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2013年10月 4日 (金)

どうかと思う事

こないだから、自己犠牲の上のヒロイズムについてものすごくアンチテーゼを唱えていますが…

どうも最近、そのような事故が起こったそうな…

詳しく記事を読んだ訳ではないですが、メディアはこぞって、褒め称えているという。噂では紅綬表彰が内定したとかどうとか。

時の内閣総理大臣も参事を送ったとのこと。

この流れは、一種当たり前の事かもしれませんが、僕はそうではなく、作為的なものを感じずにはいられません。

捻くれて、ネジまっがっている性格だからそう思うのかもしれませんが。

残されたものの気持ちはどうなるのか。

という点を完全に無視していませんか?と言いたいのです。

事故の直前まで一緒にいた親御さんの気持ちは?家族の気持ちは、助けられた…今回たまたま高齢者だったのですが、老い先短い自分とで、自分を卑下してしまいはしないだろうか。

助けられた人の家族、親も子もある息子さんや娘さんはどう感じるのでしょうか。

僕としては、そっとしておく方がいいと思うのです。

こんな大々的に取り上げるべきことでしょうか。

助けられた方は罪の意識にさいなまれながら残りの人生を過ごすことになるのです。

その時が長ければ長いほど、助けて犠牲になった人が持ち上げられればあげられるほどに、『自分さえいなければ…』と思うに違いありません。

始めはそうでもなくても、時が罪を押してきます。

近くにいて、行動を止める事が出来なかったお父さんはどう思うのでしょうか。

「助けた人が軽傷だったのが、せめてもの救いです…」とマスコミ向けには言っていましたが。

その人の人となりは知りませんが。

内心は大混乱でしょう。世間では英雄のようにもてはやされていることは、もしかしたら、誇らしい事なのかもしれない。

でも、娘は命を投げ出した。それを止める事もできなかった。助けた人は高齢者。

何が英雄なものか、何が誇らしい物か。悪い事をしたのではないが、褒められるべきことでもない。

どうして世間ではこんな事を良い事のように報道するのか。

親より先に逝く娘が親不孝でないはずがない。世間ではそんな事もわからないのか。押しかけてくるマスコミ、ワイドショーでは日々娘を持ち上げる。

親として娘を亡くした事に、いつになれば素直に悲しむことができるのか。

頼むからそっとしておいてくれ。

そうは思っていないでしょうか?僕はそう思っているように思います。

何が表彰だ、何が英雄だ。そんなの死んでしまったら何の意味も無い。英雄でなくてもいい、表彰なんて望んでも無い。ただ生きてさえいてくれたらそれで良かった。

娘が生きれた分の半分も恐らくは時間がのこされていないであろう高齢者の方は罪の意識でもなんでも背負って残りの人生を這いつくばってでも生き抜いて欲しい。

そう思うのではないでしょうか。

勝手にそう思っているだけですが、僕はもっとマスコミが嫌いになりました。

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