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2014年7月

2014年7月31日 (木)

照れと恥ずかしさ

以前書いた事のある内容ですが…

若い頃特にそうだと思うのですが、男女のイザコザが起きる時に、男の方からは『照れ』というものがその大きな原因となっているように思います。

というのも、恐らくですが、男というのはその成長の過程で、『照れくさい』と『恥ずかしい』というのをごっちゃにしてしまう傾向にあるようです。

それはまあ、僕もその例外に無く、ごっちゃにしていた頃があって、『照れくさい』と思ってても『恥ずかしい』と言ってしまう事が多々あったと思います。

確かに似ている感情ではあるんですが…

逆に女性はその辺割と早い段階で区別ができるようですね。

だから男性が『恥ずかしい』っていう事に対してかなり敏感になるようです。

『恥ずかしいって、私と話する事が恥ずかしいって事!』みたいになるみたいですね。

男性からしたら、ごっちゃになってる分説明が必要で、めんどくさい話です。

男性がなぜ一緒にしてしまうかという話ですが…

子供の頃に男の子は、女の事仲良くしていると、周りに囃し立てられることが多く、確かにその瞬間はめっちゃ『恥ずかしい』と感じます。

そらまあ、『あいつ女子と話しとる~!!』とか言われると、子どもなら、あかん事のように感じてしまいますよね。

そうして刷り込まれるわけです『女子と話す事』=『恥ずかしい事』と言う風に…

それは何も僕だけじゃなくて、みんなそうなるんですよね。

『女子と話することは恥ずかしい事なんか…』みたいに。

クラスで必ずいる囃し立てる奴『あいつらできてるぞ~』みたいな事を言うやつ…あれ何で言うのか理解に苦しみますが…

実際に言われた奴はもとより、それを聞いた奴も委縮してしまいますよね。

んで、人前で話す事が恥ずかしくなる。人前でそういう態度を出すのが嫌になるんですよね。

例えば、女の子にお礼を言われても、『また囃されるのではないか』と思う。囃されるのは嫌な事なんですよね。

放っておいて欲しいので。

お礼を言われると『照れくさい』のですが、『囃される』という事によって『恥ずかしい』と感じる様になってしまうのです。

つまりは『こいつ女子としゃべっとる~!!』という言葉に端を発している事なんですよね。

仲良くしたいと思ってても、そういう風になってしまう。子供の頃は、男子にとって女子は考え方の違う生き物でしかないですからね。

要するに対立軸でしかない訳です。仲良くしようとは思うけど、口の発達している女子たちに、対抗できるわけも無く…

正論や屁理屈理屈で丸め込まれてしまうのが嫌だから『できるだけ初めから相手にしないようにする』事が多くの男の子の出す結論です。

そうならずに、女の子と仲良くできる子も中にはいて、そういうのを見た普通の男子は、羨ましいというか、無自覚の嫉妬というかが発生するんでしょうね。

そして囃してしまうのだろうと思います。

面倒くさいやつですよね、まったく持って…

このスパイラルこそが、『照れくさい』を『恥ずかしい』に替えるメカニズムの一端だろうと思います。

他にも探せばあるんだろうけども…

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2014年7月30日 (水)

オトンの運転…

急遽オトンから電話があって…『何やろ、珍しいな…』と思って出てみたら…

「グリンピアまで送ってくれ。」との事。一度外出していたので、外出するカッコではあったから、「分かった」と言ってすぐに外に出たのですが…

みるとオトンは自分の軽自動車に乗ったまま待っていました。

『もしかして、この車で自分で運転していくのでは…?』と思いましたが、その通りでした。

「のれの!」と言って助手席を指さしたので、助手席側に向かってドアを開けると…

『うお!汚ねえ!ゴミだらけ…』と思ったけど「座るところないんちゃうん?」と言うに留めました。

「この上から座れ」と言ってビニールを引いてくれましたが…足を置く場所はゴミくずだらけでした…

『自分の車、こんなにするもんなのか?』と思いましたが、僕のものでもないし、片づけるのも違うと思ったので、黙って座る事にしました。

エアコンMAXにしているので、何か肌が痛い気がしましたが、それも黙っていました。

それにしても、オトンの運転の車に乗るのは、実は久しぶりで…恐らくは15年以上…いやもっとか。

「何やお前シートベルトなんかするんか?」

「そりゃするやろ普通…」というと、それ以上は何も言ってきませんでした。

オトンの運転する車にはしばらく乗っていません。久々に乗りましたが…

『なんて荒い運転するんだ…』というのが感想でした。自分も別に丁寧な運転しているとも思っていませんでしたが。

何ともオトンは挑発的な運転だし、スピード出すからカーブもどっかに捕まってないと、シートベルトだけでは左右におもいっきり振れてしまって何か嫌です。

なので右手でさりげなくドアを持って姿勢をキープさせていました。当然黙って乗っていましたが…

そう言えば、昔オトンは走り屋だったらしく、僕が記憶している頃に使ってた車はサニークーペでしたが、その前はRX-7に乗っていたとの事…事故って廃車になったらしいですが…

だからというと走り屋さんのイメージが良くないのかもしれませんが、荒っぽい運転をオトンはするのかもしれません。

その昔、オトンの車は他の車に比べて音が違いました。マフラーを改造していたのでしょう。当時は分かりませんでしたが。

他とは違う排気音をさせながら帰ってくる車の音を聞いて『あ、お父さんが帰ってくる音や!』とか言っていた記憶があります。当時は全然意識もしませんでしたが…

今横に乗ると分かります。

『うわ…雑やな、この人の運転…』

おまけに、軽自動車でクーラーMAXにしているから、余計に踏み込むんでしょうね。めっちゃ回転数が上がってる音がします…

『まあ、軽なら仕方がないか…』と思う事にしました。

地元でも知らないマニアックロードを通ってグリンピアまで来たオトンは『飲み会』へとさっさと行ってしまいました。

当然僕が運転して帰るのですが…

まずはMAXになってるエアコンを切る。肌が痛いし何かお腹が痛くなってきた気がするから。

シートベルトをして…シートベルトも使ってないのか、差込口がゴミと何かの書類で埋まりまくっていましたが…

そしてアクセルを踏みました。って…『あれ?吹きあがりがいい…』

軽だから馬力は無いんでしょうけど、エアコンを切っている事もあってか、あまり踏み込まなくてもいい感じに力強いのです。

『何であんなに踏み込むんやろ…』とか思いながら帰ってきましたが…

オトンの運転が、もちろん雑に感じましたが…

もしかして僕だって同じことになってるのかもしれないな…と思いました。最近助手席に誰かを乗せた記憶が無いですからね…

まあ、自分が良ければそれでいいのですが、できれば丁寧な方がいい気がしますからね…

人のふり見てわがふり治せですね…自分だってなってると思わないと…それに親子だし…

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2014年7月29日 (火)

ふとは思い出さない

何かの拍子に、昔付き合ってた彼女とのエピソードとか、告白して振られた子といい感じになってた頃のエピソードとかを思い出す時が…

そんなにないんですが、何かの拍子にふと『そんな事もあったな…』と思う事があるのですが、やっぱりそれと同時に「結末」まで思い出したりして、何となく苦笑いが出そうになるのですが。

ああいうのって何なんでしょうね。どうにもならない事に未練をまだ持ってるみたいで…何か変なのって思います。

でもおかしなことに、もちろん「結末」までいくと、嫌な事ではあるんですが、思い出すエピソードって、悪い事が全然無いですよね…って、そう思うのは僕だけなんでしょうか?

嫌な事は思い出さないように脳がストップをかけてるのかな?

思い出したとしても何か男性特有の「未練」のように思われても嫌だから、言わないですけどね。

『ふふ…そういやそんな事もあったな…』ぐらいの感覚なのですが…まあそれを未練というのであれば、否定はできませんけども…

別れたり・振られたりなんていうのは、決して良くない終わり方ではないけど、苦苦しい思い出ではありますよね。そういうのは覚えてるけど、嫌だと思った事は忘れてしまってて、イイのだけが残る感じでしょうか。

でもまあ出口がしっかり苦いから、変に引きずる事は無いんだろうと思うのですが…

え?だったら苦くも無く、辛くも無く、ただ時間が過ぎる様に終わっていった弱い片思いとかは、まだ再燃の可能性が…?いや…話の方向が違う気がする。

何で悪い事は思い出さないんでしょうね。もちろん付き合っていた人の事を考えれば、それなりに思い出しますが、

ふと思い出す事って楽しいこととか、馬鹿やったね~!って事とか笑った出来事ばかりな気がします。

嫌な事を考えてる時ってそれこそ別れた直後とか、付き合ってる最中とか、思い出になる前の方が多いようにも思います。

でもまあ確かに、嫌な事なんて思い出さない方がいいに決まってますから、思い出さなくていいんですけど。

嫌な事思い出してばっかだと、大変ですもんね…

変ではあるけど、人間てそういう部分では前向きにできてるんですねえ。と思いました。

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2014年7月27日 (日)

キグルミ

梅雨が明けてからというもの、最近の暑さときたら、仕事をする上でもう集中力を奪いまくりで…

汗だくでベトベトしてて、何か嫌な感じです。

外は炎天下で、昼ごろの太陽光線は、大変な事になっています。

『室内の仕事で良かった…』と思わざるを得ないのですが…先日、某ねずみキャラクターが来てたとかいう話でしたが、

あれも着ぐるみなんですよね。あれは…炎天下もそうだけど、室内でもいただけませんよね…

あんなの着て仕事してたら、熱中症で倒れてしまいそうですよね。やった事無いから分からないですが、大変だろうというのは想像に難しくありません。

実際にやってみたらもっと大変なんだろうけども…

それでも世の中『ゆるきゃら』というのが流行ってて、着ぐるみ需要は高まっているそうな…

中の人大変やな…と思ってしまいますが、それが仕事でお金をもらってるのであれば仕方がないですよね。

「着ぐるみの中の人、この炎天下でパレードとかってめっちゃ大変ですよね…」

「ああ、そりゃそうやろな、仕事してて川の向こう側に曽祖父が見えてくる感じやろな…」

「死ぬって事ですか…」

「そりゃ死ぬやろあんなの来てたら」

「ですよね…」

「まあ、●ッキークラスになると、着ぐるみの中に空調があるやろけどな!」

「マジっすか!●ッキーってそんなハイテクなんすか!?」

「はは、そりゃあ天下のミッ●ーやで、それぐらいついてないと、夢がないやろ」

「じゃあどの辺のクラスからついてないんですか?」

「そやな、ふ●っしーやちっちゃいおっ●んとかは無いな」

「じゃあハバ●ン」とかも無いすかね?」

「ああ、ないな。そやな、あと多分●まモンとかもついてるクラスやな」

「ああ、何か分かる感じですね、くまモ●」

なんていうアホみたいな話をしたのですが、着ぐるみももっとハイテクになってもいいのかもしれないですね。

被るだけっていうのも、何か…そろそろマジでクーラーとかが付いてないと中の人は大変ですよね…体調管理が。

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2014年7月26日 (土)

夏祭りがあったみたい

会社のある市の夏祭りがあったのですが…

花火の時はもっと地響きというか空気の振動というか、そういうの感じるのかと思ったけど、全っ然そういうの無くて、

むしろ『いつ花火あったの』ってくらいでした。

何発の花火かどうか知らないですが、『今やってるんだな…』っていうのも感じられなかったというのは、やっぱりちょっと寂しいような気がします。

一昔前は祭りも楽しみの一つだったのに…いや、行けばそれなりに楽しめるんだろうとは思うのですが、

今となっては…かなりひねくれてしまってて、『行かないなら行かないでいいし。』と思ってしまいます。

実際に行ってどうするの?って考えた時に。

①雰囲気を楽しむ

②夜店を楽しむ

③人混みを楽しむ

④お金使うのを楽しむ

⑤花火を楽しむ

…何かするって事でもないのかもしれませんが、②や③④はむしろマイナスに感じるかもしれませんね。

だとすると①と⑤なんだけど、①は『想像つきそうな感じ』と考えてしまうし、⑤はもっと想像ついてしまう感じです。

想像はつくけど、完璧に想像通りかというと、そうでも無いだろうとは思いますが。

要するに行動の動機にはならないという事なんだろうと思います。

今年は、花火以外にも、何かパレードがあったみたいで、某オリエンタルなテーマパークから某ねずみキャラクターたちが来るとかいうので、いつもより大盛況だったみたいですね。

そのまま花火まで見てから帰る人も多かったみたいですね。

確かに某キャラクターが来るのであれば、行ってみようかな…って考えてしまうのは分からなくもないです。

祭りっていうのは年に何回もあるわけではないですが…

それでもやっぱりM市といえば秋祭りなんだろうと思います。

今年は何か何十周年か何かで3周連続であるみたいですね。じゃあ一回ぐらいは行けるかな?なんてちょっと楽しみかもしれません。

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2014年7月25日 (金)

蜘蛛

夢に蜘蛛が出て来ました。

ふと気が付いたら、めっちゃでっかい蜘蛛が庭にいました。

今思えば、アスファルトにする前の昔の、コンクリの庭でしたが…

丁度家の影と日なたとの境目にいて、どうやら日の光に弱いみたいでした。

『ドラキュラみたいやな…それにしてもでかい…よく蜘蛛の種類なんて知らんけどあれはその、タランチュラとかいうやつちゃうんか?日本にはおらんタイプの…』

全体的には真っ黒で、腹が異常にでかく、全体を産毛が覆っているような感じで、足も長くて6本、ていうか腹に比例してでかい。

その分頭部が小さく見えて、一瞬頭部が取れて死んでるのかと思いましたが、少し動いたりしているので、死んでる感じではありませんでした。

ちょっと興味がわいたので、ネットで何ていう種類の蜘蛛か調べる事にしましたが、ふと、よそ見した瞬間に、庭から消えているのです…

『うお!?どこいった!?』

と探していると、僕の太ももから股間にかけてモソモソと動くものが…

『ぐおおお!何でこんなところに!ていうかこのでかさ…毒あるんとちゃうのか?ていうか刺されたらどないしよ、こんな急所…どないもできひん…払いのけるよりもとりあえずやり過ごして、急所を避けてから払いのけるようにしよ…』

と考えました。

ふと見ると、あの黒いでかい蜘蛛は何故か青色でした。『あれ?ちゃう蜘蛛か?いやいや、このでかさで何匹もこの辺おるわけないやろが、同じのやろ…ていうかどっかその辺の家で飼ってたやつか?ていうかこんなもん飼えるのか?餌とかコオロギなんやろか?』

とかいろいろ考えているうちに下腹ぐらいまで来たので、その辺にあった新聞を丸めて払いのけました。

ほっと一息して『あ、これ夢やわ…』と気が付いたのですが…

そして、恒例の夢辞典ですが…

調べた結果、蜘蛛は

味方だと思っていた人から裏切られる暗示

だそうです。

ふーん…またそういう事がある訳やな。と思います。

じゃ、全員味方と思わないように考えようと思います。心の警戒をそれぞれにワンランク上に上げて、ショックに備える事にしよう…

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2014年7月22日 (火)

気力無気力

最近の若者は…なんて発言をし始めたら、もはやオッサンの領域なのだろうとは思うのですが、34なんてオッサンでしょうから許されるだろうと…

許されるって誰にか知りませんけども。

少し前に嫌な事があって、それからというもの、ブログの更新だってままならぬほどに気力がわかなかったりするのですが…

気力が湧かないのにあるフリをするというのは、パワーのいる事で、演技力もさることながら、やはりあるように振る舞う訳ですから、帰ってきてからの疲労感たるや…

最近の若者(?)かどうかは置いといて、20代前半ぐらいの人達の仕事に対する姿勢について、少しだけ分かったので、書こうと思いました。

ザックリ言うと、『働く事』についての考え方が変わってきているのだろうと思います。

よく言う『仕事なんて、お金を稼ぐための道具』という言葉、あれはある意味嘘で真実です。

嘘というのは『仕事はおもしろい』からです。僕はそれ程までに仕事に対してクレバーに接する事は、まずできません。

というかやり方が分かりません。仕事を好きになってしまった時点で無理でしょうね。

しかし、彼らは違います。彼らはそれを実践してくるのです。

仕事をしてお金を稼ぐ→それ以外の時間は、人生を有意義に過ごすための時間。

理想的な考え方です。素晴らしいと思います。全然否定できない。むしろ賛同してしまうぐらいです。

要するに、仕事を楽しまない・仕事は楽しいものじゃないと決めてかかれば、楽しくないわけですから。割り切りも楽なんですよね。

だからどうなりたいとかいうのも無ければ、仕事をすることによって得るものはお金以外に求めていないんだろうし、社会貢献というのは、自分ひとりが仕事をする事で生まれるものではないと思っているのだろうと思います。

能力アップや、仕事の状態は労働義務の範囲内でできるだけ行う…それも悪い事ではないです。

否定できるものはないです。むしろ、今までの社会の方が間違っているのだろうと思います。

だから、というか、何というか、彼らの働き方が、自分たちと違う事が目について仕方がないのだろうと思います。だらっとしているように見えたり、言われないと動けなかったりするのは、ある意味仕方がない。

彼らが、考えて行動できるようになるためには、少なくとも自分たちと同じだけの時間を、仕事をして過ごしてからなのだろうと思います。

気力がある無しでは無かった、気力がわかない時になれば、ちょっとは彼らの事が分かるかと思ったのですが、意外な部分に考えが行きつきました。

『ブラック企業』なんていう言葉が、数年前から騒がれるようになりましたが、今日日『ブラック』でない会社なんてありません。

何故なら仕事は面白いからです。他にすることのない独身の人間は仕事に身を寄せます。どんどん腕も上がりますが、サービス残業も増えます。

だって独身だから、時間もお金もそれ程必要としないんですよね。

楽しい仕事に浸かって本来あるハズの無い労働力で会社を回す。だから会社も見えない。

見えない労働力で出来栄えが上がる出来高が伸びる→結果、見えない労働力によって見える労働力以上に出来上がる。当たり前ですが…

残るのは見える労働力とそれ以上の出来栄え出来高です。

それが重なって重なって重なって重なって…今の社会ができています。

つまりは初めから同じ時間では収まりきらないレベルの仕事を要求している事になります。

そりゃできひんわ。この社会の仕組みが、既にサービス残業を強制するようにできているんですよ。

それに気が付かずに、そのままどっぷりその社会につかっていくのか、それとも、浸かる事無く、かわしながら生活していくのか…どちらが正しいのか…?

いや、違っているのは自分たちの方…なんですよね。

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2014年7月19日 (土)

男心

先日、話の中で、可愛いと思うのはどういう点か?という話になったのですが。

まず初めに、容姿が優れているかどうかというのは、男の中では『入り口』に過ぎないというのが分かってもらえるかどうかというところが重要な点になってくるのですが。

まあ、メンクイと思われている僕がどうこう書こうと大して気にもされないのかもしれませんが。

女性が容姿を気にして、少しでも美しくあろうとするのは分かる気がします、だからこそ男性はその容姿を『入り口』として設定するのも当然の事だろうと思うのですが、それはどう考えますでしょうか。

男性の気を『入り口』まで寄せなくてはいけませんので、やはり容姿は重要なモノなんだろうと思います。

男性はやはりその『入り口』が気になってしまうのですが。でもそれは所詮は入り口なんですよね。

入り口を通り過ぎれば、後は中身の勝負になる。これって至極当たり前の話ですけども…

『美人は三日で飽きる』と、誰が言ったのかは分からないのですが、これは酷い言い方なだけであって、容姿の効果は短くて、後は中身の勝負って事ですよね。

ちなみに、これ以前質問でもありましたが、僕自身は見た目が美人だからとか、可愛いからとか言う理由では『いいな』と思ったりはしません。

警戒から入りますからね、当然と言えば当然なのかもしれませんが。

見た目を美人と思わないとか可愛いと思わないとかいう事ではないです。

嫌いですが、アイドルをみて可愛いと思いますし、好きでも嫌いでもないけど、女優さんを見てもきれいと思います。

テレビに出てくる人なんてみんなきれいな人ばっかりじゃないですか。

「Fさんの好みのタイプは?」と言われた時に、いつも困ります、だから、最近見た思いついた女優さんを言ったりします。

一応言っておきますが、「一定のレベルで綺麗であれば誰でもいい」という訳ではありません。

極端な言い方かもしれませんが、性格が好みだと思えれば、見た目は別に綺麗でなくてもいいんですよね…

ある意味見た目よりも性格の可愛さや美しさを見せられる方が『ぐらっ』とくるのかもしれませんね。

先日あった話が、三人での話だったのですが。

「Fさんって何が食べたいか聞かれたらすぐに答えるんでしょ?明確に。」

F「ああ、食べたいものやろ?そやな」

「オレが聞かれたら大概『から揚げ』ってなりますからね。」

F「じゃあから揚げばっかになるやん。」

「そうですよ、作ればね。」

「じゃあ先回りして前の日からから揚げ下ごしらえしてて何が食べたい?って聞いた時にたまたま違ったらどうするの?せっかく用意してたのに…てなるやん…」

F「いやいやそれって『めっちゃ可愛いやん!!』ってなりますよ。」

「可愛いっすね、嫁にもそんなん言ってもらいたいですね…」

「え?それのどの辺が?『そんな余計なことして』ってなるんかと思うけど。」

F「いや、可愛いっすよ。」

「オレも思います。」

「ええ?男心が分からへんわ。」

F「だって、そんなん言われたら、『いいよいいよ、むしろ今、から揚げが食べたくなったし』って言うかな。嬉しくなるもんな。」

「そうっすね。」

「ええ!?もうほんっまに男心分からへんわ…」

と言う会話がありました。

この場合『先回りして準備しておく』っていうところが実はポイントで、その準備してる時に

「から揚げ…」って言われる事を想定して下ごしらえしてて、ドンぴしゃだった時に『実はもう用意しててん!』って出す時の『すごいでしょ?』的なのを想像ながら準備したのかな?って思うと、可愛いって思うんですよね。

分かるかな?書いてて分かりづらいかも…

期待のある先回りっていうのかな?『すごいやん!』って言わせようと思って期待しながら用意するのが可愛く感じるのかも。

外から見てて、旦那さんに褒めてもらおうと頑張る奥さんとかは、やっぱり可愛く映りますもんね。でもまあ、友人の奥さんとかを『いいな』と思う訳ではないですが…

夫婦にしては当たり前の事なのかもしれないですが、そういうのが普通にできる人だから友人たちは奥さんとして選んだのかな?なんて思ったりはします。

経年でどうなるかは知りませんが…

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2014年7月18日 (金)

遠雷

仕事からの帰り道、運転中、ふと、前のそらが一瞬だけ明るくなるのが見えました。

23時を回っていたから、辺りは暗くなっていて、深夜までやっているお店のネオンや、ハザード看板の明かり、あとは国道の照明ぐらいでしょうか。

あとは自分と、他の車のライト。ああ、結構照明あるな、意外と明るいのかもな…

それでも空を照らすライトなんて無いから、曇った日は真っ暗な空なのですが…

『次の日は雨が少し降る予報だったから、もしかしたら雨雲がすぐそこにやってきているのかもしれないな』と思いましたが、次の日は休みなので、それ以上仕事の事を考えないようにしました。

『遠雷か…』久しぶりかもな…とか思いながら、そのまま車を走らせていたら、また一回、また一回と、次々に、左から右へと稲妻が走っています。

紫だったり、赤紫だったり、大きかったり小さかったり。遠くの空で、雲の中にだけで光っていました。

『きれいかも…』と思いながらもあれはやはり稲妻で、稲光。人にとっては脅威の対象です。それでも遠くから見ると、その稲妻の描く一瞬のイカガク模様は不思議とひきつけられました。

『もっと見たいかもしれない』と思いながらも、運転中なので、それ程気を逸らせてもいられず、方向も変わるし、『もう少し見たいと思うぐらいが丁度いいのかも』と思いながらそれ以上見るのは止めて、家に帰ってきました。

もうすぐ梅雨明けだから、それを知らせる豪雨が近いのかもしれないなとか思いながら…

『そういえば、遠雷って言えば…』

始めて遠雷を見たのは、高校の部活の合宿の時でした。

部室っていうか、道場で寝泊まりするのですが…いつもの部室がいつもの状態ではない感じで、何か不思議でした。

蚊がいっぱいいるみたいでしたが、僕はあまり蚊に刺されないタイプの人みたいで、他の奴らは刺されてても、全然僕は刺されませんでした。

蚊取り線香の匂いがする、それと雨が近くて、もともと換気の悪い道場。めっちゃ湿度が高くて、それでも夕方暗くなってきたあたりだと、そよ風が入ってきて、心なしか涼しい感じがしたのを覚えています。

ふと外を見ると、遠くの空がチラチラと光っているのが見えました。

夕焼けとは逆の方向です。そもそも道場から夕焼けは見えませんでしたから、勘違いすらしませんでしたが…

遠くの方で音も無くチラチラと光るのです。紫の雲の光。

『なんだろ、あれ?』雲のあるあたりは、それこそ幾重にも重なっているようで、雨雲のようでしたが、音が一切しないので、それが雷である事に気が付くのに時間がかかりました。

しばらく見ていたら、その空の右側左側と忙しく光が移動していきます。

『きれい…かも?』いや、それよりも不思議だったんですよね。雷と言えば上から下に落ちるものというイメージがあったから、それが右から左へ雲から雲へ渡るなんていうのが、今いちイメージできなかったというか、何というか。

近くにいた先輩にやや興奮しながら「不思議な稲妻が!!」ってな感じで伝えましたが…

興味が無いのか「あ、ほんまやなあ。」とそっけない感じでした。

あんまり見れないと思うんだけどなあ…

今回見た遠雷も、他の人から見たら、別に大して珍しい事ではないのかもしれませんが…

それでも僕は『また見てみたいなあ…』なんて考えています。

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2014年7月17日 (木)

猫セラピー

うちの猫が…あんなにいたのに、今はもう一匹だけになってしまいました。

以前に比べ、確かに浮遊している毛が少ないのか、くしゃみも少なくなりましたし、過ごしやすくもなりましたが、やっぱり家の中をバタバタと走ったり寝てたりしてた猫たちが居なくなってしまったのは、やっぱりちょっとさびしいですね。

とはいえ、あまり家に居ないんですけど僕。

犬も可愛いし結構好きなんですけどね。やっぱり猫がいいんですよね。

残った猫はまだ若いので家の中をうろうろしたり、椅子の上で偉そうに居座ったり、我が物顔で餌を食べたりしています。

見た目は猫の中ではあまりかわいくない感じなのですが、猫であることですでに可愛く感じる僕の目は俗にいう『オトンフィルター』のようです。

『オトン(オカン)フィルター』とは親が自分の子供こそが一番輝いて見える(それこそアイドル並みに)という錯覚(?)を起こさせる先入観的なものです。

それはさておき、猫に対して重大な問題がある僕ですが、猫は好きなので…

いや、そもそもその猫好きが転じて問題となったのかもしれませんが…猫アレルギーの僕は、あまり猫に近づきません。いや、近づけません。

なので、ネットで動画を見て楽しんだりが、最近の主流なのですが。

『ああ、ちょっとホンワカな感じで癒されたい…』と思って、猫の動画を探してたら、赤ちゃんと猫の動画があって…

『おお!これは癒されそうだ!』と思って見始めました。

赤ちゃんは猫の事をどう思ってるのか分からないですが、何故か猫の心理の方が分かる感じで、何かそういうパラドクス的なのが何かおかしくてちょっと笑えました。

毛を引っ張ったり、よだれでべちゃっとなった手で撫でたりしてる赤ちゃん。でもそれに耐えながらも赤ちゃんの手をぺろぺろしてあげてるにゃんこ…

何やらなでなでしている様子の赤ちゃん。だけどうまく撫でてないから、顔とか耳とか鼻とかゲシゲシなってても耐えてる…

赤ちゃんと二人(?)で寝てて寝返りで上に乗っかられてもぺろぺろしてあげてる。

『めっちゃこのにゃんこ優しい!!』

赤ちゃんだっていう認識があって、自分の子にしちゃあずいぶんとでかいんだけど、子猫にするように可愛がってるのが、すごく癒されました。

同時に…僕が赤ちゃんの頃、『トラ』もこんな感じだったのかもな…と思いました。

トラと過した記憶は、本当に少ししかないのですが、赤ちゃんの頃はずっと一緒にいたらしいです。

うちで飼ってたというよりは、いつの間にか住み着いてて、僕と一緒にずっといるから、追い出せなくなったって感じだったみたいですね。

飼ってたのは僕ということになっているらしいです。その辺の関係性はよく分からないですが、『可愛がっていた』のは間違いなく『トラ』の方だとの事…

まあそりゃ赤ちゃんが分かる訳もないしね。

僕が猫好きなのも、『トラ』の影響が大きいんだろうと思います。

5歳ぐらいまでしか一緒にいられなかったけど、少ししかないトラとの記憶だけど、赤ちゃんの頃の深層記憶にはしっかりと生きているのかもしれませんね。

小さい頃の写真でしかもう見る事はできないけど、トラみたいな猫と暮らしてみたいな…みたいなことは思ったりもします。

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2014年7月16日 (水)

弟のパソコン

こないだ、下の弟が初めて自分で自分のパソコンを買ったそうです。僕が使ってたやつは、一応XPは使えたけど…

まあ、使いにくかっただろうとは思いますが、セキュリティソフトも重くて入らなくなってたし、容量もいっぱいいっぱいだったろうと思うし、

要するに、ずいぶん前に限界の来たパソコンだったということなのですが、去年ぐらいに使わなくなったみたいです。

それで、今回パソコンを買うに至り、回収してもらったとの事。さすがに下取りとかは無かったみたいですが…

パソコンを買うに至り、相談してくれりゃあ教えてあげるのに、自分で選んで買ってきたみたいです。

まあそれはそれでいいんですが…

今買うんなら、Corei5は最低欲しいところですが、値段を何故か気にしたみたいで…よく分からないから『じゃあそれで…』的な感じで切り抜けたとか…

切り抜けたってあんた…攻撃じゃないんやから…

そういう時は本来「どう違うの?」とちゃうのか?分からんのやから…

Windowsは最新のものだし、ディスプレイも長い企画の方のだし、一応メーカーパソコンではあるので、オフィスも入っている。

僕が自分で使いやすいと思っているのは、同じメーカーを3代も使っているからだろうけど…

メモリは低め、CPUもあと一歩。

こりゃあ予算絞った結果やろな…

とは思ったものの、恐らく弟はパソコンを使ってあれやこれやとすることは無いと思う。

ならインターネットさえ使えたら別にいいって事なので、それ程ハイスペックは必要ないといえばその通りなので…

弟が、自分で考えて、自分の意志で、思うとおりに行動した結果なので、それはそれで良しとするべきですよね。

とはいえ、そのままでは、使い方も分からないらしく…

スイッチを入れたはいいけど、そこから動けないとの事…

いや、分かるけどさ…自分で悩んで答え見つけてみたら?そうすりゃ今よりもパソコンに強くなれるぞ?

と思うけど、頼られるのが好きな僕は「そうか、じゃあちょっと見たげるわ…」といっていじりはじめるんですが…

僕の駄目なところですよね、過保護になりすぎて、伸びシロを、せっかくのチャンスを奪ってしまう…

最新版のWindowsは、やっぱり慣れてないから戸惑う事ばっかりでしたが…触っているうちに分かってきました。

『あーあ、やっぱ自分の経験にしてもてる…』

と思いながらも弟がすぐに使えるように設定してあげました。

こういうの、めったにないから、やっぱり自分であれこれ触ってみて体で覚えた方がいいんだろうとは思います…

めでたく弟は使えるようになりましたが…

まあそれでも、絶対使わない(使いこなせない)だろうソフトとかはそのままにしておきました。

メーカーパソコンはオフィスが初めから入ってる代わりに、いらんソフトとかもいっぱい入ってて、必要ないなら消した方がいいんだけど、

そういう判断は、使って行かないとできないでしょうね…

まあ、それも聞いてくるまで教え無いようにしようと思います。困って自分で答えを探すようでないと、経験にならんはずなので。

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2014年7月15日 (火)

僕の部屋には二本梁が出てるんですが、その梁をなんとなく有効利用しようとして、その時に考えたのが、鏡を取り付ける事がその一つだったのですが、

あれから数年、ずっとそのままにしていたのですが、今日、モノを取ろうとして、頭の先に当たってしまって、落下してしまいました…

『あーあ、やってもた…』

何か最近『やってもーた…』的な事多いような気がする。何かいろんなことに集中できてないのかもしれません。

いや、言い方が逆か、不注意な事が増えてきた。というべきだろうと思います。

長年吊り下げてきた場所で、これまでも注意しながらやってきたのに、今日も釣り下がってたのにもかかわらず、何で油断したのか?

頭の中に片隅にも無かった…

最近ホント不注意が増えてきた。こないだのそばもそうですけど…

何か変ですね…ちょっとこれは、「気のせい」とか「何か分からんけど…」と放っておくと、良くないのかもしれません、原因追究と対策が必要な気がします。本能的にそれを感じてしまいます。

最近の倦怠感にもつながっているのかもしれませんね…

それはそうと、割れた鏡を拾い集めるのですが、毎回割れた鏡を回収する時に気を付けている事なのですが、

割れた鏡には自分を映さない

という事。他の人から、何でそんな事するん?みたいな事だろうとは思いますが…

僕にとっては結構重要な事で、これまで、ヒビの入った手鏡を使っていた時は、やっぱり嫌な事が、その日に起ってて…

そうじゃない日は別にそうじゃなかったり、何となく鏡が欲しい時に、手元にそれしか無くて、仕方がないけど使った時、意識してないのに、やっぱり嫌な事が起ったりするんですよね…

それに気が付いてからは、貧乏くさく使ってた日々の入った手鏡は処分したし、割れた鏡自体を使う事はしないようにしました。

すぐに新しいのを買うようにしたし、自分が映らないようにするために結構いろいろやりながら回収したりしていました。

ぶっちゃけ、映ってても、自分が見なけりゃいいってことなんですけど。それが大事で。

今回はうまく回収できたつもりですが…

割れた鏡の中に、自分が映るのを見た時…自分が欠けていたり、自分に亀裂が入ってたりしますよね…

あれが何か不吉というか、欠けた自分や切られた自分を見るのは、やっぱり気持ちのいいものではないですからね…

そういうのが、自分のドン臭さをより引き出したり、少なからず萎縮したりしてるのかもしれません。

というより…鏡を割らないように気を付ける事が、まず第一ですよね…

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2014年7月14日 (月)

チキン

本番に弱い僕は相当なチキン野郎なのですが…

解決策が全く見つかりません。とはいえ、勝負どころが無ければ、そんな解決策など無くても、普通にはやっていけます。

子供の頃からチキンなのです。そろそろ慣れろよ…とは思いますけど、原因も何も分からないから慣れようがないんですよね…

子供の頃からのチキンっぷりも以前も書いた事があるのですが…

小学生の頃、セクションが終わる度にちょくちょくあったテストですが…

あのテストというシチュエーションがもうダメなんですよね…

全員一列に並ぶあの感じ。静かな教室。鉛筆の音…

テストの時にやたら聞こえてくるあの鉛筆のコツコツいう音が集中力を奪って行きます…

『それどころやない、問題解かないと…』と思うのですが、どうにも集中しきれません。

集中しようと思えば思うほど、周りの鉛筆の音が何重奏にも聞こえてきて、問題を読もうとするのに中々頭に文章が入って来ない。数学なんて最悪です…計算なんてしてられませんからね…

そうこうしている間にもどんどん時間は過ぎていきます。

普段使ってる脳みそはどこに行ってしまったのか、さっぱりわからない…というよりも、考える事を放棄してしまっているように働かなくなります。

というか何も考えられなくなってしまうんですよね…

そしてその次にくるのは何故か酸欠状態。意識して呼吸しないと呼吸できなくなります。

その次は視界の周り側から白くぼやけてきます。そのまま視野狭窄に陥ります。そして吐き気がするようになります…

要するに極度の緊張状態になります。

そうなると、問題も読みにくいし、考えもまとまらない…酷い時は昨日やった問題でも一切解き方が出て来ません。

どうしてそうなるのか、いくら考えても分からないんですよね、別に誰かにプレッシャーをかけられてる訳でもないし、自分でもかけてないのに、一体何がそうしてしまうのか。

ちなみに、小学生の時からそうだったので、多少なりとも、落ち着く方法は手に入れていました。

視野狭窄になると、更にパニックになりそうになるので、落ち着くために目を瞑ります。

そして大きく息を吸って限界のところで少しだけ止めて今度はゆっくり限界まで吐き出します。それを5回ぐらい繰り返すと、吐き気と混乱は落ち着けます。少しずつ思考が追いついてきます。

それからは、テストが終わる頃、限界ギリギリまで時間を使えば、何とか最後まで行けるようになりました。

テストだと意識してしまうとダメなんですよね…

とはいえ、意外にのれる時もあります。例えば『これは成績には関係しません』なんて言われると、緊張しなかったり、『全員が合格できれば明日宿題無し!』とか言われると何故かのれます。

ホント変なのです。

部活の試合の時もそうでしたね、個人戦だと、得意のチキンモードに入ってしまうのに、団体戦だといい感じに集中できるし…

ああ、あと部活なら筋肉痛とか、怪我で満身創痍な状態の時は、緊張は一切しないので、逆に優勝したりとか結果が良かったりします。

負けてから体がめっちゃ動くようになる事ばかりだった。

『練習では強いのに…』とか『落ち着けられればできるのに…』は何度も何度も言われてきました。

でもチキンは治らない。これまでも、これからも、テストや試験や本番を意識するとMODE CHICKINに入ってしまう…

あーあ、なんとかできひんかな、こういうところ。

他の事は割と何だってできるのに…

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2014年7月13日 (日)

初サッカー…

サッカーのワールドカップって…終わったのか?まだやってるのか?分からないですが、まあ、そういう時期ということで、

サッカーのネタを書こうと思います。

僕にとってサッカーは、全般的に苦手な『球技』の一つです。

ルールは知ってるし、運動神経は良い方なので、それなりには動けると思いますが…もちろんそんなのはサッカー部の奴らにはかないませんが、要するにその程度という訳です。

サッカーという存在を知ったのは、僕がまだ保育園の時です。

みんなでサッカーしよう!という事で、一つ年下の子たちとサッカーをする遊びでしたが…

その時に教えてもらったルールが

①手を使っちゃ反則

②相手のゴールにボールを入れたら点が入る。点が多い方が勝ち

③キーパーだけ手を使ってもいい

でした。足を使ってパスをしながらボールをゴールに運んでいくというゲームでした。

その頃僕は、目の前の事に集中するということを知らず、自分勝手な事ばかりしてい多用に思います…今もか?

まあ、要するにみんながボールを追いかけて走っている時に、ボールが来ない事に飽きてしまって、自分のゴール付近でボーっとしていたんですよね。

『待ってたらこっちにボールが来るかも』なんて子供ながらに考えていたんですよね。

ゴールされたら負けるのに。

それに足でしかボールを扱えないって事に窮屈に感じていましたね。

家では、足で何かをすると怒られていましたから、足でしかやっちゃいかんと言われても、急にそんな事できないですよね…

それと、ルールを保育園の先生たちもよく知らない先生だったために、変な事を教えられていました。

僕がキーパーをすることになった時に

「キーパーでもあんまり手を使ったらあかんで。」と言われました。僕が「なんで?」と聞いたら「そういうルールやねん」と言われ、「そんなもんなんだ」と覚えました。

が、それは後に違う事が判明するのですが…

その時は分からなかったし、どういうタイミングで手を使ったらだめなのかが分からなくて、ゴールされそうになった時に手でボールを止めたら、クラスメートたちにいっぱい手を蹴られました。

「痛い」と思いをしましたので、先生にみんなに蹴られた事を伝えたら。

「そりゃキーパーが手でボール取ったら蹴られるわ」と言われました。

その時僕は手を使っていいタイミングの事を考えていたので、『みんなに蹴られるから手を使っちゃ駄目なんや…』と思ってしまいました。

で、結果としてゴールされまくりで交代させられたのですが…

子供ながらに何となく苦い思い出で、時々思い出してたので今でも覚えています…

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2014年7月12日 (土)

癖なのか…?

自分の駄目な部分を見せつけられる感じになる事って、誰しも持ってる事だろうと思いますが…

僕のそれは、他人にとっては全然ン大した事ない事なんだろうと思いますが、僕にとっても大したことではないのですが、

それだけに、もっと自分が嫌になります。

今日は仕事が休みで、特に外出の用事もないので、ずっと部屋に引きこもる予定で、ご飯とかも買い込んでいたのですが…

このところ、暑かったのですが、何となくそばを食べる気分じゃなかったのですが、『そういえば最近そば食ってないな…』とかふと思って、その時に買っていました。

二食分買って、一食は家に帰ってすぐ食べたのですが、もう一食分は昼ごはんにでもしようと思って置いておきました。

一食目を食べる時に…せっかく月見そばを買ったのに、温泉卵を入れるのを忘れてて…

こういうところも自分の駄目なところだろうと思います。月見そばを食べようと思っていたくせに、いざそばを食べ始めると、そばを食べる事に集中してしまって、温泉卵の事なんて頭になくなってしまいます…

食べ終わって、つゆを飲むか、捨てるか迷ったあげく、捨てる事にして立ち上がった時に目に入ったんですよね…

『あ…温泉卵…。』

自分に少しがっくしきてしまいましたが…

まあ、仕事の後だったから『疲れてたら、こんな事もあるよな…』それよりも、明日食べる予定の残りの一食に卵二つにして、ちょっと贅沢に食べる事で、何となく楽しみが増えた気がして、明日の食事がちょっとだけ楽しみになりました。

朝、割と早い時間に目が覚めました。

『今日って仕事ちゃうかったっけ?寝てしまってたか!』とか思って飛び起きましたが、時計を見て4時半、『よかった、まだ間に合う…って今日休みやんけ…』

と安心してから、一応見当識がちがってないか、時計に載っている日付と曜日を見てもう一安心。『よし、今日は休みで間違ってない…』ついでにシフト表も確認してからもう一度寝る事にしました。

再び目が覚めたのは12時48分でした。

『お、もう昼過ぎか、結構眠ったな…』というより、温泉卵を二つ入れてそばを食べる事は何故か明確な目的として覚えていたので、

起き抜けにそばを食べる事にしました。丁度昼時であったのもその動機になりました。

パックを破ってそばを入れてつゆとわさびを混ぜ混ぜして…

『そうそう、今度は忘れずに入れないと…』と卵に手を伸ばした瞬間

座椅子の肘置きにぶつかって、そばがひっくり返ってしまいました。

『うお!!』絨毯には染み込むし、ティッシュはその辺にはないし、タオルやぞうきんも無いし…

『ていうか卵だけ二つ残っても仕方がないやんけ…』ドン臭いことこの上ない…

そういうドン臭さで台無しにしてしまう事、よくあるんですよね。

そばもさることながら、卵もそうだし、前日の晩に自分が楽しみにしていた感覚さえも…

つまりは自分で自分を裏切る事。

こんな些細な事かもしれないけど、これまでもこれからも、僕は自分を含めた多くの人を裏切ると思う。

せめて一定の時間だけでも期待に応えられる存在になれればいいんだけど…

あちらが立てばこちらが立たない状態です。

自分の駄目な部分を見るのは嫌だけど、そこにだって改善できることは転がってるはずです。

しかし、如何せんこのドン臭さは、どうやって直したものか…

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2014年7月11日 (金)

台風は来なかった…

テレビでもインターネットでも大騒ぎをしていた(らしい)あの台風8号は、実にあっけなく過ぎ去りました。

題名は来なかったと書いていますが、来るには来たのですが…ようするに8日の記事の題名のようなものすごいのが出なかったという事です。

台風で散々マスコミが煽ったおかげで、台風需要はありました。そして、台風一過の晴天が訪れて、気温はものすごく高く。

まるで梅雨があれで開けたかのようなカラっとした天候でした。

台風は祭りみたいと書いたのですが、

昔、台風の日に嬉しくて出かけて大変だったこともあります。

以前ネタとして書いた事があるのですが、要するに台風の前日にスクーターを買って、初スクーターで、嬉しくなって、それで、道も分からんのに三宮まで行ったという…

何とも無茶というか無謀な事をしました。

以前、小学生の時にチャリで新開地まで行った事がありましたが、それ以上に冒険です。

ちなみに新開地まで行った時は、道に迷いまくってただひたすら、道を進んでいれば、分かるところに着くだろうという浅はかすぎる思いを信じて漕ぎに漕いだ結果、気が付いたら新開地まで来ていたという…

知らぬが仏ですね…今にして思えば、何たる馬鹿者でしょう。

大人でも真似できません…今の僕でも無理でしょうね…警察に帰り方を教えてもらおうとして保護されたと言う…オトンにめっちゃしばかれましたが…

まあそれよりも無謀というのは、原付免許取りたてで、ホカホカしている時に原付に乗って三宮まで…要するに交通ルールもそこそこにってやつです。

アホです。

それも台風がきているので大雨で風もものすごく吹いてる時。

バカだからフルスロットルです。まあ言ってもフルスロットルでも中古だから50km/hが精々でしたが…

まあそれで白線なんて踏んだらもうすぐすっころんでましたね。

三宮に着くまでに何回転んだ事か…

思えば運が良かったんですよね。交通事故に何度もなりかけたって事です。

しかも警察に一度も遭遇せずに…

結局学校まで到着した時には、余分に見ていた時間も無く、むしろ5分ぐらい遅刻でしたし…

ドン臭さ満点でしたね…

あの何も考えてなさときたら…若さ故とえばいいのかもしれませんが。

今もこうして生きているのは、ほんとうに運なんだな…と感謝もしますが、一方で自分の考えなさにがっくり来てしまいます。

運に感謝です。でも運にばっかり頼ってはいられませんし、あてにしてはいけないものですから…

それに気が付かせてくれたのは…もしかしたら台風なのか…?

今もまだまだですけどね…

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2014年7月10日 (木)

ピストル

何か拳銃ってピストルってカタカナで書くと、それ程危険なものに感じなかったりするのが恐ろしいですが…

日本は銃社会じゃない…ハズですので、少なくとも、一般家庭で簡単に入手できるものではない社会のハズですが。

日本でも、銃が簡単に手に入ったとしたら、どうなるんだろうと考えてみた事、みなさんはありますでしょうか?

僕は時々思います。

アメリカは、いわゆる銃社会というやつで、もちろん禁止されている州もあるみたいですが、日本よりもはるかに手に入れやすいし、銃を手にすることに、日本よりも…特に男性は抵抗が少ないようです。

まあ、それには、日本にはない徴兵制度があったりして、銃に触れる機会が日本よりも多いという事が理由の一つにあげられるんだろうとは思いますが。

たとえ徴兵制度があったとしても、一般家庭で普通に生活するうえでは全く必要ありません。

だってそうでしょう?僕たちの住んでるこの日本でもそれが証明されていると言っていいと思います。

でもアメリカで銃が無くならないのは何故なんだろうか。

それは『隣が持っているかもしれないから』という恐怖ですよね。まあ隣人や近所の人間と限定するとちょっと違ってくるけど、要するに、護身用という事です。

自分の身を守るために銃が必要である。だって袖刷り合う人が銃で攻撃してくるかもしれないからね。

銃に対抗できるのは銃だけなんでしょう。ちょっと考えて、殺傷能力と引き金を引くだけの簡単さとを考えても、それ以上はないでしょうね。

『でも護身用っていうのはどうだろう…』と思うのですよ。

要するに突然自分の身に襲い掛かってくる相手への備えという事ですが、そういう他から受けるものに対する備えとしては、効果的のように感じるのですがイコール護身というとちょっと違うように思います。

これが時々考える事の中心なんですが。

『銃があったら、突発的に死にたくなった時に取り返しがつかなくないか?』

という事です。

だってこめかみに銃を押し当てて引き金を引いたら、その瞬間で人生が終わる訳です。

一時の気の迷いがあったり、相当のショックを受けた時に、『もう終わらせてやる!!』なんて変な潔さみたいのを持ってしまった時とか…

過ぎてみれば『そんなこともあったな。』ぐらいで終われるのに、そうなる前に人生が終わってしまいますからね。

生きていれば、生きがいも生まれてくるのに、死ぬことよりも生きる事の方が辛く感じてしまった時に、もしも目の前に銃があったら…

僕なら迷いなく引き金を引いてしまうでしょうね。

銃を見の周りに置いておくことは、護身以上に危険な事なのではないのか?

銃社会でどんな事になってるか知らないですよ?知らないけど、いろいろある人生の中で、特に若い人なんて、使っちゃうんじゃないかな?と思うけどなあ。

感情なんてコントロールできそうでできないものですからね。いざとなったら我慢できないって事、よくあるもんな。

コントロールできると思ってるから銃を手にするんだろうな。コントロールできないものに備えて…

『俺なんて社会のクズだ!!死んだ方がましだ!』とか『生きてても仕方がない!』と一度思い出したら。

それってしばらくそう思い続けるものじゃないかな?と思う。それってコントロールなんて全く効かない気がする。

そんな時に傍らに銃があったら、ヤバいですよね…

何もそんなの護身でもなんでもない。

ナイフやらカッターなんて身近にあるけど、いざやろうとしても躊躇ったりするもんなんでしょ?「ためらい傷」とかいろいろ聞くし…痛みが想像できるからでしょう。切ったりさしたりしてすぐ死ねるわけじゃないだろうし、死なない事だってある。

でも銃で死ぬのって一瞬みたいだし、ほぼ死ぬでしょ。

それこそ指先一つで…

周りが持ち出したら、初めの頃は僕も持つかもしれないけど、恐らくそのうち持つの止めると思う。

持ってないけど、確信に近い感じで思うもん『持ってたら、いずれ僕は自分を殺すだろう。』って。

日本が銃社会じゃなくてよかった。と心底思います。

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2014年7月 9日 (水)

星座

子供の頃からの疑問なのですが…

星座って、ギリシャ神話になぞらえて結び付けられて描かれたみたいですが…

何でしょうね…僕の目には、その星座を線で結んでも、その…言われた星座に見えないっていうかなんていうか…

ペルセウスってどの辺が?カシオペアってどこをどう見て?サソリはまあ見れなくもないか。

大熊座や小熊座もわからんし、いて座ややぎ座も言われても分からん。

夜空にそういう物語を描いていくという事自体は何かすごくロマンチックな事だろうと思いますが…

夜空に輝く星に神話を描く。中々乙ですね。

とはいえ、見えないものは見えないですから。

一体何がそうさせたのか…

いや、むしろその想像力か?すごいのは…

星々をつなぐ僅かな線だけで、神話の神々を描き、足りない部分は想像力で補うという事か。

実は天体には全然興味が湧かなくて、本当はすごくドラマチックな確率とかで構成されているんだろうとは思うけど、それでも、何か調べる気にもなれない。

興味の問題だろうと思います。全然調べる気になれないんですよね。

面白そうだと思わないことも無いのに、調べてまで知ろうと思う事は無いという…

ギリシャ神話や叙事詩は面白いと思って調べましたし読みましたけども。

小学生の頃にやってた『聖闘▲星矢』ももっと真剣に見てれば、ちょっとは動機になったかもしれませんが…

話を合わせるために見てたから、飛び飛びやし、意味も分からん…

誰が描いたのか知らんけど、定着してるって事は、すごい事ですね。共感覚があったんでしょう、あの『線』だけで。

ちなみに、十二星座占いって日本だけがやってるらしいですね。聞いた話ですけど。

どんな占い方法か知らないけど、そういうの聞くと、何かインチキ臭さが増しますよね…

あんなのは参考にできればいい方なんだろうけども…

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2014年7月 8日 (火)

台風がくる、ものすごいやつ…

という歌があったような気がしますが、よく覚えていません。

が、明日明後日ぐらいに台風が来そうです。

台風マーケットです。

台風が来ると、出かけられないという錯覚が蔓延していて、台風が来る前日の売り上げが…特定のものだけですが、伸びます。

特定のモノが伸びるので、普段よりも売り上げが伸びます。

用意して、台風が突然消えてしまったり、逸れてしまったり、遅れてしまったりしますが…

それでも、台風マーケットは、何故だかわくわくしてしまいます。

何ででしょうね?小学生・中学生の時は、台風が来ると学校が休みだったりしたけど、高校も途中で帰ったりなんていう事がありましたが…

大学は…暴風警報が出ないと授業があったので、大雨の中原付で通った記憶があります…

話が逸れましたが、そういう時でも何か台風が来るといつもと違ったテンションになったような気がします。

どちらかというとテンションは高くなる感じで…

元々、大雨が好きという意味不明な僕ではあるんですが、台風が来ると言うのは、ワクワクしてしまう。

何がそんなにワクワクさせるのか…?

①大雨が予想されるのが嬉しい

②暴風も予想されるのが嬉しい

③イレギュラーになって、対応力が試される。つまりは、逆境に強い力が発揮できる。

④ニュースで被害の状況を見て感慨を受ける

⑤単純にレギュレーションでない事がたのしい

こういったところか…④は実に怪しいけども。ニュースを見ないからな…それでも被害は少ないに越したことはないので、勢いはあっても犠牲者や負傷はできれば出て欲しくないと思っているので、そういうのを見たい訳では無くて、

映像で流れている『祭りの後』のような台風の通った後の雰囲気の映像が単純に見たいだけです。

これ以前も書いたかもしれませんが、祭りの後の雰囲気って好きなんですよね。

用意して用意して、何とか成功して一件落着したんだけど、最期まで終わってはないっていうあの雰囲気。『余韻』と言えばいいのかもしれないんだけど…

「ああ、終わったんやな。明日からは昨日までとは違うんやな…」

的な事を考えてしまう時間です。「もうしなくていいんや…」と思う半分でそのことに寂しさを感じてしまう時間。

何か大きな物事があって、失敗や成功がもちろんあるんだけど、そのどちらに転んでも同じことを考えるんですよね。

その事にどれだけ自分が時間を使ってきたのかっていうのを思い出したりする時間です。

充実感や後悔もあるけど、そういうのを切り替えるための作業の一つかもしれません。

だから『祭りの後』の『余韻』の時間が好きなんですよ。

『祭り』を思わせる台風の後っていうのも好きなのかもしれません。

でも祭り自体にはそれ程なのはどうしてなんだろう…

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2014年7月 7日 (月)

オッサン

「なんか、僕らがアルバイトしていた時より、学生アルバイトさんって違うような気がするんですけど…どうですかね?」

何ていう会話を上司としていたのですが…

ちなみにその上司とは大学生の時にアルバイトしていた時に既に店長だったのですが…

つまりは、僕のアルバイトっぷりを見ていた人に、今の人と僕とを比べてみてくれと言っているようなモノですが…

自信家の僕ならではの言葉だろうとは思います。

要するに自分の学生の時はもっとガムシャラだったと言いたい訳ですが…

「それをいい出したらお前はもうオッサンになったっていう事やな。」

「なんですと!…でも確かにそうですね、これって『ワシらの若い頃は…』的な発言ですね…」

「もうオッサンやな。」

「前から言ってやろうと思ってたんとちゃうんですか?いつか言うやろみたいな。」

「そうや。」

「ちくしょうやられた…」

なんていう会話。僕自身は『ワシ等の若い頃は…』みたいなことを言われた事が無かったので、何となく気にしたことは無かったのですが…

もしかしたら、僕の知らない所でそう言われていたのかもしれませんね。

若い=未熟ととらえるのは、僕自身が自分に押し付けている価値観ではありますが…

最近感じる若さは=未熟というよりは、若さ=無知が前面に出てきているように感じます。

無知が悪い事ではないと思います。未熟の中にもそれは存在しますし、自分がモノを知っているとは恐れ多くて言えないですし。

若さの中にはいろいろ入っていると思います。少し思い浮かべて出てくるのが『未熟』『好奇心』『情熱』『ガムシャラ』『無知』『無学』『未知』『可能性』『不安定』『柔い』こんなところでしょうか。

でもこれら全てを含んでいたとして、それぞれがそれぞれ大小あって、いいところと悪いところは全て背合わせになって良く出たり悪く出たりしてるんだろうと思いますが。

無知の知が無かったとしても、何か無気力というか…でも無気力っていうとちょっと当てはまらない感じで、気力は感じたりするんですよね…

やってるつもり?知ってるつもり?これとも違う。

いや、仕事というもののとらえ方が違うのかもしれない。

あくまで仕事は仕事、例えば拘束9時間であれば、9時間をいかに個人として組み立てるかという事が彼らの仕事なのかもしれない。

だから休憩を入れて拘束9時間の間は、足りないなりに一生懸命やろうとする。9時間以上は労働規約違反だから働けない。

逆に言うと9時間すぎればどんな状態でも考えない。それ以上はプライベートだから。

プライベートな時間に仕事は持ち込まない。

レベルアップは9時間の中で行う。失敗も9時間の中で行う。

当然9時間なら9時間以上の出来栄えはあり得ない。まして未熟であれば9時間の出来栄えすらあり得ない。

当然9時間を全力疾走で駆け抜ける訳でもない、あくまで9時間、ライフサイクルに乗っ取ってやるだけです。

でもそれは、批判されるべき事では無くて、ある意味理想的な事ではあります。

労働者がプライベートな時間をつぶして仕事をするというのは、やはり前時代的だろうと思います。

そういう意味では若い世代には期待できます。そのスタイルを当たり前としてくれるのであれば、それは古参のファイターたちからすれば願ったりでしょうからね。

しかし、その上では、足りないものは多過ぎる程多い。

では、何が?どうすればいいのか。働く時間は今より短く。だとしても出来栄えは維持させなくてはいけない。

そういうシステム作りこそが、今この時代に求められているんだろうとは思うけど。

予算や人材的に不可能でしょうね、少子高齢化ですし。

だったらロボにでもやらせればいいんでしょうけど。それもまた夢の話でしょうからね…

どんどん、社会とそのシステムは時代に取り残されて行くような気がします。そして現行のシステムにどっぷりつかってる僕たちの世代もまた、分かっていながらアナログの世界で生きて行くしかないのかもしれませんね。

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2014年7月 6日 (日)

久々に帰宅!?

今日、久々に弟が帰宅しました。

なんでも『米が切れたからもらいに来た』との事。これまでもちょくちょくそういう理由で帰っては来ていましたが…

すぐ下の弟のことです。

すぐ下の弟は、そりゃケンカもしながらですが、一応は仲良く、兄弟元気に育ってきました。苦労もしたし、同じように変な感じを受けながらの子供時代でしたが、それなりに、気づくことがあったり、お互い、あれやこれやと会話を交わしながら、刺激を受けつつ与えつつ一緒に大人になってきた感じです。

当然…AB型なので、会話はめっちゃすっ飛ばします。以前これは弟だけだと思っていましたが、あるとき家族全員だという事に気が付いて、更に家族だけでなくAB型の特徴かもしれないと…

まあそんな話は今回書きたい事では無くて…

何とも、弟は9年働いた会社を辞めて、脱サラしてFCチェーンで独立すると…

いきなり言い始めたのです…

こういう時本来であれば、家族に、それも父親に相談したり、家族会議なんかをしたりするのかもしれません。

少なくとも、今日はオトンがもっと頼りになれば…とつくづく思ったのですが…

数日前、いきなり店に現れてそんな事を言うもんだから、僕としては、ちょっと固まってしまって…

今の時代、会社勤めの方が楽だろうと思うのです。いざ、脱サラしたところで、世間の風は冷たいと…僕は思うのです。

つまりは

弟の決断には、冷ややかな視線を隠せないのです。とはいえ、

弟が決断しているのだから、僕としては応援したい気持ちではあります。弟だってそれなりに頭のまわるやつです。

脱サラの意味が分かっていない訳でもないだろうし、FCがどんな構造かというのも分かっていると思う。

いざ脱サラフランチャイズと言ったところで、それはそれで難しい事なんです。

本部だって当てにはできません、世の中とはそういうモノです。

いくら景気が上向いてきたとはいえ…

尋ねたところによると、ワゴンで動き回る完全個人ワーク型のようですが…

つまりは店舗とかを建てるわけでもない感じで、パーツ販売だか何だかを車でやるようなのです…

『あいつ、自分で思ってるほど器用でもないからな…』むしろ不器用な部類だろうと思っています。何故かその部分は自信を持ってるみたいで…誰に迷惑でもないし、自信を奪うこともないだろうと、あえて言ったりはしないのですが…

しかし、僕と一コしか違わないのに…何とも思い切った事をする…

逆に言えばラストチャンスなのかもしれないですが。

応援するぐらいはしてやろうと思っていましたが…

「FC契約の時の保証人になってくれへんか?」との事を、持ち出してきたのには、ちょっと…というか、かなり動揺を隠せませんでした。

正直なところ、もう保証人とか、借金とかはお腹いっぱいなんですよ。

当然、今回弟からお金の無心はありませんでしたし、僕に求めてきたことは一度だってありません、貸したものを返せと言われた事はありますが、それは当然の事で…

今回だってあいつが、そんな事を言っているのではないのは承知しているのですが…

即答できる話ではありません。

だって、保証人ですよ?

弟がこの年で、会社勤めを辞めてFC契約で独立するという事は、称賛したいし、すごいと思うし、なかなかできる事ではないと思う。

今の僕にとっては本当にすごいと思う。

結婚もしていないし、次男。自由奔放にいくらかできるし、身一つさえ守れればそれでいいというのもあるけど、思い切る力があるのがすごいと思う。

だけどやはりリスクの面ではシビアにならざるを得ないのです。

僕にも、何もないけど、地に足を付けてしか考えられない。弟の話を聞いていて思う事は、こいつに本当に販売業務はできるのか…?ワゴン経営とはいえ、さまざまな能力が求められる。それが、やってみないと分からないが、どれほどのレベルで今からできるのだろうか?どのレベルの対応で大丈夫なのか?

もちろん、そんな事を言い出せばきりがないのは分かっているけど、イケイケの押せ押せでいける年齢は、とっくに過ぎていますから。慎重になってしまいます。

当然答えは保留。

保証人は運命共同体と思っていいと思う。口は出せないけど良さという時は身を差し出さなくてはいけないという…

そんなの一介のサラリーマンにはちょっと重すぎる契約なんとちゃうのか?

応援はする。けど、こういうのはちょっと違うんとちゃう?と思ってしまう。

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2014年7月 5日 (土)

アンバランス

最近は、帰る時間が遅く遅くなっていて…体力的にきつくなってきています。

今のところ、何とか凌いではいますが、それもどこまで続くのか…

いい店にしよう…

そう思って突っ走ってる。でもそれって、『いい店』なんていう漠然としたもの、もしかしたら他の店の社員は誰も追っていないのかもしれない…

と思うと、ちょっとさびしくなります。

これは店で働く人間に対してではありません。自分自身の『いい店』とその作り方に、最近自分自身で疑問に思う様になってきた。という事です。

僕は現場の人間です。現場を離れた人間が、一体どこまでの事を理解しているというのでしょうか?というのは僕の意見です。

すごくちぐはぐに感じるのは僕だけなんでしょうか?それとも、そんな事感じる方がおかしいのでしょうか?もっともっといい加減にしなあかんという事でしょうか。

「仕事なんて、生活の道具」「お金を稼ぐための手段」確かにそういう側面はありますけど、やっぱり道具でも手段でも、より良くを目指すから楽しいのではないでしょうか?

理想があって、そこに向かわせるために動く事。それがリーダーシップ、そして上に立つものの条件でしょう。

その理想が、サラリーマンには決まった形で用意されているものです。

それに向かう為に、少しでも近づかせる為に動くのです。

最近、ボロクソに言われてばっかり。それ自体にはそれ程ショックでもないですが。

自分のこれまでしてきたことは間違いだったのではないか…

無駄な努力や、空回りの連続なのでは、そしてそれは未だとどまる事を知らず、もっかダダ漏れ中なのではないか…

以前も書いたけど、僕は気持ちで仕事をしている部分が大きい。

体力が持たなくても何とか気力でカバーしている事も多い。

気力がない時は体力だけども…

最近、体力はあるハズなのに、気力がわかない事が増えてきた。

これは一体どういう事なんだろう。自分でもよく分からない。

『今日もどうせ遅くまで帰れない…』そんな事を考える日が増えてきている。

以前は残ってでも仕事がしたかったのに…そんな事が毎日だったから、遅く帰っても、その分、仕事をやりきった感があって、毎日充実していたんだけど…

ちょっと、精神的に疲れてきているのかな。

サボってるのかな…

何か、心も体もアンバランスな感じがしますが。一時的なものであればそれでいいのですが…

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