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2012年9月

2012年9月30日 (日)

9月は一日短い…

このネタ、実は去年も一昨年も同じような事を書いた覚えがありますが、やっぱり9月の30日っていうの?

何かこの31日が無い感じ、9月だけがちょっと損した気分になるんですよね。

何でかは知らないですが、9月は31日あるような気分になってしまってるんですよね。

ところがどっこい、30日までしかないのに、改めて気が付いて毎年がっかり。

おかしな話です。

大学時代はもっと30日までしかない事にがっかりしました。当時僕の通っていた大学は9月末までが夏休みでした。

入る時にはものすごく長くて長すぎだ!ぐらいに思っているのに、2か月などあっという間に過ぎてしまって…

30日が近づくにつれて『ああ、なんで9月は30日しかないんだ…』と思うようになります。

もう学生の時、夏休み前は毎回思っていましたね。なのに9月の末ごろになると未だに31日あるような気がするのがバカだな…と思いますが…

それに、もう一日あるからってどうって事ないんですよ別に。

学生の時も別に一日あったからって、次の授業も決まってないのに宿題だって無かったわけですし…ゼミ以外は。

今だって、何てことないんですよね。夏休みなんていうものも当然無い訳ですから。

ちなみに、これまでずっと出てなかった大学の時の友人たちの集まりに、今度は「僕の休みに照準を合わせて開催する」ので出ろ!との事。

正直有難迷惑ではありますが、やっぱり嬉しかったりします。

とはいえ、そんな夜まで飲んで次の日もゆっくりできるようなシフト…現状ではかなり難しいと思います。

シフトを自分で考てる訳じゃない上に、仕事山盛りです。これは困った…

やっぱり僕抜きで考えてもらった方がいいんじゃないか?

次の日の事を考えずにあれこれする年齢も過ぎたと自分では思ってるし…

話が逸れましたが、9月は30日しかない事が、どうしても腑に落ちないのは何故なんでしょう…

ていうか何で僕は9月が31日だと思いやすいのか。その原因の方がむしろ知りたいな。

1月は31日、2月は28日、3月は31日、4月は30日、5月は31日、6月は30日、7月は31日、8月も10月も31日、11月は30日、12月は31日…てんでバラバラで、法則性も無いし…

うるう年の時なんか9月に一日足せばいいんですよ…何でわざわざ一番短い2月を増やすのか…足りない4月6月9月11月に足せば31日の日が多くなっていいのに…と言うのは僕の感覚の問題なのですが…

きっとカレンダーを作る時とかに3月頃に作り始めて、何かの都合合わせの為に一番来るのが遅い2月とかにお鉢を回したとかそういう感じ?

いや…そんな事考えるとまた何かややこしくなるのでこの辺でこれは止めておきましょう。

とりあえず、9月が30日までしか無くて、今年も何か残念でした。という事でした。

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2012年9月29日 (土)

ネタ帳(日記)より

今回は高校生の頃のを読みました。

相変わらず、書いている事は「部活」「生徒会」そして「恋愛」の事がほとんどでしたが…

今日はそのしつこいぐらい書いている部活動の事です。

うちの高校は部活動にはそれ程力を入れておらず…というか、学生自体が中学の延長線上でやってる子が多くて、

取りあえず高校でもやりたいから部活やってます。

という子が多かった。もちろんそうじゃない子もいたけど、そういう考えの子が大半を占めていたのは事実でした。

つまりは、部活はやってるけど、試合で頂点に立とうとは思っていないし、立てるとも思っていない。でもまあ好きだからやっていたい。という体でしょうか。

当然うちの部もそういう子もいたり、そうじゃないのもいたり…

ちなみに僕はそのどちらでもなく。

『どんな時でも全力一直線!!』という感じでした。目標は当然のように全国に行くことでした。つまりは県大会優勝。

当時は自分では大きな目標だと思っていましたが。今見ると全国に行くことが目標になってることに、自分で自分にちょっと器が知れた気がしてがっかりしました。

全国制覇を狙わない人間には全国すらいく資格すらないよ。

と当時の自分に行ってあげたい。

もちろん努力は惜しまなかった。勉強もサボりたくないし、部活では、環境に恵まれた子たちにも負けたくない。

自主練で朝練、部活、夜は週2回は青年団に参加。風呂入るまでに筋トレ、各300回は絶対毎日それ以上は確実にすることにしました。

気分がいい時はそれを2セットしたりもしました。夜連が無い日は外にジョギング(ダッシュ?)に行きました。

とにかく、弱い学校だから勝てないと言われるのが嫌。絶対いい環境の奴らを蹴散らしてやる!今度の大会こそ!

とか思いながらやっていました。

今思えばいい環境って何?ですけどね、僕も、そうやって努力できるというのはそれなりにいい環境だったのではないのか?と思ったりもします。

まあ恐らくは、自分よりも圧倒的に強い奴がいたり、同じくらいのライバルがいたり、道場が広かったり、機動隊とかとできたり、部活動だけやってれば良かったり?そういう事の事を言っているんでしょうが…

毎日毎日ボロゾーキンのようになって帰ってきて、また筋トレして風呂入って寝ていました。

でも次の日には…一応筋肉痛を引きずりながら学校へと行くのですが…

朝練して、授業が始まる前に弁当を食べ。昼休みには食堂へ行ってうどんとかつ丼を食い。部活の前にサンドイッチを食べる。

何この食生活。今では考えられへんぐらい食べてるやないか…

しかも部活が終わった後には高校の隣のパン屋さんでパンを買って食べていました。そして帰ってからもご飯を食べます。

食べまくり…

それでも全っ然太らなかったんだから恐らくはそれだけ動いてたって事ですよね。

まあ、筋トレも尋常じゃないですよね。今の僕から見たら変態ぐらいやってますね。

よく一緒にしがちだけど、筋肉痛と疲労は違います。

恐らく、あの頃は疲労がたまる事はなかったのでしょう。今は疲労しかたまらないですけどね…筋肉痛になる事が少ないかも…

疲労だから取れたら終わり。

筋肉痛は『超回復』がありますけど…それもここ数年の筋トレでは全く超回復しなくなりました…年齢ですかね…筋肉痛より疲労がたまっている何よりの証拠でしょう。

そういえば長距離が得意だったし、合同合宿でも、合同練習でも、僕は誰よりもタフネスを発揮していました。

当時は『僕自身がよっぽど手を抜いた稽古をしているんだろう…』と自分で自分を卑下していたのですが、今にして思えば、それはあり得ない。いつも全力だったし、

毎日自転車を漕ぐ自分の足が重くて重くてしんどかったのを憶えています。

つまりは毎日出し尽くしていた。

だから、合宿とかだと、むしろ楽に感じただけです。

ちなみに、合同合宿ではお互いの士気を高めるために練習試合をしたりしますが。

僕は極度のあがり症なだけで、練習はめっぽう強いので、当然練習試合も連戦連勝!!

こんなの情けないだけで自慢にも何にもならないんですけどね…

試合の時はいつも『練習試合だと思え…』と自分に言い聞かせたりしているんですが、全然効果無かったんですよね…

だって視野狭窄やら、呼吸をどうやってしてたとかまで分からんぐらいになりますからね。

手先足先もしびれてくるし、小刻みに震えているのも止まらないし…酸素供給不足からくるめまいや吐き気もあります…

それを隠しながら試合をしていたんですよね…

恐らく酷い時は1/3も実力を発揮できていないと思います。

なんたるメンタル面の弱さ…

社会人になって、運動も止めて試合も無くなったので、そんな極度の緊張に見舞われることは無くなったけど…

高校の頃「何でお前はあの時…」と顧問に質問される事がかなりありましたが、正直試合は本能のままに行っているので覚えていません。ほとんど考える事ができなくなるのです…

団体だと違うんですけどね。個人だとそうなりました。

大学の時に師範に

「お前は頭で考えてやってるから、試合では格上の相手だと自分の力を全く出せていないんだ。普段からもう少し考えないでも動けるようにしておく必要がある。」

と言われたことがあります。まさしくその通りだと思います。

考えすぎるから緊張もするんだろうと思うしね…

夏のくそ暑い中くそ暑いのを着て風通しの良くない、蒸し風呂状態の中で部活動をして、今にも倒れそうになった事は数えきれないほどあります。

中学でも、高校でも、大学でも。

でもそれも含めて、やっぱりいい思い出ですね。

こう思えるだけでも、全力でやってて良かったと思います。

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2012年9月27日 (木)

迷ったけど…

今日、散髪に行ってきました。

どうしようか迷った挙句、パーマをあてました。

パーマをあてるかどうか、最後の最後まで悩みましたが、カリスマ■淵さんに

「パーマってやっぱり頭皮に影響及ぼしますよね…まためっちゃ抜ける…なんてことになったりしませんかね?」

と質問したところ。

「絶対大丈夫ですよ。パーマ一回やっただけでは頭皮はそんなに痛まないですから。」

との事。その力強い言い方に僕の心は一気に『今日あてる』という方向に傾きました。

「それに、心配なのであれば頭皮を保護する保護液があるのでそれをつけてやってもいいですよ。」

「まじすか!じゃあそれでお願いします!それなら何も怖いものは無いです。」

と鼻息も荒げにお願いしました。

思えばもう5年もパーマをあててないんですよね。あの髪の毛が抜け落ちた時のは数に入れないとしてですけど。

で、何で今日いきなりかというと。

某映画でまたカッコいいパーマをあててる主人公が出てきたんですよね…

で、自分もパーマをあてたくなって…

しかも今日は木曜日だから、美容室も空いている(前回は思った時は月曜日だった)ので、思い立ったら即行動する方がいい項目だと思い。

今日行動したという事です。

電話を入れて、アポイントを取って行きました。パーマなので時間もかかるので、所用は全て済ませて…

決断できたら即行動。

とはいえ、やはりパーマは怖い。また同じことを繰り返してしまうのではないか…とね。

でも、そんな事は心配無用でした。

パーマを当てている時も全くヒリヒリしませんでしたし、だからといってパーマがかかっていないこともなく、

パーマ液を流してもらう時、トマーティ―さんが

「これは、結構しっかりかかってますよ。」との事。

わくわくしながら洗い流してもらいました。

乾かしてもらって、少しカットして、セットしてもらったのですが…

これは良くできたんじゃないですか?

5年前自分でやったときのあのショックがあったので、出来栄えが悪かったらどうしようかと思ったのですが、やっぱりプロのお仕事ですね。

いい感じにちりちりしています。

「どんな感じにしますか?」と初めに聴かれた時に

「何て言ったらいいかな?こうチリチリした感じに…ってパーマは全部そうか…こうチリチリした…同じ事言ってる?もしや…?」

という会話をしたのですが、

しっかりチリチリしてるし、かと言ってクリクリしすぎないし、ちょっとだけ色が抜けた感じですが、こんなの黒色と変わらないし、これぐらいなら脱色にはならんでしょう。

何にせよ、夢のパーマを当てれた日として、今日はいい日になりました。

明日からちゃんとセットしていこう!

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2012年9月26日 (水)

リクエストを

下の弟君の状況はどうですか?とのことですので、気が進みませんが彼に聞き取りをしたのでお話させてもらいます。

結論から言うと、二人はまだつき合ってはいません。弟がもたもたしています。

「お前、その後どうなん?」

「え?何が?」

「…そりゃお前女の子とどうなってるん?っていう意味やんか。」

「ああ、それか…」

「何よ?あかんなったんか?」

「いや、別にそんな事はないけど。」

「おかしなったんか?」

「いや…」

「何か嫌な事があったとか?やったとか?気持ちが冷めたとか?」

「いや…違うけど。」

「けど何?」

「いや、別に何にもない。」

「…」

「…」

「…何もないって事はないやろ?」

「こないだ二人で遊びに行ってきたんやろ?」

「うん」

「それは?どうやってん?ちゃんと告白…してないわな、それでは…」

「してないで、だって何って言っていいかわからへんし…」

「分からへん事はないやろ!『好きです付き合って下さい!』だけでええんやんけ」

「え、そんなんでええの?」

「ええよ、ええに決まってるやんけ、一体何て言って付き合うつもりやったん?」

「いや、別に考えてない。」

「はあ?何で?今のままでいいと思ってるん?」

「え?ああ…でもそうかも、一緒におったら楽しいし…」

「はあ?じゃあもっと仲良くなりたいとか思わへんのか?」

「もっとってどれくらい?」

「…いや…それは、ほら…あれや、彼女にしたいとか、一緒に住みたいとか、そういう風な事よ。」

「彼女になって欲しい…かも、わからん…」

「わからんって、お前それ照れてるんやろ?なって欲しいんやろ?」

「なって欲しい。だって言うの恥ずかしいやん。」

「僕に言うのが?」

「うん。」

「…」

「…」

「まあ、分からんでもないけど、とにかく、彼女になって欲しいと思うのであれば、こっちから告白せんかいな。そういうのが原動力になるんとちゃうんか?」

「だって、そんなん言ったら今みたいに話できひんなるやん。」

「は?何で?」

「言ったらフラれる…」

「フラれへん!またそれか!前も言ったけど、一緒にどっかいったりするのは何も思ってない人とは行かんっつーのに!」

「何も思ってないんやったら何を思ってるん?」

「え?お前何言うてるん?」

「何も思ってないんやったら何を思ってるん?」

「いや、二回同じこと言ったって意味わからんもんはわからんぞ、聞こえてない訳じゃないから、『何も思ってないんやったら何を思ってるん?』って何?文脈も読めてないし返答もおかしい!

『何も思ってないんやったら』がいらん!そこは『じゃあ何を思ってるん?』やろが…」

「…何も思ってないんやったら…あホンマや…」

「お前が聞きたい事であろうことの回答としてはやな、相手も悪しからずお前の事を意識してるって言いたい訳や。悪しからずっていうのは良く思ってるって事や。」

「じゃあ僕の事良く思ってるって事?」

「少なくともな。」

「でも、好きではないんかな?」

「知るかいな、本人に聞けば?」

「…何て?」

「そのまま聞けばいいんちゃうか?僕の事好き?って。」

「ええー…できるかな…?」

「そんなお前に僕がとっておきの情報を教えて進ぜよう。」

「何?」

「何も言わなければ、このまま今の関係も維持できなくなる。これは絶対や。そして言えば次のめくるめく展開が待っている。これも絶対や。」

「めくるめくってどういう意味?」

「めくるめくっていうのは…その…よく分からんけど、こう『まぶしく印象的な事が次々と』って感じや。」

「ふーん…」

「前から思っとったんやけど、お前いっつもちゃんと意味聞いてくるけど、ちゃんと覚えてるか?」

「覚えてるで…たぶん…」…『これは覚えてないな…』

「まあええわ、とにかく、お前は現状から変わる事に怯えすぎ!」

「今やったらメールするだけの毎日やろ?でももっと仲良くなったら毎日電話やぞ?毎日声が耳元で聞けるぞ?メールももっとラブラブなんが届くぞ?悪ふざけした画像のやりとりとかもあって楽しいぞ?」

「…それは…楽しいかも。」

「やろ?今のままやったら燃料を使い果たして車は確実に止まる。でもちゃんと給油すれば動く。ハイオクを入れれば何かいい感じになる。給油する時に間違って軽油入れたら車は動かなくなるし、蓋が開かん事には燃料は入れられへん。

このまま行くと確実に燃料は無くなる。今ならフタは錆びついてないからちゃんと開く。開かへんかったら別の新車に代える。それだけや。」

「新車に代えるお金無い。」

「無くていい、たとえ話や。燃料入れられへん車は捨てるか修理するかしか無いやろ?」

「修理って?」

「そりゃ自分では無理や。壊れた車を直すのは自分では無理なんや…」

「そうなん?」

「そうや。それより、今からお前がやる事は、ちゃんと告白して、二人で燃料補給するんや。ちゃんとできるから。」

「…分かった。」

「ちゃんと告白しろよ。今のままなんて長くは続かんぞ、相手が男つくるか、気持ちが離れるか…まあどっちにせよお前は相手されなくなる。今のままならな。告白したら、より仲良くなる。万一あかんかったとしても、いずれ終わりが来る事がちょっと早くなっただけや。

壊れへん車は無い。大事に乗ってもいつかは壊れる。それが早く来るだけや。そう思ったら良くなる事だけが残るやろ?」

「…分かった…」

「じゃあ頑張れよ、僕はもう知らんからな。」

「うん、大丈夫…やと思う。」

という話。この話は同じような内容をちょっと前にしました。

もう告白したかと思ってましたが。チキン野郎め!

まあ理屈じゃない所はあるにせよ、ホントあまり長くヒッパリ過ぎると愛想つかされるぞ…

頑張れ弟よ。

とはいえ、人の事は言ってられないのですが、それはそれ、これはこれだ。

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2012年9月24日 (月)

作成してますコツコツと

最近、休日のDIYがあたりまえになってきています。

これは実は新しい趣味なのかもしれないですね。そこそこお金もいるし。

実は今度は電動カンナが欲しいなと思ってたりします…

さすがに一万ぐらいするので、それを買うなら他の欲しいものを買いますが…

チャンスがあれば買おうとは思っていますが…

今は、こないだ買った電気まるのこで十分です。

今作ってるのは、先日書いたベッドです。木曜日、おばちゃんのお見舞いに行った後、買っておいた資材を計って切って、電動ドリル…いや、インパクトドライバーでねじくぎを打って、やっとこさ、土台を完成させました。

今日は、引き出しの作成です。今回は材料から買いに行かなくてはなりません。できれば今回で最後にしたいところですが、失敗とかもあるだろうから、また次回も買うんだろうと思いながら、買い物をしました。

帰ってきてからは順調に切ったり打ったりしました。

一段に引き出しを二つ作る予定だから、二段で引き出しは四つ必要になります。

四つ同じのを作るという事です。引き出し自体は難なく完成。あっけなさ過ぎて自分でちょっと『おお、何か手際良くなってきたんじゃない?』と思うぐらいでした。

とはいえ、実は今回のベッド作成において一番難しいのはここからです。

引き出しをいかにスムーズに出せるように作成するか、できるか。こそがこのベッドづくりに置いて最も重要な点となります。

もちろん、それも含めてmm単位で合わせていますが…頑丈になるようにいっぱい釘も打ったしな…

大丈夫かな…と不安になりましたが。案の定。木材だからだと思うのですが、しなってて、前の入り口のところが詰まる感じなのです。

だから引き出し固い…

これではスムーズとは言えない…

しかも、スライドさせる金具が売り切れで一組しか調達できませんでした

一組780円もするのですが…

あと三つは欲しいですね。でないとただはめ込むだけだから、何回も出し入れしてるうちに削れてしまいます。

完成までまだ遠いですが、次の休みには何とかしたいですね…

通信教育を27日には済まさなくはいけないですが…

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2012年9月23日 (日)

とうもろこし

トウモロコシの食べ方って何が一番おいしいんだろう…

どうやって食べてもそれ程味って変わらない気がするのは僕だけ??

いや、まあ僕が素材をものすごく生かした食べ方というのを知らんだけで、本当はものすごく画期的なのがあるのかもしれないですが…

煮ても焼いても炊いてもサラダにしてもそのまま食べても…

まあ、そのまま食べることはほとんどないんですが…それでも白コーンなんかはそのまま食べても甘いですからね。

ちなみに僕はトウモロコシ好きです。

子供の頃はポップコーンという食べ物に憧れました。

あまり裕福な方の家庭ではなかったうちの家は、そんなこじゃれたものは存在しませんでしたから。

テレビで、映画を見ながら、さも当たりまえのように登場人物がポップコーンを食べている様子を見て、

『あのふわふわしたものは何だろう…食べてみたいな…』

と強く思ったものでした。

それがポップコーンだと知ったのは、それをお母さんが『そんなんも知らんのか、あれはポップコーンや』となぜか馬鹿にした感じで言ってきたのを憶えています。

悔しかったから。

「あれ、ふわふわなん?」と興味津々に聞いたのですが。

「まあ一応ふわふわやな。」

「どんな味なん?甘いの?おいしいの?」

「おいしいもんではないな。あんなもん、Fあんなもん食べたいの?」

「…え…いや、おいしないねやろ?」

「おいしいくはないわ。」

「じゃあいらんわ。」と思った事を口にしたけど、本当に美味しくないのかどうかは分からなかったので、たくさんはいらんけど、一口ぐらいは食べてみたくはあったのです。

後日、当時骨折していた弟は整形外科の帰りに(その病院の近くにある)ニチイに行ってきて、帰ってきたら

「ポップコーンを食べた、お母さんはおいしないって言ってたけど、そこそこおいしかったし」と言って空のカップを僕に自慢してくるのです。

その頃から、考えなしで思ったままに行動する僕よりも、容量がよくできるだけ動かないようにしようとする弟は、両親に気に入られているふしがありました。

たった一個しか違わないんだけど、いや、だからこそ比べられ、そしてけなされるのはいつも僕の方でした。

年齢が近いので、『兄のおさがり』攻撃も全くうけていません。だってまだ僕が使ってるって事の方が多かったのですから。

弟は僕が動いて失敗してしばかれるのを見てから、違う事をします。

僕は『兄は弟よりも先に動くもの』という兄としてのプライドのようなものが、『分からないのに踏み出す』という恐怖を拭い去っていました。

そして僕はげんこつを喰らい、弟は褒められる。

よくあるパターンでした。

でも僕は馬鹿だから同じ事ばかりして、弟を先に実験台としてやらせることはしませんでした。ていうかそういう考えにすら及びませんでした。

ただ、『兄として…』を大事にしているつもりでした。

まあ結局そのうち小学校の高学年ぐらいで

「自分って兄貴らしいところ何もないよな。」

と言われる事になるのです。

今でも、弟は僕の事を僕の前では「兄貴」とは呼ばず、「自分」と言います。もう何年もそうなので、別に何も気にしなくなりましたが。

弟からそういわれて、僕の方から

「なあなあ、僕ってなかなか兄貴らしくなってきたやろ?」とは言える訳も無く、

『弟がそう思うのであればそうなんだろう…』と恐らくはやってこないであろう、弟が僕を兄と認める日が来るまで、本当の兄になる日が来るまではずっと、僕が思う理想の兄貴を目指していこうと思います。

話が逸れましたが、弟が優遇されている事は事実でした。これは兄の嫉妬とかそういうものではなく。

後日、僕にも買ってほしいとねだったが…

「Fは食べたくないって言ってたからあかん。」

と言って僕には買ってもらえませんでした。その時は『弟は骨折してたから買ってもらえたのかもしれないな。運のいい(?)やつめ…』と思いましたが。

その年の9月末に僕も右腕を骨折しました。骨折は痛かったですが…

僕はチャンス!と思いましたが、残念ながらポップコーンは買ってはもらえませんでした。

そして、その頃には弟だけお父さんからラン▲ードの運動靴を買ってもらっていました。

何故に!!

まあその話は後日するとして…

骨折が治って、じいちゃんとばあちゃんが買い物に行くというので無理について行って、じいちゃんんがばあちゃんの買い物を待ってる間に、

ねだりにねだってニチイのポップコーンの自動販売機で買ってもらいました。

もううれしくてうれしくて。じいちゃんやばあちゃんにも分けてあげたりしました。

おいしいもんではないとお母さんは言ってたけど。僕にはそれがおいしく感じました。

しかし、どこまでのモノを食べるのかが分かりませんでした。

当時じいちゃんに厳しく残さず食べろと言われていたのですが…

自動販売機だから、やっぱり精度もそんなに高くなくて、はじけてない…つまりはコーンのままのも、底にたまっていたのでした。

『堅いこれ…食べもんじゃないみたい…』

じいちゃんに言ったら

「そんなもん知らん、とにかく買ったんやから残すな。」とだけ言われたので、全部食べました。

あの時は堅くて、噛むと歯茎が痛かったように記憶しています。

帰ってから弟にカップを見せて自慢しました。

「僕も買ってもらったで、じいちゃんに。」

「ふーん。それあんまりおいしくなかったやろ?底に残ったの食べられへんし…」とテレビを見ながら興味無さそうに言いました。

この何ヶ月の間で、弟の中でのポップコーンに対する興味が無くなってしまっていたのでした。まあそりゃ食べたんだから当然ですよね。

逆に僕は食べさせてもらえなかったので、その間も興味は尽きることなく、期待しまくっていました。

まあそこにギャップが生まれるのは当然ですよね…

ポップコーンに対する思いではこんなものですが。

ちなみに、今の僕のポップコーンの評価は『食べにくいものではあるけど美味しい』です。

はじけた皮とかが堅いので、食べにくい。柔らかいのか堅いのかはっきりしない。

でもまあ、バターで合えてあるからおいしい。あえて買うものではないかな…とは思いますが。

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2012年9月22日 (土)

迷う…

何を迷うのか…と自分でも思うのですが…しょーもない事です。

パーマをあてるか否かです…

生来直毛だった僕は、パーマに対して強いあこがれのようなものがあります。

友人の中に天然パーマの奴がいますが、そいつに言わせれば、直毛に憧れるそうなのですが…

どう考えても天然パーマの方がお得でしょ。

パーマにお金がいらんし…気が向いたら結構簡単にストレートにできるし…

と思いますが、それはお互いに無い物ねだりなのかもしれませんが。

パーマあてたいならそうすればいいのですが、実は…というか、ここでも何回も書いていますが、僕はパーマによって頭皮を痛めまくってしまい…頭皮が盛んに抜け落ちるという事が実際にありました。

あれはもう…3年?ぐらい前の話ですが…

それからというもの、頭皮と髪の毛をいたわる日々が続きました。

それこそ、最近です。それ程気にしなくなってきたのは…それでもまだ全快とはいかないだろうと思っているのですが。

映画とか、ドラマとかで登場人物がいい感じのパーマをあててると、僕もあてたくなります。

前回カットに行ったときに、毎回パーマをあてようかどうか迷うという事をカリスマに言いました。カリスマ■淵さんは

「前回は自分でやったから駄目だったんだろうと思いますよ。うちでやったらきっと大丈夫だと思います。」

と断言してくれたのですが…

しかし、苦節3年、ようやく気にしなくなるレベルまで来たのに、自分でやった前回のパーマまでとは行かずとも、多少なりとも普通の生活よりもいっぱいとれるのかなと思うと、なかなか踏み出せないものです。

それに、まだ全快でないというのも結構大きいかも。

つまり、自分としては。ものすごくパーマにしたいけど、頭皮の事を考えると二の足を踏んでしまうという事です。

とはいえ、カリスマの言葉は信じていいんだろうし…とすごく迷います。

つまりは、頭皮にダメージがめっちゃ少なくてなお、しっかりとパーマがあたれば問題ない訳ですよ。

何ならそれが3万ぐらいかかったとしても、あるならやってもらいたいですね。5万でもいいかも。

それぐらい悩んでるって事です。

健康な頭皮や髪の人には分からんでしょうね。この、普通の生活を送れば手に入るであろう健康な頭皮や髪が、普通に生活できないが為に、遠回りをしながら、それでもお金をかけながら少しずつ前進してきていまの状態があるという事が…

もしも、カリスマが言うほどに頭皮にダメージが少なくなかったとしたら…目も当てられない事になってしまう…

体験した人にしか分からない。

あの、パーマによって髪がえらい少なくなってしまって、『え?そんなハズないやん…』と思いながらパーマ液を落としてシャンプーしてタオルで水分を拭き取った時のあの気持ち。

毎日洗面台で歯を磨きながらも、薄くなっている自分の髪を否が応でも見てしまう生活。風が吹いて髪が動く度に『今ので変に薄く見えてないだろうか?』とか思いながら何となく髪を散らすように手で髪を慣らしたりする生活。

汗をかいた時、髪が汗を吸って集まってしまっている時、他人にはどう見えているのかを気にする毎日。

拭いたら拭いたで、抜けた本数が気になる。

髪を少し長めに伸ばしてみたいけど、前髪の一部が、一定の長さを過ぎると抜けているみたいで、短くまでしか伸びない部分がある。生え際や髪の巻き方の問題なのかもしれないですが、そこがとても気になる。

せっかく、その辺も大分気にならなくなってきたし、日常生活でもそんなに髪や頭皮を気にすることは無くなってきたのに…

何で自分からまた逆戻りをするような選択肢をしたがるのか…

自分でもよく理解できません。

でもパーマかっこいいんですよね。

もちろん、映画やドラマの登場人物を演じている俳優さんとかがカッコいいからよりカッコよく見えるのですが…

なんていうのかな、何か言葉が足らんような気がするけど、憧れるというのが、やっぱり一番近い表現なのかもしれないですね。

今度予約の電話入れる時は「パーマあてたいんですけど、頭皮への影響ってやっぱすごいですかね?」って聞いてみようか…

いやまあそれは基本なんだけど、それを聞いた上で、今年はもう止めるのか、それとも、失敗してもとりあえず32歳の、僅かながらに残った若さの残り火を利用して、もう3年頑張って労わり続ける覚悟を決めるか…

やるかやらないかですね…

ちなみにカリスマはパーマ液ですごく手が荒れると言っていました。ひどくなるとお医者さんに行くらしいです。

それ程までとは…今度僕の頭皮がそうなったら…皮膚科?に行こうかな…

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2012年9月21日 (金)

東京出張!?

他社見学会があって、それに応募したら、受かりました。

と言っても別に試験とかがあった訳では無く、単純に上司の印鑑をもらって名前書いて出しただけでした。

応募総数がどれだけあったのかも分からないし、どういう選考基準だったのかもわからないし、本当に選考したのかすら分かりませんが、

まあとにかく、応募して受かった事は素直に嬉しいです。

去年は…ひどかった。あれは完全に出来レースでしたね。去年はアメリカ出張でしたけど。選考された人を見たら、何て言うか、本部とか、本部に行きそうな人ばっかり。

うちの業態の人は誰もいないし…あれは酷い出来レースでしたね…

で、今回もどうせそうだろうと思っていたのですが、何か違いました。ダメ元でも応募してみるもんですね。

ま、行くからにはそれだけ勉強してこようとは思います。

「多くの中から選ばれたんですよ」

と言ってくれる人もいますが…

僕はそうは思いません。僕以外のメンバーを見てもそう思うし、今回の募集は「応募させなさい」という本部からの電話も無かったし。

まあそういうやっかみを言っても仕方がないですが

本音のところは。

自分が、応募の紙切れだけで選ばれるほどの目立った存在ではないという事。そして、僕の働きぶりを評価してくれるほど僕を見ている本部の人間などいないと言う事を知っているという事です。

いないからどうという事は、全くありません。適当に評価されるよりは、知らない方がまだましですからね。

まあそっちの方がやっかみですが…それは置いておいて、

要するに、今回のメンバーは「前年アメリカ研修を応募したけど行けなかったメンバーが多い」という事。この事実が何を物語っているのか…

と言う方が考えたくなります。

僕が行くことになったのは、単に応募したからですが…

単にやる気のある人間が二年連続で応募したに過ぎないのか、それとも、二年連続で応募したからこそ見えた活路だったのか。

こんな事を考えても詮無きことですが。

少なくとも多くの中から選ばれた…と取る事は僕にはできませんね。

客観的に見ても選ぶほどの材料が無いんですから。

他地域の他店舗がどのように営業しているのか、どのように客層を見ているのか。そういうところに地域の違いを勉強してきたいですね。

マーケッティングとは何かを更に考えるきっかけになるといいと思っています。

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2012年9月20日 (木)

心配していたことが…

今日もまあ、突然、ばあちゃんが浄谷のおばちゃんのところに行くと言い出したので、僕の方の所要を済ませてからという条件で

準備をしてお見舞いに行きました。

おばちゃんは、HCUから移動して一般病棟に来てました。

それだけ良くなったという事でしょう。

顔色も良くなってるし、どうやら麻痺も無くなったみたいでした。

しかし、まだ立って歩くことはできないみたいで、寝たきりでした。

「おばちゃん、元気そうでよかった、一般病棟に来れたんやなあ。」と声をかけましたが。

おばちゃんはばあちゃんんを見るなり

「ああ、ええところに来たなあ、もう帰ろうかと思とったんや…」

と言い始めました…?何かおかしいな?とも思いましたが。

「あんた、何おかしなこと言うとんのや?先生が帰してくれへんわ、良うなってから帰らんかいな。」

とぴしゃり。

「そやけど、ここおったら働かされるから何もよくなれへんねん…」

「働かされる?何を訳の分からんことを、ここ病院やでな?そんな病人を働かしたりせーへんわな。」

「そりゃそうや、おばちゃんリハビリか何かしよるんか?」

「…そうや。」

「ほんまか、ほんならしんどいかもしれへんけど頑張りよ、ようなったらすぐ退院やわ。」

「うん、頑張るわ。せやけど遠いところまで来てくれて良かったわ。」

「ほんま、西脇は遠いわ。」

「ここどこや?」

「…?」

「ここどこや?って」

「ここて、西脇病院やんか。」

「大和(奈良)とちゃうのか?」

「あんた何言うてるの?ここは西脇やんか。あんた田んぼで倒れてここに救急でここに運ばれたんやんか?忘れたんか?」

「倒れたらあかんな」

「そや、あんた夜中になんか田んぼに行くさかいにそんな事になるんや、もう夜中に行ったらアカンで…」

等々の話をしましたが…

ばあちゃんは耳が聞こえにくいので、ちぐはぐな会話でも、いくらかはうまくいっていましたが、ここに上げてない会話はもう会話になってないし、ばあちゃんの返しも「あんたなに言うとるんや?」が多くなっていました。

どうやら、おばちゃんは認知症になり始めた様子です。

まだ自立歩行ができない状態でこれは厳しい…

かなりの速さで認知症が進むに違いありません。

僕が介護士をしていた時もそうでした。利用者さんが入院して帰ってきたら、要支援の人が要介護度認定3級にいきなりなったりします。

だれだか判別できなかったりします。

ちなみにおばちゃんは僕を判別できずに「下関から来た人」と言っていました。

何でや…前回はちゃんと判別できとったのに…

おばちゃん…

これから認知症はどんどん進んでいくでしょう。そしたらおばちゃんはおばちゃんじゃなくなっていく。

それはとてもつらい事だろうと思います。

ばあちゃんは帰りの車の中で

「●●さんボケてまいだいたな。」(ボケ始めたな)とあっけらかんと言っていましたが。

身内がそうなるのはやっぱり辛い事だろうと思います。

お年寄りにとって病院は認知症発病の地と言われています。

でもそれは病院が悪いんじゃないんですよね…

病院は病気を治療する所だから…認知症という発生原因がほぼ不明の症状について考えるのは、違うところでとなるのが当たりまえです。

認知症のリスクを負いながら病気治療するのか、それとも病気でも家で生活するのか。

二者択一です。でも救急の場合、強制入院するケースが多いですよね。放置するわけにもいかないし、連れて帰るというのも、家族にとってはものすごく覚悟のいる事になりますし。

結局は二者択一と言っても選択肢は一つだけだったり…

何とかおばちゃんには踏ん張って欲しいです。

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2012年9月19日 (水)

残念ですが

今のお店のオープンから一年半以上、頑張って働いてくださっていたアルバイトさんが退職されます。

オープン当時から一生懸命やって下さって、素直に何でも取り入れてくれて、僕についてきてくれた一人だったのですが、

家庭の事情でこの地を離れることになりました。残念ですがこのお店に残って欲しいと慰留することができませんので、泣く泣く退職ということになりました。

とても素直に動いてくれたので、飲み込みも早く、発注や売り場づくりも積極的で、僕はどれくらい助かったか分からない程です。

とても頼りにしていました。それだけに本当に残念です。

アルバイトさんの中でも、役目としてなくてはならない存在で、『なんでもござれ』な母ではなく、『調和』を重んじるみんなの母の役目と、自然となっていました。

アルバイトさんたちの中でのいざこざが少ないのはあの人のおかげだったと思っています。

僕は厳しく優しくする事しかできませんが、みんなの精神的な調和の標となるのはアルバイトさんでしかありえない事です。

その人がいてくれていたおかげで、いい感じのバランスが保たれていました。

では、今後はどうなるのか?

僕の舵取り次第です。

ここで、バランスが崩れてガタガタになってしまうのか。それとも、次の調和の母が現れるまで持ちこたえようとするのがいいのか、

もしくは、力づくでねじ伏せ、恐怖政治でもって押さえつけるのが良いのか。

他にも選択肢はあるでしょうが、僕にできる事は限られています。

なぜなら、店の構図上。アルバイトさんから見たら、社員は絶対的なのです。

言いかえれば、圧力的にねじ伏せる事しかできないのです。

しかしアルバイトさん同士であればどうでしょうか。

真に僕の考えを汲み取ってくれる存在が、同じ立場で、同じ視線で、心や会話のやり取りをしてくれるという事はとても大事で大切にしなくてはいけない事なのではないでしょうか?

主任には言えない事も、アルバイトさん同士には言える。そういう事だってたくさんありますからね。

逆もまた然りですが…

そういった心の支えとなる存在は、オープン当時からいる人間以外からは今後そういう風に育つことは、難しいでしょう…

誰かが、言わずとそういう役目ができればそれに越したことはありませんが、それに期待するのは、甘さだと僕は思います。

期待というモノ程淡く崩れ去るものはありませんからね。特に『他力』については、無い物と思わないと失敗します。

残念ですが、本当にすごく残念ですが、これまで働いてくださったことに、この場でもお礼を言いたいと思います。

お店を好きでいてくれてありがとうございました。そしてそれを広めようとしてくれてありがとうございました。とても楽しかったです。

また近くに来ることがありましたら、是非立ち寄って下さい。

お体に気を付けて、向こうでもよいところを発揮してくださいね。

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2012年9月18日 (火)

久々食べたけど…

先日、アイクリニックから帰ってきてから、下の弟を誘ってマクドに行きました。

下の弟は最近月曜日が休みの事が多いみたいです。

それはそうと、最近は夏バテで、消化にいいものばかり…言ってみれば胃腸を甘やかしてばかりいたのですが。

そこにきて、マクドです。

それも、20代前半の頃からあまり食べてないので…その頃食べてた量が欲しくなるんですよね…

今日もがっつり買ってしまいました。

それもドライブスルーだったので、ついつい目についたものを…

弟の分と合わせて1900円。

マクドで二千円近い金額を使う。しかも二人やのに。

これは使いすぎたな…と思いながらも。

たのんだものは仕方がないという事で、一瞬にして開き直りました。

そして、受け取りの場所まで行って商品を受け取りました…

量も多いので袋もでかい…

持つところが付いてるマクドの袋は初めてでした。こんなんもあるんだなと思いましたが、横に弟が乗ってたので、それは僕の心の中だけに留めました。

内訳弟がテリヤキのセットとビッグを単品で。僕がテリヤキのセットと何かよく分からんバーガーを単品で一個と、ナゲットと、あとハンバーガーを単品で一個ずつ頼みました。

ナゲットとかいつも思うんですよね…これこんなにいらね…って。

ナゲットって雰囲気で食べるものだと僕は勝手に思ってるんですよ。友達とかとしゃべりながら何となく食べるのが一番おいしいような気がするんです。

一人で食ってもそれ程…いや、一人で食べるのにナゲットは頼まないんですよね。

なのに今回は頼んでしまったのは、友人たちと食べる時に頼んでしまう癖?だったのかもしれません。

ナゲット見ても食べたいと思いませんでしたから、完全に勢いで注文しましたね…

家帰って頑張って食べようとしました。

弟と買った分をわけようとしました。

「えーと、これがお前、これが僕で、これとこれがお前、飲み物はどっちかな?」

僕がお茶で弟が某炭酸飲料…外からでは見分けがつかん。

結構ありますよねそういう事。

一応フタを開けて確認して、ちゃんと分けて、車から移動して、部屋で食べようとしましたが…

「うお!何かこぼれてる!!!」

さっきフタを開けて確認した方。たまたま開けた方が僕のお茶の方だったのですが、移動の際、何かのきっかけで傾いていたんだろうと思います。それでも、ちゃんと蓋ができてれば、問題も無かったのですが、

すぐ飲むし…と思っていたので、ちゃんと蓋をしなかったのです。一回外した時に強引にフタしようとしてくしゃっとなってもたので…直してもう一度やり直すのが面倒だったのです…

がまさかこんなことになろうとは…

仕方がなくその辺にある拭けるもので拭き、僕は…一応買い置きの形になってる午後ティーを水分として食べることにしました。

袋はそのおかげでべたべたになってしまった…

しかも、

やっぱり量が多い!テリヤキと何かしらんバーガーは食べましたが、その後からがきつい…とりあえずポテトは持久戦として、ハンバーガーはあきらめました。

そして問題のナゲッツ!これってホント一人で食べる時って一個か二個で十分よな…

5個とか6個とかもいらんし…

結局ナゲットも二個食べてあきらめました。

諦めたのはもったいないので冷蔵庫に入れて後日食すことにしました。

しかし…これは明日に持ち越しになる事間違いなしです。完全に消化がストップしてしまっているのを感じますし…

少し前に右の奥歯が欠けてしまってちゃんと噛んで食べてないので余計に消化に悪いんだろうと思います。

やっぱマクドは今後量を考えないとあかんわ…

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2012年9月17日 (月)

強風にて…

今日は休みだったのですが、ばあちゃんがいきなり

「F、今日休みなんやったら、午後からお彼岸やさかいに、墓参りしたいんやけど、連れてってくれへんか?」

と言い出しました。昼の一時ぐらいに…『もう午後やんけ…』と思いましたが…

「そんなん何でいきなり言うんよ、もっと早く言ってくれたら花とかいろいろ買ってきて用意しといたのに…それに、木曜休みやねやから、その時の方が彼岸中やしええんとちゃうの?」

「彼岸になったらよその家はみんな来てもててうちの家がべっとくそや。今日いかなあかんねん。」

「よその家がどうとか関係無いやろ、何で急に言うの、今日は眼医者に行かんなんかったり、前に分かってたら用意したのに。」

「花なんかじょーさんその辺咲いとるわ、畑に植えとるの持って行くさかいそれでええねや」

というので、クリニックにはいかなくてはいけないけど、とにかく早く終わらせなくてはいけない。しかし、じいちゃんが眠っているお墓なので雑にするつもりもないんだけど、何しろ急なもんで…

こっちの事情とか関係無いですからね…

仕方がないので早々に用意をして、お墓へ行きました。

が、台風が近いせいで強風に次ぐ強風…

ばあちゃんが一通りの墓参りセットのようなものを持って来てたのですが…

ロウソクに火が点けられないのです…何度つけても消えるし…

『何でこのタイミングで行く必要があるのか…』と思いながらもロウソクに火を灯し続けましたが…

何度やってもうまく点きません…

まあ、強風だから仕方がないのですが…持ってきた着火アイテムがマッチというのも何で!?って感じでした。

仏壇の上に常に着火ライターを置いているのです、ロウソクに火をつけやすいように。

仏壇の一番手前にです。それよりも少し上に鐘があるのですが、それはしっかり持って来てるのに、何で火はマッチなのか…しかも「仕出しい●うえ」のやつ。

もうそのマッチ何十年も前のやつです…合計10本ぐらいしか入っておらず…

残念ながら手を合わせるまでにロウソクの火は消えてしまいました…強風で、そしてマッチの数が底をついて着火できなくなってしまいました。

「今度からは事前に言ってよ、用意も僕がするから。ロウソクも何でこんな1cmぐらいのやつなん?せめて倍は欲しいんやけど?」

「せやかて、早く消えんとあかんやろ。」

「早く消え過ぎ、手を合わせる前に…見てこれ、もうあと1mmあるかないかぐらいやないか。」

何度も着けたり消えたりしているうちに、1cmぐらいあったロウソクは大して用も成さないままにほぼ消費されてしまっていました。

つまりはマッチがあっても手を合わせて数秒で無くなってたのです…

「お彼岸のロウソクはご先祖様が帰ってくる足元を照らす役目があるんやろ?こんなん手を合わせる前やないか、じいちゃん暗い中帰ってきてるわ。」

「いいや、一瞬でも点いたらそれでええねん。そういうもんやねん。」

そういわれてしまうと、そうなのか?と思うしかないのですが、どうにも納得できない。

やっぱり点いてる時に手を合わせたいし、できれば任意の時に火を消したり点けたりしたいものです。

とりあえず、落ち葉を拾い、雑草を引き、蜘蛛の巣を取り、花をいけ、水をかけて、ロウソクに火をつけ、手を合わせて帰ってきました。

彼岸の前に行って、よその家よりも前に彼岸の墓参りをすることが、本当に風習に習っているのかどうか、すごく疑問だけど…

まあ、まあまあ、ばあちゃんがいいって言うから良しとしておこうと思います。

今度の木曜日、ちゃんと仏花とかを用意してもう一度行って来よう…

強風だったし、予定があったので今日は急ぎましたからね。落ち着いてお墓参りできませんでしたし。

最近月曜日が休みの下の弟も一緒に行ったので、ばあちゃんは「賑やかでよかった」と言っていましたが。

僕は少なからずお墓についてからも愚痴ってしまった事に後悔しています。

もう一度落ち着いて行きたいです。ちゃんと彼岸の中日の前に。

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2012年9月16日 (日)

改造計画…

ずっとベッドを新しくしようと思ってきましたが、先日のスロープの件以来、ちょっとDIYに目覚めつつあります。

ちょっとベッドを自分で改造しようと計画を練っている所です。

まず、新しくするとして、ベッドに何を望むかという点ですが…

①パソコンが枕元にある事。(大き目の宮があること)

②間接照明がある事。

③収納がある事(多ければ多いほどいい)。

④移動が容易である事。

⑤コンセントがある事(携帯の充電もしたい)。

⑥テーブルの接続が可能な事(取り外しも取り付けも可能)。

⑦そしてマットレスを新しくする。

この辺ですかね。

そして、そのDIYを応援するかのように、『電動まるのこ』が家に届きました。

リョービのやつです。けっこうしましたが、これで筋肉痛にならずに済みます。

正確なカッティングもこれまでよりもできるでしょう。

『おもしろくなってきた』と思います。

良く考えたら電気工事って言うほどの工事をしなくても②間接照明も⑤コンセントも取り付け可能です。僕の知識と器用さ(?)で。

それに、今使ってるベッドを改造するだけで、①③④⑥も実現可能です。

最近、買う事ばかりに気を取られていましたが、何も買うだけが全てではないですよね。

①は宮の形を別で作って後でくっつけます。そこにはコンセントと間接照明をつけておきます。

見てきた限りでは間接照明は3000円ぐらいでいけそう。コンセントはコードと込みで800円ぐらいです。

ベッド自体のパーツも全て補強して強くしよう。

③の収納については引き出しを作成しよう。①で作る宮にも収納はできそうだけど、引き出しを二段で二列作成する事にします。という事で高さは必然30cmアップとなります。

これについても、強度を維持するために一段二列を一つずつ分けて作成して、後にベッドの下に入れる形にしたいと思います。

上手くいけば、片方は本の収納に使える。もう片方は良く使う服とか下着とかを…

④は大きめの車輪をつけます。車輪は4つで2000円ぐらいですそれだけでおよそ10cmアップです。車輪を付けることを計算に入れて設計が必要です。更に車輪の下にガードを通すので(じゃないと畳がそこだけ凹みます)3センチアップです。ちなみにガードは4つで420円。

⑥についてのみ、形が決まっていません…アタッチメントタイプにすることは決めているのですが、セパレートした代をどうするのか…つまりは宮に置いているパソコンを、宮にもたれながらテーブルの上でパソコンをやりたいと考えているのです。

強度的な問題がありますし、簡単に外せて収納も簡単でなくてはいけません。

一応考えたのは左右ではなく宮で収納し、そのままスライドして移動する感じ。でもこれだと間接照明もコンセントも一緒に移動しなくてはならないし、いざしまう時にその伸びたコードが邪魔になりはしないかと思います。

いや、コンセントも間接照明も動かないようにして、スライドの部分だけを作ればいいのか…

今思いつきました。引き出し同様の方法でできそうです。

あと問題なのが⑦です。これだけは買わなくてはいけないのですが…

ざっと見積もって木材が約6000円ぐらいで、引き出しとかに使うローラーとガイドで3000円ぐらいするでしょう。

ネットショップで39800円出すと、今僕が希望しているのに近いのが買えます。送料4000円は別、組み立ては自分でする。ボンネルコイルマット付きですが…

しかし、自分で作れば15000円そこそこで作れます。⑦のマットレスを20000円ぐらいのを買ったとしても35000円ですし。そんなに高いのは買いませんしね。

しかし…一気にはむりやな、少しずつ作っていくことにします。見えるところはよく見えるように装飾もしたいしね。

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2012年9月15日 (土)

やっぱいかんよな…

8月22日の日付のセット麺…セット麺という言い方はもしかしたら専門用語なのかもしれないですが、要するに、麺とつゆとがセットになってて、空けてすぐに混ぜたら食べれるやつです。

コンビニとかで売ってる冷やし中華なんかがそれにあたるんですが…イメージできますかね?

それの蕎麦バージョンの一回り小さいタイプのを、この夏、いや、前の夏もですが、気に入って食べていたのですが、休みの前の日は必ずその日食べる分と次の日食べる分の二食を買って帰っていました。多いときは三食分ぐらい。

でも、買って帰ったはいいけど、少し前から、冷蔵庫の前にちょっと大きめのエクササイズマシンがおいてあるんですよね。

だから、冷蔵庫にしまうのが面倒で…

で、お盆あたりから、その気に入ったセット麺が風味異常で何度となくメーカー回収になっていたんですよ。

その為、数日間賞味期限がおかしかったりして、お客様にも迷惑をかけることになってしまったのですが…

まあそれはさておき、風味異常でも別に食べれない事はなかったし、今までも良かったので、その時も何も気にせず、冷蔵庫に入れないで食べたのです。

が、その日は三食分買っていたのですが、二食目を次の日に食べる瞬間…

味が…臭いが…『やっぱりちょっとおかしいかな?』と思ったのですが、おつゆと混ぜて、なおかつ、わさびを大目に入れたらさっぱりそんな風味はしなくなったので、そのまま食べてしまいました。

問題は、残った一食分です。

おそらく、これをこのまま放置していると、食べる頃にはえらい臭いを放つはずです…

今食べるにしてももうお腹いっぱいで…

実は精神的なモノから、当時はそばでさえ喉を通らなかった程でしたが。食べない事には動けないので、好きなモノだけに…それに他に候補も無かったし、無理にでも食べていたので、二食とも食べてしまうと言うのはちょっと至難の業でした…

どうしたものか…と悩んだ挙句、僕が取った行動は…

取りあえず、今からでも冷蔵庫に入れとくか…でした。

『取りあえず保留…』という事です。

これがいけなかった…

一週間後…8月の末頃です、冷蔵庫をたまたま開けることがあって…

すっかり忘れていたセット麺がでてきたではありませんか…

『ぬお!!忘れとった…!』と思いましたが、今更食べる事など到底できないし…

まず、冷蔵庫から出さねば…

と冷蔵庫から出したものの、捨てるには封を破って、更に麺の袋とつゆの袋と、ノリの袋と、わさびとを取り出して、それぞれをそれぞれのところに捨てなくてはいけません…

『うわ…面倒やな…まあ、別にパックされてるし、ちょっと間ぐらいその辺に置いててもなんともないやろ、とりあえず降りるときに持って降りてそれから捨てよう…』

と考えましたが…それもいけなかった…

階段を下りる度に『あ、忘れてた、まあ今度…』次も『また今度』会社に行く前も『帰ってから…』会社から帰ってきたら『明日休みやから。明日しよ…』次の日も、その次の日も…

となって、とうとう冷蔵庫から出して二週間以上がが過ぎました…

今日、部屋に帰ってきたら

すっっっっっごい臭いが部屋に充満しているのです…

それなのに、初めは何が臭いのかが分かりませんでした。

もう長い間置きすぎて、それが景色の一員になってしまってて、買い物袋の下になってしまって、ここ二・三日は全く気にしていませんでした。

もうやばい臭いです…

よく見ると封の中にもカビがえらいことになってます…

『ようこんなもん放っておいたな…』と自分に飽きれましたが、そんな余裕もすぐに消えました。すぐに部屋から持って出て、袋を破って、麺も卵も捨てて、手も洗ってきましたが…

手に変な臭いがついていました。

仕方がないのでジョイで除菌…そして今に至ります。

明日しようは永遠にしない。というのがよくわかった瞬間でした。

改めないといけませんね…

明日しようは明日が期日。今からできるなら今しよう。です。

これ、ちゃんと実行しようと思います。

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2012年9月14日 (金)

ばあちゃんの妹

僕の家から、比較的近い浄谷町に住んでいるうちのばあちゃんの妹。

通称「浄谷のおばちゃん」ですが。

ばあちゃんとは二歳違うだけなので、もう88歳とか86歳とかになると、もうそっくりでびっくりしてしまいます。

最近、ばあちゃんは天然パーマの髪を、洗髪するのが面倒だと言ってベリーショートにしてしまいましたが、

それまでは髪型もそっくり…

サンキョ●自動車㈲のおっちゃんは、「そっくりすぎて見分けがつけへん」と言っていました。

確かに、ファッションセンス…といい、歩き方とかしゃべり方とかもものすごく良く似てるんですよね。

まあ、おばちゃんの方が少し若いから(?)背中も曲がってないし、足腰も達者なんですけどね。

大きさはほぼ同じぐらいです。

浄谷のおばちゃんの家は、長男が癌で亡くなってしまって、女の子が二人いるのですが、一人はそのまま家に住んでて、もう一人は母家にお嫁さんで来ました。

うちのじいちゃんとばあちゃんが従妹で…ばあちゃんの妹の娘さんが、じいちゃんの妹の息子と結婚して…生まれた子どもは…??

てか母家でも従妹同士で結婚してるから…

何かこんがらがってきた…

まあ別に出自がどうというのが書きたい訳ではないんですよ。今日は。

その浄谷のおばちゃんですが、先日、夜間に、それも田んぼで脳梗塞で倒れてしまって、4時間以上もそのままの状態で、たまたまトイレに起きた姉ちゃんがおばちゃんがいないのを発見して、探したら、田んぼで倒れてたという事でした。

何も深夜に田んぼなんか行かんでもええのに…

と思いましたが、どうも目が覚めたら田んぼをさわるのが習慣だったみたいです。

それで、4時間以上そのままだったのですが、何とか生きてて、救急車で西脇の病院まで運ばれました。

浄谷町から救急車でとばして25分ぐらいでしょうかね?僕が実際いってないから知らないですが…

そこから治療に入ったらしいのです。

それだけ聞くと、もう麻痺は避けられないのかもしれないし、もしかしたら意識障害もあるかもしれないし、言語障害もあるかもしれない。4時間だと脳壊死も心配だし、脳溢血の可能性も…

ものすごくいろんなことを考えましたが、時間的に見て麻痺や何らかの障害が残る事は覚悟をしていた方がいいだろうと思っていました…

当日…(?)深夜に運ばれて、その日の昼間、下の弟がたまたま会社が休みで、ばあちゃんを乗せて西脇病院まで行ってきたらしいのですが…

どうやら、ICUに入っているらしく、状態は極めて慎重なものらしかったようです。

ばあちゃんいわく、「顔が青くて動かない…」との事、うまく表現できなさそうだったけど、それでも、意識障害も言語障害も無さそうだったとの事。左に麻痺が出ているとの事でした。

『そうか、やっぱ麻痺はあるか…でも意識障害も言語障害も無くて良かった…」

と一安心しました。

そして昨日、僕がばあちゃんを西脇病院まで送って行きました。

ICU(集中治療室)からHCU(ハイケアユニット)準集中治療室へ移ったとの事でした。

という事は、症状はかなり安定してきているという事です。

僕が行ったときには、顔色も良かったし、少しだけど会話もできたし、麻痺が出てるとの事だったけど、左の麻痺もほとんどでなくなったらしいのです。

まだ起き上がったりするのは無理らしいのですが、見当識もしっかりしてるし、ハキハキ話す事は出来ないですが、ゆっくり少しずつなら話せます。

一安心です。ばあちゃんも元気が出るように声をかけていました。

早く元気になって欲しいですね。

この感じからすると、おばちゃんの脳の血栓の位置は言語野などには影響ないところだったのかもしれないですね…もちろんICUからHCUに移ったからってまだ油断できないのには変わりないですが。

回復の方向に向かってるようで、本当に良かったです。

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2012年9月13日 (木)

ばあちゃんのたっての希望で…

先週の木曜日の休みの日に、ばあちゃんから

「段差があった、最近足が上がらへんし、降りるのも大変や…」

との事だったので、

「じゃあ、坂みたいにして、ちょっと楽にしたげるわ、そういうのこさえたげるさかい、もうちょっと日待ってな。」と言って…

次の休みが土曜日だったので、その日に段差を計測して、簡単な設計図を作って、材料を買いに行きました。

日本家屋独特の段差。どの日本家屋にもある事ですが、上り框であるとか、玄関であるとか、いたるところに段差があるのです。

一番ばあちゃんが行き来するのは、納戸(寝るところ)からトイレまでの導線で、そこには、古い台所(ご飯を食べるところ…料理をするところは炊事部屋と言っていた…)があって、ちょっと大きめの段差で二段あります。

昔の台所と炊事部屋は同じ床高なので、炊事部屋に合わせて台所を低くしてあったので、その分だけ段差が大きくなっているのでした。

当然、当時はそれが障害になろうとは思いもしませんでしたが…

じちゃんも、確かに段差に苦労はしていましたが、割合じいちゃんは足腰がしっかりしていたので、ゆっくりではあったけど何も言わずに通っていました。

あとからばあちゃんから聞いたところ、

「あれは、昔…台所を改築する時に一緒に床もあげるように大工さんが言ってくれたのに、じいちゃんは渋って、そのままの高さにしたんや。」

と教えてくれました。だからじいちゃんは多少障害になろうとも無言で通り続けていたのでしょう…何となく気持ちが分かります。

話は戻りますが…

ばあちゃんはついにじいちゃんの歳まで追いついて、やはり同じように苦労しているという事に、今更ながらに気が付きました。

いや、気が付いてはいたのですが、じいちゃんが何も言わなかっただけにばあちゃんもそうだろうと思っていたのですが…

そりゃ違うよな。言われて初めて『やっぱり大変なんやな…』と認識を改めました。気の効かんやつです。

でも、思い立ったら行動です。

今日は、特にしなくてはいけない予定もないし。部屋でくすぶってても仕方がないので、『日曜大工DAY』にすることにしました。

あまりばあちゃんを待たすのもよくないしね。

『電気まるのこ』を買おうかどうか迷いましたが

『日曜大工だし、いいの買ってもそんなに使わんよな…』

と、少し買い足しに行ったときに買わない事を決意したのですが…

これがまた大変でした…『買っときゃよかった…』と後悔しています。てか、ネット通販で注文しました。次使う時の為に…

とはいえ、今回は全てのこぎりで切りました。肩も手も筋肉痛決定です。いまこうしてキーボードに手を置いててもだるいぐらいです。

体力ってホント落ちるなあ…腕が以前に比べて細くなったから、その分軽くなってるのに、このありさまですからね。

柔道してる時は、自分の手の重さに、手を振り回すことでだるさを感じていましたが、全然違うだるさです。老いのだるさ…?

使用したコンパネは3枚。スロープを2個作成しました。

その名の通り坂なので、コンパネだと補強が必要です。もちろん補強済みだし。

で、もう一度書くけど坂なので、上がる時滑ってしまうので、滑り止めになる何かを買ってこなくてはいけないので、本日二度目の買い出し。

こういうのって苦じゃないんですよね。次の休みの日に残すことの方が苦だったりします。

そして、薄いスポンジ(?)のついた両面テープを使ってそれを固定して出来上がり。

しめて4時間の作業。

休憩も入れつつだけど、それなりに要領よく終えたと思います。

出来栄えも良くて満足満足。

おとんがちょっと文句を言っていましたが、ばあちゃんが全くその文句の事については感じていない様子なのでオトンの考えすぎだという事でしょう。

2個のスロープの内、一つは納戸からトイレまでの導線のところで。もう一つは…

台所からトイレまでの導線のところに設置。実は改築後の台所は以前の炊事部屋があったところにできたので、例によって床高なんです。

よって、台所から古い台所を通ってトイレに行くため、段差があると…

そこ用にスロープを作ったのです。

つまりは、古い台所の部屋にはスロープが台所からと、納戸の方からと二つも存在している事になりますが、出も仕方がないですよね。

実質的家長であるばあちゃんが住みやすい家にするのは当然のことだと思うし、僕たちもそういう事に積極的であるべきなんですよね、本当は…

でもまあ、今日はくたくたになりましたが、いいのができて、ばあちゃんもこれで少しは通りやすくなっただろうから、一安心です。

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2012年9月12日 (水)

おっかしな夢

もう変な夢ばっかり見るから、それに対して題名代えるのにもそろそろ限界が来ているんですが…

今回も変な夢を見ましたので紹介します。

気が付いたら僕は車で誰かを迎えに行っていました。誰やろ…その辺は思い出せません。

あまりよく知らない街を走ってて、その日は何か祭りのようなものがあるみたいで、人が多い感じでした。とはいえ、知らん街なので何でそう思ったのかは知りませんが。

そのまま少し走ると、信号待ちで、その信号を抜けるとすぐに何故か駅のホームに出ました。道路とホームがつながってて変な感じです。

仕方がなく僕は車を停めて出て行きました。

出て行ったら、ホームだったはずが、今度は住宅街を歩いています。

『あれ?おかしいな…?』

そこで、ホームにいた人の一人が、「これからヒーローの大会があるから今日は大変になるぞ…」みたいなことを言っているのを耳にしました。

住宅街のすぐ横にホームがあったのです。意味わからん…

『ふーん…子供の頃の僕やったら自分もヒーローになりたくて参加したかもな…いや、今もヒーローにはなりたいか…形は違えど…』

とかなんとか思っていたらよく分からない戦隊のレッドが来て

「男はだれでもヒーローだ!!」

とか、有難迷惑な言葉を言って大会に行ってしまいました

。僕は残念ながら鼻で笑うしか選択肢はありませんでしたが『ある意味そうかも…』とは思っていました。

どこであるんだろうな…と思いながら住宅街を歩いていたら、戦隊のピンクが軽くダッシュでこっちに来ます。

背格好や声から、『誰か』…は判別できました。知ってる人でした。が、まあそれは何か本人に失礼かもしれないのでここでは挙げない事にします。

ピンクは僕の事など見向きもしないで通りすぎて行きました。

『まあ…そりゃそうや、正体を知ってたとしても中身が変わるわけじゃないし、急に仲良くなる事もないわな…』と思いながら、僕も知らないふりをして歩いて行きました。

が、少ししたらピンクが『あれ、こんなところにハンコが落ちてる…これFさんのやつじゃないん?』

と言ってきました。正体は判別できたけど、会話などはしていない人なので、まさか話しかけられるなどとは思っておらず、焦りましたが…

よく見るとそのハンコは僕が仕事で毎日使ってるやつでした。

それは車か何かに轢かれてへしゃげて、引きずられてボロボロで、かわいそうな状態になっていました…どうやって僕の印鑑だと判別できたのか…?不思議でした。(が、そりゃ夢ならば納得です。)

「はい、これFさんのですよね?何かすごいボロボロですけど」と面白いものを笑うような笑顔で、何もなかったかのように会話して差し出してくれたのですが…

何故か腹立たしく思った僕は

「そんなもんいりませんわ!どっか捨ててください!!」と苛立ちを隠すこともせずに言いました。

何か、半分やけっぱちな感じかな?どうにでもなれ!みたいな?でも足りないなそれでは…。

うーん…何かすごくすねてる時に、今更優しくしてきた感じと、素直になれない感じと、傷つけられたことを許したくない感じ(?)とそれでも仲良くしたい気持ちが混ざった感じで、うまく自分でその感情をコントロールできなくなって、それで出てしまった怒り(?)のように僕は感じました。

ピンクは別に何も言わず、表情も変えず、と言っても仮面を覆っているので、良くはわかりませんが恐らく表情は、眉ひとつ動かすことなく無反応だったと感じました。そして『ふーん』みたいな感じでその場で数秒立ち止まったけど、またすぐに小走りで走って行ってしまいました。

僕はというと、気が付いたら河川敷まで来てました。

そこではアスレチックが組んであって…高いものは陸橋の高さがありました。

当然、高すぎるところに来ると胃が痛くなる僕ですから…『嫌やな…』とは思いましたが、実際目の前に来て、誰でも参加できて、ヒーロー杯争奪と聞いては…

『僕もヒーローになってやる…まずは手始めにカップを目指そうか…』

と思わずにはいられませんでした。

が、僕が変身すると、変身ではなく、ただのお色直しというか、着替えというか…始めの変身で間違って女装になりました。

何故かメイクさんがいて『間違いました…大変申し訳ございません…』とか言って変更してくれましたが…

グローブはゴム手袋だし、ベルトが自分のサイズに合うのがなくて…バスタオルで代用してるし…基本ジャージだし…てかマスクが昔祭りで買ったお面やし…これ完全にパッチモンですけど…って感じでした…が

『でもまあ、今なりたいと思ったばっかやから、こんなもんでもいいわ…初めのうちは恥かいて笑われて…それでも見失わんもんがあるからヒーローになれるんや…』

と思い直し、そのカッコで参加しました。が、別に誰も笑いはしませんでした。むしろ、普通の他のヒーローと同じ扱いでした。

『僕なんて今やり始めたばっかのペーペーもいいところなのに…』と思いましたが黙っていました。

で、アスレチックを二三クリアして、いよいよ陸橋並みの高さのところに来ました。

何故かジャングルジムのようになってて、そこには中学の頃の友人たちが当時のままで僕を迎えました。

「おおF、お前もここで足止めか。ここはボロくなってるからな、倒したらうまくしたら向こうに跳び移れるんやないか?」

「ほんまやな…」と言いつつ、『人』という字を連想しました。

『彼らもヒーロー杯争奪に参加しているんだろうか?てかお面の意味ないやんけ、正体バレバレ…』

そして、当時から僕よりも運動が良くできる彼らは三人で呼吸を合わせてそのジャングルジムみたいなのを体重を一斉に移動させてぐらぐらさせて動かしました。

僕は…そういうの苦手なのでコメントもせず、ただ見守るだけでした。

「よし、F今や!」

「え?ていうかお前ら行けや、お前らがしたんやし…」

「ええねや、お前が向こうに行ってくれたらそれで。」

「いや、アカンかもしれへんで、もしかしたら届かんかもしれへん。お前らみたいに僕は若くないんやで、ずいぶんとオッサンなんや…」

「ええ、ええ、その時は作戦が甘かっただけや。とにかく早う行け、可能性があるとしたらここだけや。」

「わかった…」と言って痛む胃を押さえながら倒れ行くジャングルジム(みたいなの)にしがみついていました。

やはり、体が動かない…(夢だから当然ですが…)

それでも動かない体を必死で向こうの着地点まで伸ばしました。

結果、体は残しましたが…かかとが地面についていました。

大勢が残っていればOKなのか、それとも、地面についた時点でアウトなのか…

審判の判断に任せるだけでした…

審判の判断は…『アウト』でした。

「そうか…」「すまん…」

「しゃーないわ。また次頑張ろ…」

と言われてふと、『次?次って何年後?てかこの大会何?』と思って夢だと気が付きました。

でも中学の頃の友人たちには、何故だか感謝しました。

思えば、ピンクもいい事をしてくれてるのに僕が受け入れなかっただけなのですよね。

夢に出てきた人は総じていい人達ばっかりでしたが…

この夢…はたしてどのように診断したらよいものなのか…さっぱり見当がつきません。

ちなみに夢でみる『印鑑』は本人の『自信の象徴』らしいです。

僕の自信は車に轢かれたみたいにボロボロで、ぺちゃんこで、引きずられて傷だらけ…

なんんですね…当たってます。

他に何かキーワードになるものが無いか探してみようと思います。

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2012年9月11日 (火)

どこに置いたっけ??

先日部屋の整理をしたのですが、読みかけだった貫井さんの作品を…片付けてしまってはいけないと思って、別のところに置いたのですが…

それがどこに置いたのか分からなくなってしまいました。

探せば絶対あるはずなのですが、どうもうまく置いてしまったようで、視界に入ってきません…

おかしいな…その辺にあるはずやのに…

本棚も、最近触ったところは見てみたし、掃除の時にさわったところは全て一度取り出してみてみたのですが…

残念ながら出てきませんでした。まあ当然ですよね。そこに入れないために、のけておいたのですから。

本棚にはありません…ということは、やはりどっかその辺にあるハズなのですが…

部屋の外の本棚にも入ってないし…

一度と言わず二度三度とトイレに持って入ったのですが、当然そんなところは既に何度も通っているので何度も確認済みです。

トイレまでの道順も見てみたし、台所もチェック済みです。

なのに無い…

いったいどこにうまく隠してしまったのか…

一応ベッドの下も調べたし、何かの拍子に隙間に入ったのか?と思って本棚の裏とか、ベッドと壁の間とか、ソファの下とか奥とかも調べたんですが無いんですよ。

誰かが持って行ったとか?

いやいや…この家で僕以外に本なんて読まないから誰も持って行かんやろし…

ちなみに家族には本ばっかり読んでるので馬鹿にされます。

もちろん、小説が中心なので、賢くはならないんですが…読んでもない人に本の面白さをバカにはされたくないというのが本音です。

だから、オトンに馬鹿にされても「そうやな…」とだけ答えておきます。

その「そうやな…」の続きには『どんなもんかも理解しようとせん人にいいものか悪い物かの判断なんてできひんわ…』となりますが、流石にそれを言うと怒ってウザい事になってしまうのでそれ以上は言わずに黙っています。

「仕事にも生活にも関係ないもん読むだけ無駄や。」

とよく言ってきます。

『あんたもスポーツ新聞読んでるやろが…あれも生活に関係ないやんけ、タイ●ースのことばっかやし…』

と思いますが「無駄でええねん、趣味やねやから。」と言います。このやり取り何度やったことか…

正月とか、法事とかでオトンとご飯を食べる時には必ず言ってきます。

少なくとも、オトンの好きなパチス□やパチンコよりは少額で済むし、エネルギーも使わないと思うんですけどね…

まあ、それは置いといて…

一体どこに置いたんだろう…

簡単に取れるところに置いたハズなんだけど…

まだ1/3ぐらいしか読んでないので、これからなんですけどね…

それだけに印象が弱すぎて、何かの拍子に出てきたとしても、また初めから読まなくてはいけなくなります。

それはそれでいいんですが、何となく損した気分になるので、何とか避けたいところなのですが…

…いまさっきもトイレに行ってきたのですが、ついでにあちこち見て回ったのですがやっぱり無い…

ものすごくうまく隠してしまったみたいです…

一体どこに行ってしまったんだろう…

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2012年9月10日 (月)

ピリオド

僕はある人物に避けられています。

事の発端は…一言で言うと僕のうっかり。でしょうね。避けられてもう3ヶ月以上が経過しています。

元々、それ程接触の多い人ではなかったのですが、僕の方が興味があって近づきました。

その人物の嫌っているであろう情報を他の人にうっかり話してしまった。距離が縮まった事で僕の警戒心が緩んでしまったんでしょう。

うっかり話してしまった人には、口止めをしておきましたが、罪悪感は残りました。

後日、それが、最悪の形で伝わったのでしょう。

次の日からその人物の態度が変わりました。が、僕は何の事やらでした。

当然、口止めをしたと言うのもありますが、僕自身がその人に話した情報というのは、ほんの少しで、初めに口にした後、自制心が働いて、それ以上の情報は口にしなかったからです。

仲が良かっただけに、態度の意味が分からず、心当たりはそれぐらいでした。が、それぐらいでそんなに避けることは無いだろうとショックでした。

謝罪を申し出ましたが、断られました。

その後避けはエスカレートしていきました。

会社で、その人にとってはいらない存在になっていました。いや、今もそれは進行中ですが…

他の人とは仲良くしていますが、僕だけがその人の中ではいない存在なのです。

それほどの情報を流していないハズなのですが、罪悪感は膨らみました。なおかつ、会社ではいない存在です。

負い目を負わされ、謝る事も許されず、避けられ続ける。

自尊心の崩壊です。『それでも自分を頼ってくれる、必要としてくれる人がいる』

そう思う事で何とか踏みとどまってきました。

毎日毎日、その人物と出勤日が重なる日は出勤前から憂鬱で仕方がありません。

その人物は、毎日楽しそうに仕事をしています。

悔しい。僕はこんなにも悩んでいるのに、自分だけ楽しそうにしやがって…という怒りも湧いてきます。

僕の発言によって『自身の仕事の価値を奪われた』と避けている理由として教えてもらったが、それを感じているとは到底思えない。

それに、僕が言ったのはそこまでの事では絶対にない。

もしそうだとしても、何故謝らせてくれなかったのか。

悩みに悩み、自尊心ももはやボロボロ、情緒も不安定。会社にも行きたくない。仕事もしたくない。

なのに考えてしまう。ずっと考えてしまう。頭から離れない。協力者もいない。

孤立。

誰かに相談したとしても、真に自分の言っている事を理解してくれる人はいない。

理解したとしても行動できる人はいない。

孤独、ただ痛めつけられて終わるだけです。サンドバック状態。

もし、避けが今後無くなったとしても、向こうの謝罪なしでは僕は謝れません。

それ程の事を向こうもしているのです。

その実感がないから自分だけ楽しそうに仕事ができるんですよ。

会社で、僕が、みんなの手前、心のダメージのままに振る舞いを変えれますか?

そんな事はできません。

避けなんて無いかのように振る舞うのは当たり前の事です。

恐らく、避ける事で僕がどれほど精神的にダメージを受けているかなんて、考えもしていないでしょう。

そう、考えてないんです。

意識的に避けてはいるけど、それももはや習慣ではないでしょうか。

もう僕は疲れました。

罪悪感の分ももはや勝手に消させてもらいます。

償いは受けた。

これ以上はもう求めない。その人物は今後も避けるでしょうが、僕には関係がない事です。もう僕は悪くない。

多少なりとも仲良くしていたからと言って、関係を戻そうと思った僕が甘かった。

避けている以上向こうはその気は無いと取ってまず間違いない。

こっちももう仲良くするつもりはありません。

勝手に避ければいい。

そして僕はその人物が謝るまで絶対に許さない。謝罪もさせず負い目を負わせなお罰を与えるその執拗さに僕は怒っています。

自分だけのうのうと、そして僕の言ってほしくない情報を他の人に言っているのも分かった。

それが理由だったはずでは?同じことをしているやないか。なら僕を傷つけただけ余分だろうが。

これだけは時間が経っても謝らないなら絶対に許さない。

絶対にです。

こんな事が許されていいはずがないでしょう。許されていいのは、精々『ハンムラビ法典』まででしょう。

今は、会社で見る度に怒りが湧いてきます。

避けるなら避けたらいいです。今の状態を続ければいいでしょう。ただ、それを本人の意志だけで緩めたとしても僕は避けます。

どんどん嫌いになります。その人と同じ分だけ自分も嫌いになりますが、それも仕方なしです。

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2012年9月 9日 (日)

金銭感覚…?

自分の金銭感覚が、『ちょっとおかしくなってるんとちゃうか?』と思う瞬間がありました。

いやね、以前から、印鑑証明用の実印を新しくしようと思っているのですが、それが、インターネットで注文すると5000円前後であるのですが…まあピンきりで、いいのを選ぶとそりゃその10倍ぐらいするのもあるんですが…精々僕が買うとなると1万行くか行かないかぐらいのものを選ぶだろうと思います。

正直、少し調べてみないと何がいいのかとかも分かりませんからね。

まあだとしても、自分が大体考えている値段はインターネット価格で5000円から一万円程度だということなのですが…

男子たる者人、に恥ずかしくない実印を持ちたいなと思ったりしますからね。

印鑑証明登録したのが実印になるのですが、以前ここで書いたように、高校の卒業の時にもらった三問印をそのまま実印登録したので…

まあ、それ程こだわる事でもないのかもしれないですが、もう少し『格』をあげた方が、何となく良いような気がします。

それに…一応長男やし。

それで、まあ悩んでるのが、もう去年いや、それより前か、前の前のパソコンの時からやし…

とはいえ、ぱっと出せない額ではないんですよね。

今日の題になってる金銭感覚ですが。こないだから、特に必要でもないハズの招き猫のストラップを買ったり…着もせんのにTシャツを買ったり、ポロシャツを買ったり、サイドポケットやボディーバックを買ったり、充電電池を買ったりと。

ずいぶん精力的に買い物をしていますが、これって本当に必要だったのか…?

と疑問になっています。以前僕が書いてたような『良い買い物をした。』という感覚はちょっと最近感じてないかな?「M-65」以来無いな…

で、こないだからちょろちょろ買い物してるそれらですが…総額が大体2万ちょい。

いらんかったかもしれへんもんに2万ちょいも買うぐらいなら…

実印買えたやないかコンチクショー!!

と思ってしまいます。まあ、いらんかったかもというのは言い過ぎですけど。ボディーバックやTシャツとか。買っても着てないのが押入れに眠ってるのに、ちゃんと使うんかい!って思います。

買う時は当然今でも『いい感じやん!』と気に入ってはいるんですよ。でも外出は車が100%。運転は好きだけどバッグはいらないですからね。

ちょっと歩くぐらいでもバッグはいらないですし…

弟とかがボディーバッグを持ってたら、車からここまで、何でバッグがいるねん!って突っ込みたくなりましたからね。

話がボディーバッグに偏りましたが…

Tシャツやらその他のモノも…使いはするけど、衝動買いに近かったので、もう少し、価値ある買い方が良かったな、と少し残念に思っています。今度はもう少し考えて寝かせてから買う事にしようと思います。

そんなこんなで2万ものお金を衝動買いで消費しておきながら、かなりの後悔と共に、五千円から一万円の境界に悩み、更に買うかどうかでも悩むという…

僕の中では実印は結構必要度が高いはずなのに、それでも衝動買いに勝てないというのはどういう事なんでしょうか?

5000円ならボディーバッグとTシャツで十分お釣りがくるし、更に充電池と招き猫のストラップを+したら、あと少し足すだけで同じぐらいの額になります。

でもそっちの方がいい買い物だったと自分では思ってるのかも…

もしかしたら衝動買いの方が買いたいものなのか?いや、買いたいものだから衝動的に駆ってしまうんだろうけど、『必要』と『欲しい』とは違うという事でしょうか。

『やらなくては』と『やりたい』とが違うのと同じようなことかもしれませんね…

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2012年9月 8日 (土)

あ…すいません。

今日、トイレで用を足していると…一匹の蚊が迷い込んできたので、『鬱陶しいなあ…』と思い、掌ではたきました。

そこそこの大きさだったその蚊は、みごと掌に当たり、その衝撃で吹っ飛んでいったのですが、そんなもので死ぬわけではありません。

そこそこの大きさというのもありますが、まず僕に殺意がない事が一つ。

僕は蚊に刺されにくい体質のようで、今年はまだ蚊に刺されていません。とはいえ、先も書いたように鬱陶しいとは感じます。

当然、さされにくいだけなので、刺された時はみなさんと同じようにあの独特のふくらみができるし…普段刺されない分大きくなるし後も残るので、刺されないに越したことはないのです。

だから、まず刺されないけど、飛んでいるとはたきたくなります。まず刺されないのでそれ程殺意はないのです。

自分がいる時に何やら弱まった感じであればそれでいいのです。つまりは刺されない状態になってればいいという事で…

害虫とはいえ、むやみに殺すことも無いだろうというのが僕の考えなのですが…ただまあその考えにも一貫性はなくて…

ちょっとイライラしてると、両手でやってしまいます。いや…殺ってしまいます。

そもそも、蚊の寿命は一か月ぐらいです。が、この時期は越冬する蚊がいたりするので、中にちょっと大きいのがいたりします。

蚊なんてちょっと見た感じで雄か雌かなんて判断できません。

雄は実は血を吸わないんですよね…蚊の雄はただ交尾のためだけに存在してて…交尾を終えるとさっさと死んでしまいます。

まあ、人間の世界でもこの構図ってそれ程変わらないですけどね…

雌の蚊だけが血を吸います。それは卵を産み落とさなくてはならないからです。

それはもう死ぬ気で血を吸いに来ます…残された期間、何とか血を吸って卵を産み落とすために…

ちなみに蚊は血を吸って2~3日で卵を産むそうです。それを何度か繰り返すらしいのですが…

もちろん、蚊は本能で動いていて、感情など持ち合わせていないんだろうとは思います。

思いますが、日々を何気なく生きている僕が、そんな必死になってる蚊を簡単に殺してしまっていいのか?と思います。

一寸の虫にも五分の魂…と言いますが。僕はそれは嘘だと思っています。

言っちゃなんですが、蚊やムカデやコバエなんかは、害虫と言われてて人間の生活の中では害とされています。多くの人はその辺の害虫なんてゴミ同然に殺してしまいます。

これのどこが五分なんですかね?少なくとも多くの人間がこういった虫よりも上位種だと思っているに違いありません。いやそう思ってない人の方が少ないでしょう。

まあ、事実なんですけど…

蚊なんて一か月生きるかどうかだし、越冬するのだって決められた種類だけですしね。

ちなみに害虫というのは人間のエゴによってそう決められただけで、蚊は子孫を残すために人間の血が必要なだけなのですよ。

痒くしたくてしているのではなくて、あれは麻酔で人間に気づかれにくくしているからです。彼女らも生きるために必死なのです。

そう思うと、なかなか殺せないものです…

そういう考えに至るのは、僕があまり蚊に刺されないからだというのもあるんでしょう。

いや、それがでかいのかもしれない…

以前にも書いたけど、僕は次に生まれ変わるなら蚊になりたいと思っているのです。

ただ人間の血を求めて、一生に一度できるかできないか、文字通り必死で人の血を吸いに行きます。ただ子孫を残すという目的のためだけに…それも本能に従ってやっているだけだろうから、そういう認識も無く、一心不乱に…

目的を達成して、そういう風に一生を終えたら、それは幸せな事だろうなと思います。

それも場合によっては、血を吸う直前に一瞬にしてこの世を去る事ができます。痛みとかそういうの感じてる暇のない程に…

蚊取り線香とかベープとかはちょっと勘弁してほしいけど…

で、今日これを書こうとしたキッカケが…

さっき書いたはたいた大き目の蚊なんですが…そのはたいた蚊は弱ってそのまま蜘蛛の巣に引っかかって…

その大きさ故に蜘蛛の巣のとりこになってしまい…瞬く間に主がやってきて糸で動けないようにされてしまいました…

『あ…すいません…』と思いましたが…それでも僕もその程度しか思えませんでした。

やはり、五分の魂だとは僕も思ってないんでしょう。

ちなみに蜘蛛は満足でしょうね、ご飯ができて…

何やら複雑な気分な今日この頃でした…

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2012年9月 7日 (金)

カレンダーの先がないのが基準て…

古代マヤ文明というのがあるんですが、その文明の優れている所は、遙か昔であるにもかかわらず、現代採用されている太陽暦とほぼ同じものを既に採用していたというところですよね。とても有名な話です。

その暦の読み方には…確か20日とか260日とか360日+5日とか何かそれがサイクルしてて、うまく計算されて、優れたものになっていたようですが…詳細は忘れました。

で、それがどうしたというところかもしれないですが。

古代マヤ文明にそれを記した石碑なり石墓なりがあって、それに記されている期間が、2012年の10月かそこら…らしいんですよね。

つまりは、マヤ文明から残されてるカレンダーには今年の途中までしか記されていないとの事ですが。

だからどうした…ですよね、それこそ…

それと、終末思想を重ね合わせて、『古代マヤ文明が予言している通り世界がそこで終わる…』と唱えている人々がいるらしいのですが…

あほらし…と思ってしまいます。

古代人が、現代人と違った能力を持っていたとして、例えば予知する能力に少しだけ長けていたとしても、だったらなぜ古代マヤ文明は滅んでしまったのか…

っていう事ですよね。

装飾物や建築物もアーティスティックで味のあるモノだし、狩猟はしなかったみたいですけど、稲作やら果実を採取していたそうですから。

高度な文明を持っていたと思われるのに、何かの要素によって滅んでしまったんでしょうけど…

それを予見できなかったのであれば、世界の滅亡など予見できるはずがないのです。

だから、石碑だろうが、石墓だろうが、そういうものに刻まれた暦が例えば10月までだとしても、それは、ただ10月だっただけだと考える方が自然だろうと思うのです。

大体、マヤ文明って3世紀頃(?)にあった文明で、8世紀頃だったか、それぐらいにピークを迎え、気が付いたらなくなってた文明ですよね。

暦の取り方が現代に非常に近いものであったとしても、それだけだと考えるのが普通ではないでしょうか。

それとも、その暦の取り方は全て特殊な能力であったとでも?そんなはずはないですからね。先も書いたけど、それなら文明は滅んでないですから。

一度刻み始めた暦をどこで止めたらいいか…

案外それだけだったのではないでしょうか?

300~大体900年ぐらいの時にですよ…『2000年超えたらもういいんじゃね?』って思うのが普通だと思うのですよ。

それを『ああ!10世紀も前に書かれてる古代人の遺跡にあと数十年で暦が無くなってる!!てことは地球が滅びる!!』って考える方がはっきり言って不自然ですからね。

そうした方が、話としてはわくわくするけど、それを現実とごっちゃにするのは良くないですよね。

少なからず惑わされる人もいるでしょうに…

人間、悪く考えようと思えば、いくらでも悪く考えることができます。それだけ、人間が社会生活において不安が多いという事でしょう。

悪く考えるのは得意なのです。

例えば、長所と短所は裏返しです。理解ある心で短所を見ればいいところに見えるし、その逆もある。

ただし、理解ある心で短所は見れない。悪くにしか考えられない。

それが人間です。

なぜなら、傷つくのが怖いからです。良く考えてて悪くされると。その分だけショックが大きいからです。だから悪く考える癖がついてしまうのです。

所謂自分を守るために人間が取る行動ですね。自己防衛本能というものです。

危険と思われる人物をそばに置きたがらないのは人間の本能から来るものです。

話が逸れて戻れそうにないので戻りますが、不安を煽ると『何をバカな…』と思いながらも『そうなったらどうしよう…』と思う人が多いと言いたい訳です。

その不安からどうするかは個人の行動ですが、悪く考えてしまうと、中々脱出できないものです。

不安な情報は伝わるのが早いし強い。ネガティブキャンペーンて印象強いでしょ?

広げる方はそういう事を考えて発表しないとおかしなことになりますよね…

マヤ文明のカレンダーが2012年までしかない…だからどうしたんですか?作る方も2000年以上作ればそれでいいと思ったんじゃないん?

これでいいんとちゃいますか?

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2012年9月 6日 (木)

ネタ帳より…

と言っても「過去の日記より」です。

悩んだときは「音楽もいいよ」との事ですので、何を聴こうかと迷った挙句。クラシックにしようとしたのですが…

そんな高尚なものが今の僕には入っては来ないので、仕方がなく、Jミュージックのインストゥルメンタルになったのを聴こうと思ったのですが。

それで、持っているのといえば、GL▲Yのものだけでした。他にもいろいろあったと思うのですが、パソコンを乗り換える段階でどこかに消し飛んでしまったみたいです。残念。

で、結局のところオリジナルを購入したGL▲Yのアルバムを…聴こうと思ったのですが…

それを引っ張り出している時に、GLA▼の三枚目のアルバム「BEL●VED」のスコアブックが出てきました。

『お…これは…懐かしいな…』

そもそも「BEL●VED」については、友人に貸してからというもの、どこかに行ってしまってなくなってしまったので、もう何年も聴いていなかったりします。

高校生だった当時GLA▼が好きで、特にこの「BEL●VED」については、題名の「BEL●VED」も収録されてて…

始めは、ただそれだけで買ったのですが…他の曲も名曲がいっぱい入ってて、G■AYが好きな人はこのアルバムを持ってない人は「もぐり」だと言っていい(と僕が勝手に)思うほど完成度が高いアルバムだと思います。

歌詞もいいのが多い。まあ、それで高校当時、このアルバムのスコアブックを買って必死になってギターとキーボードを練習したという訳です。

だからこのスコアブックはいろいろ書き込みがあって、今見ると味があっていい感じですね。

実はこの書き込み…初めは書き込むのが嫌だったんですよね…

アルバム自体は実は高校生だった僕には買えなかったんですよね…今みたいにCD-Rとか、音楽端末とかもデータも出回ってた訳でもないし…

音楽を聴くウォーク●ンだってそういう名のついたのはカセットテープの時代です。

CDを買ったってやつに借りてカセットテープにいそいそと涙ぐましく録音していた時代の話です。でもスコアブックは1500円しないぐらいで買えたので、

『これ、自分で演奏しながら歌えるんちゃうん?』とか思って買ったのでした。

僕がそのアルバムを手に入れるのは、そこから5年ぐらい経ってからですが、それはまた別の機会に。

お金が無い高校生ですから、そのスコアブックさえ思いきらないと無理でした。

で、まあ買ったときはテンションあがりまくりで、もちろん「BEL●VED」から練習しましたが…

他の曲もいい事に気が付いて、他の曲も…練習したのですが…

何せ柔道部です。真夏のくそ暑い中風通しも悪い柔道場で柔道着を着て稽古をするんですから、もうそれはそれはひどい汗の量です。

定期的に水分補給しなくては脱水症状を起こしていたでしょう。

まあそんな状態ですから。毎日道着を持って帰るのですが、たまたま、ビニール袋を忘れてた日があって…その日に限ってギターの練習をしようと思ってスコアブックを持って来てたんですね。

ギターの練習は滞りなく…というか、学校の防音完備の第二音楽準備室(ギター部部室)に行って気のすむまで練習するのですが…

それは問題なく終わったのですが…

その帰り、ビニールに道着を包んでない事を忘れてしまっていて…

気が付いた時にはスコアブックは柔道着の汗を吸ってしまっていました…

教科書とかがあればまだよかったのですが…残念ながら夏休みだったので、そんなものはありませんでした。

とはいえ、いい紙でできていたので、乾くまでの間に圧力を加え続ければうまくもとに戻るかもしれないという思いがあって、そうせずにはいられませんでした。

ちなみに、気が付くのが早かったのか、柔道着の入れ方が良かったのか、汗を吸ったと言っても、ブックの角のところから裏側の1/4ぐらいにかけて吸っていただけだったので、まだ、うまく繕えば何とでもしようがあるように、当時の僕は思いました。

そして、本棚の下にそーっと噛ませて、2・3日様子を見ることにしました。

結果、確かに中は一度濡れた後があるものの、外見は前と同じ状態で、それだけで、大分救われた気分でした。

当時の僕の感想が

「自分的には思い切って買い物をしたのだけど、すぐにシミを作ってしまったことに後悔している。でも軽傷…?で済んで良かった。これなら慣れれば気にしないかもしれない…」

でした。まあ当然ですよね。

それからというモノ…少し考え方が変わっています。

「メンバーの写真とかが載ってるスコアブックだけど、スコアはスコア。コピー取るよりもいpっぱい書き込んだ方がスコアとして有意義な気がする。大切に使ってもいつか僕はこの前みたいな事をしてしまうでしょう。なら、そうなる前に自分が、スコアとして後悔しない使い方をしようじゃないか。」

と書いてあります。今の僕の考え方に近いですね。

自分しか使用しないものを、いつまでも新品みたいに大切にして使いづらく使いながらボロボロにしてしまうよりも自分が自由に使いたいように使ってボロボロにした方が余程有効的だと思います。当時の僕の考えに賛成です…って本人ですが…

とまあ、スコアブックを引っ張り出してきてから、こないだちらっと見た日記に「●LAYのスコアブックを思い切って買いました…」の文があったので、すぐにそれを取り出して、当時の事を思い出した…というか読んで思い出した次第です。

確かによく見ると上の角から裏の1/4ぐらいのところに染みがありますが、製本自体はきれいです。

書き込みは沢山してありますが、いいですね。先も書いたけど味がある。

『こんな事もやってたなあ…そういえば。』と思い出しました。

何にでも好奇心旺盛だったんですね当時の僕は…

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2012年9月 5日 (水)

それはおかしい…

うちのオトンは、毎日毎日冷房をガンガンに効かせて寝ています。ていうか部屋にいる時は(時々いないときも)必ずエアコンを効かせて生活しています。

しかも設定温度は19℃…あほちゃうか?と思いますが…

もう30年前に買ったエアコンをまだ使っています。そっちの方がアホちゃう?とも思うのです。

とはいえ僕のももう15年も使っているので、そろそろ買い替え時かなと思ったりしているのですが、それはそれとして…

19℃て…僕の部屋のエアコンの設定温度はこの夏、常に28℃。上がる事はあってもそれより下がることはありませんでした。ちなみに今は30℃にしています。すぐ下の弟が来て、22℃にしてた時はものすごく寒くて風邪ひきそうでした。

『何か寒いな…』と思いながら布団にくるまってて、ふとエアコンのリモコンを見たら…『いい!!22℃!?いつの間に!?当たったからってこうはならんだろ!?』と思い返してみたら、弟が来てたなそういえば…という事になったのでした。

あの時は冬かと思うほど寒かったのですが、19℃て…

で、昨日オトンが台所に入ってきて

「相変わらずこの部屋暑いの~!!」

と言っていましたが。近頃は夜間になってくるとかなり涼しさが出てきて。窓を網戸にしてやるだけで、かなりいい風が入ってきて、涼しく感じていたのです。

その日も涼しいと僕は思っていたのですが。オトンがそう言うので、その時はエアコンの存在を忘れていたので『オトンおかしな事言うなー…』と思っていたのですが…

そういえば少し前…ばあちゃんが

「電気代今月4万近く来ててどうにもしようが無い…」と言っていたので、当ててた分より多かった分は僕が出しました。

その時は『夏だから僕もエアコン使うしな…』と思っていたのですが。

僕ってそんなに家にいないからエアコン使うって言っても知れてるんですよね。

でもオトンとオカンは二人で一部屋使ってるから、ほとんどどっちかがいて、エアコンが常についているから…しかも30年前のが…

電気食ってるのはあのエアコンだろ!?とお金を出してから数日してから思いました。

で、昨日何となく(マスクをして)オトンの部屋のある二階に上がったら…もう上がる段階からして温度が違う…

二階は冷蔵庫並みです。『アホやなこの室温…こんな寒いところで寝たら死ぬぞ?』と思うほどでした。

『こりゃホンマに19℃あるわ…てか10℃ぐらいとちゃうか…?そら、こんなとこから台所へ来たら暑い思うわな…ここが寒すぎるんや…』

オトンの温度調節機能は完全におかしくなっていますね。おそらくオカンも。

僕もエアコンを使ってるので、多めに電気代を出しましたが、本当に使ってるのは、新しいエアコンを買うだけの貯金も作る気さえないあの夫婦ですよ!

せめてもっと省エネ型のにすりゃー電気代も下がるだろうに…

しかもあんなにフルで使われて…

10年ぐらい前、友人がエアコンをつけたまま帰省して、2週間…それまで使ってたのと合わせて請求額は18000円ぐらいだったらしいです。

思ったほどじゃないな…というのが僕の感想でしたが…友人の部屋には当時の最新式のエアコンが配備されていましたから、だからそんなものだったんだろうと思いますが…とはいえ痛いのは事実ですが…

おそらくあのオンボロエアコンだったら倍ぐらいするでしょうね…

20年前ぐらいまで、そこそこ見かけたあの室外機ですが、今では全く見なくなりました。あんなのフルで使ってるのうちぐらいでしょうね…

パチンコ行くお金があるなら、ちょっとずつ積み立てればいいのに…

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2012年9月 4日 (火)

自分に合った仕事は…?

いろいろ考えます。ホントいろいろ考えます。まず、会社を辞めるかどうか。もう誰かに相談したり言ったりするのは止める。ここでも今日が最後にしようと思う。

今度の平日の休み。ハローワークにでも行ってみるかな?と思ったりしています。

自分のやりたい仕事は??

やりたい仕事はあったけど。32歳という年齢が、二の足を踏んでしまう。一生懸命勉強して、受かったとしても、その時は30代後半…

そう、そこが問題。あと2・3年ぐらい若ければ、チャレンジできたかもしれません。なんだかんだ言ってサラリーマンとしての生活に浸りきってしまっています。

適性検査を、今更ながらにやってみました。

いっつもそうなんですが、この適性検査っていい事しか書いてないような気がする。ちょっと転職やる気になってしまうぐらい。

とはいえ、基本的に自信家な僕です。

心のどこかに『ま、当然と言えば当然か。』というのがあるのが、自分で恐ろしかったりしますが…

適性検査で得られた能力値はどこまで信用できるんだろうか…?

結論項目には

『総合して大勢をリードする能力が特に高く。忍耐力があり、責任感も強い。周囲との協調性もあり、多くの分野で活躍できる。また、行動力もあるため、得意分野での独立も視野に入れて考えるのも良い。』

と書いてある。

これは…けっこうのぼせ上がりそうな事が書いてあるではありませんか…

特に活躍できる職業『サービス業・小売業・福祉関連・教職・監督業』とかいてある。

監督業って何??

野球?サッカーとかのあれ?違うよね?管理監督職とかそういう意味ですよね?

いや、注目すべきはそこではない…

サービス・小売り・福祉・教職…

この辺、僕がなろうとしてたり実際なった職業やないか…

でも、先生はありか…?良く考えたら、僕って教職取ってたんだった。

すっかり忘れていましたが…

教育実習で『もう二度と僕が教壇に立つことはないだろうと思いながら高校をさよならしたのですが…

実際今でも情熱を持って取り組めそうかというと、それは甚だ疑問です。

そういう意味では先生も没なのですが…

選択肢の一つにはなり得るのでは?

先生をなめるなと言われそうですが、「灰谷健次郎」を読んだら。『伝える事は素晴らしい事だ』と思えたことは確かです。まあ僕が彼の作品の中の何を読んだかは想像にお任せするとして。

伝えるという事は、何も先生だけの特権じゃありません。

子供の頃はそうだとばかり思っていましたが。

先輩→後輩もそうだし、大人→子供もそうだし、上司→部下もそうだし…もちろん先生→生徒もそうですが、学校では教えてもらわないことは、実は社会に出てからの方が多くて、自分が経験して苦い汁を飲んできたことも。他の人はそれ程の経験がなかったりしますし、自分が真摯に向き合えることも、他の人はそうではなかったり。またその逆もあります。

そういう事を教えるまたは教えてもらうのは、会社でだったりします。

一般企業の中の中小企業に就職して、良かったと思えるのはその視野の広がりです。

公務員が視野が狭いと言っている訳ではありません、知らないから、ここではあえて言及しないというだけです。

一般企業は、利益を上げるために存在しています。利益をより効率的に上げるにはどうすればいいか。という事を常に考えているのが一般企業です。

だって、利益上げないと会社はつぶれてしまいますからね。

『サンセク』とか『公共サービス』とは違い、代わりはいくらでもありますから…

だからこそ、厳しい企業努力や、技術の進歩により、より質の高いものが生まれるのだろうとは思います。

話がおかしくなってきましたね…

僕は、教えるという事に喜びを感じるし、伝える事に割と重点を置いて生活しています。そして、頼られることにも…

今の会社でここまで来るには、それなりに心胆を嘗めたのですが、それでも、自分ではそれを失う事に、不思議と『もったいない』とか『せっかく』とかいう言葉は出てこないのです。

それよりも比重の重たいものがあるのかもしれないですが…それも自分の一部だからかもしれません。

それ以外にやりたい事も…実現可能なモノも無いのですが。

気力がわかなくてはどうしようもありませんしね。

ある事を考えると、最近元気になれることが判明。それで、少しは力が出るようになってきました。

ネガティブによるポジティブです。

自分が今立ってる方向がどっちなのかは分からないですが、とにかく前を向いて行こうとは思います。

何か支離滅裂ですが、今日はこれで…

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2012年9月 3日 (月)

発散!!!

とにかく、頭の中がごちゃごちゃしてきたら、もう書いて書いて書きまくります。

それだけ書いたら字もきれいになりそうなものですが、書いてる姿勢も悪いし、元々左利きを強制したので、どうにもあんまりです。

それはいいとして、大体のノートが30枚60ページなのですが、それこそ、ごちゃごちゃしてきたときの消費は20枚ぐらい楽に書いてしまいます。

何を書いているのか…後から読んでもよく分かりません。一応文章にはなっているのですが、恐らく、伝え方が未熟なせいで、論理矛盾に見える書き方をしています。

でも、まあ、筆圧や文字の形、文体を見ると、もう思うがままに筆を走らせているんだろうという事が見て取れます。

最近ノートをまた書き始めて、20枚とはいかなくても10枚ぐらい書く事は何日かありました。

実はまた新しくノートを買ってきました。自分の店で買おうと思ったのですが、いざ、買うとなるとちょっと恥ずかしいのでやっぱりボッタコンビニで買う事にしました。

とにかく、意味が分からない、自分の中でうまく処理できない。悔しい、つらい、どうにもしようがない事が連発すると。

その思いを文章にしなくては収まらないのです。

いや、治まるまで書き続けると言った方がいいかもしれません。その長い長い書いている時間の中に、時に悲しみを、時に怒りを、時に喜びを…

喜怒哀楽を繰り返しながら、文章で妥協して、気持ちではおさまりが付いていなくて、それでいて落ち着きを取り戻していく。

何か不思議な感覚に陥ります。

長くボールペンを握っているので、手首が痛くなります。

うつ伏せ寝姿勢で書くので、圧迫されて胸が痛くなってきます。同じ姿勢でいるのでおなかの辺りが熱くなってきます(これは夏だからですが)

それでも少しずつずらしながらも書き続けます。ひたすら、気がまぎれるまで。

書いて書いて書き続けると、少しずつ落ち着いてきます。そしてフラットな状態に戻るとチャンス。

眠る事が出来ます。

書くという事は、自分との対話だと思います。納得できない事を整理する。整理した内容を精査する。やはり納得できないから違う角度で考える。違う問題を出してくる。本当に自分を考えてみる。過去ならどうか今ならどうか今後どうするか…

もうそういう事から、幼い記憶から学生時代、今までに至るまで、思い出せる記憶を思い出し。文章の途中だろうがなんだろうが、『そもそもこの考えに至るようになったのは…』とかなんとか書いて解説に入ってしまう。

こうなるともう収集が付かない程に長くなる。手首も痛くなる。

けどこうして書くことによって、それなりに落ち着きを手に入れることができる。しばしの間だけど、客観視することができる。

うまくいけば、そのまま収めることもできる…

とにかく、最近見つけた…というよりは昔はやってたけど、最近また始めた、もう一つのごちゃごちゃしてきた時のストレス発散方法ですね。

読書で文章が何となく入ってこない時、こんな事は初めてで、少し戸惑いましたが、読書がダメなら文作です。

こっちの方が、実は外に出すので解消にはいいかもしれないですね。

読書はあくまで受けですから…

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2012年9月 2日 (日)

水洗にて…

もう、汲み取り式だった頃の事は忘れてしまうぐらい今のトイレに馴染んでしまいましたが…

小学生の時は(以前書きましたが)オカンのせいで怖くて怖くて、夜トイレに行くことができませんでした。

じいちゃんに相談したら「そんなもんおる訳ない!!」と言ってげんこつを食らった事がありました。

当時じいちゃんが40年住んでも一度も出会った事がないとの事。

その言葉には少しだけ勇気づけられましたが。

オンボロの換気扇が夜間「ボ~~…」と音を立て、それが下の空洞に響いて便器の方から聞こえてくる音が恐怖を掻き立てました。

そのうち、どうでもよくなったのですが…子供の頃の恐怖ときたら無いですね…

大人になって体重が増えると…違う意味で恐怖でしたけど…

昔の母家のトイレも汲み取り式で、更に、便器が無いので丸い穴が開いているだけでした。

もうそれが余計に怖くて…別に、その穴が大きいとかそういうのじゃないんですけど、落ちそうな気がして怖かったのです。

どうやら、母家のじいちゃん(僕からしたらひいじいちゃん)が便器を洗うのが面倒だからそうしたらしいのですが…

慣れれば大丈夫と母家の兄ちゃんは言ってましたが…どうにも子供の頃の僕は慣れることよりも恐怖の方が先に立ちました。

しばらくして改築されて、大きな屋敷だった母家はより立派で大きな屋敷に代わり、トイレも(下水工事が進んでないため水洗ではないが)半水洗になり、汲み取り式ではあるけど、俗にいうところの『ぼっとん便所』ではなくなっていました。水で洗い流すようになってて、当時の僕には最新式に見えました。

何よりも「ボ~…」という音がしない所が良かった。

少年Fはその事に感動していました。つまりは母家のトイレも同じ換気扇がこれまではついていたのですが…

家のトイレが嫌なので、当時母家のトイレを借りにわざわざ外の道を通って母家に行ってたぐらいでした。

ホント何が何だか訳が分からないですね。夜の外よりもトイレの方が怖いなんて…

友人が僕の家に来た時にトイレを借りようとして。

「ちょ、これトイレが違う意味で怖いんやけど…」

と言われた事がありました。言いたいことは分かります。僕が母家のトイレで感じた事に他なりません。

その当時の僕の家のトイレは汲み取り式でしかも木製の地面でした。いわゆる底が抜けそうという意味です。

何とも…分かってはいましたが、友人から言われてそれなりにショックではありました。

しかし

「ああ、でも底は抜けへんな、僕は君よりも体重重たいけどそんなん抜けたことないで?」

と言ってやりました。

が、友人は

「ちょっとその辺のコンビニ行ってくるわ。あてもなくなってきたし、ついでに様も足してくるわ。」

と言ってコンビニに逃げて行きました。

まあ、無理もないですね。僕も母家のトイレで同じことをしましたから。

コンビニでは無く自分ちでしたけどね。

まあそんなこんなでもう10年ぐらい前になるのか…下水工事が終わって、水洗トイレになって、「木製汲み取り式」からちゃんとした(?)ドラマとかマンガに出てくるようなトイレに変わったのは…

あの時は感動でしたが…

今は普通になりましたね…慣れとは恐ろしいものです。

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2012年9月 1日 (土)

これを書くのは何度目?2度目か?

「はいー、今日廊下で、下級生の女の子がこけたので起こしてあげたので、自分ではいい事をしたと思って『いい事したら気持ちがいいな』と一緒に歩いていた●●君に言ったら、●●君は『自分でこかして何が気持ちがいいや!』と僕がこかした事にしてきました。」

『終わりの会』にて。

『今日の良くなかった事』の発表で、いの一番に手を挙げて言いました。

というのも、その日の休み時間、廊下を歩いていると、下級生の子が廊下と、増設された下駄箱との境目のところが、鉄でできた扉があって、それは常に開いているんだけど、その分だけ下が5mmぐらい出っ張っていて、それに引っかかってその子が転んだのです。

その子は僕たちより後ろからやってきて、追い抜かしてすぐに転びました。

僕が壁側、●●君が廊下側に歩いていました。

僕は●●君を抜かし、その子に駆け寄って、転んで泣きそうになっていた子を起こし、脱げてしまっていたシューズを揃えてあげて、『大丈夫?』と声をかけました。

その子は大丈夫と答え、「ありがとう」と言ってまた走って行ってしまいました。

僕は何かむず痒いような、恥ずかしいような…でも、少しだけお兄さんになれたような気がしました。

僕は嬉しくてついそれ程仲良くない、ただ一緒に歩いていただけの●●君に

「いい事すると気持ちがいいな。」と、言ってしまいました。

「どこがいい事やねん!」

「え?どこがって、転んだ子を起こしたぐらいやけど…いい事じゃないん?」

「どこがいい事やねん、自分でこかしといて!」

「はあ?何でそうなるん?」

「走ってきてた子に足だしてこかしたやんけ!」

「は?何を言ってるん?僕●●君の隣におったやん?僕らの前で転んだやんか?」

「いいや!お前が足を出してこかしてたやんけ!いいかげんにせいよ!!」

「ちょ…ホンマにそう思ってるんか?」

「当たり前やろ!この目で見たんやから!」

「ええ!?だって僕壁側におったやんか!」

当時、端を歩くのが僕の癖で、廊下側は上級生が来ると怖いので壁を触りながら端っこの方を歩くのが毎日になっていました。当時もその通りで、壁を自分の歩幅に合わせてタッチしながら歩いていたのでした。

だから、足を出したとしたら●●君を転ばす事になったはずです。

この目で見たとは?一体何を見たのだろう。何でこんな嘘を言うのか意味が分かりません。

「いいや、お前が足を出してこかした!それの何がいい事やねん!アホとちゃうか!」

「…お前こそ何を見てたんや、目腐ってるんとちゃうか?僕が足だしてたらお前がこけてるやろが!お前の左に僕がおったんやから!」

と言っても、転ばすところを見たと言って聞かないのです。

転ばせてないから、そんなところ見れるハズも無いのに…

で、教室に帰ったら僕が下級生をいじめたと言いふらす●●君。

僕は何でこんな事をするのか意味が分かりませんでした。

ただ一つ、濡れ衣だという事だけが強く残りました。『終わりの会で言ってやる。僕は壁側にいたんだ、絶対足なんて出せない。それに、僕たちを後ろから抜かしてから転んだ子にどうやって足を出すというのか…』

僕が見たのは境目につまづいて転ぶところでした…

『こいつは一体何を見ていたのか?何を言っているのか?訳がわからない??』

ただ一つだけ言えるのは僕は●●君が言っているような事はやっていない。それだけでした。

もう悔しくて悔しくて。何で僕がこんな事されないといけないのか。僕はいい事した人のはずなのに…

そして冒頭のように発表したのでした。が、その二の句を継いで●●君が

「はいー、僕はこの目でF君が下級生の子をこかすのを見ました。」

「僕はこかしていません、僕よりも●●君の方がその子に近かったぐらいです。」

「はあ?何でオレがこかさなあかんねん!お前やろ!お前がこかしたくせに謝れや!」

「僕だって何でこかさなあかんねん。決めつけんといてーな!」

「オレはこの目で見たわ!」

「目腐ってるんとちゃうか!?」

「じゃあ何であの子はこけたんや!言ってみろや!」

「ドアの出っ張りみたいなところにつまづいたんやんか。それこそ僕の目でみたわ!」

「廊下にそんなもん無いわ!」

「あるやんけ、下駄箱との境目に!」

そして、業を煮やした担任の先生が

「F!●●!お前ら残れ!!」と怒りながら言いました。

この時僕はむしろ、『良かった』と思いました。先生に判断してもらおうと思ったのです。真実は僕なんだから、ちゃんと話せば分かるはず…

しかし…その先生の聞き取りは一方的なモノでした。

先生は『Fが足を出したから下級生はこけた』という結論に持って行きたいが為に、●●君の話の方を中心に話をまとめ始めました。

僕が自分が壁際にいた事や、後ろから走ってきた子が自分たちよりも前で転んだ事や、下駄箱と廊下の継ぎ目の事などを必死で訴えましたが、そうした訴えは一切取り入れられませんでした。

そして、「順番に聞き取りする」と言って●●君は退出させ。

僕だけが残されました…その瞬間。先生の顔が変わりました。

「お前、ホンマはこかしたんやろ?」

「いいえ、やってません。」

「知らん間に足が出たんやろ?」

「そんな…絶対そんな事はないです。だって、足なんて届くところじゃなかったのに!」

「だから、知らん間に足が出たんやろって言ってるやろが!」

ドン!!

と机をたたき、

バシ!!

と教科書を地面に叩きつけました。

僕はそれにすくみ上りましたが、それでも真実を訴えました。

が、先生は

「知らん間に足が出たんや、それしかないやろ!いい加減に認めろ、知らん間やからお前も無意識にやっとるんや!それを考えても分かるわけないやろ!」

とむちゃくちゃな事を言い始めました。それでも真実を言い続けると。

「お前無意識の意味わかっとるか?」と言ってまた強く机をたたきました。

僕は怖くて怖くて、元々泣いていましたが、更に震えが止まらなくなりました。

「早く認めて帰りたくないんか!?認めるまで帰さんぞ?バスの時間もあるねやろが?」

と言われ、もう認めない訳にはいきませんでした。

そして、僕は「無意識のうちにやりました…」と答えてしまいました。

「早くそう言えば良かったんや。じゃあ初めから最後まで流れを言ってみろ!」

「…僕は、●●君と歩いていた時、後ろから走ってきた子に、無意識に足を出して転ばせてしまいました。それを●●君が見たまんま言っただけでした。」

僕はもう鼻水だか涙だか分からないものでボロボロになっていましたが。何とか抑えようとしながらも溢れ出てくる悔しさで、顔を覆いたくなりました。

そんな状態を見た●●君が僕に言った言葉は…

「正直に言えへんからこんな事になるんや!これに懲りたら悪い事はせーへん事やな!!」

と勝ち誇ったように言って帰って行きました。しかも次の日、それを言いふらすという徹底ぶり…

この敗北感…

自分の訴えは全く通らなかった。決めつけの判断。何より、認めてしまった事に大きな後悔があった。

事の顛末を自分で言わされた時のあの屈辱感…

もう二度と、今度こんな事があっても絶対に認めない。認めるぐらいならバスに遅れるぐらいどうってことない。

それどころか、やってもいない罪を認めるぐらいなら死んだ方がましです。

この出来事は僕の心の中でずっとずっとずっとずっとずっとずっと心の中で傷となって色あせずに残っています。

大後悔です。濡れ衣の度にこのエピソードを思い出しています。時に淡く、時に濃く…

できれば、そういう状況にすら、なりたくないものです…

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