休日については、少しでいいから外出する所から始めようと思って、少しずつ行動範囲を広げていこうと思います。

必要性は無いけども…

だらけた生活は、いつの間にか、後に後に物事を追いやろうとしてしまう事に繋がる。

事実として、後で良いモノはどんどん後に回してしまう。

後に回す事はそれなりに悪くは無いけど、そうしていると、そのうち絶対お尻に火がつかないと動かないですからね。

…今回だって。実際は自分でやろうと思ったんじゃなくて、仕事で必要だった資格で、会社から言われて取りに行った資格で、とうとう必要になって申請しただけであって。僕自身からやろうとしたわけでは無いのです。

物事を後回しにしてもいい事は沢山あるけど、後回しにする以上、どこか余裕のあるうちにそれを行う決断をしなくてはいけないのです。

余裕のあるうちに。です。

思えば、これまで、後回しにして、お尻に火がついてやっと動き出したって事ばかり。これでは、ちょっと余裕がなさ過ぎる。

仕事に時間をかけすぎているのも良くない傾向の一つかもしれないというのはよく分かっている。とはいえ

そんな日でも、普通の人間らしい生活は送る必要があると思います。

仕事で遅くに帰ってきても、まずはちゃんと風呂に入って服を着替えて寝る。

これすらできてない時があります。着替える前にちょっとソファに腰かけたまま寝てしまうという事もあります…

朝起きてシャワーを浴びて出勤する。また遅くに帰ってきて寝てしまう…これは人間の生活とは違いますよね…

もちろん、20世紀であればそれもあたりまえだったのかもしれないですが…

それに、僕たちの職場は、世間では割となめられることが多いのも事実。

「スーパーの仕事なんかほとんどバイトにやらせたらええんとちゃうん?」

『なんか』とか『やらせ』はこの業界には存在しないのです。

そんなに簡単ではないんですよ。

何万と並ぶ商品、毎日入ってくる大量の商品の管理、値段の管理、売れていく商品の把握、品切れさせないようにするには?お客さんが欲しいときに商品が並ぶようにするには?利益を上げるようにするには?人材の教育は?チェックは?ミスが起こらないようにするには?システム作りは?より良いものにするための問題提起は?

誰がするの?

っていう話ですね。この仕事はなめられやすいけど、馬鹿にはできませんし、誇りを持ってるするのに十分な仕事です。

お客様から見えるスーパーの仕事なんてごく一部でしかありません。

まあ、その誇りが帰るのを遅くさせているのか、単に僕の能力が低いだけなのかは分かりません。もしくはその両方なのかもしれないですが。

この業界の話は別にいいですが。そうは言っても、やはり、ほどほどにしておかないと、プライベートも何もあったもんじゃありませんよね。

気付くのが遅いかもしれないですが、いや、気が付いてはいたけど、どうでもいいと思っているからこういうことになっているのかもしれないですけどね…

余裕のあるプライベートを目指して、なおかつ仕事も頑張る。そして、人間らしい生活を送るようにしようと思います…

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2012年3月25日 (日)

姿勢強制

左足首捻挫、左膝粉砕骨折、の経験があり、左右で歩き方が違ってしまっています。

その歩き方の違いから、左足の股関節に負担がかかってしまっているようです。

推測するに、膝、足首で本来吸収されるべき地面からの衝撃が、ほとんど緩和されることなく股関節にいっている…イメージでしょうか。

右側はそれほどでもありません、左足をかばって歩いていると右も痛くなりますが、かばう事なく生活していると、やはり左足だけが痛くなります。

どちらがいいのか?と思っていたのですが、今までは、『両足が痛くなるよりは片方が痛いだけの方がまだ我慢できるか…』と思いながら、かばう事なく生活していました。

とはいえ、やっぱり雨の前後とか、気温の上下の激しい時は、かばって歩いてしまうのですが…

少々痛いぐらいだとそのまま歩きます。それがいかんのかもしれないですが…

勤務時間が長くなると、完全にここにきてしまいます。

足の裏がずっと痛かったのですが…いや、痛いのですが、後半はそれよりも股関節の方が痛いので足の痛みはそれほど感じなくなります…いや感じるのですが、無茶しなければそれ程邪魔にはならないという事なのですが。

でも、こう痛いと仕事の邪魔になるのです。

そこで、この前から考えていた、姿勢強制のスパッツを購入しました。

無茶をするとやっぱり痛いのですが、それでも、普段歩きは全然痛くない。痛いのは足の裏だけです。

これはいい買い物です。

難点が実はあって…この姿勢強制のスパッツ、めっちゃピッチリしているので、履くのにも苦労するし、脱ぐのにも苦労するし、場所が場所だけに、実は用を足すのもとても面倒なのです。

腹ぐらいまであるし…

やや苦しい?感じなのですが、それでも痛みよりはましです。

これを履き続けると、もしかしたら股関節の痛みは無くなる?のかもしれないですね。

体重が重すぎる?訳ではないですね。この前から言っていた通り、5kgは減りましたから。

とはいえ、前日に鶏肉を食べすぎたので、19日には減ってたものが20日には増えてしまっていたので、22日にとりあえず達成したのですが…

もう春になったので、運動を始めようかと思っているのですが、股関節も足の裏も痛いとなかなかランニングには行けそうにないな…と思っている次第。

「整体に行ったらましになるんちゃう?」なんていう情報を得たので、今度整体に行ってみようかな?なんて思っています。

実は、前の店の近くに2件ぐらいあるのですが、ちょっと僕には敷居が高くて、行くことができていなかったのですが…

まず、外出が、それほど頻繁ではないからね…

それに、整体って痛いのか気持ちいいのかよく分からんし。痛いのであれば、論外やし、気持ちいいとしても…高い料金だと無理やし。通い続ける自信もないし…

まあエステとかじゃないからそれぐらいの料金なんだろうけど…

本当に効果があるのかどうかも、実は信じがたいのですが…人に言わせれば、「風水とか手相とかより効果はでかいはずや」と一刀両断されてしまいますが…

まあ、そうなんでしょうか、僕の中ではやっぱり敷居が高い。

あとこれは願望ですが、できたら綺麗な女の人ならよりいいのですけどね。とはいえ、そういうところってムキムキの人が大概出てきてガッチリされるようなイメージがあるんですよね。

まあ、ガッチリならんと効果も無いんでしょうが…行ってもないのにこんな事言うのも何ですが…

ということで、姿勢強制には二択あって、そのうちの姿勢強制スパッツもそこそこの値段するんですが、何回も使えるやんか。となって、そっちにしました。

これで、効果が全然無いって事になったら、整体も考えることにしようと思います。

まあヘタレの僕が、楽な方を選択したという事ですね。

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2012年3月22日 (木)

楽しい事を報告する人

「Fなあ、その日あった出来事とか、面白い事とか、うれしい事とか、報告できる相手がいる事は、いい事やと思うで?」

というのは、友人の言葉です。

それは、確かにそうだろうと思います。要するに、うれしい事を言って一緒に喜んでくれる人がいたら、気持ちが通じ合ってるような気がしますし。冗談とか言って、しょーもない事なんだけど、何だか面白くなって、笑いあう事も、とても楽しい事のように思います。

でも、ですよ。

僕は、プライベートと仕事は分けたいタイプの人間なので、一日の面白い事とか、うれしい事とかはほとんど仕事の事になりそうなので、そういうのってなんか嫌なんですよね。

僕がそんなような事を言うと、友人は更に言います。

「そりゃな、オレもそういう話したりすると、まあ、ちょっと会社の人の悪口とかにもなるわけやけど、それきっかけでケンカもするから、報告が、必ずしもいいもんばっかりじゃないけどな。でも、何やろな…ケンカするんもまた、いい事なんやろうと思うんよな…」

「そんなん、無いに越したことないんとちゃうん?」

「うーん、まあな。でも、内容にもよるけど。」

「はあ、内容って?」

「分かりやすく言うと浮気とか、風俗とかそういうの見つかって修羅場になったら、結構頑張らんと厳しいもんがあるって意味なんやけど、そういうの以外は結局どっちかが悪いから、そん時はまあ、頭に血が登ってあれやこれやと言うてまうけど、落ち着いたらまあ、悪い方が謝ったりして、仲直りする時が絶対来るからな。そうなったら、言うならば、障害を二人で一つ乗り越えるっちゅー訳や。」

「はあ…その場合やと障害は浮気とか風俗やからお前が悪い事になるけどな…」

「その時はゆるされへんかっても許せる時が来るからな。」

「嫁はんがか?そういうもんなんか?」

「そういうもんやな。」

「…」

「あれ?何か違うぞ、ちゃうちゃう、それやない、オレが言いたいのは、ケンカしたりするとそのまんま破局とか離婚とかと直結するみたいな印象があるけど、ケンカはむしろ仕方がない事で、そんなに、間近にそういうもんがあるわけやないってオレは言いたい訳や。」

「つまり、お前が言いたいのは、ケンカしてお互いぶつかって、どんどんぶつかって、二人がぴったりの形になっていくって言う感じか?」

「そうや、それ!」

「それはまあ言ってる事は何となく分かるけど、それと、楽しい事を報告する相手がいる事がどうのっていうのとどう関係するんや?」

「それは…あれや、ケンカばっかりで仲良くはならへんやろ?それこそ、何かのタイミングで、良い事があって、興奮交じりで報告して、相手も同じように興奮して喜んでくれるとやな、『オレの事やのに、こいつもオレと同じぐらい喜んでくれてるんや』って感じる事が、更に嬉しかったりするわけや。」

「幸せを共有できることが更に幸せってやつか?」

「そういう事やな。」

「うーん…」

「言ってみれば、子供はその象徴みたいなもんや。二人で作って、二人で喜びを共有して、育んでいくんやからな。仕事で疲れて帰ってきてから、嫁に『今日子供があーとう(ありがとう)って言うてん!』なんて聞いたら、もう疲れなんか吹っ飛ぶでな。寝とる子供も起こして、パパにも言うてごらん?って言いたくなるぐらいや。まあ、起こしたら嫁に怒られるから起こさんけど。」

「だから良く言う子供がおるからまだやっていける。っていうんやな。この前何かの拍子にブログに書いた気がするわ。」

「言ってみたら、二人の財産みたいなもんやで。」

「やっぱ子供はいいもんなんやな…」

「そりゃそうや。生物学的にも動物は子孫を残すっていう本能があるんや。無条件に子供は可愛がれるんやで。」

「でもほら、虐待する親とかおるやん。ああいうのに自分がならんとも限らんでな。」

「それはまあそうなんやけど、あんなのは一部の存在やと思うんやけどな…最近増えたっていうのは、それは、結婚する年齢が若い未熟な夫婦とか、できちゃった婚の夫婦とかがそれなりの覚悟が無いまま子供を産んで育てようとするからそうなるんやと思うけどなあ。」

「テレビとかでも虐待とかが問題でよくあげられてるけど、そんなんは元々どこでもあっただけで、騒ぎはじめたのが最近ってだけなんちゃうん?」

「現実にアホな親は増えてるけどな。オレも親バカ・バカ親って言われて否定はできひんしな。」

「そういや、店でも子供を注意せん親は結構いるなあ。でもそんなのはずっと前からやけどな。」

「恥ずかしいからよう注意せんねやろ?子供が恥ずかしい事をしたことに対して自分が恥ずかしくて、他人のふりをしてまうんやろ?オレも気持ちは分かるけどな。」

「それを叱れない事の方が恥ずかしいのにな…」

「それな!全くもってその通りやわ。」

「日本の『言葉にしない』って言う部分は、いい意味では奥ゆかしさっていうけど、それは形を変えて今ではただ面倒なだけだったり、羞恥心としてまとわりついてるだけなんかもしれへんな。」

「言葉にしなかったが為に、それを感じ取る能力の未熟さに気が付かずに、みんな大人になってしまったんかもしれへんな。」

「空気読めないとかいうのもその延長線上かもな。」

「いやいや、延長どころかそのものやろ。」

「そうは言っても、男の社会では、声に出さないカッコよさはあるけどな。」

「わかるわかる。『痛い』とか『しんどい』とかは極力口にしないとか。あと「やる」って言わずに無言でやってしまってるっていうのとか。淡々とこなすっていうのとかな。あわてず騒がずクールにやるっていうか…」

「そうそう、自分が淡々とできるから、他の人もそれでいけると思うのが男の悪いところやろけどな。」

「ダンディズムの話はどうでもいいけど、Fはそろそろ身を固めるべきやと思うわ。」

「何でよ、別に遊び呆けてないでな。ちゃんと身なりもしてるし、生活だって…浮ついてはないはずやで。必要性が無いやろ。」

「そういうところや。」

「それはそうやな。」

「どういうところやねん?」

「一人で何でもできるんやろ。それは余裕があるからや。」

「じゃ結婚したらその余裕がなくなるって事?」

「違う、最後まで聞け。結婚したら、今までやってたこまごましたことは嫁がやってくれるから、更に余裕が生まれるやろが。その分は。」

「ああ、まあその分はな。」

「嫁は倍せなあかんとか思っとるやろ?」

「まあな。」

「それが違う。それにな、一人では今までできひんかった事も二人では結構できてもたりするんやで。」

「いやいや、話初めが一人で何でもできる云々言うとったやないか。」

「ああ、あれはお前自身の話や、結婚して例えば家建てるなんて想像もつかんやろ?家建てたら今度は近所付き合いがあったりして。そういうのオレも無理やと思ってたもんな。それが、別に何もなくやってできたりするんやって。面倒である事には変わりないけど。オレはそれなりに楽しんでるけどな。」

「そういや、結婚とか恋愛はFは後ろ向きよな。なんでそんなに嫌なん?」

「いや、嫌じゃないけど。面倒っていうか…必要性を感じないっていうか…」

「かなわぬ片思いとか?」

「何じゃそれ?」

「アナザーラブか?」

「あほか、違うわ!」

「Fは器用貧乏なところあるからな。譲って譲って、結局何も残らんかったっていうパターンとちゃうか?」

「ゆずるも何も、誰に?何を?」

「ちょっといいなって思った子とか、良さげな男が現れたらすぐ身を引くって事やろ?」

「そうそう、金ないとか、時間ないとか適当な理由付けて。」

「それは言った事無いぞ。どっちも何とかなるもんやと思ってるしな。強いて無いもん言うなら気が無いな。」

「んな事はわかっとるわ。なんで気が無いのかって事やろ今は。」

「いい女見て『やりてー』とか思わんのか?」

「思った事ないな、それは彼女やった子を含めてもそうやな。」

「お前異常やな。オレなんかその辺の女の子見たって思うぞ。」

「それは…お前が異常なんとちゃうか?」

「せやろか?」

「オレが思うに、話は戻るけど、そういう場合は、前を引っ張ってるか、好きな奴がおるかのどっちかやと思う。好きなやつはおるけど、おいそれとは会いに行けんし、告白もできん。っていうやつとちゃうか?」

「そんなやつはおらん。それやったら休みの日とか合いに行くって。」

「それもそうか。」

「過去のを引っ張ってるん?」

「あほか、何年前やねん。どんだけ引っ張るねん。」

「確かに…」

「でもまあ、あれきっかけで、おいそれとは女の子を好きになったりしないようにはなったけどな。いろんな女の子がおるからな。男から見たらその気があるような態度の子もいれば、だるそうに会話する子もいれば、完全に嫌ってるように見える子もいるし。そのいちいちに一喜一憂してたら切が無いしな。その大概が僕個人に興味があってそうしてる訳ではないし。そんな事で悩んだりするのも嫌やしな。」

「それや、Fは女の子全員にフィルター越しでしか見てないんや。だから好きにもならんし恋人も作ろうともしてないんや。」

「いや、それは前から言うてるやんか。」

「あ、そうか…」

「とりあえず、フィルターあってもいいやろけど、女の子とか誘ってご飯とか行ってみれば?そしたら考え方も変わるかもしれへんし。」

「…まあ考えとくわ。」

と言う会話がありました。表現は少しずつ違うかもしれないですが、流れとかはほぼそのままだと思いますが…

前も書いたけど僕の話は盛り上がりに欠けます。

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2012年3月21日 (水)

依然として…

友人と食事を控えた…といってもそんな事は別に珍しい事ではないんですが、その前日にあたるこの日に、変な夢を見ました。

例の、親友宅から、高額の入った貯金箱を奪ったという元友人(話の便宜上今後は友人とさせてもらいます)

が出てくる夢だったのですが。

依然として、一方は認め、もう一方は認めてないと言う状態が続いていて、その二者からは完全に嫌われてしまっている様子です。

それまで、幾度となく一緒に遊びに行ったり、飯に行ったりしていました。当然、僕も含めて3人はそいつの結婚式にも行きました。

それなりに男らしいし、面白い奴だし、顔はイケメンだし。いいやつだったんだけど、何でそんな事をしたのか分からない。

弁護士さんの話だとそういう病気を持っている人なんだろうという事なのですが…ふと、兵庫県警で警部をやってる友人の事を思い出しました。先輩が『こいつは病気にさえならへんかったら出世するわ。』

病気というのは、『職務上の不正』であったり『警察官の使命が全うできない事』の事を差すようですが…

そういうのも病気だというのだから、平穏に市民として生活するという使命が全うできない事はやはり病気なのかもしれないですね。

夢ではその窃盗の友人は、二人とうまく打ち解けあえず、何やらギスギスしていました。

まあ当然と言えば当然なのですが、そこに間に入っていくのが、何と僕なのです…

こういうのは、夫婦喧嘩と同じで、外の人間が絡むと良くないので、僕自身は関与しないのが一番だろうというのはよく分かっていますが、夢の中の僕は何とか二人と友人との仲を取り持とうとしているのです。

保育園から高校までずっと一緒で仲良くやってきたという事実。

夢でなくてもその事実が、実をいうと『あいつが窃盗を、しかも自分たちの中から行った』という裏切りを、当初は傷をより深くしているように思いました。

が、時がたつにつれ、僕自身には全く被害が無かったというのもあるのでしょうが、自分が、二人と友人との緩衝剤にはどうにかなれないか?という思いがあるのも否定はできません。

何と言っても幼馴染一人を今後は友人とみなさず、仲間にも入れず遊びにも行かずとするには、やはりパワーがいるものではないか?と思うのです。

僕はキリスト教ではないですが、『ゆるす事』というのは、人間にとってとても大切な事なのではないでしょうか。

と思うのですが…

夢の中の僕は、二人に何とか一緒にご飯でも食べようと打診しているのですが、二人は一向に首を縦に振りません。

思い出話も功を奏せず、二人のうちの一方のお金の返還を強く求められただけだった。

「何でオレの方は返してくれへんねん。それに、返さんでもええねん、終わった事やし、できひんのであればそれで言ってくれたらええねん。謝罪も何もないのはどういう事や。」

それが、最近の彼の、友人の話題の時の口癖…というか、その事は話題が出たら必ず言います。

僕もそれには納得で、『何度も侵入したが、一度も何も取らずに出て行った。』なんていう事は、どうにも信じられないのです。

これまでの被害は恐らく100万近いとの事。使ってしまってるんでしょうね…

一方の方が返ってきたのは、無くなって日も浅く、全額銀行口座に振り込まれていたから、比較的に返ってきやすかったのでしょう。

でももう一方は違います。いろいろと…聞くと気分が悪くなるのでここでは書かないですが。まあ都度やっていたという事です。

…認めたらいいんだと思うのです。もちろん賠償云々はあるんですけど、ちゃんと謝罪して誠意をもって接すれば、あいつも鬼じゃないんだから、むしろいいやつなんだから、ある程度は許してくれるのに…

夢を見たあと、実際自分にできることは無いかと考えてみたけど、やはり自分にできることはありません。

返ってきていない友人を、彼の謝罪なしで、納得させることなどできはしないのです。そして、友人に謝罪をさせるのは僕の役目ではありません。彼自身が気が付いて、本心から謝罪したいと思って初めてその言葉が出てくるんだろうと思うのです。厳しいですが、学校じゃないのです、僕たちが生きているのは社会です。

立場的に関係が無い上に、出しゃばると怪我をしそうなこの状況でも、ただ、指をくわえてみているだけだと言うのはすごく歯がゆいものです。

いつかまた4人で飲みに行ける日が来ることを祈ってこの記事は終わりにします。

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2012年3月20日 (火)

何故か飛ばない無線LAN

またも不具合。不具合ばっかだな。この部屋のLANは…

今日ブログをアップしようと思ったら、またしても接続されていないと出るのです。

まあ、ケーブルがつながれていないので、それが出てても大したことはないのですが、無線も飛んでないのです。

いったいどうなってるのか…

もしや?と思って、ひかりTVを点けてみました。結果は

『点かない』でした。一体どうなっているのか…TVの方は、LANケーブルを一旦抜き差ししてみろとか、電源を落としてもう一度入れてみろとか書いてありますが、そんな事をしてもらちがあきません。

何が起こったのかさっぱりです。というのも、直前までメールを受け取る事も出来たし、ネットショッピングで買い物もできたし、ネットバンキングも普通にできたのですよ。

急にです、急にできなくなってしまったのです。

もう仕事から帰ってきてくたくたの体を持ち上げながら、ゴミの日に出そうと思ってまとめてて、前回忘れてしまってたゴミの袋をまたぎながら、痛い脚でルーターを確認に行きます。

無線のルーターは…電源も入っているし、電波もとおっている。

ひかりのルーターは…一見して異常は見られない。

全て一度電源を落としてみる。

『何』も起こらない。依然として、LANは走らない。ネットもできないひかりTVも見れない。

どうなってんだこれ。

もしかしたら、大元のモジュラーが外れたとか?

それぐらい突然だったので、そうかもしれないと思い、卓上電話を確認に行きました。

相変わらず猫の巣となっている汚い部屋ですが、以前来た時よりは幾分片づけられていました。といっても、ビデオ(VHS)が山のように積まれてはいましたが…

その横にあるハズの電話は行方をくらませており、新聞と、殴り書きのメモが残されているだけでした。そして、使用していないFAXもありました。

電話の姿は無かったものの、下の固定電話はしっかりと動いているし、僕の部屋の子機も普通に動いている事から、大元ではないという事が判明しました。

じゃあ一体どこでどうなってこんなことになってしまっているのか?

仕方が無く、コードの一本一本、ケーブルの一つ一つを丁寧に追いかけて、取り替えて行きました。

そして、ひかり接続のルーターに差し掛かった時、緑のLANケーブルがやけに古い事に気が付きました。

『もしかしてこれ?これがおかしなことになった原因かな?』

と思った僕は、以前買っておいたLANケーブルの2mの分を出し来てそれと取り替えました。

本当にそれなのかどうかは分かりませんが、タイミング良く治っただけなのかもしれないですが、急にひかりTVが点き、パソコンのメールも送受信を始めました。

直った…

あのケーブルのせいか?

よく分かりませんが治りました。

あれこれやって経過した時間が約60分です。

もう日付も変わってるし…

まだ晩御飯食べてないし…

という事で食べながら、新聞記事を見ていたら…

いつの間にそうなってしまったのか、ソファに座ったまま、晩御飯のパンをその辺に落下させたまま朝を迎えていました。

部屋着には着替えていたのですが、ベッドで眠りたかった…疲労の回復度がやっぱりベッドでは違います。いろいろと手を加えているから当然ですが…

そしてこれから、重たい体を引きずるようにして、出勤するのです。

今日は早く帰って眠りをむさぼりたいな…最近は毎日こんなことを考えています…

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2012年3月19日 (月)

良いもんだ。

最近、一番よく遊んでいた友人が同棲を始めて、あ遊びづらくなったんですが、まだ友人はいて、まあ、行ってみれば、そいつも、もうすぐ結婚をするから、「今度招待状を送るから…」なんていう話をしているのですが…

人生において、第二次結婚ブームが来そうな気配がしてて、少しそれに怯えているのですが…

そいつと、その同棲始めた親友とで今日は「久々に集まってご飯にでも」という事になったので、行ってきました。

先日買ったM-65をさっそく着て行きました。それについての反応は「なんかいいなそれ。」という発言で、広げようとした瞬間に違う話題になったので、そっちに逸れて、あまり話すことがなかったのですが…

やっぱり小学低学年ぐらいから一緒だったメンバーなので、気の置けない仲なので、話はとても楽しく、気が付いたら…4時間もしょーもない話で盛り上がりました。

残念ながら、本来はこのメンバーにもう一人、いつもならいるのですが…例のドロボー事件の為、今後は参加させないという事になったみたいです。

今でもまだ大もめにもめているそうですね。友人たちはそれについて多くを語ろうとしません。

まあ、僕の方からあれこれ聞いたので、大体の事は教えてくれましたが…

せっかくのお酒の席ですから、あまり暗い話ばかりというのも嫌なので、それぐらいにしておきました。

僕的には、この前、鶏肉を食べに行ったので、今回は焼肉か何かにしたかったのですが、多数決でまたも鶏肉になりました。

まあ別に、鶏肉好きだからいいんですけどね。

お酒も進むし、鶏肉も進む…僕はご飯がないとその辺を食べれない人なので、ご飯を頼みながら食べていました。

いや、実際ご飯食べるといくらも食べられませんね。

小さ目のお茶碗でしたが、2杯と鶏肉をつまんだぐらいで、あとはビールでおなかがいっぱいになってしまって、はち切れんばかりでした。

おかしいなあ、もっと僕のおなかは入ったはずなのに…

今日は朝からお墓参りをして、歯医者に行って、庭の木の剪定をして…14時ごろにちょっと遅めの昼食を食べたからまだお腹に残っていたんだろうか…?

お腹いっぱいになったら、昔のエピソードが中心に出てきます。

それも、何度も言った事あるネタですが、前回出なかったネタを久々に出してきて、「懐かしい、懐かしい」と言ってはお酒を飲みます。

そして、僕には分からないゲームの話になっていくのですが…二人はゲーム好きなので、その話の時は、ゲームをしない僕はいつも置いてけぼりをくらいます。

「へー…わからんけど。」と言いながら聞きます。

そして話は結婚とかそういう話になるわけですが、僕は友人たちのそういう話を聞くのが好きなので、ここぞとばかりに質問をしまくります。

「え?いつそういう話になったん?」「どうやって切り出したん?」「どっちから言い出したん?」「親とはどういう風に話したん?」「資金はどれぐらいやった?」

その他いろいろ聞きましたが、自分が聞いたことももうほとんど忘れてしまいました。

今回、いつもと違う話だったのは、友人のうち一人の会社が、希望退職を始めているという事でした。

「5月以降君には仕事無いけど、自分これからどうするつもりなん?」

と言う風にタメ語で会社のNo.2とかが平気でそんな事を言ってくるらしいです。

「はあ?タメ語?」

「そやねん、前提がもう違うやろ??オレが思うにあれは完全にこっちを怒らせて、『こんな会社おれるか!』みたいなんを狙ってる感じやで。」

「そうなんか?ただそいつの人格の問題なんとちゃうん?」

「いやいや、そうかもわからんけど、それに乗って『辞めてほしいねやったら辞めたるわい!』とか言うて希望退職の紙たたき出した人がおって、その時も『あ、そう、ありがとう助かるわ。』ぐらいやったらしいんよ。」

「ああ、なるほどな、それは狙ってる臭いなあ」

「やろ?あんなんほとんど強制退職やでな。オレは『この会社に残る事にします。』って言ったら『そうか、分かりました。』ってだけで、そういう風に言われることもなかったんやけどな。」

「え、じゃあ会社に残るん?」

「オレはな。」

「Rとかは辞めるんやで」

「らしいな、この前お前から聞いたわ。」

「それも酷い話でな、オレは面談2回で、しかも残る宣言したけど、辞めなあかん理由が分からんから、やっぱちょっとできひん人らはもっと何回も面談があるんよ。」

「つまりは辞めるって言うまで面談は続くって事か?」

「パワハラ以外の何物でもないな。訴えたら金取れるで。」

「やろ?絶対パワハラやで。大体、上の人間に雑にタメ語で『どうするつもりなん?』とか言われて気の弱い奴とか気の短い奴やったら『辞めます…』って言ってまうでな?」

「確かにそうやな…」

「会社の存続のためには人員削減は避けられんのやろけど、やり方は考えんとな。」

「人によって言い方も違うみたいやしな。」

「でも人員削減したって、このままやったら持つのは数年ねやろ?ちょっとどうなるか考え物やな…オレらも行ってみたらもうそこそこの年齢やしな…」

「確かに…」

希望退職なんか考えたこと無いけど、退職者リストに僕が載ってたならどうしてるだろうか?

いろいろ、しょーもない話をしたけど、この話が一番印象的でした。

そこそこの収入のある会社だけに、これから、同じぐらいの収入を得ようと言うのはちょっと難しいでしょうね、特に今の時代は…

あとは馬鹿な話ばっかりでした。

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2012年3月18日 (日)

M-65買いました!!

買ったのは前々日ですが、明日、友人とご飯を食べるので、その時に着て行こうかな?なんて考えています。

別に、ミリタリージャケットが好きという訳ではないですが、最近見た映画の主人公が着ていたという事も少しは影響しているのだろうとは思いますが、春着を考えた時に、ジャケットは欠かせないアイテムで、一調子に普通のテーラードだけを着ているというのもなんかなので、

ミリタリージャケットでオシャレなのがあれば、それが欲しいなと思っていたのです。

M-65はそこで僕の要求にもろに答えたジャケットだったのです。でもまあ、あまり迷彩模様とかが入っているのは没です、それをオシャレに着こなす腕は僕にはありませんし…

あくまでも普通のジャケットっぽいけどミリタリーみたいなのがいいんです。

で、そういうのって普通に買いに行っても無いんですよね。あってもサイズが無いとか。

だから…いつものネットショッピングです。

いつも買ってるショップは、身長185㎝のガッチリ体系の人がモデルで着用した感想が書いてあるので、これぐらいの人が着れるのであれば、僕も大丈夫と考え、いつもそれを参考にしています。

30代から40代前半ぐらいの人をターゲットにしたショップで、若すぎず、派手すぎず、それでいてオシャレな感じの服がたくさんあるお店で、奇抜すぎないけどカッコいいし新しい。というその着眼点にいつも嬉しくなります。

しかもネット購入だと安い!!

めちゃ割引なってるやん!っていうのがごろごろあるのです。

もちろん、サイズが無かったりするのもあるので、そういうのは、いいなと思っても、買えないのですが…でもそれは、直接お店に買いに行っても同じですよね。部屋に居ながらにしてって言う方が疲れなくていいです。

僕みたいにガッチリ体系の人はいいと思っても袖を通すまでもなく着れない事が分かる服が多いので残念です。

でもビッグサイズは大きすぎて合わないという…

そんなこんなで服はネットショッピングが中心です。

もちろん、買い物をする時はメジャーを傍らに置いておかないと偉い事になりますので、注意が必要ですが…

M-65はそのネットショップを見つけた時にその存在を知ったのですが、当時はそんなにカッコいいのが無かったのですよ。

「欲しくはあるけどこのポイントが気に入らない。」っていうの?

で、今年の新作で出てきたやつは申し分ない。ただ、まだいらんかったので、欲しいものを優先して買っていたら、ずんずん後回しになっていました。

もうないかもしれへんな…と思いながら商品をクリックしたら。

…まだまだ欲しいやつはあるではありませんか。

人気ないのか?と思うとちょっとためらいますが、「これ、やっぱいいよな…」

と思い直して購入。

「え?値段が5580円(送料込)格安やんけ!」

これはいい買い物かもしれないぞ。と思い、商品到着が待ち遠しくなりました。

そして商品が届き。袖を通してみたら…

何とも丁度いい!肩幅はさることながら、ロンT重ね着ぐらいへっちゃらだし恐らくトレーナーを着ても収まる。腰の辺りはジャケットらしく絞ってあるから体のラインがキレーに見えるし。

姿見で着用時の姿を見て、『よっしゃ!これは久々に自分によう似おとる!』来る前からそういう予測はしていたけど、更に気に入りました。

ちょっとだけ、映画の主人公のマネをしてみたのですが、それについては、あんまりでした。

するんじゃなかった…

でもまあ、この春一番のうれしいアイテムが手に入った事がうれしいので、プライベートではガンガンこれを着用していこうと思います。

さすがにミリタリージャケットは仕事には着て行けないですしね。改めて似合ってるか見てもらうのもおかしな話ですし…

とりあえずは自己満足の世界で。

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2012年3月17日 (土)

腫れ。

毎日毎日花粉が飛び交ってて…とはいえ、前年に比べれば全然ましなのですが、それでもこの季節、嫌なモノは嫌です。

で、昨日帰宅した時には目がかゆくて仕方がなかったので、もう最近ではそういうのは、思うままにかくようにしています。

だってね、我慢したら我慢しただけ思いっきりかいてしまうので、その時にそのままかいた方が程度がいくらかましなのです。

そして、いつもは目の端の方、鼻に近い方が痒いのですが、かきすぎて痛いぐらいなので、押さえて横に分散する感じで引っ張るようにしているのですが。

今回は何か違って、まぶたの方が痒いのです。

『おかしいな、いつもはこんな事なかったと思うんだけどな…』

そう思いながらも、我慢すると後々良くないので、ポリポリとかいていました。

いつもの場所じゃないだけに些かの疑問はあったけど、痛くないのでかきやすい。

暫くしてはかき暫くしてはかきの繰り返しを行っていました。

ふと、気が付いたら。目を開けているのにあんまり開いてないのです。

『あれ?』

っていうより目の上の方になんか下がってきてる…てかこれまぶたか?もしや!

となって触ろうとしたけど腫れているのであれば、迂闊にさわると酷くなると聞いたことがあるから、それよりもどうなっているのかだけでも確認をしなくてはなりません。

って、普段全然使わないので、どこを探しても鏡が無いのです、

『どこやってん僕。ちゃんと置いとけよ…』

ふと冷蔵庫を見ると、そのサイドに磁石でひっつくタイプの鏡がありました。

『これや!』と思い、手を伸ばしたら、中々取れない。長い事張り付いていたので、マジで張り付いてしまっていました。

仕方がないので、嫌だけど無理やり引っぺがす事にしました。横側だから目立たんだろう…という決断のもと…

引っぺがしてようやく僕の顔を写し出したところ…

ボッコォ!と腫れあがっているのです。

うお!坂東皿屋敷!!

というのが第一印象でした。これは…この状態はやばい。次の日仕事できるか?この目で…

という恐怖が走りました。

確か、ばい菌が入ったらまぶたが腫れるとか言ってたな。そのばい菌は、一般的な菌であれば、オロナインで十分効果があるとか…

でも流行性細菌炎だった場合は出勤停止になります。

取りあえずはオロナインを塗って次の日の朝、どうなってるかを確認してから考えるようにしよう。

普通のばい菌であればオロナインで十分収まるハズだからです。

でも、これ、痒いのが原因となったものだろうけど、一体なんで痒くなったのだろう…

ダニ?蚤?いや、そんなのいたら既にそんな兆候があったやろうし、そういうのの痒みってそんなに続かないんですよね…

何かに刺されたのかもしれないけど、じゃあ一体何に?

とりあえず、腫れあがったまぶたにオロナインを塗ると、いや別に腫れてなくても、まぶたにオロナインを塗ると、すごく粘ついてて、目の開け閉めが、数ミリの事だけど引っ付いてて開けにくいし見づらいので片目を閉じて少しあれこれして、両目とも閉じて寝ました…

次の日の朝。

起きると、『おお、何とかなおっとる!』多少残ってはいましたが、黒縁のメガネをかけてて、しかも花粉症のマスクをしているので、多少腫れてても、もともとが腫れぼったいまぶたなのでよく分からんだろう。と思い。出勤しました。薄くオロナインをつけて。

結果夕方には回復し、帰ってきたときには、小さなニキビのようなものがまぶたにできていました。

『昨日のあれが今日はこれか…』

考えると、また痒くなってきたので、またオロナインをつけて眠る事にしました。今日はもうこすらないようにして…

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2012年3月16日 (金)

楽しい事。

僕の中で大人になる…という定義の中の一つに、

『楽しい事を我慢する力を身に付ける事。』

と言うのがあります。

まあ、書いて字のごとしですが、要するに「我慢」を身に付けるという事なんですけどね。

予備校時代、高校から付き合ってた彼女とは自然消滅…しかも悪いのは僕の方だったり…

その時、大学に受かる事が最大の目標だったから。遊んだり、気を抜いたりするのが嫌だったんですよね。

そのまま一年が終わりそうで…

僕が住んでる地域では一二を争うほどの偏差値の低い高校だっただけに、予備校通いを余儀なくされた…というと他人が悪いみたいですが、要は馬鹿だったので、大学に行くためには、ちゃんと勉強しなおす必要があったんですよね。

そうして様々なハードルを…倒しながらも、前に進んでいくためにも、彼女と遊んで、けじめ…というか、メリハリをしっかりつけれるほども大人では無かったんですよね。

だから、ポケベルを解約して、自宅電話にも、勉強忙しいから…と言って遠ざけた。

当時は、そうやって、いろいろ犠牲にしても目標に向かう自分に少し酔っていたところがあったと思います。

そういうの全部抱えたまま向かう事の方が何倍もカッコいいのにね…

まあ、事実として、そういう事をしている余裕は無かったんですけど。

それはさておき、初めはそれも我慢でした。でもそのうち普通になって、後々にはそういう選択をした事が間違いでは無かったと考えるようになりました。

今となっては…実は間違いでは無かったとは思うものの、もう少し他にやりようがあったのでは?と思ったりもします。かと言って後悔とは少し違うかな?

大学合格後、入学金とか、授業料とかを公庫に返済しながら、なおこれからの授業料を稼がなくてはならなくなりました。

また、ここから我慢が始まりました。

夜も寝ないで働く。でも大学生のアルバイトの収入なんてたかが知れています。

部活動に入っていたし、通学にも物入りだし、ゼミもあるし、食費・教科書・雑費…etc.

コンパも何度も断りました。ゼミコンも行かない時も何度もありました。旅行も、遊行費に使えるお金は、微々たるもの。

それに旅行に行くとその分お金も使うし、行ってる期間だけバイトに入れないから、その分生活費から削る事になる。

長い夏休み、大学で仲良くなった友人たちと、僕も遊びたかった。

でも、その友人たちと、たまに行くご飯や、バイト先のツレと少し飲みに行ったりすることで、経済的に限界に達していたので、それ以上は無理でした。

後々、奨学金(有利子)を受けれるようになって、少しは余裕が出てくるのですが、時既に遅し。彼らとの関係は、当時よりも疎遠なものとなってしまっていました。

まあ、それはそれで、運転免許のドライビングスクールのお金と化していくわけですが…

部活の友人たちと、バイトの隙間を縫うようにしてご飯を食べに行ったりしていましたが。

「すまん、もう行くわ。」

と片手で謝りながら原付バイクでバイト先へと向かう毎日でした。

やっぱり、若いので、遊びたいんですよね。なんで同世代の子たちはあんなに遊んでるのに、僕はこう毎日毎日バイトバイトバイトなんだ…ってね。

大学に通い続ける…という事で、僕の両手両足のみならず5体全てに枷が付いているような毎日でした。友人たちと一緒に遊ぼうとしても、どんどんと追いつめられていく感覚がして、見えない足枷がはしゃぐことをさせないのです。

『何が何でも卒業してやる。石にかじりついてでも卒業する!オトン・オカンには絶対に頼らない。』

それが大学時代の僕が掲げていた最低で最大の目標でした。

しかし、二日に一度、少ないときは三日に一度しか眠れない。週に三日しか寝ない、二日しか寝ない時もざらにあった。

でも、働く事は、ただ『こなす』というだけであれば、それほどは苦痛ではなかったのです。以前も書いたことがあるけど、労働の楽しさというのにこの時に目覚めました。

苦痛を伴うのはやっぱり交友関係を我慢することでした。若いといっても、無理が効くと言ってもやはり限界はあります。

長時間のバイトの後「疲れた…」と漏らそうものなら、「若いうちの疲れなんか疲れやないわ。もっと頑張れる!」というような事をよく言われました。

つまりはそれだけ「疲れた」 と漏らしていたという事なんですが…

『じゃあ、あんたこの生活やってみるか!?』と言いたくなるけど、自分で決意して覚悟してやってることだから、言われても仕方がないですよね…

だから甘んじてその言葉を受けることにしていました「そうっすか、これはまだまだ気のせいなのかもしれないですね…」

当時の僕はその時の自分の置かれた状態に押しつぶされそうになりながらも必至であがいて、もがいて、耐えていました。

ひたすら我慢です。ちなみにストレスは部活で発散していました。部活が無かったらやばかったですね…

奨学金が受けれるようになって、生活はかなり改善されて、彼女がいても…理解ある彼女であれば大丈夫ぐらいにはなっていきましたが、それまでは大変でした…

『この苦痛ともいえる生活はきっとこの先、社会人になった時に役に立つはずだ…』

そう思いながら、生活しました。

社会人になって、そうですね、同じように足枷手枷はついてますね。

でも、大学生の時ほど、シビアな条件ではないから、プレッシャーも感じなければ、生活に切羽詰ってることもないし、経済的にも安定しているし…

ああいう生活をしてきたから、『遊び』に対して、羨ましく思う反面。実は、「疲れる」とか「時間が」、とか考えてしまうのです。

旅行とかに対して、警戒せざるを得ないのはそういう事があったから。

底をついてしまうかもしれない体力の事を本気で心配して、旅行の間も体力の温存を考えなくてはいけません。旅行は旅行でいいけど、帰ってきたら今まで通りのパフォーマンスでもって、いや、休んでいた分フルパワーのパフォーマンスで仕事ができなくてはなりませんからね…

限界のボーダーを超えないように、自分をセーブしながら楽しまなくてはなりません。

そんなの心底楽しめるわけないですやん。

だから「遠出」も「遊び」も「旅行」もできれば遠慮したいというのが本音です。

気持ちはそういうのやりたいけど、社会人として、仕事を中心に持ってこざるを得ない状況です。仕事ではある一定のライン以上は絶対にしたいですからね。それは僕にとってはプライドともいえる事です…

もっともっと能力を上げて、それで、余裕が出てきたら、そしたらそれも考えられるかもしれないですが…

遊びたいのを我慢するのは社会人の義務なんだろうって考えます。

まあ、ほどほどに気を抜くのが上手なやり方なんでしょうけど。

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2012年3月15日 (木)

ストーリーを考える。

いろいろ、どういうストーリー展開が面白いのかな?と考えるんですが、やっぱり物語の進行上に生まれてくる、意外性と謎以上のソースはなかなか無い。

という結論にいつも達してしまうのですが。

テーマが恋愛であろうが、ミステリーであろうが、ファンタジーであろうが…とはいえ、ファンタジーは意外性という面では題材故のジレンマがどうしても発生してしまいますが…

主人公であれば、いかに現実を超えない程度の補正をつけるか。ということがポイントになると思います。

物語の進行上、恋愛をテーマとはしていなくても、カップルは登場させなくては盛り上がりに欠けます。

だから、ヒロインも必要。ヒロイン=主人公っていう事もあり得ますが、その場合はヒロインを手助けする助っ人の男性が必要不可欠です。

なぜなら、物語とはいえ、女性では如何ともしがたい力技を行動するには体を張ってくれる男性の腕が必要だからです。

そうやって、もつれたりほつれたり、頼ったり頼られたりしながら絆を深めていくという事が必要になってくるんですよ。

二人の関係が、ハッピーエンドに大きく関わってきます。

てか、ハッピーエンドにしようと思ったら二人の関係が良くなるというのが絶対条件なのですよ。

でも、あくまで話の中心となるテーマからは逸脱せず、必要以上に恋愛は首を突っ込ませず、あくまでも紳士に物語を進めていく。その中で、何となく読んでいて、二人の距離が近づいている?ぐらいの感覚がむしろ楽しいんだろうと思うんですよね。

で、そういう事を考えてると、物語の構成を客観視する事の面白さというのが発生するんですよね。

初めて、物語の構成を考えてみたのは「タッ●」でした。

つぶしているからアレですけど、物語はザックリ言ってしまうと

「双子の兄貴が、志半ばで死んでしまった弟の後をついで幼馴染の女の子を全国大会に連れて行く」

というスポコンアニメの金字塔ともいえる作品です。

子供の頃は、主人公が誰かも分からずとりあえず見てました。

題名から考えても誰が主人公かということは明白でしたけどね。そんな事も分からんぐらい馬鹿だったんです。今も大して変わらないですが、それでもそれぐらいは分かります。

初めて、あのアニメを見たのが小学校1年生ぐらいでした。弟がまだ保育所に通っていた頃でしたね。

もちろん再放送だったんでしょうけど…

勉強も運動もよくできる双子の弟。見た目もカッコいい感じ。対する兄の主人公は、勉強はいまいち興味を持てないし、運動に関しても、打ち込むほどの何かを見いだせない感じ。

ヒロインは隣に住む女の子。一緒に育った、これまた、運動も勉強も良くできて、容姿端麗で…性格は…よく分からないけど真面目で一生懸命な子なんだろうという事は良く分かる。

兄は弟がヒロインを好きだという事を知っていた。自分も好きだけど、ちゃらんぽらんな自分よりも弟とヒロインがお似合いだと思い、自分の思いは閉じ込めると大分前に決意して一歩も二歩も引いたところでいつも二人を見ていた。

ヒロインは兄の方が好きだったけど、弟の気持ちも知っていた。だから、弟を傷つけたくなかったので、これまで通り幼馴染の延長線で二人とも大切にしたかった。

部活についても、弟は才能があり、めきめきと実力をつけていき、学校のヒーローとなりつつあった。兄はそれを心の中で誇りに思い、自身は目立たないようにしようと決意する。

弟は、部活も恋愛も同じ舞台に上がってこない兄に対し幾度も軽い挑発をするが、決意をしている兄には軽くかわされてばかりだった。軽い挑発に留まったのは、兄が自分に対して気を使ってくれているのが分かったから。

そして運命の全国大会出場をかけた地区予選決勝戦の日、弟は舞台に向かう途中に交通事故に遭って帰らぬ人となる。

兄は弟のフリをして、途中から出場する。弟が途中になってしまった事を引き継ぐ…というよりは弟の無念を晴らすために弟として出場した。

結果は勝ったが没収試合。

弟と同じ部活はやらないと思っていたが、そこからは弟の後を引き継ぐ形で部活に入る。

そうして、数々の経験を積み、彼の才能は開花され、弟以上の能力でもって2年後、全国を沸かせることとなる。

という話。

もちろん、週刊連載だったので、あれやこれやと試行錯誤を練った結果の話なんでしょうが、恐らく、双子の弟が死ぬことは題名を決めた時点で決まっていた事だったのではないかと思います。

兄より良くできた弟。献身的なヒロイン。お似合いの二人。それに遠慮する主人公。

弟の死。弟になって出場。弟のために入部。

ヒロインは兄が好き。弟に気を使う必要が無くなる。でも、弟がいないところでしゃあしゃあと兄に行けない。

弟のために弟になりきろうとする兄にヒロインが苦悩する。

この物語で一番おもしろいところは、弟も、ヒロインも兄が好きなのに、兄は自分の事は考えないっていう所ですね。

ヒロインも弟もそれなりに自分の事を考えて生活しているんだけど、兄だけは二人の事を思って目立たないようにしようとする所。

二人は、それを知らないから、「どうして兄貴はしないんだ?」という質問が飛び交う。

兄もまた二人が好きだからこそ、譲りたい。そうやって譲ってきた自分が、いきなり舞台に上がる事になる。そうなる事への葛藤、戸惑い、思いやり…それらが物語をより面白くさせているのだろうと思います。

ヒーローとなるべき存在の死というインパクトある状況に飲み込まれがちだけど、この物語の最も面白いところはそこでは無く主人公の気持ちの動きにあると僕は解釈しています。

良く考えたよな、こんな事…と思わせる作品は、たくさんあります。そうやって本を読んだり、アニメを見たり、ドラマを見たり。登場人物の動きを楽しむことが、物語に触れることの喜びの一つだろうと僕は考えます。

だから、それを自分で考えると言うのも楽しい事になるんですよね。僕の中では。

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2012年3月14日 (水)

一年間お疲れ様でした。

という意味を込めて、今日は、去年から一緒に働いてきてくださった加食のアルバイトさんの3名様と4人でお食事に行きました。

時間も、場所も僕に合わせてもらって、大変恐縮でした。

その日がホワイトデーでしたので、しょーもないものでしたが、お返しをさせてもらいました。

「うれしいです」とか「家宝にします」

とか言って下さっているのがとてもかわいくうれしく思いました。

思えば、一昨年から時間が経つのがとても速くて、また次また次と、次々イベントがあり、事件があり、事故があり…バタバタと瞬く間に時間は過ぎていきました。

迎えることは難しいかも知れないと思っていた、今の店での一年を迎えることができて本当にうれしく思います。

自分自身が実行部隊となって動いてきたこのお店ほど働きやすい店はありません。

前の店も、前の前のもそうでしたが、その二つは一年居れませんでしたからね。この店では一年いる事が出来たから教育もかなり進めることができたし、アルバイトさんの知識も腕も上げることができました。

何よりもアルバイトさんが素直に吸収して下さるので、こちらとしても教えがいがあるし、ちゃんと行動してくれることに感謝を憶えます。

そういう感謝とか、お疲れ様という気持ちを込めたお食事会でした。

お酒が飲めないのがとても残念でしたが…

それは仕方がない事ですのであきらめる他ありません。

とはいえ、お食事会なのに、仕事の話が出てしまうのは仕方がない事ですね。

アルバイトさんたちとこの一年やってきたことは仕事なんですから…

あまり一か所にじっとしていられないので、それほど楽しい会話を交わすことはないのです。

一年経つと、新しい事よりも確認の意味が強くなってくるし、何よりも慣れによるマンネリがすごい勢いでやってきます。

それを打破するのは、はやり、目標であり、真心であったりします。

経験は財産ともなるけど、新しいものを取り入れる時の妨げにもなります。

自身がそうなのですが、前に進もうとしなければ、現状維持も難しい。それが人間なのだろうと思います。

だから、より良いものになるためには精進と努力を重ねるよりありません。

それは長い人生に置いて終わりの来るものではないと思う。終わらせようと思って終わるものではあるけど。

まだまだ足りない。そして、僕が先を、より上を見続けている限り、ついてきてくれる方々もまた先を上を目指すことができるのではないでしょうか。

スーパーにおいて、ただ商品を出すだけであれば、高校生でもできます。しかし、ただ出すだけではない。決められたルール、決められた場所、スピード、そしてできばえ、それらがきっちりできるからこそ素晴らしいのです。

棚替えについても、素早く的確にできるからこそすばらしい、接客についても同じ、的確であるからこそ素晴らしいのです。

時には間違う事もあるだろうけどね。

そうやって走ってきて一年。今の店でもいい人たちに恵まれていると正直思います。

これからも一年、と言わずとも一週間、一日、それを大切にしながら、仕事ができればまた次の一年が違う形でやってくる。

あっという間の一年だったけど、それなりに手ごたえは感じています。

これからもそうやって一年を大切に走って行きたいと思います。

とりあえず、Aさんの過去の話と、うちの店に来るまでの話が聞けたので良かったです。残り二人についてもお話を伺いたかったけど、それはまた、次回にしたいですね。

とりあえずは、一年お疲れ様でした。またこれから一年よろしくおねがいしますね。

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2012年3月13日 (火)

疲れてるのか…

いや、疲れていたからだ…という事にしておきたい事が発生した。他愛もない事なのですが…

こたつの上、それも端の方になぜか中ジョッキサイズのコップがあって、そこには水が8割がた入っていたのですが。

今日、仕事から帰ってきてから、『ああ、ちょっと遅くなりすぎたなあ…もっと早く帰ればよかった、足も疲れたし、おなかも空いたもんな…』と思いながら、こたつのスイッチを入れ、その前に鎮座しているソファーに体を一旦預けました。

ふと、このまま眠ってしまいそうだったので、『これはいかん…』と思い、買ってきた弁当を温める事にしました。体勢が弁当を置いた場所とは逆向きになっていたので、立ち上がるついでに、その方向にある部屋着に着替えました。その時もその端にあるコップというよりグラスですね、中ジョッキグラス。それは目についていたのです。

『そうか…』今朝、薬を飲もうとして、ペットボトルの水を入れたら、もう無くなりそうだったので、最後まで居れてしまうと、上まですれすれに入ってしまったのでした。

薬を飲んだら8割がた余ったという事です中ジョッキサイズいっぱいの水はそこそこの量ですから、朝からそんなもの飲み干していられないですからね。

仕方が無く帰ってから飲むことにしました。つまりはそのままにして出て行ったのです。

まあそりゃ、何もなければそのまま残ってるわな。

それを思い出しながら、着替えを終え、弁当を手に取ってから一旦ソファーに腰かけました。その時、左手に弁当。右手は腰の横について体を支えていました。起き上がる時にみ弁当を右手に、左は起き上がる勢いを付けるために後ろをバネのようにしてハネさせました。

いつものごとくちゃんと起き上がりました。端に置いてあるグラスも普通です。

『よし、弁当温めるか…』とした瞬間です。

パソコンのコードが足の薬指と中指の真ん中にどうやったのか入り込んでいるのです。

力づくでいくとコードは恐らく、どちらかの方からか抜けてしまう。電源コードなので大切にしたい。『それにしても何でこんなところにコードが挟まるかな?』

少しイラっときた僕はちょっと雑にコードを指の間から出しました。

そして、ベッドとこたつとの間の隙間を通りながらレンジに行こうとしたその瞬間、ふと、この前取り替えたスラックスが、クリーニングに持って行くのを忘れて、ずっとそこに畳んだまま置いてあるのが目につきました。

『ああ、しまったな、クリーニング行くのわすれてた…』と、すこしばかり悔やんで、それからふと、ベッドの下に何かが転がってるのが見えました。

『あれは…』ウェットティッシュの円錐形の容器(中身入り)

無い無いと思っていたら、ベッドの下にあったとは…しかし、この位置、丁度こたつの布団とベッドのカバーで隠れて見えない。だからか?こんな四次元ポケット状態になっていようとは…

そこで、ふと、奥に目をやると、無いと思っていた孫の手も出てきたではないですか…

嬉しくなってそれをずずーっと布団の下敷きになっているのを引っ張って前に出して、発掘しました。

が、ここからが大変でした。そういう風に伸ばした腕だったのですが、近くにグラスがあるのがさっきから目についています。これにあたらんように、孫の手を決めた位置に戻し、そのままレンジに向かった時、その足元に、なぜこんなところに?と思うようなものが、そう、あまりにも足裏が痛い時にふんずけていたイボイボボールです。しかも固い方。

それを、意図せずこたつ布団ごと踵で踏んでしまい。バランスを崩してしまった僕はとりあえず倒れるまでには及ばないぐらいだったので、何とか手でバランスを整えようとしたのですが…

その振り回した手が返ってくるタイミングで、グラスの取っ手に薬指が吸い付くようにマッチしました。

そしてそのグラスは引っかかった手から離れ、ダイレクトに下に向いて落下しました。

『OH!NO!』「何でやねん!」しかもその辺に拭くものもありません。僕の足元には空っぽになったグラスが横たわっています。

急いでももう恐らくは絨毯に染み込んでしまっていて、中々水気は摂れないでしょう。

さっき出てきたクリーニングに持って行く予定のスラックスもべっとべと。こたつ布団も、絨毯もべっとべと。仕方が無く。タンスからタオルを持ってきて、ゆっくりと染み込ませて、水気を取りました。

いや取れませんでした。

こんな初歩的なミスをするなんて…まだパソコンに掛かるよりはマシですし、濡れても乾けば問題ないのでいいのですが。

こんなドン臭い事を僕は未だにするのかと思うと。自分にがっかりです。

一番下の弟の事をどうこう言えないです。

タオルもその辺に無かったのもイラっときていました。

結局その後、ご飯を温めて食べたのですが、もう自分のドン臭さに嫌気がさして、久々の弁当でしたが、味は良く覚えていません。

おいしいやつやったのに。こんな事なら、昨日決めたレイアウトに、早々に切り替えておけばよかったと思いました。

ドン臭いのって何年たっても治らないですね。

落ち着けばいいのに、暴走するから事態が悪化していくので、更に焦るというこの構図。

そもそも、端の方に水入れてグラス置いておくという事自体がこぼれることに対しての意識が薄い証拠。

まあ、実際僕はそんな事はせんだろうと思っていたのですが…

まだまだですね。残念です。

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2012年3月12日 (月)

就活男子

少し前から、リクルートスーツに身を包んだ大学生らしき若い男女を見かけることが増えました。と言っても休日、駅付近を車で通る時に見かけることが増えたし、そういうシーズンだというだけなのですが…

僕が高校生の時は、工業高校だったこともあり、90%以上の人間が就職活動をしていました。

僕たちが就職活動をしなくてはいけない年は、震災前から続く長い不況から、やっと少しずつ立ち上がって、求人企業の数も、過去に比べれば少しずつ増えてきている時期でした。

先生達はしきりに、

「求人企業が増えているのは、この高校の卒業生たちが、卒業してから一生懸命やってくれているお蔭だ。」

としきりに言っていましたが、正直なところ、古い企業はまだしも、比較的新しい企業などは高卒の人材が、労働力以外で会社に貢献しているとは思えず、求人も労働力を欲しがっているのであって、人材を欲しがっているのでは無いように思っていました。

それは、もちろん会社によるんだろうという事ぐらいは分かるぐらいにはなりましたが。

当時、工業高校にいて、もちろん、ひそやかに普通科大学進学を目指していた僕は、就職を考えるクラスメートを目の当たりにして、正直に言うと…

『17・8歳で自分がこれから40年以上働く会社を探すというのは不可能ではないか?』という事を思いました。今でもそう思います。

事実、高校卒業してまだ、その時の会社に残っているという奴は数名しかいないそうです。

僕は、当時就職活動をしていないので、どういう活動をするのかはよく分からないのですが、確か…

自分の受けたい企業を、求人リストの中から探して、先生に希望を提出。後日その企業と面談して、多ければ二回の面談の後に採用不採用が学校に届けられる。

面接の仕方などを特別に時間を取って教育する時間がありました。僕は進学するから意味ないのにな…と思いながらも何かの参考にはなるかもしれないと思い、自分も就職する気持ちで受けたのを憶えています。

言ってみれば、求人リストが全てです。そのリストが来るという事は、高校に採用枠をもらう事と=に近いのです。同じ企業の希望が無ければそのまま面接に行けるし、あれば違うところに変更させらえるか、勝ち抜いて受けることが可能になるかのどちらかでしょう。

ただ、その会社がいいかどうかは文面では分からないのですよね。資本金がどうとか書いてあっても、資本金が何なのかがまず分からないですし。(当時)

どういう風な人材が欲しいかというのも、ザックリと書いてあるだけだし、企業によっては書いてなかったりしますし。

うちの高校でも、工業部門では大手からの求人がきます。

やはり大手は求人枠は少ないですし、人気も高いのです。3人の採用枠に5人の面接が精々で、それ以外は変更を余儀なくされます。

余儀なくされる方が多い事は明白ですが。

若いころはやはり「大手」の看板には弱いものです。本当に自分がやりたいことがまだ決まっていない、それどころか、自分に何ができるかも分からない高校生が、とりあえず就職を余儀なくされた時、その時にまず目に映る会社は、「大手」なのです。

僕はその光景を2度見ました。高校の時と大学の時です。以下は大学の時の話ですが。

大学の時は自分も当事者になりました。といっても、それ程本気ではありませんでしたが。少しは本気でした。

いままで「学校」で勉強してさえいれば、あとは小遣い稼ぎで「バイト」をしていれば良かったのが、いきなり

「ハイ、就職してください。」

と言われて、考える事なんて、人間みんな同じって事です。

実際はハイ就職してくださいっていう風に言われることはありませんし、いきなりでもないですよね、高校の時に、何も工業高校だけじゃない、みんな就職か進学の選択を迫ら得れているのですから。その天秤の差が大きいか小さいかだけで。

何度か就職ガイダンスが大学であって、適性能力検査を受けます。その結果を参考に、個人で、大学の就職課やパソコンのリク●ビを使いながら活動していくのです。

まず、自分がやりたい職業、やりたい職種は何だろう。と思いながらもとりあえず目につくのはどの業界も聞いたことのある大手の会社ばかり。

あんまり大きいところは落ちこぼれの自分には似つかわしくないな…とか考えながらも、早々に大手はキープに入れて、応募だけしてみる事にする。職種も、何となく、自分にできそうな事、そうアルバイトとかを中心に考えて、あれもいいか、これもいいか、というのを押さえていく。

これはない、こんなのは望みじゃない。というのは排除していく。

やっぱり大手と、消去法で決まっていった業界というのは全体で見ても偏りを見せる。

大手はやはり人材についても、会社の雰囲気もザックリとしか書かれていない、実際としては、大きいので、把握しきれていないんでしょう。それが当時には分からない。

創業者や、現社長の考え方に沿って動いているという事こそが、大手のアピールポイントなので、それで大手になったのだからそれでいいんだろうけど。そのザックリとした感じで書かれている情報に、希望を見るのか、それともリスクと見るのかという事は本当に大切な事だと思います。

大抵の若者は大手に希望を見ます。

だって大手の方がしっかりしてるイメージはあるし、給料もいいような気がするし。やりたいこともできる気がするし、何より、大手というブランドイメージをかさに着て自尊心を本物にしたいと言う意識は、若者には良くある思考パターンだからです。

でも、今日日、よっぽどの会社でないと、法律に逆らう事はしないし、給料には上下あるけど、大手でなかろうとしっかりした会社は中小企業でも多い。

逆に大手では大人数の中の一人でしかない自分に活躍の機会は少ない事。ブランドイメージと自分とのギャップに悩む事。ザックリで持った希望と実際とのギャップも大きいだろう。

そりゃあ、新卒で入って手取り20万と15万とでいう差は大きいかもしれないし、その後のアップについても変わってくる。ボーナスも違うでしょう…

でもそれはその会社で長く働くことを前提としているという事。石にかじりついてでも競争を勝ち残っていく決心と能力が無い限りは続かないという事を考えておかなくてはいけない。

入試のように入ったら気を抜いていいわけではない。

会社のために働くとして、会社のニーズに応える人材になるために走り続けなくてはいけないのです。大手の人間としてふさわしい人材になるために。

背伸びして入った会社で走り続けることができる人はほんの一握りです。もともと素養のあった人だけです。

しっかりした中小企業なら、自分の能力は恐らくフルに生かせるでしょう。会社の一翼まではいかないまでも、一つの歯車として会社を動かしているという感覚は手に入れることができるはずです。

フルに生かさないとやっていけなかったりもするけども…

大手よりも意見は通りやすいだろうし、背伸びしない分、地に足の着いた仕事ができる。

中小企業なら、まあ程度はあるけど。職場の人間関係、雰囲気、やっぱり自分にはこの会社は合わないな…と思ったらすぐにまた探すことができる。

大手に入ってしまったが故に「せっかく入った大手の会社をすぐには辞めれない…」と悩むことは中小企業にはあまり無い。

もちろん中小企業にもリスクは多い。上が馬鹿ならその会社は近いうちにダメになるだろうし、本当に一人の人材のおかげで持っている会社などはその人がいなくなれば一気に危なくなるだろうし。福利厚生は大手には適わない。知名度も低い。

どこに行っているって言っても「知らない」って言われることも多い。

でも、何を大切にするかで仕事は変わってくる。大手でもやりがいのある仕事であれば頑張れるし、中小企業でも干されてると嫌になる。

それをうまく見つけ、自分の能力と相談しながら会社を見つけていく事。それこそが本来の就職活動だろうと僕は思うのですが。

それが、学生の時に果たしでできるかな?できる事と言えば、自分の将来性を相手企業にぶつけることぐらいでしょうね。

それも会社は織り込み済みですけど…

未来があるのはいいことだけど、やりたいことが無いのに就職活動をとにかく始める人たち、社会はそんなに甘くないです。

人材は欲しいから採用はするけど、そこからが問題なんですよ。高校・大学受験とはそういった意味では全然違いますね。

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2012年3月11日 (日)

ご冥福をお祈りするとともに…

震災から1年が過ぎました。震災でお亡くなりになられた方々の、ご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方、また現地の一日も早い復興をお祈りいたします。

大震災である事に、変わりは無いのですが、僕は東日本大震災という名前がなんか嫌なんですよね…

東日本大震災…という大仰な名前のようですが、東京や千葉あたりも確かに、震度は高かったんだろうと思うのですが、東北3県に比べればどうだったのでしょう?震災というよりは、原発・津波被害とはいえ、復興の兆しも見せていない東北3県が中心なんだから

東北大震災でいいんじゃないの?と思ってしまいます。どんなものか関東の方がどうなっていたのかを知らないので、知らない僕がただ単にそう思うだけですが。

東日本…っていう名前に、「東京・霞が関も被害者なんです、地震すごかったんです」っていう、何か被害者意識が名前を付けた偉いさんの中であったのではないかな?と思ってしまいます。

それに、先も書いたけど、震災よりも津波よりも原発汚染の方が大被害で…地震はもちろん、津波の原因となったものだから、注目すべき天災であるとは思うけど、原発汚染は、政府・高官の大犯罪ではないですか?何も罪に問われてないですけど。

未だに復興のふの字も進んでいない。まだ瓦礫がほとんど残ったままらしいし、現地の雇用対策も全く滞ったまま。

それでも少しずつだけど現地は前に進んでいるという事ですが、それはやはりマンパワーによるものが大きく、政府の対応の遅れは未だ続いている。

よく比較に出される、阪神淡路大震災については、まだ高校受験を控えた1月だったけど、4月にはもう地下鉄サリン事件でオウム関連のニュースが中心になるぐらいでした、あの頃は仮設住宅がどうのこうの…

という話をしていたように思います。村山政権が終わりを告げ、また自民党政権に生まれ変わります。そこからも復興事業は続き、一年後には仮設住宅に住んでいる方々はいたものの、社会保障と今後の生活についての補助は継続され、震災セレモニーに参加したいという方々も多く見られました。

その頃には震災という文字は、もちろん以前の街並みとは違ってしまっていましたが。それでも、復興という文字によってどんどん消えていきました。何より、瓦礫も片づけられ、平地になった土地を見て、やっとここからスタートするんだという気にもなりましたし、前に進んでいる感覚はあって、国会は相変わらずの批判合戦だったけど、小渕内閣は良くやってるよな…という感覚がありました。

二年目以降はメディアでの取り上げも少なくなり、見た目にも、傷跡はなりを潜めました。

僕が大学二回生の時には、震災のあった土地には住宅地やアパートなどが立ち、「街並み」が出来上がりました。もうほぼ今の状態でした。

過ぎてみればあっという間だったなあという印象が強いですが、それでも、震災被害者の心の中には深く傷が刻まれているんだろう。と現地に足をして思いました。

奇しくも、大学入学した時にはもう落ち着きを取り戻していた神戸・明石、そして淡路については、震災ツアーなるものも組まれていました。

オリエンテーションの一環として大学から震災の時に露出した淡路島の北淡にある野島断層が、当時のまま保存されているというので、見に行かされました。

淡路と言う土地は、僕自身にも因縁浅からぬ土地です。行かされたと書きましたが、行くことに対して抵抗があったわけではありません。ただ、野島断層を見て、その復興の軌跡を読んで、18・9の若者はどういう事を思うのか、大学には何も地元の子たちだけが来るわけでは決して無いので、その事に単純に興味が湧きました。

北海道から来た子が言うには、「完全にテレビの世界、津波があったのも自分の住んでたところと違うし…こんなに大変な事やったんやな。」

九州から来た子が言うには「こんなん九州に比べて、(福岡以外)人が多く集まってるから被害が大きくなっただけで、地震なんか元々たくさんある。火山灰で作物も育たん土地より地震だけの方がいくらかましなのでは?」

京都から来た子は「うちは揺れはあったけど、被害なんか無かったから、関西圏やけどこんなに違うんやね、テレビで見てたけど、実際はもっとすごかったんやろね…」

でした。

大変…だったんだろう。阪神地区から離れた土地であるここに住んでいる僕も。概ね同じ意見でした。ただ、もちろん実際にどんなものだったのかという事を、実際にその土地に立って体で感じた分、違いがあるのかもしれないですが、そこに生活が無いので、彼らとのアドバンテージなど無く、何を僕自身は被害者面していたのか…もちろんそのつもりは無かったのですが、心のどこかにあったそういう意識に気が付いて恥ずかしくなりました。

震災当時、関東大震災に因んで、「関西大震災」という名前があちこちに上がっていましたが、名前は結局のところ、被害が集中した阪神地区・淡路から取って「阪神淡路大震災」になりました。

その当時もそれが正しい名前だろうと思いましたし、今でも思います。

そういう考えで、東日本大震災というくくりは、やはり大きすぎるのではないのか?と思ってしまいます。

名前だけの事だから、誰も何も思っていないのかもしれないですが。「東日本大震災」という名前を見ると、「関西大震災でもいいやん?」と思っていた当時の僕の中にあった何もないのに持っていた「被害者意識」を思い出し、ついつい苦い顔になってしまうので、僕自身はあまりしっくりこない名前だったりします。

こうして、名前がどうとか言っていられるのも、僕が直接震災・津浪被害に遭っていないからでしょう、楽天的なものです。

阪神淡路大震災の後、最近ではメディアで取り上げられることが少なくなった、新潟中越地震もあったし。中越には更に水害もあったし、二度目の大地震もあった。

日本はこんなにも不安定なのに、政治も経済ももっと不安定。民主制というのはこういうリスクを背負っているんだなという事をよく思い知らされます。

だからと言って専制政治がいいという意味ではありませんが、復興の遅れとともに日本のリーダーとなるべき存在がいないという不甲斐なさと、そういう自身もまたその一因であるという事に残念さを隠せない今日この頃でした。

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2012年3月10日 (土)

家族に厳しい?

「F君は家族に厳しいからなあ。」

というのは同じ会社の同い年(同期入社ではない)のN君ですが、家族の話になると僕はかなり毒を吐いているというのが彼の見解なのですが。

僕は毒を吐いていると言うつもりはまったくありません。

むしろ毒を吐いてくるのは僕の家族の方だと思っているのです。

僕は家ではほとんどしゃべりません。

というよりは、オトンとオカンとは話をしたくないので、できるだけいない時を見計らって台所に行きます。

それでもカチ合った時は無言で食べてすぐにどこかに行きます。

一緒にいる事がストレスになるからです。

正直なところ、オトンもオカンも、僕の子供の頃の印象が強く、何かと言えば僕の心の傷をえぐりまくります。それこそ、若気の至りというには幼すぎる事ばかりです。

自分たちの事は棚に上げて、こちらにばかり矛先を向けてきます。

それに腹を立てる事もしばしばあるのですが、言い返すと今度は逆切れです。

「お前親に対してなんでそんな事が言えるんや!親不孝もんが!」

と言われたらこちらは返す言葉がありません。

なんせ、その先を言ったところで同じだからです。

「そんなら子供にこんなこと言わす親はどうやねん!」

「お前今まで育てたったのに何いいくさるんや!どつきまわすぞ!」

とまあそういう風になるのは目に見えているんですよ。僕に対してだけです。弟にはそんな事は無いんですよ。

それに、少なからず、親とはいえ僕の自尊心を傷つけていいという解釈は間違っているんですよね。

ただ、それを言葉にして言うとまたややこしい事になるから言うだけ体力を消耗するだけなので言いません。

何を言っても無駄。

それが僕の両親、とりわけオトンです。

オトンは農作業一人だと大変だというから手伝っても僕自身には何も言いません。それどころか、あそこがダメここがダメ。と文句ばかり。

こっちだって次の日も長時間の仕事、朝の早い仕事がある中で、血の涙を流しながら疲れた体に鞭打ってやっているんですよ。

自分は16時にはあがって帰ってきてからパチスロでもやって遊んでたらいいのかもしれないですけど、僕はその時間もまだまだまだまだ働いているんですよ、オトンよりももっと早い時間に出勤しているのに。

でもそういうの言うの嫌だから、絶対オトンの前でもどこでも「しんどい」とか「明日仕事やから」とかは言わないようにしています。

近寄りさえしなければ、おのずとそういう会話もないからストレスに感じる事も無いという訳です。

イラっとする事もないですし。

農作業については手伝っても僕に全くメリットはないしそれどころが罵声を浴びせられる分デメリットが大きいんですよね。

稼業と言ってしまえばそれまでかもしれないですが、だからと言っても罵声を浴びせられながら疲れた体に鞭打ちながらやって、その代償が朝のご飯になる米と昼弁当に持って行く少量のご飯、一日合計二膳だけというのも少なすぎるように思います。

せめて「ありがとう」の一言でもあればまだ救われるんですよね。お金が欲しい訳じゃないんです、稼業なんですから。それよりも僕が欲しいのはそういう声です。罵声じゃなくて。

それもオトンは分かってない。

毎年毎年手伝いするのが嫌なんだけど、それでも長男だし、稼業だし、嫌でも一緒に仕事をします。

頭から馬鹿にされてるのを感じながら…

僕だって、「今まで育ててもらった恩」を持ってない訳じゃない、嫌な事ばかりじゃなかった。でも、それを親が言ったらおしまいですよね。それで息子にいう事をきかそうという根性が情けない。

だったら産むな、こっちだって好きでここに生まれた訳とちゃうわ!

と少なからず思ってしまいますから。

でも、オトンもオカンも、家にお金を入れず、学校代や給食費も全部じいちゃんで、食費と遊行費のみ払ってきてただけで、よくそれで偉そうに言えたもんだと思ってしまいます。

遊行費っていったって僕たち兄弟はほとんどどこへも連れて行ってもらてませんしね。

大学費用だって自分でしっかり払ってるのに、大学に行っているという事自体が不満らしく、当時「大学なんかに行って何になるんや、そんな暇があるんやったら早く就職してワシの借金返せ!」

しゃあしゃあとそんな事を言うのです。オトンの中では借金は僕のために作ったのだから僕が払うのがあたりまえだと。

バカ言うなよ!と言いたいけどうなずくこともせず、否定もせず無言でやり過ごします。

そんなこんなで、事実を言っているだけなんですけど、それが厳しく聞こえてしまうんでしょうね…

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2012年3月 9日 (金)

携帯忘れまくり…

僕が携帯電話を持ち始めたのは…大学生になる少し前からだから、もう13年ぐらいです。その前にはポケベルを所持していたので、そこから考えたら16年か15年ぐらいかな?

それぐらい経つのに、未だに携帯することをよく忘れます。

「携帯の意味無いやん!」と方々から突っ込みが入ります。

忘れてしまうと言うのは、一重に天然ボケな一面が、プライベートではあるので、そんな自分がそうさせてしまうのだろうと思っていますが。

それよりも、何よりも、僕自身が忘れても別に困る事ないわ。と考えているからにほかなりません。

現在、彼女がいるわけでもなく、連絡の全く取れないところにいるわけでもなく、また、こちらから絶対連絡しなくてはいけないという環境にいるわけでもありませんし…

用は無くても困らないという事なんですよね。心底使用する時は「もしも」の時以外はありませんし。あれば便利だとは思いますが…

毎日儀礼のように充電して、持って行きます。だから忘れるんですよね。

この充電っていうのが味噌ですよね。

携帯電話は、小さく便利になって行きますが、僕としてはすごく疑問な事が一点あります。

それは電池です。

充電だからいいやん?ってみなさんは思うかもしれないですが、考えてもみてください、ポケベルは単4電池だったんですよ?

携帯電話は、一昔前は会社はもちろん、機種も違えば充電器すら使用できない状態でしたが、今でも会社が違うと充電器は使用できません、その充電機に至っても多種多様です。

でもそれって本来そうである必要って無いと思いませんか?

新たに単5電池なり単6電池なり作ってそれも充電使用にしたらいいんですやん、エ●ループのように!

エネループぐらいの値段にしたら誰でも納得しながら買うし。わざわざショップに行ったり、電話でお願いしたりしなくても良くなりますやん。

せめてバッテリーは同じものでもいいんじゃないん?コンビニで買えるようにしたらええのに。

コンビニで買えるのは精々簡易充電器ぐらいですからね。

電池が無くなったらいざとなったらどこでも買える。ようにした方がいいんじゃないん?使用時間や充電時間なんかどこもそんなに変わらんねやし。

まあそういう風にバッテリーにはちょっと不満があるのです。

もちろん、それが実現したからといって充電しなくなる訳ではないですが、機種開発に差があった以前と比べ、充電電池に至っても、それほど差が無いのであれば、そうしても別にいいのでは?と思うのですが…それはまあ僕の意見なのですが。

若者、とされている人たちは、機種をガンガン替えるのかもしれないですが、僕のような独身男性から既婚男性などは、それほど機種を変更する事はないのですから、バッテリーをメーカーに注文するって…珍しい機械の受注のようですよね。これだけ世間にあふれているモノなのに。

ちなみに、携帯電話が流行りだす頃、電波が脳波にどういう風に影響を及ぼすかどうかが未解明だから危険だという理論が出ました。

何でも、通話状態は電子レンジに頭を突っ込んでるようなものだと言った説が出ていたようです…

僕はまさか?と思っていましたが、友人の兄はそれを鵜呑みにして携帯は未だに持っていません。

「科学の解明は大体20年かかるから、20年して解明したら僕も持つ。」

と言っていました。最近は彼とは連絡を取っていませんが、どうしているのやら…?友人からはまだ持っていないという報告を去年受けたところです。携帯が世に出始めて15年ぐらいだから、あと5年は持たないんでしょうね…

持ってもしゃーないですけどね。僕と同じく使わないでしょうから。

でも、大学生の時はそうではありませんでした。

結構携帯電話を使ったし、メールも毎日頻繁にしていました。彼女がいたこともあっただろうし、なんだかんだと言っても時間があったんでしょうね。

勉強しろと言いたくなりますが、携帯を使ってあれこれするのが楽しく感じていました。

社会人になってからぐらいか?

介護の仕事について、携帯電話はペースメーカーを狂わせる可能性があるから勤務中は電源を切ってロッカーにしまう事になっていました。移動の時だけ会社のやつを車に持ち込むってだけです。

それも持ち込むだけで、ほとんど使用しませんので…

それからかな…疲れて家に帰ってきたら充電する気にもなれないし、友人と遊びに行く機会も、歳を追うごとに少なくなっていった。家庭を持ったり、結婚した友人には気を使ってそれほど多く連絡も取れないし。

で、何となくそのまま使用しない事が増えたり。

それでも無けりゃ無いで不便かも…と思いながら、あったらやっぱり便利なので惰性で持ち続けています。

最新型にも興味ないし、機種変更する気も今の所ないし。

みんなが「使いにくい」と言いながら持ってるスマートフォンに変える気も更々ありません。

そろそろ携帯電話は機能の進化を止めてもいいのでは?とさえ思ってしまいます。今後は形状を重視する方がいいような…

ナノチップぐらいにできるならすごいけどね…漫画の世界やけども。

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2012年3月 8日 (木)

今日は久々焼肉でした。

お腹いっぱいです。苦しい~…

今日は会社の先輩、名だたる店長さんたち3名と僕とで計4人で焼肉に行きました。

まあいつものメンバーですが…

また今日も仕事の話を中心に話するんだろうと思っていましたし、そういう話はとても自分のためになるので、冗談を交えつつ肉を食べなら勉強になると言うこの機会は僕としては大歓迎なのです。

が、今回はちょっと違いました。楽しかった事は楽しかったのですが…

僕個人の事はあまりかまわないでもらいたいなというのが正直なところです。

20時過ぎからというかとだったので、20時ごろまでダイソーで時間をつぶしていたのですが、どうやら3名が会議から早く到着したみたで、20時頃に「もう中に入ってるから。」という電話がかかってきて、その後を追う形で店に入りました。

開口一番T店長は

「お前今『モテキ』らしいな」と言ってきました。

「そんな事は全くないです!」

「I店長(うちの店長)が言ってたで。」

「また~、適当な事言って、そんな事全くないですからね!」

「あるやろが~仲良くしてる子がおるやないか。」

「いやいや、そりゃ話はする子はいますけど、それはそれですやんか。」

「その子にいったらええやないか」

「意味わからん、めちゃくちゃですやんかその論理。なんで話がいきなり結婚になるんですか?」

「お前、そうは言うても40なんかすぐやで?今結婚しとかんと結婚できひんで?」

「いや、別に結婚したくないですし。」

「何おもんない事言っとんや、ええ子がおるんやったら結婚したらええねん!」

「ええ子なんかいませんやんか。」

「Iさんはおる言うてるやんか。」

「いませんし、仲良く話してる子がいるだけで、それが=恋人ですか?ただ仲がいいだけですやんか、付き合ってる子がいてて、それで結婚せーへんねやったらそりゃ僕が踏み切ってないだけですけど、そういう子もおらんのに違うでしょーが。」

「モテキねやったら作ったらええやないか。」

「何を持ってモテキなんですか!?モテキなんかじゃないですよ。」

「モテキやって!Iさん言うてはるやないか。」

「違います。」

「モテキやって。」

「また適当な事を!違います。」

「言うとくけどFはモテモテなんやから。」

「んな事ないです、ホンマ適当な事止めてくださいよ!事実でモテキなのであれば、僕もそうですって言いますけど、ホンマ適当ですからね。」

「何で結婚せーへんねん、何で興味無いねん?」

「いや、そりゃあ何か自由が無いし…僕は家に引きこもって一日過ごしたいんですよ。できるだけ外に出たくないんですよ。」

「お前そんなん言うとったらおもんないねん!」

「話が続かへんやんか。」

「続かなくて結構ですやんか。もともと僕なんておもんない人間ですから、そういう話すること自体が間違ってるんですわ。」

「そんなん言うとったらあっという間に頭の毛が無くなって某店のS店次長(頭が波平スタイル)みたいになってアル中みたいになってあの人気持ち悪いみたいに言われるようになるんやんか。」

「いやいや、僕は波平スタイルにはなりませんし。40までまだ8年もありますやんか。」

「そんなもんあっという間やて。」

「体力も減ってきて、体もぶよぶよしてきて、女の子なんかよってこーへんなるで。」

「そんなの、今だって寄ってきませんし!」

「モテキやろが。」

「それは店長が言ってるだけです!」

「N浦君も言うとったで。」

「いやいや、それは元々N浦発進なんですよ。あいつが適当な事言うからそんな事になったんですよ。それを面白がってこうやって店長が言うからこんな事になってるんでしょうが。」

「それでも実際ええ子がおるんやったらせんかいな。」

「おらんって言ってるやないですか。」

「モテキのうちに結婚しとかんと、後々困るで。」

「店長もうそれ止めませんか?全然実を伴ってないですやんか。」

「伴っとるやないか。」

「伴ってません。」

「その仲良く話してる子でいいんとちゃうんか?」

「いやいや、その子とはそんな話した事ないですし、そういう雰囲気になる子じゃないですし。」

「関係ないやろ、お前から言ったらええんとちゃうんか?」

「関係無くはないでしょう、他人ごとやと思って。」

「付きおーてみな分からん事よーさんあるやろ。」

「付き合ってみて分かる事って…そうなったら僕の方が愛想つかされるでしょうね。それに、面倒じゃないですか。今まで長い事100%僕の時間ですよ。それがそうじゃなくなるんですよ?今でさえいっぱいいっぱいなのに、それは余裕のある人が余裕のある時にすればいいんです。」

「等級上がったんやからすればいいやんか。」

「お金の話ではありません。時間の事です。」

「そんなもんはできてから考えたらええんとちゃうか?」

「じゃあできるまでは作る事も考えなくていいんじゃないんですか?それに、僕だって32です、付き合う年齢の子がそこそこの年齢なら『付き合いました、合いませんでした、さようなら。』ってなったらかわいそうでしょうが、無駄な時間を過ごさせてしまうじゃないですか。そういうの嫌なんですよ。」

「そんなに考えんなんもんか?」

いろいろと、家の事情もあるんですよ、言いたくないから言わないだけで…

「モテキの今にいっとかんとー」

「店長もう今日はそればっかりですやんか…」

「いやホンマやって、歳いってからでは遅いでな。」

「35ぐらいになったら考えますわ。」

「それでは遅いわ。今いっとかんと、今逃したらもう無いわ。」

「んな事ないですって。まだ35までにも3年ありますし!」

「そんなもんあっという間ですわ。」

「そんな事ないですって。」

「いやある、モテキの今いっとかんと。」

「わかったそれ、店長、面白がってますよね、完全に!完っ全に面白がってますよね?」

「そんな事ないわ、心配したってんねやんか。」

「いやいや、何でそんなめっちゃ笑いながら言うんですか、完全に面白がってるじゃないですか。」

「お前が結婚せん理由が分からんわ。彼女作らん理由もわからん。」

「さっき言いましたやん。」

「言うたけど分からんわ、付きおーてみたらええねん、あかんかったらその時やろが。またしょーもない、同じ店で気まずいとかそんな事考えてんのとちゃうやろな?」

「考えてません、まずその論理だと僕が一方的に片思いしてる事になってますよね?違いますし、今は家でゆっくりする事しか考えれないので恋人を作ってる余裕はないって事ですよ。」

「お前が思ってるほど束縛されへんでな?子供がおるわけでもないのに、子供ができたらそりゃ子供中心になるけど。」

「僕は引きこもりたいんですよ、家に、家っていうか部屋に。」

「しょーもない、おもんない男やな?」

「そうですって言ってますやんか。僕の話なんかおもんないって初めから言ってますやんか。」

「きれいな人やないとか?」

「いや、その仲良い子は可愛らしい子やで」

「可愛らしい子ですね。でもだからどうとかいう訳ではないです。」

「お前選んでるんか?」

「いやいや、絶対違います。理由はさっき言ったのがほとんどです。そんな事は無いです。強いて言うなら僕がヘタレなんで恋人作らんってだけです。」

この後も延々とこの話が、違う話を振ってそっちに持って行ったと思うと、すぐ店長がこの話を蒸し返すように言うのです。

こんな話題、面白くもなんともない、時間の浪費なだけやのに…

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2012年3月 7日 (水)

花粉の台頭

ついに、この季節がやってきました。

花粉症の季節です。2月頃から少しずつその傾向はあったのですが、3月に入り、この頃になってついにその頭角を現してきたのです。

もう、くしゃみはでるわ、目はかゆいわ…

初めはそれでも風邪かな?と思ったのですが、風邪にしては鼻水がサラッとしているのです。まあ、年齢が高くなってくると、風邪をひいても黄色い鼻水ではなく、透明の鼻水が出ると言う風に聞いたことがあります。

あの色がついているのは風邪の菌らしいのです。赤ちゃんは風邪への抵抗力が強く、緑の鼻水が出ます。

すぐ下の弟は小学生の頃は体が弱く、よく風邪を引いて寝込んで学校を休んでいたものでした。僕はというと、そういうのにはめっぽう強く、諸事情により皆勤ではなかったものの、風邪で休むことはほとんどありませんでした。

その時以外は学級閉鎖や学校閉鎖になってももちろん外に遊びに行きましたし。

弟に風邪をうつされることもありませんでした。

当時弟が良く出していた鼻水が緑色でした。11コ離れた弟も、赤ちゃんのときには緑色の鼻水を流していました。

ただ、その鼻水が出始めると、状態は安定に向かっていると判断してもよさそうな感じでした。

もちろん、その鼻水についても、きちんとかんで出さないと、生きている風邪の菌も残っているため、治るのが遅くなりますが。

当時ずっと鼻水を流していたすぐ下の弟は、鼻をかむのが面倒でよく出てきた鼻水を腕でこすりあげていたのを憶えています。『きたねえ!』と我が弟ながらに思ったものです。

鼻水はかむものです。

僕はずっとじいちゃんにそう教えられてきたし、実際ほぐした新聞紙をポケットにしまっていたじいちゃんに何度も無理やり「はい、ふん!ってしなさい」と言ってそれを鼻に押し当てられて鼻水をかまされたものです。ほぐしたと言っても不十分で、子供の皮膚には痛かったのでじいちゃんやばあちゃんにかまされるぐらいなら、自分でティッシュでかんだ方がいくらかましだという事を子供ながらに思ったものでした。

自分が花粉症だと気が付いたのは…いつからか、もう覚えていません。実は僕の家の前の山は杉林が立っていて、杉花粉が毎年飛び散っていたのです。

かなり早い段階で、花粉症になっていました。それまでは…

小学校の頃に風邪を引いてこなかったから、その代償として、春に毎年風邪を引くみたい…ぐらいにしか思っていませんでした。

当時は今ほど花粉も飛び交っていなかったし、時期も短かったですからね。

いつの頃からか、花粉症がテレビでも報道するようになって…

現代人の悩みの種のようなものになっています。

要するに夏暑すぎると花粉が大変なことになるって事らしいのですが…

その辺のメカニズムについては、それほど興味が無いので調べようとも思いません。

もちろん、こないだから、花粉に備えてコンタクトもいれないようにしていますし、医師と相談して花粉症の薬も処方してもらった(ただし、プ口ペシアも一緒に処方してもらってるから保険適用外。だから酷い時にしか使用しないのですが…)

だから準備は万端だったのですが…

やはり薬はあまり飲みたくないものです。これだけサプリメントを飲んでるやつがいう事ではないのかもしれないですが…

毎年そうですが、立体マスクをして、メガネをすると、メガネが曇りまくるのです。

それが鬱陶しいし、拭くのが邪魔くさいのですよ。

それにマスクの中も呼気の中に含まれる水分が溜まってくるから、定期的に拭き取らなくてはいけないし。

できるだけそうならないように、マスクを上の方まで上げると、皆さんから「マスク小さいんじゃないですか?」と言って笑われるのですが…

マスクを上にあげると、効果も高くなるし、呼気が間から出る量も少なくなるので、吸気の時も鼻から入る量が少なく、花粉症対策としては◎なのですよ。

多少みっともないかもしれないですが、マスクを少し上まで上げて、メガネをマスクに押し当てて呼気を出ないようにすることが、今の所一番花粉対策になっています。

とはいえ、気に入らないのは、家に、部屋に帰ってきてからもくしゃみが出るって事です。

これは…もしかして空気清浄器を買わなくてはいけない時期に来ているって事かな?とさえ思います。

この間ヤ●ダ電機で見てきたプラズマク●スターイオンのやつが確か15000円だったような??あれ買うかどうか、いや、買ったからと言ってそんなに絶大な威力を発揮するとは思えないし…

毎年それは考えるに至るのですが、数か月の辛抱かと思うとなかなか手が出ないものです、普段から使うものではないですからね。そのシーズンで、しかもそれ程使わないだろうと思いますから。

僕は煙草を吸いませんし、田舎にすんでいるので、それほど空気が悪くなる事なんてまずないですからね…

取りあえず、シーズンは始まったばかりです。

抵抗力を強め、体調をよくすると花粉は少しましになるらしいのでそれにかけてみるか…と。今年は去年よりはかなりマシな様子です。去年の今頃はマスクなしではいられませんでしたが、今年は違いますからね。

早くシーズンが終わりを告げることを祈ります。

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2012年3月 6日 (火)

ネコの道

今日、会社から帰ってくる途中で、うちのネコの『カンナ』(♀)が公民館の溝の上から、ライトを浴びて、溝の中に逃げ込むのが見えました。

一瞬だったけど、あの三毛は絶対うちのネコでした。

で、ふと思ったのですが、あの子が入っていった溝は、うちの前の溝までつながっているので、うちの前の溝からは簡単に公民館まで行けるみたいです。

と言っても、2点、公民館と言っても実は元公民館。僕が子供の頃は公民館だった場所で、大人になってからいつかここに選挙に来るだろうと思っていたけど、二十歳になったころには、もっと町の下の方に新しい大きな公民館ができたので、ついにはあの公民館で選挙をしたことがありませんでした。

次に、家から公民館まで、直線距離で50mといったところでしょうか。だからそんなに離れていません。お隣があって少し大きめの藪があって次が公民館です。

だから公民館まですぐに行けるっていうのは、別に大したことではないんですが…

僕がふと気になったのは、カンナがそれはそれは慣れた感じで溝に吸い込まれていったことっでした。

車が来たらこの中に逃げる。とカンナの中では決められたことなのかもしれませんね。

あの溝を伝って家の前の溝まで安全に通過してくるんだろう。

思えば、少年の頃、ド田舎中のド田舎の僕の家の回り。遊ぶ事と言っても限られていました。

クジック・ひまわり・鬼ごっこ・高鬼(タカオニ)・缶けり・ケイドロ(警察と泥棒)そういうのに飽きたら、近所の家でイタズラをしていました。

とはいえ、当時はイタズラをしているという自覚はまるでありませんでした。

自分がやっている事の先に何があるのかという事を考えたりしなかったんですね…

つまりはその一部だったと思うのですが。

田植えがそろそろ始まろうかとしている6月中旬頃になると、ダムから流水が始まり、田んぼばかりのうちの回りの水路には水が勢いよく流れ始めます。

その勢いに、醤油のフタを投げつけて、自分の気に入った名前を付け、どこまで自分のフタが流れていくか、行方不明になったり、詰まったりしないかというのを競うゲームをしていました。

これがまた、弟と二人でやっても面白くないんですよね。

やっぱり近所の友達と一緒に遊ばないと面白くないのです。

流した蓋は、水路をどんどんとその勢いに乗って流れていきます。が、それだけでは全然面白くないのですが、フタに手出しはせず、ただ眺めながらついていくというだけの作業で、途中水路が細くなっている所が沢山あるけど、それについてもただ追いかけていくだけという単純明快な遊びです。

流水は意外と速く、醤油のフタなんかは、子供の自分たちが付いていくのがやっとの速さで流れていきます。

何とか先回りしてフタを待ち構えていると、そろそろ来るだろうと思っている時間になってもまだ来なかったりします。

おかしいな…

と思って今度は水路沿いに戻ると、その歩みを遅めてゆっくりと流れてきている場合や、道から生えた雑草に引っかかって止まってしまっている時もありました。

もうちょっとで雑草をクリアできそう…と思いながらそれを手出しせずに見守るのも面白く、同じ個所で同じように止まる友人のフタもあれば、何の事も無くそのまま通過するフタもある。

トンネルに入ったら出てこないやつもあれば、それよりずっと遅くにトンネルに入ったのに、何事もなく出てくるのもある。

「あれ?僕のどこ行った??」

って感じで、それがおかしく、面白く、キャッキャ言いながら遊んだ時期がありました。

最後の難関、ブラックホールと名付けたそのトンネルは、生還率が5%も満たないトンネルでした。そこまで行く前にゲームをストップさせるのがほとんどでしたが、たまに、勢いよくすべての難関をクリアして、上機嫌になった時、『これはいけるかもしれないぞ?』という欲望が芽生え、そのままブラックホールまで突っ込ませるのですが…

僕がやったそのゲームで彼らが生還したことは一度もありませんでした。

友人や弟は何度かあったのですが…僕はそれを羨望の眼差しで見ていたものでした。

カンナが入っていった水路は、それには繋がっているけど、逆向きで、水が降りてくる方だったのですが、よく水路でそういう事をして遊んだなあ…という記憶が蘇ってきて、懐かしく思いました。

近くのゴミ捨て場に捨ててある、変なモノを拾ってはそれで遊んだり、秘密基地(と言っても竹とかで作ったり、屋根が無かったりするしょーもないものですが…)を作ったりして遊びました。

何かの薬品のようなものが捨ててあって、それを水路にまき散らしたことがありました。

さすがにその時は毒だったらどうしようと思いましたが、喉元を過ぎれば何とやら…で、そんなことは次の日には忘れていました。でも、特に何のお咎めも無く、何も起こらず、被害も出ず、取り越し苦労に終わりました。

訳のわからん薬を水路にぶちまけるなんて…今の僕からしたら、「何すんねん!このクソガキ!!」っていう状態ですけどね。

当時は目の前さえきれいになってれば、何でもよかったんだろうと思います。何も考えていなかったし、その時の雰囲気やノリさえよければそれで満足でした。楽しければ何でもよかったんですよね。

毎日毎日、そんな無茶をしながら永遠の日々を消費していきました。

もちろん、その後自分が後悔するであろう事なんて、一切考えることなく…

水路とは、そんな僕を思い起こさせるモノなんだろうと、ふと、その懐かしさから、近づいてくる少年時代の自分に、照れ隠しで拳骨をしてしまいそうな、そんな思いにさせてくれる、不思議なモノだなあ…と今日思いました。

溝で遊んだ思い出もそうだし、溝で怒られた思い出もそう。思い出すと色あせないものだなあと思います。

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2012年3月 5日 (月)

まだ診断してないけど…

夢を見ました。今度の夢は、女の子とお付き合いを始める夢でした。

思えば、3月は前の彼女と別れた季節ではなかったか…そんな事をふと思い出したりしたのですが、実際どうだったかはちゃんと覚えていません。

というのも、夢の僕は、これまでの変な夢とは違って、等身大の僕でした。

女の子は…顔は思い出せないし、知ってたような気もするけど、知らないような、そんな不思議な感覚です。ようはよく覚えていないんですけど…

女の子の方が、何故か僕にあこがれると言うのもおかしな話ですが、僕は彼女を選んだという気持ちがありました。

彼女は、年齢は26歳だと言っていました。

僕は32歳でした。こんなオッサンのどこがいいのかは分からないが、僕が誘うと嫌がる事も無くデートに出かける事になった。

「今度の休み、デートでも行こか」この言葉、しばらく口にしたことが無かったので、喉の奥が痒いような気がした。

「うん、じゃあどこに行く?」

「そうやな?別に決めてないけど、車で出る事にしよか?僕運転するし。」

「分かった。」

そして場面が変わり、女の子と僕はゲーセンにやってきていました。実際はもう何年もゲーセンなるものには出入りしていない。高校生以来か。

だからか知らないが、ゲーム機は高校時代のモノと大差なく、目新しいものは無かった。

すると突然女の子が、「私ゲームするの結構すきなんだ。」と言いながら、目の前のシューティングゲームをやり始めた。

「こんなゲーマーな私って嫌いですか?」と聞くので僕は咄嗟に

「いや、そんな事ないで、ゲームも面白いし楽しいから…」価値観の問題だろ。と僕はいつも思っているから、その答えは間違いではなかった。

彼女は赤いコートと茶色とベージュ?との市松模様の帽子で黒いスカートと黒いストッキング、黒いブーツというコーディネートだった。

僕は自分の格好を気にしていなかったので覚えていない。

そして僕も同じゲームを隣でやり始めた。ゲームは得意ではない。

僕はぶしつけに彼女に質問する。

「なあ、何で僕なんかと付き合おうと決めたん?彼女いない歴そろそろ9年に差し掛かろうとしてるヘタレ野郎やで?」

彼女はさっきまで熱中していたゲームのコントローラーを手から離し、

「それは、私も同じやで、彼女いない歴が人間を悪くするの?私は彼女いない歴が長い人よりも、とっかえひっかえ違う彼女連れてる男性の方が嫌なんだけど?」

と答えてきた。

そんな答えが返ってくるとはつゆとも思っていなかったのでびっくりした。

「でも、こうやって一緒にゲームしたり、デートしたりっていう事は、そんなに多い機会ある訳じゃないで?、仕事があるし、一緒にいる時間だって、そんなに多く取れないと思うし。他にいい男はいっぱいいてるやろうに、何で僕なん?」

「さあ、自分の魅力は自分では分からないもんじゃない?私は、F君の魅力は分かってるけど言葉にする能力が無いから、伝えることはできないけど。少なくとも、私には無くてはならない一部になりつつあるんやけど?」あなたはそうじゃないの?と聞くそのまなざしに申し訳なく思いつつも、

「僕が?君にとって?」と言ってそこで、これは夢だ…と思った。

少しの間、その夢の中にいる気分に浸っていたが、やがて目が覚めて、ただ目を瞑っているだけになった時、少しずつ夢の記憶が薄らいでいくことに焦ってメモを取り始めました。

どういう理屈なのかはわからないですが、自分が、考えてもない言葉が、自分の夢の中で女の子が口にするのです。僕自身は僕が思っている事を口にしているのですが…

これも、価値観の違いと言えばそれまでなのかもしれないですが、知ってる人間が出てきてそういうのであれば、『ああこの子とは価値観が違うから、そういう風に言うのも分かるな。』と納得もできるし、もしかしたら、その子という存在はそう考えるだろうと、誘導的にその言葉が導き出るのだろうと考えることができるけど、

僕の頭の中で作り出した存在(実際どうか知らないですが)が更に自分の考えつかない言葉を口にするというこのアクロバティックな現状に驚いてしまいました。

経年により、男性としての魅力が下がると言うのは、如何ともしがたい事実だと思うのです。それを「いない歴」として換算するのは、一つの目安ではあると僕自身は思っているのですが。

ただ、僕自身が、いない歴=魅力の減退であるとは思っていないのはその通りなのです。

とはいえ、そう考えてる他人はいないと思っているし、とっかえひっかえしているかどうかは別として、それを+に取る考え方があるなどとは思ってもみなかったのです。

まあ、考えてみればそんなに想像に難しくはない事なのですが…

夢の中の存在が何を言おうと、現実には何も関係がないのです、診断してみようかとも思いましたが、キーワードも見つからないし、診断するほどの長さのある夢でも無かったように感じます。

それでも、夢の中とはいえ、僕自身がその子に対してその子が自身の一部となりつつあるぐらい感じている僕の存在ほどに僕がその子をそう考えていないことに、少なからず申し訳なく感じた事は確かでした。一夜の夢なので仕方がないんですけどね。

恐らくは「いい子」であったその子が見つけた僕でなくてはいけなかった、その魅力とは何だったのだろう…

と少し気にはなったけど、もうほとんど内容は失われつつあります…

男性としての魅力を考えると、ヘタレな自分が顔をだすので考えない方がいいなと判断しました。

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2012年3月 4日 (日)

価値観の違いが個性を作るのかもしれないけど…

前の前の前にいた店のアルバイト君で大学生の子がいたんですが…

その子がとても変わっていて、個性的だったので今でも覚えています。

Kというその子は、中学まで柔道をしていたのですが、高校に入って止めてしまっていたそうで、大学に入ってから、総合格闘技に興味を持ち始めて、どうやら総合の道場に通い始めたそうです。

でも、当て身が痛いから、寝技だけという何とも厚かましい練習をしていたそうです。

寝技は僕もかなりのものだと自分で思っていたので、現役を退いたとはいえ、まだトレーニングをしていた当時、こいつには負けないだろうなという自負がありました。

現役当時、総合の人が寝技の稽古にうちの大学に来ていたことがありましたが、彼らは強かったですが、僕は負けたことがありませんでしたし。

それもあって、たとえ総合格闘技の道場であっても、こと寝技に関してはやはり柔道が専売であって、超えられることはない。という確信を持ちました。

もちろん相手にもよるんだろうけど…

総合のルールの場合、寝技でも当て身(殴ったりすること)がありますが、柔道は寝技には、公にはルールとしては反則になります。

分からないようにやる事は往々にしてありますが。

寝技の強い選手はそれをうまくやっています。

ちなみに、現代の柔道に置いて、寝技は全く重宝されず、少しでも寝技の状態で停滞しようものなら「待て」がかかります。

一昔前は「寝技を制する者は全国を制す」と言われていましたが、全国は制せても、世界は制せないという現状から、国際試合審判規定に、講道館のルールが引っ張られるという形でどんどん国内のルールも偏っていきました。

オリンピックとかで見る柔道、いやJUDOは、日本国内で「柔の心」を学び、技を極めようとする人間から見ると、レスリングに近く、柔道とは程遠い存在であって、あれを柔道だと言って憚らない世界のルールに滑稽さを憶えてしまう。自分たちで都合の良いようにルールを捻じ曲げ、柔道の何たるかを取り入れようとせず、それよりもその競技性のみを都合の良いように変化させていったものを「何が道か!」と思う人は少なくないでしょう。

金メダリストの石井さんが言っていましたね。「JUDOで日本が今後も金メダルを取ろうと思うのであれば、僕のように柔道とは邪道な部分でやっていかなくてはならないでしょう」と。

石井さんは僕の嫌いな人種の一人ではあるのですが、これは、全く持ってその通りで、90年代に日本で柔道をやってきている人間なら、誰もがそう思う事なのです。

JUDOと柔道は別物。それを分かったうえでオリンピックや世界選手権は応援してほしいですね。柔道でも優れ、JUDOでも優れている日本人はほんの一握りの中の一つまみの人間でしかないでしょうね…もしかしたら柔道界よりもレスリング界の方がJUDOに適した人材はいるかもしれませんね…というのは皮肉です。

まあそんな話はズレにずれまくっているので、今回は関係ないのですが…

その総合の道場に通う子は、総合に目覚め、海外に3ヶ月間留学することになったのです。になみに、その道場に通い始めてまだ半年も満たない時期でした。

あほな…と思いましたが、それは口には出さないでおくことにしました。

当時大学3年生でした、まだ夏休みには遠い5月の出来事。

元々そうなのか、柔道を始めてそうなったのか、それとも総合をやり始めたからそうなったのか、脳みその動きがやや筋肉寄りだったのですが、基本的には縦社会で生きてきた感じでした。ただ動きは遅く、やはり考えて仕事をすることには慣れていない様子でした。

その子がブラジルに…!?大丈夫かな?もちろん力比べでも僕にすらかなわない感じです。ジムに行ってもスクワットの重りはシャフトのみで、下半身もそれ程発達していない感じでした。

そして、そんな状態のまま海外へ行ってきました。そして2カ月後には帰ってきていました。

「どうした?2か月で帰ってきて…なんかあった?」

「いや、ちょっと手いわしまして、練習できなくなったんで帰れって帰されました…」とにこやかに答えるK君。

おいおいおい…学校休学してまで行ったのに怪我して帰ってきただけか…

「んじゃどうするん?これから、だって、休学やからそれこそ学校始まるまで大分あるし、それにその後6ヶ月ぐらいまた行くんやろ?」

「はあ、でもそれは未定なんですよ。」

「え?行くから一年休学したんとちゃうの?」

「ああ、まあそうなんですけど…」

「もしかして今回途中で帰ってきたからその計画が狂ったって事?」

「はあ、まあ、言ってみたらそうですね…」

「…まあ、怪我は仕方がないけど、どうするの、これから。」

「いや、とりあえず、休学の間ここでバイトさせてもらいたいんですけど…その後は大学辞めようかな…とか思うんですけどね…」

「は?なんで?」

「いや、だって休学したら留年するじゃないですか?」

「あたりまえやんか、それは休学する前に僕が言ったげたやろ?それも覚悟して行くんか?って」

「はい、そうなんですけど、実際やっぱきついんで…」

「そんな事ないわ。」

「実際気まずい思いするのも一年だけやろ?一年たったら同じ入学の人間はみんな卒業やないか。残るやつは留年やし。」

「いや、それでも…」

「ご両親も入学金に高いお金も出してるやろし、これまでの学費もそうやし、休学だってお金いるんやで、その間も支払続けてくれてるのに、それには答えないといかんやろ…」

「はあ、まあそうなんですけどね…」

と歯切れも悪く、その場はそのまま過ぎ去ってしまい。

後に彼は大学を辞め、そのまま総合の道場通いは続けた模様。

もちろんプロになるつもりは更々無くて、そういう固い意志があるわけでもないし、才能があるわけでもない。

僕からしてみたら、入れた大学なんだから、這ってでもどれだけ恥ずかしくても卒業すべきではないかなと思うのです。

それに、例えば、その一年、恥ずかしい思いをして過ごしたとして、20歳であれば、卒業して23歳、そこからの42年の社会活動でたったの一年の辛抱でしかないのですよ。

その一年で学士卒が得れ、高校卒業とは社会的に違うキャリアで臨むことができるのであれば、それは自分にとっては甘んじて受けることのできるものではないでしょうか。

と僕は当時既にそう考えていたのですが。それは自分の経験が成せる業であったのかもしれません。

彼は今どうしているのかは分かりませんが、テレビに出てきたり、格闘雑誌に掲載されたりするような活躍をしていない事だけは確かです。

惜しむらくは、彼をあの時説得するだけの熱意と言葉を持ち合わせていなかった自分のふがいなさです。

今も持ってはいないでしょうが、以前よりは幾分かはましでしょう。

その他にも、いろいろ個性的なメンバーはいましたが、このK君に関しては彼の価値観がよく分かっただけになんとしてでも止めればよかったと。後悔しています。

とはいえ、彼の人生ですし、僕が背負うものではないのですが、まだ彼も若いはずなので、どこかで社会的に頑張っているだろうと、思う事にしています。

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2012年3月 3日 (土)

何でこんなものが起動したのか…

さっぱりわかりませんが、目が覚めたら、VAIOCoreが起動していて、リカバリーソフトが立ち上がろうとしているのです。

あれ?なにこれ?と思ったのが初め、その次に思ったのは、うとうと眠る前にまで書いていたブログの内容が、恐らくは消し飛んでしまっているであろうこと。

もうほぼ結論の所まで達していたので、そこそこの量を書いていたはずでした(書いている時はどこまで、どれくらい書いたかなどは意識していませんので)。

だけど、睡魔には勝てなかったので、僕はキーボードから手を離し、ノートを折り畳み、少しこたつに身を潜らせてからソファに体ごと預けました。

ドラマの消化のためにとりあえず付けていただけのテレビに目を移したけど、ちゃんと見る気も起らず、そのまま目をしめたのですが…

ふと、気が付いて『さあ、続きでも書くか…』と思った瞬間でした。

Powerボタンを押してディスプレイを見ると、リカバリー選択画面になっているのです。

おいおいおい、そんな、リカバリする事なんか何にもないぞ?変なソフトもダウンロードした覚えもないし、第一にさっきまでちゃんと動いてたやないか…

いいわ、こんなリカバリーソフト強制終了してやる…

と思ったが、どのボタンを押しても動かない。Powerを押してもスタンバイになるだけで、現状は変わらない。

スタートボタンも無いし、タスクバーも存在していない。もちろんXボタンもない。

これは…リカバリしか手が無いって事か?

よく見ると、リカバリソフトが立ち上がってしまった時の対処法が書いてある。

まずリカバリする方に進んで、そこから再起動することができるそうな…

とはいえ、再起動するという事は、これまで書いてきていたブログが完全に消えてしまうという事ですよね。

恐らく、「直前のセッションを開く」になるんでしょうが、その時は、ページは開くでしょうが、まだ何も書かれていないページになるでしょう。

そんなのは分かり切っていた事ですが。

何であの時書き上げなかったのかという事が後悔として残ると野と同時に、意味もなく勝手に起動したこのリカバリソフトにやり場のない怒りを感じました。

今でも原因は不明です。

もちろん、再起動して処々の問題を解決してから、こうして書いているのですが…

再起動して、直前のセッションを開く…となってから、直前のセッションがうまく開かなかったのです。

は?

となりました。よく見ると、ワイアレスネットワークに接続されていないのです。

どうなってんだこれ…

再起動をきっかけに、ワイアレスネットワークの設定が消えてしま手いるのです。

意味が分からない。

とりあえず、さっきまで書いていた記事がオシャカになってしまっただけでなく、もう一度書くこともできなくなってしまった現状に、やる気をなくしてその日は寝ることにしました。

意味が分からない。

そして次の日、帰宅してから、ああでもない、こうでもないといろいろ試してみましたが、結局のところ、前回の復元ポイントである1日までパソコンの状態を戻すしかありませんでした。

仕方が無く復元をして今に至ります。

何でリカバリーソフトが起動したのか、今でもさっぱりわかりません。

そして、その状態は今後も起こりうるのかと思うと、すごく気が気ではありません。ただ再起動するだけでいいのであればいいんだけど、何でアクセスポイントのデータが消えてしまったのか、さっぱりです。

パソコンをやろうとすると必ず「ワイアレスネットワークに接続されていません」「ネットワーク接続されていません」とでるのです。

んなおかしなことあるか、さっきまで使ってただろが!!

このパソコンの暴走の為、数日間ブログもアップできず、ただあれこれとパソコンと向い合って格闘していました。

ただ時間だけが過ぎていきました。原因も分からず、とりあえず使えるようになったので使っていますが…

今後も起らない事を切に願いながら…

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2012年3月 2日 (金)

ネットショッピング

僕の中ではこんなにあたりまえになっているネットショッピングですが、実は、僕の身の回りでは、全然あたりまえでは無い事が判明しました。

僕が初めてネットショッピングをしたのはいつだろうか…

ホームネットワークが普通になってきてからなんで…僕が大学1年生の時に、家にADSLを導入れたから、19歳の時だからもうかれこれ13年ぐらい前か。

その頃はネットショッピングっていってもヤフオクが中心で、楽天市場も無くて、いや、あったのかもしれないけど、大学生の僕たちの中で、ネットと言えばまず代名詞的にヤフーが出てくる時代でした。

まあそんな中、僕はプロバイダをniftyにしたんですけどね。理由は簡単、みんながヤフーヤフー言ってるからヤフーに入るのが嫌だったんですよね。

まあ、後々、そこから孫さんがあちこちと手を組んだり、買収したり普通に買ったりして事業、コンテンツを拡大していくので、あんまり大きいところであれこれするのが嫌なので丁度良かったと思う事になるのですが。

プロバイダ契約がどこであろうと、どのサイトでもIDさえ作ればログインできるという事だったのでそういう意味では、プロバイダ契約なんてどうでもよかったんですよね。値段なんてどこも似たり寄ったりでしたし。

当時マイラインがどうのこうのと言っていましたが、未だにマイラインの意味が分かりません。今度調べてみようとずっと思ってるまま今まで過ごしてきていました。

それこそ今度調べてみようと思います。

それで、当時、初めてヤフオクで買ったのは…何だっけ?

あ、プリンターやったように思います。当時レクスマ●クのプリンターを使っていたのですが、どこにもインクジェットの交換用のが置いてないんですよねどこの電気屋さんとか雑貨屋さんとかに行っても。

なのでエプソンのやつを買ったのが、初めてのヤフオクだったと思います。

まあそれからというもの、あれやこれやいっぱい買いました。自宅に居ながらにしてモノが届くと言うのはとても便利なように感じています。

便利だけどまあ食品は無理ですけどね。

そして書籍の購入はアマゾンで。

そのうちプライムに入会して、送料も安くなったし。一時期スタートページをアマゾンにしていた時期もありました。

前のノートに変えた時ぐらいから設定できなくなってしまったので残念ですが…

まあそれでもアマゾンはCDも買えたので、多感な頃はCDを買うのもアマゾンで、ワザワザショップに行かなくてもいいようになりました。そのうちアマゾンも西宮?センター?ができたみたいで、到着もめっさ早くなりました。

今となっては絶対なくてはならないものになりましたね。

ちなみに僕が良く使っているのが、ヤフーショッピングと楽天市場とアマゾンですね。最近ではヤフオクはほとんど使ってません。

僕の中での印象では最近では個人のオークションというよりはショップの進出が増えてきて、あまりオークションっていう気がしないというのが本当でしょうね。

それに、ショッピングの方が確実な気もしますし。いろいろ個性あるお店になっていますからね、ネット上でですけど。

ネットショッピングの火付け役として一世を風靡したヤフオクは、ネットショッピングが台頭してきた現在においてその役目を終えつつあるというのは、少しさみしい気がしますが。それも時代の流れなのかもしれないですね。

次々にオークションサイトはできていますし、携帯でもできるようになりましたしね。

とはいえ、僕よりも少し上の世代になるとそれが前々使わなかったり、ネットショッピング自体を信用できないと決めつけてかかってたりします。

何かそういう嫌な事があったのか?と尋ねてもやった事すらないとの事。

よく言う食わず嫌いというやつなんでしょうけど。

僕は、ネットショッピングで不快な思いをしたことが、これまでのところ無いので、そういうのが逆に信じられないんですが…

僕よりもちょっと上なだけで思った以上にネットショッピングが取り入れられてない事にちょっと驚きました。

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2012年3月 1日 (木)

改善の難しい新事実…

数か月前から、歯医者に通っているのですが…

僕は、歯磨きに時間をとって、磨く順番とか、回数とかを決めて前後でに往復ずつするのですが、

歯ブラシにも実はこだわりがあって、GUMの先端の小さくなってるやつを使っています。使う期間も決めていて、一か月したらブラシは変えます。先端が開いてくるとちゃんと隅々まで磨けないし、力がちゃんと伝わらないからです。

歯を磨いたあとも、洗口剤で口をゆすぎます。

歯垢がつかないように気を使っています。

その上で、歯を削りすぎないようにも気を付けています(磨きすぎて)

だから、歯科クリニックに行って、検査してもらう時は、実は自信満々で見てもらっています。

今回についても、

「きれいに磨かれてますね、歯垢はついていないですよ。」

と言われました。心の中では『当然!』と思いながらも、

歯ブラシでは掃除できないところをクリニックでは掃除させてもらいます。

と言われると、『まだついてると言うのか…』と思ってしまうのですが。

実際に掃除(?)と言ってもほとんどついていないらしく、一様に様子を見て終わる事が多いのです。

つまりは、かなりきれいに磨いているということらしいのです。

『よっしゃー!』と思いつつも。

歯茎の検診の時にちょっと引っかかる事がありました。

歯茎の深さを調べる時に、左奥のあたり、右奥のあたりの上下の歯茎が深いみたいなのです。

歯茎が深くなるのは、歯垢がついている時である場合が多いらしいのですが、検査の結果歯垢は全然ついておらず、きれいだったそうです。

で、それを受けて出された決断が、

「歯を食いしばりすぎ…と思われます。」

との事でした。

つまり、歯茎がぐらぐらしやすい原因は、物理的に力が加えられているからだという事らしいのです。

「え、じゃあどうしたらいいんですかね?歯磨きでは改善できないって事ですよね?」

「そうですね、朝起きたら顎がだるいとかありますか?」

「いや、そんな事は全くないですけど…一人で寝てるので、歯ぎしりとかはしてるかどうかわからないですが、恐らくしてないと思うんですけどね…」

「その、歯茎が深くなってる歯なんですけど、それぞれに、銀の被せが入ってるんですけどね、被せる分については、一応歯と同じ形状に加工するんですけど、その加工がどの歯も一様に平らになってしまっているんですよ。」

「え、まっ平らにですか?」

「ええ。」

「噛みすぎってことですか?」

「うーん、噛みすぎっていうよりも、食いしばりすぎですね。ストレスとか疲労を溜めてるとこういう事が多いって言われてますね。」

「食いしばりすぎ…ですか?」

「そうですね。意識して、歯を食いしばらないようにしたらどうでしょうか?」

「…そう言われてもですね…食いしばってる自覚が無いんですけど。」

「…寝ている間とかかもしれないですよ?」

「うーん…そうかな?朝起きて顎が付かれてることなんて無いですけどね?仕事中とかいらいらしてる時に食いしばってるんかな?」

「とにかく意識して噛まないようにしたら、格段に良くなる事もありますから、そうしてみてください。」

「…分かりました。とりあえずそうしてみます。」

と言って歯医者を辞去したのですが…

意識するっていってもな…無意識を意識するのは難しいです。

歯には気を使ってるつもりなんですけど、まさかまさか、食いしばりすぎているなんていう事が起こるとは思ってもいませんでした。

いつ食いしばってるのかな?と思って生活してみたんですが、確かに、食いしばってますね、事ある毎どころか、むしろ食いしばってる時の方が多いかもしれません。

ちょっと集中するとすぐに食いしばっています。

これは…なかなか改善は難しいぞ…

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