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2014年2月 2日 (日)

いろいろある…

そんな事は分かっている。

仕事も私生活も、面白くない事はいくらでも起こって来たし、これからだって起っていくというのはよく分かっている。

望むべくもない事が起こることだってあるし、思い通りに事が運ぶことの方が実は少ないのかもしれない。

だからこそ、うまくいった時は嬉しいんだろうと思う。

うまくいく事とそうでない事が紙一重の時もあるし、手順を一つ間違えただけで大きな事になってしまう事もある。

人間だから失敗する事もある。それを咎められて嫌になる事もある。

力強く再スタートを切れる事もあれば、二度と立てないぐらいにショックを受ける事もある。

そういう事から避けるようになる事もあるかもしれません。

あまり、この言葉を使うのは好きではないけど、一生懸命頑張ったからと言って必ずしも認められるとも思わない。

そういう事もちゃんと理解している。

他人の評価など関係が無い。自分の価値観の中で生きて行くことができる。それが自分の強みだと思っているし、本当に守るべきものがないから、無難に過ごさなくてもいい。というのも自分の強みだろうと思う。

いざとなれば肉体労働・日雇い労働ができるだけの体力もある。

今の仕事が過去、自分の望んでいたものであるかどうかで言うと、正直なところ割と近いところにあるように思う。

用は少年期漠然としか持ち合わせていなかった将来像に、職業や役職こそ違うものの、近い事をしているという事です。

だから、自分がこの仕事に合っていないとは一切思わない。

ただし、どの仕事をしてもそこそこに活躍できるだけの力は持っていると自分では思っていることも事実。

つまりは、自分がこだわらなければ、どの職業でも職種でもやっていけるだろうという事。

歩き回るのが嫌だというのであれば、歩き回らない仕事。頭脳労働が嫌で肉体労働がいいというのであれば、そういう仕事。対人が嫌だというのであればそういう仕事、そういう役職の仕事を選べばよいだけです。

話が意図した方と違う方に行っていますが、

何かが起こった時、自分は最善を尽くしているつもりです。まだまだ未熟なところがあって、つもりという言葉は取る事はできませんが。

脳みそをフル回転させて、物事にあたっています。後になって考えてみれば、他にも手があったとは思う事もあるけど。実際に事にあたっている時には、それが最善の手だろうと思いながらあたっています。

だからこそ、それについてどうこう言われると腹が立つし、悔しいのです。頭の中では『クソクソクソクソクソクソクソ!!』とずっと言っています。

『何が悪かった。あの時どうすればよかった、どういう風に考えて行けばよかったか。マニュアルではどうだった?冷静でいられたのか。』

考える事は数限りなくあります。

それが反省だと言われればそれまででしょうが、僕は反省とは認識していないのです。

次起こさないためにはどうするかという考えと、それとは逆に、次の機会には完璧にしてやるという思いが沸々と沸いてきます。

いつも自信満々な僕らしい考え方だろうと自分で思うのですが、でもたまに違う事を考える時があります。

批判や叱責が多い時、意見として取り上げるセカンドオピニオン・サードオピニオンについても批判だった時、自信が揺らぎます…

というよりは、『考え方を訂正する時ではないか。』と思います。

普段快活で一種傲岸不遜なように振る舞っているだけに、そういうオピニオンは大切にすべきだろうとも思っています。

自分の評価は自分の評価ですが、自分の行動によって、どういう評価を得るだろうという事は当然考えて行動します。

何を言えばどう思われるか。そんな事は分かったうえで発言するのですが…

つまりは、『どう思われるか』という考えの範疇を大きく外れる場合は、自分の考えが間違っているかもしれないと思うのは普通の事で、早い段階で切り替えが必要だという事ではないかと。

どう思われても構わない=大体どんなことを思われているか見当がつく

という事ですからね。それが外れるという事は自分が間違っているかもしれないという考えに行きつくわけです。

実は、ずいぶん前、二年以上前から感じていた事ではあるのですが。

最近本当によく感じる事があります…そんな馬鹿な。と心の中で思って、ずっと目を瞑って考えないようにしていましたが。

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