そんなもんはおらん…
おるなら見てみたい…というのが幽霊の存在です。
僕は幽霊なんぞおらんと思っています。一番の理由は今まで一度たりとも見たことが無いという事です。
35年の人生の中で一度すら見なかったという事は、例えば70年でもゼロ回なのではないか?とも思いますし。
幽霊という存在が確実にあるのであれば、世界のエネルギー問題は解決に向かうのではないのか?と思ったりします。
無限のエネルギーですからね…
かのアカデミー賞多数部門受賞作である□ードオブザリングの三部作のうちの第三部王の帰還で、幽霊を使って敵を倒すシーンがあるのですが…その後、彼らを王の血脈を受け継いた子孫が幽霊を呪縛から解放します。
それを見て、仲間のドワーフが『もったいない…』と言っていたのが印象ですが…
死なない兵隊というのはいわゆる『永久機関』です。
こちらから触れる事は出来ないが、向こうからは触り放題…そんな都合のいい事が、世の中そうそうありません。
同じ意味で、例えば、死してなお、その怨念を持って現世に残り、怨念を晴らす…という都合のいい事もありません。
もっといえば…百歩譲って幽霊の状態があったとしても『脳』が存在しないですよね。
考える事はおろか、言葉を発する事すらできないですよね。つまりは恨むことすらできねーでしょって事です。
とはいえ、否定ばかりもしていられない、何か、得体のしれない事が起ったりするのも事実です。
それで、その理由づけとして、これなら存在するかもしれないと言うものが
『思念』です。これは…もしかしたら『怨念』とか言われるものに近いのかもしれませんが、幽霊とかそういうのではなくて…
一番近い表現で『強く思う事』かな。
つまりは生きているとか、死んでいるとかそういうの関係無く、強く思う事で尋常ならざるエネルギーが、その場に残ってしまう。という事が、
もしかしたら、もしかしたらあるかもしれないな…
と思ったりはします。
まあそれが恨みであれば、『怨念』になるのだろうし、ただ単に究極に『腹減った…』と思った事が『念』としてその場に残ったりするかもしれない。
ただ『念』が残るだけなので、当然生み出した本人は生きてるし…まあものすごく無念だと思いながら死んだらそういう『念』が残るかもしれないけども…
そういうのがもしかしたら残りやすくて…
薄暗い何となく寒気のする雰囲気にそういう無念が残ってれば、そう感じるとか…まあ精々そんなところじゃないの?
と思ったりします。
でもそれって、その『念』の力がもしかして存在したら、そういうの、どうにかしてエネルギーとして活用できないか…?
と思ったりもします…
この記事へのコメントは終了しました。
コメント