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2012年4月

2012年4月30日 (月)

しろしろ言うけどさあ!

ばあちゃんも、友人たちも、結婚しろしろ言うけど、じゃあ結婚の何がいいの?って聞くと、初めの方は

「家帰って、電気がついてる」とか「掃除してくれる、洗濯してくれる、ご飯つくってくれる」とか、出てくるんだけど、次の瞬間から…

「家帰って愚痴を聞かされる」とか「早く帰らなかったら怒られる」とか「仕方がないけど小遣いが少ない」とか、「休みの日はゆっくりできない」とか。

そのうちに結婚の悩みになっていくんですよ。必ず!お小言の範囲ですけど。

最終的には愚痴ってる方が多いんですよね。

それを聞くと、やっぱり結婚って後ろ向きにならざるを得ないでしょう。それに、こないだ書いたけど、どう見繕っても、実際交際している時間なんてありませんし、今でも完璧にできないのに、交際して、『心仕事に非ず』になって、ミスしまくったりしたり、例えば、張り切りすぎて空回りしまくったり、なんていう事も絶対あるでしょう。

そういうのも嫌なんですよ。

僕はあれもこれも上手にできるタイプの人間ではありません。有り体に言えば、仕事とプライベートを両立させることなんてできません。カミナリ様を生け捕りにする程のありえない話です。

そういうのを考えると、このまま、(ちょっとカッコよく書くと)この国で、泥や血を被りながらも礎となって働く、名も無き戦士として朽ち果てる事の方が、自分にとっては美徳のように感じるのも事実です。

掃除?僕は掃除好きだから、そんなの苦痛に感じたこともないし、ご飯なんて、コンビニでも買えるし、うちの店で食料は何でもそろいますよ。家に帰ってきて電気がついてないからって、寂しさを感じたこともないし。

そう思うと、必要性を感じないんです。

愚痴の中には、35年だか、40年だかのローンを組んでまで一戸建てを購入した事についての、要は年老いてからのローン返済を嘆く言葉もありました。

でもそれって、結婚したら必然で、一戸建てが欲しいでしょ、どう考えても。次期の早い遅いはあっても、結婚=一戸建ての図式はかなりの理解力のある嫁さんやないと止めることはできないでしょうね。それは、嫁さんだけじゃなくて、男性的な征服欲的な部分も含めての話です。

実家にいりゃそんな事を考える必要もないですよね。楽なもんです。家賃の心配もない訳ですから。

それに、これも少し前に書いたけど。自信家の僕ですが、やっぱり人間どこかで帳尻があってるんでしょうね。

いざ、結婚したとして、嫁さんに『しまったなあ、スカを掴んでしまった…』と思わせない自信が全くありません。

給料とかの経済的な面でもそうだし、さっきも書いた『仕事とプライベートのバランス』もそうだし、例えば、家事に対して、どれほど協力的になれるかという事。

全っ然自信もないし、実際考える必要は今のところ無いんだけど、ちゃんと考えようと思った事もありません。

つまり、結婚したとしても、うまくいかず、すぐに三行半を突きつけられる可能性の方が高いのではないか。という事です。

今の世の中、あんまり見ないけど、テレビの中で著名人が切った貼ったの丁々発止で結婚離婚を簡単に繰り返していますよね。

まるで恋人と別れるように。

そういうのが刷り込まれた人と結婚すると、絶対そういう事になりますよ。そういう価値観の人が、年配の僕たちの親世代の人たちにも、その親の人たちも大勢いますしね。

だから熟年離婚が流行るなんていうよく理解できない事が起こるんだろうと思います。

この価値観の中で、僕みたいな、『家庭的度劣等生』が幸せな結婚生活を送れるはずがないでしょう?

さっきも書いたけど、結果3ヶ月で三行半が関の山ですよ。3ヶ月続きゃいい方かな?すぐに愛想つかされて「はい解散!」なんてこともあるでしょうね。成田離婚的な?

もう考えるのも嫌になる最悪のイメージですね…社会的立場もプライドも体もみんなボロボロになるんですから…

そうなったら…立ち直れないかもしれないですね、人間として…

但し、この価値観があるから、結婚しないという直接の理由にはなりえないし、この価値観を産んだメディアが全部悪いという事ではないですから、それだけは勘違いしないでください。

あくまで、数ある理由のうちの一つでしかありませんから。

僕自身が勝手にそう考えて、メディアのせいにしていれば、それなりに楽だからしていると取ってもらったらいいです。実際それは否定できないですからね。

世をはかなむフリをして、世の中のせいにしてれば…ってやつです。

何か、この話全然前向きじゃなくて嫌やな…

…今日はもう終わります。

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2012年4月29日 (日)

完成度の高さ…

なんて書くと、また難しいことを書いているように思われるかもしれないですが、モノマネの話です。

ものまね大賞とかのテレビ番組を見ると…と言ってもずいぶん前に見た時の事ですが、いろいろとモノマネを出演者がしているんですが。

モノマネって本来その質の高さを競うものでは?という疑問があるんですが、皆さんはどうでしょうか?

例えばコ■ッケさんとか、原■あきまささんとか、そのモノマネから擬音語や擬態語にモノマネをアレンジしていったり、レパートリーから別物に置き換えて『もしも○○が●●だったら』的な、ネタとしてのモノマネに最近なっているのではないか?

と思ってしまいます。

もちろんネタとしてはそれは『あり』だと思うのですが、単純に似ているかどうかという完成度を考えると、元々あったレパートリーのレベルが上がったととらえるには、些か疑問があるのです。

もちろん、モノマネ一つ一つを取ると、すごく似てて、拍手したくなるんですよ。だから、そのモノマネのまま歌を歌うとか、ネタをやるとかにしてればいいと思うんですが。

そういうアレンジがモノマネとして評価されるのは、違うように思います。

それがOKなら、完成度が低くても、アレンジを加えることで『そこそこそう聞こえる』ことだって結構あるハズですからね。

もちろん、上にあげたモノマネの巨匠とも言うべき人物は、それなりに、モノマネを極めた上でやっているので、その点を否定するわけではありませんが。

彼らがそうすることによって、そういう人たちが出てくると、一気に面白くなくなりますから。そういう意味で警鐘を鳴らしたくなるという事です。

でも、真似する事って結構否定的にとらえられがちですよね。

僕は、モノマネするのも趣味のようなものですから、日々誰かのモノマネをやりまくって生活しているので、一種の愛情表現のようなものになっていて。否定的意味はそこには含まれていないのですが…世間一般では違うみたいですね。

マネをして馬鹿にしている。

と取る人が多いみたいですね。違うのに。

まあ、そういう人が全くいないという訳ではないですが、気に入らないとマネをする気にもなれないですからね。

所謂「自分でやってて似過ぎててムカつく」ってやつです。

以前仲の良くない兄弟のうち弟の方と僕とが同い年で、兄の方とも僕は仲が良くて、兄の方のマネをしていた事があるのですが、

「似過ぎててムカつく」と言われたことがありました。その時は、全く思わなかったのですが、何年かして、兄の方と仲違いを起こし、疎遠になり、その時期から避けたい存在となり、時間を置いて更に嫌になりました。

その時ぐらいからモノマネも確かに似てるハズなんだけど、どうにも気乗りがしないんです。「似ている事に不快」なんですよね。

その時初めて弟の方の気持ちが分かった気がしましたが…

つまりは、ある一定のレベルを超えて嫌にんあると、モノマネもしたくなくなると言うことです。

だから、馬鹿にしていると言うのとは全く次元の違う話なんですよ。

だって、モノマネで笑う人って一緒に馬鹿にして笑ってる訳じゃなくて、『似ている事』に対しておかしくて笑ってる訳でしょ?だったらそこのところを取り違えないで欲しいですね。

そてに、マネをすることはそんなに悪い事ではないと思います。

小学生の頃、弟がやってることが画期的だなと(子供ながらに)思ったので、それをマネしたら、オカンが「Fは弟がやってる事なんかをマネしてるやん」(兄としてのプライドはないんかという意味)と言われたことがありました。

でも、マネをすることで何でも良くなるのであれば、ガンガンマネをすればいいんですよ。

もちろん、極秘技術や著作権云々についてはちょっと違うけど。

そういうモラルとか法的に抵触しない程度のマネについては、『伸び』につながるのではないでしょうか?

お隣の国が著作権云々についてもめていたりするんですが、そればかりに囚われてしまっていると、お隣の国が、模倣している日本の技術について、簡単に吸収されかねませんよ。

かつて、日本が高度経済成長期に、発展途上の国々でいろいろと、社会的にモラルのない行動を起こしましたが、

いざ、お隣の国がモラルのない行動をしたとして、痛烈に批判しまくるのはどうか?と思います。

とはいえ悔しい事は確かですが。

それもこれも身から出た錆の部分である事に変わりはないのでは?と少し思います。

そんな事が言いたいのではなくて、お隣の国が、日本が、アメリカ経済を模倣してきたように、基本的な政策の違いはあるにせよ、日本の技術を模倣することで、その圧倒的な生産力で日本技術を蹴散らしかねない程の勢いを持って、第三勢力として、簡単に君臨してきた事は事実なのですよ。

もっと手近なところで、学習能力の高い若い年齢の人が、熟練の人に教わる事で、見た目の技術力は、熟練の技を盗むことによって大幅にアップする事があるでしょう。もちろんそれは個人の努力も相まっての事ですが、模倣する事によって得るものは多いのですよ。

子供の頃、ドラゴン●ールの絵を何枚も書いたので、僕の描く絵はその原作者の描く絵に近い感じです。それを含めた上では、割とイラスト程度ならそこそこ描けます。

マネから学ぶモノは大きいのです。

が、まあ僕が普段からしている人物のモノマネから学ぶ事はそれほど多いものではないですが、彼らが言いそうな事(実際には言っているかどうかは別として)を考えて、感じて、モノマネで発言する事は、彼らの人となりを、少なからず理解しているからというところもあります。

それらは、コミュニケーションを円滑に進めるうえで役に立つこともあれば、例えば上司であれば、『こういう事を言うだろうな』とか『こういう考え方をするだろうな』という、ある意味その人物にトリップすることによって、普段の自分では考えつかない事に気が付いたりすることがあります。

彼らの模倣から視線、視点を盗むことがある意味モノマネの極意ともいえるところではないでしょうか。

それがモノマネの完成度というものでは?単に似ているだけという事では無くて。その人となりや考え方まで模倣する事ができる。という意味で。

『やすしきよし』の漫才で故やすしさんのモノマネで、そのままやすしさんとして舞台に上がる太平サブ■ーさんは、やすしさんが言いそうな事が、アドリブだったとしても自然と口からついて出る事があるという。

そのアドリブをきよしさんが聞いて思わず涙してしまうほど、その視点はやすしさんに近いという。

僕はテレビでその漫才を見て、鳥肌が立つのを感じたことがありました。ずいぶん前の話なので、あれは勘違いだったか?ともう曖昧になってしまっていますが、

あの時に、完成度について、『これこそがその神髄ではないか?』と感じたのでした。

ビデオに撮ってて、二回目見た時にはそれほどでしたけど…

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2012年4月28日 (土)

世間はG・Wですか。

いいですね、大型連休っていう響きは。何か、休んでよし、遊んでよしの気分ていうか、そういう空気感が漂う、春のこの日という感じがします。

世間ではね。

僕自身は、もちろん会社にG・Wなんか無いし、連休すらありません。弟からしたら、

「大学院まで行っていったい何でこんな職業を選んだのか僕には理解に苦しむ」

らしいのですが、じゃあ聞くけども、有意義な連休を過ごせている人間がどれだけいますか?っていう事ですよ。

大学ん時もG・Wはずっとバイトしてましたし、介護の会社にいた時も、当然、利用者さんには連休どころか、日にちの認識すらないですからね…むしろ利用者さんの家族にはれんきゅうがあるから忙しいぐらいでした。

まあそれはいいんですが、有意義な連休を過ごしている人がどれぐらいいるかっていう話。

そりゃね、一年や二年、そういう年があるのは分かりますよ。連休を利用して海外に行ったり、何かの講習を受けたり、遠出したり、勉強したり。

でも、それを毎年やって有意義に過ごしてますなんて人、そうそういないでしょう?

むしろ、連休で羽目を外してしまってえらい目にあったとか。体調崩したとか。渋滞でえらいめに遭ったとか、事故ったとか。そういう話は良く聞いたりします。

イレギュラーとまでは行かなくても、ノットレギュラーな連休は、実は「もろ刃の剣」ではないのか?と思ったりもします。

僕は毎年仕事なので、有意義もくそもありません。普通の一日です。めっちゃも楽しくないですが、安定的です。

日々ちょっと疲れが溜まってて、いくら平日休みじゃない友人たちと休みが合ったからと言って、そうそう外出できそうにはありません。

気の置けない友人たちとまったりだけどにぎやかに過ごす時間は、名残惜しく、また早く過ぎてしまうものです。

泊っていけば?と言われたら、そうしたいところですが、「次の日4時起きなんだ」というと、引き留めてくれる人は誰もいなくなります。

事実だから仕方がないですが。

この仕事をしている以上仕方がないですよね。僕だってみんなとまったりしたいですが…

この仕事を選んだのは他の誰でもない僕ですしね。

わざわざ僕を誘ってくれる友人たちにはすごく感謝しています。全員そろって楽しくやりたいという気持ちもよく分かります。

僕がその立場だったらそう思いますから。

でも、僕をいれようとしたら集まれないなら、どうぞ僕抜きでやって下さい。と思うのです。

そうなるのは覚悟の上で就職したんですから。気を使ってもらうことに気を使ってしまいます。

だって、友人たちには、家族があるんだから。『その日は、家族の事を忘れて、学生時代に気持ちを戻して旧友と楽しみたい』という気持ちも分からなくないけど…

とまあ、何だかんだ言いましたが、実際のところ、僕自身が休みの日に頑張って出ていく事に、全く積極的になれていないから「Fさあ、今度の連休中、時間あれば集まらん?」って言ってもらうことに、些かの罪悪感があるのです

心のどこかで『体を休める時間が潰れてしまう…』と思っているのは否定できませんからね。

友人たちとの時間よりも、体力の回復を優先させてしまいます。体力なんて、気力でいくらかはカバーできるのに…

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2012年4月27日 (金)

それについては羨ましいです

先日、講習を受けに行ったのですが、現地で同じく受講しにきていた誠先輩に出会いました。

『うお!誠先輩いてるやんか。』

と思いましたが、前から3列目ぐらいで僕は一番後ろなので、ワザワザ声を掛けるほどの事もないのでまあ、『昼食でも一緒に食べようか』ぐらいの感じでいました。

眠気を堪えに堪えて、ついに昼休みです。

とはいえ、昼休みは40分だけでした。何とも短い…一時間ぐらいあったら軽く眠れるのに…

と思いながら、外に食べに行くことにしました。

誠先輩を誘って行こうと思ったら、どうもM尾君も来ていたみたいだったので3人で行くことにしました。

誠先輩はそういえば、苗字がKに変わっていたのを何となく思い出しました。

ガ●トが近くにあったのでガス●に行くことにしたのですが、3人分の席が空いてなくて、「カウンターのお席なら…」という事だったので、

「じゃあ3人で食う意味ないよな。」という事で他のところにすることにしました。

2号線を隔てて、駅より海沿いはちょっとビジネス街になってて、商社や銀行が立ち並んでいました。

だからでしょうか?もちろんランチもやっているんでしょうが、居酒屋の多い事…

喫茶店や飯屋が少ないんですね、意外とこの辺…

学生の時はこちら側に歩いてくることなんてまず無かったので、意外というよりは、ちょっと新鮮でした。

とはいえ、残された時間でちゃんと食事を取りたいので、何とかゆったり座れるところを探したいのですが…

誠先輩が「マクドいきませんか?」というので、『え、マクドですか?』とは思いましたが、実際口にだしたかもしれないですが、別に食べたいものも行きたいところも無く、強いて言うなら今この時に既にテーブルについて飯にありつきたい心境だった僕は確かこの先に遭ったような…と思いながらも…「じゃあそうしましょうか?向こうにはケンタッキーがありますけど?」とさほど食べたくもないモノを進めていたりしました。

すっかり変わってしまった駅前の街並みに戸惑いながら少し歩いたら、何と向こう側にマクドあるやん!

そして、テリヤキセットとナゲットと多いかなと思いつつダブルチーズバーガーを頼みました。

思えばこの時やめときゃよかったのですが、案の定それを食べた後しばらく水ものどを通らんぐらいに腹は膨れてしまいました。

10年ぐらい前はもっとがっつりいけたのになあ…

M尾君の事は、実はほとんど一緒に働いたことが無いので、そんなに知らないので、あんまり広げた話ができないんですよね…

話を振ってもなんか反応が、悪いと言うか、切ってしまうというか…

あんまり話が得意とか好きとかいう感じでもないみたいだし。

だから僕としてはM尾君がいることで話がしづらかったのですが、まあ、話に入ってこないならそれはそれでいいや、よく分からんからこっちからも話ふれないけどしゃーないよな。

と割り切りました。

何かの拍子に子供可愛いですか?っていう話になって

「もうめっちゃかわいいっすねえ!」と、やや誠先輩らしからぬテンションで返してきたのにはちょっと驚きました。

「今3歳ぐらいでしたっけ?」とM尾君。

「もうすぐ2歳ですねえ。」

「可愛い時期ですね、いいなあ。」

「いいっすよ。もうすぐ二人目ができるんです。」

「え!マジっすか!!すごいっすね。おめでとうございます!」

「ありがとうございます。いやあ、楽しみですね。」

「男の子ですか?女の子ですか?」

「いやね、それが教えてくれない病院なんですよ。」

「ああ、そうなんですね、それはそれで楽しみですね。」

「ええ、でもどっちもいいんですけどね。」

「いいなあ、羨ましいです。この勢いで5人ぐらいいったらどうですか?」

「いや、もううちは二人で行こうと思っているんですよ。」

「えーもっとつくったらいいのに。」

「いやいや、いろいろとあるので…」

「まあ、確かに経済的なモノとかいろいろ物入りですしね…」

「でもどうします。3人目が発覚したときに三つ子とかになって急に5人ってなったりしたら。」

「いや、それは流石に想像してなかったですねえ。」

「費用が二倍どころか三倍ですからね、手間も三倍だからいろんな意味で親は大変ですよね。」

「さすがにそれは想像したくないですね…でも、多いのもいいかな?と思ったりもしますけどね。」

「僕もそう思いますよ。ちょっとドア開けたらワラワラおるのって、何かいいと僕は思うんですよね。もちろんバタバタでしょうけどね。」

「そうですね。」

「でもいいですね、子供。」

「いやあ、いいですよ。」

…なんていう話をしたのですが。授かりものとはいえ、子供をつくる計画とかの話って、何か将来が詰まってるっていうか。

地に足の着いた未来の話っていう感じで、すごく前向きに感じるんですよね。

そういう、前向きな感じがとても羨ましいし、何より他よりも子供ですね。

自分の血を分けた子供ってどれぐらい可愛いのかな?という好奇心もあったり。

友人は自分らの分身やって言ってましたが…

そんな感覚を味わってみたいな…とは思うのですが、ハードルは果てしなく高いです…

今こうして思う分にはそうでもないんですが、実際動き始めるとなると、突然面倒になりますからね。

それに、子育てに恐怖を感じていたりもします。(これについては、また機会があればお話しします。)

そういう面倒に思うのは、心の病かもしれませんねえ…

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2012年4月26日 (木)

食品衛生責任者…

の講習を受講してきました。

前日深夜まで働いていたので、今日は朝から起きて講習に向かうのはとても厳しかったです。

が、何とか起きて向かう事ができました。

『よし、今日は予定通り市営駐車場に止めて会場まで歩いていくぞ。』

と決めていたのですが、何と駐車場の前の交差点で事故があったみたいで、大渋滞なうえに、何か駐車場のところ入りにくいし…

なので、個人パーキングを探すことにしました、確かこの辺は一日1000円の場所が結構あったはず…

9時15分まで受け付けですが、その時点で8時40分だったのですが『まあ24分あれば十分やな…』と思いつつ、駐車場を探していきました。会場から一番近いところが1000円でしたが…既に満車状態。『うーん、みなさん考えることは同じって事か…』

仕方ないので、次の近くのところを探しに行きました。次近くのところは1500円。ここはガラ空きでした。

少し離れたところで1000円でした。

『うーん…時間ももうすぐ迫ってるし、今から徒歩で行くことを考えたら、1500円でいいか…』

ひっかかるのは、『これ経費で精算してもらえるのか?』って事ですが。

ふと、給料日だったことを思い出して。『まあ、少しぐらいの出費はいいか…』と、ちょっと無駄使い感を感じながら、生産してもらえなくてもいいや…と覚悟はしておくことにしました。

会場への到着は5分前でした。

『よかった、止める場所、適当なところで決めといて…』

そして、これから6時間にわたる講義の始まりでした…

既に知ってる知識も、知らなかった知識もありましたが、こうじっとして耳を傾けているだけっていうのは、実に眠いのです。学生時代は、あれこれノートを取ったり、内職したりしてたので、何とでもなったのですが、ノートも今日は無いし、参考書を配られたけど、それ通りにあんまり話してないので、視線をそこに持って行くわけにもいかないし…

眠い眠いと思っていたのですが、周りがどんどん寝ていくので、僕も…という訳にもいかなくなってしまったので、姿勢を変えたり、上着を抜いたり靴を脱いでみたり…いろいろやりながら何とかやり過ごしました。

結局寝ることはなかったけど、講師の先生が風邪か何かで声が出にくいとの事で、一番後ろの席の僕に聞こえにくいのなんの…波状の睡眠攻撃でした。

まあ、何とか耐えきったのですが…

睡魔との戦いに夢中で、肝心の内容は…ちょっと聞いてなかったところもちらりほらり…

まあ、全然聞いてなくて、眠りまくってた前の席の人間よりはましだろう。と前向きに考えるようにしときます。

でも疲労がたまってきているのがよく分かります。良く考えたら全然寝てないんですよね昨日から。

昨日は昨日で、僕自身で疲労のピークの目安にしている鼻血が出てくるし…

本当は今日、帰ってきてから苗箱に培土を入れていく作業を始める予定でしたが、明日からも仕事なので30日に持越しです。

実質休み無の日が続くので大変です…

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2012年4月25日 (水)

意外と持ってた靴

『お、この靴カッコいいやん…こういうの前から欲しかったんよな。』と思って、ネットショッピングで購入しようとしたら…

「この商品は●月×日にカートに投入されています…」

という注意が出てきました。

『あれ?カートに投入してた?しかも一年以上前に?』と思ってカートを確認しましたが、当然カートは空のままでした。

『おかしいな…』と思って購入履歴を見てみると…

『うお!買ってるやんけ僕!』となりました。急いで…と言っても急いで現状が変わるわけではないのですが、階段を下りて確認したところ…

『あ、この箱は…』とうっすらと少しずつこれを購入したときの記憶が蘇ってきます。

『買ってるわ、これ…』当然サイズもばっちりだし、見た目もカッコいいその商品でした。

一度も履いてません。てか、箱から出してない。タグ付き。

一体何のために買ったんだか…

僕は物は大切に使う為にあると思っているのですが、大切に使うと言うのは、埃やシミが付かないようにするという事では無くて、

長い期間それを気に入って使う事だと思っています。

完全に見た目は僕好み何ですが、今使ってるプライベート用のもそこそこ気に入ってて、しかもそれのビジュアルに大差が無いもんだから、ずっと履かずに、そのままになっているのです。

オシャレに履く事を前提とした靴なので、休日、今のところほとんど出歩かない僕としては、なかなか登場機会が無いと言うのも理由の一つでしょう。

しかも、問題はそれだけじゃなくて…

こうしてブログにかいて無かっただけで、買ったか買ってないか分からなくなった靴がもう一組あったのですよ、過去に。

ずばり1万5千円の革靴だったのですが、これがカッコいいんですよ。裏地がチェックになってて、紐じゃなくてそのまま履くタイプのブーツタイプで、半端丈のパンツにすごく合いそうなんですよ。裏地を見せるタイプのやつです。

これを履きこなすのを想像してちょっとわくわくしていたのですが、それだけわくわくしていたくせに、買う時かなり迷ったはずなのに、

いざ、到着してから、今まで、その箱から出して、中身を確認した事すらありませんでした。

だから、実際に注文したのかどうか分からなかったのです。

しかも、そういう状態だったから、下駄箱として使ってる棚に持って行ってなくて、エアジョーダンの初代と共に押入れに眠っていたので更に忘れるにはうってつけでした…

で、何が問題かというと、「カッコいいからって、必要ないものをガンガン買うな!」というところです。

お金が全く無かった時は、そんな事考えもしなかったのですが、今、独身男性として少なからず収入を得て、生活に若干の余裕があるので、財布の紐がゆるみに緩みまくっているのではないか?という事です。

思えば、ラーメンだって、お金に困っていた時は、月一回の贅沢としてたしなんでいたのに、今となっては週に一回は食べに行っています。

これは、ちょっと浪費が過ぎるのではないか?

いくら、贅沢すぎるものではないとしても、緩んでいく財布の紐は、ある一定のところで絞めておかないと、生活水準さえ変化させかねません。

以前も書きましたが、身の丈に合った生活水準、消費水準でなければ、お金なんてあって無きモノです。

せめて買ったなら活用しなくては、襖の奥で眠らせているだけではモノとしての存在価値がさがります。

いくら限定品でもです。

これで、思い出されるのは、今年の占いで(年に一度だけniftyで占いをするのですが)今年は買い物には凶相が出ているとの事。質素倹約を心がけなければ、身から出た錆で悩む事になるとの事。

この事で自己暗示になりそうだけど…

使わないものを買うのは、やっぱりどう考えてもおかしいので、ちゃんと考えてモノをかう癖をつけなくてはいけませんね。

ちなみにその占いで、今年一年で最も運勢の良い時は3月の15日付近なそうな。

もう過ぎてるし。何か3月15日あるかな?と思ったけど何も無かったし。

それでも、何もなかったことが実は運が良かったのか?と前向きに考えるべきなのかもしれないですが。

1月に見た時に『3月15日って、結構すぐやんけ…てか、その後の方が一年長いやないか…これはちょっと、その後の一年が長そうやな…』と思いましたが。

実際過ぎてみると、いや、過ぎる前からそんなに気にしないものですね。

こだわるほど、自分の中で大きなものではないって事かもしれませんね。

まあ、何はともあれ、身の丈に合った買い物を心がけるようにしようと思いました。

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2012年4月24日 (火)

おもしろおかしく

毎日面白おかしく過ごしたい!!

と思っているんですが、中々に毎日は強い。面白おかしく過ごすには、かなりの強敵だと考えるのですが…

もちろん仕事があってその中で失敗もあり成功もあり、失敗ばっかの日もあったり、まあそこそこの日もあったりして様々なんですけどね。

ふと、毎日を楽しく過ごすっていうのはどういう事なんだろうと、根本からちょっと考えておかなくてはいけないような気がしたのですが…

毎日ふざけるっていうのでは全くないんですよね。むしろ一生懸命の方が近いっていうか。

もしも、一日のうちのほとんどが仕事なんだったら、仕事を楽しく。と考えるのが一番自然な事なのかもしれません。

仕事を楽しくしようとすれば、それはひとえに自分の腕次第なのかもしれないですね。

少なくとも、仕事に追われている間は全く楽しむことはできないでしょうね。

新人の頃、あっちもこっちもしなくてはいけない事ばっかりで、うまく回らない事ばっかり。

そうこうしている間に時間だけが過ぎていくんですよ。

あっという間に一日が過ぎて、寝て起きて次の日。

まあそれは、今でもそんなに変わっていないんですけどね。

でも、仕事を楽しむことはできるようになったかも。精神的な余裕が、できた?いや違うな、ただ慣れただけでもない。

ポイントを押さえておけば、何とでもなるという事ですね。

但し、それは、自分ひとりでの時に限りますが…

楽しく仕事もいいけど、じゃあ本当に楽しく過ごす事はどうなんだ?ですが。

本当に楽しい事って何?

ビデオやDVDを見る事?パソコンを使いこなすこと?こうしてブログを書くこと?本を読むこと?

これらは全部『楽しむ事』であって『楽しい事』ではないですよね。趣味趣向によっては楽しめない人もいるわけですし。

じゃあ『楽しい事』は?

友人たちはゲームをしている時が楽しいって言っていたな。僕の中では「この時間があれば…」というのが心の中にあるので、楽しい事にはなりえない。

旅行?いやいや、面倒だし。野球?運動?今の状態ではありえない。第一に一人ではできひんし。

でもこうして考えてみると、一人で『楽しむ』事はあるけど本当に『楽しい』と思える事なんて手には入らんのかもしれないですね。

まあそれなりに、楽しんで物事をやっていけるのであれば、本当に楽しいなんて思う必要はないんですけどね。一種の中毒とかみたいだし、楽しいモノなんてそのうち麻痺してくるだろうし。

大切なのは刺激的であるかどうかなんだろうと。

よくも悪くも刺激的な毎日を送る事が、楽しいと思う事と近いのかもしれないですね。

一日のうちにいろんな気分を味わいながらっていうのが実は最高に贅沢なのかもしれないですね。

楽しいだけならすぐ飽いてきそうですしね。

ただ楽しいから、何となくおもろいから…ってなんか人間として怠惰につながりそうな気もしますしね。

という訳で、今日の結論として、無理に『楽しい』って感じる必要は無くて、むしろ、真に楽しもうとするならば、全てひっくるめて楽しむぐらいの気概でないといけないという事で。

眠いので寝ます。

今日は書き始めた時から眠いので、分の構成も何もあったもんじゃないかもしれませんが、一応書いてから眠ろうと、気力で書いてみました。

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2012年4月23日 (月)

久々にDVDを

焼こうと思ったのですが、良く考えたら、このパソコンになってからDVDを焼く機会が無かったので、焼いてないんですよね。

そろどころか、DCも焼いてないかも。

必要なかったというのがその大きな理由ですね。

パソコンをあまり触らなかった友人達に依頼されてCDを…というのは法に触れるので、この話はここまでにしておきましょう。

最近はCDを焼く理由が無くなったと。それだけです。自分の車で聞くことを楽しんでいた時期もありますが、出勤時間わずか10分です。そんな余裕もないですよね。

車に乗りました、さあ出発、カーブやなにやでさあ曲でも聞くかと思ったときには、既に5分ぐらい経過しています。

じゃあ聞けるの5分ぐらいやから1曲聞けるかどうかです。

さすがに短すぎるのですよ。

まあそれはいいとして、今回久々にDVDを焼いてほしいとの依頼がありました。

焼くのはいいんですが『そういえば、今のパソコンで読み込みできたかな?』という疑問。

案の定無理でした。

そういや、前のパソコンで使うためのデータを外付けHDDにダウンロードしてたはず…

という事を思い出して、さっそくHDDの中を検索。

確かに、バージョンも古くない。なぜなら製造が終了しているから。

あれから2年ぐらい経ってるけど、恐らく大丈夫だろう。

という事で、さっそくダウンロード。そしてインストール。

『ああ、そうそう、これ日本語にせなあかんねやったな…』とか思い出しながら、日本語翻訳にアップデートして、以前のごとく読み込みから開始。

ドライブが良くなってるので、読み込み速度が速い。

まあそれは期待していた通りなんですが、まあ、3枚もあるのでちょっと時間がかかるんですよね、1枚1時間ちょいですかね。

長いのでパソコンで他のことしたり、寝たり、本読んだりしながら、それを待ったり、完全に終了してるのに眠りこけてたりしながら。

まあ何とか読み込みは無事終了。

問題は書き込みでした。

書き込みもまあ1枚1時間ぐらいかかるんですよね、4Gぐらいあると。1枚目と3枚目はうまくいきました。

別に2枚目を後にした訳では無くて、たまたま、そういう並びになってたので、そうしただけだったんですが…

一応1枚目、ちゃんとできてるかチェックです。

IPOファイルにしているので恐らくは大丈夫だと思うんですが、一応念のため…

調べてみたら、ちゃんと機能します。よしよし、じゃあ…という事で最後2枚目の書き込みを行おうとした時です。

あれ?エラーが出るぞ…何でだろ…?

おかしいな、これまでと手順は同じやし、こんなエラー出たことないんだけどな…

見ると『デバイスの準備ができていません。』と出ています。

何でやねん、準備万端やっちゅーねん!

『は!もしや、DVD-Rが既に違うデータでフォーマットされてるとか?』と見てみましたが…

残念ながら空っぽでした。

ドライブにも異常はないし、ソフトもどこかが壊れている感じでもない。

おかしいな…もしかしてファイルがおかしいのか?と思い、さっそくファイルをチェック。

『あれ、このファイル8.2Gもあるやないか…もしかしてこれが噂の2層式のDVDってやつか…?』

今まで2層式のには出会ったことが無かったので、意識がそこにはありませんでした。

それに気が付くまで2時間、できひんできひん!と悩みました。

大体市販のDVD-Rは4.7Gまでですからね、入らない訳ですよ。

DVDを焼くときに、いや、DVDだけじゃなくて焼くのは全般的にそうですが、何を気にしなくてはいけないかって、データがディスクに入るかどうかですからね。

DVDを焼くに至って、今までそんな事が無かったから、すっかり忘れていたのと同時に、BDが出たので、大容量の時はそっちに移していましたから、わざわざDVDにこだわる必要なんてなかったんですよね。

しかし、今回はDVD縛り。

何としてもDVDにしなくてはなりません。が、圧縮しても精々5Mぐらい縮むぐらいで大して圧縮できません。

1枚のを2枚にするのもなんか嫌だし。

なので得意のアマゾンで2層式のを注文しました。

余計な出費ですが、自分でも2層式のをやった事がないので、試しにやってみるのもいいな。と思ったので、即行動です。

恐らく明日か、遅くとも明後日には着くと思うので、それからですね。

26日には食品衛生責任者養成講習会があるのでその講義のために力も残しておかなくてはなりませんしね。

早起きはしなくていいみたいですが、休みが一回飛ぶので、その力も置いておかなくては…ですね…

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2012年4月21日 (土)

よくできた悪夢

今日はもう限界が来たので、何もしないでそのまま眠ってしまうつもりだったのですが。

途中で起きてしまったので、こうやって書くことにしました。いつもなら目覚めたら朝なのですが、今日は2時間ほどで目が覚めたようです…

それでも幾分か回復したみたいなのでこうして書けるわけですが。

僕はどうやらミュージシャン系のお笑い芸人のようでした。売れていたかどうかはわからないですが、髪の毛はパーマがかかってて、ボサボサしていました。服装は僕の目から見てやや地味だけど、個性的ミュージシャンとして見たら十分にオシャレに見える感じでした。いつもは、目は前髪に隠れて見えないような…

気が付いたら僕は病院にいます。

『あれ、いつの間に病院に来たっけ?』と思いながら当たりを見渡しました。見覚えが無いところでしたが、病院なんてどこも似たようなもんですしね。病院だろうと言うのが分かったのは、薄暗いけど病院独特の薬剤の匂いがした事と、看護師さんがうろうろしていた事でした。

少ししたら、遺体安置室に着いたのですが、どうやらそこに安置されているのは自分でした。

『え!?おいおい、死んだ憶えないぞ…』と良く考えてみると。

自分が暴走して突っ込んで来た車に撥ね飛ばされ、そのまま壁に衝突して止まった車と、突き破られて粉々になった壁の間に挟まって死んだことを思い出しました。どうも、胸から下はくちゃくちゃに壊れてしまっているみたいで、僕の体の鎖骨から下は、緑のシートがかけられていたけど、明らかに人間の大きさをしておらず、「無い事」が見て取れました。

どうやら身元の判別がつくものを所持していなかったらしく、誰か判別できない様子。

『そうか、事故死か、僕の最後は…いろいろ残念やけどそういう終わり方もありなんかもな…少なくとも死んだことが分かって良かった。身元が分かるもん持ってなかったか。行方不明ってことになったら、家族も家出したと思うかもしれないし、丁度いいかもしれないな。』

と自分の死を目の前にして以外と割り切れている自分。実際はこんなもんか…と僕の中で苦笑がもれてしまった。

ふと、気が付くと、男が立っていて

「君、もう一度生き返るチャンスがあるよ。これから出会う子をうまく説得して、前向きな子にできれば、あるいは…

その子はこの病院にいるんだけど、気難しくてね。君が事故に遭う時間より前に戻してあげるから、あの子を説得してみてくれるか?うまくいけば君はそのまま生きていられるし、ダメだったらその時は、今と同じ。どう?別に悪くないと思わない?」

僕は初めて会ったこの人物に、違和感をおぼえながらも、未練が全くない訳ではないので、「じゃあ…」と引き受けた。

場面は一瞬にして変わって、先ほど自分が気が付いたところに戻っていた。先ほどの人物もいない。

すると一人の子供が走ってきた。僕を見えないようにして走って通り過ぎようとした、いや、通り過ぎたのだけど、

『こいつ以外に子供は周りにおらんな、おそらく言ってたのはこいつのことやな…』

と思い、遠ざかろうとしていた子供に追いついて腕をつかんだ。少年は走ってはいたが、どうも、未来の限られた病気だという事が見て取れた。

「何するんよ!」走っていた子供は嫌がりました。当然です。どこかのオッサンが急に手を掴んだんですから。

「君、何か悩みでもあるのか?こんなところでこんな時間に、何で一人で走ってるん?」

「…別に、悩みって言うか…」

「ああ、ええわ。別に嫌ねんやったら言わんでええで。それより、僕この病院初めてねんけど、ちょっと案内してくれへんかな?」

「いいけど…」

といって二人で病院散策を始めました。

少しずつ彼とも打ち解けてきて、病院についている地下のコンビニで二人で買い物をしたりしました。

「お兄ちゃん、これ買ってーよ。」と指差したのは箱に入っているオシャレなハンカチとぬいぐるみでした。

「ええ!?これっていっぱい種類あるやつやで?しかも何入ってるか分からんし、こっちのにしーな。」

「嫌や、こっちの方がええねん!」

少年は生まれてからずっとここで育って、一人ぼっちだった。病院の中はそこそこ遊びまわったが、友達は、できてもすぐに『いなくなって』しまうので、悲しいのが嫌で作らないようになってしまったのだった。

だから、こうして大人にわがまま言うのも初めてだったし、病院内とはいえ、大人と歩き回るのも初めてだった。

「…でもな、こっちのにしとかへんか?こっちのは何か合体できるみたいやで?」

僕はあえて男の子っぽいおもちゃを差し出したが、彼は、首を縦に振る事はありませんでした。

『こっちの方が高いから遠慮したのかな?』仕方なく、彼の好きな方を購入しました。

「なあなあ、兄ちゃん、また遊んでくれる?」

「ん?ああいいいよ、明日遊ぼうか。」

「よかったあ、明日はきてくれへんのかと思った。」

「そんな事ないよ。明日が来るのが楽しみ?」

「うん、早く明日になればいいのに!」

『よかった。この子もほんのわずかな時だけど、前向きに明日が来るのが楽しみになってくれた。』

「楽しみにしてたら、明日もきっといい日になるよ。じゃあ病室に戻ろか?」

「うん!」と言って、沢山買った買い物を貸してもらった大型カートに乗せて、途中までそれで行きました。

少年は嬉しそうにカートの子供の載るところに立って僕の方に抱き着いて来たり、右手にさっき買ったおもちゃをもってブンブン振り回したりしていました。

『本当にうれしそうやな。買ってよかった…』

カートが行けない段差があったので、そこで荷物と少年を降ろして、そのまま歩いて病室に行くことになりました。

どうやらカートはそのままでいいみたい。

段差を越える為に少年をだっこして、左手に買い物袋を持って上がっていきました。そして、地下から上がってきて、ふと気が付いたら、

『あれ、ここは、初めに僕が気が付いたところやないか…』

と思うと、少年がいきなり

「あ!忘れてた!お兄ちゃんがこの時間ここに通らんようにするのが僕の役目やったのに…!」

と言って僕の腕から脱出して、10mぐらいの片面が壁になっている渡り廊下を走り出しました。

『何や急に?それにここを通らんようにってどういう事や?』

「早く!こっち!」と、少年は走って向こう側の出入り口の手前で急げと手招きをしている。

『何や、こんな夜中に誰もけーへんって』と思いながら僕は彼に笑顔で近づき始めました。

すると急に横から大型車が突っ込んできて僕ごと片面が壁の渡り廊下に激突しました。

『僕が死んだら、またあの少年は一人ぼっちやんか。ほんま何でも詰めが甘いな僕は…せっかく前向きになってきてたのにな、仲良くなれたのに、できれば僕がいなくなっても楽しい明日がやってくるって思えるようになって欲しいな…』

と思いながら、いつまでたっても痛みがやってこないので『あ、これ夢や…』と思って目が覚めました。

僕は少年を前向きにする役目が、少年には僕を死なせない役目があったのですが…

まあいいや、悪夢にしては良くできた話やな…と思ったので、忘れないうちに記事にしました。

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2012年4月20日 (金)

健康診断

今日は会社で健康診断がありました。

去年の健康診断は休みの日だったので、前日の夜から何も食べないでなおかつちょっと運動して診断に臨みましたが、

今年は診断に備えては一切何もしませんでした。

でも体重は減ってたのでOKでした。

前年は嘘データとなりましたが、今年は嘘データでは無くて、正真正銘本当のデータです。

予定が15時で始まったのは16時前からでしたが、昼食はがっつり食べたし、いつもなら残すペットボトルのお茶も全部飲んでもたけど。

それでも1kg以上減ってたので、かなり余裕があったんだろうと思っています。

この職業をしてると、やっぱ売ってる惣菜をお昼に食べることが多いので、塩分多めになってしまうので、血圧が高めの人が多いんですが…

これまで、よく考えたらですね。

ベルトを強く締めすぎてたので、結構血圧がいつも高かったのですが、今回はベルトを緩めて血圧対策としました。

何でそんなにベルトを強く締めているのかというと、スラックスの尻ポケットの左にメモ帳、右に財布を入れ、なおかつ、ポケットを一つベルトからぶら下げているので、かなり重たいんです。

だから、きつく縛ってないとずり落ちてしまうんですよね…

という訳でいつも縛ったまま血圧を測ってたんですが、そりゃ血圧も高くなるわな…って言う話ですよね。

で、今回は緩くしたら、一発OK。健康っていいですよね。

毎年健康であることに、頑丈である事に頼りすぎているふしがあるんですが、今回も面倒で、せっかく共済会から援助が5千円もあったのにオプションを使用せずに捨てました。

まあ、共済会といえど、会社のお金です、使用しなければ、会社のお金を使わずに済んだと考えるのがいいでしょうね…

ある程度歳いったとはいえ、まだ32歳です。健康そのもののはず。

足は痛いけどね。内臓疾患とはにはまだ早いでしょう。

とはいえ、35歳になったらいろいろと強制で受けなくてはいけない検査が増えてきます。血液検査とか、心電図とか…

今回受信された50代前半の方々の中には不整脈だったり、お腹がやばかったり、内臓が弱ってたりと、いろいろあったみたいですが…

「やっぱ50にもなるといろいろ体があちこち痛んでくるんですかね?」

「いやいや、私ら好き勝手してるからやん。」

「好き勝手?」

「そうそう、やっぱりちょっと我慢せなあかんねやろな…私酒辞めなあかんわ。」

「でも我慢するのは若いときだけで十分なんとちゃうの?」

「いーややっぱりちょっとはせなあかんわ、どんどんと悪い方へ言ってまうし。」

「僕なんかは今だけやって思ってやってるんですけどね。」

「私Fさんぐらい動いたらちょっとはマシかな?」

「僕なんて大して動いてないでな。」

「いやいや、私らはもっと動かなあかんわ…今日実感したし。」

「先生にそんな事言われたん?」

「まあまあまあ。」

「ふーん…」

とかいう会話があったり。元気そうでも、やっぱり体はあちこち痛んでくるのかもしれないですね…いや、そう考えるより、

みんなどこか痛んでるけど、それを表に出さなかったり、慣れてしまってたりするだけなのかもしれないですね。

50にもなると相当なタヌキにはなれると思うし。

30そこそこで、20代ぐらいの食欲を抑えられずに時々胃薬を飲む今の生活も異常な話です。

消化不良を起こさない為とはいえ、もっと食事量は抑えれるハズなんですよね。

何というか、体に合った食事量を食べる事ができるはず。

見た目に合った食事量じゃなくてです。

これから来年にかけて、食事量をいかに落とすかという事を課題にしていきたいと思います。

そして来年も体重減としたいと思います。

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2012年4月19日 (木)

他の家の事なんて知りたくないんだけど…

休みの日に台所にご飯を食べに行くと、ばあちゃんがいつも話をしたがるのですが、それについては、普段話し相手が、遊びに来る近所のばあちゃんばっかりだから、たまに家でご飯を食べる僕に話を聞いてほしいんだろうとは思うのですが…

口を開けば結婚結婚です。だから、この前大人げないとは思うのですが…

「そんなに結婚結婚って僕を追いつめて何が面白いん?しょーもない嫁さんもろてきたらこの家終わるでな?ええ嫁捕まえなあかんねやったらもっと様子見んかいな。今日日ええ嫁探すんは難しいんやで!」

と言いました。それからというものあまり言わなくなりました。いつまで続くかはわからないですけどね。

そのかわりに、言い始めたのが、近所の家の噂話です。

おそらくはばあちゃんの友達があれこれと噂を吹き込んでいるんだろうと思いますが、噂なんていうものは信用できません。

特にこういう田舎の村落に広がる噂なんて、尾ひれがついてて聞けたもんじゃありません。

まるで子供のまま大人になった人間ばかりがこの村にいるように感じられます。

噂話を鵜呑みにするわけじゃないですが、そういうのを聞くたびに、自分の住んでいるこの村が、いかにドが付くほどの田舎であるかという事を思い知らされてしまいます。

車があれば、特に生活するに困る事はないし、インターネットも携帯電話も普及しているから、生活に全く支障をきたさないんですよね。

自分が働いている会社のこともあって、食べ物が手に入らないという事は、今の世の中では全然ありません。しかも割安。

だから忘れがちだけど、そういう生活をしている人間ばかりではないという事は覚えていないといけません。

インターネットだって、壮年夫妻のみの家なんて回線すらつないでないし、携帯電話も持っていない家もあるでしょうし…

車じゃなくて、バスで移動している家もあるでしょう。

欲しい本だってなかなか手に入らないでしょうし、学校へ通うのも、実は山間の村では一苦労です。チャリンコとかバイクが主流になりますしね。

要するに何が言いたいかというと、すごく閉鎖的な雰囲気を持っていて、少し上のおじさんおばさんになると、便利なものを取り入れようという気さえ起きないようなのです。そういうところが、田舎をより田舎にして、じめついたイメージをもたらしてしまうのではないのか?と思ってしまいます。

田舎が嫌いなわけではありませんよ。

現に、僕はここに住んでいるわけですし、何不自由なく暮らしていると思っています。少し町部に出ると、森が少ないので、夏なんて気温の上昇が著しい上に空気が汚いきがするし、町部だからといってオシャレってわけじゃなくて、田舎は田舎ですからね。だったらおちついたこのド田舎にいる方が癒されます。

高速インターネットができたら、それだけでネットショッピングは楽しめるし、こうしてブログを書くこともできるし…ってどっちも高速である必要はないんですけどね…

要するに、都会でしか手に入らないようなものは、現代においてほとんど存在しないのではないでしょうか?

まあ有名人とか著名人がらみの限定商品は違うでしょうけど、そういうのって手に入れた瞬間にモノとして使用しなくなりそうで、僕は実はアンチだったりします。

田舎にいても都会に近い生活はできます。

でも都会にいて田舎の生活はできません。

そういう意味では、都会は便利と引き換えに何かを失ってしまっているのかもしれません。

今よりも若いうちは、都会に出て仕事がしたい。という願望が少なからずあったし、友人の間にもそういう空気が流れていたのは確かですが。

今となってはみんなこの、自分たちが生まれて育った町が好きで、できればここで生活したいと思っているようです。

住めば都とはよく言ったものだろうと思います。

だから、少し上のおじさんおばさん方が閉鎖的というのは少しは気持ちは分かるのです。

が、僕としては、もっと人間的にいろんな情報を取り入れて成長して、成熟していく必要があるのではないかと思うのです。

嫁姑問題だって、ものすごい醜い…というかガキかそいつら…というようなしょーもなさ、面倒さを感じずにはいられないのです。

子供の頃に再婚した両親。大人になってオトンが死んだあと、継母を他人扱いしている家もあるみたいですね。本当はもっと酷い事を聞きましたが、恐らくは尾ひれで、現実はその辺りでしょう。

家族なんて、一緒に生活していく共同体なんだから、仲良くいけばいいのに、何でそれができひんのか訳がわからない。それはまあオトンにも言える事なんだけども。

家族は夫婦と違って選んで家族になったんじゃないから、いけすかん事はそれぞれにあるんだろうけど、感謝といたわりは忘れてはいけないんだろうと思います。

僕も、それは持ち続けて行こうと…思ってはいます。ばあちゃんにはできるけど、両親にとなると、努力がいるなあ…

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2012年4月18日 (水)

なめられやすい仕事

この仕事ってすごくなめられやすいと思っています。

僕が、この仕事を選らんでなければ、恐らくは僕もそうだったと思います。

「スーパーの仕事なんて、お前がおらんとどうにもならん事ないやろ」とか

「社員がおるんやったらそいつにやらせたらええやろが」とか

「バイトのお前にそんな責任無いやろそんな無理する必要ないやろ」とか

僕がもし、嫁さんがいて、きつそうにしてたら、『やさしさのつもり』でそういう事を言うでしょうね。

でも、もし僕がその立場で、サボってるならまだしも、限界ぐらいまで頑張ってる社員がいる現場を目の当たりしていたら、そんな言葉に同意はできない。

同意できるのは入って間もない頃か、何も考えずにワーカーに徹している人か、ダンナが絶対権限を持ってる人かのどれかでしょうね。

仕事は仕事なんですけどね。

例えば、オフィスでも工事現場でも10個あるうちの仕事の3個を任されてたとして、その人が休んだら、その分の仕事は、休んでない人に移りますよね。

働くという事はそういう事です。

自分がやるハズだった仕事が消えるわけでもないですし。

だけど、それはダンナだって分かってるはずなんです。なのに何でそんなに簡単にそういう事が言えるのか。

ですよね。

それは嫁さんの方が、仕事の話の愚痴を言っている可能性があるからでしょう。

嫁さんの方は、別に愚痴のつもりはありません、ただ仕事で、今日あった話を聞いてもらいたいだけなんですよ。

だけどいいところなんてあんまり印象強く残ってなくて、悪いところは印象が強いもんだから、悪いところの報告が増えてしまうんですよね。

元々、仕事から帰ってきて、さっさとご飯食べて寝たいダンナとしては、話なんか聞きたくないのに、聞かされ、しかもそれは愚痴(に聞こえる)必然。

「そんな最悪な職場辞めたらええやろが」(それで愚痴が消えるならその方がいい。他にも働くところなんていくらでもあるやろ…)

となるわけですよ。

他にもこの仕事に入る入口で、『商品出すだけの仕事ぐらいなら私にもできるかもしれない』とまあ、簡単に考えて入ってくる人もいるのですが。

まあ、覚えることも仕事も沢山あって、そんなに簡単なものではないんですよ。

結果、疲れて家の仕事が追いつかない日が出てくる。そしてダンナに『辞めちまえ!』なんてことになるケースもある。

『こんなに大変だとは思わなかった。』

というのが実際の感想です。実際にめっちゃ良く聞きますよこういうのは。

この仕事をなめないでください。

僕はこの仕事に誇りを持って取り組んでいます。奥の深い仕事だと思っています。それに、奥の深くない仕事は少ないんじゃない?

奥の深くない仕事も、そりゃ中にはあるかもしれませんが…

某チェーンストア雑誌でもアルバイトさんが長続きしない人が長続きしない理由の一番は、『こんなに大変だとは思わなかった』というモノです。

お客さんになめられ、アルバイトさんになめられ、この仕事は、本当はプライドを持って取り組まなくてはやってられません。

なのに、サスペンス劇場とかの2時間ドラマで、不幸な身の上の人はみんな決まってスーパーでレジを打ってるんですよね…ちょっと勘弁してほしいんですけど。

不幸な人=スーパーでレジ

こんな図式ちょっとおかしくないですか?

コンビニアルバイト=学生

っていう図式とよく似てたりしますけどね。

こういうの、テレビとかでやりすぎるの良くないと思います。よしんば、原作がそうであっても、それは映像化する時に違う職業に変えてもらうべきですね。

だって原作も、そういう2時間ドラマの刷り込みの影響が強かったに違いないんですから。

ええんちゃうん?不幸な人が別に不動産屋で働いてても、ええんちゃうん不幸な人が別に広告代理店で働いてても、銀行員やっても。営業してても。

何でスーパーなわけ?

ちなみに、不幸な身の上の女性で若ければ水商売、若くなければスーパーという風になってることが多いですよ。

今度2時間ドラマ見る時にはそれを注意して見てみてはどうでしょうか?

とはいえ、あんまりこの仕事をなめないで欲しいですね。誇りある仕事だと思っているので…

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2012年4月17日 (火)

朝と夜はまだ寒い…

昨日は、頑張ってこたつを片づけたので、すごく部屋が広くなった感じです。

でもまだ朝と夜は寒いかも。ちょっと早すぎたかな?と思いながら、もう一度出すのも何だから、とりあえず布団をかぶって様子を見ようと思います。

気が付いたら新入学も終わってるし、そういう意味では、桜の開花は遅かったのかな?

だって、僕の高校の入学の時は全然卒業の時は早くて梅の花でしたし。

今年は、入学の時は、桜の花はそこそこの見ごろを迎えていたようです。

綺麗な桜の花をバックに写真を撮る事が出来たのではないでしょうか。

いいなあ。

桜の花は風流でいいんだけど、花見をするぐらいには花粉が台頭してきているので、もう最悪にくしゃみが出るのです。

マスクをしても限界がありますからね。

でも、桜の花は好きなんで、花見はしたいんですよね。些かのジレンマがあるのが余計にそれをよく際立たせたりします。

とはいえ、実は僕の家から10秒ほど歩いたところにお地蔵さんがあるのですが、そこは公園になってて…いや、公園と呼べるほどのものではないんですが、そこには、僕が子供の頃から既にボロッちかった滑り台が今もあって、いつの間にかブランコは無くなってって…

桜の木が二本植えられていました。ただ、身近にありすぎて、花見なんてしたことがないんですよね…昔は結構車もお地蔵さんのところを通っていたしね。

昔はそういやベンチもあったよな。今はもう無いけど。

二本の桜の木のうち一本は、雷が落ちて、真っ二つに割れてしまいました。

残りの一本はその割れた桜の木の半分ぐらいしか無く、何かちょっと頼りない感じでしたが、それでも、まだ一本残ってるという事に、何がしかの安心感を得た事は確かでした。

その後、あんまりお地蔵さんの前を意識しなくなっていったのですが、最近、ふとそれを見上げる事があって…

おいおい、結構大きくなってるやんけ!とびっくりです。すごく立派に成長しているではありませんか。すごくきれいに花を咲かせていたので、思わず写真を撮ってしまいました。

120416_124054どうですかね?このころでそろそろ8分目ってところだと思います。何せ家から10秒ぐらいのところにあるから、スタートしてあんまり見なかったりしますからね…
もう、あんまり見なくなって20年ぐらいが過ぎますから、立派になってて当然でしょうけども。それでもめっちゃきれいな花をいっぱい咲かせるその桜は本当に誇らしげでした。

家に帰ってせっかくだから僕の植えた桜の木も写真に収めました。

写真が下手なので、何が何だか分からないですね…

120416_144342

ものすごく薄いピンクというか、むしろ白い花でした。

早く大きくなってほしいなあ…

上のお地蔵さんのところにある桜の写真と比べたら本当に赤ん坊みたいです。

強く、太く大きく、美しく、たくましくなってほしいですねえ。

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2012年4月16日 (月)

腫れている足。

前日、遅番勤務で深夜に返ってきたのですが、今日は歯医者があったので、寝てしまうと、ちょっと起きる自信が無かったので、うとうとしながらも、起きておくことにしていました。

『よし、そろそろ身なりを整えて歯医者にでも…』と思った矢先、ばあちゃんが

「病院に連れて行ってくれ。」との事。ばあちゃんの頼みなのでもちろん断る事はしませんでしたが「愚痴は言わせてもらうでな!」と言って愚痴を言いました。

「なんで、病院行くって決めてるんなら前日昼まで家に居たのに言ってくれへんの!今日そのつもりなら、目覚ましセットして無理やりにでも寝たのに。歯医者だけやと思ったから、寝んと帰ってきてからぐっすり寝るつもりやったのに…」

とまあ、思いのたけを愚痴ったのですが。

何でも、左足が腫れてきてて、どうにもスリッパも履けないぐらいになっているというのです。

普段から6枚も7枚も着込んでいるので、分からないのです。

靴下だって3枚もボワボワのやつを履いています。実際腫れてきてると言われて足を差し出されただけではよく分かりませんでした。

靴下を脱いで出されて初めて『うわ、これごっつい腫れてるわ…』と思ったぐらいです。

「これだけ腫れたら痛いんとちゃうん?なんでこんななるまでほっといたんよ。黙っとっても良うならんでな。すぐ医者に行かんかいな!」

「いいや、全然痛くないねん。こないだ内科の先生に診てもろたら、それは整形外科に行ってくれな分からんって言われたんやけど、整形外科に行っても、骨はどないもなってないって言いよった。」

「そりゃそうやろ、痛みが無いんやから骨や筋に異常なんかあるかいな!ちゃんと説明したんかいな?」

「へへへへ。」

「してないんやろ?…もう、そりゃ整形外科行け言うわ。僕が医者でも足が腫れてるから見てくれって言ったら整形外科行け言うわ。痛みが無いんなら内臓疾患から来てる場合が多いんやで!、ちゃんと内科に行ってみてもらわなあかんわな。」

「そやから今回は●●子さん(近所の婆さん)がいう所に行ってみようと思うねん。あそこはええ言うて教えてくれてねん。」

「また近所の婆さんの事鵜呑みにするんか。この前も何や忘れたけど病院に先にいっときゃいいもんをどこぞの婆さんのいう事聞いていつも診てもろとる先生のところに行かんと、おかしなことしとったよなあ?一体何が基準なわけ?医者のいう事より近所のババアが言う事の方が正しいんか?それやったら新しいところも連れてく意味ないでな?」

「へへへ。」

「へへへちゃうわ!こっちは本気で心配してるんやでな、連れて行ったげるけど、ちゃんと足の説明してよ?僕これから歯医者の予約があるから、送ったらすぐに向かわないと時間に遅れてしまうんやから。」

「はいはい、はな準備するわ」

といいつつ、僕はそろそろ出なくてはいけない時間を過ぎて焦ってきているのに、ばあちゃんは何故か朝食をまだ食べて無かったといい、牛乳を温めて飲み始める始末…

「ちょっと…もう呆れて何も言いたないけど…突然連れて行けっていうんやからちょっとは僕の気持ちも考えてくれへんかな?ちゃんと予約の時間に歯医者に行きたいんやけど…」

「ほな行こか。」と潔さを見せたつもりかどうかは分からないけど、とりあえず入れた牛乳は飲んでしまってから玄関へと向かって行きました。

僕はというと、エンジンをかけていつでも発信準備OK。にしておいたんだけど…

なかなか出てこない…

『何してるんだ…』さすがにイライラきました。

「何?僕よりも先に出て行ったのに何でいつもよりも遅いの?」

「よそ行きの靴履いとるねん。」と言ったものの、まだ履いておらず腰かけの前に置いてある状態でこれから替えるところでした。

「そんだけ足腫れてるのに…スリッパでよろしいやんか。入るんかいな?」

と言っている間に入ったみたい。

「じゃあいこか。」

「あの車の新しい方車に乗せてくれんこ?郵便局に後で行くから。」

というのは、高齢者向けの手押し車。じいちゃんが使ってたよそ行用の分でした。

「わかった、載せるからもう車の方に行きよってくれる?もうぎりぎりやわ。」

そして車で初めての医院へ向かう。場所は知ってたので迷うなんてことは無いんですが。歯医者が終わった後に携帯電話へ電話をしてもらうように車の中で名刺に僕の番号を大きく書いて渡しました。

大きく書いたのは、表面の小さな文字だと見えないと思ったから。

歯医者に着いた時は予約の時間を2分過ぎていました…

心の中で舌打ちをして、「遅くなってすいませんお願いします。」と言って診察券と保険証を出しました。

終わって丁度一時間、そこからガソリンを満タンにして、『そろそろ電話が合ってもいい頃か…』と思い、医院の方へと向かいました。

あと500mぐらいで医院か…というところで電話がありました。どうも郵便局員の方が親切にもかけてくれたみたいでした。

僕は『全て終わったから迎えに来い』と言っていると思っていました。だって郵便局から電話ですからね、当然もうお金もおろしてるんだろうと思い込んでいました。

「もう向かってるからすぐ着くと思うで、ちょっと待っとってな。」と言って電話を切りました。

だから、本当はダメなんだけど、郵便局の入り口の真ん前に車を止めて、ばあちゃんがすぐに乗れるようにドアを開けて、中にばあちゃんを迎えに行きました。

ばあちゃんはカウンターから壁際の椅子にむかってヒョコヒョコと歩いている所でした。

『ああ、お金降ろしたんか、』と思いながら、「ほな帰ろか。」と言ってばあちゃんの背中を誘導しようとしたら…

「まだお金降ろしてないのに何で帰るのんや?」

というのです…目が点です。

『まだ降ろしてないのに何で電話してきてん!』と思いましたが、他の人もいる手前。「ちょっと駐車場が近くに無いから前に無理やり止めてるねん、とにかく乗ってくれへんかな?」

と言いました。まさかの返し

「なんでえ、止めるところなんかぎょーさんあるやないか。」

「ないわ!郵便局の駐車場は満杯やし、ここは密集地やから駐車場なんか無いやんか。」

「ほな今日はもう降ろすのいいわ。」と言って外に出る。

乗り込んだ後で「駐車場が近くの郵便局に行くから、そこで降ろそ、あそこは場所が良くないわ。」

と言って説得して他の郵便局に行きました。

振り回された感のある休日になりました。

ちなみに、足はなにもなく、ただむくんでいるだけで、薬を飲めばすぐに治るそうです、お年寄りにはよくあるらしく、着込んでいる人とかだと、弾力性を失ったどこかの管が詰まるとそうなるらしいのです。

病気から来るものではないので安心しました。

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2012年4月14日 (土)

インドア派

何で、こんなに外に出たくないか。

そりゃ疲れるからに決まっています。疲れ?じゃあ疲れはどの程度まで?

仕事に影響しないぐらいまでの疲れならいいんとちゃうのか?そんなに疲れる疲れるって、どんだけ体力ないねん!!

とまあ、突っ込み入れたくなる気持ちもよく分かるんですが…

だからこそ、少しずつでも外出しようとしてるんですよ…

休みの日に外に出たくない理由は?

①休みなだけに、ゆっくりしたい。

②そして体力を回復させて次の日からの仕事に備えたい。

③足痛い。

④外出するとやっぱりお金を使ってしまう…

この中でも特に①と②が90%をしめています。何日か前にも同じような事を書いたと思うのですが…

要するに、仕事をしている時間が長すぎるんですよ。

実に一日の6割以上も仕事をしてれば、そりゃしんどいわ。それも毎日ですからね…

本来であればその半分ぐらいです。

要するに何が言いたいかというと、疲れが溜まりまくっているので、休みの日は休まざるを得ないんですよ。

生活の中心が仕事だから。

家で体力を回復させたり、足をマッサージしたり、普段3時間ぐらいしか寝れないからまとめて寝たり。

そういうのは、全部翌日からの仕事で、これまで通りより良い仕事をするため。知識を集中力を、活発な動きを。それらを円滑にするために休むのです。

全部仕事のためです。

あ、一応言っておきますが、「仕事のせいだ」と言っているのではないですよ。仕事の為です。

プライベートでの事で、仕事への影響は最小限に抑えたいと思っているんです。それが、僕の考えるプロとしての誇りだと思うからです。

仕事の時間が増えてしまっているのは、僕自身だけの問題では無いので、何ともいえないのですが、本来であれば、仕事も、プライベートに影響を出さないようにきっちりとしなくてはならないのでしょうが…

今現在となっては夢物語です。

家に帰ってきて、ご飯食べて、ちょっとあれこれして、ふと時計を見たら0時になってるし…

時計を見る余裕もないときもある。

さあ、休みの前の日の夜、『ちょっと長く起きてよう』とか考えてても、気が付いたら眠っていたりします。

しかもソファで寝ると姿勢が悪いから全然疲れがとれた気がしないんですよね。

そして第二ラウンドです…まあ休みの日は第二ランド第三ラウンド第四ラウンドとかもあって、その後にまた第一ラウンドが…

最近はゆっくり読書もできません。

恐らく、マスクをして寝ているので、深く眠りに付けないんだろうと思います。疲れも残りやすいし。

そうなると、ますます休日の睡眠時間が増えてしまいます。

今のこの状態で遊びに行くのはやっぱり…リスクがあるように思います。

友人や上司やもういろんな人に結婚やら恋人作れやら言われますが、こんな状態でそんな事できますか?

無理です。物理的に無理です。マジでそんなの続いたら死んでしまいます。

そうでなくても、よほど理解力がある女性だったとしても、離れていきますよ。

だってもっと稼ぎが良くて早く家に帰ってくる人間なんてうなるほどいますからね。僕である必要が無い訳です。

だったら、そんなのは切り捨てて仕事に精を出した方が100倍建設的だと思いませんか?

その方が、いざこざでテンション上がったり下がったりする事もないし。それで仕事に影響が出ることも当然無い訳ですからね。

安定的です。安定という事はつまり理想的ですし。

以前はこんな生活は人間らしくないから嫌だと書いたんだけど。

割り切ってしまうと『別に、他にすることもないしいいか…』と思います。

多少なりとも、『やっぱり結婚とか考えた方がいいよな?』と思いかけていましたが、物理的に無理だから、そんな事考える必要ないですよね。

何か一つ悩みが解決したみたいでスッキリした気がします。

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2012年4月13日 (金)

三重苦

僕じゃないです。

いやね、先日、京都祇園で痛ましい事故?事件?が発生してしまいました。桜の花も丁度満開を迎えて、花見の観光客も集まる時期、交差点で車が突っ込んできて、多くの方々がお亡くなりになりました。

何でもない日常生活の、何でもない行動、ただ、そこにいただけ、その瞬間にそこを通りがかっただけで、一瞬にしてその人の人生は終わりを告げてしまったのです。

いつ終わるか分からんのが人生だけど、みんな明日が来ると思って生活してるものです。

自分が、まさか交通事故に遭って、一瞬にしてこの世を去る事になるとは、可能性として考えたとしても、まずないだろうと考えているのがふつうだろうと思います。

自分の大切にしている人に挨拶もできず、身辺整理もできず、最後に好きなモノでも食べるか…なんて考えることもできず。

人生最後の言葉があ、青になった。と独り言をもらした感じの言葉だったりするかもしれない。借りてたものを返せなかったかもしれない。

もしかしたら、幸せの真っ最中だったかもしれない。

でも、そんな事はお構いなしに、高速で鉄の塊が自分に突っ込んできて、訳も分からぬまま、人生がおしまいになる…

まあ、人間なんて生まれてきたら、死に向かって走っているものなんですが、みんな明日があると思ってるから、失う覚悟なんてまずしていませんからね…

不運というにはあまりにも突然で、あまりに理不尽に奪われてしまった命、ご遺族はみんな大混乱でしょう。かける言葉もないですよね。

しかもこれは、殺人では無く、事故だから、余計に気持ちをどこにぶつけたらいいのかわからない。

被疑者も死亡ですからね…

被疑者は30歳男性。どうやら「てんかん」の発作をお持ちだったようです…

現在、この日本では癲癇患者の方は運転免許をとるには、二年以上発作がでていない事に加え医師の診断書が必要です。普通にしてたら二年間ぐらいは大丈夫みたいですね、最近は薬を飲んでれば…の話ですが。

でも、実際、免許を取得してからも発作は起こりえます。

運転免許が無いと、このご時世、生活していけないんですよね。

癲癇患者の人の中には、自分が癲癇持ちであることを隠して、運転免許を取得する人が後を絶たないそうです。

そりゃそうですよね。今日日、運転免許持ってないと、特に男性は、

『え?この人車の運転もできひんの?』と思われるやないですか。

何が言いたいかというと、癲癇の発作をもっていても、それを、隠して運転免許を取って生活する事は責められないという事です。

もちろん、事故を起こしたらそれについては咎を受けるべきだとは思いますが…

しかし、野放しにするのは、やっぱりできないとは思います。だって、それを野放しにするという事は、今回のような事故を誘発することと同意だからです。

じゃあどうすりゃあいいのか。

答えは車の運転システムにあるのではないでしょうか?

電気だけで走る車が実用化されたんですよ。アクセル・ブレーキが大よそのタイミングでズレ始めたら自動運転になるとか。

心拍数とか呼吸とかをシートとかシートベルトとかで管理して、異常を期したら自動運転になるようにするとか。

思えば、そういうシステムって全っ然ですよね。

車はあくまでも…快適に暮らす道具…

なんていうCMがありますけど、今もあるのかどうか知らんのですが、運転をゆだねるシステムは無いのか?

チェンジだけがオートマチックじゃなくて、運転もそうなればいいのに…

いつ起こるか分からない発作や、認知症とか、健忘とかもそうですよね。

そうなったときにイザという時、使えるシステムの構築は…これだけ技術の進んだ世の中なのに、何で出てこないのか。

つまり、必要に迫られていないという事ですよね。

低燃費はもういいんじゃないの?ガソリン代は確かに高いけど、生活逼迫しているけど、低燃費の車を買う事なんてできない。

低燃費のエンジンの開発はある程度のところまできてるんじゃないの?

それよりも、自動運転とか、センサーとか、信号色彩認知システムとか。そういうのが必要なのでは?高齢化社会にもそういうのは大切ですよね。

これから高齢化社会になるってのに、それに対してできた車関連といえば、高齢者マークと70歳以上の免許の法律ぐらい。

どれもこれも奪うものばかり。飲酒の法律もきつくなるし。まあ、それも必要ですけどね。

それよりも自動運転システムを作る方が建設的やと僕は思うんだけどなあ。

需要もあると思うんやけど。

システムの暴発で事故が起こる事が怖いから、どこも踏み切らんのかもしれないですけどね。

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2012年4月12日 (木)

久々に

バラエティ番組を見ましたけど、こういうのばっかりなんでしょうか…

テレビも時々はみなあかんと師匠が言うので、見てみたのですが、CMだけでよさそうですね。

何ていうか、ヒッパリ過ぎ?っていうのかな?

CMの前から『ついに発表!!』みたいに言ってていざ発表ってなったら『次のCMの後で』ってなってるし、更にその発表も散々じらしにじらしてから発表になる。

初めに発表ってなってから、ちゃんと全て発表されるまでの時間、なんと30分以上。

こんなのが普通に一時間番組って言えるのか?

そこまでしてみたいとは思わないけど。そう思う人がいてるって事なのか?

サッとやってサッと発表したらいいのに…

思えば、僕がテレビをあんまり見なくなる前もバラエティ番組って面白くなくなってきてた。

もっと前は、コントとか、漫才とかも、視聴者とか、観客の事を考えたものだったハズなんですが。

今は、バラエティやってる芸人たちが、自分たちばっかりが楽しいばかりで、視聴者を置いてけぼりにしているのが多すぎるような気がするんですよね。

一体その番組で何を発信したいんだか分かりませんね。

笑いやエンターテインメントとしてバラエティ番組が存在するんだとしたらその領域をすこし外れてきているんじゃないでしょうか。

最近のは何か、大御所と言われている芸人と、そこそこテレビに出てき始めた芸人、そしてそれにも満たない人間の救済のための番組として存在しているように感じます。

まあ、ザックリと言ってしまうと面白くないって事です。

トーク中心でも、コント中心でも全然かまわないけど、自分たちだけが楽しい番組って何?

そんなのを視聴者が求めているとでも?

何せヒッパリ過ぎやし、自分ら中心やし。

そりゃ、中にもちゃんと(?)したやつもあるけど、気になる結果をCMで引っ張りすぎるってやっぱり良くないよな。

しかもそのCMが結構な長さやったりするんですよね。

僕は、元々その番組に興味があったわけではないので、イラっとしてテレビを切ってしまいました。

引っ張る理由がわからん。興味ある結果と興味ない結果とか関係なしかい!

って言う感じだったので。

そんな事しなくてもCMの方に魅力があればチャンネルなんて代えないんじゃないん?って思うのは主観ですが、番組を引っ張ってCMを見せようなんてやり方が汚いように感じてしまうのです。

ちなみにテレビドラマはそこそこ見ますよ。

いつも書いていますが、情報番組とかは、思想を誘導されているみたいでなんか嫌なんですよね。最近新聞も一調子だし。

でもそういう番組とテレビドラマは違いますよね。

ドラマは真実じゃなくても全然いい。けど情報番組は不確かな情報源でも偏って報道しまくったりしていますからね。

そのくせ、踏み込んだ報道はかなり少ないし。

『あ、結局知ってること以上の報道はないんか…』というのが毎回の感想ですが…

テレビドラマは、オリジナルのものが面白いですね。

小説原作のものは、結局原作を超えられないものが多いですし、漫画原作はがっかりなものが沢山ありますからね。

久々に番組を見たと思ったら、批判ばかりで仕方がない奴です。僕は。

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2012年4月11日 (水)

普通自動車免許

久々に講義形式の授業?を受けたのですが、やっぱり日ごろの睡眠不足が祟ってか、もう眠いのなんの…

別に、面白くない話をしているわけではないんですが、どうも眠い眠い…

でも、5年前はどうだったんだろう…と思い出してみる。

5年前は、確か免許は青色。

青色で、初めてゴールド免許になるって時だったと思います。前回の更新から、まあ、3年で更新になったんだけど、普通自動車の免許を取得してから、もうすぐ5年目と言う時、4年前の事故の記録が残ってて、

普通自動車免許を取ってから無事故無違反だったけど、青色免許になると言う煮え湯を飲まされました。

当然、付近2年間に大きな罰則・違反を受けていないので次は5年…つまり自動車免許を取得して無事故無違反で9年間過ごして、やっとこゴールド免許になったのでした。

で、去年の2月末に残念ながら一旦停止で捕まって切符を切られてしまった訳で、今年は軽微な違反一回という事で、次の更新は5年後。

という事になりました。

そんな事情の中での更新の受講だっただけに、気持ち的な部分で、やや緊張感が持てなかったのかもしれません。

9年も持ち越して一回の切符で更に6年。の持越し…という面でモチベーションが保てなかったのかもしれません。

講師の人が言っていたのは、交通安全をこれからも実施してくださいという事以外は大きく分けて3点。

①運転免許証が今年の春から『中型自動車』という区分ができたから、今まで普通自動車で乗れてた分が乗れなくなるので、便宜上『中型自動車』と表示がなっています。が、普通自動車の免許ですので、『ただし5.5tまでに限る』とかが書いてある。との事。

②高齢者の年齢により、適正検査みたいなのを受講して、ちゃんと認められた人だけが更新できるようになります。との事。

③シートベルトは全座席の人ができていないと、その分だけ点数が引かれます。との事。

あとはザッとビデオ見て、それの確認と交通安全の確認。

ゴールドになる時は、30分の講義だけでしたが、事故の映像が怖いビデオだなと思いました。

でも、今回は眠かった。

この意識の差に僕の直感が警笛を鳴らしています。

5年前は、まだ事故の後遺症というか、心的外傷後ストレス障害が残っててアクセルを踏むことに恐怖を感じていたから余計に怖かったと思います。

何が怖かったって、人の命を奪う事に恐怖しました。

相手が、進路妨害をしてきただけで、僕はただ走っていただけでしたが、車で、相手の車の腹に突っ込む時、本当にスローモーションのように見えました。

近寄ってくる相手。驚いている表情までちゃんと確認できます。へしゃげる車のドアと自分の車のフロント。鉄板越しにすぐ傍まで来る相手。衝撃で離れていく車…力なく離れていくように見える相手の姿。シートベルトもしていないのも確認できた…

『あ、これは相手の人死んだかもしれん…』そう言う風に思いましたが…それは大丈夫でしたが…

普通に走ってても、事故には遭遇する。車という道具は便利だけど、相手を簡単に殺してしまう道具でもある。

アクセルを強く踏むという事は、そのリスクが、その分だけ大きくなるという事。

そう思うと、アクセルを強く踏むことはできませんでした。

あの事故から、10年。事故で僕に安全運転義務違反は発生しなかったものの、僕の中に大きな傷を残しました。

とはいえ、この10年、様々なところでその壁を一枚一枚めくって削ってしていって、ようやく、それなりに、空気を読んだ運転ぐらいはできるようになって、そのうち、それが普通になって、標識を見落とすという失態もするぐらいになりました。

今までも異常だったけど、車が相手の命を奪う事がある道具であることには変わりがない。

そのところを、講習ではちゃんと学ぶことができなかった分、こうして振り返って書くことによって、認識を強めたいと思います。

今までほとんど違反を切られなかったのは、一重に運でしかないけど、これからも、もちろん運もあるけど、切符を切られないようにするためには、ほとんどの人が体験した事のないあの、『命を奪う事の恐怖』を思い出して運転していこうと思います。

こうして書いている最中にもかなり思い出してきて、鳥肌が立つぐらいですが…

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2012年4月 9日 (月)

そういう事なのか…?

変な夢を見ました。

前歯の一本が抜け落ちると言う夢でした。そのインパクトが強すぎて前後のやり取りは思い出せないんですが。

歯がぐらぐらしてて、あれ、これってもしかして抜けるんとちゃうん?って思って、ちょっと指で強く引っ張ってみたら簡単に取れてしまった。

前歯も前歯、上の歯の一番前の二本のうちの一本です。僕は前歯が大きいので一本抜けるとかなり隙間が空いてしまってて不細工この上ない感じになっていました。

そこで考えたのは、刺し歯にせなあかんって事、いくらかかるんかな?刺し歯って結構抜けるみたいやし、無くしたらまたつくらないといけないし、てか、この取れた歯をうまく戻したら、どうにかもう一回ひっつけられへんものか?

と言う風に考えて、本来刺さってたところにもう一度戻すように差し込みました。

多少違和感があるものの、どうやらうまくいったようで、歯は元通りにひっつきました。

今度、歯医者で前歯を治療…ていうか再形成するから、それでそんな夢をみたのかな?と思ったりしているのですが…

ちなみに前歯の一本はから揚げを食べようとしたら『パキャ!』って音がして欠けてしまったのです、それは、一度虫歯になって治療して、形成した部分でした。もう2年ぐらい前の事やったかな??でもそれ程大きく欠けた訳でもなかったので全く気にしてなかったのです、だから別に治療に通い始めても直してほしいところとして考えもしてなかったのですが、歯科衛生士さんが『気になると思うので直された方がいいですよ』と言うので直すことにしました。

気になるというのは、僕自身では無くて、その歯を見た人たちがって事らしいのです。

そういわれても『そんなもんか?』と思いながら「はあ…」とだけ答えておいたのですが…

そういう事も含んでそんな夢を見たのかもしれないですね。

早速、夢診断、と言っても本を見るだけですけどやってみました。キーワードは『歯』で調べました。

調べた結果、歯については生える夢は闘争本能がむき出しになってやる気の状態。

抜ける夢は自信を喪失して気力が弱まっている状態らしい…

うーん…こういう書き方はちょっとコールドリーディングに近いからあまり信用できないんですが、自信の喪失というのはちょっと言い過ぎかもしれないですね、ここのところそんなに自信を喪失するような出来事は起こってないんですけどね。

自信家の僕が自信喪失なんてことありえないので。

喪失は無いけどショックな出来事ぐらいはあったのかもしれないですね。

ショックな出来事…?

毎日ショックと言えばショックですし、毎日何もないと言えば何もないんですけどね。要するに想像の範囲を出ないって事でショックな事なんてそうそう起きないんですが…

先日書いた『34歳』の事、30歳には結婚した方がいいという事についてはちょっとそれなりに、ショックというか考え方を変えた方がいいのかもしれないなとは思わされたけども。

僕の持っている自信は今のところゆるぎないですね。根拠は何もないですが…

そうそう、話は変わりますが、先日固い蕾をつけていた桜ですが、もう少しで咲きそうです。去年植えて、今年には一応花を咲かせてくれるというのが何となく嬉しかったりします。

そりゃ、樹齢何年も経ってる木に比べたら、全然足元にも及ばないですけど、緩んで膨らんでいる蕾を見ると、ちょっと感動的です。

早く大きくなって部屋から見れるようになったらいいんだけど、一年一年、大きくなるのを楽しみに手入れをしていこうと思います。

変な病気には気をつけようと思いますし、ちゃんと万全を期して薬も常備していますからね。

今は小さな細い枝ですが、これから少しずつ少しずつ、大きくなって、きっと立派に育ってくれるハズ。

ちょっと気になるのが、小学校3年生の時に校庭に植え替えられた桜は、そこそこ太いモノだったのですが、卒業の時にもまだ、ほぼそのままで、中には枯れてしまってるものもありました。

校庭は栄養が少ないのかな?とか思ったりしていましたが、手入れはしっかりされていたはずですし…

もしかしたら細い木は細いままなのでは?と思ったり、盆栽とかの桜も小さくても見事な安定感の木があるけど、あれがあれ以上に大きくならんのは、もともとそういう種類だからなのか?

分からないですが、僕が買ってきた桜は、しっかり大きくなってくれるものだろうと信じる他ありません。

それに大きくならんのならそう書いてあるハズですよね。

学校の桜の木も3年では変わらんかもしれないけど、もしかしたら4年5年では立派になってたかもしれないし。

何より僕が手入れするんだから、校庭のよりは手厚くできるはずです。小学校には用務員さんがいなくて教頭先生と校長先生が月に一回程度草むしりをしてただけですからね。

それよりはいいはず。

ちなみにもう一点、恐らく苗木の付近には竹の根がしきつまっていると思います。そこで、しっかりとした根っこを、今現在もちゃんと貼る事ができているのかどうか、とても心配です。だからって掘り返してみるわけにもいかないし…

そんなに心配しても仕方がないんですけどね。僕には表面上についた害虫や、地面には肥料を巻くか、あとは願うことぐらいしかできないんですから。

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2012年4月 8日 (日)

ちょっとあせるやないか…

僕に向けられた言葉ではないですが、それを聞いて『うお!確かに…これはちょっとまずいのかもしれへん…』と思った言葉がありました。

それは一つ年上の独身の子に向けられた言葉でした。

「34歳っていったらもうダメやんか。」

これは結婚云々の話だったと思うのですが、どういう心境から出てきた言葉だったかはよく分かりません、まあ自分以外から発せられた言葉だから、何を意図してるのかなんて分かりっこないんですけどね。

一つ年上の子は今33歳です、僕は32歳です。次の誕生日でその子は当然34歳になるのですが…

34歳って言ったらもう35歳の手前ですよ。32歳や33歳って、なんか30代の初心者っぽいイメージが、何となくあるんですが、34歳となると、ちょっと変わってきて、中堅クラスに到達してしまうような気がします。

そういう意味では34歳と35歳と36歳はそんなに気分的には変わらないかもしれないですね。

これは僕の主観なんだけど、少なからず誰もが思っているんじゃないかと思っています。

そこで、ふと考えるのが『35歳ぐらいになってから、ゆっくり結婚とかのことを考えたらいいわ』という自分の考え方です。

当然僕は男なので、35だろうが、38だろうが結婚する年齢はそれほど関係が無いように思っているのですが。

人生において、結婚の可能性を考える上で、子育てに費やすパワーという意味で、ガムシャラに子供を育てていける年齢というのは、そうそう遠くない未来に終了を迎えてしまうのではないか?という疑問に到達したのです。

今まで結婚とかは全然考えたくもなかったし、考えるのが、半ば面倒になってたし、一番何よりも興味を持てないんだけど、僕は割と気まぐれな性格なので、ふとした瞬間に結婚を意識するようになったとしたら?

自分でも言っているように35歳ぐらいになってから考え始めたとして、そこから結婚に向けて結構まっしぐらにいったとしていざ子育てってなったら36歳、暴れまわる年齢の3歳ぐらいで39歳、運動会とかで大変になってくる6歳とかは更に42歳…

え、これちょっと大変じゃないか?

その年齢になったら運動なんて全くしてない自信がありますからね…

で、参考までにうちのアルバイトさんに「結婚するなら何歳までやなっていうのありますか?」と聞いてみました。当然既婚者の方です。職場で独身の女性にそれを聞くとセクハラになりかねないので。って言ってもみんな既婚者ですけど。

「ええ?そうですね、30歳ぐらいですかね?だって子供が20歳になった時に50歳ぐらいっていうのがいいんで。」

とか

「30までですね、子育てとかでパワーがいりますからね、男の人はあんまり気にしなくてもいいかもしれないですけど、女はそういうの気にしないといけないんで。」

とか

「男の人は別に40ぐらいでもいいんとちゃいます?どっちも若いと貧乏やし分からんことが多いから苦労しますよ。女は子供育てなあかんから20代ぐらいじゃないとできひんと思いますよ。私は30代で同じことやれって言われたらしんどいかもしれへん…」

アルバイトさんのほとんどが女性の方ばっかりなので、女性目線ばかりですが、ほとんどの人が女性は20代のうちに結婚しなくてはいけないという結論。

じゃあ30になってたらもう遅いって事か…

男は違うのか。というところに安心したりするのですが…とはいえ、運動会とか参観日とかもあるだろうし、子育てに関与しないという訳にはいかないだろうから、あまり後ろにずれるのも良くないんだろうなという事ですね。

今回一番遅いので「40歳でも…」という事だったので、まあ僕はそれぐらいがリミットという事で考えようと…。

あれ、でもそれじゃあ言われてた33歳の子って…?そういう意味でダメって事か。

基準を±5歳ぐらいで考えて…だとしても人によるか。

女性の主観として30歳というのが一種ボーダーラインであるのであれば、30代独身の女性はそれなりに焦るかあきらめるかしているという事か?

39歳の独身の女の人に聞いたのですが、結婚はあきらめているとの事でした。その人は可愛らしい人なんですが、『プライドの高い方だな…』という印象のある人でした。

そういうのは人によるんだろうとは思いますが…

確かにそういう年齢になると子育てとか大変そうですもんね。そうなるとやっぱり男がいかに助けてあげれるかという事が大切になるでしょうね。

という事は、男も女も結婚は30代までに限るという事かもしれませんね。だって子育てを助けようとしたら男も結構体力いりますからね。仕事でくたくたになってる暇なんて無いでしょうし…

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2012年4月 7日 (土)

カッコいいとは…

こういうものだ…というキャッチコピーで人気を博した「紅●豚」が先日やっていました。

帰ってきて少しして何となくテレビをつけたらやっていました。

確か、2年半ほど前だったか、見たような見てないような…

まあ、今日は終わりの方を見ただけなのですが。

その2年前ですら、『あの豚の主人公ってカッコいいな…』と思ったほどでした。

が、今回は演出やら展開で、カッコいいと思っただけなのでは…?という疑問が少し浮かびました。

まあ、こんな事を書くとジ■リファンのみなさんには怒られてしまいそうですが…

話のあら筋は、一人の豚の顔を持つ人間が主人公で、めっぽう飛行艇の操縦がうまく、アドリア海の空賊相手に賞金稼ぎをしていた。主人公は実は脛に傷持つ存在で、昔親友を同じ戦場で無くしていた。親友は主人公の好きだった女性と結婚したばかりだった。

そして生き残った彼は好きだった女性を自分から遠ざけるため…いや、親友のいない間によろしくやってしまいそうな自分を抑えるために…豚になった。

賞金稼ぎになってから、アドリア海最強とまで言われるようになった主人公は、ある時、空賊連合に雇われたカーチスに(正確にはエンジンブローで)破れる。

機体を新しくした主人公はとある事から、もう一度カーチスと対戦することになる。

カーチスとの本気の競い合いで、主人公は自分の中のタガを外すことができた。

そして主人公は人間に戻った(?)。

と言う話。

どうやったら豚になって、どうやったら戻るのかなんて描かれていないからよく分からないんですが、

主人公の豚は、強いんですけど、カッコいいどころか、ちょっとヘタレ気味なのでは?と思います。

まあ、僕の解釈が飛びすぎているのかもしれないですけどね。

だって、親友の元嫁さんだけど、主人公はまだ好きで。迎えに行ってしまいそうな自分を抑えるために、自分を醜い姿にしたとすると、よく言っても親友との義理を大切にしすぎて、元嫁さんの気持ちを考えないで、自分だけ無理してるパターンですよね。悪く言うと、親友の元嫁さんと、主人公自身として向き合う覚悟が無いってことです。

それで、カーチスとどつきあいながら自分の気持ちに素直になれたという所でしょうね。

物語には17歳の女の子が登場します。それがもう一人のヒロインとされていますが、どうしてもワキの匂いを隠しきれないのは、その女の子がその女の子でなくても物語が成り立つからだろうと思います。

ただ、あの作品の一番的をとらえているなと思うところは、

『男は、外的要因を言い訳にして本来向き合うべきことから逃げる傾向にある』

というところです。

これは、日常生活においても、ものすごくあることです。

僕も、ままにそういう事があるんですが、日夜それとは格闘している次第です。

あの作品の中で、豚がカッコいいなと思う瞬間は唯一、「向き合うべき事にきちんと向き合い始めた」というラストの部分だけですが。

まあ、それがあの作品の意図したところだと言うのであれば、何と長い前置きだろうと思ってしまいますが、それはそれでアリかな?とも思います。

でも、だとしたらあのキャッチコピーは、一聞にして頭には入ってくるんですが、内容をしっかりとらえたものであるような、そうでないもののような、中途半端なものに感じてしまいます。

カッコいいとはこういう事だ…

でもインパクトがあるから、『ああ、そうなんか…』とちょっと見てみようという気を起こさせます。

それは僕が男性だからかもしれませんね。女性視点で見たら、『カッコいい』の視点がまた違うんでしょうから。

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2012年4月 5日 (木)

申し訳ありません。

この数日間、どうにも疲れが抜けなくて、4月になったというのに、全くアップすることができないでいました。

ここ数日間というもの、帰ってからパソコンを立ち上げる事すらしんどくて…

体が腕が、足が重たいので、そのまま寝てしまう日が続きました。

休みの日が来ても、それは続いて、次の日からまた、これまでと同じようなパフォーマンスができるように体力を回復させる必要があるのです。

というのは、今となっては言い訳でしかないのですが。

帰ってくるのが遅くなると、回復する時間も少なくなって、残り体力量も少なくなって…

疲れは溜まっていく一方です。

こうやってブログを書くのはすごく心が落ち着くし、頭の中を整理するのにいいなと、思っているんですけど…それも全然できないでいました。

早く帰ろうと書いた辺りから全然早く帰れなかったっていう、何か残念な事になったんですけどね。

そういう事はあんまり書かない方がいいのかもしれないですね…

より遅くなるのかも…

それよりも何よりも、こうして落ち着いてブログを書くことができるのが、まず一安心というか、一呼吸置くことができたと言うか…

とはいえ、仕事で早く帰れるようになったとか、そういう事では無くて、ただ単に、月単位でやってくる雑務がやっと落ち着いたと言うだけなんですが…

来月になったらまた月頭から大変な事になる可能性が…

あんまり仕事を溜めないんですが、溜めてるのもあるので、それを、週単位で残ってやってしまう事にしようと思います。

やっぱり溜めるのは良くないです。

ちなみに、ストレスについてですが、僕はストレスは溜めないタイプの人間です。これだけ帰るのが遅くなるのに、眠る時間も少ないのに、それでもストレスが溜まらないのは??

自分でも不思議な事だと思います。ていうか、ストレスなんて感じてられないぐらいくたくたになって一日が終わる?

いや、そこまではいかんな…

じゃあなんで?仕事が楽しいからかな?

もしかしてワーカーホリック一歩手前?

いや、もう片足を突っ込んでいるのかもしれないですね。

やっぱりこうなってしまったのは、「今日は何時までに終わるぞ!」という決意が足りないからでしょうね。

まずは日々の仕事の見直しが必要かもしれません。

新人の頃に頭を整理するために、一日単位、週単位、月単位の仕事を全て書き出したりしました。

それを半年程続けて身に付けました。普通の人はそんなにかからないのかもしれないですが、僕が身に付けるとなると、それぐらいの期間がいりました。

月単位、週単位一日単位。

それらの整理整頓、それが早く帰るコツなのかもしれない。

とりあえず、そこから初めて、早く帰ることにチャレンジしてみようと思います。

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