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2015年9月

2015年9月28日 (月)

ミュージックを聴く

死神の精度という小説があるのですが…その小説の世界では死神はミュージックを好んで聴くという面白い特徴があります。

張り付いている対象の人間を新しいミュージックを作るかもしれないとかいう理由で、死から遠ざけたりしたりします。

映画化したときに、その点がチープになってしまってるのですが…

まあそれはそれとして…

長時間走っていると、なんとなく飽きてきます。いや走ることは別に嫌いじゃないのですが、なんとなく同じ景色を見ていると、味気なく感じてしまうものです。

ラジオを聴くのもなんかいまいちだし…という事で、

『そういえば、昔走ってた時に使ってたウォークマンがあったような…』

昔と言ってもそんな昔ではないのですが…

USBの16Gのウォークマンがあったのを思い出して…

特に選曲することもなく、充電して使い始めました。

なんせその当時の僕が、走るときにこういう曲が聴きたいなと思いながら選曲した曲ですから、当然古いのですが…

よく考えたら、最近新しい曲なんて聴いてないから、僕にとっては新しい方なのですが…

何というか…

心打たれた曲というよりは、店舗が良くて歌詞もいいなんて曲が多いかも。

自分が最も好きなアーチストがいないのが自分でびっくりでしたが…

それでもいい曲を聴きながら走るのは、気分がいいですね。

自分の好きな曲ばかりだから、次の曲が楽しみだったり『お、ちょっと頑張れそうかも!?』みたいにテンションが上がるときがあります。

そういう意味ではやはり効果は絶大と言ってもいいかもしれませんね。

今日は10km走りました。

以前12km走った時と比べて、10kmだから2km短いんですけど、それでも以前よりも楽に走れました。

これも音楽効果かもしれませんね。

もしかしたら、音楽を聴く余裕も少し生まれてきたってことかもしれませんね。

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2015年9月26日 (土)

12km走りました…

体感では18kmぐらい走った感じでした…というのも、距離のわかっているところを走ったのではなくて、

家から出発して、市内を走り回ってぐるっと山を越えてからいつものコースを一周だけ回ってから帰ってきたのですが…

まず一言。

暗い!!

走った時間帯も夜なので、そりゃそうなのですが、自分ちからいつものコース中は結構街灯もあったのですが、そこから市内に向けて走っていく道中…

もちろん民家も少ないのですが、街灯も全くなくて真っ暗です。2kmぐらいそういうのが続いて、市街に突入。

その間は必要ないぐらい50m置きぐらいに街灯が立ち並びます。

まあ、近くに小学校と幼稚園と保育園があるので、それは仕方がないことなのかもしれませんが…

そこから、うちの会社の店もある街道を通り、「きらきら通り」なる道に出たのですが…

何がきらきら通りか!って感じに、真っ暗でした。

というのも、きらきら通りのLEDは22時で消灯になってしまうのです。

家から走り始めた時間は既に22時半でした…

いや、LEDが消えたら真っ暗かよ…

22時ぐらいからでも点灯する街灯があればいいのに…

交差点の、信号のところ以外光がない感じでした。最悪なのはその後でした。

そこからR175を横切ってコンビニを超えて「はなみずき街道」なるところを走ったのですが、そこには光という光が何もありませんでした。

電柱は相も変わらず走っているのですが、街灯なんて一つもない。そりゃ山ですよ。山ですが、道なんですから。

もうちょっと街灯ないと…

しかもそのあたりは、今後住宅地になるための、宅地開発を進める予定の箇所だったりするのに…

真っ暗の中の山越えでした…

そんな中でも走れたのは…実は通勤路だからなのですが…

今の店に異動してきてからというもの、いつもその街道を通っています…

しかし、車で通過するのと、足で通過するのでは、本当に全く違います…

車では、ものの3分で通過するのですが…そうはいきませんよね。

そんなこんなで闇の中通過して、そこからいつものコースへ…

最後の辺りは、体力もさることながら、古傷の膝だけでなく、逆の膝や肩もだるいし、腰もなんだか突っ張った感じで…

まさに満身創痍に近い状態でした。

『こんだけボロボロならせめて10kmは走ってるだろ…いや街中をあれだけ走ったし、山越もしたし、こりゃ18kmぐらいはいってるかも?』

なんて思って、あとで車で走ってみたら…12kmちょうどでした…

体力的にまだまだですね。少し無理をしました。

何なら20kmいっていればと思いましたが、それは無いと走っていて感じていましたが…

自分的には、20kmを早めに走って体感できていれば、大分違いますからね。

でも無理をして体を壊してしまったら元も子もありませんからね…

焦らず慎重に調整をしていく必要がありますね。

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2015年9月23日 (水)

アップデート

Windows10が無料でアップできるようになる…ということで『予約をする』をクリックしてから、二週間というところでしょうか。もうそんなこと忘れていたのですが…

なんかシステムアップデートがどうのこうの…

と、数日前からパソコンが言ってくるので、仕方がなく、アップデートしようと思って、実は二日前からチャレンジしているのですが…

うまくアップデートできていなくて…

何かの原因があるのではないかと、あちこち触ってみたり、セーフモードでいろいろ試してみたりしたのですが…

よくわかりませんでした。

それで、まあ原点に帰る意味で、7のアップデートをしてみました。

つまりは、10をアップデートするから、7のアップデートなんてしても意味ないと思って、考えの中から外していました。

そんな状態で、何度チャレンジしても10%のアップデートの段階でシステムダウンして、7の状態へと復元されて再起動されてしまうのでした…

またか…

そりゃそうですよね、何度試しても何も変えてないのに同じでしょう。

なので7をアップデートしてみることにしました。

もしかしたら、こういう事があって、それを防止するためのシステムアップデートなのかもしれないと思ったからです。

しかし…

その7のアップデートさえ受け付けないとはどういう了見だ!!

同じことを何度も何度も繰り返して、やっとこさ、3つの更新をすべて完了することができました。

それだけでも結構な時間を要しました…

更新するためには一切何もせず、「できませんでした」を繰り返しただけでした。

何だってんだ、タイミングか?

その後に10をインストールしたら…

今度はできました。

まだよく使い方がわかりません。7や8、8.1を使っていた人は使いやすい!って思いますよとのことでしたが…

今のところ、使うだけは違和感なく使えていますが…どうにもこうにもところどころで分からなくなったりします。

IEだってなんかちょっと違うし…

とはいえ、無料でアップデートできるのは…これまで何とか安くアップデートできるようにあれこれしてきましたが、それが無料というのはやはりうれしいです。

まあマックとかはそれ以前から無料のようですが、それはそれ。

少しずつシステムに慣れていこう…とはいえ、そんなあれこれは使わないけどね…

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2015年9月22日 (火)

SW真っ只中…

今年から毎年あるようになったSW(シルバーウィーク)ですが…

お盆からこっち、給料日を過ぎても、ちょっと買い控えが続いていたように思います。それは先にあるSWに遊ぶお金を確保することが目的なのかもしれませんが…

毎年そういう動きになるのであれば、それはそれで大変です。

そんな動きの中やっと訪れたSWですが、連休というのはわかりますが…

何日が何の日かよくわからなくなっているような気がします…

21日は敬老の日です。

かつては15日だったけど、ハッピーマンデーかなんか知らないですが、そう決まったのです。

もともとは15日だったのは…何で15日だったかは忘れましたが、敬老の日が発祥したのはこの兵庫県だったと、小学校で習った気がします。

兵庫県で、なんかお年寄りに知恵をもらう日みたいになってたのが、国がそれはいい!ってなって敬老の日になったような…

確か昭和の時代に祝日の見直しがあったときに制定されたとか?なんかそんな感じだったと思います。

調べたらいいのかもしれませんが、面倒なので、もしこの記事を見て興味が出たら調べてみてはいかがでしょうか。

23日は秋分の日ですね。彼岸の中日というやつです。

墓参りをして、ご先祖様を供養する日です。

毎年、お盆のあとになるこの彼岸については、傾向的に足が遠くなりがちです。彼岸と言えばやはり春のお彼岸でしょうね。

彼岸というのは、ご先祖様の供養をするのですが、お盆も同じように供養しますが、彼岸の供養はご先祖様のためにするという意味よりも、ご先祖様を供養することによって、自分の精神と身をきたえ、清める意味合いがあったりします。

お盆の場合は純粋にご先祖様を迎え入れて供養するようですが…

22日は国民の休日ですね。なんか休日と休日の間の日は休みになるとかならないとかいう法律があるとか…

何にせよ、まだ始まったばかりの大型連休ですからね。今後どのように需要を含め、変化していくのか、見ていく必要があります…

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2015年9月21日 (月)

引っ込み思案

「あの人なんて言うか私服とか、かわいいっすよね…」

「そ…そうか。僕はあんまりそう思ったりせーへんけど?」

「オレってそういうの考えてても中々声に出して言えないんですよね…」

「えと…それはまあ、誰もそうやと思うけど…」

「シール貼ってて…貼ったげましょか?って言うのもなんか気恥ずかしくて…」

「そういうもんか?」

「Fさんやったらそういうの言えます?」

「え?ああ、まあそれぐらいやった別に言えるけど…かわいいですねとか言うのは無理やけど…いや、別にそうでもないか…何かこれまでも言ってきたような気もするけど…」

「マジっすか。オレ昔からそういうの無理なんすよね。ちょっと話するのも無理ですね。引っ込み思案なんで…」

そういうもんなのでしょうか。

僕は昔から、引っ込み思案なんてことはなくて、むしろ自分から話しかけていくことばかりでしたからね。

それはそれで、悩みが無いわけではありませんが…

それこそ、引っ込み思案の人も悩んでいるのかもしれませんが。

僕からしてみたら、社交的でも言わなくていいことを言ってしまったり、相手を傷つけてしまったりします。

引っ込み思案でも、黙して語らない事が、功を奏したりすることだってあります。

なんでもかんでも『言い過ぎる』僕にとっては、逆に遠くおよばない存在だったりします。

ないものねだりなのかもしれませんが…

ただ、過去の自分よりは、考えて発言できるようになったように思います…が…

今の上司には…

『F君が正しいことはおそらく上もわかってるんやと思うけど…強すぎるんやろうと思うわ…今の0.5ぐらいの強さでも、同じぐらいに伝わるやろうから、その努力をしたらすぐ上に上がると思いますわ。』

とのこと、正直それは、わかっているのですが…いや本当にはわかってないのかもしれませんね。

ただ、今の半分ぐらいの強さでも伝わるという事は、ちゃんと自分の中で処理できなくてはいけないかもしれません。

何がかというと。逆に考えて

今の言い方が強すぎているという部分です。

なんでもストレートに伝えたらいいってことではないのでしょう。

今までもストレートに伝えているつもりはなかったですが…よくそう言われていたことは覚えています。

直球は強すぎる。

一つそれは勉強になりました。気づくのが遅すぎなのかもしれませんが…

ちょっとそれについて調べてみようかな。

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2015年9月20日 (日)

そんなもんはおらん…

おるなら見てみたい…というのが幽霊の存在です。

僕は幽霊なんぞおらんと思っています。一番の理由は今まで一度たりとも見たことが無いという事です。

35年の人生の中で一度すら見なかったという事は、例えば70年でもゼロ回なのではないか?とも思いますし。

幽霊という存在が確実にあるのであれば、世界のエネルギー問題は解決に向かうのではないのか?と思ったりします。

無限のエネルギーですからね…

かのアカデミー賞多数部門受賞作である□ードオブザリングの三部作のうちの第三部王の帰還で、幽霊を使って敵を倒すシーンがあるのですが…その後、彼らを王の血脈を受け継いた子孫が幽霊を呪縛から解放します。

それを見て、仲間のドワーフが『もったいない…』と言っていたのが印象ですが…

死なない兵隊というのはいわゆる『永久機関』です。

こちらから触れる事は出来ないが、向こうからは触り放題…そんな都合のいい事が、世の中そうそうありません。

同じ意味で、例えば、死してなお、その怨念を持って現世に残り、怨念を晴らす…という都合のいい事もありません。

もっといえば…百歩譲って幽霊の状態があったとしても『脳』が存在しないですよね。

考える事はおろか、言葉を発する事すらできないですよね。つまりは恨むことすらできねーでしょって事です。

とはいえ、否定ばかりもしていられない、何か、得体のしれない事が起ったりするのも事実です。

それで、その理由づけとして、これなら存在するかもしれないと言うものが

『思念』です。これは…もしかしたら『怨念』とか言われるものに近いのかもしれませんが、幽霊とかそういうのではなくて…

一番近い表現で『強く思う事』かな。

つまりは生きているとか、死んでいるとかそういうの関係無く、強く思う事で尋常ならざるエネルギーが、その場に残ってしまう。という事が、

もしかしたら、もしかしたらあるかもしれないな…

と思ったりはします。

まあそれが恨みであれば、『怨念』になるのだろうし、ただ単に究極に『腹減った…』と思った事が『念』としてその場に残ったりするかもしれない。

ただ『念』が残るだけなので、当然生み出した本人は生きてるし…まあものすごく無念だと思いながら死んだらそういう『念』が残るかもしれないけども…

そういうのがもしかしたら残りやすくて…

薄暗い何となく寒気のする雰囲気にそういう無念が残ってれば、そう感じるとか…まあ精々そんなところじゃないの?

と思ったりします。

でもそれって、その『念』の力がもしかして存在したら、そういうの、どうにかしてエネルギーとして活用できないか…?

と思ったりもします…

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2015年9月18日 (金)

デモ

とんでもですね。あまり政治の事について、書いても意味が無いのでかかないようにしようと思っているのですが。

この度の安保法案に対してなんか日本国民の中で盛り上がっている方々がいるそうな…

それはそれで、僕は良い事だろうと思います。

反対派として抗議しているのだろうと思いますし、考え方は人それぞれです。

それ自体が気に入らないのではありません。

デモに参加している人で、本当に今回の安保法案がどんなものなのかというのを知っていると言う人がどれほどいるのか分かりませんが、

テレビ等のメディアで偏って報道されている事が全て真実ではないという事をきちんと知っているのでしょうか?

でたらめではありませんが…知る権利を逆手にとって、立場や都合に左右された情報に踊らされてはいませんか?

少なくとも、僕の目には公平中立であるようには見えません。

そういったものに対しても、黙して語れない立場は、やはり辛いとしかいいようが無いですね。

『ガツンといったれ!』とか思いますが、ガツンと言ったところで理解しようとしていない人には反発されるだけで、徒労に終わってしまうので、言うだけ無駄だったりしますし…

そもそも、『戦争になったら』という問題に置き換えられてしまうところがナンセンスですよね。

法治国家なんですからね。そんな簡単に戦争は始められません。一万歩譲って今回の法案で戦争ができるようになったとして、

例えば、この議会制民主主義の国で、どうやって開戦に持ち込むのでしょうか?

そもそも戦争できるようにはなりませんしね。よく読んで、自分で勉強してください。

煽ってる人たちの尻馬に乗る必要はないと思いますよ。

この度の若者の言葉にガクッときたのは。

「デモは、参加する事にまず意味があるんです、国民は立ち上がらないと、こういった決め方で、戦争に参加するのは国会の人達ではなくて、僕たちなんですから。」

とか

「分からない事はたくさんありますけど、良く無い方に国が動いているのを見過ごせません」

とか…一体何に反発してるんだ?

強行採決をしたことに対しての反発なのか?そんならこれまでも何回もあったでしょうに、小泉政権の時なんてそんなんばっかやったやないか。

国が良くない方向に動いているのは何を見てそう思ったのだろう?

僕には良い方向に動いているように見えるんだけど…その分からない事が沢山あるのであれば、そこを解消してから立ち上がるべきです。

「国会の暴力騒ぎは日本の代表として恥ずかしい」

という意見はありましたが…それに関しては同意見です。あの獅子奮迅というか阿鼻叫喚の中わざわざ火中の栗を拾った人もいましたが…あれはやってしまいましたね…

よく分からないけど悪くなりそうだから反発してみました。

というのは一番良くありません。流されているだけです。自分の意見をしっかり持ってください。

自分の意見をしっかり持とうとしたら、調べてください。面倒でも。それ程難しい文章ではありませんし、見つけにくいモノでもありません。

ネットでちゃんと親切に解説付きで載せてくれています。

サイレントマジョリティは、そういう事をしている人も多く含まれていると思います。当然、興味のない人もいるとは思いますが…

デモすりゃいいってもんでもないでしょ、他人振りを見て我が振りを直す必要があるでしょう。

デモにただ参加する事に意味はありません。しっかり調べて自分の目で確かめて、考えて、その上で納得できない時に参加して初めて意味が出てくるのでは?

悔しい気持ちや恐怖に身を任せて行動に出るのはまだまだ未熟だから仕方がないのかもしれませんが…

それを煽る側には責任があるでしょ…

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2015年9月17日 (木)

眉間

何か最近眉間がこります…いやこってます。何故だか理由はわかりませんが…眉毛の付根?のあたりがくりくりすると痛いです。

痛いと言うとなんかすごく痛いようですが、それはそんな事はなくて、なんというか、霜焼けを押さえた感じぐらいでしょうか?いやそれよりはちょっと痛いけど。

そもそもこるという状態を今一つ理解していない事があって…

というのも、何度も書いていますが、僕が肩をこった事が無くて…だからこると言う状態が、正確にはどんなモノかは分からないのですが…

とにかく何か突っ張ってる感じがして、さわると何もないところと比べて痛いのです。

似たような症状は実は頭皮もそんな感じなのですが…頭皮の場合は主に前頭葉のあたりを中心に、頭頂部あたりまで突っ張った感じになるのですが…

それはまあ、そんな感じになった時に両手で頭皮を髪ごと揉んでやるんです。そうすれば、まあ3日~5日ぐらいでその突っ張った感じは無くなります。

しかし、この眉間は、どうやってもみほぐしたもんかと思います。

それこそ指先で少し強めにクリクリするぐらいしかできませんからね…

眉毛の付根の下ですね。瞼の柔らかくなってるところと、骨のところの丁度真ん中あたり。

何かこってます。

何でやろ、眉間にしわを寄せまくってるって事でしょうか?

僕は考え事をしている時に話しかけられると、ちゃんと聞けてないから眉間にしわを寄せて振り向くそうです。

眉間にしわがあるのと、あと目がいつもよりタレるそうです。

結構昔に言われた事ですが…

もしかしたら考え事をしている時とかは常に眉間にしわを寄せているのかもしれませんね…

そういえば連続勤務の3日目ぐらいが一番こってるような…?

ちょっと意識的に眉間をなんとかしてみようか…

という今日この記事を書くのは2回目で…

何度かアップする寸前で、システムのエラーでアップできなかったことはあるのですが…

今回エクスプローラーの不具合でエラーがあって…

泣き寝入りで、ほとぼりを冷ました後にもう一度書いた次第です…

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2015年9月16日 (水)

腕時計

夏にボーナスが入って…入ったら絶対買おうと思ってた時計があって…

もうこれは絶対ぜいたく品なのですが…

前から目をつけていたので、それはそれは、買えた時は嬉しく思いました。

それでも、以前に比べて、欲しい物が簡単に手に入るようになったので、感動というものは、やや薄れているのかもしれませんね。

どこか手に入れて当たり前のようなところがあるかもしれません…

仕事で使っている腕時計はG-shockの電波ソーラーのですが…

もう何年も前から電波時計を使っています。実際このブログにも何度か書いた事がありますが、それより以前は5分ぐらい時間を進めて使っていました。

というのも、時計というものはメンテナンスが必須のもので、放っておけば時間が狂うのが当たり前のものという認識がありました。

その他にも理由はありますが、なので、5分ぐらいわざと進めて使用していました。それこそ、部屋の時計は全て5分ぐらい進めているぐらいの徹底ぶりでした。

ビデオ本体の録画時間でさえ進めていたぐらいです。

それが、電波時計の価格破壊が起こって…いや技術革新というべきか。手に入りやすくなって、僕にも買えるようになって…

それこそ、G-shockの廉価版みたいなのを手に入れました。

それからですよ

何というか…時間が正確である事の素晴らしさを知ったと言うか何というか…

正確で、時刻合わせのメンテナンスの必要のない素晴らしさ、いつみても正確な時間を刻むという堅実性。ホント素晴らしく感じました。

そもそも腕時計も100円ショップから始まったのですが…

電波時計の素晴らしさはよく実感できたのですが…それらは全てデジタル時計だったのです…

いや悪くないんですよ。悪くないのですが、アナログ時計に慣れている僕としてはデジタル画面が何とも見づらく感じました。

まだ視力矯正してなかったしね…

デジタル時計がいいかどうかという訳では無くて、

アナログ時計が好きなんですよね。

で、仕事で使ってるのも、アナログ時計なのですが…秒針が無いのです。

秒針はデジタルになっているので、僕としてはデジタルと…ちょっとは違うけど何となくそれ程かわらんのではないかと思ってしまうのです。

僕が考えるアナログ時計の最利点とは秒針にあると思っているのですが…

アナログ時計の利点は時針分針を恐らく絵として認識して、数字を読まなくても一瞬で時間が読み取れるところにあるんだろうと思います。

秒針も同じ何だろうと思います。同じ1/100秒でも秒針の方が味があるように感じたりするのは錯覚の一つなんだろうとは思うけど、数字を読んで時間を認識するのとはやっぱり違って、何となく時間の経過を信用できるというか何というか…少し目を離しても針の位置を見るだけで、何となく時間の経過を認識できるというかなんというか…

それに腕時計限定ですが、秒針の音が好きと言うのもあったり…

というわけで、今回少し無理して届きそうな電波ソーラーのアナログ時計を手に入れたという訳です。

もう嬉しくて嬉しくて…本当は会社に付けていきたいぐらいなのですが、傷がつきまくっても嫌なので、プライベートな時だけにしようと思っています。

ちなみに、使わない時は秒針がストップしています。おお!エコ!なのかどうかはしりませんが、デジタル時計も画面が消えてスリープモードになるから、そういうやつかもしれませんね。

ちなみに手に取りつけようとした時には動き出している感じです。

一応…壊れてませんよ。

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2015年9月15日 (火)

ほどほどの難しさ

こないだから『ほどほど』が大切と書いていますが。それって僕にとっては結構難しい事で。

根が割と…何というか、だいたいと言うか、豪快というか…

要するにあまり後先考えずに、その時の感情のままに行動する事が多かった…今もそうですが、今よりも多かった過去。

喉が渇けば、浴びる程水分を取り

腹が減れば、はち切れるまで食べつくし

気に入れば飽きるまで使い続け

一度きめたら最後まで…これは良く言ったらの話ですが…

極端から極端へ…YesかNoかホント極端で、力加減が難しい。

そういう意味では『ガサツ』という僕への評価は正しい…というか本質をとらえているような気がします。

そう評価された時は『絶対そんな事無いし!』と思いましたが…

その実丁寧であろうとしている。僕の場合シャボン玉を掌にのせるぐらいの感じで物事に接して丁度いいと考えています。

丁寧であろうとする事すら雑だからです。

言いすぎるのは良くないな…

やりすぎるのは良くないな…

ほどよい距離で、程よい状態で…

でもその『程よさ』というのはその時々によってボーダーが変わります…とても難しい事なのかもしれませんが…

僕の中ではそのボーダー付近にすら立ててない感が満載です。

何でも力任せでやってきたんだな…というのをひしひしと感じます。

ほどほどに調節するのって、神経いります。

時々思うんですよね…後悔とかじゃないけど

部活とかで、水分補給もほどほどにうまく調節できてたら…とか、怪我から復帰してからの稽古とかもほどほどにできてたら…とか

いつもお腹いっぱいになるまで食べてたのをほどほどに置いとけたら…とか。

必要なところでほどほどを意識できていたら…少し変わってきていたのかもしれないな…なんて。

とはいえ…突き抜けて来たからこその今があるのは、ちゃんと分かっています。

そこに自分の良さがある事も…

だけど、これまで通りが、ここから通用するかといえば、そうではありません。

どんどん通用しなくなってくる。

そんな時に困るのは自分だ。

その時が来て、困ったらいいと思うけど、にっちもさっちもになるのはダメ。

そう遠くない未来に来る自分のためにも、少しずつ。自分をうまくコントロールできるように、持て余す事の無いようにしていこう…

他の人にはどうかは分からないけど。僕にとっては結構前からある壁です…

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2015年9月14日 (月)

あなどりがたし…

ここ数年認めて来ていなかったのですが、今回風邪を引いてしまいました。

もう強がったり、認めなかったりするレベルでは無く、完全にこじらせました。

今こうしてアップできているという事は、つまり良くなってきたのですが…人間認めなかったり強かったりしてもいいけど。

やっぱり無理は良くないですね…

散々っパラここでも書いているのにもかかわらず。

『もう少しだけ…もう少しだけ…』と思って仕事をしてしまいます。

何なんでしょうね。仕事仕事って、それほど面白い事をしているとも思いませんけど…

それはそれとして…

まあいろいろと、タイミングがあって、体調不良になるにはものすごくよくないタイミングだったので、

本来であれば、ある程度安静にしたり、早く帰ったりして、そこそこ体調管理をするのですが、今回は体調管理をしてはいられず、それよりもなによりもとにかくやらなくてはならなかったのです…

ずいぶん前に体調を崩した時も、少し無茶をしてしまったので、こじらせた事があったのですが…

今回は無茶に無茶を重ねてしまったので、まだ声も変だし、咳も出れば痰も絡むという感じで、全快には程遠い感じですが…

それでもいつまでも『しんどいしんどい』言ってられませんので、そんな事はない事にしてしまわなくてはいけません。

少しぐらいは無理しないと、ズルズルと甘えていきそうです。

水は低きに流れる…人もまた然り

ですが、それを知っているからこそ踏みとどまらなくてはいけません。

理想は高く、少しずつでも前に進んで行かなくてはなりませんからね。このままでいいと思った瞬間、人は停滞から少しずつ下がっていきます。

急にサボるよりももっと恐ろしい事です。実感のないままに

だから、甘えたくないのですよ…

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2015年9月13日 (日)

青のり

歯を磨くのが好きな僕は、今回の家電キャンペーンで歯の間を洗浄できる機械を買いました。

しかし…使いにくい…というのも水圧で掃除するのですが…歯医者さん然り、メチャ水が出てくるので、仰向けじゃないと水がだらだら出てもて、もうめっちゃ服がべちゃべちゃになってしまうんですよね。

『これ使えねー…』とか思ってしまうのですが、風呂に持って行くことで、ある程度解決しています。

ある程度というのは、今まだそれなりに熱いから窓開けて棚に置いてる機械を使えるけど。冬になってきたら、窓なんて開けてられないですからね。寒くて。

なんとか今のうちにうまく使える方法を考えないと…ただ歯の間を掃除するだけの機械なのにまあまあの値段しましたしね…

で、毎回も使ってられないのですが、まあ週2回ぐらいかな。体を洗った後にやったていたのですが…

歯の間から青のりが…

え?いつから?となるのは当たり前なのですが…実はそういうのではなく…

いや、分かりにくいかな?

普通「いつから?」となると『いつから青のり引っ付いてた?ていうかどこについてた?誰かに見られた?』とかなるのが普通ですが…

僕としては『あれ?いつ青のりがつくようなもの食べたっけ?たこ焼き?お好み焼き?いやいやここしばらく食ってないし…のり?おにぎりか?いやいや正方形やし…てことは、これ前に食べてからずっとあったって事?いやいや口の中にあったら酸で溶けてしまうやろ…パンに入ってた?いやいや惣菜パンなんか全然食べてないし・・・』

といういつから?なのです。

だって週2回程歯の間を掃除してるし、ちゃんと歯も磨いているのに、いつ食べたか分からないぐらい前の青のりが出てくるて…

ちょっとプライドが傷ついた感じです。

いったいどこから出てきたのか、いつからあったのか…知らない間に食べたのか…いやいや…そんな事はありえないけども。

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2015年9月12日 (土)

ティッシュ

昔僕はティッシュをティッシュというのにすごく抵抗があった時期があります。

今から考えるとすごくどうでもいい事の上考えすぎなのですが、中学生ぐらいの頃だったとは思うのですが…

おじいちゃん子だった僕はティッシュの事をずっと『ちり紙』とか『鼻かみ』とか『ちりし』とかと言っていました。

なので何となく『ティッシュ』と言うのはオシャレな感じがして…オシャレって言うか、何となくカッコつけているとか、ええとこの子ぶってるとか、そういうので使うのが嫌でした。

なんか、スマートな響きな気がしますしね…て僕だけかな?

ちなみに『ちりし』とか言ってた時はトイレットペーパーも、ちり紙もティッシュもその辺全部含めて『ちりし』でしたが…

そういうのも今や全く気にも留めてなかったりしますが…

それでもティッシュを発明した人ってホント僕の中ではノーベル賞モノです。

だってあんな便利なアイテムないでしょ?

コストパフォーマンスもさることながら、あの吸水性と言い、連続性と言いまたあの耐久度とモロさの関係が丁度いい。

適度に千切れて適度に頑丈、しかも使い終わった跡の箱さえも燃えるごみという…

『鼻かみ』にはもってこいだし、ちょっとこぼしたり素手が嫌な時とかも遠慮なく使用できる。

素晴らしいやないか…

まあ、安いやつは水に溶けにくいのが難点ですが…

知らない人が多いみたいなんですよね以外と。

駅とかで売ってるトイレ用のは溶けるんですけどね。ポケットティッシュとかでも無理目なのは結構あったりして…

にもかかわらず、ポケットに使用済みのを一時的に保管してて忘れてしまってて、そのまま選択してしまった時なんかは…

もうえらい事になります…特にスラックスとか制服なんかはもう半泣きしたいぐらいになってしまいますからね…

何度も経験があります。特に花粉の季節…

僕は秋の花粉症は今のところ無いみたいで、春から夏に集中しているので、秋にそういう事はないけど…

それはさておき、ティッシュを発明した人はホント偉大ですよね…何気なく使ってるけど、ああいうのも文明の利器っていうんでしょうね。

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2015年9月11日 (金)

ハーフマラソン

以前フルマラソンに参加した時は、完走する事ができませんでした。あれからもう十年以上が経過してしまっています。

走る事を止めたというよりは、運動自体を止めていたように思います。

ぎっしりと鍛え上げられていた筋肉も今や見る影も無く、その名残として脂肪が蓄積されていっています…現在進行形で…

去年、地元の市でハーフマラソンが発足しました。どうしようかな?と考えましたが、それに向けてのトレーニングの時間がねん出できないというのが主な理由であきらめました。

そして『走れば良かったかな…』とか後悔しました。

実はツレが趣味でマラソンを走ってて…それがそこそこ早いんですよね…神戸マラソンにも参加してて、ちゃんとタイムも残しています…

それに対抗するという訳ではありません。僕は陸上部でもなかったし、それ程早い訳でもない。ただ走って完走する事だけが目標の運動不足のサラリーマンですが、以前完走できなかったフルマラソンの事もあるし…

実は『ただ走るだけ』という行為に惹かれる事があって…それで以前はフルマラソンに参加したのですが…

まだ血気盛んで、運動もしっかりやっていた、あの頃に比べ、体を動かす事から離れ数年経った今頃になってそれにいてもたってもいられなくなって、参加してしまいました。

フルマラソンでないところは、勘弁してもらいたいです。

出場するのはそりゃ簡単ですよ。お金さえ払えば出られるわけですから。

完走する事がまず第一です。42.195km完走できる体では、残念ながらありません。

以前参加したフルマラソンの時の体重に戻すのにも今より10kgは痩せないと…でも本来マラソン体系ではない僕が、以前の二の舞にならないようにするには、更に4kgは痩せる必要があります。

つまりは3ヶ月で14kg一月5kg弱ですが…これはなかなかに厳しいですが…

以前は30km地点でリタイアしました。が22km地点でもうちゃんと走れていませんでした。

だから実際は20kmまでしか走った感じがしていません。

それなら20kmは走れるではないか…と思うかもしれませんが…

先述したとおり運動不足です。

以前と違うのは、抜釘手術を去年受けてボルトが抜けた事ぐらいで、それも差引イーブンと言ったところ。手術前からも症状はそれ程変ってませんしね…

トレーニングと同時並行で減量も行わなくてはなりません…

タイムがどうこう言う訳ではありませんので、ただ痩せてマラソン体系に近づける事自体それ程難しい事ではありませんが…如何せん落とす体重が多くて、ちょっと苦労しそうです。

少なくとも10kgは落としたいですが…

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2015年9月10日 (木)

常備薬

家にメーカーの常備薬がありますが、普段はそのなりを潜めているのですが、体調が悪くなった時にある事を思い出します。

そして風邪薬を使うのですが、今回の風邪で欲しかったのは咳止めです。

いつも使っている風邪薬は一応風邪の諸症状の緩和薬なのですが、その薬は咳についてはノーマークなようで…

とはいえ、咳止め入ってねーし…

咳が酷くて痰がからむのに咳止めが無いって…

あの常備薬は一定期間で交換にきていますが、それについては違和感は無かったんですかね…?

あ、この薬箱咳の薬がないな…。とかって…

まああんな常備薬なんて、ほとんど使われないからテキトーなのかもしれませんからね。

先も書いたけど、自分が体調悪くなったら思い出す程度のもので、体調不良自体も少ないのにいざ使うとなったら無いなんていう自分の都合だけのもの。

そうそう都合よく欲しい物があったりする訳が無いんですよね…

まるで困った時の神頼みみたい。

そりゃあ立ちどころに諸症状が楽になれば、神業のように思いますからね。神様と同じようにあがめてしまうかもしれませんね。

体が弱っていたらなおの事。

でもまあ、動けるならそういうのを使うんじゃなくて、病院に行くのが正解でしょうけどね。

今回使おうと思って無かったから、常備薬とは別に、自分の部屋にもと思い買いに行きましたが…

何となくどれにも効くっていう薬を買って帰ってきてしまいました。

…ホンマに効くかどうかうさんくさいけども。

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2015年9月 9日 (水)

コロコロ

ここで言うコロコロっていうのは雑誌の事では無くて、粘着のついた先端をコロコロ転がしてゴミを付着させて剥がして捨てる道具の事をいうのですが…

会社では、コロコロを使う時は結構あるのですが、家では『コロコロなんて…』って感じで、使った事がありませんでした。

何というか、そういうものなのですが。水洗いではなくて、剥がして捨てるという使い捨てという点が、道具としては未熟な気がして…

道具って全般、もちろん有限ではあるのですが、大事に使って修理しながら長持ちさせるのが大前提。というのが持論の中にあって、

使用回数が決まっている掃除道具なんて、何となく好きになれないな…

なんて思っていたので、便利だと思っても家で使う事はありませんでした…

が…道具は全て使いようなんですよね。

当然使用回数が決まってはいますが、使用頻度や使いどころの問題で、掃除機とか、ほうきとかハタキとか、そういうのではちょっと難しいところにだけ使用すれば、

頻度も少なくて済むし、カーペットなんかはもっと掃除しやすくなるから、時間が短くて済む。

付替え用を買えば、しばらく買わなくても済むし。

ちなみに、サイクロン型の掃除機を何もせずに使うと…

最近髪の毛が伸びてきたので、その毛がフィルターに絡まって、しまって、すぐにフィルターが目詰まりしてしまいます。

まだ入るのに、絡まり具合でそうなってしまうんですよね…

一端コロコロで回収しておけばそんな事にはなりませんしね…

便利なものは、四の五の言わずに使うのが結局は良いのかもしれませんね…いやその方が良いんでしょうね。

変なこだわりがあるから使えないだけで…

道具は長く使えば使うほどに愛着がわくものです。大切に使うほどに好きになります。そのうち、それが時代遅れだろうと、要領が悪かろうと使い続けてしまいます。ていうか使いたくなってしまうんですよね…

そう言うと悪い事ではありませんが…

付喪神が宿っていた過去とは違い、最近は目まぐるしく時間が流れていきます。道具を大切にしたいと思っても、ハードは以前に比べてやわになっているし、そもそも『使い捨て』と言う概念さえもでてきています。

まあそれは以前からですが…

そのうちティッシュを捨てるように、道具を捨てる時がくるのかもしれませんね…寂しい話かもしれませんが…

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