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2012年10月

2012年10月31日 (水)

寒いのが苦手です。

寒いの嫌なんですよね…

また嫌な季節がやってきました。まだ今はいいんですよ。そんなに寒くないし、花粉も舞ってないですからね。

とはいえ、最近僕寒くて寒くてホント自分の部屋何とかしてほしいぐらいです。

会社で寒い寒い言ってると、ある社員の人が

「Fさん寒がりなんですね。」と言ってきました。自分では寒がりなつもりは無いですが、人から見たらそうなんでしょうね。寒いのは苦手ですが…

去年まで、この季節、Tシャツとパンツで過ごしていたのに、今年はもう無理です。

今僕がどんなカッコをしてるかというと…

Tシャツパンツがベースで、下はそこからジャージを二枚履いて、靴下二枚履いてます。上はTシャツの上に一枚ロンT着て、更にそこからジャージ着て、その上からニット着て、更にその上にシャカジャン着てます。

それでも寒い。一応言っておきますが別に熱っぽいとか風邪っぽいとかそういう事ではないんですよ。

ただ単に寒いんです。

もしかしたら僕の心が寒いから、より寒いのか?とも思いましたが、そんな事を書くとこぞって「そやそや!」と言われそうなので、かとも思っただけにとどめておきましょう。

去年までそんな事なかったのに…いや、寒いのは嫌でしたけど、こんなにまでじゃなかったんですけどね…

もう11月だから、寒くても分からんでもないんでね…

でも、寒くなってくると、スノーボードの季節が近づいてくるから、それは、楽しみではある…

…ちょっと一つ忘れていたことがありました。

去年、確かウェアを新しくしたのですが…去年の僕でもちょっと大きなサイズだったのに、今年の僕はそこから、ウエストがかなり絞れてしまっているので…

違う意味で着れないと思います。

ちょっと若すぎるぐらいのウェアだったので、今年はもう少し年齢に合ってそうなの買おうかと去年思ってたので、丁度言いと言えばそうなのですが…

大きくなる事は考えていましたが、まさか、小さくなるとは思いませんでしたね…

シーズン前に一度取り出して着てみようと思います。てか、去年でもかなりのぶかぶか度やったのに…間違いなく無理でしょう…

昔みたいにメーカーのいいのじゃなくていいんですよ。何となく僕の趣味にあってて、自分でカッコいいと思えれば。

ボードの話をするとちょとだけ暖かくなったような気がします。

とはいえ、今年は車検があって、タイヤも新しいのを買わなくてはいけないし…物入りな冬になりそうです…

とにかく…今でさえこの寒さですよ。まだ寒の入りにも来てないのに、この先が自分で思いやられます。

仕事中も少し止まってると、次動き出す時、ガタガタと震えてしまいます。寒くて。

心臓の辺りから背中にかけてブルブルと勝手に震えます。

あかんわ…ほんま、寒い。こりゃヒート●ックぐらいじゃこの冬超えられへんぞ…

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2012年10月29日 (月)

エエカッコシイ!!

僕は子供の頃からずっとそう言われてきました。

僕は自分が何でそう言われるか全然理解しようとしていない時期がありました。だから、『エエカッコシイ』と半分怒りに満ちた感じで馬鹿にされることに、すごく憤りを感じました。

正しい事を『正しい』という事。間違っている事に『間違っている』という事。面白そうだから素直に『面白そう』と口に出す事。

臆面も無く発言していました。当時僕の中でそれを正面切って発言することが他の人から見たら『照れくさい』という事など考えもしませんでした。

だから何でそんな事を言われなあかんのか…よく分かりませんでした。当時は子供だったので、相手の気持ちも理解できませんでしたし…

そういわれるうちに、本当に自分の心の中に『イイカッコしたい』という感情があるように思えてものすごく自分が汚い存在であるように自分で思っていた時期がありました。

『自分は両親からもクラスメートからも相手にされない程の汚い存在だ…だからイイ事を言うとみんなからなじられるんだ…』

そう考えていました。だから、『汚い存在は汚い事だけしたらいいんだ』と思うようになりました。

イイモンとワルモンなら僕は絶対ワルモンだと思っていました。両親に聞いたら、その時は面白がって「お前自分が正義の味方やとでも思ってるんか?」と鼻で笑われました。

「思ってないわ…だから聞いただけや…」と返すのが精いっぱいで、心の中では自分が『悪い存在だったんだ…』とものすごく残念に思った事を覚えています。あの時は本当にショックでした。

自分は悪い存在で汚い奴で…ちょっとぐらいイイカッコしたってまた馬鹿にされる。

思ってもみなかったんですよね、自分が悪い人だなんて…だからしばらくショックで立ち直れない日々が続きました。

まあ、子供なんで、しばらくしたら忘れていましたけど…

運動会やクラスの行事にも積極的に参加していったし、誰も立候補しない委員長や班長にも積極的な姿勢を見せました。(中学校ではまた違ったけど…その頃にはわかってきてましたからね…)

汚い人だから、クラスで飼ってったコオロギや、ザリガニ等の死骸も飼育小屋で、子ウサギが親ウサギに食べられて死んでしまった時も、その処理は僕がやりました。糞の片づけ、残飯の片づけ、ゴミ捨て…

「何でFがいっつもそんな事せなあかんの?」という質問に「僕って汚いから、こういう事に向いてるねん!」とか言って、返ってくる言葉が怖くてその後の言葉を聞かずにそそくさと処理をしに行きました。

『そうやな、お前って汚い奴やもんな』と言われるのが怖かったのです。今思えば、自分で言ってたのは言われない為だったんだろうと思います。

ある時、クラスメートの一人が『なあ、お前ってそういう誰もやりたくない事何でするん?』と聞いてきました。僕は聞かれたくない事を聞かれたと思いましたが…

「そりゃ、僕が汚い奴やから、こういう仕事が似合うからやんか。」と答えました。

『ふーん。お前が汚い奴なんかどうかは知らんけど、先生が見てへんところで、そんな事やって変な奴やなって思っててんけど。手が汚いのか服が汚いのか知らんけど、こぼした牛乳とか、死骸とかが手についたら手より汚いと思うのが普通ちゃうん?』と言われて、何を言っているのか理解ができませんでした。

「そりゃ僕やって汚いとは思うけど、汚い同士やからええねん。」と返して。

『ふーん、やっぱお前変な奴やな。』「せやろ?…」と言ってその場は終わりました。

だけど、4年生の時に転校してきたそいつは、何かいい奴で、変に脚色せずにありのまま見たままを口にする奴で、何か好感が持てました。

中学でも同じクラスだったんだけど、お父さんが経営する会社を締めることになって転校してしまったらしい…

Sというそいつは、僕にこう教えてくれました。

『お前がどう思っとるかまでは分からんけど、先生が成績つけるんやから、先生にさえいいところを見せとけばいい点くれる、いう風に思てるやつがほとんどや。だから先生の前ではいいカッコしたい思てるやつがいっぱいおる。だけど実際手を挙げて言うのは流石に照れくさい。そやのにFは簡単に手を挙げて言いよる。それもほとんど一番初めや。みんなお前にええとこ持っていかれて、ええ気してへんねや。』

「え?そうなん?そんな事考えもせ―へんかった。」

『やっぱりな、みんなエエカッコしたいんや。オレかて女子の前ではエエカッコしたいしな。』

「女子の前で?」

『そらそうや、運動できるとこ、頭いいとこ、優しいとこ、そういうとこみんなの前で褒められたらカッコええやんか。そうされたいと思うんが普通やろ?』

「そんなん考えたこと無かった。ただ、僕は悪い奴やからエエカッコすんなって言われるんかと思ってたわ…」

『アホやな、Fの事悪い奴や思てるやつなんかおらんと思うで、自分の事汚い奴やとか言ってたけど、ザリ(ザリガニの事を当時略してザリと呼んでいた)の死骸のあのくっさいやつの方が汚いに決まってるやんけ。KとかHとかはお前の事をホンマのエエカッコシイやと思てるかも知らんけど、オレは先生のおらん前でもいい事をしようとしてるお前はエエカッコしいやのうて、ホンマにええ奴やと思っとる。』

「いや…僕はただ汚い奴は汚い事をしてればいいかなって…」

『それもや。お前がそうやって誰もが嫌がってる事を進んでしようとする事やって、点数もらお思てると思われてるんやで。』

「そんなつもりは…」

『分かってるよ。お前はいい奴や。知らんふりしてるやつもおるけど、分かるやつもおる。今度先生にずっとお前がやってるって事言ったるわ』

「いや、それは頼むから止めて、先生にばれたくないねん…」

『変な奴やな、せっかく言ったろ言うてるのに…』

そういわれて、何かすごく救われたような気になりました。明日からも頑張ろう…と思いました。

後々、Sは僕がいない日を狙って道徳の時間にそれを言ったのでした。

何も知らない僕は次の日職員室に来るように言われて怒られると思ってビクビクした覚えがあります。

まさか褒められるなど考えもしなかったですからね…

褒められ慣れていない僕はどうにもむず痒く、どう反応していいのか全くわかりませんでした。褒められたいからやってた事ではなかったですからね…

人に良い人やと思われたいと思う事は悪い事ではないと思う。でも、それは優先すべきことの後にやるべき事柄だというのが僕の考え方です。

だから、目的の為にはどう思われようといいと思っているし。いい人と思われるよりも、嫌な人と思われてでも『彼が居たから今がある』と思われる方が僕の中では価値が上なのです。思ってくれるとは限りませんが…

あの時は汚い僕が汚い仕事をすればみんなはしなくていいと考えていました…

清水はいいやつだと言ったけど、僕はあの時の自分をいい奴だとは今でも思っていません。

放っておいたら誰もやらないから誰も言わないから僕が早い段階で言う、やる。それが、僕にしかできない事なら尚更です。

何と思われたっていい。目的さえ見失わなければ、僕は僕でいられる。人を注意する事はやりにくい事かもしれないし、良く思われたいと思うのは当然かもしれないけど、僕に与えられた役目を見据えて、僕にしかできない事をする。

それが例え血を流し泥をかぶる事であっても、僕にしかできないのであれば…

そう思うと、明日も頑張れる気がします。

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2012年10月27日 (土)

物事の重要度は人によって違う

今更ながらに再認識したのですが、物事の重要度っていうのは人によって違いますよね。

例えば、ごみを捨てる重要度であるとか、ご飯を食べる重要度とか、趣味の重要度とか…

イベントの重要度とか。

例えばそうですね、時期的なモノを含めて「文化祭」とかどうでしょうか?まあ別に「運動会」でもいいですし、「卒業式」とか「同窓会」とかでもいいかもしれないですが…

考えやすそうな「文化祭」で。

▲君にとっては、授業が無い日なので嬉しいイベント

■君にとっては、披露する大切なイベント

●君にとっては、準備に時間を取られるのでバイトができないイベント

△さんにとっては、準備までが楽しいイベント。

□さんにとっては、自分の企画力の試されるイベント

○さんにとっては、単に邪魔くさいイベント

★君にとっては、学校で最後のイベント

☆さんにとっては、友人と仲直りするチャンスのイベント

こういう人々の集まりが、「文化祭」をあるべき姿に持って行くんだろうと思います。

多くの目的が一つのイベントに集まってとけあって形作っていくのです。これってちょっとした離れ業っぽく感じませんか?

学校の中で、生徒という不安定な集団生活で、個人がそれぞれの思惑でイベントに参加する。

中には、羽目を外しすぎて、ルールを逸脱してしまう野郎もいるだろうと思います。

そんな奴がいたり、抜け出す奴がいたり、来てるのに参加しなかったり、楽しめばいいのに、意地張ってみたり…

先生という管理者がいて、ちゃんと手綱は握っているんだろうけど、変なスイッチが入ってしまいがちなイベントなんだけど。

そんな巨大なぶよぶよした、今にも崩れそうなものが、何とか形を保ちながら一歩一歩進んでいく感じ。

完走したときは奇跡としか呼べないようなそんな感覚があると思いますが…

そういう思惑で、共通の目標があっても足並みがそろわないとなると、その原因は何か?というと。

正しくそれは「重要度が人によって違うから」ですよね。

完璧なものを作ろうとしている■君にとっては○さんの適当な発言「そんなんどうでもいいんちゃうん?」というには激怒するでしょうし、★君にとっては最後の思い出になるから。絶対成功させたい。だから■に味方するでしょうけど、☆さんが仲直りしたいのが○さんだったら☆さんは出し物の成功よりもこれに乗じて○さんの側について仲直りする方が重要だったりしますよね。

■君にとって今重要なのは「文化祭に出し物を間に合わせる事」であって、■君はそれが絶対で譲れない目的だったりします。□さんは「参加して成功しなくてはいけない」から実は■よりもナーバスになっていたり。

△さんにとってはそんな事よりも、文化祭に向かってみんなで準備をしていくその時間こそが大切で、■君と□さんVS○さん☆さんが勃発しないように気をもみながらフォローを入れていく。

当然△さんは★君との思いでも大切にしたいでしょうし…

●君の中ではそれよりも経済的に差し迫ったものがあって、バイトに行かなくては…と考えながら横目で彼らの青春んを楽しそうに見ながらクールぶってみたり…

何となく参加してる▲君だけが、そんな緊張感に理解できず要領も良くないけどゴタゴタにも巻き込まれず、ただ単に自分の分だけを黙々とこなしていく…

って言う感じですかね。

こう書くと▲がいいみたいに感じられるかもしれないですが、単に落ちに持ってきただけで、▲は▲で無気力だったりしますからね…

個人がある限り、思惑はその数だけあって、参加しているイベントは同じでも、個人の考える重要度によって、一つの発言が嵐を巻き起こす。

社会じゃこんな事、常に起こっている事ですが。仕事に夢中になると、見逃しがちなのかもしれません。

相手がどういう事を考えているのかというのを想像しながら発言する事は大切な事だろうと思います。相手がどう考えているか全く分からない時もありますが…

万人に通用する言葉は無いとしても、何事も慎重になって考えてみる事は大切な事だろうと思います。

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2012年10月25日 (木)

体調管理も仕事の一部

日々睡眠不足に悩まされている僕ですが、『睡眠不足は万病の元』という言葉を皆さんは聞いた事ありますでしょうか?

僕はその言葉を大学生の時に聞きました。その時の生活は、例によって三日に一度しか睡眠がとれなかった時です。

今にして思えば、あの時はどれだけ貪欲だったんだろうと、苦笑いが出ます。

好きな言語の勉強はしたい。好きな柔道(部活)はしたい。交友関係も大事にしたい。大学も辞めたくない。できればゆっくり眠りたい…

●●したい!僕は●●できる人間だ!!とガムシャラに走っていましたが…

やはりそういう生活には限界がありました。

もちろん有限だと思うからそんな生活はできたのですが…限界というのは、睡眠不足には人間は勝てないという事です。

生来、体の丈夫さには自信がありました。

誰もが認めるほどに健康優良児でした、それは大学に入っても変わらなかったのですが、そういう生活をし始めて3年目に差し掛かろうとしていた頃から、よく体調を崩すようになりました。

もちろん、食事時間バラバラだし栄養状態もサプリに頼って偏りまくっていましたから。

体調を崩すのは当たり前だと言えばそうなのですが、一応部活動を通して、栄養学を学び、体調管理についてはそれなりに気を付けていたのです。

できればパンではなく弁当に、それも違うものを食べるように…まあその程度ですが…

試合の2か月前ぐらいになると完璧な食生活で体重と筋力を調整しながらの減量を始めたりもしていました。

当然減量などは体調管理の妨げになるので、細心の注意を払わなくてはいけないのですが、できうる限りの注意はしていました。

しかし、体調は崩れるのです。

なぜか…それは圧倒的に睡眠時間が短いという事でした。

筋トレ・部活でいじめた自分の体ですが、そういうのは寝ている間に回復・超回復をするのであって、眠らなければ単なる疲労のまま傷が治るようにゆっくり回復するだけです。

また眠らない事によって体の抵抗力はかなり下がってしまいます。

脳みその働きも悪くなる…

元々それ程良くない働きがより悪くなるというのは…今にして思えば、よく大学生なんてやっていられたもんだ…と思います。

夜勤には代わりがいませんでしたので、這ってでも行きましたが、スーパーの方は体調不良で、当時の店長や社員の人や、同じアルバイト仲間にはすごく迷惑をかけたと思います。

そんな事が、就職して、社会人にならなくては分からない程におろかでした。

自分が就職して社員になって。そりゃあ、あの当時よりも睡眠時間は増えたけど、責任も増えた。より迷惑はかけられません。

会社では『風邪みたいなチャラいものにんにく卵黄を飲んでるからひきません』なんて言っていますが…

確かににんにく卵黄すごいんですよ。朝起きるのも全然違う。朝すっと起きれるようになったのはにんにく卵黄を飲み始めてからです。

それに…まあ社会人になってからにんにく卵黄を飲み始めたから、既に睡眠時間が増えて抵抗力が上がったというのもあるんでしょうが、飲み始めて風邪を引きにくくなった事は確かです。

とはいえ、引きにくいだけで引かない事はありません。

この時期、寒くなってきたら夜たくさん着込んで眠るようにしているし、風邪っぽいかな?と思ったらビタミンサプリを多めに接種したり、諸症状が出始めたら、早いうちに風邪薬を飲むようにしています。

つまりは保菌しても酷い症状にならないよう努力しているのです。

手洗いうがいももちろんです。手洗いは職業上身についていますが…うがいは冬場は必須です。

それでも引くときは引きますが…

体調管理も仕事の一部です。できるだけみなさんに迷惑をかけないようにすることは大事な事です。

毎日、明日も元気で働けますように…と一応祈っています。

誰に?と思うかもしれませんが、明日の自分に祈っています。

朝晩寒い日が続きます、みなさんも体調を崩されないようにお気を付け下さい。

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2012年10月24日 (水)

何で生えてくる?

髭の濃い人薄い人っていますが、それって何でなんでしょうね?

そもそも生えて来ない人もいるのに…女性の人に少ないのはなぜ?一応女性は女性ホルモンがどうたらこうたらと聞いた事がありますが、

男性でも、個人差大きいですよね?あれって何でなんですかね?

最近は…ていうかプ口ペシアを飲み始めてから、髭の伸びる速さは、かなり遅くなりました。

一日髭を剃らなくても行けるぐらいに遅くなりましたが、それでも二日目は朝から襟にあたる自分の髭がジョリジョリとなるのが気になり始めます。しっかり剃ってない日は一日目の夕方には既にジョリジョリ言ってたりします。

一説には、顎には沢山の神経が集中しているから、それを守るために毛が生えてくるんだとの事ですが…

じゃあ防衛本能か何かが生やせているという事なのでしょうかね?

脇や腕や足にまで生えてたり、人によっては胸毛があったりしますけど…まあ確かに急所というところに生えているという事は分かりますし、一応の説得力はあるにはあるのですが、そういうのが薄い人もいますよね。

じゃあそういう人は体の自己防衛本能が薄いという事ですかね?

傾向的に体の毛が多い人は頭の方が薄かったりしますけど。ということは体全体の毛の比率は決まっているのかって事になりますよね。

テストステロンとかエストロゲンの効力にもよるんでしょうけど…傾向的に体毛の濃い人は頭が薄い人事が多かったり…?と感じているのは僕だけ?

頭の毛が増えてきたから、体毛が減ったのか?そこに因果関係があるかどうかは分からないですが、ありそうな気がしているのが僕の考えです。

でも、髭なんてあっても全く何の効果も無いのではないでしょうか?汚い(?)話かもしれませんが、脇毛とか、陰毛については分からなくはないんですよ。

だって前後に動かしたりする場所だから、常に擦るから、その緩和という意味では必要と言えば必要ですからね。

以前面白半分で片方の脇の毛を剃った事があるのですが。次の日にはもう少し生えて来てて、腕を動かすたびにちくちく痛くなって、しかも意識すればするほど擦ってるような気がして…二三日したら擦り傷みたいになっていたので、その日からはしばらくクリームを塗って生活することになりました…

脇毛って重要です…いや、そもそも生えてなければ擦れたりはしないんだけどね…

髭はでも違います。別に日々擦るって程も擦らないですよね。又も脇も下向きでこすれるけど、髭って擦るところないし。

それを言えば胸もですが、胸は一応心臓なので、本能的に気になる人がいてもおかしくは無いかとも思いますし。

頭はねえ、脳があるから、体中で一番毛が多くても、分かります。

でも顎はわからん…髭を毎日剃ると言う行為にリスクがあるんとちゃうんか?

いや、そもそも、髭を剃るという行為自体が人間が考えた事なんか…身だしなみという意味で『髭が生えていると不細工』という事は、この日本では常識中の常識ですからね。

毎日しっかり処理をしなくてはいけません。

顎には神経が集中しているから…と思ったけど、よく考えたら鼻にも同じように集中してるんよな…

でも表では無く穴の中に毛がある。

話がずれそうですが、顎に神経が集中しているから髭があるのであれば、鼻も同じではないのか。という考えに至りますね…

むだ毛とは言われていますが、確かに顎は無駄なように思います。

一方で体組織の中で毛一本でも本当に無駄なモノなんてあるんだろうか?という考えもあったりします。

無駄毛として決定づけられている髭も、実は、僕の想像しえないところに、何らかの意味があるのかもしれない。

カンボジアとかで髭を生やすのは、男の人の髭に神の加護が下りてくるからとのこと。

彼らには意味のある事ではあります…

それ以外で体組織として、見えない意味があるのかもしれないです。という事です。

全く、何で生えてくるのか。納得して剃ったり残したりしたいものです。

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2012年10月23日 (火)

世の中嘘ばっかり!

本当に世の中嘘ばっかり。少し前まで、『相手を思いやる嘘』はいい嘘だと思っていましたが、それって、本当に相手の事を理解していないと、単なる『大きなお世話』になる事だってあります。

相手にとっては傷ついてもいいから『本当の事を知りたかった』と思うのが当たり前だと思うでしょうね。

僕だって、相手の為にと思って嘘をつくことがある。でもそれって本当に相手の為なんだろうかと思うようになりました。それって本当は自己満足なのではないかと…

『知らなければ傷つかない』『言わなければ真実ではない』というこの二つの大きな理由から相手に真実を言わない事があります。

でもそれは『いつまで』という期間限定のものです。『ばれる』こともあるし『ばらす』事もある。

その時相手はどう思いますか?

思いやりに感謝する事もあるでしょうし、逆に真実を教えてくれなかった事に憤りを感じる事があると思います。

相手がどうしたいのか?という事をしっかりと見極めて、いい嘘をつく必要があるんですよ。

でも嘘は嘘、所詮は仮初です。真実が分かる時はいつかやってくる。

というのはいい嘘の話。

悪い嘘は?

たちの悪い嘘は、端々に真実が混じる嘘です。

小さな真実を織り交ぜた、悪意ある嘘。相手を貶める事が目的。ひいては自分を盛り上げるため。

火のないところに煙は立たない。という言葉はご存知でしょうか?

脛に傷のない人など現代にいない。小さなほころびを悪意に利用されることはしばしばある事です。

誰だって生きて行くうえで小さな悪い事ぐらいはしますからね。

貶められた人はそんな事気が付かないから、ほころびの事を考えるでしょう。

貶めた人は『してやったり』自分が正義です。

世の中そういう嘘が台頭しています。

嘘嘘嘘!嘘嘘!世の中嘘ばっかり。

真実を見極める努力も無しで感情に流されてしまうと、真実に気が付いた時にはもう遅い。

悪意ある嘘は回避不可能ですね。

少し前まで、僕は悪意ある嘘にも『真実とこれまで過ごしてきた時間』で対抗することができると思っていました。

でもそんな事は不可能だと気が付きました。

以前、似たような事で、『第三者の介入』を書いたことがありましたが、この場合は当てはまらないでしょう。

嘘嘘嘘、嘘で塗り固められたものに第三者が介入したとして、何も起こらない。嘘という証拠も無い代わりに、正しい根拠も無い。

第三者は目的を持って接しても何もできないで終わる。

真実を嘘で塗り固めて塗り固めて、何が真実で、何が嘘なのか。もう訳が分からなくなるでしょう。

これについては『誤解』でも『間違い』でもないのです。情報を信じた時点で『事実』になるのです。それが仮初の真実だとしても…

気が付いた時にはもう遅い。その時には

嘘だと訴えていた人は騙されてた人の事は、とうの昔に切り捨てているでしょうね。相手がそうしたのだから仕方のない事です。嘘に踊らされ、嘘を信じ、曇りメガネで相手を見ると、小さなことでも許せなく思うものです。

対した事でなくても怒りが湧くでしょう。原因が自分だったとしても最低に感じるでしょう。悪意を持って相手を見るとはそういう事です。

これはどうにもしようがありません。

これに対抗する方法は…?

①切り捨てて考えないようにする。

②いつか分かる事だと信じて耐える事にする。

いや、①も②も両方違うか、できる事は何もない。ただ耐える事も難しい。全く考えない事も恐らく無理でしょう。それならどうするのか?

何もしない事が一番いい事なのではないでしょうか。

自分は何もしていない、何も悪くない。真実は一つ。嘘で塗り固められたものは、いつか剥がれる。それは有限では無い。その時まで、嘘など吹き飛ばすほどに誠実にクリーンにただ真っ直ぐに生きるしかないのではないでしょうか。

切れてしまってはいけない。若いときはしばしばその我慢ができないものだろうと思います。

だけど、それでも、熱湯を飲み干す覚悟で、血の涙を飲みながら奥歯を食いしばって我慢していく。

その覚悟が必要。

嘘はいつか剥がれる。その時に切れて嘘と同じように振る舞っていては剥がれた意味も無い。自分が正しいと思うなら。毅然として振る舞う事、覚悟を持って耐える事。

これこそが、嘘を打ち破る最善の方法でしょう。

悪意ある嘘と向き合う事は本当につらい事です。でも向き合う覚悟を持たなくては打ち破る事など到底できません。

悪意ある嘘を打ち破る最善の方法は、嘘をつかれている人が嘘と向い合う覚悟を持つ事です。

世の中嘘ばっかりだけど、こういう事を考えると、何か前向きになれる。頑張れる気がしますね。

もう、悪意ある嘘なんて怖くない。

チャララララッタッター!Fはレベルが一つアップした。

ですね。

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2012年10月22日 (月)

バスタブ…

バスタブですが、じいちゃんが風呂好きだったので、毎日毎日、あたりまえのようにバスタブには湯が張ってあって、

湯が冷めない熱いうちに入れとばあちゃんによく言われたものでした。

僕たち兄弟はそうやって毎日風呂に入る習慣を身に付けました。いやバスタブにつかる習慣ですかね。

先も書いたけど、じいちゃんは風呂好きで、毎日自分でバスタブを掃除して、こびりついた汚れをきれいにしていました。

が、それを知ったのは実は高校生になってから。

それまで、あんまり考えたことが無かったのです。で、高校生の時に何でそれに気が付いたかというと…

ある日じいちゃんがマムシに噛まれて一週間程入院したことがありました。僕は心配しましたが、マムシに噛まれたぐらい別に大したことが無いらしく、お見舞いに行ったら元気そうでした。手から腕にかけては腫れてはいましたが…

その時の一週間、一応ばあちゃんは風呂に湯を入れていたのですが、何日目かに、バスタブがえらく汚れているのです。

『何でやろ…?』とその時は思いましたが、その時に考えたのはバスタブで体を洗う癖がついているオトンの事でした。

『オトンの仕業か…?』と思ってその場はそのままにしておくわけにもいかず、とりあえず綺麗にしておきました。

それから二三日が暮れてから、またこびりついているのです…

あれ?とまた僕は掃除しました。

じいちゃんが帰ってきてからも、更に一週間ぐらいはじいちゃんは風呂に入ってはいけないらしく、病院の時と違って、清拭が不十分なので匂ってきていました。知らぬは本人ばかりなり…割と強烈なにおいを放っていましたが、今となっては笑い話です。

でも、その頃はあまりバスタブが汚れなくなっていたので、掃除をすることはありませんでした。

何故かは、考えてみたのですが、その当時からオトンもオカンも風呂嫌いというか…あまり湯船につかるのが好きではなかったみたいです。

ずっとシャワーを使ってて、それ程バスタブには寄ってこなかったみたいです。オトンは時々湯船につかってたみたいですけど。だって体洗ったと思われる形跡がありましたからね、時々…

そしてじいちゃんは医者の許しが出たとたん、まだ日の高いうちからバスタブにお湯を入れ始め、夕方には入っていました。

しかもやたらめったら熱いお湯で…

でも、嬉しかったんだろうと思います。その日はとても機嫌が良くて、いつもは一本しか飲まないビールを三本も飲んで、鼻歌を歌いながら納戸に入って行きました。

後にも先にもそんなに上機嫌で眠りに入ろうとしているじいちゃんを見たのはその時だけでしたが。ばあちゃんに言わせれば、僕が生まれてからしばらくずっとそんな感じだったらしいのですが(そんなの聞いたらちょっと「うるっ」としてしまいますが。)お風呂に入れることがよっぽど嬉しかったんだろうと思いました。

それからというもの、バスタブが汚れる事は皆無で、じいちゃんが旅行に行った日一日ぐらいは、全然汚れてなかったのでした。

さすがにずっとそんな事を考えていた訳では無かったので、その時は、ただ何となく、与えられたお風呂に入っているという感覚だけでした。

ある日、学校から早く帰ってきた僕は身を清めるべく、シャワーを浴びに一路風呂へ行ったところ、じいちゃんがバスタブを汗をかきながら拭いているではありませんか…

その時に初めて分かりました。そうか、じいちゃんが毎日磨いてたから僕らは綺麗なお風呂に毎日入れてたんだな…と。

まあじいちゃんにしてみたら自分がきれいな風呂に入りたいから掃除してただけなんでしょうけど、僕らはそれを甘んじて受けていたのです。

じいちゃんはさすがに風呂好きなだけあって、じいちゃんの後には全然汚れてないのです。先も書いたけどオトンの後はものすごく湯船が汚い。お湯を張りなおしたこともしばしばあるぐらい…

体を洗ってから湯船に入るし、入ったらその実あまり動かないから、きれくて当然なんですけどね…

オトンの入り方がおかしいんだろうとは思います。

実はそれをまねたのか、下の弟が全く同じことをします。

ホンマもうやめてか…と思います。

が、今は僕が自分が入りたい時にお湯を張っているのでいつも一番風呂です。じいちゃんが生きてた時はいつも残り湯をさらうのが僕でしたが…出世したものです。

てかほとんど誰も風呂を使わない。せっかくバスタブがあるんだから、ちゃんと使わないとね…

最近は僕が自分の入りたい時にバスタブを磨いてお湯を張るようにしています。

そしたらちょっとだけじいちゃんを感じたような気がして、少しだけ嬉しくなったりします。

今日も湯船につかろうと思います。

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2012年10月21日 (日)

今回は趣向を変えて『手紙』を書きました。

お父さん・お母さんへ

こうして、両親へ向けて手紙を書くことは、恐らくもう無いでしょう。何故こんなモノを書くことにしたのかというと、「親孝行したい時には親はなし」」というのがテーマの本を読んだからです。

お父さんは、一人で田んぼをやっています。本当は手伝いたい。だけど、お父さん自身が一人でやる事に意地があるから僕たちには手伝ってくれとは言ってこないし、手伝いに行っても、やってくれとわ言えず逆にバカにしようとしてくる。本当は手伝ってもらった方が楽だって知ってるのに。いつまでも若くないし、年々体もガタついてきてるのに、あまり無理しないでください。

普段は心を傷つけられるから、僕の方から遠ざけているけど、それでもお父さんはお父さんです。よくどつかれたけど、楽しい思い出もたくさんあります。

少しでも負担が少なくなればと思ってるんですよ。僕だってあまり休めない日々ではあるけど、家の手伝いは、お父さんの手伝いはやりたいと思ってるんですよ。

自分ひとりでできるんだろうけど、息子に手伝わせるやさしさも、できれば持ってください。

子供の頃、お父さんには命の大切さを教えてもらいました。カエルや蛇を捕まえて、格闘させたり、イモリとヤモリをめんつゆの瓶に5匹ぐらい入れて閉じ込めたりしてて、烈火のごとく怒られた事を憶えています。

あの時、心底命をおもちゃにしないと思えました。

そしてお母さん、家族として何年もお母さんを見てきましたが、若くてお母さんになっただけあって、子供のまま大人になっちゃった感じですね。

実は一つの事に集中するのがとても苦手な事自分では気が付いていますか?

何をやっても、何を言っても誰もが反論を返してくるのに、誰に何と言われようと自分のスタイルを変えないその姿勢は、ある意味見習うべきなのかもしれません。

お父さんとお母さんを見ていると、ああ、なるほど、この夫婦は、この夫婦だから33年間も夫婦でやって来れているんだろうな…と思います。

大きくしてくださってありがとうございます。

夫婦というのは、家族というのは、本人たちが思うよりももっとずっと大事なものなのかもしれません。

いつが僕が結婚して、子供ができたら。その謎が解けるのかもしれません。

父の偉大さ、母の愛。そういうモノが本当の意味で理解できるのかもしれません。

その時が来たら、今よりもっと素直に接することができるのかもしれません。

また、その時が来たら、もっとちゃんとした手紙をまた書こうと思います。

その時までまた、よろしくお願いします。

F

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2012年10月20日 (土)

悪意

悪意があって悪さをした場合と、悪意がなくて同じことをしてしまった場合。両方の場合結果は同じなんだけど、

一般的には悪意が無い方は仕方がないとされることが多い。

じゃあ悪意って何?って感じなのですが、新明解国語辞典第四販…つまりは僕が愛用している国語辞典には『㊀相手に不幸・苦痛を与え、傷つけようとする心㋥意地の悪い見方㊂法的に問題となるような事実を知っている事』

と書いてあります。ちなみに東野▲吾さんの作品にも『悪意』ってありますね。別にそれだけですけど。

という事は、悪意とは意識的に相手を悪く見せようとすることなんだろうと思います。

僕が思うに、『悪意』には『一生懸命』では勝てない。それどころか、逆効果にさえなる。

では『悪意』に勝つためには何を持ってくればいいのか。『悪意』に『悪意』を持ってくれば…?いや、それは潰しあうだけですね。

では、『悪意』には何で持って対抗すればいい?

①『悪意』には『誠意』

②『悪意』には『事実』

③『悪意』には『第三者の客観的意見』

④『悪意』には『時間』

思いつくのはこのあたり、さっきも書いたけど、『悪意』に『悪意』は潰しあうだけです。大人のやる事ではありません。

順番に考えてみることにします。

①ですが、これは示せればいいですが、どうにも示しようが無いときのほうが多いのではないかと思います。もちろん(仮に▲さんとしましょうか)▲が『悪意』でもって潰しにきているので、(仮に●としましょうか)●が『誠意』を見せ続けるのは、並大抵の事ではありませんし、相手(仮に■としましょうか)■がそれを受け取ってくれるとは限りません。とはいえ、即効性はないですが、徐々には効いてくるとは思われます。

②『悪意』には『事実』ですが、▲の『悪意』を信じてしまっている■に『事実』を突きつけたとして、一体どれほどの効果が認められるでしょうか。時間が経って、冷静になったとして、その時は■の方が『しまった…』とは思うかもしれないですが、そこから『もう遅い…』と思うのか『何とかして謝りたい』と思うのかはその■の性格次第です。

③『悪意』には『第三者の客観的意見』ですが、これについてはかなりの効果を発揮すると思います。もちろん、●が『第三者(仮に◎としましょうか)に依頼』して実現することではありますが。

『悪意』で言った▲はもちろん、教えられた■は『●に相談する事』はまずありえませんからね。当然、『悪意』を教えられた■からすれば、『悪意』で言った▲の意見が『第三者の意見』ですからね。

▲の言った事が『悪意』であると■に教えてあげる人間が必要な訳です。それが◎なのです。

◎は■に接触し、▲によって●が悪く言われているという事を教えてあげる必要があります。

放っておいても●が『悪意』たらしめられている事には■も気が付くとは思いますが、先も書いたように、■は気が付いても動けません。そこで、◎が登場する。◎が■に悪く思う必要が無いと教えてあげる。■が既に気が付いていたら、●と仲直りする気があるかどうかだけ聞いてあげる。(直接謝らなくてもいい)そして、その気持ちを◎が●に伝える。●と■はお互いの態度を緩和させる。すぐには無理でも徐々に元に戻る。少なくとも介入以前より悪くなる事は無くなる。

④『悪意』には『時間』ですが、これも既に書いていますが、『時間』が経って、■が気が付いても■は既に動けませんので、●と■の態度は変わらず永遠にギスギスしたままになります。ギスギスしているうちはいいですが、●は■を嫌い始めるでしょうね。

喜ぶのは▲です。『悪意』してやったり…

①~④で考えてみると、『悪意』に対抗する術は、『第三者の客観的な意見』と『ある程度の時間の経過』ではないか…?

と僕は思います。

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2012年10月19日 (金)

悪者

物語の進行上絶対欠かせないのは『悪者』の存在なのですが…

この『悪者』というのが、実はかなり曲者で、主人公に匹敵するぐらいの能力、いや主人公を圧倒するほどの能力を持ちながらも、どうにかして主人公に形勢を逆転されなくてはならない存在なのです。

物語の進行上の悪者なので、アナザーサイドから見ると全く悪者では無かったりします。

誰を主人公にするか…で大きく変わってくるのが悪者ですよね。

分かりやすい例で言うと三国志の『曹操』ですかね。書く人が書いたらものすごく魅力的でカッコいい主人公。

でも、主人公が諸葛孔明や劉備玄徳の時は、非常で残忍だけど切れ者の天才な悪役になる。

諸葛孔明は主人公でも悪役でも残忍な描写は少ない…ような気がする。劉備玄徳は主人公だし。

ちなみに、僕の友人に玄徳と孔明から一字ずつ拝借した名前の友人がいます。

お父さんが三国志好きだったそうな…

以前、小学6年生の時だったと思うけど、自分の名前の由来を親に聞いてくるという宿題があったのですが、

その時はそういう風に彼が答えていたのが、小学生の僕にはすごくカッコよく感じました。当時の彼もそう思っていた事でしょう。いや、奴なら今でも思ってるかもしれないですが…

今の僕がそれを聞いたら「…カワイソ…」と思うでしょうね。

ちなみに僕の名前の由来は…

特に無い…というのが事実だと思います。苗字との関係上9画と6画の組み合わせが良いとの事があって…

そこでオトンが結構悩んでくれたみたいなのですが、結局見つからず…

ある日、オトンが気が付いたように「これでどうだ!」と言わんばかりに出してきた名前が僕の名前だったそうな…

表向き、オトンが考えた事になっているのですが…

その名前を聞いてじいちゃんは、あまりの完成度の高さに、我が子を疑うしかなかったそうです。『自分の息子にこんな名前を作るセンスがあるのか…?』と。

そしてそのすぐ後、じいちゃんがオトンの見ていた新聞を見てみると。その名前が載っていた…との事。

その後、じいちゃんはオトンを問い詰めたけど、オトンは頑としてそれを認めず、自分が考えたと言い張ったそうです。

今となっては笑い話になってはいますが、恐らく、気の短いご両人です。喧嘩になった事に違いありませんが…

これまで30と余年オトンを見てきて、恐らくはじいちゃんの言っている事が正しいと思います。じいちゃんも、それまでオトンを子供の頃から26年も見て来てるからね。

じいちゃんはオトンのそれを見抜いたんだろうと思います。

とにもかくにもいい名前だという事で、じいちゃんもその矛を収めたようですが…

ここで話は冒頭に戻りますが。

この場合便宜上悪者は「オトン」かな?自分ではどうしても思いつかないから新聞で見た名前を採用したっていう?でも見方によってはオトンは正義にもなります。

三国志の話にしたらちんけな事この上ないですが…

オトンは頑なに自分が考えたと主張しました。

それが真実であろうとなかろうと、それを主張し通すことで、それは黒では無く灰色になるからです。もちろん白ではないですが。黒ではなくなるのです。

今となっては、確かにオトンが考えたにしてはちょっと珍しすぎる名前ですからね…僕もじいちゃんの意見に賛成です。

でもまあ、本人がそう言うんだからそうなんだろう…ていうふうに落ち着ける事が出来ますからね。

ちなみにオトンの視点から見たら、じいちゃんの方が悪者でしょうか。せっかく考えた名前を、新聞に載ってた名前を使った事にされている…という感じで…

実際はどうかは分かりません。

僕が言えるのは、オトンが僕に名前を付けるために一生懸命考えてくれたという事、結果として、じいちゃんも認めるようないい名前がついたって事です。

それで充分だったりします。

とはいえ、その名前が好きかどうかは別問題ですが…

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2012年10月17日 (水)

尊王攘夷運動…?

学校で歴史の授業で尊王攘夷運動という項目を習った事があるのですが…あれは本当に正しい事だったのだろうか?という疑いが、実はあったりします。

『尊王』つまり、幕府中心の政治を排除して天皇中心の政治に…という事なのですが、それと『攘夷』とは本来一線を隠すような気がするんですが…

だって『攘夷』って、開国阻止とか外国人排斥運動みたいなもんでしょ?同じ明治時代にあった事だからって、二つを一緒にして『尊王攘夷運動』として教育してしまうのは、実はものすごく乱暴な事ではないでしょうか?

実際、高校生になっても、『攘夷』の事を『尊王攘夷運動』だと僕は思っていましたからね。『攘夷志士』自体は先も書いたように開国と外国人の往来に反対している人々のことです。外国人と仲良くしてる人も『攘夷』の対象になったんだろうと思います。

何が言いたいかというと。名前が『尊王攘夷運動』でも別にかまわないですが、教える時に『尊王』の意味と『攘夷』の意味は別だよという事はしっかり教える必要があったのではないでしょうか?という事です。

僕にしてみたら、『攘夷志士』なんて…もちろん彼らも江戸から明治の立役者の一人一人ではあるには違いませんが…流行に流されて、ただ何となく『外国人を排斥してればいいや』みたいに考えて集まった人らではないのか?と思ってしまいます。

英雄視される事が多い攘夷志士・攘夷浪士ですが、それって本当に英雄なんだろうか?もし、今も昔も日本人の体質が変わっていないのだとしたら…?

ホリエモンは幕府で、メディアは攘夷志士で、それに踊らされている視聴者は『なんちゃって攘夷浪士』なんじゃないのか?

と思ってしまう。

同じ構図が自民党が(本当に当時は政府ですが)幕府でメディアが攘夷志士で視聴者が『なんちゃって攘夷浪士』

いつだってメディアが反発して、それに踊らされるのが視聴者ですよね。

攘夷運動ってそういうものだったんじゃないですか?

僕はあの中国の排日運動を見ると、いつも『攘夷』を思いうかべます。僕にはそれそのものに見えます。

これもどこまで本当かは分かりませんが…

明治維新の時の『攘夷』運動については、それ自体が流行りであったとの事、だから、『なんちゃって攘夷浪士』が増えて、外国人と仲良くしている日本人も切り殺したり、毎夜意味も無く居酒屋で『開国反対・外国人排斥』を訴えていたのでしょう。

そうすることが一種良識ある行動と…

しかし開国無くして外国人を排斥することなど不可能であると気が付いた後は今度は開国して武力を強化して外国人を排除するというもはや意味の分からない行動に…

『攘夷』だけでは恐らく論理破綻をしていたでしょう

そこで必要となった考え方が『尊王』でしょう。黒船来航当時(から)弱腰外交だった幕府に対して士族たちははっきり言って不満だったでしょう。

『攘夷』と『尊王』を一緒に考えるようになったようです。

討幕と『攘夷』を目的とした『尊王』運動が始まります。だから『尊王攘夷運動』と言うんでしょうけど。

まあそれは置いといて、

『攘夷』はあたかも明治の美談のように描かれている作品とかがあるけど、決して美談では無い。汚い部分の方が多いと思う。

維新が、坂本竜馬等、一部の人間が大政奉還・江戸無血開城を成し遂げたおかけで、美談になっているんでしょうが…

これぞ、勝てば官軍負ければ賊軍というのを絵にかいたような出来事ではないのか…?と思ってしまう。

結果として、維新は成ったわけだけど…

歴史の事実として歴史ロマンを味わうのはいいけど、あたかも美談のように描くのは、やっぱり違うかな?と思ってしまう。今日この頃です。

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2012年10月16日 (火)

行動は心でします

「あのカメラどないしとるん?」って上司から言われました。

あのカメラとは、東京出張の為に買ったあのカメラの事ですが…

当然、カメラなんて普段会社では全然使わないですし、休みの日にどこかに出かけるでもないし…

だから別に持ってても仕方がない事は事実なのですが。

「もしかしたら、何かの時に使うかもしれないじゃないですか。」

と言ったのですが。

何かの時なんて本当にやってくるのだろうか…

何かの時…?って何?

結婚もしてないし、当然子供もいないから、記念撮影なんてまず無いし、運動会なんてない。

地域のそういうのにも、休日が土日じゃないから参加もできないし。

どう考えても使う時が無いんですよね…

まあ、以前にもこの事は書きましたが。

3月に友人が2名結婚します。その時に使うと決めましたが…

それ以外に使う事は…無いですね。恐らく、ていうかその二名が独身最後の二名。あとは友人達の中では僕だけですが…

結婚には全く興味が無いので仕方がないですよね。

最近は異性が今までに増して嫌いになりました(男性が好きという意味ではありません)

信頼しても裏切られますからね。まあそれは女性に限らず、人間である以上、大小あるけど絶対ありますから。言い出したらきりがないのですが。

世の中、異性に心を許すことなんて別に特別な事ではないと思いますし。

心を許し、近づき、持ちつ持たれつになり…

そういう事で成り立っている事だってたくさんある事も知っていますが。

僕はどの人も、一人の人として接する分には、いつ裏切られてもいいと思いながら接します。

いつの頃からか、僕は『僕が仲間たちにしてあげようと思う事以上の事は、仲間は絶対にしてくれないだろう』という事を理解しました。

変な言い方ですが、少し『奉仕』に近いところまで、仲間にしてあげたいと思う傾向が僕にはあります。(もちろん仕事は仕事ですが)

それと同じような事は、僕のために誰かがしてくれることは絶対に無い。という事を理解しているという事です。

まずないです。だから期待もしないのです。

勘違いしないで頂きたいのは、僕が最上級の『奉仕』や気遣いをしているという事ではありませんし、『仲間の為に僕はこれだけしているのに相手はしてくれない』という事を訴えたいわけではありませんよ。

僕がどれほど信頼したとしても相手はそれ程の事は思っていない事がほとんどだという事です。

つまりは、僕が一方的に信頼を寄せたとしても、相手が僕を信頼してくれることは無いという事です。

それは、僕が親友と呼ぶ人間でもそうだろうと思っています。『親友』なのに…と思うかもしれませんが、親友でも他人です。

だから僕は、本当に困った時に、親友や友達に助けを求める事は絶対にありません。面倒事なんて嫌だと思うに決まっているからです。

僕なら相談に乗るけど、できれば避けたいと思うのが人だからです。他人を頼るのが間違っているんです。

僕は人と接する時は、いつ裏切られてもいいと思いながら接します。

まだまだ未熟だから、長く接するうちに、その境界線を超えてしまう事が度々あって、その度に小さく傷ついたりしているのですが…

その度に『ほらな…』という心の中の僕が自分の甘さを責めます。

でもまあ、前提に『裏切られるかもしれない』と思っているので、期待してて何かがあっても、「まあ、そうだろう…」とすぐに考え直すことができるので、便利と言えばそうですね。

人にモノを頼む時はその通りにならない事を覚悟します。

もちろんやろうとしてくれている心があるかどうかはちゃんと感じることにしています。が、期待しているほどの事にはならないと思う事にしています。

最悪、一から全部僕がやる事になる事まで考えます。

だから、できなくても、それ程怒る事はありません。『やっぱりな…』とは思いますが。

言ってしまえば、結局信用できるのは自分だけなんだろうと思います。

それはすごくエゴイズムにとんでいる事だろうとは思うのですが、僕は自分がどれほど小さな力しか持たないかという事を理解しているつもりです。

だから、人にモノを頼まざるを得ません。仲間の力が必要なんです。だから頼むんです。

最悪の事態を回避したいです。できたらいい感じに物事を運びたいと思うのは普通の事です。

でも最悪の事態になる事を覚悟します。その時に、本当の本当に最悪の事態にならないよう、瀬戸際で何とか回避できるように、最後は自分が出ていく覚悟を。

嫌な事はみんな嫌。それが当たり前。嫌々やってもいい事になんて絶対ならない。

僕が、人が嫌だなと思う事を引き受けたり自ら進んで名乗り出たりしてきたのは…

『みんな嫌だろうから』です。「カッコつけるな!」となじられた事もあるし、自分でも『僕って変なやつやねん…』と理解されなくていい事をアピールしたりしてましたが…

僕が嫌な事をすれば、他の人はしなくていいでしょ…まあ、これも理解されなくていいんですよ。

人は心では動かない。僕は心で動く。それだけです。それが僕の価値観でやる気です。だから損得では動かない。そんな事、他人に理解なんてできっこないんですよ。

とまあ…何か大層に書いたけど。

そういう事は日常そうそう無いので、そういう事は心の内の方にそっとしまっていますが。

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2012年10月15日 (月)

おっ腰に付っけた…

僕は仕事中、常に腰にサイドポケットを付けています、これは、冬服になった時、ポケットが浅くてカッターナイフや印鑑や拾ったゴミなどが屈んだ時にポロポロと落ちてしまうので、それが鬱陶しく思えたのでそうし始めました。

もう何年もそうしていますが…

先日までそれを腰のベルトに、カラビナを使って提げていたのですが、ベルトをかなりきつく巻かないと、ポケットの重さでベルトがずってきてしまうので、かなりきつく締めていました。

がそうすると、今度はカラビナがベルトの分だけ体に押し付けられるので、それをつけて何時間も仕事をしていると、さすがに腰骨の辺りが痛くなります。

何とか改善策は無い物か…と思いながら、ダ●ソーで買い物をしていたら、丁度いい感じの鍵用のキーホルダー(←これ頭痛が痛いって表現になってないかな)のようなものがあったので、購入したのでした。

形状は輪っかに皮のベルトのようなものを通しただけのものですが、実はそれが重要なのです。輪っかを正面向けると、ベルトの穴が横を向くと言う部分が大切なのです。

『これは、ベルトに付けるのにうってつけやないか!!』

おと思い、ついてる状態を想像したら、もう、家に帰って早速でも付け替えたい気分でした。

当然ばっちりだというのも頭の中で計算済みでした。ので、10個そのキーホルダーを購入しました。

それにしてから実はもう二ヶ月。

ベルトをギュッと締めるのには実は理由があって、

ダイエットもしてる訳ではないのに、かなり体重が絞られていて、今まで使ってた穴ではぶかぶかすぎる感じにまでなってしまったので…

それで、今度は、穴がどんどんどちらに増えてもいいように、初めから穴が沢山開いているベルトに替え、その日一番しっくりくる穴にバックルを通すようにしています。

今はキーホルダーを使って、ベルトにベルトを通しているので全く痛くない。

もっと早く気付ければ良かったのですが…

まあ、それはそれとして、やはり、キーホルダーだけあって、強度に問題があります。

実はこの二ヶ月でベルト側のベルトを交換したのは2回目です。もともと、そんなに重いものを…と言っても知れていますが、鍵を通すためのモノを想定していたものですから、サイドポケットに使うとなると、重さが耐えられないんでしょうね。

で、いつもベルトをつけている金具っていうかスナップボタンですが、取れてしまうのです。

でもベルトは何ともないんです。だから、その金具だけが取れてしまって取り替えるというのは実はとてももったいないと感じていました。

ながらも、前回のは捨てましたが…

それで、今回は、何とか修理できないか、ホームセンターを歩き回りました。

なんと、ありました。スナップボタンを取り付けることができる道具が…

そしていともたやすくスナップボタンを取り付け、問題なく修理完了。

綺麗に補修できたので嬉しいです。もちろん修理したってのは分かりますが。

それも微々たることです。無理だと思っていたものが再度使えるようになる事は、毎度のことながら、すごくうれしいですね。

大事に使おうと思います。

と言っても取り付け金具なので今までの使い方に毛の生えたぐらいの使い方しかないですが…

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2012年10月14日 (日)

言われてみれば…

日曜大工が新しい趣味に入った僕ですが、実は気になる記事を発見していました。

と言っても、ちゃんと読んでなかったのですが、この度読んでみたのですが…

何が書いてあったかというと、

「男性が日曜大工をするのは、精神的に満たされている時ではなく、むしろその逆であり、父親であれば、家族内で孤立を感じている事が多い」

との事、要するに日曜大工をする理由は自分の存在を他にアピールしている行為であると…

「僕はここにいるよ…」という事だろうか…

嫁さんにはあしらわれ、子供には馬鹿にされ、疲れて帰ってきても、冷えたご飯があるだけ…あればまだいい。カップめんが置いてあるだけだったりもする。

会社では…それなりに認められてるお父さん。家ではまるでゴミ扱い。

いてもいなくても同じな気分になってくる。

そんなある日、電球が切れてるから代えてほしいと嫁さんに頼まれる。

頼られることの嬉しさを感じる。

大したことではないが、電球を代える。

一応ありがとうと言われた。嬉しい。

自分は結構手先も器用だ。いっちょ頑張って何か家族の為になるようなものを作ってみるか?なんて考えたりして…

そして、行動に出る。『僕はここにいるよ…ほら、こんな事だってできるんだよ…』

なんて事を深層心理で考えながら、家族が喜びそうなものを頑張って作る…

『お父さんの存在価値はこんなところにもあるんだよ…』なんて考えながら…

という想像をしてみたのですが…

意外とそうかもしれないな…なんて思います。

僕は、お父さんでもないので、恐らくは深層心理でもそんな事は考えていないでしょう。まあ分からないですが、

ばあちゃんの依頼からちょっと作るのが楽しくて、作ってますが…

全然違うかもしれないですが、父の愛というのは与える事なのかもしれません。

妻に、子供に、愛を与える。お金を与える、生活を与える。父親にしかできない指導を子供にあたえる…まあそれにはちゃんと子供の前でお母さんがお父さんを立てることができなければ成り立たない図式ですね。

今の、僕の年代の女性に増えているそうですよ。

ただ旦那をけなしていればいいと思ってる女性が。子供の前だろうと友人の前だろうと…そういう人は気が付いてないんですよ。

そういう行動が自身を貶めているという事を…

僕だって、ついつい感情的になってしまう事もある。

そういう時の端々に粗暴な一面が顔を出す。僕は、そんなに乱暴な方ではない…とは思うけど、そうは思はない人が結構いるんだろうなとは思います。

でも、どうしても抑えきれないものも、時としてあります。

何とか行動に出さないようにとするのですが…

抑えきれず、口からついて出てしまう事も…でもそれは、人として仕方がない部分もあったり?そりゃ聖人君子ではないので、解脱などしてないので、あたりまえだとは思いますが、他人からそういわれるのはいいけど、自分でそれで納得はしたくない事ですよね。

ストレスというよりは、突発的にやってくる激情といかにうまくつきあえるか…ですが。

もしかしたら、激情を感じている事自体がすでに未熟なのかもしれないですね…

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2012年10月13日 (土)

そして日常へ…

東京出張は、やはり何といっても非日常的な事であるのは確かでした。

お店の事は…頭の片隅に置いておけばいいし、他の会社の店を見て回る事なんて全然ないですから…近隣の競合は見に行きますが、イオングループのばっかですからね…

楽しく幕を閉じた東京出張ですが…先日家に帰ってきたのは日付が変わっていました。

そこから次の日…便宜上次の日としますが、早番です…

いつ寝るねん!と言いたくなりましたが、それはでも覚悟をしていたので仕方がない事でした。

どうにかこうにか気力を振り絞って出勤しました。

できれば寝ておきたかったですが仕方なしです。今日もとりあえず自分に買った…という事にしておきました。

それはそうと、結局お土産を買う時間は、新幹線を一本遅らせるという事で何とか確保できたものの、それでもじっくりと選ぶほどの時間はありませんでした。さすが東京、何本も新幹線まで出てるとは…

と思ったのが先日。

何とかその後、駅中でお土産を、選ぶほどもない時間で買い回り…(?)浅草で買ったのと合わせると、まあ、何とかこれでいいだろう…というところまで揃えました。

旅慣れてないと、やっぱりお土産でさえ、何を買ったらいいのか分からないものです…

完全にストラップに偏りましたが…

そして忘れていたのが…自分へのお土産…完全に頭から消えていました。いや、むしろ浅草に行った事やそれを録画してたことがお土産なんだけど、それで頭いっぱいであとは何とかノルマのお土産を用意する事で頭がいっぱいでした…

残るものが欲しいんだけど、流石にご当地キティは僕のキャラじゃない。

まあ、またの機会旅したときに買うという事で…

そして、会社で渡したい人にお土産を渡したわけですが…ここにも一つ難関が…

旅慣れてないもので、どのタイミングでお土産を渡すのかが分からない…

当然仕事中は僕の方が無理だし、休憩中か仕事終わりになりますからね…

それに立ち会えなければそのまま渡せないままになります。

気の抜けない一日になりました。渡したい人に渡せる瞬間なんて、一日そうそう無いですからね。

注意すべき所は、数が無い事です。

●●には渡して■■には渡さないとなるとちょっと大変です。全員の分を買えたら良かったのですが、そんな時間はありませんでした。

新幹線を遅らせても良かったのになぜ時間が無かったか…

それには話せば少し長くなるのですが…簡単に言うと、それ以上買うとお金を降ろさなくてはいけない状態になってしまうからでした。

東京に行く前々日、しっかりとお金を降ろして大分のですが、それを車のダッシュボードに置いたままにしてて、財布に入れるのを忘れていたのです…

そんなに使うつもりは無かったのですが、5万降ろしました。

財布の中には1万8千円…

『これで…おみやげは行けるとは思うけど…』と思いましたが、見学の際「必ず1品は購入してください」という俗に言う『一品ルール』があって、大分削られましたので、ギリギリになりました…

だからこれ以上買うとなるとATMで降ろさなくてはいけません。

しかもATMにすぐに行けるわけでもなく、もしかしたらこのカードは使えないATMかもしれないし、まずどこにあるかもわからなかったからです。

そうこうしていると、新幹線が来る時間が近づいてきてたので、もうホームに行かなくてはならなくなりました…という事でした。

もっと買えたらよかったんですが、残念です。ちなみに大きなボストンバックを持って行ってたおかげで、みんな手に提げて不便そうでしたが、僕はコロコロがついてるボストンだったおかげで、移動が楽ちんでした。

師匠のアドバイスのおかげですね。

行きは『エスパー●藤』が入ってそうとか言われましたが…実際はそれよりは小さいバッグです。

あと渡してない人に、ちょっと緊張しながら渡すことにします。

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2012年10月12日 (金)

東京出張二日目

次の日は6時起き。朝食の時間が6時から9時までらしいのですが、バスが上野のバス乗り場まで来るのが7時30分らしいので、フロント前に集合時間が7時15分だったので、ご飯を食べてたらそれ程時間が無くなってしまう為、6時過ぎぐらいの朝食が望ましかったりします。

6時に下に降りると、結構みなさん朝食をとられてて、僕なんかは遅い方でした…

朝食はバイキング方式になってて、ほしいのを皿に選んでいく感じでしたが…

僕って朝は全然食べれなくて…

結局ご飯はお茶碗に半分ぐらいとみそ汁、そしてレーズンロールにしました。

しかし、レーズンロールは失敗でした…ご飯とみそ汁だけで事足りていました…

M輪さんはがっつり、晩御飯じゃないのか?と思うほどに食べていました。朝からおかわりもしていました…

「そりゃ痛風になるで…」「いやいや、朝ごはんは一日の源っす!」とか言いながら食べていました。

「今日は痛風はまし?」

「昨日よりは大分マシっす。まだ痛いっすけど」

「そう、よかった、せっかく遠くに研修にきてるのに、その日に限って症状が出るとは…ちなみにスクランブルエッグは大丈夫なん?」

「知らんっす、食べたいんで。」

「…」朝食を食べ終えた僕は自分の部屋に戻り、昨日のうちに用意しておいた服に着替え、昨日充電しておいた携帯電話を外し、カメラの電池をカメラに収め、その二つをボディバッグへ、充電器たちはボストンバッグの中へ。ユニットバス・テーブル、ベッド忘れ物は何もない状態にしてから、もう一度ベッドに横になりました。

それ程寝心地がいいわけでは無かったベッドでしたが、それでも『眠り』への誘いには充分な力を発揮していました。布団も…これぐらいがちょうどいいのかもな…

と思いながら、7時にアラームをセットした時計が鳴るまで、横になる事にしました。

そして7時になったのでアラームが鳴るのを待ってから部屋を出て行きました。

東京研修第二ラウンドの開始です。

バスでの移動時間に例によって事前にコンサルの説明があって…眠りへの誘いを受けましたが、何とか耐えました。

昼は見学先のスーパーで買ったお弁当をバスで済ませ、そのまま今度はソラマチへ…

この旅の途中に何度も顔を出しては消えて行った「スカイツリー」のあるところです。

スーパーというよりは、土産物に近い感じでしたが…

その付近で「東京バナナ」を自分のお店の人にお土産に買いました。(見学の時間に…)

そしてスカイツリーの真下で解散。帰りの東京駅集合まで、そこからの交通アクセスを考えると…50分程度しか自由時間が無い…

本来ならスカイツリーに上るというのがふつうでしょうが、僕は高いところが苦手ですので、できれば避けたい選択肢でした。みんなはその気でしたが、80分待ちという言葉を聞いて心がおれたみたいでした。

そして、僕が希望した浅草、浅草寺へ行くことになりました。

いやあ、良かった。

ちょっと旅慣れてる人はそんなん行っても全然かもしれないですが、僕にしてみたらすごく『東京に来た!』って感じがして良かった。

写真もムービーもいっぱい撮ったし、ものすごく疲れた東京研修でしたが、終わり良ければ全て良しという事でしょうか。

楽しい旅だったように思います。

ちなみに自由時間はM輪さんとは別行動だったので、心配になって電話してみたら、案の定迷子になっていたそうです。

が、何とか東京駅について新幹線に乗る事が出来た様子。

帰りは自由席でしたので、僕たちとは違う新幹線で帰ったみたいです。

帰りの新幹線も楽しかったです。

また、機会があったら行きたいですね…

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2012年10月11日 (木)

東京出張一日目

痛風になったM輪さん(先輩だから『さん』とつけてますが男です)と京都駅のホームを歩き、電車から新幹線へと乗り換える。

ここで新神戸からM井君が合流。「久しぶり」という月並みな挨拶をする。

行きについては全員が指定席でした。

京都駅までの特急についても指定席だったので、同ように席取りしてあるのかと思いきや、今度は打って変わって、僕の隣は例のM輪さんでした。まあ、変更になるのはM井君が合流するからあたりまえなんだけど…

僕はもう完全に限界が来てて、眠くて眠くて仕方がありませんでした。

しかし…そうは問屋が卸さないのが世の中というモノ…

M輪さんは、自分が一人にされるのが嫌らしく、ガンガン話しかけてくるのです…

『いや…もうそんなショーもない話題ちょっと勘弁してほしいんですけど…』と思いつつも、彼はかなり傷つきやすい性格の人なので雑には扱えず、相槌をうったり、適当に乗ったりしてずっと聞いていました。

名古屋が過ぎて、間もなく横浜というあたりで、僕の記憶が無くなっていました。

気が付いたら東京駅の直前で、周りの空気がそわそわし始めている時でした。

M輪さんは自分の知り合いが全員寝てて一人で起きててずっと資料を読んでたと、ぶつぶつ僕に言ってきましたが…

「ほら、東京駅つくで、はよ準備せんと…」と促してかき消しました。

新幹線を下りて改札を通り、いざ決められた出口へ…

東京は晴れで、気温も30度近く、かなり暑い…

会社の研修なので、服装がある程度決められていて、『ラフになりすぎないカジュアルで』との事でした。具体的には『襟のついている服装。ポロシャツがベター』との事でしたが、襟がついていたらそれなりにラフではないと思い、ロンTに半袖Tシャツを重ねて、その上からジャケットを羽織りました。白の半袖にしたから黒のジャケットを着ると締まって見えます。カーキ色のパンツ…実は裾を折り返すと赤のチェック地になっているんだけど、何となくうまくそのチェックを使いこなせないので、今回は折り返さない事にしました。

ラフすぎないけど、ポロシャツのオッサン臭いのは避けたかったし、できれば少しオシャレな感じにしたかったので…

せっかく(?)東京に行くんだから、少しはオシャレをしたかったので…って何か女子か?っていう発言ですが…

遠出をするんだから、やっぱり少しはカッコつけたいと思うのがふつうなのでは?

まあそれはさておき

「全員揃いましたね?」という人事部次長。全員揃っているという前提で

「この先を5分程度歩いていくとハトバス乗り場があるので、そこに13時30分頃に集合してください。」

との事。東京について5分で一時解散という事になりました…って

「M輪さんがいない!!」と気が付いた僕はついつい声を出していました。

「ほんまや、M輪がおらん…」

「おーいM輪!」

「やっぱりおらんな…」

「M輪?ああ、あの痛風のやつがおらんのか…」

さまざまな声が飛び交う中…人事部次長が

「ちょっと探してきますんで、とりあえず解散してください。」

との事でした。M輪さんだけでなく、この時M井くんも一緒に迷子になっていたのですが、M井君には誰も気が付いていませんでした…

かくして波乱の幕開けとなった東京出張どうなる事やら…

いろいろ昼ごはんを食べるところはありましたが、あまり遠くに行くと土地勘が無いので、帰ってこれなくなったら嫌だったので、とりあえず、東京駅地下でご飯を食べることに…

そしてハトバス乗り場へ集合…してからも日差しの暑い中20分以上「待ち」でした。

やはり波乱の…と思いましたが、その後は順調に走り始めました。

バスの中ではこれから行くお店の概要であるとか、コンサルの人の話を聞きました。

事前に配られた資料に書いてあった事が多かったので、復習という形になったと思います。

この日は5件、スーパーを回りました…

正直これには疲れました…研修だから仕方がないんだけど、スーパーばかり回ると、東京って気がしなかったりします。

中には「六本木ヒルズ店」とか「中目黒本店」とか店名がついてるのとかあったけど、バスの移動だし、移動中に話を聞くからじっくり景色を見てる訳でもないし、何か実感なくて…

結局ビジネスホテルに到着したのは20時過ぎでした。

前日は早朝から深夜まで働いてそのまま寝ずに東京へ、そしてスーパー巡り…

僕はもう眠くて眠くて…それでもN浦君やO田さんやO江君は秋葉原へ行くと言います。

「せっかく東京来たから、秋葉原行ってメイドカフェ楽しんでくるわ…F君もおいでや」

と…

できればすぐに眠りたいぐらいだったので…友達づきあいはしたいところですが…

「悪いけど、めっさ眠いから今回は遠慮しとくわ、近場でご飯食べて寝ることにするわ」

と断りました。メイドカフェとか全く興味が無いし、とにかく眠い…東京来たってのは分かるんだけど、明日も早いし…

という訳で、秋葉原には行かず、近くの中華料理屋で晩御飯をすることにしました。

M輪さんとM井君も、秋葉原に興味が無く、一緒にご飯を食べることになりました、そしたらY田さんとH爪さんも一緒に行くことに…二人は女性なので、夜どこかに行くのが不安なそうな。

分からんでもないので一緒に行くことにしました。

一旦自分の部屋に戻って、支度をしてから…同じ階のM井君と、上の階のM輪さんを迎えに行きました…

M輪さんが出てくるまで、M井君とその階にあるという自販機と製氷機を探していたのですが、洗濯機と自販機はありましたが、製氷機が無いみたいでした…

二人でおかしいな…と探していたら、洗濯物を持ったM輪さんが、

「そこに洗濯機があるっすか?」と出てきましたが…

オートロックだという事を忘れてたみたいで…

「ああ!」と気が付いた時には残り3㎝ぐらいしか開いておらず…M輪さんは締め出しを喰らってしまいました…

僕たちはその状態を見て大爆笑…(こうやって書いてても思い出して吹き出してしまいます。)

でも仕方がないので三人でフロントに行って開けてもらう事に…

Y田さんの妹が東京在住という事で合流…しめて6人で中華料理を食べに…

できるだけ動かない近場でという前提だったので、ちょっと大阪でも食べれる感じの店でした…『意味ねー…』とか思いながらも、遠出する気力も残ってないのでそこで食べることにしました。

眠くなかったらもっと楽しくできたんですが、Y田さん姉妹、H爪さん、申し訳ないです。

そしてご飯を食べてからは、直でホテルへ。

Y田姉妹は二人でどこかに行くらしい。M輪さんは東京のパチンコに行くらしい…

『よくそんな気力があるな…』と思いながら僕とM井君は部屋に戻りました。M井君は部屋のみが趣味らしいのでチューハイを買って部屋で飲むとの事。

僕は風呂に入って眠りにつきました…一日長かった…

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2012年10月10日 (水)

次の日…いや日付変わって当日やな…(11日)

前日、いた当日に帰宅した僕は、寝てしまうともう起きれないと思ったので、早朝から深夜まで働いた後で…

まだ、旅の支度をしていなかったことを思い出して、

既に深夜1時になろうとしていたけど、次の日の東京出張が体力的に、精神的に厳しくなる事を覚悟しながら、用意をし始めました。

あれ?何がいるんだっけな?と思いながら、別に何もいらない事が判明。

一般的にお泊りセットと言われるものは全てホテルにあるだろうし…

着替えだって一日分あればいいし。

旅行じゃないから別におやつもいらん。それに有り体に言えばスーパーめぐりですから。そういうの無くても全然大丈夫…

なので、荷物は最小限にしたのですが…

鞄がでかい!!

先だって買っておいた旅行鞄ですが…でかいんですよ。ホントにでかい。そして、ほとんど何も入ってないのに重い…

まあ、キャスターが片側についてるのでほとんど持ち上げなくても大丈夫ですけどね。

そして、疲れ切った体を少しでも癒す為に、湯船にゆっくりつかり、いつもよりも一粒多めににんにく卵黄を飲んで、これからやってくるであろう睡魔や疲れに対抗する為のパワーを養う事にしました。

なんだかんだと考えていると、すぐにもう出る時間でした。

さっさと着替えて出発…4時半ごろです。そして携帯電話を忘れたので、一度帰って38分。

丁度、N浦君から電話がかかってきていました。

『よかった、今日ばかりは携帯電話は必需品やからな…東京でもしもの事があった時に絶対必要やし…』

当然N浦くんの要件は『今どの辺まで来てる?』でした。申し訳ないですが、一度家に帰ってきているので電話に出た時は…自宅でした。

僕は『今から出るところ』と答えて、家を出発しました。

それから運転する事20分で西脇へ。25分で目的地に到着。

N浦君と合流して出発。そこからは、O江さんとY山さんを拾っていざ!福知山駅へ!

一睡もできていなかったので、ちょっとでも車で寝ようとしたけど…

もうN浦君とY山さんしゃべる喋る…

結局眠るのを諦めてトークに参加。少しして福知山駅到着…

実は僕、N浦君のほかにO江君とY山さん以外、誰が行くのか、ちゃんとは観ていなかったので覚えていませんでした。

他にはM輪さんとか、O田さんとかY田さんとか…ああ、そうそう忘れそうだったけどM井君も…

よく知ってる人が多かったので、一安心でした。

そして、行き帰りのチケットをもらってちょっと説明受けてからいざ東京へと出発となりました。

まずは京都駅まで特急列車に乗って行きました。

特急なら静かだから眠れるかな?と思ったけど、それ程静かでもなく。隣の席だったN浦君が話しかけてくるので眠れませんでした。

それなりに会話は楽しいんですけどね…

そして、京都駅に到着。M輪さんが僕よりも若いのに『痛風』になったとの事。

かわいそうに…とも思うけど、ええもんいっぱい食べたんやろうな…と考えるとそれなら仕方がないか…と思い直しました…

よりにもよって症状が東京研修の日に出るなんて…不幸としか言いようがないですが、出たものは仕方がないですよね…

京都駅での新幹線までの乗り換えにびっこひきながら歩いているのが…それでもやっぱかわいそうではありましたね…

これから魚卵とかプリン体の多いのとかは食べれない生活なんですね…お気の毒です…

京都駅では京都タワーが近くに見えました。写真撮ろうかと思いましたが、『何でここでやねん…』と思い直して止めました。

思えば、京都の市内にだって来ることは少ないんだから、別に撮っても良かったのに。変なプライドが邪魔をした瞬間でしたね…

もう眠いし明日は…明日も早いので続きはまた明日。

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2012年10月 9日 (火)

行きたかった秋祭り

今年も秋祭りが、会社の近くで開催されました。

屋台(太鼓)が練り歩いていましたし、花代も取りにきていました。

頑張って担いであのでかい屋台があの長い石階段を登らせて行く姿は、それはそれは勇壮です。

それも、早く上がるんじゃないんですよ、太鼓の合図で一段ずつ、確実に一歩ずつ一歩ずつ、ゆっくりと、左右に揺れながら、全員で腕で持ち上げながら、力強い掛け声と気迫と共に…

今年もそれを見たいと思っていたのですが、最悪一人で見に行こうと思っていたのですが、まずは会社の人を誘ってみようと思ったのですが、誘っても今年は行かないとか…

それはそれでちょっと傷ついたのですが、まあそれはいいとして…

最近仕事の量が増えました。

買える時間がより遅くなりました…早く仕上げて帰ろうと思っていたのに、結局のところ19時になってしまいました。

その時間から歩いて行っても…恐らく降りるところを一つ見れるかどうかです。

秋祭りってそもそも、五穀豊穣を願った神事ですよね。でも、ずっと前から祭り自体を楽しむ風習が身についてしまっていますが。まあそれは仕方がない事なのかもしれないですね。

土曜が休みだったので行って来れば良かった。しかもその辺うろうろしてたし。

僕の住んでる小野には大きな秋祭りは無いんですよね。神社仏閣で大きいのがないので、それはそうなのかもしれませんが…

三木の秋祭りは、以前はそれはそれは荒れたものだったそうです。暴力沙汰も結構あったみたいですし、マナーも全然で…一言で言うと、『自分たちだけが楽しい祭り』だったみたいですね。

担ぎ手が沢山いる時はそれでもよかったみたいです。客がいなくても花代を集めて仲間と担いで「よいやさよいやさ」と言ってれば言いわけですから。

でも、人が少なくなってきてから、そういう訳にもいかなくなってきたそうです。

大宮さんに秋祭りを楽しみに来る観客が減ってきたこと、担ぎ手も減ってきたこと、高齢化してきたこと。

これら、さまざまな原因の対策として、まずマナーや祭り自体を二つに分けるという方法が取られたみたいです。

以前に比べたらマナーはとても良くなったみたいですね。ケンカが原因で運行できなくなった屋台もあるみたいで…

仕方がないと言えばそうですが、地元の人にとっては残念な事ですね。楽しみにしていたひとも沢山いただろうに…

担ぐ人はそういうのも背負っている事を忘れないようにしてほしいですね。まあ多くの人はそんな事分かってるでしょうけどね。

地元のアルバイトさんに聞いたら、『子供の頃は屋台がねりまわる後について歩いたよ』という人がほとんどでした。そういうのがあるんだなと思いましたが。

「今でも太鼓(屋台)をみるとついて行きたくなる」という人も中にはいました。お祭り好きなんだな…と思いましたが。

それだけこの地域の人にとっては秋祭りが根付いているんだなと…

そういえば7月頃に「祭りの集まりがあるんです」なんて言ってビールをまとめ買いしていったお客さんがいました…

『こんな時期に祭りの集まりて…』と思いましたが、根付いている土地にはある事なのかもしれないですね。

アルバイトさんに聞いたら「そういうのはもう年がら年じゅうありますよ。役にあたってる人が集まりが好きやったら何回でもやりますしね、祭りとついたらここの人は何でもいいんです。それだけで楽しくなるんで。」

と言っていました。

「そういうもんなんですね…僕はちょっとここの人間じゃないんで分からないですけど…隣の市なのに違うもんですね…」

年一回の秋祭りの為に生きてるみたいな感じらしいのです。

まあ、分からなくもないですけどね…

アルバイトさんの中には『自分が女に生まれた事を昔は歯がゆく思った』とかいう人までいました。『だから息子が生まれた時は嬉しくて嬉しくて、屋台の小さな子の乗れる所に乗せるのにお金なんていとわなかった』と言っていました。

乗せるのに十五万いるらしいです…

大きくなってからは、担がせていたそうです。結婚してからもこの土地に残っているのもどうやら秋祭りが理由みたいです。

この情熱…すごいな…

これほどまでに人々の中心となっている秋祭りは…それはそれでいい伝統なんだなと思います。

去年、15年ぶりに、それもちゃんと見たのは初めてぐらいの人間に秋祭りの良さは、真に理解できないですが、

この土地の秋祭りは、既にインフラストラクチャーになり得ているのではないかと思いました。

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2012年10月 8日 (月)

勝手に持って行ってはいけません

何でも勝手に持って行ってはいけないですよね、自分のものではないものは。

いや、自分のモノでも、貸してるやつとかも勝手に持って行ってはいけないですし。要するに、自分が管理しているもの以外は勝手に持って行ってはいけないというのは、社会常識だと思うのですが…

今日僕のいない間に、妹が来て、僕が最近日曜大工をするために買っておいた材木を勝手に持って帰ったそうです。

持って帰ったと言っても、押しかけ女房をしてて、籍も入れてないのですが…

その家で何に使うのか分からないですが、勝手に持って行ったそうです。

その場にばあちゃんが居合わせたようですが、ばあちゃんは妹が僕に一言断りを入れていると思い込んでいたそうです。

一切何も聞いてないですが…

持って行ったのはコンパネで、まあ千円ぐらいのものですが、それでも勝手に持って行くと言う神経が僕にはわかりません。

あれだって僕は納屋の戸を今度修理するつもりでいたので、また新たに買って来なくてはいけません。

いらないなら買わないのですよ、木材だってそこそこするんですから。

昔から、結構勝手に僕のモノを持って行く癖がある妹です。家のモノは自分のモノとでも思っているのでしょうか?僕にはその神経が信じられません。

以前、じいちゃんが買ってきたペンチをすごく僕が気に入ってしまって、何かある度にそのペンチを使っていたのですが。僕がちゃんと戻さずに、自分のところに持ったままにしているもんだから、いざという時に無くて、よくじいちゃんに怒られました。

今では、じいちゃんもいないし、そのペンチと同じものを買えるようになったんだけど、工具箱の中に入れておかなくてはいけない気がして、新しく買う事無く、これまで通りそこで管理しています。何となく、じいちゃんの許可なく持ち出してはいけない気がして…

まあ、妹はそういう風に躾をされてきてないので仕方がないと言えばそうでしょう、以前も書いたけど、僕のモノを自分のモノにしてしまって、僕が怒って取り上げても怒られるのは僕でしたし、優しく説得しようとしてもわざと転んだり固いもので頭をぶつけたりして、僕が何かしたように見せかけて返さないように僕が怒られるように仕向け、まんまと両親を含め祖父母を味方につけていました。

『兄』であるが故それに耐えるしかなかったのです…

まだ、僕とか家のものならいいんですよね。それ以外のところでしなければ。それが心配ですが。もう26か7になってるのにまだそんな事をしているのかと思うと、身内としてはすごく情けなくなります。

押しかけ女房してるけど、ちゃんとやってるのか?いや、できるわけがないと思いつつも、できていてくれと思います。

この間も保険の外交員をしている人が、うちの妹が以前働いていたと言って「顔が似ている」と話題としてあげてきましたが、「そうですか?」と笑顔で返しておきましたが、できればそれは触れてほしくなかったです…

仕方のない事ですけど…

家ではまだいい、外であんなガキみたいな振る舞いは止めてほしい。周りがみんな大人な人ばかりだから助けてもらえているのに、全く気が付かないのは何でなんだろう。

僕なんかは出す出さないは別として感謝し通しなんですけどね…

やってもらって当たり前なんでしょうか?単に気が付いてないだけなんでしょうか?

恐らく、奴の性格上僕たち家族が何と教えてあげても受け入れることはないでしょう。自分で気が付かないといけません。

前の夫のおじいさんが病気で亡くなったんだけど、あれだけお世話になっておきながら、見舞いにもいかず、葬式も、ご詠歌も、四十九日の法事も墓参りすらいかないというあの薄情さ…

進めても『何で行かなあかんの?』ぐらいの言い方でしたし…

話していると、『言っても無駄』を感じるので虚しくなってそれ以上言うのは止めました。

誰か…奴をちゃんと教育できるやつはいないのか…

気付かせてあげられるやつはいないのだろうか…僕の話は聞きいれようともしない…すぐ逆切れしてどっかに行ってしまうから、会話にもならへん…

あんなの社会に放ったらあかんやろ…と思うけど、心ある人の支えの中で何とか生きては行っているみたいで…

関係各位の方々には恐縮してしまいます…

『すいません、不詳の妹で…ご迷惑をおかけしていないといいのですが…』

と妹の話になるといつもコレ。社交辞令と聞こえなくもないですが、本心で言ってます。

これが社交辞令にできる日がくればいいんだけど…

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2012年10月 7日 (日)

寝癖…

今日いきなり、アルバイトさんに「Fさん最近疲れてますか?」と聞かれました。

そういう素振りを見せていないつもりだったので、『心外だな…』と思いながらも

「ええ?そうですか?そんな事もないんやけどな…」と答えました。すると、

「Fさん最近寝癖が目立ってないですか?」

との事…

それを聞いて余計に心外でしたね…

「寝癖って…最近パーマあてたんですよ…だから髪の毛が波打ってる感じになってるだけだと思うんですけど…今日は頭皮の為にセットしてませんけど、いつもは一応セットしてるつもりなんですけどね…」

「ああ、そうなんですね、それはすいません。」

という何気ない会話だけでしたが…

あの…パーマあてたの自分ではかなり気に入ってて、あてて良かったと思ってるんですが、寝癖って言われたのこれで2回目。

まあ、1回目の人は聞き流しておきましたが、2回目は聞き流すことができませんでした。

せっかく一万かけて頭皮ケアしながらパーマにしたのに、寝癖て…残念すぎるんですけど…

まあ、別に他人がどう言おうと自分が気に入ってるから別にどうでもいいんですけどね。

昨日が休みで、整髪料を使わなかったのですが、今日はどうするか、正直朝すごく悩みました。

『どうしようかな、頭皮、まだ回復してないような気がするな…でもせっとしたいな…』という自分の中での葛藤があったのですが、今日はセットするの止めときました。

頭皮の方が大切だと思ったので。

昨日も一昨日もしっかり洗髪したけれど、もう一日様子を見てもいいのでは?という自分の心の中の7人の自分のうち、6人がそれに賛成したので、そうしました。

明日はセットして行こうと思いますが…

でも、どうにも朝はちゃんと決まらなかったりします。帰ってきてから、「しにゃっ」としているのを両手で豪快にかき混ぜるようにすると、何かいい感じになるのですが、この状態でずっといれればいいんですが、朝はうまくセッティングできません…

何ででしょうね?

まあ夜の場合は失敗しても洗い流す余裕があるのも事実ですけどね。

朝、前日のイメージを持ちながらセッティングするのですが、どうもうまくまとまりません。

でも時間はどんどん迫ってくるので、無理やり納得して『もうこれでいいか…』と車のカギを手に持って部屋を出ていくのですが…

ちなみにセッティングの時に一番気にするのは、ワックスの量です。

少なすぎると決まらず、多すぎると洗い流さなくてはいけなくなります…

そういうの全っ然分からなかった高校生ぐらいの僕はスーパーハードジェルをびっちりびっちり髪の毛やら頭皮やらに付けてガッチガチにしてたり、そのまま洗髪もせずに寝てたりしました。

「そんなんしとったらハゲるで…」という弟の話に、

「ああ、そうなったらそうなった時考えるわ」といい加減に考えてたりしていましたが…

言いたいことはそこではなくて、ガッチガチにする目的でも、かためすぎると、常に髪の毛が濡れてるみたいに寄ってて、アトムみたいになってて逆に全然スタイリングできなくなります。

ワックスは、僕が大学生になってから流行り始めたんだけど、ジェルよりも量が難しい…

一定量を超えるといきなり重たくなってしまうからです。

かと言って結構な量を使ってもいまいちスタイリングが決まらなかったりしますからね…

まあジェルよりも洗い流しやすいですが…

ちなみに、以前のパーマ失敗からほとんどワックスも使わなかったので、いまいち不慣れです。

毎日悪戦苦闘しています。

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2012年10月 6日 (土)

少し前の日記を読んだ…

この内容は以前も書いたのですが、

ミュンヒハウゼン症候群という言葉をご存じでしょうか?

これは、精神的な病気の一種なのですが…つまりは周囲の人々の気を引きたいがために自傷してしまうという精神疾患なのですが。

もっと症状的に変化をもたらすと、代理ミュンヒハウゼン症候群という形態をとることがあって、この場合は、自分の共同体の中の人、多くの場合自分の子供とか自分以外の何か代理のモノが対象となる精神疾患です。

傷害行為自体は患者の目的ではなく、周囲の関心を引き寄せることで、自分を精神的に満たそうとしている行為です。

代理ミュンヒハウゼン症候群は対象が自身の子供であるケースが多いですが、そうでないケースもあります。

先もあげた共同体の中での事です。この場合『心的…』という言葉が頭に着きますが。

形的には『チクリ行為』というのに似ています。が、真実では無い事が多いため虚偽の事をさも真実かのように述べて、相手を傷つけ、相手と共に自身の関心を引き寄せるという事が一般的にあげられます。

つまりはそんな真実など存在しないのに、『●●さんが■■さんの事ボコカス・クソカスに言ってたよ、かわいそう、本当にかわいそう。私は遠くから見てただけだったから何にも言えなかったけど、ゆるされへんわ!』と、涙や怒りを交えつつさも本当のように相手に訴えるという事です。

それを聞いた相手はどう思うでしょうか?という事。

●●に対して怒りを覚えると同時に、伝えてくれて、一緒に憤ってくれている人には感謝さえ感じるでしょう。

僕だってそうなるでしょうね。相手が病気だと思っていても、疑いの念は残るでしょう。それを面と向かって、例えば●●に「あなたは私の事をボコカス・クソカスと言ったのですか?」なんて事を聞ける人の方が少ないでしょう。それに

「私が言ったってバレたら嫌だから本人に質問したりしないで下さい」と言われると。■■は、『そういわれればそうだ…』

と思ってしまうため、●●に直接質問することはほとんどありません。

こういう精神疾患は、病院に受診したからと言っても、自身に傷が無いので、分かりにくかったりするし、やり玉に挙げられた人物(上の場合●●)は事がかなり進行してからでないと気が付かなかったりします。(社会的にも精神疾患の場合は発見が難しく、明らかにおかしくなってきて、体調まで現れ始めてから発覚するケースが多い。)

何せこの場合だと●●は何も言ってないですからね…

患者は●●をやり込めようとして言っている訳ではありません。恨みがある訳でもありません。単に自身に気を引きたい、関心を寄せたいだけなのです。だから、●●が何事も無いように接している間も、しばらくは■■には『●●がこんな酷い事を言っていたよ』と言い普通に接します。後々、●●が■■に対しておかしな態度を取るようになると、今度は■■の態度に合わせて自分も●●におかしな態度を取るようになります。

しかし、患者は●●が別に悪い人でない事を知っているので■■程の態度にはなり得ません。それを見た■■は患者に対して「真摯な対応が取れる人」と思う事もあります。

真実が葬られたまま、●●と■■は、どんどん険悪になっていきます。共同体の中で関係は破たんするでしょうね。その時患者は知らん顔です。当然それが目的ではありませんから、なってしまった事に対して自分がした事とは思わないのです。

あくまでも患者本人が、自身に気を引かせるためにやっている事であって、●●や■■の事など、本来どうでもいいのです。関係修復に走り回る事もありません。

当然●●は原因など分からないまま一方的に■■が険悪にしてきていると感じるでしょう。

■■もまた、●●が自分の事を酷く言ってきてたという情報を飲まざるを得ません。

もし●●がそれに気が付いたとしても、それを■■に言ったところで、険悪になってしまっている状態では何を言っても無駄でしょう。

■■からしてみたら、言われたから『口は災いの元』と言わんばかりに険悪にしているのに●●が逆切れしているように見えるでしょう。

本来●●も■■もどちらもやられている側です。

しかし関係修復は●●と■■の間では絶対不可能になります。善意の第三者が入ってくれて状況を説明してくれて、納得できたら■■の●●に対する怒りは収まるでしょう。(患者には向くかもしれませんが。)

■■が患者に聞いた●●の情報は本来虚偽ですからね。

しかし、●●については、虚偽では無く実際に■■にやられていますから、もっと難しくなります。●●は患者からの情報など知らないし、一方的ですから。

例え患者の情報に乗っての行動であったとしても、「なぜ情報の真偽を確認しなかったのか?」という点が●●には残りますからね。

まあ●●の器次第ですけど。

僕なら…状況によるかなあ。僕なら…て、まず善意の第三者が僕に現れる事など無いから考えるだけ無駄ですね。ある意味ありえない状況ってことです。

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2012年10月 5日 (金)

信じる者は救われる…?

うちの家は(じいちゃんと)ばあちゃんが割と熱心に天理教を信心しているのですが、それについては、別に異論はないのですが…

それについて、他の人に「僕んちでは天理教を…」と言うのにとてもためらいがあります。

もちろん、日本は宗教の自由が認められていますが、何て言うのかな、あの例の真理教の事件以来、宗教法人というものがとても胡散臭いものの集団のように報じられているのを見ると、心のよりどころとしての宗教でさえ、ダメなモノのように感じてしまいます。

実態はどうだったかは知りませんが、例の真理教であっても、心のよりどころとしていた人は少なからずいたのではないでしょうか。

勘違いしてほしくないですが、僕は別に彼らの行動を肯定するものではないです。あくまで、信じていた人が、信じたことによって救われていた部分も、少なからずあったのではないかという事です。

信じること自体は悪い事ではありません。

ばあちゃんは、天理教を信心していて、これまで、何度となくお供えをすることで、難病やら非常事態を回避してきたと豪語しています。

実際のところは分かりません。ばあちゃんの信じる心がそうさせたのか、本当に神様が救って下さったのか…

僕にはよく分かりません。別に、存在が認められないものを信じないという訳ではありません。僕の手相に神秘十字形というのがあるのですが、それはこういったものを信じやすい性質を持った人に多く出ると言われているし、実際、信じなくもないのです。

ばあちゃんは、常日頃から毎日毎日お供えして、神様のお世話をしていました。今もしています。

だから、『徳』というものがこの世に存在するのであれば、ばあちゃんは「徳」をきちんと積み重ねているんだろうと思います。

僕はというと、そんなものは一切なく、じいちゃんが亡くなってからというもの、墓参りや墓掃除はするものの、何もない日に何かをすることも無いし、じいちゃんに線香を供えることも無い、祈ることも無い。当然、神棚にも同様です。

そんな自分には「徳」などは全く存在しない。

ばあちゃんは、毎日こうしてお供えしてお祈りして、日々少しずつ「徳」をためていって、いざという時に神様に助けてもらう。

と僕が子供の頃に教えてくれました。

ばあちゃんの言う「いざという時」は、先もあげたような厄災であるとか、病気であるとか、重篤な事柄を指します。

おばちゃんが倒れた時も異常な速さでICUを抜け、HCUも抜け、今はリハビリもしてて、この前の前は完全におかしなことを言ってたけど、前回は普通で、認知症など見当たらなかった。

それもばあちゃんがおばちゃんの為に病院でも、家でも祈って「おさずけ」というものを施したから?だという事になっています。

でも、お医者さんもビックリの回復力だそうだし、認知症もかなり入ってきてたのに、元に戻ってるし…説明つかない事も多いのも事実。

信じる者は救われるという事だろう。と勝手に解釈していますが。

僕はそんな徳もないし、ばあちゃんならいざ知らず、普段からそういう信仰も何もしていない僕が、自分の困った時だけ、神様に頼ろうとするのはとても傲慢で不遜な事だろうと思います。

だから…と言っても語弊があるかもしれないですが、神頼みなどしないし、神様に祈ったところで駄目なものは駄目だと、心の中で結構はっきり思っています。

黒いものが白くはならんでしょう?

先も書いた通り信じていない訳じゃないし、絶大な効果があるとも思っていない。

ただ、信じる事によっていい方向に向かう事もあるのではないかとは思います。

法外な値段(あえてこう書きますが…)の布施を募らされることも一切ないし、参加を強制させられる会合も無い、ただ会があって、お供えは各自の気持ちだけ。1円でも気持ちがこもっていればいいし、200万円でも1000万でも扱いが変わる事は無い。

まあ、この不況の中そんな人中々いないですけどね。

神に祈りたい気持ちが無い訳ではない。でも祈っても神は応えてくれないですからね。見放したという事ではないし、そう思ってる訳でもありません。

普段から信仰もしてないのに、いざ困ったからと言って神頼みとは、本当におこがましい。そんな事。僕はできない。

むしろ困った時にはいつもよりもあてにしないかもしれないですね。

そういう心がどうしても出てしまう自分に釘をさす意味でもね。

それに、何故かしらんけどうまくいった事なんて全部「運」で片付けてしまうもんな…理屈で理解できない動きに人は奇跡や偶然を提唱する。

僕だって例外じゃない。いい事があっても偶然そうなっただけだと思うもんね。困った時は神にすがろうとするくせに。

僕自身のこういう体質は本当直したいです。

①普段から信仰する

②困った時に神に祈らない強さを身に付ける

あなたならどちらを選びますか?

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2012年10月 4日 (木)

日々に追われながら…

最近追われる日々を送っています。

睡眠時間が短い…と自分では思っていますが、世の中のパパさんたちはもっと短いんだろうと思うと、自分の時間を多く持てる分、弱音は吐けないな…と思っています。

それに、いくら一日の割合の多くを仕事に割いていたとしても、自分だけなので、家に帰っても、どうしてもしなくてはいけない事の方が少ないのです。

仕事をしている方が楽しい。

というのが本当のところ。余計な事を考えずに楽しく仕事ができたら一番いいんだけど。

独身30代前半なんて、まだまだガムシャラにいく時期なのかもしれません。

そりゃ、きれいに振る舞えるならそれに越したことはないし、そうしたいのはやまやまだけど、実際は土にまみれ血にまみれ、ドロドロになりながらのた打ち回りながら、もんどりうちながら進むしかありません。

ごくわずかな、それこそ能力的にずば抜けた人間だけが、その衣に土を付ける事なくきれいに立ち回る事を許されるのです。

そしてそれは僕では無い事は分かっています。僕は凡人だ。いや凡人以下の人間だ。

だからこそ目指すべきところがあるんだけど。

綺麗に立ち回る事が悪い事だとは限らない。のた打ち回った事が後々になって生きてくることは往々にしてあります。

その経験が、少しずつ凡人以下の人間から凡人へと成長させてくれる。凡人以上。そして非凡な人間になる…

いや、非凡を目指しているわけではないか…

体力面、そして能力面では、その時々により限界がある。しかし、意志は違います。

意志については、非凡も平凡も無い。意志を持っているか、ただ何となくやるかは大きく違います。

泥や血にまみれながらもそれでも前に進んでいく。

今日より明日、明日よりも明後日です。今日より明日は、もっといい日になる。

いい日にする。

毎日いい日です。ショックな事があっても、辛い事があっても、長い人生の肥やしです。よりい人間になるためです。

まだ今はガムシャラに駆け抜ける時期です。

楽しく仕事がしたいですね…

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2012年10月 3日 (水)

先日病院にて…

浄谷のおばちゃんが西脇病院から転院して、三木市のT病院へ来ました。

距離にしたら、絶対三木市の方が近いんですが…

どう考えても西脇病院の方が早い感じがします。西脇病院は175号線で一っ跳びです。

でもT病院は旧国道を通ったり…志染なのでやっぱり交通の便が良くないんですよね…

そんなこんなで西脇病院までは丁度20分ぐらいで行けたのに、T病院までは28分かかりました。

信号とか、あとその時は道路整備工事の為に片側相互通行になってて片側車線が通れないようになっていたので余計に時間がかかりました。

アクセスはそれでも別に何でもないんですよ。

今の店の前にいた店です。毎日通っていたので、それ程不便とは思いませんでした。西脇よりも時間がかかるとは思いましたが。

ちなみに、転院してからばあちゃんはこの日が初めてだったのですが、僕が休みの日に突然『連れて行ってくれへんこ』と言うのです…

あのですね…僕にも都合というモノがあってですね。

そんなそんな、急に言われたって、予定もあるのに…

と言うほどの予定も、午前中で片付いてしまうほどの小さな予定だったので…少し、邪魔くさいなと思ったのですが、

ばあちゃんが自分の妹を心配する気持ちの方がずっと大事だと思ったし、わざわざ天秤にかける事じゃないと思ったのでOKしました。

全然知らなかったのですが、転院してからしばらく経っていたらしく、以前は2階にいたらしいのですが、当日4階になったらしいのです。

僕たちが病院に行ったときには残念ながらリハビリに行っているのか、病室にはいませんでした。

ていうか誰もいませんでした。

仕方が無く、スタッフルームまで行って、恥ずかしいけど…勇気を出して

「●●さんの親戚のものですが、今●●さんはどこに行かれてますか?」と聞きました。

親切なナースマンは「えーっと……ああ、今日来たばかりの●●さんね、それでしたら今リハビリに行っていないんですよ。」との事。

やっぱりか…なんてタイミングの悪さや…

「今さっき行ったばかりなので、恐らく40分は帰ってこないと思います。」

と後ろから怖そうな看護師(長?)さんが笑顔で教えてくれました。

看護師さん…笑顔がビジネススマイル(作り笑顔)丸出しですよ…と言いたかったのですが。

実はこのビジネススマイル、僕も介護士をしている時よくつかいました。

ビジネススマイルは、目を見て会話する人には通じません。

が、利用者さんには通じます。ので、医療・介護業界のスタッフさんはみんなこぞってビジネススマイルを使うのです。

笑顔を作っているので、感情を出さないですむし、目を見ない相手にはどんな人でもフレンドリーに接することができます。一種の甘えですかね?僕の場合は。

さっきも書きましたが、ビジネススマイルの場合、目を見て話す相手とのコミュニケ―ションにおいては意味を成しません、むしろ逆効果だと思います。

笑顔なのに、目の奥が笑っていない分、不自然なスマイルになってしまうのです。それに気が付かないで使っている方や、嫌な人と接する時とかに、身に付けてしまった人とかが自然と作ってしまっている笑顔。

そういう人と接すると何だか底知れないような得体のしれない気持ち悪さを感じてしまいます。みなさんも無いでしょうか?そういう事。

まあ、ビジネススマイルですから。

僕は今の会社に就職してからビジネススマイルは捨てました。

逆に手に入れたのは『申し訳ないふり』ですが…まあこれについてはまた機会があれば書こうとは思います。

きれいごとですが、歓迎の心・感謝の心があれば自然とお客様には笑顔で接客できるものです。目的は、お店を少しでも良くするため。いいお店だと思ってもらうため。です。

あれ…いつの間にか仕事の話になってる…

リハビリだったので空振りだと思って帰ろうとしたのですが、ばあちゃんは、40分ぐらい待つと言い始めて、一路椅子のある多目的ホールへ…

まいったなあ…と思いながらも、待つことにしました。

待つと時間は長いものです。働いていたら40分なんてすぐ経ってしまうのに…

そしてようやくおばちゃんが帰ってきました。

またも僕の事は判別がつかなかった。けど、回復は大分しているようで、話も大分流暢になってきました。認知症も僕たちが言った時にはなりを潜めて…いたのかなあ?僕は判別ついてなかったけども…

ばあちゃんも知ってたし、自分がどこにおるかも知ってたみたいやし…訳が分からないですが、僕だけが飛んでしまっているのかもしれないですが…それはさみしいのであまり考えないようにします。

とにかく、歩けるようになったら退院らしいので、早く良くなってほしいですね。

おばちゃん早く元気になってくださいね。

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2012年10月 2日 (火)

なんでもかんでも僕のせい

これからお米の収穫ですが、あちこち家の傷んでるところとか、修繕してたりして、その木片とか板とかを納屋の入り口辺りに置いているのですが、その修繕をしていた時に。

「それ、稲刈りする時にはどけてくれるんやろな。」

と言ってきたので、

「ああ、その時にはどけるわ。」

と言いました。そろそろだろうとは思いますが、いつにするかとは全く言ってくれません。いつもの事です。

「やる」とだけ言って本当にやる時期は自分の中でだけです。

「いつやるの?」と聞いても具体的に言ってくれる事はありません。「もうすぐや」だけです。いつもそんな感じの答えが返ってきます。

分からないので初めのうちはすぐにどけていたのですが、そういう時に限って何週も後だったりします。

『なんやねん、全然先やないか…』

でも、ほったらかしにしているとすぐにやったりします。

今日もそうでした。

「Fがそのまんまにしとるから機械組み立てられへんやないか!」

と怒ってたらしいですが…

いやいや、ただの木材やないか、ちょっとどければ組み立てはできます。そんなに複雑なモノでもないのに。

僕がほったらかしにしているから、組み立てられへんかったと台所で僕をなじる声が僕の部屋まで聞こえてきます。

またか…と思います。いつもの事です。

家にお金を入れない(少しだけど入れてるオトンが知らんだけ)、オトンの借金を返さない(そもそも返す道理はない)、電気を大量消費する(僕ではない)、米に虫が湧いている(これも僕ではない)、何も手伝わない(休みが平日で土日は家に居ないから無理)そもそも手伝えと言ってこない。こっちから手伝うと言っても何故か初めからすねたみたいにせんでええと言う。

勝手にやるとボロカスに批判してくる。こっちは少しでも負担を減らしてあげようとしてるのに。教えてくれないのにやって失敗したらボロカス。

ぜーんぶ悪いのは僕。

そうやな、悪いんですよ。悪い奴なんでしょう。休日も家の為に身を粉にして、働いたお金はオトンの借金を返すのにあてて、オトンが気に入るように草刈や掃除や修理をしたり土日もオトンが農作業するのに付き合って休みをとって手伝う事。そんな事僕にはできませんから、やっぱりできの悪い息子なんでしょうね。

家にとって何のプラスにもならんのでしょう。

地デジが見れるようにアンテナを新しくして、そこから分岐させてオトンの方も見れるようにしたんだけど。

そこと同じところから分岐させた台所のテレビが付かなくなった、台所と同じところから引いてるテレビもつかなかくなった。オトンは僕のせいにしました。

僕が勝手にアンテナを触るからこうなったと。

いやいや、そんなんもう何ヶ月も前ですやん、昨日までみれてましたやん。絶対そんなわけないやんけ…

と思いつつもオトンは知らん顔。

屋根を上って分岐もチェックしたけど全然異常は見当たらない。結果冷蔵庫を開けた時に手前まで出てきてしまっていたテレビのコードが引っかかって抜けてただけでした。

抜けた時に分かるやろうに…

修理しても罵声、手伝っても罵声、罵声罵声…僕には言ってもいいのか?そういう人なんか?僕ってそれに耐える運命で生まれてきたのか?

言い返すと昔の傷をえぐってきます。言われたくない事のオンパレードです。だから、言い返さずに初めのうちに我慢していた方がいくらか傷がましなのですよ。

心の傷をえぐることがどれほど当人にショックを与えているか考えたことなんてないでしょうね。

いつも自分は悪くなくて、いつも自分以外が悪い人ですから。

遅番で前日25時前に帰ってきたのに、次の日、朝9時に頑張って起きて作業を手伝いに来た僕にオトンは

「今頃なにしに来てん、今頃来たって仕事なんかないぞ。」と冷たく言い放っただけでした。

7時に始めたそうです。前日、いや、当日になってたか、寝たのは3時か4時。これでも結構頑張って起きた方なんだけど。

それでもオトン中心に作業は回っているので、僕はその間寝てサボっていた存在でした。

下の弟は良く手伝ってくれたらしいです。

「本当に良く手伝てくれて助かった」とオトンは下の弟を褒めていたそうです。僕は今まで一度も言われた事無いですけどね…

まあ『一応感謝する気持ちはあるにはあるんか』とは思いましたけど。

ただ、何でも僕が悪くて収まるならそれでいいですけどね。こうしてここで書いて少しは発散できてますし。

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2012年10月 1日 (月)

ベッド改造計画…その後。

先日からずっと休みの度にやっているベッド改造計画ですが、ほぼ、9割の完成をみました。

今日も昼前からコツコツ…いや、金槌は使ってないのでコツコツという表現が正しいのかどうかは分からないですが、足りない材料とか、いらないものまで買い出しで買いながら…

そのおかげで、いいのができました。

引き出しも手作りで…手作り感が若干出てしまっているのが残念ですが、それでもかなりスムーズに引き出すことができるし、ものすごくいい感じに僕は感じるのですが…

高さについては、書いていたよりもかなり低くですみました。前回書いた後に気が付いたのですが、それまで使っていた状態の足からベッドまで14cmもあったので、引き出し用の土台に少し足してやるぐらいで、もう一段の引き出しの取り付けが可能となりました。

またこの引き出しのレールが揃わなくて…

付け方も、そのレールの取り付け例を見てもさっぱり訳が分からなかったので、何度も取り付けたり外したりしながらどうやってスムーズにさせるかという事を研究しました。

まあ研究とかそんなオーバーなものではないですが…

四つの引き出しのうち、下の段の二つに関して、実はちょっと上過ぎるところに取り付けてしまったと、後悔しています。

もっと下で良かったのでは…?

というのも、上過ぎるので、一度引き出しを外すと、ベッド全体を傾けないと取り付ける事ができないのです。

ベッド全体…何キロあるんだ実際…ちなみに今の僕が10秒上げるのも正直きついです。

頑丈に作ったからその分重たくなってるんですね…

とはいえ、出来栄えは上々。

引き出しもしっかり使用しています。

実はこの機会にマットレスも変えました。今度のマットレスは低反発マットレス!!

ついに僕の部屋にもやってきた…

という風な大げさな事も無いのですが、たまたまネットで安くであったのでこれは心機一転するのに丁度持って来いだなと思ったので、

『これだけで成功気分にできそうだ…』なんて考えたりしていたのですが…

ベッドづくりが失敗するなどとは微塵も思っていなかったので、ベッド+低反発マットレスで、劇的変化を遂げるぞ!と楽しみになっていました。

にしても、休日を使ってDIYをするのは、実は疲れがものすごく残ります。

体を休める事も仕事の一部だという事を、集中するとついつい忘れてしまいます。

なんだかんだ言いながら今日も5~6時間はずっと木材を切ったり、ドリルを使ったりしてたし…

こないだ作ったスロープですが、オトンが急すぎて、

「オバンはゆっくり降りるからええかもしれへんけど、ワシらは普通に降りるのにこんなに急やったら滑って滑ってかなん!」

と文句をつけてきました。

『じゃあオトンがやれよ!』と言いたくなりましたが、その言葉は飲み込みました。

そして今日、それも改善。二段をスロープにさせていたのを一段分の高さにしました。

以前よりも角度は落ちたし、距離も短くなりました。

以前作った分を自分でのこぎりを入れるのはちょっと…いやかなり抵抗がありましたが、思い立ったらすぐ行動です。

形状を計りなおして、使えるものはそのまま継続させて、改造もできるだけ少なくしてそれでいて頑丈に…

せっかく休みをつぶして作るのです、それなりにいい仕事がしたいものでしょ?例え自分に得などなくても。

まあ、こういうの別に損得でやってる訳じゃないし。気持ちでやってるだけなので、そういうの逆にいらなかったりしますしね。

結果、スロープの作り直しも要領よくできて、今日のミッションは終了となりました。

実はベッドの土台を二階まで持って上がる作業がものすごく大変ではありました。

間違いなく50kg以上あるぞあれは…

もう汗はかくわ、腕はだるいわ、階段はせまいわ、取り付けたキャスターはあちこちに引っかかってガタッガタぶつかっていろんなもの壊すわ…

悲惨極まりない事になっていましたが…まあそれも…とりあえずはひと段落。

ちゃんと設置して、いいのができたと思った瞬間に、壊れたものもとりあえずは気持ちを切り替える事で落ち着きました。

壊れたものは戻ってこないけど、それも自分のドン臭さの一部ですから仕方がないですよね。

いろいろ修復はしてみるつもりですが…

とにかく、今日はベッドが満足いく結果でほぼ完成したので気分がとてもいいです。

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